少年提督と野獣提督   作:ココアライオン

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修正版 短編3 後

 埠頭倉庫の一つ、積まれたコンテナの陰に身を隠した瑞鶴達は、各々で携帯端末を取り出して情報を確認する。先程完成したという、“まとめページ”に目を通していく。

艦娘囀線のタイムラインでは野獣が暴れまわって場を混ぜ返しているが、初雪と大淀の二人が有用な情報をピックしてくれている。

見易くまとめられており、手短に情報を集められるのは有難い。事態は動いている。ハンデが加えられた。逃げ切りでは無く、勝ち切りのルールの追加だった。

勝ち切りの条件は、鎮守府内の全ての端末にアクセスする事である。アクセスは単純に、端末の手元の操作ディスプレイに艦娘が触れるだけでOKとの事だ。

無論、その間も蟲だけで無く、蟲から変形した“追跡者”達にも捕まらないという条件はそのままだ。追跡者は、現在の蟲の数の50%を人型にして用意された新要素である。

多少のホラーの要素を含んでいるらしいが、あの巨大な蟲達を相手にするくらいなら、まだ人型の方がマシだ。難易度自体は下がったと言える。

“まとめページ”に加えられた新しい情報には、摩耶や深雪を含む、大幅な艦娘達の脱落と、勝利条件が追加された事が表示されていた。

他にも、ミッションに挑戦していない艦娘達も、各々で鎮守府内を捜索してくれていたらしく、野獣が設置した端末の数と場所に関する情報も集まって来ていた。

艦娘囀線のタイムラインを追いつつ、瑞鶴はアナウンス係の赤城に、端末数に関する質問をしてみた。すると、野獣自身が15だと答えてくれた。

“まとめページ”に集められた情報によれば、既に8個にアクセスしており、これに関しては順調と言えた。

 

 

「皆は、勝ち切り条件を満たす方向みたいですね……」

 

 手にした携帯端末に視線を落としながら、翔鶴が低い声で零して瑞鶴を見た。瑞鶴は小さく頷きを返す。勝ち切りの為に動く事に対しては、瑞鶴も賛成だった。

逃げ切る為に必要な時間な消費は、それに比例して蟲と追跡者の数が増えていく。そして、この差は時間が経つごとに開いていく。大きく不利になっていく。

ならば、短期で勝負を決められる方が、艦娘達にとっては有利というか、まだ可能性が高い。出来る事がなくなる前に、手を打つことが出来る。

相手をしていて分かるが、あの蟲達も馬鹿じゃない。無軌道で動きが統制されておらずとも、艦娘達を探す動きをしているのだ。

先程、ロッカーに鍵を掛けて隠れていた文月達が捕まったらしいことを見れば、恐らくは熱源探知機能でも搭載しているんだろう。

隠れ潜んで立て篭もる事に、野獣はしっかりとリスクを背負わせてくる仕様にしてある。瑞鶴たちにしても、此処に身を隠して閉じこもっていれば、いずれ見つかる。

ならば、勝利条件を満たす為に動く方がベターだろう。他の艦娘達もそう判断した筈だ。瑞鶴は、軽く息を吐き出した。

 

「鎮守府内の端末数と場所は把握出来ているみたいだし、まずは其方を片付けましょう」

 

 加賀が低い声で言う。加賀の傍には、翔鶴と葛城、瑞鶴が居る。全員、膝立ちにしゃがむ様にして姿勢を落としたままで、その加賀の言葉に頷いた。動く方向は決まった。

蟲達が這う金属音が聞こえるが、かなり遠い。何かが動き回る気配は無い。だが、それでも油断しない。皆、周りの状況を注意深く見て警戒してくれている。

金属蟲達の中でも、カマキリ型などは音も無く近づいて来るという伊58の書き込みが在ったからだ。瑞鶴はゆっくりと立ち上がって、首を回した。

続いて、翔鶴、葛城、加賀も立ち上がる。コンテナの陰から出る。先頭に加賀、その後に続き、翔鶴、瑞鶴、葛城の順で倉庫の裏口へと向う。

 

 細い通路を駆けながら、瑞鶴は腕時計をチラリと見遣る。状況に対応しながら、端末を探していくとなると、ゲームの残り時間にもそこまで余裕は無い様に思えた。

罰ゲームもあるし、慎重に行きたいところだけどなぁ~……。そんな事を考えていると、前を走る翔鶴とぶつかりそうになった。

通路を行く先頭の加賀が立ち止まったので、翔鶴も立ち止まったのだ。瑞鶴は翔鶴に短く謝る。翔鶴は、「大丈夫よ」と優しく微笑んでくれた。

最近、改二への改装施術を受けた翔鶴の風格は、一航戦にも引けを取らない。そう瑞鶴は思っている。

先頭の加賀が裏口の扉をゆっくりと開ける。色々と考えるのも、移動しながらすれば良いだろう。薄暗い通路に、外の光が差し込んでくる。加賀が身体を強張らせるのが分かった。

瑞鶴も前を見た時だった。開かれた裏口の扉の隙間。その少し離れたところだ。其処に、何か居た。立っている。隙間からしか見えなかったが、ゾッとした。

 

 

 もこもこでファンシーな感じの、ピンクウサギの着ぐるみだ。目鼻立ちも子供向けのアニメなどで出て来そうな、コミカルさがある。

きぐるみの表面は、本当に起毛処理されたみたいにフワフワ感があった。これが生命鍛冶の職工としての野獣の技術だとすれば、本当に感歎に値する。

全体的に丸っこい姿なのもあり、普通ならとても可愛らしい印象を受ける筈なのだが、そういう可愛い要素を全てぶち壊しているのが、着ぐるみを汚している“血の痕”だ。

しかも、そのどす黒い血糊は、明らかに返り血である。生々しい殺戮を予想させる凄惨さと、コミカルな外見が一種の狂気を、過剰なほどに演出している。

手には、血塗れの大振りなチェーンソー。分厚い刃の横には、英語で“親愛なる君へ……”の文字が刻まれている。明らかにヤバイ。怖過ぎ。途轍もないサイコホラーだ。

その血塗れウサギの着ぐるみが、ぐるんっ! と、此方を見た。「うっ……!?」思いっきり肩を跳ねさせた加賀が、慌てた様子で扉を閉めてから鍵を掛けて、数歩後ずさった。

加賀だけじゃない。翔鶴も瑞鶴も葛城も、薄暗い倉庫通路を一斉に後ずさる。無理も無い。

扉の向こうで、チェーンソーのエンジンが掛かる音がした。あの桃色ウサギだ。

 

 何をする気だなんて、考える必要なんて無い。決まってる。瑞鶴の予想通りだった。桃色ウサギは、チェーンソーを倉庫の裏口扉へと、乱暴に叩き込み始めた。抉じ開ける気だ。

あの、ちょっと。ちょっと待って。そりゃ妖精さんも居るし、野獣だって金属細工師なんだから、修理・修繕自体はすぐに出来るのかもしれないけどさぁ……! 

瑞鶴達は一目散に通路を駆け戻り、正面から外へ出る。背後の方で、鍵をしめたはずの裏口扉がぶっ壊される音が聞こえた。瑞鶴は肩越しに振り返る。

追っかけて来てる。呻りを上げるチェーンソー片手に、桃色ウサギが。夢に出そう。あんなずんぐりしてる癖に、足がめっちゃ速い。

ヤバイ。漏れそう。さっきは、難易度が若干下がったとか思ったけど、大間違いだった。ホラー成分が増して、ストレスがマッハだ。

 

 

 

 

 

 鈴谷と熊野は、第六駆逐体の四人と共に、庁舎内の資料室に身を隠していた。分厚いファイルが並べられた背の高い棚が、整然と並んでいる。まるで図書館だ。

広めの通路の端に寄り、二人はちょっと埃っぽい空気を吸いながら壁に背を預けて立ち、携帯端末へと視線を落としている。タイムラインを追う。

書き込みによれば、ビスマルクや榛名達が近くに居るらしい。鈴谷達とも合流しようという流れになっており、資料室に居る事は伝えてある。

その遣り取りの中で、リットリオとローマが脱落し、金剛と比叡が脱落した事が分かった。すぐ後には、他にも脱落者が出たことを伝える赤城のアナウンスもあった。

形勢が傾いてから、状況の推移がかなり早い。本当に劣勢だ。しかし、まだ出来る事はある筈だ。短期決着を目指せば、細い勝機を掴めるかもしれない。

実際、勝利条件の変化に立ち回りを合わせつつ、鈴谷達は端末へのアクセスも順調にこなしており、勝利条件を満たす為に貢献していた。しかし、疲れる。

艤装さえ召還できれば疲れなどしないが、今はそうではない。肉体と精神力の勝負だ。継戦時間の限界は、あっという間に来る。回復が必要だ。

 

 今も鈴谷達のすぐ傍で、緊張というか、少々怯えた様子の暁、響、雷、電の四人は、本棚に背を預けて座り込んで休憩中だ。さっきまで、蟲に追い掛け回されたからである。

死に物狂いで逃げて来て、つい先程、この資料室へと飛び込んだのだ。鈴谷と熊野も、それに暁達も、まだ少し呼吸が乱れている。熱い。息を吐き出す。

鈴谷は片手で携帯端末を操作し、もう片方の手で、額の汗を拭った。携帯端末のディスプレイに表示された、タイムラインを追う。新たな脱落者と、生き残っている者の状況。

それらを冷静に読み取りつつ、大淀と初雪が立ち上げてくれた“まとめページ”へと跳んで、まだアクセスされていない端末と場所を確認する。この近くにも、幾つか在る。

溜息を飲み込みながら、鈴谷は携帯端末から視線を外す。後頭部を壁に預けて、コンクリの天井を見上げた。自身の呼吸を整える。辺りは静かだ。蟲達が這いずる金属音は無い。

 

「外、静かだよね。これ行けるんじゃないかな?」

鈴谷は資料室の扉に眼を向けながら、隣に居る熊野に言う。

 

「も、もう少し休憩しましょう鈴谷……。まだ脚がガクガクですわ」

 

 熊野は鈴谷の方を見ながら、参ったように首を振った。

蟲達の見た目で相当に消耗していたからだろう。かなり疲れている様子だ。

膝に手をついて、呼吸を整えている熊野は一杯一杯だ。やっぱり、蟲が苦手なんだろう。

座り込んでいる暁達の貌も、若干グロッキー気味で、多分相当キてるのは間違い無い。

あのサイズの蟲の姿は、精神力をゴリゴリと削ってくる。追いかけ回されれば尚更である。

「そうだね……。もうちょい休憩しよっか」 そう力無く零した鈴谷も、無論だが蟲が好きという訳じゃない。

むしろ嫌いだ。触るのも嫌だが、捕まるのはもっと嫌だ。何とか生き残りたい。

壁に背を預けたまま、再び鈴谷が眼を閉じて軽く息をついた。その時だ。

 

 ダンダンダンッ!、と。資料室の扉がノックされた。鈴谷と熊野が、ビクッと身体を震わせた。

ファイル棚に凭れかかっていた暁や響、雷、電の四人も、肩を跳ねさせて一斉に扉の方を見ている。今まで静かだったから、クッソびっくりするんだけど……。

第六駆逐隊の4人はそれぞれに顔を見合わせてから、おっかなびっくりと立ち上がって、鈴谷と熊野の方へと駆け寄って来た。

鈴谷と熊野は、暁達を庇うように立って、資料室内に視線を巡らせる。幸い、此処は一階だ。窓も在る。扉から蟲が来ても逃げられる。

再び、ダンダンダンッ! と扉がノックされる。全員で、息と唾を飲み込む。扉を睨みつける。

 

 

「居るんでしょ鈴谷。扉を開けて。私よ」

 

 扉の向こうから聞こえた声に、鈴谷は全身から力が抜けるのを感じた。

それは、熊野を含め、暁達も同じ様子だった。鈴谷が扉の鍵を開けて、彼女を迎えいれる。

彼女は艶やかな金髪を揺らし、その隣に立っているプリンツと共に少しだけ笑って居た。

ビスマルクだ。ただ、普段は自信に溢れているその眼には、いつもの力強さは無い。

 

資料室に入ってすぐに座り込んだビスマルクから話を聞くと、やはり蟲達の襲撃に遭い、リットリオとローマが脱落した。

何とか難を逃れたビスマルク達は誰かと合流すべくタイムラインには書き込みを行っていたらしい。必死だったに違い無い。

二人の困憊のした様子を見れば、かなりギリギリだったであろうことは窺える。後は、この面子でどう他の生き残った艦娘と連携を取るか。

 

 鈴谷が携帯端末で“まとめページ”をチェックした。

勝利条件まで必要な端末アクセス数は、さっきまで7だった筈だが、今では4になっている。

タイムラインを見れば、榛名や伊58達の活躍が見て取れた。みんな踏ん張っている。残る端末は、あと4つ。

地図で見れば、この近くにも在る。上手く立ち回って、あと1つ2つくらいは減らしておきたい。じっとしていればジリ貧だ。

もう暫く休憩を挟んだ後。ビスマルク達と共に、鈴谷達は近くにある端末へと向おうという事になった。

 

 慎重に資料室の扉を開けて、ゆっくりと顔を出して廊下の様子を窺う。ぬるい風が吹いていた。鈴谷達が居た庁舎内は静かなもので、気配らしい気配が無い。

大丈夫そうなのを確認して、鈴谷は廊下に出る。続いて、熊野、暁達が順に続いて、プリンツ、殿にビスマルクだ。蟲達は出て来ない。今のうちに移動してしまおう。

鈴谷を先頭に、音も無く廊下を全員で駆けていく。勇敢にも先頭を行く鈴谷は、軽く笑った。

 

「鈴谷達ってさぁ、今回めちゃんこ活躍してるよね?」

 

「あら、私はいつでも活躍していますわよ?

ただ今回の戦果は、暁さん達のフォローもあってこそですわ」

 

 軽口を言いながら、姿勢を落として走る熊野が、鈴谷に笑みを返した。

その遣り取りを聞いていた殿のビスマルクが、ちょっと居心地が悪そうな顔をしている。

先程、金剛と共に知識系問題のミッションでやらかした事を思い出しているに違い無い。

「あの……、ホントごめんなさい」と零したビスマルクは、償いの意味もこめて殿に居るのだろう。

ただ、第六駆逐隊の4人はビスマルクを責めるでも無く、皆でビスマルクを励ましていた。

 

 一人前のレディは、失敗した人を支えるものなんだから! 

まだまだ勝負はついていない。経過点に過ぎないよ。

せっかく強いのに、落ち込んでちゃ駄目よ! ビスマルクさん!

ど、ドンマイなのです! みんなで頑張れば、きっと取り返せるのです!

順に、暁、響、雷、電の言葉なのだが、相当効いたようだ。ビスマルクが泣き出した。

プリンツも苦笑を漏らしている。

妙な面子の行軍だが、不思議と安心感の様なものを感じられた。

 

 その最中だった。鈴谷達の列が、給湯室の扉の前を横切った時だ。

給湯室の扉が、ガラガラっと突然開いた。丁度、暁がその扉の前に居るタイミングだった。

えっ? と、暁がそちらに視線を向ける。其処には、ずんぐりとした何かが居た。

血塗れの着ぐるみだ。コミカルな感じの、青色ウサギである。笑顔を浮かべている

鳥肌が立つ程に酷く不気味な青色ウサギは、音も無くぬぅっと動いた。

放心状態の暁を両脇に手を差し込み、高い高いをするみたいに持ち上げたのだ。

丁度、遊園地のマスコットキャラが、遊びに来た子供を抱き上げるみたいな感じである。

あまりに不自然さを感じさせない動作だった為、全員の反応が遅れていた。

かなりヤバイ感じの絵面だ。盛大に貌を引き攣らせた暁の胸中にあるのは、絶望か。

『こんにちはー☆☆』みたいに、血塗れウサギが、抱き上げた暁を見詰めて首を傾けた。

ヤバイ。あのビジュアルでやられるとクッソ怖い。暁だって身の危険を感じた事だろう。

 

「ぬぅうううううぅぅうううううううううう!!!??」

青ウサギの腕の中で動きを硬直させたままの暁が、毛を逆立たせる勢いで叫ぶ。

悪夢は此処からだった。給湯室から更に2匹。着ぐるみのウサギが、ぞろぞろっと出て来た。

黄色ウサギと緑色ウサギだ。やっぱりどっちも血塗れだ。凄い存在感だ。給湯室にも窓が在った筈だから、其処から侵入しておいてタイミングを見計らっていたのか。

最悪だ。後から廊下に出て来た2匹は、傍に居た響、雷、電の三人を狙い、ゆっくりと迫ろうとした。

 

「ぅあっ……!!?」 

顔を恐怖に歪ませた響は、上擦った声を上げながらも咄嗟に跳び退って逃げる。

 

「いやぁあああああああッ!!」

雷は尻餅をついたものの、そのままの姿勢で必死に後ろに下がって逃げる。

 

「ふにゃあああああああっ!!?」

踵を返してすっ転んだ電もすぐに手を付いて立ち上がり、慌てて逃げる。

 

 三人はすんでの所でウサギ達の魔の手をかわして、距離を取った。

というか、逃げるしかない。艤装を召還できるならともかく。あの体格差だ。

それに加えて、あの不気味なビジュアルの所為で心が折れそうだ。

でも、このままではいけない。理由は簡単だ。青色ウサギがこの場から去ろうとしている。

青色ウサギは、暁を高い高いしたままで、何処かへ連れて行こうとしているのだ。

ぐったりとした暁の方は「ポッチャマ……(白目)」と気絶しており、反応が無い。

このままだと暁がホントにレディになっちゃうのです(意味不明)!! 

 

 焦った電の声が聞こえた。此処まで、ものの数十秒。

踵を返した鈴谷と熊野も、黙って見ていた訳では無い。

めっちゃ怖いけど、暁を見捨てる訳には行かない。

鈴谷と熊野は暁を救うべく駆けようとしたが、それよりも早く動いている者が居た。

ビスマルクだ。普段からホラー系がかなり駄目な筈なのに、全く怯んでいない。

失敗を励ましてくれた暁を救うためか。

恐れを見せない。青色ウサギに迫るビスマルクに、プリンツも並んで走る。

黄色ウサギが、両腕を広て立ち塞がった。二人を捕まえるか、止めようとしたに違い無い。

二人は軍帽を目深く被り直しつつ姿勢を落とし、加速した。プリンツが先行する。

 

 鈴谷と熊野も、ビスマルク達に合わせて攻める。挟み撃ちだ。青色ウサギは、給湯室の窓から逃げるつもりか。

残った緑色ウサギが、鈴谷と熊野の行く手を阻みつつ迎えるように、腕を広げている。

すっと前出てくる。ずんぐりした見た目に反して、その動きは遅くない。鋭い。

 

 黄色ウサギは、体当たりするような具合でプリンツを抱きすくめようとした。

捕まえようとしたのだ。しかし、プリンツはそれに、正面から付き合わない。

駆ける勢いをそのままに「よ~く狙って……!」グッと身を沈めて、鋭く右へと跳んだ。

壁を駆けて、強く蹴る。黄色ウサギが伸ばし来た腕を飛び越えつつ、その斜め前方へ。

プリンツは身体を捻りつつぶん回して、右脚を力任せに振りぬいた。

「Feuer……ッ!!」全体重と勢いを乗せた、レッグラリアットをぶちかます。

クリティカルだ。黄色ウサギはまともに喰らい、円を描く様に一瞬で脚が上、頭が下になる。

後頭部を床で強打していた。プリンツが着地して、その脇をビスマルクが駆け抜ける。

 

 鈴谷と熊野へと迫ってくる緑色ウサギも相当怖い。でも、止まらない。

暁を助けるのだ。二人は速度を上げて、身体を独楽のように一回転させた。

「怖いし邪魔だってのっ……!!」 「とぉおおおお↑おおおおう↓!!!」

親友であり、姉妹艦娘であり、錬度も互いに高い鈴谷と熊野は、正に阿吽の呼吸で動きを揃える。

回転の勢いを殺さず、背中合わせで繰り出したのは突き上げるような胴回し蹴り。

鈴谷が右、熊野が左足の踵を叩き込む、鈴熊☆シンクロナイズドキックだ。

パンツが見えるとか、そういうのはお構いなしだ。御蔭でクリーンヒットした。

顔面だ。変な方向へ思いっきり曲がった。

緑色ウサギはかなりの勢いで圧されて壁に激突し、床に倒れこんだ。起き上がって来ない。

 

 

 ビスマルクとプリンツ、鈴谷と熊野が、其々でウサギを撃破したタイミングだった。

響、雷、電も、勇気を振り絞り、青色ウサギに追い縋る。小柄な三人は、勇敢にも突貫していた。流石は駆逐艦だった。

「暁を放しなさいよ!」雷が青色ウサギの左脚にしがみ付く。「連れて行ったら駄目なのです!」電が青色ウサギの右脚にしがみ付き、動きを止めた。

そして響は青色ウサギの背中によじ登り、背後から首を絞め始める。「УРаааааааааааа!!!!」

 

 青色ウサギの方は身を捩りつつ、片手で暁を抱える姿勢になり、もう片手をフリーにした。

三人のうち、もう一人を捕まえようとしたのだろう。流石に雷と電の二人も逃げる。

響も青色ウサギの背中を蹴って、宙返りを決めつつ少し離れた場所へ着地した。

同時だったろうか。暁も響の気合を聞いて眼が覚めたようだ。

ハッとした顔で自身のピンチと状況を把握した暁の心は、まだ折れていなかった。

「レディに何てことすんのよ!!」抱えられている姿勢から、暁は器用に身を捻った。

青色ウサギの顎に、靴底の踵部分を叩き込むようなケンカキックを繰りだしたのだ。

 

 あの至近距離だ。いくら暁が小柄とは言え、ノーダメージとはいかなかった様だ。

ボグッ……! と、鈍くて嫌な音と共に、顎をカチ上げられた青色ウサギの動きが止まった。

その隙に、暁が青色ウサギの腕の中で暴れて、なんとか逃れる。響、雷、電の三人が、暁を迎える。四人が距離を取る。

 

 青色ウサギが身を屈めて、近間に居る暁達に再び迫ろうとした。

しかし、青色ウサギの背後から駆け込んだビスマルクが、その隙を衝く。

間に合う。青色ウサギの壁となっていた黄色ウサギ、緑色ウサギはもう居ない。

至近まで距離を詰めたビスマルクの状況判断、行動選択は早かった。

「エイシャァアアアアアアアアアアア……!!!!」

ビスマルクは、重心を落とそうとしていた青色ウサギを、背後から腕を回して持ち上げる。

ずんぐりとした胴体を振り上げて、ジャーマンスープレックスを叩き込んだのだ。

 

 芸術的なほど美しいフォームだった。ビスマルクはブリッジの姿勢を数秒維持してくれたので、その隙に鈴谷と熊野、プリンツも、響、雷、電、暁のもとへ。

フォールされている青色ウサギはピクピクと微かに動くだけで、抵抗して起き上がる気配は無い。ビスマルクもフォールを解いて、暁に駆け寄る。

「大丈夫だった!? 怪我は無い!?」焦って聞いてくるその貌は、怜悧な美人と言うよりは、人の良い、親しみ易いお姉ちゃんと言った感じだった。

 

 暁はビスマルクを見上げつつ頷いて見せてから、腕で涙をゴシゴシと拭った。そして洟水をズビビー!!とやってから、鈴谷や熊野、それから、響達を順番に見た。

「皆、ぁ、ありがとう! お礼はちゃんと言えるし!」と、強がって言って見せる暁に、鈴谷や熊野も力が抜けた様な顔で互いに見合わせて、軽く笑う。ビスマルクとプリンツも同じような様子だった。

響、雷、電の三人は、暁の無事を喜んでくれているし、まぁ、何とかなった。あー、疲れたもぉぉぉん……。ただ、じっとしてもいられない。

ガチャガチャと言う金属音が近付いて来ている。蟲だ。騒ぎを聞きつけたのだろう。鈴谷は息を吐き出した。もうちょっと休ませてよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、よく無事だったな。すぐにでも脱落すると思ってたのによ」

ゴーグルを嵌めた天龍は、大型の軍用バイクを転がしながら隣に声を掛けた。

天龍の後ろには、半ヘルの不知火が座っており、所謂、二人乗りの体勢である。

 

「ふん。そう簡単に俺は脱落せん」

天龍達の隣。同じく、大型の軍用バイクで並走しているのは木曾だ。マントは脱いでいる。

木曾の後には阿武隈が、半ヘルでゴーグルを装着して座っていた。此方も二人乗りだ。

ちなみに天龍と木曾も軍用ヘルメットを装着し、今は埠頭へと続く舗装道を走っている。

何とか寮の裏手から移動してきた木曾達と天龍が落ち合ったのは、つい先程。

扶桑や山城達は蟲達に捕まった事を聞き、天龍と不知火も場所を変えようとする最中だった。

 

 危険度が高まる資材置き場から離れるついでに、車両置き場に止めてあったバイクを見つけて拝借したのだ。まぁ、普通だったら厳罰ものだろうが、今日はお祭りだ。

一応、艦娘囀線で野獣に聞いてみたところ、『あっ、良いっすよ』と許可も得た。使えるものは何でも使って良いという事らしいが、それだけ野獣側に成算が在ると言う事か。

何らかの隠し玉が在るのだろう。気味が悪いのはいつもの事だ。ただ、バイクが便利なのは間違い無い。蟲共にも見つかるが、流石にこのスピードなら追いつかれない。

振り切れる。屋内に踏み込むのは躊躇われるが、小回りもソコソコに利く。いざとなれば乗り捨てれば良い。どうせ鎮守府の敷地内。修理や修繕については妖精も居るのだ。

どうとでもなる。天龍達はバイクのついでに、資材置き場から鉄パイプやバールなどを何本か持って来ており、ベルトで背中や腰に吊っている。武器として使えるからだ。

木曾が駆るバイクにも、バックパッカーみたいな巨大なズタ袋が括り付けられて居る。木曾や阿武隈は工廠へと一度立ち寄ったらしく、中身は武器になりそうな工具類らしい。

 

 

 伊58達が蟲を倒した事実を見れば、実力で蟲達の数を減らす事も出来なくも無い。流石に巨躯の蟲とのタイマンはキツイが、天龍達と同じ程度の人型なら攻めに回れそうではある。

とは言え、囲まれてしまえば一気に追い詰められる可能性もある。勝負に出られる場面は限られて来そうだ。全部を駆逐するのは流石に無理だろう。危険過ぎる。

そこまで考えていた天龍が、背後の不知火に声を掛けようとした時だった。遠くに悲鳴が聞こえた。斜め前方だ。誰かが舗装道を此方に走ってきている。

 

 加賀、瑞鶴、翔鶴、葛城。全員、半泣きだ。方向的に埠頭の方から此方へ駆けてきたのだろう。庁舎内に逃げ込む余裕が無かったのか。

瑞鶴達の後ろから、何かが追いかけて来ている。あれは、蟲じゃない。人型だ。いや人型だが、人じゃ無い。全部で一匹。着ぐるみだ。

コミカルな桃色ウサギなのだが、盛大に返り血を浴びたみたいに血塗れだ。手には、大振りのチェーンソーが呻りを上げている。

木曾が呻いて、阿武隈が情けない悲鳴を上げる。不知火が身体を強張らせ、天龍だって「うげっ……」と声をもらしてしまった。危うくバイクごと転ぶところだ。

いやしかし、やべぇよアレ……。本当に金属細工かよ……。怯える加賀達を追い回す様が、生き生きとし過ぎだろ……。怖ぇよ……。あんなの妖怪だろ、もう……。

もこもこしてる癖に、めちゃくちゃ速い。動きがやたらシャープだ。もう加賀達のすぐ後ろに迫っている。天龍はバイクの速度を更に上げる。

助けに行こうとする天龍の意思が伝わったのか。木曾も、加賀達の方へと進路を寄せる。天龍は木曾とアイコンタクトを取って、頷きあった。

完全にアドリブだが、上手い事やるしかない。天龍は正面から桃色ウサギに突っ込む進路を取る。木曽はその天龍の跡につく。エンジンを吹かして、スピードを上げる。

不知火が、背に吊った鉄パイプを抜いて、肩に担ぐ様にして右手で持つ。見た目はもう暴走族だが、そんな事はどうでも良い。

阿武隈もズタ袋から何かを取り出そうとしたが、木曽がそれを止めた。「阿武隈は俺にしっかり掴まってろ!」と言われ、阿武隈はぎゅっと眼を閉じてそれに従う。

 

 

 駆ける加賀達も、天龍達のバイクのエンジン音に気付いた様だ。此方を見た。ほぼ同時だった。最後尾を走っていた翔鶴が蹴躓いてこけて、桃色ウサギに追いつかれる。

ただ流石に、桃色ウサギがチェーンソーを翔鶴に目掛けて振り下ろすような事は無かった。あれは飽くまで、障害物を排除するための道具であり、演出なのだろう。

ただ、恐怖を煽るという点ではその外見も相まって、文句無しに絶大な効果を発揮しているので、「ひぃぃぃいい……!!」と、半泣きの翔鶴が絶叫しているのも無理は無い。

チェーンソーのエンジンを切って左手に持ち変えた桃色ウサギは、ゆっくりと首を傾ける。つ・か・ま・え・た。歪んだ声で言い、尻餅をついたような姿勢の翔鶴へと右手を伸ばす。

加賀や瑞鶴、葛城が、翔鶴を助けるべく踵を返した。「俺達に……!」「任せろ……!」それよりも早いタイミングで、加賀達の脇を天龍と木曾がバイクで駆け抜ける。

「させっかよぉ……!!」 桃色ウサギが、叫んだ天龍の方を見た。動きを止める。

その隙に翔鶴も咄嗟に手をついて立ち上がり、桃色ウサギから距離を取った。

 

 

 天龍は更にバイクのスピードを上げて、猛接近しつつ走り抜ける。桃色ウサギの左脇へと逸れるコースだ。その擦れ違い様に、不知火が鉄パイプをフルスイングでぶち込んだ。

桃色ウサギは反応して見せた。手にしたチェーンソーでこれを弾いたのだ。だが、バイクのスピードを乗せた鉄パイプの一撃が、軽い筈が無い。

桃色ウサギの身体は、その衝撃で若干泳いでいた。だから、次の攻撃はかわせなかった。木曾だ。桃色ウサギに突っ込んでいく。阿武隈が悲鳴を上げる。

「喰らえっ……!!」木曾は激突の直前。猛スピードのバイクをウィリー状態にさせて、その前輪を桃色ウサギの顔面にぶちかました。くぐもった音が響く。

ちょうど、棹立ちになった巨大な馬が、前脚を叩き込むような感じだった。桃色ウサギがぶっ飛んでいって、庁舎前の舗装道路をゴロゴロと転がっていく。

 

 ガシャン!!と、桃色ウサギが手放したチェーンソーが地面に落ちた。「まだ使えるな」それを拾い上げたのは、バイクを止めた木曾だった。阿武隈は放心状態だ。

木曾はバイクに跨ったままでチェーンソーを拾い、後ろに座る阿武隈に渡す。「持っていくんですかぁ、コレェ……」阿武隈が表情を歪ませてチェーンソーを受け取っていた。

血塗れな上に“親愛なる君へ……”と、英語で刻まれた、余りに禍々しいチェーンソーだ。そりゃあ持たされる阿武隈だって泣きそうな顔になるだろう。

その様子を見つつ、苦笑を浮かべた天龍もバイクを走らせ、木曾達の方へと寄せる。

木曾達の傍に居た翔鶴も、心底ホッとした様な貌だ。相当怖かったんだろう。天龍と木曾、それから不知火と阿武隈を順に見て、深く頭を下げる。

 

「あ、ありがとうございます……、助かりました」

 

 翔鶴が言うと同時だった。加賀や瑞鶴、葛城も駆け寄って来た。全員、翔鶴が無事でホッとした貌をしている。瑞鶴も、天龍達に頭を下げた。

葛城もそれに倣い頭を下げてくれて、加賀も「……礼を言うわ」と、僅かに目許を緩めて見せた。天龍も唇の端を持ち上げて、軽く笑い返そうとした。

次の瞬間だった。阿武隈が、視線を上げながら「あっ!」と声を漏らした。不知火も、「葛城さん……ッ!!」と叫んだ。ズシィィン!! と、音がした。

天龍と木曾も反応は出来ていたが、バイクに跨っていたから咄嗟に動けなかった。何かが。降って来た。天龍達のすぐ傍には庁舎が在る。其処から飛び降りて来た。

ソイツは裸で青い肌をしていた。着ぐるみにも見える。ずんぐりとした体型だ。顔がデカイ。人の顔をしている。ただ何と言うか、顔のパーツが、ぶれて見える。

ぶるぶると不気味に蠕動しているように見えるのだ。眼が大きく、鼻も大きいし、口も裂けてるみたいに大きい。さっきの着ぐるみに負けて無い。恐怖をあおる外見だ。

青鬼という単語が、天龍の頭を過ぎる。っていうか。近い。葛城のすぐ後ろくらいに着地したソイツは、すぐに動いた。「危ねぇ……ッ!!」天龍も叫んだが、もう遅い。

あんな体型の癖に、なんて疾い踏み込みだ。「えっ?」と葛城が背後を振り返るよりも早かった。葛城の体が浮いた。距離の詰め方や、人を攫って行く手際が明らかにプロだ。

青鬼は一瞬の早業で、並んで立っていた葛城と加賀の二人を、荷物みたいに脇に抱えて持ち上げたのだ。そしてすぐさま、何処かへ連れ去っていく。動作に無駄が無く、素早い。

傍に居て振り返り、異変に気付いた瑞鶴と翔鶴を呆然とさせる程だ。数秒してから自分の状況を理解したであろう加賀と葛城が、青鬼の腕の中でジタバタと暴れながら絶叫した。

「ちゃああああああああああああああああああああああああああ!!!」「あぁああああ!!! いやだぁぁぁああああああああ!!」

天龍と木曾達も、バイクを降りて追おうとした。しかし、無理だった。蟲だ。周りの建物の中や屋上から、クモやらムカデやらゴキやらゲジゲジが此方に集まって来つつある。

先程の翔鶴の悲鳴に釣られたか。駄目だ。一旦この場を離れないと、このままだと全滅する。苦渋の選択だが、仕方無い。

「俺達のバイクに分かれて乗れ! 3ケツで逃げるぞ!」 天龍はエンジンを大きく吹かして、瑞鶴、翔鶴の二人に叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

おお^~、良い感じで脱落者が増えてんぜ?

何だ何だお前ら~、ハンデ上げても、このままだと俺達が楽勝かぁ^~?

 

 

≪赤城@akagi1.●●●●●≫

横から失礼致します。アナウンスです。

新たに加賀さん、葛城さんが脱落しました。

 

 

 タイムラインへと新たに書き込まれた赤城のアナウンスを見て、吹雪は唇を少しだけ噛む。ここ数十分で、脱落者の数は一気に増えた。

特に、失敗ペンギンを見つけろ系のミッションに参加した摩耶や、深雪達を含む大勢が、一気に脱落したのが響いている。蟲の数も減ったが、それは艦娘側も同じだ。

数での有利はもう取れないだろう。フィールドである鎮守府を移動するのもひどく窮屈に感じる。気持ち的にも、それだけ追い詰められているという事か。

 

 

 吹雪達は現在、弓道場から持ち出した訓練用の弓と矢を携え、近くに在る講堂付近の●●号庁舎へと向って走っている。

携帯端末でタイムラインをチェックすると、その玄関フロアに、未アクセスの端末が在るという情報が出たからだ。さっきまでは蟲の数が多く、近づけなかったのだと言う。

蟲達が資材置き場方面へと移動しつつある隙を見て、近くに居た吹雪達が動いたのだ。

勝利条件まで必要な端末アクセス数は、今では残り3になっている。鈴谷達が更に一つクリアしてくれたからだ。この流れに乗りたい。

時間が経てば蟲も増える。数の差は、どんどん開いて行く。移動する事もままならなくなるだろう。艦娘側が能動的に起こせるアクションは、時間と共に減って行く。

今の内に生き残った者達で、攻めのターンを強引につくりに行く。しかし、そうは上手くいかないようだ。

吹雪達にしても、持ち出して来た弓は、空母組の誰かと合流出来れば有効に使ってもらえると考えていた。だが、既に加賀は脱落しているし、瑞鳳も脱落したと報告が在った。

今の吹雪達のメンバーは、夕立、睦月、朝霜、大淀。全員で移動している間にも、タイムラインはまだ動いている。

 

 

 

≪赤城@akagi1.●●●●●≫

確認が遅れましたが、アナウンスです。

『ウサギさんシリーズ』のうち、4体が沈黙。残り2体です。

 

 

≪赤城@akagi1.●●●●●≫

引き続き、アナウンスです。

球磨さん、多摩さん、北上さん、大井さんの四人が新たに脱落しました。

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

勝負はもう見える見える、俺達の勝ち筋が太いぜ☆

 

 

≪鈴谷@mogami3.●●●●●≫

@Beast of Heartbeat ねぇ、お願いがあるんだけど、もうちょいハンデくれない?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

大丈夫でしょ? ほら、頑張れ頑張れ。

それにお前ら、ちゃんと着ぐるみも倒してるじゃん? アゼルバイジャン?

行ける行ける、へーきへーき!

 

 

≪熊野@mogami4.●●●●●≫

泣いてる娘も居るんですのよ!?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

しょうがねぇなぁ……。じゃあ特別にぃ、

全端末アクセスで許して上げるよ? あと3つだけだから余裕でしょ?

でもその代り、逃げ切り勝利の条件消滅で、どうっすかぁ?

 

 

 吹雪達が●●号棟に到着する頃には、こうして最終的に、艦娘側の勝利条件から、時間内の逃げ切りが除かれていた。

代りに追加されたのが、勝利条件を満たす条件の簡易化と、時間切れ負けである。ぶっちゃけた話、別に負けでも良いんだけどとか思わないでも無い。

しかし野獣曰く、ちゃんと罰ゲームも用意してあるという事で、最後まで気を抜けない。全員、今より酷い目に合う可能性が在る。おかげで、焦燥感が背中を焼いてくる。

鈴谷や熊野と行動を共にする第6駆逐隊、ビスマルク達が、追跡者であろう着ぐるみを倒したというのは吉報に違い無い。だが、まだまだ相手の数は多い。

やはり状況は不利。脱落者が出たアナウンスは、今も無慈悲に繰り返されている。

艦娘側にも勝機は残されているが、残り時間はそう多くは無い。

 

 分の悪い勝負に出るしかない様な、そんな嫌な空気を引き連れながらも、吹雪達は●●号庁舎への玄関フロアへと駆け込んだ。

静まり返った高級感のあるフロアの隅の方に、端末がポツンと置かれてあるのを見つけた。吹雪達が端末に駆け寄って、大淀がタッチパネルを操作してくれた。

ふぅ……、と息を一つ吐き出した大淀が、軽く笑う。「これで、あと残り二つですね……」大淀の言葉に、吹雪達が頷いた時だった。いの一番に何かに気付いた夕立が振り返る。

足音が聞こえたのは、その後だった。ブーツの音だ。何か金属を引き摺る音がする。吹雪も振り返り、変な声が出そうになった。何時の間にとしか言いようが無かった。

ボロボロのジャケットとジーンズ姿のホッケーマスク男が、何人も此方に向って来てる。一目で分かる。ジェイソンだ。あっ、ひょっとしてコレ、罠だった……? 待ち伏せ……?

『指示は出せない。その分、判断は鬼達に任せてある』これが、仕様でありルールだ。人型追跡者のルール理解度は、蟲達を遥かに凌駕していたという事か。やられた。

 

 玄関フロアの正面から入ってくる者。二階階段から降りてくる者。通路脇の部屋から出てくる者。けっこうな数だ。パッと見じゃ数えられない。

得物はまちまちだ。マチェットと言うのだろう。刀みたいな鉈を持っている者が居たり、ツルハシ、手斧、ジャラジャラと長い鎖、両手に大ナイフなど。

ホッケーマスクの他には、じゃがいも袋に穴を空けたものを被っている奴も居る。とにかく、ドイツもコイツも得物ごと返り血に塗れてて、凄い圧が在る。

勿論、あのジェイソン達が人形であること位は、頭の中では理解出来る。ただ、息吹まで感じさせるその造形が精緻過ぎて、命の危険を感じさせる雰囲気を纏っているのだ。

勘弁してよと思うのが正直なところだ。特大サイズの蟲よりマシかと聞かれれば、答えに窮する。当たり前だがどっちも嫌だ。特に、浅く速い呼吸をしている大淀がヤバイ。

かなりビビッてる。大ムカデ相手に消火器をぶん投げて見せる朝霜も、顔を引き攣らせてへっぴり腰になっている。多分、この二人は、人型の怪物系に弱いようだ。

吹雪だって強い訳じゃない。脚がガクガクしているし、睦月だって似たような状態だ。こりゃ参ったなぁ……。泣きそうになる吹雪が、現実逃避気味に思った時だ。

 

「……相手が人のカタチしてると、あんまり怖くないっぽい」

 

さっきの大ムカデにはビビリまくっていた夕立だが、ジェイソン達が向って来る今は、チャームポイントのギザっ歯を見せて笑って見せた。

「ごめん! ちょっと持っててっぽい!」夕立は持っていた練習用の弓を、身体を竦ませている朝霜に預けた。そして、吹雪が持っている矢筒から、二本矢を抜いて両手に持った。

 

「な、何するの夕立ちゃん?」

 

 危険な雰囲気を漂わせ始めた親友に、吹雪が訊いた。

嫌な予感はしていた。この夕立という艦娘は、防御よりも攻撃を選ぶタイプだ。

夕立は『何って、そりゃあ……』みたいな感じで、またギザっ歯を見せて笑って見せた。

 

「選り取りみどりだし、突撃するっぽい!」 

 

「あっ、そっかぁー……(案の定)」

 

 吹雪は眉をハの字にした。夕立は、蟲やお化けが苦手である事は知っているつもりだった。

しかし、“実体のある人型の敵”を恐れる感性を持ち合せていない様だ。

「そうだね……、この人数なら一点突破出来るよ!」 真剣な貌の睦月は、夕立に頷く。

ビビリまくっている大淀も、この駆逐艦娘達は何を言ってるの? みたいな貌をしている

朝霜だって『えっ、マジ……?』みたいな、心細そうな貌で夕立と睦月を見比べた。

迷っている時間は、確かに無い。ジェイソンたちは、じりじりと寄って来る。

包囲を狭めてくる。吹雪も頷いた。「単縦陣で突っ切りましょう……! きっと行けます!」

吹雪が、全員の顔を見回したときだ。来た。ジェイソンたちが、一気に距離を詰めて来た。

大淀が悲鳴を上げるよりも早かった。体勢を大きく前に倒した夕立が、飛び出した。

ジグザグに地面を蹴って、一気に迫る。まるで獣みたいな距離の詰め方だった。

 

 夕立は一番近くに居た、大鉈を持っているジェイソンに襲い掛かる。

一方ジェイソンは、大鉈を右手に持っているものの、これを使う素振りは見せなかった。

あくまで、あの禍々しい得物は鬼ごっこの演出だ。付属品であり、オブジェに過ぎない。

ジェイソンたちの本懐は、その外見による恐怖で艦娘達を竦ませ、捕まえる事だ。

だから動きもそこまで愚鈍じゃない。矮躯でもなく、身体能力は高い筈だ。

あの身のこなしを見れば分かる。走っていても、頭が上下していない。それに、疾い。

しかし、大鉈のジェイソンは、夕立の動きに反応し切れて居なかった。

 

 夕立は距離を潰しつつ、右手に持った矢をジェイソンの顔を掛け、身体を撓らせて投げた。

大鉈のジェイソンは右手の大鉈で矢を叩き落とし、左手を伸ばして、逃げるどころか突っ込んで来る夕立を捕まえようとした。

出来なかった。「アハ……ッ!」と笑った夕立が、伸びて来た腕をかわしつつ懐に飛び込んだ。大柄なジェイソンを相手に、超クロスレンジに持ち込む。

しかし、夕立は恐れない。獰猛な笑顔を浮かべて見せた一瞬の後。矢を投げて空いた右手をジェイソンの後頭部へと回し、力任せに引きつける。

身長差を埋める為に、更に夕立はジェイソンの後頭部を引っ掴みながら飛び上がる。同時に自分の体を大きく仰け反らせていた。

そして、ジェイソンのマスク目掛け、自分の頭をハンマーみたいに思いっきり振り抜いた。容赦の無い頭突きだ。硬い物同時がぶつかる、

鈍く低い音がした。鳥肌が立つような音だった。ジェイソンのマスクがぶっ壊れて、後ろに倒れる。着地した夕立は軽くふらついたものの、すぐに態勢を立て直す。

しゃがみこんで倒れたジェイソンの手から大鉈を奪いつつ、額を切って派手に流れてくる血をペロッと舐めた。血塗れの顔になっても、夕立は肩を揺らして笑う。

 

 吹雪達が列を成して夕立に追いつくまでの僅かな間にも、夕立は止まらなかった。突出して来た夕立に狙いを定めたジェイソン達が、夕立に群がり、距離を詰めてくる。

「危ない!」吹雪と睦月が叫ぶが、無用な心配だった。夕立はチラリと吹雪達の方を見て、牙を見せるみたいにまた笑ってから、左手に残った矢を握り直した。

夕立の右からだ。斧を持ったジェイソンが迫る。突進するみたいに腕を伸ばしてくる。それをヒラリとかわしつつ、夕立は左手に握った矢をソイツの顔面にぶっ刺した。

ホッケーマスクの目の部分だ。ソイツは顔を両手で抑えて、斧を取り落とした。更に、夕立の左と正面からも来る。ナイフ野郎とツルハシ野郎だ。捕まえに来る。

夕立は焦らない。相手の動きを良く見る。すっと姿勢を落としつつ、スウェーバックで二人のジェイソンをかわす。そしてすぐに前へ踏み込んだ。

 

 相手は生き物じゃない。造り物だ。人形だ。オブジェである。訓練と同じだ。

だから夕立は容赦しない。手にした大鉈でナイフ野郎の首を叩き落して、流れるように体重を移動させ、振り返るついでにツルハシ野郎の首を撥ね飛ばした。

ナイフ野郎とツルハシ野郎も、当然だが防御姿勢をとろうとしていた。しかし、間に合わなかったのだ。夕立が鉈を振るう速度と、間合いを詰めるのが疾過ぎるのだ。

まだ来る。他のジェイソンどもは夕立に群がる。夕立は片眼を窄めて、唇の端を持ち上げた。次の瞬間には、夕立は身体を深く沈めて、落ちていた斧を右手に拾っていた。

鉈と斧の二刀流になって身体を起こしながら、正面から迫っていたジェイソンの首下に大鉈をすっと埋め込んで、くいっと手首を返した。ジェイソンの首が飛んだ。

その時には、夕立はもう後ろから来ていた別のジェイソンの頭に斧をぶち込んで蹴り倒しながら、左右から迫って来ていた別のジェイソン二人の首を、大鉈で軽く刎ねていた。

 

 ジェイソン共は数にものを言わせようとした。五人ほど一斉に踊りかかり、夕立を囲んだ。それでも無駄だった。夕立は獣みたいに姿勢を極端に落として、まるで擦り抜けるみたいにしてジェイソン達の隙間を抜けて見せた。夕立は、すぐに逆襲に転じた。

まず、夕立にすり抜けられて背中を向けている状態のジェイソンの後頭部を手斧で叩き割ってから蹴飛ばして、近く居た別のジェイソンの胴を、大鉈でぶっ刺して突き倒した。

大鉈をぶっこ抜くついでに、引き倒したソイツの顔面を踏み砕きながら前へ出て、斧で別のジェイソンの頭部を垂直に叩き割りながら、更に前へ出る。襲い掛かる。

すぐに別のジェイソンの横っ面に斧をぶち込んでから体当たりをぶちかまして押し倒し、体を起こしながら逆手に持ち変えた大鉈を、五人目のジェイソンの顎へと下から叩き込んだ。

取り囲んで来たジェイソン五人を瞬く間に葬った夕立は、「あれぇ、もう来ないっぽい?」首や肩を回しながら、他のジェイソンを睥睨をする。

ジェイソン達は夕立を警戒している。遠巻きに見て、迂闊に間合いを詰めてこなくなった。今がチャンスとばかりに、吹雪達も列を成して玄関フロアの扉へ駆ける。

その吹雪達に、ジェイソン達も反応する。今度は夕立では無く、吹雪達に狙いを定めて来た。「何処に行くの?」当然、夕立も動く。即座に状況に対応した。

 

 自分をターゲットから外し、吹雪達に迫ろうとした3人のジェイソン達へと夕立が襲い掛かる。手にした鉈と斧を変幻自在に振り回して、思うさまに喰い散らかした。

そのまま吹雪達と並んで走り、夕立が壁になってくれる。夕立の活躍の御蔭もあって、玄関フロアから脱出に成功した。外へと駆け出し、全員で逃げる。

吹雪が肩越しに振り返ると、ジェイソン達も追いかけて来ていた。あのビジュアルだけ見ると、本当に怖いのだが、振り返った夕立は何だかもの足り無さそうな貌だ。

「う~ん……、もう全部やっちゃっても良いっぽい?」と聞いて来る夕立に、睦月が苦笑を返している。朝霜と大淀も、背後を振り返った。ジェイソン達の数が増えている。

それだけじゃない。蟲の群れ。クモとハエだ。庁舎の影や屋上から出て来たのか。吹雪達を追ってくる。金属が地面を削るような音が、ジェイソン達の足音に混ざる。

「……や、やっぱり逃げるっぽい」と、鉈と斧を手に握ったままの夕立が、少しだけ貌を強張らせて言い直した。あぁ、……やっぱり蟲は駄目なんだ、夕立ちゃん。

吹雪はそんな事を思いつつ駆けて、次は何処に向うべきかを考える。残り時間も多く無い。残る端末は、あと2つ。

 

 









字数が嵩んでしまい、あと一話だけ続くとおもいます。
次回更新がいつになるか目処が立っていませんが、出来るだけ早く更新出来るように努めます。
今回も読んで下さり、本当に有難う御座いました!

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