少年提督と野獣提督   作:ココアライオン

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短編  2.5

 かなりの規模で行われた今回の作戦が終わってすぐ、北上は少女提督の手から離れることになった。

深海棲艦化の影響を懸念しての事だろう。少女提督は技術部門でこそ力を発揮する出来るものの、あくまでそれは“物質”への干渉に留まる。

精神施術や召還施術など、術式を用いた生命科学の分野である“非物質”への干渉では、適正不足により少女提督は苦手としている。少年提督の方が、より造詣が深い。

再び北上の肉体に変質が訪れた時でも、彼ならば対処出来るだろうという事で、少女提督の下から、少年提督の下へと北上は移ったのだ。とは言え、実生活に大きな変化は無い。

同じ鎮守府に配属されている訳だし、周りの状況も同じだ。変わらない、という平穏が在る。艦娘達の錬度の高さと、彼女達を運用する、此処の提督達の敏腕の御蔭だろう。

特に、此処の提督達はそれを誇らない。作戦成功への貢献と名誉を、己の手柄として身を飾ったりしない。全員生還の喜びと共に、艦娘達と分かち合う。

武勲を追わない。艦娘第一であり、終わり良ければ全て良し。少年提督も野獣提督も、それから少女提督も、こういうスタンスだ。

三人居る指揮官が皆そんな感じだから、ピリピリした雰囲気になる事はかなり少ない方だと思う。負傷者の傷も癒えた鎮守府には、穏やかで緩い雰囲気が満ちている。

今日は演習も無かった筈だし、遠征に出ている艦隊も無い。作戦が終わってすぐだからだろう、出撃任務も無いし、今日の執務も片付けてしまった。

非番では無い艦娘達も、そろそろ訓練を終えて帰ってくるだろう。夜には作戦成功を祝う打ち上げが在るくらいで、急ぎの仕事は無い。

 

 ほんと、此処の鎮守府は騒ぎごとが好きだよねー、と、ぼんやり思う。

まだ昼前の時間だが、早めの昼食を済ませた北上は、デザートを食べに間宮に足を運んでいた。間宮特製の羊羹を竹楊枝で切り分けて、一口。思わず溜息が漏れた。

高級な茶菓子屋風である間宮の店先には、風流な感じの長椅子が並んでおり、茣蓙と座布団が敷かれている。日差し避けには、高価そうな日傘が立てられて居る。

緩く吹き抜けて行く暖かな風には、遠く細かい波の音が微かに響いている。涼やかで、落ち着ける音だった。今日は空も高く、仄かな潮の香りも心地よい。

落ち着いた日影の席で甘味を味わいつつ、今度は熱いお茶を啜る。五臓六腑に染み渡るという奴だ。再び溜息が漏れる。心地良すぎて、欠伸も一緒に出そうだ。

はーーー……やっぱり美味しい……。程よい甘みを楽しみながら、北上は隣に視線を向ける。隣では、少年提督が同じく羊羹を行儀良く食べて、お茶を啜っていた。

 

 黒い提督服を着込んでいる彼の髪の毛は、色が抜けたみたいに真っ白である。右眼を黒眼帯で、右手を黒手袋で隠している。

どちらも拘束具めいていて窮屈そうではあるものの、本人は全然気にした風でも無い。仕種の一つ一つが上品というより落ち着き過ぎていて、全然子供っぽく無い。

こんな事を言うと失礼なのだろうが、何と言うか、年寄りみたいな印象を受ける。元気が無いという訳ではないのだが、物静か過ぎる。

かと思えば、今のように此方の視線に気付いて、ふっと微笑んだりすると、落ち着きの中にも無邪気な愛らしさが在る。…………いやぁ、不意打ちだわ。

 

「北上さんの提案どおり、早めにお昼を取って正解でした。

 空いている時間に、こうしてゆっくり出来るのは中々に贅沢ですね」

 

「そだねー。お昼時の時間だと、ほんとに此処って人多いもんねー」

 

 北上は言いながら、そっと彼から視線を逸らす。

日傘が落とす優しい影の下で、体温がちょっと上がった気がする。

今日は、北上が彼の秘書艦だった。

緊張はしていたものの、時間が過ぎてしまえば呆気ない。

ただ。傍に居て感じたのは、その無私と無垢さだった。

 

 

 好きな食べ物を何かと聞いても、特に好みはありませんと、彼は答えた。

好きな女性のタイプはと聞いても、僕には、まだ良く分かりませんと、彼は答えた。

何かしたいことは無いかと聞いても、今は思い付かないですねと、彼は答えた。

そんな味気無い返答しか返って来ないものの、彼は常に微笑を湛えていた。

世俗的な趣味を持たず、誰かを特別に想うことも無く、ぶれない博愛を貫いている。

極端に言えば、彼は皆で“よかったね”を共有しようする。だからだろうか。

彼自身、艦娘達との壁を作ろうとしている訳でも無いのは分かるのだが、他所他所しい。

そんな風に北上が感じるのは、北上自身が少女提督とは友達同然に付き合っていた所為か。

彼の下に就くことになって、彼が召んだ艦娘達との付き合いも増えた。

彼女達に彼の話しを聞けば「以前はもっと、私達と距離が在った」と口を揃える。

今でも十分、距離あるんじゃない? なんて思ったりもしていた。

だから、さっきは本当に不意打ちだった。

 

 北上は多分、勘違いをしていた。彼は別に、艦娘達に他所他所しくしているのでは無い。単に他者との距離感が独特なのだろう。彼は、少しだけ北上の方へと腰をずらした。

こうやって、突然来るのは駄目だ。いきなりグッと距離を詰めて来られるとドキリとする。

不知火や金剛達が、彼に惹かれてしまうのも何だか理解出来てしまう気がした。

 

 そんな北上よりももっと重症なのは、長椅子に腰掛けた北上を挟む形で、少年提督とは反対隣に座っている大井の方だろう。さっきから顔が赤い。

今日は非番であった大井とは昼食前に連絡を取り合い、昼の時間を一緒に過ごそうということで先程合流したのだ。ただ、さっきから一言も喋って居ない。

どうも落ち着かない様子の大井は、食堂でも口数が少なかった。北上とはそれなりに他愛の無い話しはしたものの、彼とは全然喋らなかったのだ。

寧ろ、彼とは視線すら合わせようとしない。その癖、チラッと彼の様子を窺うように視線を向けては、すぐに逸らしたりしていた。明らかに様子がおかしい。

ただ、大井は別に元気が無いという訳でも無いし、顔色も良い。だからだろう。彼は別に不審には思わなかったようで、特に言及することも無かった。

御蔭で、余計に変な感じだった。ちょっと思考のピントのずれた天然気味な彼の事だ。北上と大井を見て、仲の良い姉妹艦だなぁなんて思っていただけに違い無い。

食堂で昼食を済ませて、食後の一服に間宮に訪れて今に到るのに、もともと口数の少ない彼と、借りて来た猫みたいに大人しい大井の所為で何だか居心地が悪い。

 

 

 

「ねぇ、大井っち……。何か話しでもしなよ。何でそんなカチコチになってんのさ?」

羊羹をまた一切れ口に運んでから、北上は隣に腰掛けて居る大井へと、そっと耳打ちをした。

 

「べ、別に……緊張なんてしてないですよ? 私はいつも通りですから……」

ビクッと肩を震わせた大井は、驚いたような貌で北上を見てから、すぐに耳打ちをし返して来た。

 

 声を若干震わせる大井は、明らかにいつも通りじゃない。理由は、まぁ、その……、なんとなく分かる。

「ほんとぉ?(疑いの眼差し)」と、北上は大井を見詰める。すぐに大井は唇を噛んで俯いた。

ああー。これは……。これはキマシタねー。大井っちにも。球磨姉さんや多摩姉さんが大騒ぎするワケだわー。

北上は肩を手に持っていた湯吞みを置いてから、大井に肩を組んだ。羊羹を乗せた小皿を落としそうになった大井は焦った貌をしたが、すぐに大人しくなった。

「任せときなよ、大井っち。私達ってさぁ、姉妹であり大親友じゃん? 応援するよ」 むふふん、と笑みを浮かべた北上は、彼から見えないように親指を立て見せる。

「えぇ、そんな……、私はただ、感謝の気持ちを伝えたい、だけで……その、えぇと……」と、弾かれた様に顔を上げた大井は、しかし、またすぐにモゴモゴと言い澱んで俯いた。

 

「まどろっこしいなぁ、もう。……ねぇ提督。

大井っちがさぁ、提督が食べてるその羊羹、一口食べてみたいんだって」

 

北上は大井と肩を組んだまま言って、顔だけ提督に向ける。

「ぅえっ!?」と、大井が素っ頓狂な声を上げているが、こういうのは勢いが大事だ。

 

「ついでにさぁ、私とも一口交換しない? せっかく三人とも違う味なんだしさー」

大井と組んだ肩を解いて、北上は自分の持っていた小皿から、羊羹を一口大に切り分ける。

それを竹楊枝で刺してから、彼に向けて差し出した。所謂、『はい、あーん♪』の構えだ。

「ちょっ……!!!」と、大井が立ち上がったが、彼の方は快く頷いてくれた。

ちなみに、彼が食べている羊羹は抹茶羊羹。北上は塩羊羹で、大井は柚子羊羹である。

 

「えぇ、構いませんよ。……では、頂きますね」

無邪気とも静謐とも言えない微笑を浮かべた彼は、何の躊躇いも見せなかった。北上の持つ竹楊枝に唇をそっと寄せて、上品な仕種で塩羊羹を銜んだ。

 

 そう言えば、男性にこんな事をするのは初めてだ。勢いに任せたとは言え、流石に北上も緊張した。胸がドキドキしている。震えを誤魔化すようにして手を引っ込めた。

彼は美味しそうに羊羹を咀嚼してから、チロリと唇を舐めて湿らせた。艶美な仕種だった。濡れた彼の唇を、北上と大井は思わず見詰めてしまう。

そんな二人の視線には気付かないまま、彼は手にした小皿の抹茶羊羹を、竹楊枝で切り分けた。そして、竹楊枝で刺した抹茶羊羹を、今度は北上に差し出した。

「ご馳走様です。……では、僕のもどうぞ」左手で竹楊枝を持ち、右手を下の方に添えるような姿勢で、彼は北上に微笑む。彼は徹底的にいつも通りだ。

動揺なんて全然してない。……なんでそんな自然体なんだろう。なんか悔しい。ドキドキしてる自分が、何だか馬鹿みたいだ。

 

 北上はちょっとだけムッとした貌をしてから、出来るだけ彼の方を見ないようにして、口を開けて竹楊枝にパクついた。もぐもぐと咀嚼しても、何だか味が良く分からなかった。

緊張している自分に、まだムカついた。でも、これで良い。さぁ、次は大井の番だ。「んー……、次に来た時はコレ頼もうかなー」なんて言いつつ、北上は立ち上がる。

それから、彼の隣に押しやるようにして、大井の反対の隣へと回り込んだ。大井は焦っているようだが、彼の方はもう竹楊枝に抹茶羊羹を刺しているし、準備万端だ。

「大井っち、ガンバ」 大井の耳元で小声で言う。赤い顔をした大井の方は、恨めしそうに北上を上目遣いで見詰めて来た。

「これじゃまるで、私が凄く食い意地張ってるみたいじゃないですか……」小声で言ってくる大井に、北上は知らん振りしてお茶を啜る。

正直なところ、ちょっと大井の反応を楽しんでいる部分も在るので、北上はそれ以上何も言わずに、ニヤニヤと笑うに留まる。

 

「あの、私は何も言ってなくてでしゅね……。

 そのまだお礼も、ちゃんと伝えていないままでしたし、えぇと、だから……」

 

 彼のすぐ隣に腰掛けた北上は、何だか言いのがれみたな事を捲くし立てつつも、彼と眼を合わせない。彼方此方に視線を飛ばしながら、もにょもにょと言葉を濁す。

上手く言葉を言えていない大井に対しても、彼はそっと抹茶羊羹を竹楊枝で刺して、微笑んで居た。「どうぞ」と言う彼には、迷いは無い。

何と言うか、もう食べざるを得ない状況だ。大井は怯むみたいに顔を少し引いたが、すぐに覚悟を決めたようだ。居住まいを正して背筋を伸ばしたあたり、気合が入っている。

 

 ゴクリと唾を飲み込んで眼を閉じて、あ、あーん……、と控えめに口を開ける。

何だか、ちょっとえっちぃ感じだった。大井が、竹楊枝に刺さる羊羹を食べようとした時。

パシャリ☆。音がして、フラッシュが一度光った。続いて、何かが急接近してきた。大井にほっぺをくっつける勢いだ。

飛び込んで来たソイツは、大井が食べようとしていた羊羹に横からパクついて、シシシシっと笑った。レ級だった。

黒いフード付きパーカーに黒のTシャツ、黒のホットパンツ姿だ。黒のフードを被っているので、その鮮やかな銀髪が映えていた。

ただ、そんな雰囲気には似つかわしく無い、難しそうな厚手の学術書を三冊程、小脇に抱えている。底抜けに明るい笑顔とも、かなりちぐはぐな感じだ。

 

 ただ、せっかく彼に『あーん』をして貰うチャンスを失ったからだろう。

物凄く渋い貌になった大井は、心の底から美味しそうにもむもむと口を動かしているレ級を、無念そうに凝視している。あーぁ、良いところで邪魔が入ったなぁ。ちぇ……。

残念そうに唇を尖らせた北上は、フラッシュがした方へと視線を向けた。すると、愉快そうな顔をした野獣と眼が合った。手には携帯端末のカメラを構えている。

というか、結構近い距離に居る。この近い間合いまで近づいて来るのに、レ級と二人して気配でも消していたんだろう。

気配を消すのが上手い奴に、碌な奴は居ない。そんな、何処かで聞いた事のある言葉が頭を過ぎる。実際そうだと思った。

 

「楽しそうだねー、俺らも混ぜてくれや!(お邪魔虫)」

 

 完全に面白がってる様子の野獣は、北上達が腰掛けた長椅子の隣へと無遠慮に腰掛ける。大井が嫌そうな貌をするものの、彼はやはり快く頷いた。

レ級の方はすでに彼の隣に座っており、「ウィスキー貰えますか?(レ)」と傍を通りかかった間宮に注文していた。抱えていた本は、丁寧に長椅子に揃えて置いてある。

と言うか、レ級は飲めるのだろうか。流石にそういうのは鳳翔の店で頼むべきであって、間宮の方も困ったような笑顔を浮かべている。

 

「じゃあ、取り合えず俺もビールで(便乗)」

 

「いやいや、確かに間宮さんのトコは軽食もいけるけどさ。

此処でお酒呑んでくのはどうかと思うよ? まだ昼前だし……」

 

 悪ノリを始める野獣に、北上は溜息混じりに言いながら席を立ち、彼の傍に移動する。そして、残った塩羊羹を切り分けて、レ級に食べさせてやった。

眼を輝かせて羊羹にパクつくレ級の表情は無邪気なもので、これが深海棲艦の上位体だなんてちょっと信じられないくらいだ。だが、事実である。

好奇心も旺盛でありながらも、何かを学び、その本質を理解する才幹が元よりあったのだろう。賢い子だ。北上は、フードを被ったレ級の頭を撫でてやる。

 

「そう言えば、まだキミにはちゃんとお礼言ってなかったねー。

 ……ホント、ありがとね。御蔭でこうして、また大井っちとお茶したり出来てるし」

 

 感謝してるよー。そう言葉を続けて、北上はペコリと頭を下げた。

いつもの間延びした感じの声音だが、それでも、眼差しに篭った真摯さを感じたのだろう。

レ級はフードを押さえながら、また嬉しそうにシシシシと笑いながら頷いた。

その笑顔に釣られて、北上も小さく笑う。

 

 頑強な肉体と、脅威的な力を秘めた艤装、それを扱いこなす為の召還術など。あらゆる戦闘力に特化して生まれてきたのであろうレ級は、未だ成長の最中だ。

この鎮守府に居る雷が学術に励み、提督達が扱う召還術や、それに類する術式、生命科学の分野について、非常に詳しいという事は知っている。

聞けば、深海棲艦化状態を塑行させる理論を構築したのは、雷だったそうだ。効果範囲については肉体面のみに留まるものの、偉大な業績なのは間違い無い。

ただ、艦娘である雷は、術式を編む事は出来ても、その効果を顕現させる事が出来ない。だから代わりに、レ級が行使したのだ。北上の肉体を、艦娘へと還してくれた。

“海”に掌握されかけた北上の精神、というか、魂については、彼が持つ独自の術式でサルベージしくれた。そして、記憶や人格を呼び戻してくれたのが大井だった。

長椅子に腰掛けて尻をボリボリ掻いている野獣も、北上の容態を隠すために動いてくれたそうだし、色んなものに助けられた。ふと視線をずらすと、彼と眼が合う。

彼は優しげに眼を細めていた。北上も笑みを返した。その蒼昏い左の瞳を数瞬、見詰める。くいくいと。袖を引かれたのはその時だ。レ級が此方を見上げていた。

 

 

「さっきは何してたんさ?(レ)」

 

「んー? 何って、別に何にもしてないよ?

 ただ、提督が食べてる抹茶羊羹を一口頂戴って、大井っちが言い出してさ」

 

「言ってませんよ!? ちょっと北上さん、ホントに……!」

 

「何だお前ら、そういう、……関係だったのか?(上辺だけ深刻そうな声)」

 

 慌てる大井の言葉に被せたのは、声だけ真面目で貌は半笑いの野獣だった。

大井達から少し離れた位置に腰掛けていた野獣は、携帯端末を軽く操作して、此方に向けた。

端末のディスプレイには、抹茶羊羹を彼に『あーん♪』して貰う大井の姿が映し出されている。

超高精彩カメラで撮影されている大井の貌は少々赤く、何だか甘酸っぱい青春の一ページの様だ。

「良く撮れてるじゃーん!(いじめっ子)」と野獣がゴキゲンな様子で言うと、「テメェ……っ!!」と、めっちゃ低い声で言いながら大井が立ち上がった。

相当ドスの効いたおっかない声だったから、レ級が怯えるみたいに体を跳ねさせていた。ただ野獣は全く怯まない。半笑いを崩さないままで、ひらひらと手を振って見せた。

 

「まま、そう、怒んないでよ☆

 OOIっちにもこの写真送ってあげるから(優しさ)」

 

「いや、あの良いです良いです!(喰い気味)

 それより、大井っちって呼ぶの止めてくれませんか!?

 何か凄く馴れ馴れしくて腹立たしいんですけど!」

 

「ホラホラ、遠慮すんなッテ! 

提督用の端末なら、艦娘の持つ携帯端末にもある程度アクセス出来るんだからさ!

よぉし! じゃあついでに、俺のブロマイド画像もぶち込んでやるぜ!」

 

「やめろぉ!(怒声) ホントやめろぉ!!(悲鳴)」

 

「何だよOOIっち、嬉しそうじゃねぇかよ!

 どうせ画像アルバムはKTKM一色なんだろ? 其処に俺も加わってやるからさ!

 一緒に居てやるよ! 一人ぼっちは、……寂しいもんな(魔法少女並感)」

 

「何一人で勝手にしんみりしてるんですか!!?

一人じゃないんですけど!! 別に孤独でも何でも無いんで!!

 と言うか、大井っちって呼ぶなっつってんじゃねーかよ!(全ギレ)」

 

「おっ、そうだな!(照れんな照れんなみたいな笑顔)

 先っちょだけ、先っぽだけだから安心!!(意味不明)

よっしゃ、画像データ行くゾォォォオーーーーッッ!!!(強制送信)」

 

 掛け声と共に高速で携帯端末を操作し始めた野獣を見て、危険を感じたのだろう。大井も慌てて携帯端末を取り出した。

きっと電源を落としてデータ受信というか、野獣の遠隔操作を妨害しようとしたに違い無い。だが、野獣と言う男はこういう時に抜け目無い。

「あ、あれ……!? 操作が効かない!?」 大井はディスプレイに触れて操作しようとするだけでなく、物理ボタンででも電源を落とそうとしている。

しかし、それらの操作が一切受け付けられていない様子だ。チラッと見えた大井の端末ディスプレイには、『操作不能』という無慈悲過ぎる文字が浮かんでいた。

焦りまくった貌でガチャガチャと端末を弄り倒す大井の様子は、正直鬼気迫るものがあった。一方で、少年提督の方は、あの二人の様子が談笑の類いにでも見えるのだろうか。

にこにこと微笑んで、二人の遣り取りを見守っている。止めなくても大丈夫なのかな……。いやまぁ、別にデータの送受信だけだし、大丈夫でしょ?(希望的観測)

北上は小柄のレ級を膝の上に座らせて、よしよしと撫でてやりながら、とりあえず静観する事にした。だが、雲行きが怪しくなったのはその直後だった。

 

「あっ……(やっちまった、みたいな貌)」

ノリノリで携帯端末を操作していた野獣の表情が、突然強張った。手も止まっている。

 

「ちょっとォ!!?

 『あっ……』って何!? 『あっ……』って何よ、もォ!!」

 

異変に気付いた大井が、泣きそうな声で叫ぶ。

 

「何か大井の端末データの消去が始まっちゃったゾ……(思わぬ事態)」

 

「んんんんんんんんんんんんんんんんーーーーーー!!!???」

 

大井が奇声を上げながら端末のディスプレイを覗き込んだ。

其処には、『全データ消去中』の文字。

 

「ちょっと操作ミスしたなぁ……(冷静な分析)」

 

 野獣がすっとぼけた様な真面目な貌でクッソ悠長な事を言っている間にも、大井の持つ携帯端末の中のデータが消えていく。

ディスプレイには、消去シーケンスが行われているデータ名などが、かなり高速で次々に表示されては消えていく。

 

「何てことしてくれるんですか!!? もう許せるぞオイ!!(涙声)」

 

「誰にだってミスはあるダルォ!!

 ほーら消えたッ!! お前のデータ全部消えたよッ!!(SYUZU)」

 

二人が阿呆な事を言い合う中、とうとう『☆北上さんフォルダ☆』なるアルバムファイルの消去が始まった。

 

「ちょぉおおおおーーーーーー!!!!????

 行かないでぇぇぇえええええええええええ―――――――ッ!!!!

きたかみさぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああ――――――!!!!」

 

 大井は号泣しながら携帯端末を抱き締めて、その場に崩れ落ちる。

まるで本当に北上が居なくなってしまい、その遺品に縋り付いているみたいな感じだった。

その光景には、北上の膝の上に乗っていたレ級も、『どんだけー……(どん引き)』みたいな貌だった。

大井の絶叫を聞いて、何事かと飛んで来た間宮も、『えぇ……(困惑)』と言った感じで、遠巻きに見ている。

気の毒そうな貌をした少年提督は、大井に何か声を掛けようとしていたが、何かに気付いたようだ。ほっとしたように軽く息をついていた。

その理由は、すぐに分かった。ぷっぷぺー♪ という軽い音が、大井の携帯端末から聞こえた。北上も軽く笑ってしまった。

「へぅえ……?」と、洟水と涙に顔を濡らした大井も、手元のディスプレイに視線を落とした。そこには、『ドッキリ大成功』という、ポップな文字が躍っていた。

大井は暫くの間、その画面を呆然と見詰めていた。理解が追いついてきたのだろう。大井は顔も拭かずに野獣を見上げる。

 

「成し遂げたぜ。(溢れる達成感)」

野獣は、ニッと白い歯を見せて、大井にサムズアップして見せる。ついでに、携帯端末をポチポチと操作した。すると、

 

『ちょぉおおおおーーーーーー!!!!????

 行かないでぇぇぇえええええええええええ―――――――ッ!!!!

きたかみさぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああ――――――!!!!』

 

という、録音したのであろう大井の声が、大音量で再生される。

崩れ落ちていた大井が、無造作に艤装を召還した。

 

「スゥゥゥ……、フー……、スゥゥウゥ、フゥぅー……、

アー撃チソ……、はぁ、はぁ、アー撃チソ撃チソ……ハァァ~~……(瀬戸際の葛藤)」

 

 艦娘は、人間には攻撃出来ないというルール。それを今、意思の力で捻じ曲げようとしている大井からは、ドス黒いオーラ的なものが立ち上っていた。

このままだと大井っちが、艦娘として次のステージに昇っちゃう。もう良いよ、ヤバイヤバイ……。北上が大井を宥めようとした時だった。

 

 

「騒がしいと思ったら、こんな所に居らしたんですね」

 

 低く、艶の在る声がした。彼女は、弓道着を模した蒼の艦娘装束を纏って居た。

冷え冷えとした鋭い視線や、冷気そのものみたいな声音も凛としていて風格が在る。

そのクールビューティーさに、周りの空気というか、雰囲気まで引き締まった様な感じだ。

一航戦の加賀は、北上やレ級、大井に目礼をしてから、少年提督に敬礼をした。

流石にこの空気の中では、大井の興奮状態も続かなかったようだ。

一つ咳払いをした大井は艤装の召還を解いて居住まいを正し、加賀に敬礼を返す。

北上もそれに倣い、彼も軽く礼を返した。野獣だけは鼻クソをホジっていた。

 

「……随分余裕の様子だけれど、執務の方はどんな状況?

 先程、私が昼休憩を頂いた時には、まだ机に山積みだったと記憶しているのですが」

 

 加賀の口振りからすると、どうやら今日の野獣の秘書艦は加賀だったようだ。

でも、なんだろう……。この冷たい雰囲気を相手に叩き込む冷凍光線みたいな声音。

思わず背筋が伸びそうになる。それに、だ。あの、左手薬指に光る指輪。ケッコン指輪だ。

加賀と野獣がケッコンしているのは知っているが、今の空気だと違和感しか無い。

寧ろケッコンしてる癖に、こんなに関係が冷え込んでいるのかと困惑する。

 

「あんなもん……、俺が本気を出したら、パパパっとやって、終わりッ!!

 もう全部終わったから、お前もう寮に帰って良いよ(出来る男先輩)」

 

「以前、その言葉を鵜呑みにした時雨を帰して、一人で酒盛りして酔い潰れたのは誰でしょうか?

次の日の秘書艦である私が、死ぬ思いで残された執務を片付けたのは、今でもはっきりと覚えていますが?」

 

 眼をすぅっ、と細めた加賀は、威圧するように言う。物凄い迫力だった。

ただ、そんな加賀を宥めるべく、「まぁまぁ……」と、少年提督が微笑みを浮かべつつ言う。

長椅子に腰掛けたままの彼は、残っている抹茶羊羹を切り分けながら、野獣を見た。

 

「先輩の言っている事は本当です。安心して下さい。

実は先程、相談したい事があって先輩の執務室にお邪魔させて頂いたんです。

執務を全て終えられていたのを、その時に確認していますから」

 

「そ、そうでしたか……。貴方がそう仰るのでしたら、信じましょう」

 

加賀はちょっとだけ恥ずかしそうに言いながら、表情を隠す様にそっぽを向いた。

 

「KGさぁん? 何か俺にも言う事あるダルルォ?(ねっとり)」

くつろぐように足を悠然と組みながら、ニヤニヤ笑いを浮かべた野獣は下目遣いだった。

 

 北上は苦笑を浮かべてしまう。う~ん、ゲスゥい……。とは思うものの、黙ったままでレ級の頭を撫でている北上は日和見を決め込む。

同じく野獣の方を見る大井は、嫌悪感を隠そうともしないしかめっ面だった。眉間に皺を寄せた加賀が、聞こえよがしに舌打ちをした。

「あ、おい、お前さ、今舌打ちしたよな?」 という野獣への言葉に答える代わりに、加賀は、今度は二回舌打ちを返した。

そんな喧嘩腰の二人を仲裁しようとしたのかもしれない。「加賀さんも如何ですか? 間宮さんの新作だそうです」 彼は、手にした竹楊枝で羊羹を刺して、加賀へと差し出す。

その瞬間だった。「えっ!!?」っと、 ビキビキと表情筋を強張らせて居た加賀の貌が、パァっと明るくなり、綻ぶ寸前まで緩むのを北上は見逃さなかった。

さっきまでのクールビューティーは何処へやら。「頂いて、……良いんですか?」ニヤけるのを必死に堪えようとしている加賀は、唾を飲み込んで彼に聞いた。

「嬉しそうになっちゃってーww(レ)」と、 命知らずなレ級が、シシシシと笑いながら、楽しそう言う。加賀も、一つ咳払いをして顔を引き締めた。

 

「では、在り難く頂きます……」

 

 加賀は彼の前で軽く頭を下げてから、『はい、あーん』をしてもらう為に、膝を曲げて体勢を沈める。

弓道場に居る時みたいな神妙な貌をしているのに、加賀の瞳は期待に揺れて潤んでいた。唇を舐めて湿らせた加賀は、瞳を閉じて僅かに口を開く。

うーん……。大井っちの時もそうだったけど、何かエロいんだけどなぁ。何だろう。彼の方は全然そんな事を気にした風でも無いし、感覚が狂いそう。

「えぇ、どうぞ」と、微笑む彼が差し出した竹楊枝に、加賀が顔を近づけようとした時だった。『デデン!!!!』という、何かの曲の迫真イントロが流れた。

いきなりだったので、普通にビックリした。見れば、鼻クソをほじる野獣が携帯端末を操作している。知ってる曲だった。間違い無い、加賀岬だ。

加賀は、見る者の背筋を凍らせるような視線で、ジロリと野獣を睨んだ。野獣は加賀の方を見ないままで、携帯端末から流れる加賀岬の音楽を切った。

 

「そう言えば、加賀さんは歌もお上手なんですね。とても綺麗な歌声で、びっくりしました」

 

「いえ……、そ、それほどでも……。」

彼の純粋な賞賛に、加賀は照れたように視線を逸らして深呼吸をした。

そうして気を取り直した加賀が再び、彼に『あーん』をして貰おうと屈む。

 

 野獣がまた『デデン!!!!』と、音楽を鳴らす。

加賀が腰を浮かせて鼻クソをほじる野獣を睨むと、音楽が鳴り止んだ。

また加賀が屈むと、『デデン!!!!』と鳴った。

加賀が腰を浮かせ、野獣を睨むと鳴り止んだ。

 

屈む。『デデン!!!!』 加賀が、腰を浮かせて睨む。

屈む。『デデン!!!!』 加賀が、腰を浮かせて睨む。

屈む。『デデン!!!!』 加賀が、腰を浮かせて睨む。

屈む。『デデン!!!!』 加賀が、腰を浮かせて睨む。

屈む。『デデドン!!!!(絶望)』 加賀が舌打ちをする。

屈む。『(≧Д≦)ンアァアアアアアアアーーー(長門ボイス)』 加賀が艤装を召還した。

 

「煩いのですが……!!! さっきからデデンデデンデデンと……!!!!」

 

憤然として立ち上がった加賀は、顔中を怒りマーク塗れにしていた。

小学生みたいな嫌がらせをしていた野獣の方も、半笑いで立ち上がった。

 

「お前の持ち歌ダルォ!? えぇ、オイ!

 でも“加賀岬”って名前だけじゃなんか足んねぇよなぁ?(本格的♂蛇足)」

 

 なぁ、お前どう? と。

訳の分からない事を言い出す野獣に聞かれた彼は、一旦竹楊枝と羊羹を長椅子に置いて、思案する様に顎に手を当てる。

だが、すぐに困った様に微笑んで、首を緩く振って見せた。

 

「僕は、芸術などについては詳しく無いので……。

先輩の言う“足りないもの”を理解するのは、僕には難しいですね」

 

そんな彼の傍で、ジトッとした半眼で野獣を見ていた大井も、呆れたような溜息を吐き出した。

 

「今の野獣提督、何でも良いから難癖つけたいだけのクレーマーみたいですよ?(辛辣)」

「曲名も含めて、歌自体は完成してるものだしねー」と、茶を啜りつつ北上も頷く。

 

「あっ、そっかぁ……(Rethink)じゃあ、こうしよう。

 サブタイトル的な何かを付ければ、もっとこう心にグッと来る感じじゃないか?(漠然)」

 

「何でそんなものを付ける必要が在るの?(正論)」と、加賀が醒め切った貌で野獣を見遣り、鼻を鳴らした。だが、野獣はめげない。

「な、お前もそう思うよな!?」と。茶を啜る北上の膝の上に座っているレ級へと、熱い同意を求めた。レ級の方は、「それで合ってるわ!(レ)」と頷いている。

 

「それでこそ戦艦だな!(御満悦)

 よし! じゃあ至急、何か良いアイデアくれや!(他力本願)」

 

「止むを得ない!(レ) んんんんん~……(レ/熟考)」

 

 野獣とレ級の二人のお馬鹿エンジンも絶好調の様子だ。呆れた様子の加賀は溜息を吐き出して、艤装を解いた。

その間に、少年提督から先程の羊羹を食べさせて貰い、幸せそうに「ほぅ……」と溜息を漏らしている。

また渋い貌になった大井が、そんな加賀を羨ましそうに見詰めていた。北上も軽く笑う。いやー。楽しい鎮守府だね。退屈しない。癖は在るけど、みんな良い人達だし。

艦娘を道具や兵器として扱う提督達が多い中。艦娘達の意思を尊重する提督に恵まれ、こうして人格を育むことが出来た事を幸運を、北上は茶の味とともに噛み締める。

何て言うか。きっとこの鎮守府なら、北上が深海棲艦になっていたとしても、暖かく迎えてくれたに違い無い。でもその時、北上は北上では無いのだろうとも思う。

今までの北上とは違う。別の存在だ。大井や球磨や多摩や木曾達との関係も、今まで通りとはいかない。北上は、ふと彼を見遣る。どうしても、その白髪に眼が行く。

 

 北上の魂をサルベージする際、彼は黒蓮と髑髏を引きつれていたと言う。

彼が艦娘達の膨大な集団霊を身の内に宿している事は、彼に初めて出会った時に知った。

現象として見たからだ。あの艦娘達の霊が髑髏に姿を変えた意味は何だろう。

より、“海”が湛えている力の本質に近付いたという事なのだろうか。

それに大井から聞いた、彼が纏っていたという墨色の微光にも、北上達には心当たりが在る。

中間棲姫を繰り、かつて北上達が居た鎮守府の工廠を支配しようとした、墨朧の積層術陣。

あの光だ。それにあの時、術陣の向こうから聞こえた声に、彼はどう答えたのだろう。

知りたいと思う。けど、聞いても教えてくれなさそうだ。多分、彼は困ったように微笑むだけだろう。

北上はすぐに視線を逸らす。膝の上に座っているレ級を抱える手に、少しだけ力を込めた。さっきから何やら考え込んでいたレ級が、北上を見上げて来た。

 

 

「……色々辛いか?(レ)」

 

 色々と考え込んでいた北上の表情が、ちょっと暗くなっていたからだろう。見上げてくるレ級は、子供っぽくも可憐な貌を心配そうに曇らせていた。

北上へと肉体塑行の術式を行使したのもレ級だし、北上の体の調子を案じてくれている様だ。「んーん、何でも無いよ」と、微笑み掛けて、レ級の頭を撫でてやる。

レ級は安心したのか、擽ったそうに首を竦めて、シシシシと笑う。そして同時に、何かを閃いた様だ。「やっつけが良いっすか!?(レ)」元気良く挙手して、野獣に言う。

 

「シコ●コハッピーNAVI!!(レ)」

 

レ級が大声で言うと、茶を啜って幸せな余韻に浸っていた加賀が噴き出した。

 

「おっ、良いねぇ~!(期待顔先輩)

 

 書くもの欲しい……書くもの欲しくない? ちょっと取って来る!」

野獣の行動は素早かった。間宮の厨房の方へと走って行って、何かを持って来た。

臨時メニューを書いて壁に吊るして使っている、ちょっとお洒落な小型のホワイトボードだ。

今日は使って無かったから拝借してきたらしい。手には黒ペンとボード消しも持っている。

そして、キュキュキュッ、とボードに大きく

 

“加賀岬 ~ シコ●コハッピーNAVI ~”

 

と、書き出してみた。

 

「曲名のあとにサブタイとして続けて書いてみると、

もう何の歌なのかコレ分かんねぇなぁ……(新たな問題)。お前らどう?」

 

 ホワイトボードを持った野獣が難しい貌になって、北上や大井、それから彼や加賀に意見を求めた。

北上は視線を逸らして茶を啜る。ノーコメントだ。大井も同じ様子である。

彼の方は真面目な顔でボードを見ているのだが、彼が何かを発言する前に、不機嫌そうな加賀が鼻を鳴らした。

 

「18禁ゲーム的な電波ソングか何かですか?

意味不明な上に、盛大に滑っていて寒いですね。却下です(無常)

そもそも何ですか、シ●シコハッピーって……」

 

 容赦の無い加賀の言い草に、「あぁ最悪ぅ……(レ)」と、レ級はちょっとしょんぼりしていた。よしよしと、北上はレ級の頭を撫でてやる。

「あの、シコシ●ってどういう意味でしょうか?」と、少年提督が大井に小声で尋ねていた。

「私も、はっ、初耳の単語ですね……これは初耳……」 大井が引き攣った笑みで答えている。

向こうは向こうで大変そうだから、北上はとりあえず茶を啜って、レ級の頭を撫でることに専念する。触らぬ何とやらに祟り無し。

 

「何かやってやると文句しか言わねぇなぁお前はぁ!

 それにお前のイントネーションだと“シコシ●(意味深)ハッピーNAVI”ダルルォ!?

 正しくはお前、“●コシコ(無邪気)ハッピー☆NAVI”だから! 

なぁMMYぁ!!(とばっちり)」

 

「わ、私ですかっ!?」

野獣達へと、お茶のおかわりを持って来てくれた間宮にも飛び火した。

あまりに唐突な大火傷の予感に、驚愕した様子の間宮だっておおいに動揺したに違い無い。

危うく湯吞みを乗せた盆を取り落としそうになっていたが、何とか堪えて見せた。

 

「そうだよ(肯定)。

 ちょっとシコシ●っていうのがどういう感じなのか、やってみて?(阿武隈並感)」

 

「へぇえ!? ほ、ホナ●ーですかぁ……!? 

あっ!? いやっ、な、何でも無いです! 間宮、何の事かわかんない!(すっとぼけ)」

 

 自分の失言に顔を真っ赤にした間宮の動揺っぷりは凄まじく、持っていた盆に乗せていた湯吞みを引っ掴んで、ゴクゴクと飲み干している。凄い汗だ。

間宮は「し、失礼しますっ!!」と、早口で言って、野獣達に背を向けて店の中へと駆け込んで行ってしまった。

 

「何で間宮さんを巻き込む必要があるのかしら(正論)。

 シコ●コ(意味深)でもシ●シコ(無邪気)でも、関係ありません。

 既に棄却案です(無慈悲)」

 

間宮の失言をフォローすべく、加賀が野獣に言う。

 

「うるさいんじゃい! 

さっきから俺の店でシ●シコシ●シコとよぉ!(義憤)

 公衆の場で連呼するとか、コイツ相当変態だな……(再確認)」

 

「頭に来ました。(激憤) 

それに、此処は間宮さんのお店であって、貴方の店では無いわ。

 余り調子に乗った物言いは、貴方自身の為にもそろそろ改めるべきね」

 

「おっ、そうだな(適当)」と言いながら、携帯端末を操作した。

 北上からは、チラッとディスプレイが見えた。野獣が起動させたのは朗読アプリだ。

 もの凄く嫌な予感がした。

 

『やりました。 投稿者:変態ショタコン空母。●月●日、●曜、●時●●分●●秒』

 

聞こえて来た朗読アプリの音声は、加工された加賀の声だった。

ノイズも除去されており、非常に艶のある音声だ。場の空気が凍りついた。

 

『いつも写真を提供してくれる、とある重巡一番艦から新しい写真を売って貰いました。

 今回の写真は、彼の上半身の裸体、そして、脚から臀部にかけての写真でした。

どちらも見上げるような角度であり、かなり近い距離で写したもので、たまりません。

 作戦も終わり、明日が休みなんで、お酒を多めに飲んで自室で全裸になって気分を高めます。

それから、抱き枕に彼を描いたカバーを被せて、思い切り――――』

 

「す、すみません!! 許して下さい!! 何でもしますから!!(無条件降伏)」

 

 朗読アプリの音声を更に大声で掻き消しながら、加賀が腰を90度に折って頭を下げた。

彼以外の一同が全員、えぇ……、みたいな貌で固まるしかなかった。というか、何、今の?

「ちょ、おじさん(レ) と、東京の笑い?(レ)」 レ級の方も、戸惑っている。

天然な彼は真面目な顔をして「今のは……、加賀岬の二番歌詞ですか?」と、先程の朗読に深い意味を見出そうとしている。無駄な努力に違い無い。

だが、彼の傍で引き攣った笑みを浮かべる大井がそんな事を言える訳も無く、「す、素敵な歌詞ですよね?(神アドリブ)」と相槌を打っている。

まぁ、これがいつもの冗談か、野獣の捏造による悪ふざけか何かなら良かったのだが、加賀の様子を見る限りそうでも無いようだし……。

 

「艦娘同士限定のこういうコミュニティで盛り上がるのは結構だけどさぁ……。

酒が入ってるにしても、もうちょい書き込み内容はマイルドにして伏せてくれよなー、頼むよー(注意)」

 

 勝ち誇ったような貌の野獣が、携帯端末を操作しつつ加賀を見下ろす。

しかし、それ以上は弄くりまわすのでは無く、低く喉を鳴らすに留まった。

 

「まぁ、お前の活躍にも支えられて作戦も成功したし……、羽目が外れるのも多少はね?

 ん? そういえば、さっき何でもするって言ったよね?(いつもの)」

 

「ぐっ……」と低く呻いた加賀は、特に反抗はせずに視線を逸らした。

 

「じゃあ夜の飲み会、お前は体操服ブルマでハイ、ヨロシクゥ!!(悪魔の布告)」

 

楽しそうな野獣に、北上は苦笑を漏らす。

いやー、今日の夜は賑やかになりそうだなぁ。


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