少年提督と野獣提督   作:ココアライオン

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修正版 短編3 終

≪赤城@akagi1. ●●●●●≫

アナウンスです。

大淀さん、長門さん、陸奥さん達が脱落しました。

残っている端末数は残り二つです。

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

やりますねぇ! 良い勝負してんじゃーん!

 

 

≪天龍@tenryu1. ●●●●●≫

おい野獣! あのやたら動きの良いデカブツの人型は何だよ!? 

聞いてねぇぞあんなの!!

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

ちょっとボス的な存在も居た方が盛り上がるだルルォ!?

あくまで捕まえに来るだけで、危害なんて加えて来ないから、へーきへーき!

 

 

≪天龍@tenryu1. ●●●●●≫

そういう問題じゃねぇ!

テメェ、俺達にクリアさせる気ねぇだろ!

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

ゲームバランスがぶっ壊れる要素はお前ら側にもあるんだよなぁ……。

 

 

≪木曾@kuma5. ●●●●●≫

ボス格の数を聞きたい。もう終盤なんだ。

それくらいは教えてくれたって良いだろう?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

しょうがねぇなぁ~。

……ボス規格で用意したのは4体くらいですね、取りあえず

 

 

≪陽炎@kagerou1. ●●●●●≫

ちょっと待って下さい!

さっき▲頭の巨漢に追っかけられたんですけど、あんなのが他に3体も居るんですか!?

 

 

≪天龍@tenryu1. ●●●●●≫

勘弁してくれ、▲頭って何だよ……。

こっちは青鬼みたいな奴に遭遇したけど、まだ他にも居るのかよ……

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

まぁ、その辺りのバリエーションも豊富さも見所の一つだから!

新しい怪物達との、ドキドキ☆ワクワクな邂逅をお楽しみに!

 

 

≪曙@ayanami8.●●●●●≫

その一文から嬉しそうな貌が浮かんで見えて、クッソ腹立つわー……

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

そんな怒るなってAKBN! こう、心がポカポカしてさ、暖かい気持ちになるだろ?

 

 

≪曙@ayanami8.●●●●●≫

ポカポカどころかグツグツくるんだけど

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

Foooo↑ 怒ってる顔も可愛いよ? ぼのたん♪

 

 

≪不知火@kagerou2. ●●●●●≫

死んだ方がよろしいのでは?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

ちょっとふざけただけなのに、返しの台詞が辛辣すぎるんだよね

それ一番言われているから

 

 

≪提督@Admiral.female. ●●●●●≫

とりあえず、こっちは駆逐艦娘寮の裏手にあった端末にアクセスしに行くわ

もうちょっとで蟲達も退いてくれそうだし。磯風、浜風の二人も一緒

ラウンジに身を隠してるから、合流できる人が居たら歓迎するわよ

 

 

≪陽炎@kagerou1. ●●●●●≫

分かりました! 私達も駆逐艦娘寮に近いので、すぐに向います!

 

 

≪天龍@tenryu1. ●●●●●≫

俺達も吹雪と合流した。こっちはグランドに向う。気をつけろよ

 

 

 

 

 

 タイムラインに書き込んでから、しゃがみ込んで姿勢を落としていた少女提督は、一つ息を吐き出した。その傍に立ち、佇んでいる少年提督を見上げる。

携帯端末を見ていた彼も、少女提督へと視線を返しつつ、緊張した場の空気にそぐわない微笑を浮かべて見せた。静かで落ち着いているのに、何処か子供っぽい。

というか、あれだけ走って息切れ一つしていないし、汗も全く掻いていないように見える。動揺する素振りも見せないし。

なんでこんなに自然体で居られるんだろう。傍に居ると不思議でかなわない。恐怖を感じる機能が壊れてるんじゃなかろうか。心強いを通り越して心配になるレベルだ。

先程、タイムラインで野獣が言っていた“バランスを壊す要素”の一つが、彼の事であろうこともすぐに察しがついた。“提督”としての彼の力は多岐に渡る。

故に、生命鍛冶、金属儀礼術による艤装獣の召還と、金属細工による鬼達への干渉は行わないよう、彼も野獣に約束してあるのだという。まぁ、そりゃそうだろう。

彼が思う様に動き出したら、ゲームにならないし始まらない。それは艦娘にも言える事だ。艦娘達が皆、艤装を召還する事ができるなら、それはもう鬼ごっこでは無く戦争である。

レクリエーションとして、艦娘達は逃走を中心に動き、攻撃も可能。

鬼である蟲や追跡者には、攻撃機能は無いものの、数が多く、増加していく。

これはこれで、えらく尖った感じではあるもののバランスは取れているのだろう。

状況から見るに、うまく立ち回ればまだまだ勝利条件を満たせる。

 

 

 少女提督は思考を巡らせつつ、タイムラインの流れを追う。

位置的に、鈴谷や熊野達のグループも、寮の裏手にある端末を狙えるところに居るようだ。

此方に向うという書き込みがあった。彼も携帯端末へと視線を落としている。

彼は沈着だ。対照的に、磯風と浜風の方は、巨大な蟲を相手に余程消耗したのだろう。

疲れ切った貌をしている。すぐに動ける姿勢で身を落としてはいるものの、明らかに困憊状態だ。

 

 

 まぁ、自分だって同じような様子だろう。少女提督は苦笑を漏らす。少女提督と少年提督、磯風、浜風の四人は、駆逐艦娘寮の一階ラウンジに身を潜めていた。

少女提督は息を潜めつつ、ラウンジの窓から外の様子を窺う。窓のカーテンは閉めており、電気もつけていない。昼の陽を遮った寮内の一階を薄暗くして、身を隠している。

この寮の裏手にはゴミ捨て場があり、其処に端末が置かれてあるのは確認済みである。ただ、蟲達の群れに見つかり、少女提督達もつい先程まで蟲に追いかけられていた。

その騒動の中で、一緒に居た谷風と浦風が逸れてしまい、蟲に捕まり脱落している。本来なら蟲達がうろつくこの寮の近くから離れるところだ。

だが、勝利条件が『端末へのアクセス』へと変更したことも在り、少女提督達は逃げ回りつつ、機を窺っている最中である。

 

 資材置き場へと流れた蟲達もまた戻って来ている様でもあるし、ゲーム終盤になって更に窮屈になりつつある。とは言え、アクセスすべき端末はあと2つ。

勝てない状況では無い。蟲達が這い回るような音は、随分と遠い。蟲達も移動している。動いている。チャンスは在る筈だ。

ちなみに、磯風、浜風、浦風、谷風の四人は、少女提督が召んだ艦娘達である。だから、ツーカーとは行かずとも、割と息が合う。頼りになる仲間だった。

外の様子を窺っていた少女提督は、傍で姿勢を落としている浜風と磯風の方へと視線を向ける。二人も、真剣な表情で頷いてくれた。少年提督が携帯端末を懐にしまう。

「僕達も動きましょうか」少年提督の言葉に、磯風と浜風、そして少女提督が、しゃがみこんだ姿勢を上げようとした時だ。

 

 ラウンジに居る少女提督達から少し離れた、寮の入り口の扉が乱暴に開かれた。同時に、悲鳴と共に6人の艦娘が走りこんで来た。

タイミング的に陽炎達かと思った。その通りだった。嫌な予感がした。これもその通りになった。何か陽炎達を追いかけてきて、玄関をぶち破りながら登場した。

えっ、何アレ……。身体を起こそうとしていた磯風と浜風が尻餅をついていた。

陽炎、曙、潮、霰、皐月、長月を追いかけ、玄関から廊下へと進んでくるソイツは、廊下を塞ぐくらいの巨体だ。とにかくデカイ。クモに似ているが、違う。

頭・胴・脚という区別が無い。全体的なシルエットはクモっぽいのだが、そのシルエットを象っているものが人の形をしている。黒ずんで汚れたマネキン人形だ。

 

 無数のマネキン人形の集合体みたいな、不定形で不調和な巨体だった。ワシャワシャとマネキン人形達が腕を動かして移動して来る。迫って来る。

移動の為に動いている腕もあれば、マネキンの首を持っている腕も幾つもある。そのマネキンの首たちの眼は、ギョロギョロと動いて陽炎達の背中を目で追っていた。

薄暗い寮の廊下を塞ぎつつ蠢き、此方に向ってくる。直球のホラーモンスターだ。「わぁ……」と、少年提督がアトラクションを楽しむような歓声を上げていた。

青い顔になった少女提督と磯風、浜風の三人は、悲鳴を上げる前に逃げ出した。逃げて来た陽炎達も、少女提督達に続く形で廊下を駆ける。

 

「ちょっとぉ!! なんてもの連れて来るのよ!!」

少女提督が走りながら、後ろに続いている陽炎達に叫ぶ。

 

「いや、私達に言われてもっ……!!」

陽炎が切羽詰った声で答える。

 

「ここに来る途中で見つかっちゃったんだもん! しつこいなぁ! もぉ!」

走る皐月も、言いながら後ろを振り返る。

 

 半泣きで顔を引き攣らせている長月と潮、それから霰が続いている。

最後尾が、何だか楽しそうな少年提督だ。うん、もう殿は彼に任せよう。

少女提督も振り返って、そう思った時だ。鈍い音が聞こえた。廊下。前からだ。

 

「ひっ……!?」「うっ……!?」

 

 少女提督と並んで駆けていた磯風、浜風が驚愕の声を上げつつ慌てて立ち止まった。

何だ何だと少女提督も前を見る。変な笑い声が出そうになった。何か居るじゃん……。

裸形の巨躯は濁った青色をしている。それでいて顔が極端に大きい。

顔のパーツは眼も鼻も口も大きい。其々が不気味に蠕動している。

タイムラインで天龍が言っていた『青鬼』とは、アイツの事か。

不味い。挟み撃ちにされた。どうする。青鬼も来る。凄い勢いで走って来る。ヤバイって。

そう思ったが、大丈夫だった。エンジン音がした。迫ってくる青鬼の、更にその背後。

バイクを駆る木曽と、チェーンソーを携えた阿武隈、それから弓を番える翔鶴だ。

新手の3ケツ暴走族みたいな風体だが、三人の錬度の高さは流石だった。

青鬼も、背後の木曾達に気付き、踵を返そうとした。そりゃあそうだろう。

 

 丸腰の少女提督達なんかより、ぱっと見で木曾達の方がよっぽど脅威だ。

だが、それが判断ミスだった。Uターンしようとした青鬼の動きが一瞬止まる。

その隙を翔鶴が見逃す訳が無かった。バイクに乗ったままで、矢継ぎ早に弓を射った。

目にも止まらぬ早業だった。青鬼の両眼と両膝を、三本ずつ矢を撃ち込んで見せた。

さすがに青鬼も眼を押さながら、苦悶に吼えてその場に膝をついた。

 

 そのすぐ脇を、木曽がバイクで走り抜ける。すれ違いざまに、大振りなチェーンソーのエンジンを掛けた阿武隈が、振り被ってバッサリ行った。

「(><)たぁぁぁああ!!」と、気の抜ける気合と共に、青鬼の顔の半分を問答無用で切り裂いたのだ。やったぜ。少女提督は思わずガッツポーズしそうになった。

だが、まだ早い。マネキンモンスターが、背後から絶賛接近中である。此処で機転を利かせたのは、後ろの方を走っていた彼と曙、長月、霰、潮、皐月だった。

マネキンモンスターに追いつかれかけた彼達は、咄嗟の判断で脇の部屋へと飛び込んだ。彼らは部屋を利用し、マネキンモンスターの背後に回りこむ形で、再び廊下に出た。

ちなみに彼らが飛び込んだ部屋は、トレーニングルームだ。前と後ろに扉があり、追いかけられていた彼らは前の扉に飛び込んで、後ろの扉から出る事によって回り込んだのだ。

勿論、マネキンモンスターも黙っていなかった。身体をねじる様にして、脇の部屋へと逃げ込んだ彼らを追おうとしていた。マネキン人形の塊で象られた腕らしき部分を伸ばしている。

しかし、あの巨体だ。入り口の扉につかえてしまっている。動きが止まった。その隙に、マネキンモンスターの背後に回りこんでいた曙達が攻勢に出た。

 

「キモイのよっ!」「これでも喰らえ……っ!!」「いっけぇーー!!」「当たってください……!!」「……っ!!」

曙らの両手には、ダンベルが握られていた。5キロから10キロくらいだろう。曙、長月、皐月、潮、霰の五人は、一斉にそれらをマネキンモンスターの背後から投げつけた。

艤装も召還できず、肉体の強化状態に無い今では、流石にぶん投げるような勢いは無い。それでも、曙達は訓練で鍛えられた駆逐艦娘達だ。ひ弱という訳では決して無い。

それなりのスピードを持って弧を描くダンベルには、やはりそれなりの威力が宿る。ガッツンガッツンと鈍い音がして、マネキンモンスターの身体にダンベルがぶち当たる。

どうやら、見た目こそグロテスクで巨体だが、朽ちたマネキンの集合体だ。頑強という訳ではないらしい。脆い。マネキンが砕けて毀れた。剥がれて、欠けていく。

怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨。マネキンモンスターが、呻いた。多少は効いているようだ。だが、この礫攻撃に腹を立てたのか。

マネキンモンスターが身体をぶるぶるぶるぶるっと震わせた。かと思ったら、トレーニングルームに突っ込んでいた腕らしく部分をぶっこ抜いて、シルエットを変え始めた。

まるで、ブロックパズルが変形するように、がちゃがちゃがちゃっ! っと動いている。黒ずんだマネキン人形が象った形は、クモじゃない。今度はタコに近い。

マネキンの胴体が繋がったみたいな腕が、うぞうぞがしゃがしゃと無数に伸びしまくって、肥大化し始める。膨れ上がったマネキンモンスターの所為で、向こうが見えない。

木曾や翔鶴、それから阿武隈も、迂回路として使えそうなトレーニングルームに迂闊に近づけなくなった。なんてこったい。

 

 束の間の均衡。この間に、浜風と磯風は、木曾が乗っていたバイクに括られたズタ袋から、バールを一本ずつ取り出して構えた。少女提督は周りを見る。状況を把握する。

事態はすぐに動いた。チェーンソーでぶった切られた青鬼が、むくりと起き上がったのだ。なんてタフさだ。やってられない。

そもそもが金属細工の人形だからか。顔の半分以上を、右斜め上から叩き割られたような状態だが、出血らしいものは無い。へっちゃらなんだろう。

青鬼はゆっくりと起き上がりながら眼や膝やらに刺さった矢を引っこ抜いて、此方に向き直った。破壊されたはずの眼や膝の傷はそのままだが、しっかりとした足取りで動き出す。

青鬼の体の傷が消えていく。大穴が空いた眼も、ビデオの逆再生のように塞がっていく。タフ過ぎる。不味い。この薄暗い寮一階で、乱戦状態になりつつある。

それに。音だ。ガチャガチャという、不気味な音。蟲の群れが蠢く音が聞こえる。厚みのある音だった。

見なくても分かる。大群だ。押し寄せて来たのか。そんな馬鹿な。でも、間違い無い。

聞こえる。何処から。ああ。なんて事だ。よりによって向こうからだ。

 

マネキンモンスターと対峙しているだろう、曙達の背後からだ。挟まれた。

逃げ道は。窓。いや、駄目だ。蟲の這う音がする。近い。窓からも来た。見つかった。

蟲。巨大ゴキだ。バレていたようだ。ガラスを派手に割って入って来た。包囲された。

さっきまで数の面では有利だったのに。逃げ道は、もう道を塞ぐ青鬼を退治するしかない。

 

 

 少女提督は咄嗟に携帯端末を取り出す。

素早く文字を打ち込み、タイムラインに短い文章を作成しようとする。

その間にも、窓を破ってきたゴキ達が少女提督に迫る。磯風と浜風が対処してくれた。

二人は少女提督の壁となるべく立ち、寄って来るゴキ達をバールで殴り、刺し、叩き潰す。

翔鶴が弓を射って、阿武隈はチェーンソーを呻らせて、迫ってくる青鬼と対峙する。

青鬼は蟲達のように突っ込んできたりしない。じりじりと距離を詰めようとしている。

動こうとするところを翔鶴が放つ矢が牽制し、チェーンソーを持った阿武隈が道を阻む。

バイクを降りた木曾と陽炎は、バイクのズタ袋から何かを取り出した。

木曾が工廠にでも立ち寄った持ってきたのだろう。二人が手にしたのは、大振りのパイプレンチだ。木曾は右肩に担ぐ様にして持って、姿勢を落として構える。

陽炎は両手で柄を握って、パイプレンチの頭を下げる姿勢で、身体の横で持つ。

二人は絶賛ウネウネ中のマネキンモンスターに対峙した。

 

 

 もともと、少女提督はシャーマン的な力を買われた提督では無い。技術的な力を買われ、元帥の称号を得た身である。

工廠にはよく足を運ぶし、明石と夕張が道楽で様々な工具を取り寄せてはコレクション

している事は知っていた。

明石や夕張が、殆ど道楽で取り寄せた多種多様な工具類が、こうして武器として活躍の場を与えられたところを見ると、何が役に立つか分からないものだと思う。

冷静な思考の片隅で、そんな事を考えつつも、少女提督も動く。携帯端末で、此方の状況をタイムラインに書き込む。敵が集中している事。敵に囲まれている事。

寮の周りに居る蟲達が少女提督達を狙い、一階の中に集まりつつありならば、陽動の効果も期待出来る事。寮の裏手にある端末へのアクセスは、その分容易になるだろう。

少女提督達が此処で持ちこたえて時間を稼ぐほど、別のグループは動き易くなる。蟲達に捕まるのも嫌だが、更にこのゲームに負けて罰ゲームまでさせられるのは絶対に嫌だ。

 

 泣きっ面に蜂も良いところである。それだけは避けたい。

だから、別に動けるグループに連携を頼む。現状、戦う事の出来ない非力な少女提督は、このグループの“声”役だ。外に呼びかける。伝える事に専念する。

出来る事をするだけだ。タイムラインでは、鈴谷のグループだけで無く、伊58達のグループがレスポンスを返してくれた。その事を、周りの木曾達に大声で言う。

細かく説明する必要も無いし、そんな場合でも無い。何をすべきか。その要点だけ伝われば良い。全員、少女提督の方を見なかったものの「了解!!」と返事をしてくれた。

あとは、出来るだけ生き残り、時間を稼ぎ、このデカブツ2体を足止めするだけだ。

 

 まるでムカデみたいにマネキン人形が連なり、ぐねんぐねんと蠢きながら蛇みたいに迫ってくるのを、木曾はヒラリとかわしながらレンチで殴りつけた。

マネキンが砕けて破片が散る。陽炎にもマネキンムカデが迫るものの、潜るようにして身を沈めてかわす。そして、姿勢を起こすのと同時に、レンチを両手で振りぬいた。

パイプレンチによる強烈なアッパースィングだった。マネキンムカデが砕けて折れ曲がった。その間にも、2本目、3本目、4本目と、マネキンムカデが襲う。

タコの足みたいに伸びてくるそれらを上手くかわしつつ、木曾と陽炎はマネキンを削って、砕いていく。艤装を召還できず、艦娘としての力が無くとも、流石の錬度の高さだった。

 

 それは、翔鶴と阿武隈にも言える。二人の立ち回りは堅実だ。青鬼が前に出ようとしてくるときは、阿武隈が僅かに下がり、変わりに翔鶴が弓矢での牽制に出る。

これを嫌がって青鬼がジリジリと半歩下がったりすると、今度は阿武隈がすっと距離を詰めると見せ掛け、プレッシャーを与えている。二人の間合いの管理は完璧だ。

青鬼を仕留めることが出来ずとも、時間を稼ぎ足止めをしている。磯風、浜風にしても、ゴキを相手に奮戦してくれている。踏んづけて、蹴飛ばし、応戦してくれている。時間を稼ぐ。

 

 

 あとの問題は、マネキンモンスターを挟んで反対方向に逃げた彼らの方だ。

いや、もう無理だ。此方には、木曾達が持って来てくれた工具類があったのだ。

だからこそ応戦できている。向こうはダンベルなどがあっても、武器にはしにくいだろう。

それに、マネキンモンスターだけでは無く、後ろからも蟲達が迫っているのだ。

ガシャガシャという蟲達の足音がさっきよりも大きくなっている。

確かに、少年提督が艤装獣の召還や、その超常の力を持ってして動けばどうにでもなる。

しかし、その力を外的への干渉へ使うことは禁止されている。今は縛りプレイなのだ。

少女提督は、少年提督達が全滅する事を前提にする。

考える。次の一手を打つべく、携帯端末に視線を落としたときだった。

木曾達が戦う音に混ざり、声が聞こえた。少女提督は聞き逃さなかった。

 

「ちょ、ちょっと……! 何してんのよクソチビ提督!!」

曙の上擦った怒鳴り声だ。

 

「うわわわわわ……っ!!」 

皐月の焦った声が聞こえた。

 

「えぇっ!! あ、あのっ……あのっ!!」

羞恥に震える声で、潮の慌てまくる声がした。

 

「わはぅっ……!!」

長月の驚愕の声に。

 

「んちゃぁ……っ!!」

素っ頓狂な霰の悲鳴が続く。

 

 マネキンモンスターの向こう側で、何が起きてるのか。

木曾や陽炎、阿武隈、翔鶴、磯風、浜風達は、戦闘中だから気付いていない。

少女提督は携帯端末から顔を上げて、耳を澄ます。詠唱の声が聞こえる。彼の声だ。

これでも元帥のはしくれだ。術式自体は聞けばだいたい分かる。

あれは鋳金・彫金に係る、金属の形状変化を齎す詠唱だろう。何をする気だ?

その疑問は、すぐに解決されることになった。ズドォォォン……!!、と来た。

衝撃というか、腹の底に響くような衝撃音だった。これは、打撃音だ。

マネキンモンスターが盛大に震えて、浮いた。

と言うか、こっちにズザザザーー……ッ、と下がってくる。

曾達と陽炎がバックステップを踏み、距離を取る。

磯風と浜風も、ついでにゴキ達も、マネキンモンスターの方を見た。

青鬼と、それと対峙していた阿武隈と翔鶴も同じく、驚いたような貌で一瞬動きを止める。

同時だった。更に、鈍く重い打撃音が聞こえた。

 

 マネキンモンスターの一部が砕けて、突き抜けるようにして誰かが飛び出して来た。

バラバラのグチャグチャのバキバキになって、爆発四散した。破片が散らばる。

マネキンモンスターに大穴を穿ったソイツは、クルッと宙返りを決めて見せて着地した。

右膝と左手をつくような姿勢だった。衝撃を吸収させたのだろう。音がしなかった。

手に持っているのは、大き目のバーベルだ。片方だけに馬鹿みたいに重りを載せてある。

その所為で不恰好なメイスの様にも見えなくも無い。アレをマネキンモンスターに叩き込んだのか

 

 すっと立ち上がったソイツは、アスリートみたいな身体をした白髪の青年だ。

身長も在る。引き締まってスリムだが、それなりに筋肉のボリュームもあった。

右手から右腕、右胸、右の首下にかけて、複雑で幾何学的な黒紋様が刻まれていた。

首には、小さめな黒い提督服の腕部分を結び、まるでマントの様に靡かせている。

あとは見覚えのある眼帯を、首に引っ掛けるようにしてぶら下げていた。ちなみに裸足だ。

顔は狐の御面で隠してある。左眼部分にコインが嵌め込まれている御面だった。

あれでは右眼でしか前が見えないが、ああいうデザインなんだろう。

まぁ、問題なのはマスクがどうのこうのという次元では無い。

パン一だった。控えめな柄の黒いイタリアンデザインのボクサーパンツ一丁なのだ。

いや。いやいや、違う。正確に言えば、一丁では無い。マントもしているし。

よく見ればパンツの上、腰辺りに黒い襤褸布みたいなのを巻いている。

あれは、破れた提督服の下履きか。まるで腰タオルみたいで余計に違和感が在った。

薄暗がりの中。狐の御面を被り、短い黒マントを羽織ったパンツ一丁野郎といった風体である。

しかも、手にはバーベル(メイス)を持っている。普通に通報ものだ。

まるでソイツの反応を待つように、青鬼もゴキ達も、少しの間、動きを止めていた。

ソイツは、バーベル(メイス)を棒術の演武ように鋭く振り回し、意味不明なポーズを決める。

 

 

「正義のヒーロー! 六文銭仮面、只今惨状!!」

 

ソイツは自信満々に名乗りを上げた。

場の空気が固まる。少女提督は、ポカンとして立ち尽くす。と言うか、全員がそうだ。

苦しげに呻いて蠢いているのは、マネキンモンスターだけである。

やたら良い声で名乗りをあげたソイツは、狐面で表情が見えないものの何処と無く誇らしげに見えた。

……ほんとに惨状だよ。どうすんの、この空気……。

 

 少女提督が『参ったなぁ…』みたいな貌になって六文銭仮面にツッコもうとした。だが、場の空気が固まっても、状況はリアルタイムで変わっていく。ゴキ達が動き出し、青鬼が飛び出して来た。

身体を破壊されて欠損し、体積を大きく減らした事で、明らかに弱ったマネキンモンスターも、六文銭仮面へと向き直り、ワシャワシャと再び動き始めた。

マネキンムカデとも言える触手腕をうねらせて、六文銭仮面に狙いを定めたようだ。だが勿論、他の艦娘達だって反応する。

 

「無視するなんて上等じゃない!」 真っ先に駆け出したのは曙だ。早かった。先程、マネキンモンスターに投げつけて床に落ちたダンベルを、駆けながら拾い上げる。

そして、かなりの近くまで助走をつけて駆け寄り、手にしたダンベルでマネキンモンスターを思いっきり殴りつける。マネキンが砕け散って、更にその体積を削った。

このおぞましい姿をしたマネキンモンスターは、見た目こそ恐ろしく、その巨体で威圧感があるものの、実際に攻撃してみればやはり脆い。弱っている今なら行ける。勝機。

 

皐月、長月、潮、霰も、曙に続いた。波状攻撃を仕掛ける。曙がマネキンモンスターから距離を取りつつ、ダンベルを投げつけて、更にマネキンの表面を砕く。

余所見をしていたマネキンモンスターが体を捩らせて怯む。その隙に、皐月と長月が駆け込んでいく。二人はタイミングを合わせて、拾ったダンベルを叩き込んだ。

潮と霰も、ダンベルを投げつける。マネキンモンスターを形勢するマネキン達が、ボロボロと崩れていく。トドメとばかりに動いたのは、パイプレンチを携えた陽炎と木曾だ。

マネキンモンスターも抵抗する。巨大なマネキンムカデを繰り出す。それをかわしつつ、大きく振り被ったレンチで、二人は容赦無く叩き潰す。

 

 

 磯風、浜風は、ゴキ達を退けつつ、全員が囲まれないように立ち回ってくれている。この間に、青鬼も阿武隈と翔鶴へと迫っていた。六文銭仮面がカバーに入る。

その青鬼へ少女提督も肉薄する。めっちゃ怖いが、手にした携帯端末を手早く操作する。体術も体力も無いが、出来ることくらいは在る。前へ出る。

翔鶴が矢を放つ。神速で射る。10本。青鬼は全部喰らう。それでも止まらない。腕を交差させるような前傾姿勢で突進してくる。軽く息を吐いた阿武隈が、すっと半身立ちになる。

翔鶴が半歩下がり、阿武隈が前へ。青鬼と阿武隈の距離が、一気に縮まる。阿武隈は恐れを見せない。青鬼を見据えている。青鬼も速度を落とさない。

阿武隈は大きく踏み込んで、チェーンソーを呻らせつつ、逆袈裟に振りぬいた。阿武隈の間合い管理は完璧だった。これ以上無いタイミングだった筈だ。「い……っ!?」

阿武隈の表情が引き攣った。青鬼は、交差させた両腕でチェーンソーを受け止めて見せたのだ。ついでに、腕にチェーンをめり込ませつつ、突進の勢いを利用して、力任せに弾いた。

阿武隈は反応する。咄嗟にチェーンソーを手放し、大きくバックステップを踏んだ。その阿武隈を眼で追いつつ、追い縋ろうとした青鬼を、さらに翔鶴が弓矢で牽制する。

 

 しかし、今度は青鬼の方が疾い。矢を受けつつくぐり、迫ってくる。阿武隈が捕まりそうになった。「写真とるよーー!!」 少女提督が横合いから走りこんで、叫ぶ。

咄嗟の事だが、二人は反応してくれた。阿武隈と翔鶴は腕で目許を隠す。

 

「はいチーーズ!!」女提督は、手にした携帯端末のカメラを青鬼に向けて、強烈な連射ストロボを浴びせかけた。護身用に魔改造を施したフラッシュ攻撃だ。

視界が真っ白に焼け付くほどの閃光が、連打で瞬いた。薄暗かった廊下が強い光に染め抜かれる。青鬼は此方を見ていた所為で、まともにフラッシュを直視した。

僅かに怯む様にして、青鬼の動きが止まった。十分だった。バーベル(メイス)を手に、六文銭仮面が突っ込んでいく。何て鋭い踏み込みだ。疾い。

六文銭仮面は身体を捻りつつ、左手に握ったバーベル(メイス)を叩き込む。そう思った。でも違った。肩幅程に足を開いて腰を落とし、腰だめに右拳を握り、力強く床を踏んだ。

明らかに“構え”だ。六文銭仮面は、青鬼の前で「六文銭パァァァンチ……ッッ!!(迫真)」握りこんだ右拳で、ストレートパンチを放つ。

トンファーキックという言葉が脳裏を過ぎる。正拳突きだった。クッソダサい技名をわざわざ叫んだだけあって、その威力は相当だった。

青鬼の鼻っ面の正面に撃たれたパンチは、青鬼の顔面を大きく陥没させ、もの凄い勢いで吹っ飛ばした。いや、殴り飛ばしたと言った方が正しい。

ドグシャァ!! みたいなヤバイ音と共に青鬼が空中を移動して、1バウンド、2バウンド、3バウンドして、寮一階廊下の端までゴロゴロゴロゴロッッ!!っと、転がっていく。

突き当たりの扉を派手にぶち破ってから、青鬼はようやく止まった。もう起き上がって来なかった。ピクリとも動かない。乱戦が終わる。寮一階に静寂が訪れた。

丁度、磯風と浜風も、ゴキを駆逐し終えたタイミングだったし、陽炎達も、マネキンモンスターを寄って集って破壊し尽した時だった。全員が、六文銭仮面を凝視していた。

 

 正拳突きの姿勢のままで残心しつつ、重く鋭く息を吐いている。

武人のような威圧感が在るものの、その格好の所為で色々と台無しだ。

少女提督は、どうしよう、アレ……、みたいに、翔鶴、阿武隈と顔を見合わせた。

遠巻きに見ている陽炎達や磯風達だって同じ様な貌をしている。

アレとは無論、六文銭仮面の事だ。取りあえずだけど、声掛けてみよっか……?

そう思ったに違い無い。「……あ、あの、司令……ですよね?」

パイプレンチを持ったままで、おずおずと六文銭仮面に歩み寄ったのは陽炎だった。

 

「アンタさ、なんつーカッコしてんの」

陽炎に続き、腕を組んでアホを見る目で歩み寄ったのは曙だ。

 

 

「えっ!?」

六文銭仮面は、正拳突きの姿勢を慌てて解いて、陽炎と曙に向き直る。

それから、わたわたと両手を振ってから一つ咳払いをして、堂々と腕を組んで背筋を伸ばした。

 

「……な、何のことでしょう? 

僕はさすらいの正義の味方、六文銭マンでしゅよ?

さっきまで居た少年は、僕が安全な場所に運んでおきました。

あの……別人ですよ?」

 

「さっきと名前違ってるけど、何でそんな動揺してんのよ。

 念押さなくていいから。って言うか、バレバレだから。そういうのは良いのよもう」 

 

 腕を組んだ曙が、眉間に皺を寄せる。何だか責めるみたいな眼つきだ。

六文銭仮面は組んでいた腕を解きつつ、肩を落とすみたいに息を緩く吐いた。

そして、狐の御面をそっと外す。その青年は、困ったみたいな笑顔を浮かべていた。

蒼み掛かった昏い左眼と、濃く濁った緋色の右眼が印象的だ。

その面差しには、やはり彼の面影が在る。少女提督も彼に歩み寄り、その貌を見上げた。

 

「ふーん、なるほど。儀礼術も使い方次第……。

外的では無く、内的に干渉するのはルール違反じゃないってワケね。

……身体に負担が掛かりそうね、その施術。無茶してない?」

 

 彼は異種移植の後、身体の深海棲艦化をコントロールしている。

自身の体への施術処置により、肉体の成長と活性を急激に促し、体型を変えたのだろう。

彼の右腕、右胸に刻まれた黒い術紋を一瞥して、少女提督は彼に聞いた。

彼はまた、人が良さそうな微笑みを浮かべて見せた。

気の優しいお爺さんみたいな笑顔が、青年の相にちぐはぐである。

 

「はい、大丈夫です。

この体型を長時間にわたって維持しないのであれば、問題はありません。

先輩にも、一度ならば使わせて貰うという許可は貰っています」

 

先程、タイムラインで野獣が言っていた言葉を思い出す。

『ゲームバランスがぶっ壊れる要素はお前ら側にもあるんだよなぁ……』

アレは要するに、彼の変身☆ヒーロー化の事を言っていたのか。

確かに、青鬼を殴り飛ばした威力などを見れば頷ける。

その分、長時間と連続の変身は無理の様だ。それにしても……。

 

「取りあえずさぁ……、その格好は何とかならなかったの?」

 

渋い貌で言う少女提督に、曙が頷いて、陽炎が苦笑していた。

まぁ、ほぼパン一だし。二人ともちょっと貌が赤い。

阿武隈と翔鶴も、恥ずかしそうな、ちょっと居心地が悪そうにモジモジしていた。

というか、ほぼ全員そうだ。瑞々しくも逞しさのある、彼の体をチラチラと見ている。

彼は自分の格好を一度見てから、周りの面子を順番に見た。

そして、意外そうに瞬きをして見せる。

 

「えっ、格好良く無いですか?」

 

「えっ」 少女提督が素で聞き返す。

 

「えっ、いや、……あの、へ、変、ですかね……?」

 

「あー……、うん、まぁ……、その、うん」

 

「あっ、そ、そう、ですか……」

 

こういう変な所で子供っぽいのも、普段では感じられない彼の愛嬌とでも言えば良いのか

とても残念そうにしょんぼりする彼の姿に、少女提督も毒気を抜かれて小さく笑った。言いたい事も色々あるが、まぁ今度で良いや。

少女提督は携帯端末に視線を落とす。タイムラインを追うと、鈴谷のグループと伊58達のグループは合流し、端末へのアクセスを済ませたという報告が在った。

残るは一つ。時間的にも、応援に行くのはもう間に合わない。助っ人には行けない。吹雪達や天龍のグループに任せるしか無い。……頼んだわよー。ホントさぁ……。

心の中でエールを送りつつ、少女提督は軽く息を吐き出した。周りを見渡してみる。磯風と浜風と眼が合った。二人も、何だかもう『なるようになるでしょう』みたいな貌だ。

その通りだ。あー疲れた。寮一階のぶっ壊れっぷりに、また笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の端末は、訓練場グラウンドの隅に置かれていた。開けた場所だ。

そして人型追跡者のルール理解も完璧だった。待ち伏せって言うか、迎え撃つスタイルだ。

端末を守るべく、▲頭の巨漢が、大人くらいの大きさを誇る大鉈を左手に佇んでいる。

ついでにもう一人。小型の金庫を頭に被っている巨漢が肩を並べて立っていた。

金庫を頭に被って、その上から有刺鉄線をぐるぐる巻きにしているような格好だ。

服装は食肉加工工場で働いてる感じの格好だが、やっぱり異様に血塗れである。

ドス黒い血に濡れた作業着とエプロンはもとより、手に持ってるのは包丁じゃない。

人間の腕くらいのミートハンマーだ。それにも有刺鉄線を巻きつけてある。

あれを左片手で持ってる膂力は推して知るべきだろう。身長も、2mを軽く超えている。

 

 青空に茜が滲み、羊雲を疎らに染めている。陽が傾き、足元の陰が伸びている。

時間切れが近い。グズグズしてる暇は無い。場所的に見ても、小細工も無理くさい。

端末にアクセスすべく、グランドに攻め込んだ吹雪達は、苦戦を強いられていた。

この人数で一挙に攻めれば、少なくとも数の有利を押し付けることが出来る筈だった。

相手であるブロッカーとしての人型追跡者は、二人だけ。そして此方は、七人。

仮に何人かが捕まっても、残りで端末まで辿り着ければ良い。単純に、そう考えていた。

しかし、数の有利はすぐに崩れ去る事になる。蟲達の乱入だ。

吹雪達の横合いから、雪崩込んで来た。ハエとクモの群れだった。

半包囲されて一気に形勢が変わり、完全に勢いを殺されてしまった。

 

 

 しかし、まだ吹雪達は諦めていない。足掻いている。

まず、不知火、天龍、夕立の三人は、▲頭と金庫頭を相手に立ち回っている。

3対2だ。▲頭と金庫頭は、やはり攻撃はしてこない。飽くまで捕獲の為の動きだ。

それでも、とにかく動きが俊敏と言うか、とんでもなく玄人臭い動作で隙が無い。

天龍と不知火が、手にした鉄パイプを打ち込み、鉈と斧を持つ夕立も息を合わせて襲い掛かる。

しかし▲頭と金庫頭も、手にした得物で防御しつつ、その行く手を確実に阻んでくる。

どうにかして動きをかわして、端末に辿り着きたい。

吹雪、睦月、朝霜、瑞鶴は、前衛の3人が取り囲まれてしまわないように動く。

 

 吹雪は鉄パイプを握り込み、地面を這ってくるクモを追い散らす。

瑞鶴は練習用の弓矢を構え、素早く矢を放ってハエを撃ち落としていく。

睦月は、かなり大き目のアジャスタブルレンチの二刀流で、クモもハエも殴りまくる。

朝霜が手にしているのは、除草用の火炎放射器である。

さっきまで木曾がズタ袋に放り込んでいたものを、別れ際に渡して貰ったのだ。

木曾、阿武隈、翔鶴のグループは、パイプレンチやチェーンソーも持っていたからだろう。

武器が充実していたので、此方にも分けてくれたのだ。

 

「消毒だぜぇぇぇ!!」

 

 朝霜は、周りをよく見ている。常に吹雪と睦月の背を守るポジションを陣取る。

炎を撒いて、蟲達の群れを牽制している。それでも前へ出てくる蟲には、瑞鶴が対処する。

乱戦状態に近いが、圧されてはいない。問題は、この蟲の数だ。

この蟲達さえどうにか出来れば、▲頭と金庫頭を相手にしなくても良い。

今の状況から見えてくる吹雪達の勝ち筋は、大きく分けて2つ。

 

 天龍達が、ブロッカーである▲頭と金庫頭を撃破し、正面を突破するか。

吹雪達が、蟲達を全滅させて、▲頭と金庫頭を天龍達に任せる形で、端末に向かうか。

力任せの突撃でしかないが、応援を待っている時間が無い。行くしかないのだ。

しかし、この土壇場で強力な助っ人が来てくれた。察しが良い。走りこんで来る。

天龍、不知火、夕立と対峙する、▲頭と金庫頭の後ろを取る形だった。

 

 身体を極端に前へ倒して、疾駆している。デニムのホットパンツに、黒のタンクトップと黒のパーカーを着込んでいる。被ったフードから見える銀髪が眩しい。

「ぐっどアフタヌ~ン……!(レ)」レ級だ。肩に担ぐというか、背中に背負うみたいにして片手で持っているのは柄の長い、大振りのスレッジハンマーだ。

工廠あたりからチョロまかして来たのだろう。レ級だって弱化用チョーカーをしているし、肉体もスポイルされており、深海棲艦としての力は封じられている。

それで尚、あんな重たいものを持ってよく動けるものだ。彼の配下になった深海棲艦達も、独自にトレーニングを積んでいるという話は聞いた事が在るが、その成果か。

 

 駆けるレ級は、▲頭と金庫頭を狙わない。まっすぐにグランドに置かれた端末を狙う。

王手をかける。だが当然、そうは上手く行かない。動いたのは▲頭だ。

レ級に立ち塞がるべく、向き直ろうとした。その▲頭の初動を潰そうと、天龍と不知火が前へ。

天龍が右斜め上から。不知火が左斜め上から。鉄パイプを鋭く振りぬこうとした。

息がピッタリと合った二人のコンビネーションは、完全に▲頭を捕らえていた筈だった。

しかし、仕留められなかった。とんでも無く戦い馴れた動きと早業だった。

▲頭は、近くを飛んでいたハエを引っ掴んで、天龍に押し付けるみたいにしてパスした。

同時に手にした大鉈の腹で、不知火が振りぬいて来た鉄パイプを受け止めて押し返す。

ブブブブブブブブブ!! 大暴れする巨大ハエを目の前にもって来られて、天龍が叫んだ。

「はぉぅッ!!?」 天龍は思わず身を引きつつ、ハエを叩き落す。

「ぅぐ……っ!!」 大鉈で圧された不知火が体勢を崩す。動きが止まる。

その僅かな隙に、▲頭はレ級を狙う。夕立がそれを阻止しようするものの、無理だった。

割り込んで来る。金庫頭だ。夕立にショルダータックルを仕掛けてきた。

夕立は咄嗟に横っ飛びに転がって避ける。得物は手放さない。すぐに起き上がる。

 

 駆けて来るレ級は、それらの一連の流れを全部見ていた。

ズザザザザザーーーッと急ブレーキを掛けて、走る方向を急転させる。

今度は端末では無い。唇の端を吊り上げたレ級は、舌舐めずりして金庫頭に狙いを定めた。

ブロックしに来た▲頭には付き合わない。状況が変わる。場の流れが一気に加速する。

 

金庫頭には、夕立とレ級が。

▲頭には、天龍と不知火が、それぞれ対峙する形になった。

 

 

「身体も暖まって来たっぽい……!」即座に夕立はレ級に応える。

斧と鉈を手の中でグルングルン回しながら。突進姿勢を解いた金庫頭に肉薄する。

レ級も突っ込んでいく。金庫頭は、まず夕立を狙った。捕獲すべく、手を伸ばしてくる。

夕立はそれを、身体を鎮めることで避けつつ懐に潜り込み、右手に持った鉈を胴体にぶっ刺した。

そして即座にぶっこ抜きつつ、すっと横合いに身体を捌き、左手に持った斧を金庫頭の金庫に叩き込んだ。

 

 硬い金属音と共に、斧の刃が金庫にめり込む。それでも金庫男は止まらない。

ダメージなど構わず、夕立へと掴み掛かろうとした。しかし、レ級がそれを許さない。

「いざぁ……!(レ)」 レ級は走りこんで、横合いから走りこむ。

身体を駒みたいにぶん回して、金庫頭の即頭部にスレッジハンマーを盛大にぶち込んだ。

派手な予備動作の癖に、全く動きに無駄が無い。流麗でさえあった。

グラウンドに響き渡るような、良い音がした。金庫頭の側頭部だ。金庫が歪む。

流石に金庫頭がぐらつく。だが、倒れない。ならばもう一発と、レ級が身を沈める。

すぐさま身体をぶん回して、もう一発を繰り出す。しかし、今度は金庫頭も防御した。

片手で握ったミートハンマーで、レ級のスレッジハンマーを殴り返したのだ。

なんて腕力だ。今度はレ級がたたらを踏む。「おぉっ!?(レ)」

しかし、金庫頭がレ級を相手にした事で、隙が生まれた。夕立が猛襲する。

 

 

 この間にも、▲頭と対峙している天龍と不知火の二人も、善戦している。

いや、天龍が▲頭と正面から切り結んで、優位に立っていた。つかず離れず。牽制し、足を止める。

不知火が、囲いに来たハエやらクモを追い散らしている。瑞鶴も援護する。

吹雪と睦月、朝霜も、蟲達を潰しながら、援護に向かうべく急ぐ。グラウンドの土を蹴って、駆ける。

その途中で、吹雪は天龍の鉄パイプ捌きに見惚れたかけた。

 

夕立は、『人間の型』である限界を引き出す天才型だ。

人間の身体なら此処まで出来るという限界を引き出して、滅茶苦茶な動きをする。

一方で天龍は天性では無く、修練や鍛錬によって技術を培い、磨きぬいて、足りない部分を徹底的に補っている。

こういう得物を持った差し合いでは、べらぼうに強い。天龍も、どうやらちょっと本気を出したようだ。

 

 

 天龍がすっと前へ出て、鉄パイプを袈裟掛けに振るう。

▲頭が右腕で受け止めつつ、押し返そうとした。天龍はそっと身を引いて、付き合わない。

▲頭の腕力を往なしつつ、更に左横へと抜けるように踏み込む。▲頭を打ち据える。

続けて、左膝、左腕、左肩、左首下へと、立て続けに鉄パイプを鋭く打ち込んだ。

ダダダダン……ッ!という鈍い音が響く。▲頭の左半身がぐらついた。天龍が追撃に出る。

苦し紛れか。▲頭は、大鉈の腹を振るって、天龍を追い払おうとした。出来なかった。

不知火だ。周りの蟲達を駆逐しつつ、タイミングを見計らっていたようだ。

強襲する。まず不知火は、鉄パイプを▲頭目掛けてぶん投げた。それを追う様に、不知火は駆ける。

グルングルンと猛回転して、鉄パイプが飛んでいく。▲頭はこれを腕で防ぐ。

動きが止まる。天龍が再び大鉈の間合いを潰す。今度は、右半身だ。

流れる様に鉄パイプを振るい、▲頭の右肩、右脇腹、右腕、右の首下に連撃を叩き込む。

天龍の攻撃は的確だった。しかし、▲頭も頑丈だ。ぐらつくだけだった。

其処へ不知火が一気に迫る。▲頭も反応している。不知火を迎え撃とうとする。

その行動を、やはり天龍が咎める。すっと距離を詰めて、右と左の喉首側面を強打した。

 

 ▲頭が呻く。動きが止まっている。その隙に、不知火は近接距離まで踏み込む。

すっと腰を落としつつ、スカートの背中部分へと手を回し、二振りのナイフを取り出す。

此処に来る途中で、ジェイソンの木偶から奪ったものだ。

不知火はナイフを素早く逆手に持ち替えて、▲頭の両膝に一本ずつ深く埋め込んだ。

大鉈を振るい、不知火を追い払おうとした▲頭が、バランスを崩して膝をついた。

不知火は鋭くバックステップを踏む。▲頭は不知火を追うために立ちあがる。

 

 しかし、形勢は大きく変わった。吹雪達も、蟲達の数を減らしつつ突撃している。

深手を負った▲頭の両膝に、瑞鶴がさらに矢を5本ほど、神速で射ち込んでみせる。

▲頭が完全に躓いた。足掻こうとする。再び立ちあがる。駄目押しとばかりに、天龍がトドメを刺す。

体勢を崩し、しゃがみこむ姿勢で大鉈を持つ▲頭の左手を蹴飛ばす。大鉈が地面に落ちる。

重い金属音が響いた。天龍は即座に、鉄パイプで▲頭の首を狙う。刺突だ。

分厚い▲の兜をかわし、顎下から脳天を突き刺すような角度で、力任せに押し倒した。

流石に▲頭も倒れる。起き上がって来ない。かと思ったら、もの凄い勢いで起き上がった。

不死身なのか。さすがに不意を突かれて、天龍が捕まった。

右腕を、左腕でがっちりとつかまれている。しかし、天龍は吹雪の方を見て笑ってみせた。

「あとは頼んだぜ!」 軽く言う天龍を助けるべく、素手の不知火が▲頭に迫る。

 

 

 吹雪は其処まで見て、前へと向き直る。天龍と不知火がどうなるかは分からない。

助けにいくにも時間が無い。天龍の言うとおり、狙うは端末だ。まだ障害が残っている。

金庫頭だ。もう金庫は殴られまくって歪に変形している。それでも、奴は止まらない。

夕立とレ級の二人を相手取りつつも、こっちにも意識を向けている様だ。

夕立が矢継ぎ早に振るう斧と鉈をミートハンマーで叩き返しつつ、吹雪の方をチラリと見たのだ。

余所見をした金庫頭の頭部を、レ級が身体を振り回すようにして、スレッジハンマーでぶん殴った。

まともに入った。その筈だ。しかし、すぐに金庫頭は反撃に転じて、大柄の得物を振るうレ級を捕まえるべく突進する。

 

 

「にゃしぃ……ッ!!」

 

 そうはさせないとばかりに、睦月が手に持っていた大サイズレンチを投擲する。

気の抜ける気合と共に飛んでいくレンチはしかし、凄いコントロールだった。

レ級に迫ろうとしていた金庫頭の側面に、ゴイィィィ~~ン……ッ!!と激突する。

金庫頭が、此方に意識を向けた。「何処見てるの?」 その隙を逃がさず、夕立が猛襲する。

夕立は手にした大鉈で、金庫頭の手首を斬りおとした。ミートハンマーを持っている方の腕だった。

ハンマーが地面に落ちる前に、夕立は距離を詰めて、金庫頭の喉首に大鉈を打ち込む。

しかし、鉈はめり込むだけに留まった。それで良かった。夕立は大鉈から手を放す。

そして即座に地面に落ちたミートハンマーを拾い上げて、今度は斧と鎚の二刀流になった。

喉首に鉈を生やした金庫頭の体勢が、わずかによろめいた。大き過ぎる隙だ。

夕立はペロっと唇を舐めて湿らせてから、無邪気に笑った。楽しそうな笑顔だった。

 

 夕立はまず、右手に持った斧を金庫頭の左肩へと叩き込みつつ身体を捻り、左手に握ったミートハンマーで金庫頭の横っ面をぶん殴る。更にスピードが上がる。

続いて身体に捻りを効かせつつ、即座に右手の斧を金庫頭の左脇腹へと打ち込み、左手のハンマーで右脚をぶっ叩いた。金庫頭が片膝をついた。それがどうしたと言わんばかりに、夕立はラッシュをかける。

斧と鎚を、とんでもない連打で金庫頭の体中に叩き込んでいく。肉が潰れるような音と、金属が拉げる音が、まるでドラム音みたいに混ざり合って響いている。

あの連撃と身のこなしは、夕立の天性によるものだ。天龍のように、洗練されて磨かれた“技”による動きじゃない。そもそも、磨く必要など無い。

夕立の身体は十分過ぎるほど、戦闘を理解している。勝手に動く。夕立自身もそれを知っている。しかし金庫頭の頑丈さは、夕立の想定外だったようだ。

 

 あれだけグチャグチャにやられて、頭の金庫も歪みまくっているのに。

金庫頭は動いた。夕立の攻撃を受けつつも音もなく姿勢を上げて、無造作に距離を詰めて来た。

ついでに、振るわれた斧と鎚を、両手でがっしりと受け止めて見せた。

片方は手首から先が無いものの、その手首の切断面で斧の刃をめり込ませるような形で受け止めている。

無茶苦茶だ。夕立も怪物だが、金庫頭も化け物だった。それでも夕立は焦らない。

ニッと笑って見せて、すっと腰を落とした。

睦月と朝霜が殴りこんで来るのに気付いていたからだろう。

 

「夕立ちゃん、ごめんね!!」

 

 

 駆ける睦月は言いながら、地面を蹴って跳躍する。

そして、姿勢を落とした夕立の肩を蹴って、さらに跳躍。

金庫頭の両肩に着地すると同時に、手に残った大レンチを両手で握り、金庫頭に捻じ込む。

金庫頭の金庫は歪みまくって、蓋には隙間が出来ている。そこにぶち込んだのだ。

まだ終わりじゃない。「ふんぬぬぬぬぬぅーー……っ!!」

金庫頭の肩に着地した睦月は、捻じ込んだレンチの柄を握って体を逸らして、全体重を掛ける。

レンチで、金庫頭の蓋を抉じ開けていく。さすがに、金庫頭も呻いた。

両手で受け止めていた夕立の斧と鎚を弾くようにして放し、睦月を捕まえようとした。

 

だが、そうは行かない。自由になった夕立とレ級が、その迂闊な行動にマジレスする。

夕立が斧と鎚で金庫頭の右腕を叩き潰し、レ級がスレッジハンマーを振り抜いて、金庫頭の左腕をへし折った。

其々、肩口から容赦無く破壊した。金庫頭は両腕が使えなくなった。其処へ、真打ちが登場する。

「決めるぜ睦月! 離れてろ!!」 朝霜が駆け込んで来る。やる事が無茶苦茶だ。

除草用火炎放射器の放射口を、睦月が抉じ開けた金庫の隙間にぶっ込んだのだ。

自分が火傷しないように、斜め上へ向けるような角度だ。

金庫頭も何とか身を引こうとしたようだが、残った左脚をレ級がハンマーで粉砕した。

強引に動きを封じる。その間に、睦月が慌てて金庫頭の肩から飛び降りて距離を取った。

夕立とレ級も跳び退って離れる。「喰らいやがれぇ!!」それを確認した朝霜が、火炎を注いだ。

ボッファァァ!!って感じだった。金庫頭の頭部から、炎が上がる。爆発的に燃え盛る。金庫頭が悶えて倒れた。

「ぅぉあっちぃ!!!」あの距離だったらそりゃそうだろう。朝霜も飛び下がり、火炎放射器を取り落とした。

周りが広いグラウンドだから出来た戦い方だ。しかし、これで壁は無くなった。

 

 

 勝った! 端末はすぐ其処だ! そう思った。違った。思わず叫んだ。

ATMみたいなずんぐりした端末が、動きだしたのだ。っていうか、走ってる。

オッサンの脚みたいなのが四本生えて、だばだばだばだば!! と不格好な感じで走り出したのだ。

せっかく勝ったと思ったのに。勝利条件の端末が動き出して逃げていく。

あれも金属儀礼による生物化と言うか変質と言うか、蟲達と同じ類の術式徴兵なのだろう。

心の底から思った。マジでやめろこういうの。残った吹雪と瑞鶴が、端末へと駆ける。チラリと腕時計を見た。

あっ、ヤバイ。あと。10秒くらいしかない。さらにヤバイ事に、金庫頭が動きだした。

いや正確に言えば、金庫頭の頭部が身体と分離し、触手みたいなのが生えまくった。

そして、金庫だけになってシャカシャカと高速で這う様に動きだしたのだ。クッソ気持ち悪い。

肩越しに振り返る吹雪達を追ってくる。めっちゃ早い。というか、捕まった。

瑞鶴だ。右の足首と左腕、首に触手が巻きついていた。瑞鶴は首に絡まる触手を引き剥がす。

腕の触手も振り払おうとする。その間にも、次々と瑞鶴に触手が伸びて、捕まえていく。

「……っ、頼んだわよ! 吹雪!!」瑞鶴が苦しげに笑って、踵を返した。

金庫頭の触手をがっちりと両手で掴んで、両足で踏んづけている。吹雪の壁になってくれた。

吹雪は一瞬止まりそうになったが、すぐに速度を上げる。グラウンドを走る。

「行けぇ! なん●パークス!!(レ)」レ級の声が聞こえた。

 

 ついでに、金庫がぶっ壊れるような音が聞こえた。レ級が瑞鶴を助けてくれた様だ。

そう思う。確認する余裕は無い。残った蟲が来る。追ってくる、吹雪はかわす。

避ける。走る。息を切らす。歯を食い縛る。行け。行け。行け。ダッシュだ。

寄って来るクモを踏み超えて、飛んでくるハエを鉄パイプでぶん殴る。

だばだばだばだばっと走る端末を追いかける。くそっ! 無駄に速いっ! 

でも、諦めたら終わりだ。これでラストなんだから。

しんどさを振り払え。行ける。追いつける。私ならやれる。出来る。

そうだ。鼓舞しろ。自分を。奮い立たせろ。もっと速く走れる。

イメージだ! あぁ! なんて身体が軽いんだろう! まるで羽根みたいだ! 

飛んでるみたい! さぁ行こう! 水平線の彼方! 地平の遥か先まで! 虹を超えて!

そう! 私は雪の妖精! 風に乗って軽やかに! お芋を頬張り何処までも!

 

行けるかそんなもん。無理に決まってんだろ。でも、それくらい思ってないと。

しんどい。しんど過ぎ。さっきから緊張しっぱなし、走りっぱなしだ。

そろそろ限界。無理。息がね、苦しいの。酸素がね、足りないの。

でも、走るしかない。端末はすぐ其処だ。距離は、間違い無く縮まっている。

手に持っていた鉄パイプを放り捨てて、ラストスパートを駆ける。間に合え。行けっ!!

 

あと5メートル。

あと4メートル。

あと3メートル。

あと2メートル。

あと1メートル。

 

「だぁぁぁああああああああああああ!!!」

 

 吹雪は前のめり倒れこむようにして、端末のディスプレイを右の掌でぶっ叩く。

バッシィィィンと良い音がすると同時に、ゲーム終了のアナウンスが響いた。

どちゃあ!と吹雪は仰向けに倒れて、夕に滲む空を見上げた。腹が立つくらい晴れていた。

少し離れたところで、だばだばだばだば走っていた端末も動きを止めている。

儀礼術による変形も解けて、その無骨な姿のままで、グラウンドに横たわっていた。

そりゃあ端末自身があれだけ動けるのなら、鎮守府の其処彼処に端末を置くなんて訳無いだろう。

最後の最後に、よくもやってくれるものだ。思考がまとまらない。胸中で悪態もつけない。

大の字に四肢を放り出し、ぜぇぜぇ!! はぁはぁ!! と息をする。

駄目だ。もう動けない。罰ゲームとかどうでも良くなりそうなくらい疲れた。

アー吐キソ……。吹雪は乱しながら携帯端末を取り出して、タイムラインを確認する。

すると、もう赤城が結果を報告してくれていた。

グラウンドに倒れたままで、吹雪は唾を飲み込んで、タイムラインをスクロールさせる。

 

 

 

 

 

 

≪赤城@akagi1.●●●●●≫

アナウンスです。制限時間終了と同時でしたが、

全ての端末へのアクセスを確認しました。勝利条件は満たしています。

 

 

≪赤城@akagi1.●●●●●≫

只今、野獣提督から連絡がありました。

判定は、『賞品無し、罰ゲームも無しの“引き分け”』との事です。

 

 

≪プリンツオイゲン@Admiral Hipper3.●●●●●≫

いや、それで十分です……。無事に終われるなら何でも良いです……。

 

 

≪曙@ayanami8.●●●●●≫

至る所ぶっ壊れまくってるけど大丈夫なのコレ?

駆逐艦の寮一階とか凄いんだけど

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

その辺りはへーきへーき! 今から俺と妖精達で回ってくるから

色々と模様替えもしたかったし、丁度良いゾ

 

 

≪鈴谷@mogami3.●●●●●≫

だからさぁ……、

そういうマインクラ●トみたいな軽いノリで、鎮守府ガタガタにするの止めない?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

鎮守府なんざ俺のオモチャで良いんだ上等だろ

 

 

≪陽炎@kagerou1. ●●●●●≫

良い訳無いと思うんですけど……。

付き合わされるこっちの身にもなってくださいよ本当に

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

おっ、そうだな! じゃあ、お前らの健闘を讃えて、食堂で打ち上げでもしよっか!

HUSYOUとMMY達に、宴会の準備して貰ってるんで、はい、ヨロシクゥ!(労い)

 

 

 

 タイムラインを其処まで読んだ吹雪は、はぁぁぁ~~……と、クソデカ溜息を吐き出した。

まだまだ艦娘達の書き込みが続いているが、まぁ良い。肝心な事は分かった。

吹雪達は負けはしなかった。罰ゲームはしなくて良い。それが重要だ。

何と言うか、ホッとした。身体から力が抜ける。あーー……。やっと終わった。

後頭部をグラウンドに預けながら、チラリとグラウンドへと視線を向ける。

▲頭は彫像のように動きを止めているし、金庫頭の金庫は、グラウンドに半分埋まっていた。

スレッジハンマーがめり込んでいるので、やはりレ級が叩きつぶしたのだろう。

蟲達の残骸も転がっているが、あれも野獣がまた回収して鋳潰し、また有効に再利用するのだろう。

大掛かりなイベントだったが、あと片づけやら修繕やらも野獣持ちらしいし、もう任せることにしよう。

 

 吹雪が賢者タイムに突入していると、睦月や夕立が駆け寄って来た。

手を引かれて無理矢理に起こされ、皆に胴上げされた。

その後、全員で健闘を讃えあいながら、食堂に向うことになった。

蟲や人型追跡者に捕まった艦娘達は、既に食堂で宴会が始まるのを待機しているという。

恐らくだが、野獣は艦娘達が勝とうが負けようが、それを労う計画は立ててあったのだろう。

大掛かりな準備をするだけの事はある。こういう終わり方も、予想していたに違い無い。

つらつらと考えながら、吹雪は溜息を飲み込んで、ぐぐぐっと伸びをした。

気が緩んだせいだろう。まだ夕方なのに、お腹が鳴った。









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