少年提督と野獣提督   作:ココアライオン

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◎名前様

御指摘、御指導下さり、有難う御座います。完全に私の勉強不足であります。
(整体師先輩)という部分を消して、台詞だけの表現に修正させて頂きました。
拙い表現ばかりではありますが、今回も読んで頂き、また支えて下さり、本当に有難う御座います。




短編 4

 あー……、肩凝った。瑞鶴は書類の山を、艦娘用の執務机の脇へと置いて、ぐぐぐっと伸びをした。壁にある時計を視線だけで見遣る。もう夜だ。

窓の外も暗く、時刻も夕食時。おやつを食べてから座りっぱなしだったから、かなり疲れた。肩や背中のあたりがコキコキと鳴る。

瑞鶴は伸ばしていた腕を下ろし、ほっぺたを机にくっつけるようにして突っ伏した。「はぁぁぁ……」と、息を吐き出して脱力する。机の冷たさが心地よい。

訓練や演習で身体を動かす疲れには鳴れているのだが、こういうデスクワークの疲れは、また少し種類が違う。

何だか性に合わないと言うか。とにかく、そんな感じだ。身体を動かしている方が、自分には向いている気がする。

ぐでーーっ、と両腕を机の上に投げ出しながら、もう一度溜息を吐きだそうと思ったら欠伸が出た。お腹も空いたけど、このまま寝ちゃいそう。

「瑞鶴、行儀が悪いわよ」と、姉である翔鶴が諫めてくる声が聞こえる。瑞鶴は聞こえない振りをしつつ、脱力状態を維持しようとした。

しかし、すぐ傍で「お疲れ様です、瑞鶴さん」と声を掛けられた。良い香りがする。瑞鶴が顔を上げると、執務机を挟んで正面に、彼が微笑んでいた。

その手には茶托があり、ほんのりと湯気を立てる湯呑みが載っている。あぁ、そうか。瑞鶴が書類を片付けてしまうタイミングに合わせて、お茶を淹れてくれたのか。

「ん……、さーんきゅ」茶托と湯吞みを優しく手渡され、瑞鶴は軽く苦笑を返す。タフだなぁ、提督さんは……。全然疲れてる風じゃないもんなぁ。

湯吞みを手に、瑞鶴はマジマジと彼を見詰めてしまう。その視線を受けて、彼はまた微笑みを深めて見せた。瑞鶴はドキリとして、すぐに視線を外して座りなおし居住まいを正した。

何処か神秘的でさえある白い髪と、拘束具めいて背徳的な右眼帯の所為かもしれない。無垢でありながら蠱惑的で、無防備さと艶のある微笑みだった。

 

 そう言えば彼は確か、以前はコーヒーを好んで飲んでいた筈だ。高級ぶったコーヒーでは無く、インスタントのコーヒーが好みであるという話しも聞いた事がある。

ただ、今では紅茶も緑茶も飲むようになり、その時々の艦娘に合わせてくれているようだ。今日の彼の秘書艦は、瑞鶴と翔鶴だった。深海棲艦の秘書艦見習いは、今日は居ない。

新調された艦娘用の執務机も、見習い用も合わせて二つに増やされている。丁度、彼が座る提督用の執務机、その両脇を固めるような配置だ。

瑞鶴に湯吞みと茶托を手渡した彼は、自分の執務机へと腰掛けた。彼の執務机の上にも、もうすでに湯吞みが在る。あれは自分の分であろう。

翔鶴も彼に「いただきます」と一礼をして行儀良く茶を啜っていた。瑞鶴も茶を啜ると、思わず溜息が漏れた。熱過ぎず温過ぎず、少し強めの渋みが疲れを解してくれる様だ。

深く椅子に腰掛けてリラックスしながら、瑞鶴は彼をチラリと見た。彼は、静謐な表情のままで湯吞みを傾けながら、手元の書類へと視線を落としている。

凭れ掛かっていた椅子にまた座り直して、ちょっとだけその手元を覗き込んでみた。彼の手元にある書類には、『翔鶴、瑞鶴への改二施術』という文字が見えた。

 

 

 瑞鶴は黙ったままで視線を書類から外す。椅子に座り直し、黙ってお茶を啜る。胸が高鳴るでも無く、自分でも意外なほどに冷静だった。近いうちに改二施術を受けると言う話は聞いている。

彼からの話を聞いて、改二施術を受ける事を瑞鶴も希望した。翔鶴も同じく、改二施術を受ける事を希望している。能力を引き上げる施術により、間違いなく瑞鶴は強くなれる。

一航戦にも負けない。五航戦の本当の力を見せたい。以前はそんな風に強く思っていた。だが彼の下に居て、少しずつではあるが、瑞鶴の考え方にも変化が現れた。

強さそのものよりも、その力を振るう目的にこそ価値があるだと思うようになった。彼は、深海棲艦の『尽滅』では無く、その為の戦力による『受容』を選んだ。

では、改二となった瑞鶴のすべき事は何だと考える。深海棲艦を撃沈するのでは無く、退ける為に戦うことだろうか。戦意を折り、恭順へと向かわせることだろうか。

未だ、艦娘と深海棲艦が海で殺し合っている現段階では、それらは飽くまで理想でしかない。イメージが浮かばない。彼の理想に近付くビジョンが、上手く見えて来ない。

瑞鶴は湯呑みの茶を飲み干し、執務机に置いた。深く息を吸い込む。ずっと前の自分なら、こんな事は考えなかっただろうと思う。

ただただ、改二になれる事を喜び、強くなれる事だけを見ていただろうと思う。或いは、それで良かったのかもしれない。

戦う事にそのものに意味を見出し、ひたすらに勝利を求めている方が、“艦娘”としては正しい在り方なのかもしれない。

 

 纏まりの無い思考が、ぐるぐると同じところを回る。疲れもあって、注意力が散漫になっていた。瑞鶴は机に置いた湯呑みを持ち上げて、茶托へと戻そうとした時だ。手を滑らせて、湯呑みを落として割ってしまう。

あーー、やっちゃったー……! 「ご、ごめんなさい提督さん!」瑞鶴はすぐに椅子から立ち上がり、破片を拾う。中身はもう飲み終わって入っていなかった為、茶をぶちまける事が無くて良かった。

ホッとする反面で、もの凄く反省する。この湯呑み、提督さんが大切にしてる奴とかだったらどうしよう……。そんな事を考えていると、思わず手に力が入った。痛っ……! 手を引っ込める。

慌てて掴んだ破片で、左手の指先を切ってしまった。見れば、血が珠のように滲んで来ている。その間にも、「大丈夫ですか?」と、彼と翔鶴が瑞鶴の傍にしゃがみこんで来て、片づけを手伝ってくれた。

姉である翔鶴の、諌める様な視線が辛い。うう……ごめんなさい……。失敗しちゃったなーと、ちょっとしょんぼりしながら片づけを終えた時だった。彼が、瑞鶴の左人差し指の怪我に気付いた。

瑞鶴も彼の視線に気づいて、指を背後に隠そうとしたが出来なかった。立ちあがった彼が、すっと音も無く瑞鶴の左手を掴んだからだ。彼の手のひんやりとした感触に、変な声が出そうになる。傍に居る翔鶴が真顔になっている事に気付いたが、そんな事は後回しだ。

指先から流れる血は結構多く、雫となってポタポタと床に落ちていた。傷自体は小さいが、変に力んでいたから結構深く切ってしまっていた様だ。彼は瑞鶴の指先の傷を心配そうに見ている。

「破片で怪我をされたのですね……」と呟いた彼は、すぐに瑞鶴を見上げて頷いてくれた。

 

 

「これくらいの傷なら直ぐに治せますので、じっとしていて下さいね」

 

 優しく微笑んだ彼が、そう言い終わった次の瞬間だった。ぱくっと。

彼が、瑞鶴の左指を口に含んだ。何の躊躇も無かった。溢れる血を拭う意味もあったのだろうが、吃驚した。

瑞鶴は「ぅぇっ!?」と、素っ頓狂な声を上げて固まってしまう。

左手の指先に、暖かくて、何だか柔らかい感触がある。これは、彼の唇と、舌の感触だろうか。

瑞鶴の指先の血を、丁寧に舐めてくれているのが分かる。はぅわわわわ……! チロチロとした、擽ったい様な感覚。

何処か淫靡な水音が、耳朶を擽る。甘い寒気が、ゾワゾワと背筋を這って行く。

ヌルヌルとした温もりが指先から脳天に突き抜けて、下腹部まで響いてくる。あ、これ、ヤバイ(確信)。

変な気分になってきた。顔が弛緩してくる。身体が小刻みに震えて来た。

視線を下げると指を咥えている彼と、目が合った。彼は眼許を緩めて見せた。

無自覚なのだろうが、何て色気だ。魔性と言って良い。心臓が爆発しそうだった。

血を舐めとった彼は、自分の唇もちろっと舐めてから、文言を短く唱える。

彼は瑞鶴の指先を、黒い手袋をした右手でそっと包んでから、微光を灯す様にして放した。

すると、瑞鶴の指先からは傷が消えて、ついでに彼の唾液や温もりも拭い去られていた。血の跡も無い。

施術を終えた彼は、立ち上がりながらまた微笑む。

 

 

「割れた湯呑みについては、お気になさらないで下さい」

 量販店で用意した安物ですから。彼は言いながら、自分の席へと戻って行く。

瑞鶴は何も答える事が出来ないままで、荒い鼻息と共に、唾を飲み込んだ。身体が熱い。

視線を落とし、じっと指先を見詰めてしまう。温もりこそ拭われたが、生々しい感触が残っている。

怪しくぬめり、蠢き、指先を包んでいた彼の舌の感触が、脳髄に刻み込まれている。

ゴクリとまた唾を飲み込んだ瑞鶴が、殆ど無意識の内に、左手の指先を口元に持って行こうとした時だ。

「瑞鶴」と。すぐ隣から、やたら低い声で名前を呼ばれた。「はぉぅっ!!?」心臓が止まるかと思った。

ばばっと左手を後ろに回して、声にした方へと慌てて向き直る。すると、翔鶴が凪いだ真顔のままで佇んでいた。

彼の口腔内の感触に夢中になり過ぎていて、その存在を失念していたとは、正直に言えない。

顔を引き攣らせて笑う瑞鶴に、真顔の翔鶴がそっと顔を寄せて来る。めっちゃ怖かった。

「どうだった……?」と。有無を言わさぬ雰囲気で感想を求められ、瑞鶴は答えに窮する。

だが正直に言うしか無い。無言は許されない。

 

「その、何て言うか……えぇと、新時代の幕開けを見たって言うか、あの……気持ちよかったよ?(小学生並の感想)」

 

「そう……。まぁ、そうねぇ……(無念)」

 

羨ましげに呟いた翔鶴は、深過ぎる溜息と共に項垂れた。

そして、無言で自分の執務机の方へと戻って行く。

瑞鶴も気持ちを切り替えるべく、軽く頭を振って自分の執務机に戻る。

落ち着けー私ー……。瑞鶴が精神を統一しようと、座ったままで背筋を伸ばし、瞑目した時だ。

 

 

 今度はお腹が鳴る音が聞こえた。瑞鶴じゃない。彼でも無い。

顔を上げると、執務机に座った翔鶴が、赤い貌を隠すようにして恥ずかしそうに俯いていた。

翔鶴の顔の赤さが増しており、唇をむにむにと噛んでいるので、何かを言おうとしている。

ついでに、視線を上げたり下げたりしている。可愛いなぁ、翔鶴姉……。

ちょっと意地悪な気持ちで、瑞鶴が翔鶴の様子を観察していると、翔鶴と眼が合う。翔鶴は赤い貌のままで睨んで来た。

さっきの真顔よりは、全然迫力の無い怒り顔だ。瑞鶴は小さく肩を竦めて視線を逸らそうとしたら、お腹が鳴った。

今度は瑞鶴のものだった。逸らした視線の先で、彼と眼が合う。彼は、やっぱり優しげに微笑んでいるだけだった。

 

「はー……、お腹空いたねぇ」

瑞鶴は恥ずかしさを誤魔化すように軽く笑ってから、わざとらしく首を鳴らした。

色々あって、この数分でどっと疲れた。お腹も空くよ、こんなの。美味しいもの食べて、気分を変えよう。

 

 

「ねぇ、提督さん。晩御飯、一緒にとらない?

 この時間だと食堂は込んでそうだし、鳳翔さんの所に行ってみようよ」

 

 軽い調子で言いながら、彼を食事に誘ってみる。彼は瑞鶴に一つ頷いてから、腕時計をチラリと見て、翔鶴へと視線を向けた。

姉妹の時間を邪魔してしまう事を気遣ってだろう。勿論、邪魔なんて事は全然無いから、翔鶴も穏やかな貌で彼に頷いて見せる。

その反応を見た彼も、「では……、ご相伴に預かります」と、快く頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瑞鶴達は連れ立って鳳翔の店のへと向かったのだが、タイミングが悪かった。いや何と言うか、もう、今日と言う日が悪かった。

普段なら人が込んでくる時間帯は過ぎている筈なのだが、今日の鳳翔の店には、まだまだ人が入っていた。

 

割と普段から仲も良く、向かい合いサシで熱燗を楽しんでいるのは、大和と長門だ。

酒は少量に抑えてはいるものの、モノは日本酒と共に鳳翔の料理に舌鼓を打っているのは、不知火と天龍である。

テーブル席でツマミを並べ、冷酒をパッカパッカと呷っているのは那智と足柄。

鈴谷と時雨、赤城と加賀達が、並んでカウンター席に座っている。

既にかなりの人数が居るものの、テキパキと動く野獣が鳳翔の手伝いに入っていた。

 

 艦娘を使役するはずの提督が、料理まで振る舞いながら注文を取り、酒まで注いで見せて艦娘を労って見せるあたりは、他所での鎮守府では中々見れない光景だろう。

野獣の料理スキルが割と高く、調理する手際や盛り付けにも清潔感があって、食堂が込んでいる時などは進んで手伝いをしていると言う事は、瑞鶴も知っていた。

しかし、此処まで動きが板についているところを見ると、野獣の本職はもともと、こういう接客・飲食系の仕事だったのだろうか。謎が多くて読めない男だ。

普段は滅茶苦茶な癖に、にこやかに鳳翔と言葉をかわしながら注文を捌いていく姿には誠実さが感じられるし、この店の静かな高級感や雰囲気を壊していない。

ただ、ブーメラン海パンと白Tシャツ姿なのがシュールというか、其処だけが残念なポイントだ。あの姿には、野獣なりの何らかのポリシーがあるのだろうか。

「おっ、何だよお前らも来たのかよ~!(歓迎) ジュースもビールも、バッチェ冷えてますよ~!」 ノリノリな野獣は、笑顔で瑞鶴達を迎えて入れてくれた。

瑞鶴達は野獣に丁寧に一礼した後、案内されてテーブル席につく事になった。すぐには注文せずに、少しの間、野獣のその様子を、不思議な気持ちで眺めていた。

鈴谷や時雨、赤城さんが想いを寄せる人だけあって、まぁ、基本的には悪い人じゃないんだよね……。瑞鶴は頬杖をつきながら、ぼんやりと思う。

 

 それから少しして、瑞鶴達は其々に注文を取り、軽く酒を呑んで、彼との話に華を咲かせた。料理は美味しいし、彼ともゆっくりと過ごせた。

このまま何事も無く、楽しい時間を彼と共有出来れば言う事は無かったのだが、そうはならなかった。談笑と熱気が、穏やかに満ちている店内。その少し離れた所で、声がした。

 

「野獣ってさ、……合コンとか行ったことあんの?」と。

その声は鈴谷のものだった。彼女の澄んだ声は、やけに良く通った。

酔っているのだろうか。少し赤い顔をした鈴谷は、髪を指で弄りながら唇を尖らせている。

野獣の方を見て居ないのは、何か照れているからだろうか。

 

 とにかく、いきなりの鈴谷の質問に、店内が突然の静寂に包まれる。

全員が食事をする手を止めて、鈴谷の方を見てから、野獣を見た。

鳳翔の隣で包丁を動かしていた野獣も、その動きを止めて、鈴谷へと顔を向けている。

赤城と時雨が、持っていた箸を一旦置いて、背筋を伸ばして野獣に向き直った。

加賀も、眼を鋭く細めて野獣を見ている。途端に、店の空気がピリピリとし始めた。

うわぁ……。もうあんな感じの雰囲気では、野獣も下手な事を言えない。

野獣は、「シュー……(言葉を選ぶ間の呼吸音)」と漏らしながら、少しだけ視線を彷徨わせた。

しかし、すぐに軽く笑顔を浮かべて、「提督になる前だけど、何回か行ったことありますよ!(正直)」と、頷いて見せた。

 

 鈴谷は驚いたというか、傷付いたような貌になってから「ふ、ふぅーん……」とそっぽを向いた。眉間に皺が寄っているのに、眉尻が下がっていて、明らかにしょんぼりしていた。

「へぇ……そ、そうなんだ」と、ちょっとだけ泣きそうな感じで声を震わせた時雨は俯いて、ぎゅぎゅぎゅーっとスカートの裾を両手で握っていた。

「それは初耳ですね……」赤城は少しだけ寂しそうに言いながらも、野獣の過去に想いを馳せるような、遠くを見るような眼で野獣を見遣る。

「ではそのまま、女性をホテルまで“お持ち帰り”されたりもしたんですか?」と、冷た過ぎる声で訊いたのは加賀だ。えぇ……。何でそんな質問を被せに行くんだろう?

瑞鶴と翔鶴は、腰掛けて居るテーブル席から、カウンター席の方を凝視してしまう。彼も、興味深そうに野獣達の遣り取りを見守っている。

いや、この店に居る全員がそうだ。野獣へと視線を向け、その言葉を待っている。野獣は、もったいぶる訳でも無く、「ありますあります!(喰い気味)」と、あっさりと応えた。

加賀が見下すような視線になって鼻を鳴らして、何かを言おうとした時雨がポロポロと涙を零し、俯いたまま赤城はやはり、寂しげに息を漏らした。

周りの連中もどよめく中、ガタンッ!!と勢い良く立ち上がった鈴谷が、顔を真っ赤にしてカウンターを両手で叩いた。ビクッと肩を跳ねさせたのは鳳翔だ。

ただ、鈴谷は何も言わずにまたすぐに座り直して、拗ねたみたいにカウンターに突っ伏した。「……サイテー」と、声を漏らした鈴谷の声は、くぐもっていた。

 

「あのさぁ……。お前らは何か勘違いしてるんだよなぁ……。

 酔っ払った婦女子を介抱する為であって、何にもしてないから。(天地神明)」

 

苦い思い出を振り返る様に、手に持っていた包丁を一旦置いた。

それから野獣は渋い表情を浮かべて腕を組み、首を傾けて見せた。

 

「アホ程酒飲んでる癖にあぶれて余った挙句、寝ゲロしながら爆睡しだす奴とか居るからね……:。

ゲロってるからタクシーにも載せらんねぇし、終電も車も無い状況とかだと、更に最悪だぜぇ?(悪夢)」

 

ビジネスホテルの部屋代と薬代まで払わされて、頭に来ましたよー……(辟易)。

野獣は疲れたように溜息を吐き出して、時雨と赤城、それから加賀を順番に見た。

ついでに、「ぇ……?」と、半泣き顔を上げた鈴谷に肩を竦めて見せる。

 

「そういう奴をほっとく訳にいかないから、誰かが面倒見てやるしか無いんだよなぁ……。

 お前らも女の子なんだから、酒の呑み方には気をつけてくれよなー。頼むよー(経験談)」

 

 お前が言うのか……(困惑)、みたいな顔をしているのは長門や那智達だ。

不知火や天龍達だって、何だか微妙な貌で野獣を見ている。瑞鶴と翔鶴だってそうだ。

彼だけは、「先輩らしいですね……」と、微笑んで居た。

そんな中で、鼻を鳴らした野獣は唇の端を持ち上げて、鈴谷達を順番に見た。

 

「俺みたいなイイオトコは、彼方此方に引っ張りダコだったんだけどさぁ。

ちょっとイイオトコ過ぎて、女の子達がビビッちゃってたからね(ナルシスト先輩)」

 

「……ただ単に数合わせ要員だったのでは?(触れてはならない核心)」

 

 俯き加減になってボソッと言った加賀の声に、「そ、そうだよっ!(決め付け)」と、自分の勘違いを誤魔化すかのように、赤い貌の鈴谷が激しく同意した。

「ふふ……。うん、きっとそうだね」明らかにホッとしたような時雨も、指で涙を拭いつつ可笑しそうに軽く笑った。可憐な笑顔だった。

寂しげだった赤城にも、いつもの穏やかな微笑みが戻って来ている。やっぱり酒の所為で、皆ちょっとテンションが上がり気味なんだろう。

 

 そもそも。こんな美人麗人に囲まれた状況であるにも関わらず、野獣は艦娘達に手を出そうとしない。セクハラや艦娘弄りは多いが、乱暴をはたらいた事は全く無い。

やろうと思えば、いくらでも、如何とでも出来るにも関わらずだ。あの様子だと、『ケッコン』を済ませた鈴谷達にだって手を出していない様にすら見える。

変なところで慎重過ぎる程に紳士的と言うか、不器用な誠実さと言うか。上手く表現出来ないが、普段は無茶苦茶な野獣という男は、あれで情にも篤い。

そんな野獣が、酔っ払って無抵抗な女性に悪さをするかどうかなど。……まぁ、少し考えれば想像出来ることではある。皆、ちょっと冷静では無いのだ。

 

 以前。野獣が彼の寝室に忍び込んでいたという話を不知火から聞いた事が在ったが、あの件も、野獣なりに何かの理由が在ったのではないかと瑞鶴は考えている。

深海棲艦達との『ケッコン』を想定し、艦娘達には事実を伏せたままで、彼が自分の体を調律していた事を踏まえれば。彼と野獣が、まだ何らかの秘密を共有していても不思議では無い。

「何だ何だSZYぁ! 合コンとかに興味あんのかぁ?」と笑う野獣につられ、カウンター席で盛り上がる面々を眺めつつ、そんな事を瑞鶴がつらつらと考えていた時だ。優しげに微笑んでいる鳳翔が口を開いた。

 

「それでは一度、社会勉強の意味合いも込めて、

此処に居る皆で、その……『合コン』というものをやってみては如何でしょう?」

 

 

 

 

 

 あまりにも意外過ぎる展開だったものの、長門を含め誰も反対しなかった事も在ってか、事態はもの凄くスムーズは推移した。鳳翔の店の空気と状況が一変する事になる。

こういう時、鳳翔は意外とノリが良い。他の艦娘達の楽しそうな姿を見るのが好きなのだろう。この『合コンカッコカリ』の為に、軽くつまめる料理を大皿で何品か作ってくれた。

鈴谷達が『ケッコンカッコカリ』をした時も、特にお祝いとか、そういう機会には恵まれなかった。だからこの機会を利用して、羽目でも何でも外して、楽しんでいけば良い。

微笑みを絶やさない鳳翔は、きっとそんな風に考えて、この落ち着いて高級感の在る店内を使わせてくれているに違い無い。しかし、こういう時にも気が効くのが野獣だ。

鳳翔を手伝っていた野獣は、「ホラホラ、HUSYOUも見てないで参加してホラ!(良い笑顔)」と、鳳翔を強引に参加させて、加賀の隣に座らせた。

「えっ? あのっ、わ、私もするんですか……?」と、驚いて困ったみたいな貌をする鳳翔に「当たり前だよなぁ?」と、頷いた野獣は、鳳翔の肩を軽く叩いていた。

普段から艦娘達を気遣い、労ってくれる癒しの立場に居る鳳翔にとっても、羽根を伸ばす良い機会だと判断しての事だろう。他の艦娘達も、快く鳳翔を迎え、席についている。

腰掛けている席割りは同じだが、彼と野獣は二人掛けで向かい合う席へと移動しており、艦娘達から少し離れた位置に腰掛けて居る。

全員、其々が好きな酒を杯として持ち、鳳翔と野獣が用意してくれた料理を前にしていた。

 

さて、準備は整った。

 

 

 野獣達の前には、上に丸い穴が空いた木箱が三つある。

提督用の籤箱、艦娘用の籤箱、それから王様の命令用の籤箱だ。

どれも、野獣が自分の執務室から持って来たもので、しっかりした造りだ。

此処まで準備が良いと、何れこういうイベントをしようと考えていたのかもしれない。

ただ今回は、人数比率的な意味では酷いバランスだと思うが、まぁ仕方無い。

それに、此れはあくまで『カッコカリ』だ。重要なのは体裁である。

これから始める“王様ゲームもどき”である『大本営ゲーム』には、多少の特殊性を持たせてある。

野獣が他所の鎮守府から聞いたと言うローカルルールを採用しているとの事だった。

 

その内の一つが、提督側と艦娘側での分離。

普通の王様ゲームでは、男同士がキスしたり抱き合ったりする事態が起こる。

これを避ける為に用意されたのが、あの三つの籤箱だ。

まず、艦娘側でジャンケンをして、負けた者が『大本営』となり、命令用に結われた紙籤を引く。

その後、少年提督と野獣提督は、提督用の籤箱で、赤か青の棒籤を引き合う。

続いて、艦娘達は、艦娘用の籤箱で、其々に番号のついた棒籤を引き合う。

そして最後に、“命令の内容”と、“提督の色”、“艦娘の番号”を一斉に開示する。

予め命令の内容を決めているのは、余りに過激な命令を防ぐ為だ。

ちなみに此れもローカルルールではあるが、“命令”は全て二人組みを指定し、その二人組みへの指令である。

 

『“●色籤の提督”と“▲番の艦娘”は、●●●せよ』

『“●色籤の提督”は、“▲番の艦娘”に●●●せよ』

『“▲番の艦娘”は、“●色籤の提督”に●●●出来る』

 

と言った、簡単な命令だけで構成されている。

『キス』や『氷の口移し』など、極端な過激性を排除し、より健全なものとして籤を引く。

好意で場所を提供してくれている鳳翔の店で、目に余る乱痴気騒ぎは流石にNGだ。

なので、多少のマイルドさについては皆も納得している。

 

 

 

 

 瑞鶴はふーっ……と、息を吐き出す。

各々の席に座っていた面子が、皆立ち上がって、其々の顔を見合わせる。

皆、真剣な貌だった。そう。『大本営』と言うポジション自体には、旨味は殆ど無い。

“命令”籤を引かされるだけだ。どうせなら、彼との距離を縮めるチャンスを掴みたい。ジャンケンだ。

勝負。『大本営だーーーーーーれだッッ!!!!』掛け声と共に、一斉に手を出した。結果。

「……流石に……………………気分が……………くっ………沈みます…………」と。

加賀が一人負けをかまして、物凄く無念そうに“命令”籤を引いた。その後。

野獣達が座る席へと歩み寄り、残りの面子で艦娘用の籤を引く。

少年提督と野獣提督も、提督用の籤箱から籤を引いた。開示する。

命令は、『“3番籤の艦娘”は“青色籤の提督”と、軽くハグせよ』

青籤を引いたのは、少年提督。3番籤を引いたのは、足柄。

 

 

「(`;Д;)んにゃぁぁああああああああああああああああーーーーー!!!(餓狼の戦吼)」

 

 足柄は両腕を天に突き上げた。長門と大和が、悔しげに俯いている。

加賀は心底羨ましそうだし、鳳翔と翔鶴は、切なそうに足柄と彼を見比べていた。

野獣は愉快そうな貌をしているし、鈴谷と時雨、赤城は、何処かほっとしている様子だ。

天龍は苦笑しているし、那智と不知火は無念そうに拳を握り締めて項垂れている。

瑞鶴だって唇を噛む。悔しい。良いな。ハグ。良いなぁ……。思わず言葉に出そうになる。

 

「あっ、そうだ!(重要事項) ちなみ、パスは一人2回まで出来るゾ」

 

「いやいやいや!!! パスなんてしませんよ!!!」

 

 茶々をいれてくる野獣に、足柄が慌てた様子で激しく両手を振る。

そんな足柄の傍に歩み寄った彼は、ほんの少しだけ恥ずかしそうに一度俯いた。

だが、すぐに向きなおって、興奮状態の足柄をおずおずと見上げる。

 

「ハグという事ですので、その……こんな感じで宜しいでしょうか?」

 

 彼の白い頬が、少しだけ赤い。照れているのだろうか。

彼は腕をそっと広げて、はにかむ様に、優しげな微笑を浮かべた。

こう、何て言うか。ズキューーンと来た。何だろコレ……。胸の辺りが苦しい。

瑞鶴は、無意識に胸の辺りを手で押さえてしまう。あぁ。なんて無防備な姿なんだろう。

此方を信頼しきった、少年然とした彼のその柔らかな表情に胸が締め付けられる。

不器用に甘えようとするいじらしさに、思わず悶えてしまいそうだ。すごい破壊力だ。

時雨、鈴谷、赤城も、彼を凝視している。この場に居る全員が黙り込んでしまう。

 

足柄の顔色は赤を通り越して、サツマイモみたいな色になっていた。

足柄は彼の正面に立って、ゆっくりと両膝を折って、彼と視線の高さを合わせる。

 

「ぅ、ぉ、あ、ぁ、あにょ……、そ、それでは……。ゲホっゲッホ!!

 ウゥウンッ!! は、ひゃ、は、ハグ……させて、も、貰いやすね……」

 

 余りの緊張に途中で咳き込んだ足柄は、口調を若干狂わせながらも、何とか言葉を紡いだ。

明らかに鼻息が荒く、眼が血走り気味な足柄にも、彼は照れ笑うように頷き、微笑む。天使かな?

「はい、お願いします」と。たまんねぇ^~……。そんな声が聞こえた。誰の声だろう。

多分、位置的に大和か長門だろうか。やっぱり、酒を入れてのこういうイベントは不味い気がしてきた。

こういうのには、どうしても弾みというものが在る。後々、何も無ければ良いのだが。

後の展開を危惧しつつも、瑞鶴は視線を逸らせないでいた。

 

 

 足柄は唾を飲み込んでから、ゆっくりと彼を抱きすくめた。

彼も、そっと足柄の背中に手を回した。もちろん、強く、情熱的な抱擁では無い。

このゲームの趣旨からも外れない、親しいもの同士で行う挨拶程度のものだ。

だが、それでもう十分だった。彼は、足柄をハグしながら小さな吐息を漏らした。

体格差もあり、その微かな吐息が足柄の首筋を優しく撫でた。足柄が身体を跳ねさせる。

足柄は、眼を見開いたままで宙の一点を見詰め、身体を硬直させている。全然余裕が無い。

そこへ。傍で嫌味無く笑っていた野獣が、彼に視線を向けた。

 

「じゃあまず、お前にとってASGRが、

どんな艦娘なのか教えてくれるかな?(インタビュー先輩)」

 

こんなタイミングで何て事を聞くんだこの男は。全員が野獣を見てから、彼を見た。

彼の方は、彫像のように微動だにしない足柄にハグされたまま、穏やかな表情のままだ。

 

「勇ましくて、凛々しくて、とても頼りになる方ですよ。

 座学講師としても活躍してくれていますし、色々な面で助けて貰ってばかりです。

 何にでも誠実であることも魅力的で、格好良い女性だと思います」

 

 彼はそこまで言ってから、「足柄さん……」と、名前を呼んだ。

信頼や感謝を込めたつもりなのだろうが、異様な艶と深みのある声音だった。

その魔性に当てられ、足柄が肩をビクンと跳ねさせる。構わず、彼は言葉を紡ぐ。

「甘えてばかりで、申し訳ありません。……いつも有り難う御座います」

其処まで言ってから、彼はほんの少しだけ強く、足柄をハグした。

 

「(´;Д;)ぉおほほほほほぉぉ~~~~ん(レ泣)」

感涙の類いなのだろうが、酒が入っていた足柄は、彼をハグしたままで大泣きし始めた。

洟をズビビビーっ!!と啜ってから、足柄は彼を更に強くハグしようとした。

しかしそこで、「ホラホラ、次行くど^~(進行役先輩)」野獣からストップが掛かかった。

足柄も相当に残念そうだったが、また籤を引いていけば、彼とハグするチャンスはある。

腕で涙を拭った足柄は姿勢を正して立ち、ビシッと彼に敬礼をしてから表情を引き締める。

そうだ。まだまだチャンスは在る。勝負(?)はこれからだ。瑞鶴も一度深呼吸をする。

 

 

次のゲームが始まり、『大本営』を決めるジャンケンを行う。

ラッキーは続かず、「くっ、仕方無いわね……ッ」次は足柄が『大本営』となり、“命令籤”を引いた。提督側、艦娘側でも籤を引き、開示する。

命令籤の内容は、『“7番籤の艦娘”は、“赤色籤の提督”を好きなように呼べる』というもので、艦娘側にイニシアチブの在る命令だった。

 

赤色籤は、少年提督。

7番籤を引いたのは、「不知火です……!(勝利の伝令)」と、何かをやりきった様な貌の陽炎型2番艦だ。不知火は彼に向き直り、コホン……と一つ、小さく咳払いをした。

そして、「それでは、その……、司令官の事を、お、“お兄ちゃん”と呼ばせて頂いても……?」と。視線を彼から逸らし、ぽしょぽしょと恥ずかしげに呟いた。

一瞬、場が静まり返った。瑞鶴は、ちょっと恥ずかしげな不知火と、彼を見比べる。彼の方は、きょとんとした貌である。っていうか、皆きょとんとしている。

「お前さぁ、前もコイツに“お姉ちゃん”って呼べとか言ってただろ……?」と、天龍が困惑気味に言ってくれなければ嫌な沈黙が続いていたかもしれない。

 

「“不知火お姉ちゃん”と呼んで頂く事と、

司令官を“お兄ちゃん”と呼ぶ事には、矛盾は無い筈ですが?(威圧)」

 

変なヤツを見る目の天龍に、不知火が表情を引き締めて向き直る。

天龍が難しい貌になって頷いた。「ちょっと何言ってるか分かんねぇな……(思考放棄)」

 

「つまり不知火は初期艦として、

司令官の“姉”でありつつ、“妹”でもあるという事ですよ(よくばりセット)」

 

「変幻自在かよ、お前。つーか酔ってるだろ?」 

 

天龍は、今度は心配そうな貌になって不知火の貌を覗きこんだ。

「酔ってなどいません(毅然)」そう応えた不知火は、小さくしゃっくりをした。

「強くもねぇ癖に熱燗なんて飲むからだ。やっぱり酔ってんじゃねぇか……(呆れ)」

 

溜息を吐き出した天龍は、赤い顔のままで険しい表情を作る不知火の頭を撫でながら、微笑んでいる彼へと振り返った。

「悪ぃな、ちょっと相手してやってくれ。……まぁ呼ばせてやれば、コイツも満足すんだろ」言いながら軽く笑った天龍の声音は優しげで、その面倒見の良さが窺えた。

ああいう自然な気遣いも、初期艦娘としての不知火の慕情を汲んでの事だろう。彼女が多くの駆逐艦娘から慕われているのも、何だか納得出来た。

 

「えぇ、……構いませんよ」と。彼も快く頷いた。

「で、では……」と。不知火が、おずおずと彼の前に歩み寄る。

 

唇を一度舐めて湿らせた不知火は、一瞬だけ俯き、すぐに彼を見詰めた。

身長で言えば、不知火が少し高いくらいだ。だから、彼が僅かに見上げる格好である。

不知火が唾を飲み込み、震える唇を開いた。「お、お兄ちゃん……?」と、遠慮がちに呼ぶ。

「はい、何でしょう? 不知火お姉ちゃん」と。彼は信頼と親愛を込めて応えた。

彼の笑みは、本当に仲の良い姉に向けられるような、柔らかい微笑みだった。

 

瑞鶴だって正直、「い、良いな……っ!」と思った。

あんな風に呼んで貰えるのは素直に羨ましい。あの命令が来たら、私も呼んで貰おう。

ただ、そう思ったのは瑞鶴だけでは無かったようだ。

不知火の背後に、まるで順番を待つみたいに大和、長門、加賀が並びだした。

既に随分酒が入っている三人は艤装を召還し、北●の拳みたいなシリアス貌になっている。

 

「大和お姉ちゃんです……(一番艦の風格)」

「長門お姉ちゃんです……(差し迫った脅威)」

「フィアンセ加賀です……(本質の散乱)」

 

「ん何だコイツらっ!!?(驚愕)」 天龍が振り返ってドン引きしている。

 

「ウェーイ!! 暴走してんじゃねぇぞぉ! 次行くぞ次ィ!!(ゴリ押し)」

 

そろそろ収拾がつかなくなりそうなので、野獣が無理矢理に流れを変えてくれた。

次のゲームである。まずはジャンケンだ。

 

次の『大本営』は。「そ、んな……馬鹿な……」再び加賀だった。

ヤケクソ気味に“命令”籤を引いて、その場にしゃがみ込んだ加賀を尻目に、瑞鶴達は次の籤を引く。野獣達も色籤を引いた。一斉に開示する。

命令の内容は、『“赤色籤の提督”は、“2番籤の艦娘”にデコピンせよ』。2番籤を引いたのは、「げっ!?」と声を漏らした天龍。赤色籤は野獣が引いていた。

 

「よぉ~し、俺の出番かぁ!!

TNRYUが相手だと、力一杯☆死ぬ程でお願いしますって感じだよな!!(笑顔)」

 

 野獣は楽しそうに笑いながら、右手の中指を、左手でしならせて弾いている。

バシィ!! バシィ!! と、凄い音がしている。凄い迫力だし、めっちゃ痛そうだ。

瑞鶴は顔を引き攣らせる。あんなデコピンをされるとか、ちょっと勘弁して欲しい。

「フザケンナヤメロバカ!!」と喚きながら後ずさる天龍だって、明らかに怯んでいた。

「……根性無しですね。そんなんだから、“ふふ怖ちゃん”とか言われるんですよ」と。

溜息混じりに冷たい視線を向けたのは不知火だ。煽って行くスタイルである。

「そうだよ(便乗)」と野獣が鼻で笑って見せた。

 

「パスは一応出来るけどさぁ。

世界水準超えてるTNRYUは、まさかパスしたりしないよなぁ……?(圧力)」

 

不知火の煽りに野獣が乗っかって、隣に居た鳳翔がオロオロとしている。

「なぁ……、無理はせんでも良いぞ?」と、優しく言ってくれているのは長門だ。

「これはパスしても良い奴ですよね……」と、大和も言う。もっともである。

そんな意地を張るようなゲームでも無い。瑞鶴と翔鶴も、気遣わしげに天龍に頷く。

しかし、結構酔っているのであろう那智は、不敵に笑って天龍を見ている。性質が悪い。

「ぐっ……!」と、言葉を飲んだ天龍が、「やりゃあ良いんだろ!」と言って見せた。

 

 「よし! それでこそサイキョーの軽巡だな!! 

じゃあ、こっちも敬意を払わなきゃ……(戦士の鑑)」

 

野獣は言いながら、海パンから携帯端末を取り出て、何処かへ連絡しようとした。

身の危険を感じたのだろう。「おいテメェ……! 何しようとしてんだ!?」

天龍が野獣に訊くと、携帯端末から顔を上げた野獣が、ニコッと笑った。

 

「俺の代りにぃ、艤装召還したMSSにデコピンして貰うってのは、如何っすか?(妙案)」

 

「『如何っすか?』じゃねぇ!! 

首から上がどっか行っちまうだろ!! いい加減にしろ!!

良いよもう、お前がやれよ! 赤籤引いたのはお前なんだろ!!」

 

天龍はキレ気味に言いながら、右手でぐいっと前髪を上げつつ、野獣を睨む。

「あ、良いっすよ!(いじめっ子)」と、携帯端末をしまった野獣が天龍の前に立つ。

そして、右掌を天龍の額に添えて、中指の内側でデコピンをする体勢を取った。

全員が固唾を飲んで見守る中。「な、なぁ、野獣!」と、天龍が焦った声で言う。

 

「ちょっと、その……、あれだ、タイミングはこっちで取って良いよな!?」

 

「え~~……(不満気)。

カウントダウンで良いじゃん? 

 そんじゃ行くぞ~~? はい! 5秒前ぇ!!」

 

「おちょちょちょ、待っ……! 待て!!」

 

 いきなり始まろうとする秒読みに、天龍が慌てまくる。

だが、すぐに黙って歯を食い縛った。きっと心の準備をしようとしたに違い無い。

秒読みなら覚悟はしやすい。痛みに耐えるタイミングを計れる。しかし、相手が悪い。

「5!(迫真)」と、カウントダウンを始めた野獣は、「4!(速射)」で即座にデコピンした。

タイミングをずらしたのだ。 ドバチィィン!! みたいな、かなり派手でくぐもった音が響く。

 

「ぎひぃッ!!!!!?(素)」

 

 裏返った悲鳴を上げた天龍は、銃で額を撃たれたみたいに仰け反っていた。

滅茶苦茶痛そうだった。しかし、天龍はよろけこそしたものの、踏ん張って見せた。

額を両手で抑えながら、「スゥゥゥゥゥゥ……(我慢)」と、深呼吸をしている。

彼が、「だ、大丈夫ですか……?」と心配そうに下から顔を覗きこもうとした時だ。

天龍は、右手で額を抑えながら顔を上げた。ちょっと涙目だった。

 

「痛っ……たくねぇー……。全然痛くねぇわーー……。

ちょっとジンジンするけど、全く痛くねぇなーー……。あー、痛っ、たくねぇ……。

 全然痛くねぇけどよぉー……、スゥゥゥ……(呼気音)、ちょっと向こうで座ってくるわー……」

 

どんだけ負けず嫌いなのか。明らかに半泣きの天龍は、よろよろと歩いていく。

流石に煽ってしまったのを悪いと思ったのか。不知火が肩を貸して、その身体を支えた。

半泣きの天龍は、「悪ぃ……」と返し、不知火も「いえ……」と、軽く笑って応える。

天龍は額を抑えたままで、蹲るようにして店の隅のテーブル席に座り込んだ。

よっぽど痛かったに違い無い。「スゥゥゥゥゥ……」と、かなり深く息を吐き出している。

隣に座った不知火は、「痛いの痛いの、飛んでいけー(真顔)」とやっていた。

酔っているんだろうが、仲良いなぁ、あの二人。

まぁ、ああ言うハズレも在るのは、なかなか怖いものだ。

 

 

 

 

だが、次のゲームに向けてのジャンケンを辞退する者は居なかった。皆、真剣だ。

天龍と不知火が抜けた分、艦娘の番号籤は二つ余ることになったが、余った番号はジャンケンで勝ったものが取るという事で、全員が了承した。

次の『大本営』は、「ぐっ……!」長門だ。命令籤と、提督の色籤、艦娘の番号籤が揃う。

命令は、再び『“赤色籤の提督”は、“2番の艦娘”にデコピンせよ』。

2番籤は、那智が引いていた。『くそォ……!』みたいに、那智は手で顔を覆い天井を仰いだ。

しかし、今回の赤色籤を引いたのは野獣では無く、彼だった。それを知った那智がガッツポーズする。

 

「普通のデコピンだと、やっぱり何か足んねぇよなぁ? 

あっ、そうだ!(邪悪な着想) ちょっと耳貸してホラ!」

 

また要らないことを思い付いたのであろう野獣が、彼に何かを耳打ちし始めた。彼の方も興味深そうに話を聞きながら、納得するように頷いてもいる。

「おい野獣! 余計な事を彼に吹き込むな!」と、那智も野獣に言うが、その時にはもう野獣は話を終えて、掌に蒼い術陣を灯しつつ何らかの詠唱を始めていた。

術陣は緩く明滅し、それに呼応して那智の身体を蒼い微光が優しく包んだ。えぇ……、何が始まるのコレ。嫌な予感しかないのは瑞鶴だけでは無かったようだ。

全員が、那智から一歩離れる。「な、何だこの施術は!? おい止めろ!!」那智が明らかに焦り出した。しかし、野獣の方は落ち着いた貌で、「へーきへーき」と諭す。

 

 そうこう言っている間に、那智の身体を包んでいた蒼い微光は霧散した。

それを確認した野獣は、「ホラホラ、こいつの背が届かないんだから! はやくしゃがんでホラ!」と、那智を急かす。

デコピンをするのは少年提督だから、上背のある那智が屈む格好になる。那智は野獣の動きを警戒しつつ、先程の天龍と同じく右手で前髪を上げて、額を彼に晒した。

 

「……ふん。一々下らん真似をしようとするな。貴様の悪い癖だぞ」

那智はその姿勢のまま、横目で野獣を睨む。それから、自身の体に特に変化が無い事を確認しつつ鼻を鳴らした。だが、安心するのはまだ早かった。

 

「別に何にもしてないから大丈夫だって!

ちょっと肉体の感覚を810倍に鋭くしただけで、何も悪影響なんて無いから、安心!」

 

「んん!!?? な、何だと!??」

那智は野獣に振り向こうとしたようだが、出来なかった。那智の前に立った彼が、もう何らかの詠唱を紡いでいた。

あっ、やばそう。やばい(確信)。周りに居る野獣以外の全員が、身体を強張らせる気配が在った。

そんな一瞬の緊張感などお構い無しで、彼はそのまま左手の人差し指で、那智の額にそっと触れる。彼は、あれでデコピンのつもりなのだろうか。あまりにソフトタッチだ。

しかしである。瞬間。那智の額の前に、術陣が一瞬だけ浮かび上がって消えた。瑞鶴には、彼の唱える詠唱に聞き覚えがあった。あれは確か。

陽炎が漏らし掛けた耳掻きの時のヤツだ。瑞鶴の記憶は正しかったし、厳密には、もっと深刻な事態だった。彼が那智の額から指を放した瞬間だった。

「あひぃッ!!? ふぐ、ぁあ……っ!!??」 術陣の効果が解決し、那智の肉体の感覚に干渉する。那智が身体をビクンビクンと痙攣させながら、その場に崩れ落ちた。

「流石に感覚鋭敏施術の重ね掛けだと、効果が強えなぁ……(分析)」と、すっとぼけた野獣が真面目な貌で呟いている。「き、貴様ぁ……!!」と。

蕩けそうな赤い貌をして、那智は野獣を睨む。睨まれた野獣は涼しげにその視線を受け止めて、今度はにこやかに笑った。

 

「これが噂の大人気リラクゼーション施術(大嘘)!

『チャネル☆イキスギ』(適当)だぞ! 日本語で言うと『霊感☆絶頂』(BRNT)! 

どうだぁ、キモティカ? キモティダロ? for ip●one?(意味不明)」

 

「流行には疎くて知りませんでしたが、どうですか? 那智さん?」

 

少年提督は無垢で優しい笑顔のままで、左掌に術陣を灯して、何度か明滅させた。

「き、気持ち良いのは間違い無いんだが、ぅぐっ、ふ、まっ、待ってくれ……ッ!! んほぉぉお……ッ!!!」

その明滅の度に、那智の体を覆う蒼の微光が揺れて、那智が悲鳴を堪えて体を波打たせる。

この場に居た全員が「う、うわぁ……」みたいな赤い貌で、その惨状に眼を奪われた。

時雨や鈴谷、長門と不知火が野獣を嗜めようとしていたが、止めたようだ。

皆ちょっと興味が在るんだろうか。眼がマジな翔鶴と大和、足柄が唾を飲み込んでいる。

瑞鶴だってドキドキして来た。施術が終わる頃には、那智がへたりこんでいた。

 

「は……、はぁ……、ぐ、ぅうう……!」 

 

 足腰をガクガクさせながらも、顔を紅潮させた那智は何とか立ち上がった。

荒い息をつきながら野獣を睨むものの、すぐに鼻を鳴らして視線は外す。

那智は周りに居る面子にも視線を巡らせてから、不敵な感じで唇の端を持ち上げて見せた。

「な、中々のものだなっ! この、なんだ、『コック☆イキスギ』とやらは……!」

ただ、無理をしているのは間違い無い。まだピクンピクンと、身体を微痙攣させている。

脚はカクカクしているし、呼吸も熱っぽい。それでも尚、武人然と佇もうとしていた。

「気に入って貰えたようで、良かったです」と、彼が微笑んだ。

 

「じゃあ、あと114514回のフルオートでイこっか、じゃあ!(狂気)」

野獣が朗らかに笑いながら、少年提督と那智を見比べる。

 

「心身が壊れるわ!! い、いやっ、もう十分堪能した!(満身創痍) 

正直に言うと、ちょっとアレだ、その……。意識が朦朧とするレベルだぞ。

下腹部とかがキュンキュンしっぱなしなんだ、少し休ませてくれ……」

 

那智は泣きそうになりながら言って、天龍が座っているテーブル席へとガクガクと震える脚で歩いて行く。

生まれたての子鹿みたいな、覚束ない足取りだった。

途中で足柄が肩を貸して、触れられた瞬間に「んぁあっ!!?」と嬌声を上げていた。大丈夫なんだろうか……?

 

 

 

 しかし。こんな惨状が起きてもゲームは続く。

次の『大本営』は、「私かぁー……」と悔しげに呟いた鈴谷だ。野獣達が色籤を引き、瑞鶴達も番号籤を引く。

天龍と那智、不知火、足柄の四人分。艦娘の番号籤が余っているので、更にジャンケンで取り合う。勝ったのは、長門、赤城、時雨、翔鶴だった。この四人は二つの番号籤を持っている。

要するに、命令籤で選ばれる確立が上がるのだ。無論、相手が野獣であるという事を考えればリスクもあるが、それを差し引いてでもリターンは魅力的だ。

 

籤を全て開示する。

命令籤の内容は、『“青色籤の提督”は“6番籤の艦娘”に、ナデナデせよ』。

青色籤は、野獣。1番籤と6番籤を引いていたのは、赤城だ。

 

「普通のナデナデだと、何か足んねぇよなぁ?(また無茶振り)」

 

 野獣は赤城に振り返るが、赤城の方は野獣の方に軽く微笑むだけだ。

しかし、どうも赤城は野獣の眼を見ようとしない。視線を微妙に合わせない。

赤城は微笑みながら、唇に指先で触れたり、頬に軽く片手を当てたりしている。

普段は泰然としている筈の赤城の仕種にも、何処か落ち着きが無い。

頬も、ほんのりと赤い。照れているのだろうか。……何か可愛いな。赤城さん。

少女然として、美人ながらも可憐な一面を見せる赤城に、瑞鶴はドキッとする。

一方で野獣の方は、少年みたいな笑みを浮かべながら赤城に歩み寄った。

赤城が唇を軽く噛んで、少しだけ俯く。野獣が頭を撫でやすいようにだろう。

 

 野獣は、特に何も言うでもなく、赤城の頭をくしゃくしゃと右手で撫でた。

赤城は、上目遣いで野獣を見遣ってから、くすぐったそうに小さく笑みを零した。

嬉しい様な、恥ずかしい様な、やっぱり照れている様な、そんな笑顔だった。

その様子を、凄く羨ましそうに眺めているのは時雨と鈴谷だ。

真顔の加賀は天井を黙って見上げて、出来るだけ野獣達の方を見ないようにしている。

『ケッコンカッコカリ』組の反応には、かなりの温度差がある。

 

 

 そのまま何事も無く、野獣のナデナデはあっさりと終わったが、赤城は凄く満足そうだ。

すぐに次の籤引きが始まる。次の『大本営』は赤城であり、同じ命令籤を引いた。

しかも、青籤は再び野獣であり、6番籤を引いていたのは鈴谷だった。

鈴谷が照れ照れと笑いながら髪をくるくると弄りつつ、チラチラと野獣を見ている。

野獣も、やさしく笑って頷いた。

 

「SZYは普段からナデナデしてるからさ、今回は無効で良いんじゃない?(進行役先輩)」

 

「えぇっ!!? いやいや!! して貰ったこと無いよ!? 一回も無い!!」

 

「ほんとぉ?(曖昧な記憶)」 野獣は半眼で腕を組み、鈴谷を見た。

 

「ホントだよ! 時雨と間違えてない!? ひ、ひどいじゃん!!(半泣き)」

 

「しょうがねぇなぁ」と、野獣は無造作に鈴谷との距離を詰めて、頭をぐしぐしと撫でた。歳がちょっと離れた妹を宥めすかすみたいに、野獣は苦笑を浮かべている。

撫でられた鈴谷は、一瞬びっくりしたみたいに首をすくめた後、驚いたみたいな貌で野獣を見上げていた。その鈴谷の頬にも、さっと朱が差す。

それを誤魔化そうとしたのかもしれない。すぐにぷいっとそっぽを向いて頬を膨らませて見せたものの、「意地悪……」と呟いた鈴谷は、やっぱり満更でも無さそうだった。

ただ、瑞鶴にはその声音が、ちょっとだけ寂しそうに聞こえた。それは、鈴谷に向けられる野獣の態度が、仲の良い兄妹の範囲を出ていないからだろうか。

そうだ。野獣はだいたい、艦娘達の誰に対してもこんな感じだと思う。遠慮が無くて無茶苦茶な事を言う癖に、妙に気が効いたりする。

指輪を渡した時雨や赤城にも、仲間や部下というより“家族”を相手にしている様な感じだ。そしてそれは、彼にも同じく言えることだと思う。

 

 

 

 

 

 瑞鶴がちょっとしんみりした気分になっていると、また次の籤引きに向けてのジャンケンが始まる。気が抜けない。

次の『大本営』は翔鶴であり、命令籤を引いた。その後、続いて全員が籤を引いた事を確認し、開示する。だが、その段階で問題が発生した。

翔鶴が引いた命令籤が、二つ重なっていたのだ。イレギュラーな事態だったが、面白そうだからこのまま行こうという話になった。

 

命令内容は『“青色籤の提督”は“1番籤の艦娘”に、マッサージをせよ』

もう一つは、『“赤色籤の提督”は“10番籤の艦娘”に、マッサージをせよ』

 

艦娘を労う系の命令が被った。

此処は普通に、肩叩き、肩揉みなどを行おうという事で話が決まる。

1番籤を引いたのは、時雨。10番籤を引いたのは、鳳翔。

青色籤は野獣。赤色籤は少年提督だ。多分、幸運艦娘である時雨が絡んだ結果かだろうか。

時雨も鳳翔もWinWinと言うか、上手い具合に番号を引いている。

 

「おーし、そんじゃ始めんぞーー!!」

テーブル席から椅子だけを二つ持って来て、野獣は時雨と鳳翔の二人を並んで座らせた。

その時雨の背後に野獣が立ち、鳳翔の背後に少年提督が立った。

ちょっと照れ臭そうに微笑む二人は、身体を預けてしまう様にリラックスしている。

これから始めるのが、肩叩き、肩揉みなどであるから、身構える事も無いからだろう。

実際に、野獣が時雨の肩揉みを始めても、悪戯をしたりする事も無かった。

「お加減はどうですか?」と窺いながら、少年提督も鳳翔の肩を叩きをしている。

何と言うか、天龍や那智の時と比べて、すごく微笑ましい光景だった。

 

その内、ほろ酔い状態だった時雨が、リラックスのし過ぎで寝息を立て始める。

よっぽど心地よかったのだろう。「しょうがねぇなぁ~(悟空)」と、眠ってしまった時雨を野獣が抱え、鳳翔の店の奥へと運んで言った。

奥には休憩できる座敷が在るらしいし、先程、合コンで酔い潰れた女子を介抱したと言っていたが、あんな感じだったのだろうか。

「あらあら」と、優しげに笑んだ鳳翔も立ち上がり、「有り難う御座いました」と少年提督に深々と頭を下げる。

少年提督も「いえいえ……。これくらいなら、何時でもさせて頂きますよ」と返し、その言葉に、鳳翔も嬉しそうに頷いて、また軽く頭を下げていた。

鳳翔が野獣の後に続き、少ししてから野獣が「お ま た せ」と帰って来た。鳳翔は時雨を見てくれているらしく、一緒では無かった。

店の主が表に居ない状況になるので、鳳翔に頼まれたのだろう。野獣は店の暖簾を大事そうに外してから、戸を閉める。

これで一応のオーダーストップである事は、表から見ても分かる。

さて。そろそろ、この馬鹿騒ぎもお開きの時間だろう。

野獣は腕時計を見てから、「そんじゃあラスト一回、行ってみるかぁ!」と笑った。

 

 

 その後。最後の最後に、瑞鶴はジャンケンに負け、『大本営』として命令籤を引いた。

今回も二つ同時。内容は、最初の『“青色籤の提督”は“3番籤の艦娘”と、軽くハグせよ』。

そしてもう一つは『“青色籤の提督”は“9番の艦娘”と、軽くハグせよ』。

またも命令内容が被る結果となり、肝心の3番、9番籤を引いたのは、大和と長門だった。

青色籤を引いたのは、少年提督だ。「成し遂げましたっ!!!」「やったぞ!!!」

二人は艤装を召還するほどにテンションを上げて腕を突きあげた。

 

ついでに、ビシバシグッグッ(JOJO)と、互いに手を打って熱い握手を交わしている。

そして瑞鶴にも「有り難う御座います!!」、「感謝するぞ!!」と熱い握手を求めて来た。

くそぅ、羨ましい! と思いつつ、苦笑しつつも大和と長門へと握手を返す。

二人を死ぬほど羨ましそうに見ているのは、爪をガジガジと噛んでいる加賀だ。

鈴谷と赤城、翔鶴は、皆の盛り上がりを見守りつつ、苦笑を浮かべている。

瑞鶴だって溜息が漏れそうだったが、ぐっと我慢する。

野獣がニヤニヤと笑っていた。彼の方も、先程の足柄の時のように照れていない様子だ。

パーティーゲームとしてのこの場の空気にも馴れてきたに違い無い。

それに野獣と同じく、彼にとっても艦娘達は家族だからだろう。

 

 

 しかし、大和と長門の方は、少々よろしくないスイッチが入ってしまったようだ。

「では、僕は如何しましょう?」と、二人を見上げる無防備な彼に、ずずいっと詰め寄る。

「えぇ、その、じっとしていて下されば、すぐに終わります」大和が、艶美に微笑んだ。

「そ、そうだな! 別に痛くしないから、安心してくれ!」長門は、鼻息荒く言う。

二人は彼の傍にしゃがみ込んで、すぐさま一方的に抱きつきに掛かった。

 

 いやもう、襲い掛かったと言った方が正しい。大和が彼の右胸あたりに、長門が彼の左胸あたりに鼻頭を突っ込むような体勢だ。

二人はその姿勢のままで、「「すぅぅぅぅぅ……はぁぁぁぁぁぁ……(迫真)」」と、遠慮の無い深呼吸をしている。彼の香りを胸一杯に吸い込んでいるようだ。

更に、大和と長門は陶然と眼を細めつつ、彼の胸やお腹、太腿やお尻などを思う様に撫で回している。彼は、くすぐったがるように身を捩りつつ、小さく甘い悲鳴を漏らしている。

 

「あ、あのっ……! はぅっ! 

大和さん、駄目です……! あぁっ! 長門さん、そ、其処はっ……!」

 

もともと既に酒も入って居た大和と長門は、少年とは思えない彼の可憐な声に、更にヒートアップしていく。彼の提督服、その上着の中に手を滑り込ませ始めたのだ。

「はぁ……はぁ……、提督のさくらんぼ(意味深)は何処ぉ? 此処ですかぁ^~?」と、荒い息と熱っぽく呟きを漏らし、舌舐めずりをする大和の眼は、かなりマジだった。

「おぉほほぉ~~^^こっちにも衝撃が来たあぁ^~~(意味不明)」長門が、彼の上着の中で何かを見つけた様だ。彼が「うぁっ……! はっ、ぅぅ……!」と、艶かしく呻いた。

大和と長門は、艶っぽくも嗜虐的な笑みを浮かべながら、悶える彼の表情を見上げている。

勿論、彼の上着の中で何かを優しく摘んで、くりくりと動かしている手は休めていない。責めっぱなしだ。目尻に涙を浮かべた彼が、眼をきつく閉じ、ビクンと身体を跳ねさせている。

瑞鶴は、顔を真っ赤にしながら唾を飲み込む。端から見たら通報不可避な光景だ。と、止めなきゃ……! とは思うものの、上手く身体が動かない。

「はわわわ……!」鈴谷が両手で貌を隠しつつも、指の隙間から、彼の悶える艶姿をガン見している。ちょっと恥ずかしそうな赤城も、チラチラと横目で様子を窺っていた。

傍に居る翔鶴もそんな感じだ。離れた席で座っていた天龍や不知火も、ほぼ全員が身体を硬直させていた。いや、野獣だけが冷静な貌で携帯端末のカメラを向けて居る。何やってんだと瑞鶴が怒鳴ろうとした時だ。

あの惨劇へと身を投じる、乱入者が現れた。しかも二人。ソイツらは、高身長である大和と長門に揉みくちゃにされる彼を助けると見せ掛けて、彼のベルトを外しに掛かった。

「鎧袖一触よ……、心配要らないわ(意味不明)」と、やけに真剣な貌をした加賀と、「不知火です……!(多相の戦士)」と、名乗りを挙げた姉と妹の融合体だった。

流石にこれは不味い。もう、ハグという概念を超越しつつある。瑞鶴と翔鶴は飛び出して、必死に四人を彼から引き剥がしに掛かる。

 

「せんぱぁい!!! 何やってるんですか!!? 

不味いですよ!!? ちょっと……!! ホントに……!!」

 

「あの、すみません!! 皆さん!! 

手を止めて貰って良いですか!? ちょっと、遣り過ぎですよ!!

ほ、ホラ!! ラブ&ピース!! 平和が一番ですよ!!」

 

 

 

 本当に、この面子で酒が絡むと、最後の最後まで気が抜けない。

すぐに天龍や足柄、ダウンしていた那智も助太刀してくれて、事なきを得た。

もうちょっとで鳳翔さんにも怒られるところである。

ちなみに次の日。大和と長門、加賀と不知火が、朝一番に彼に謝り行ったという。

この日の秘書艦であった天龍が言うには四人共、目の下に濃い隈を作って、もの凄く憔悴した貌だったらしい。

 

本当に申し訳無い……。

昨晩は酒に酔っていて、その……よく覚えていないと言うか……。

責任能力が欠如していた状態と言うか……。心身耗弱の状態と言うか……。

あの……。いや、本当にごめんなさい……。

 

執務室に正座しに来た三人は、そんな感じの事を繰り返し述べ、平謝りしていたと言う。

ただ、彼の方は全く気にした風でも無く、何故謝られているのかもイマイチ分かっていない様子だったと聞く。

まぁ、そんな勢いで謝りに凝られても逆に困惑するだろうし、遺恨を残す事も無く彼が許してくれたのなら、まぁ……“めでたしめでたし”で良いだろう。

呑み方には気を付けろと野獣も言っていたが、本当に『酒は飲んでも飲まれるな』という奴だ。

自分も気を付けようと、瑞鶴は肝に銘じた。









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