少年提督と野獣提督   作:ココアライオン

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短編 1.5

 ケッコンカッコカリこそしたものの、鈴谷と野獣との間で、特に何かが変わることも無かった。何だか、拍子抜けと言うか、もの足りないと言うか。

お互いを意識したりだとか、その所為でぎこちなくなったりだとか、より仲良くなって、親密な感じになったりとか、そういうのは全然無い。体感の話だが、もう、マジで無い。

鎮守府祭が終わってから、そこそこ大きな作戦も無事こなし、鈴谷達はいつもの日常を送っている。出撃、演習、入渠、休息。忙しさも充実感も在る。

こういう日々の中にこそ、ケッコンした艦娘と提督との間に、何と言うか、こう……、親愛の情の妙が在ると言うか。二人だけの特別な時間を作ってくれるとか。

いや。いやいやいや。別にそんな。あからさまで無くても良い。ほんのちょっと。ちょっとで良い。こう、特別な関係に在るんだという、何かが在っても良いじゃないか。

こう、ちょっと呼び方に優しさが篭っていたりとか。何気ない遣り取りにも、少しのスキンシップを交えてくれるとかさ。そういうのが在っても良くない?

つい先程も、誰も居ない廊下ですれ違った野獣に、「おっ、SZYじゃーん! 一緒に連れション行くか?」とか言われて、あのさぁ……みたいな気分になったのも仕方無いと思う。

もっと他に言う事とか、やる事あるんじゃないの。ほんと。誰も居ないんだからさぁ。そっと抱き寄せてくれたりさぁ。頭を撫でてくれたりさぁ。

「絶対行かない(蒼き鋼の意志)」と、デリカシーもへったくれも無い野獣を一蹴しつつも、鈴谷は野獣の執務室へとトボトボと歩いていく。あーぁ、もー……。

 

 非番であった鈴谷は溜息を飲み込みつつ、野獣の執務室へと向って廊下を歩いていく。その右手には、差し入れに持って来た間宮のケーキケース。

サボらずにちゃんと執務もこなしなよー! と、朝から何度か野獣とメールの遣り取りをしていたのだが、今日は仕事の進みが速いらしい。

昼前には執務を終わらせた野獣は、秘書艦であった時雨を返して一人で釣りに行っていたと返事が来ていた。普段なら時雨と一緒に行動していそうなものだから、意外だった。

ただ、やる事も片付けているなら、別に何処でどう過ごそうが野獣の自由だ。午後からも一人で居るつもりなら、オヤツに何か美味しいものでも持て行ってあげようと思ったのだ。

ケーキの数は5ピース。鈴谷と野獣が食べても、時雨と赤城と加賀の分が残る様に買ってきたものの、その途中で連れションに誘われ、テンションはサゲサゲ状態である。

 

 まぁ、ああいう男なのだから仕方無い。そう思いつつも、何だか遣る瀬無い。窓から外を見ると、今日も良い天気。

今度こそ溜息が漏れる。鈴谷は左手を持ち上げて、その薬指に嵌っている施術用指輪を見詰めた。複雑な文様が刻まれた、儀礼済みの指輪である。

蒼い微光が揺れている。眼に見える、絆の色だ。この指輪を送られる事自体が望外だったというのに。それ以上を望んでしまう自分は、随分と贅沢になってしまった様だ。

感情というものは、本当にままならない。気付けば野獣の視線を追ったり、野獣と一緒に過ごす時間を夢想したりしている自分が居て、嫌になる。

ケッコンカッコカリをしても、粛々と任務に就き、野獣を支えている時雨や赤城を見習わないといけない。

思慕からでは無く、精鋭化施術としてのケッコンを受けた加賀も、一航戦として活躍し、この鎮守府の戦力の一翼を担っている。

私情に振り回されないあの3人だからこそ、野獣からの信頼も厚い。自分はどうだろうか。何だか自信が無くなって来そうになった。

まぁ、ウジウジ悩んでても仕方無い。取り合えずは、ケーキでも食べて元気出そう。今日は非番だから、夕方からトレーニングルームにでも篭ろうか。

そんな事を考えていると、もう野獣の執務室に着いた。今日の野獣は、もう秘書艦も連れていないし、深海棲艦の秘書艦見習いも居ない。

この時間なら執務室には誰も居ない筈だし、片付けでもしといてあげようかな。雑念を払うには丁度良いし、家庭的なところをアピールするチャンスだ。

暢気にそんな事を思っていたから、ノックもせずに執務室の扉を開ける。後ろ手に扉を閉めようとして、気付く。顔を上げる。「……あっ」 と、小さく声が漏れた。

誰か居る。時雨だ。此方に気付いて無い。一瞬、鈴谷の思考がフリーズした。扉を閉めるのも忘れて、ぎょっとしてしまう。

 

 鈴谷に左肩と背を向けている時雨は、執務机の傍に佇んでいる。だが、様子がどうもおかしい。うわ、ヤバイと思った。

時雨は、丁寧に畳んだ野獣のTシャツをぎゅっと抱きしめたまま、顔を埋める様にして、少し呼吸を荒くしている。その頬は赤く、澄んだ蒼い瞳も、揺れて潤んでいた。

正面から見ている訳では無いが、角度的にそれ位は分かる。鈴谷は恐らく、最悪のタイミングで執務室に来てしまった様だ。

内心、動揺しまくる鈴谷を他所に、陶然とした様子の時雨は、切なげに野獣の名を小さく呼びながら、Tシャツを両手で掻き抱き、ふー……ふー……、と熱い呼吸を繰り返している。

とろんとした時雨の瞳は、普段の可憐さも相まって余計に淫靡な感じだ。と言うか、此方に気付かない程に夢中なのか。鈴谷は硬直したままで、頭をフル回転させた。

 

 まず、これは大変な場に出くわしてしまった事を理解する。時雨はゆっくりと腰を揺らしながら、もじもじと太股を擦り合わせ始めた。うわぁ。え、……えらいこっちゃ。

ど、ど、ど、どうしよう……。どうしよう、コレ。参ったなぁ……。自然な感じに声を掛けてみようか。いやぁ、この状況では、自然もヘチマも無い。

やっぱり、このまま回れ右して帰ろう。うん、出直そう。逃げるが勝ち。帰れば、また来られるから(到言)。そうだ。何も見ない。何も見て無い。何も聞こえない。

鈴谷は、くるっと踵を返す。時雨が「はぁぁぁ……」と大きく、くぐもった熱い吐息を吐き出した。凄く色っぽくてドキッとした。思わず振り返ってしまう。眼が合った。

あっちゃぁぁああああああ……(痛恨)。鈴谷は慌てて眼を逸らすが、もう遅い。

「す、鈴谷っ!? こ、これはその……っ!」と、あんなに焦りまくって狼狽し切った時雨を見るのは初めてだった。

 

だが、動揺の度合いでは鈴谷だって負けてない。きょどってるレベルならタメをはれる。

鈴谷は斜め上を凝視しつつ時雨の方を見ず、顔の筋肉をフルに使って笑顔を浮かべる。

表情筋は引き攣りまくって、冷や汗がタラタラと流れてくるのを感じたが、どうでも良い。

 

「あ、あのね、その、み、皆でね? ケーキをね? 

うん、食べ、食べようと思ってね? 持って来たんだけどね? 

ちょっと忙しそうだから、後でまた来るね?(優しさ)」

 

「ちょ、ちょっと待って! 鈴谷! ち、違うんだ! 誤解だよ!

これはその、……えぇと、てぃ、Tシャツ型の、あ、アロマポットで……(意味不明)」

 

 苦し過ぎる言い訳を始めた時雨の顔は病気かと思うくらい真っ赤だった。

涙目の瞳はぐるぐる状態だし、左手でTシャツを背中に隠し、右手をわちゃわちゃと振っている時雨は、正直可愛かった。

だがそんな事をこの状況で正直に言えば、時雨本人は噴火するだろうし、鈴谷も泣きそうだ。と言うか、Tシャツ型アロマポットって何よ……(哲学)。

しかしである。この現状を悲観しているだけでは何も解決しない。行動だ。何か、何か行動を起こさないと。何とかこう、良い感じで会話を続けないと。

「へぇ、は、ハイテクじゃん?(意味不明返し)。ちょっと私にも、か、貸してくれない?」今思い返すと、声を引っ繰り返していたこの時の鈴谷は、ちょっと冷静さを失っていた。

そんな鈴谷に対して、「う、うん、どうぞ(ゆんゆん眼)」などと快諾した時雨にしても、冷静さがどうとか言うより、若干ヤケクソ気味だったように思う。

 

 鈴谷は俯き加減で時雨に歩み寄り、傍にある執務机にケーキケースを置いた。それから、震える手で野獣のTシャツを受け取る。

さっきまで野獣が着ていた所為か、それとも、時雨の熱い吐息の所為か。多分後者だろうが、シャツは少々しっとりしていた。

だが、汗臭いとか、変な臭いがするとか、そんな事は無かった。普段から体を動かす人は、汗と一緒に老廃物が出ているから、体臭が薄くなっていくらしいという話を思い出した。

汗自体は不潔なものでは無いし、トレーニングをこなしている野獣は、きっと老廃物が溜まりにくい身体なんだろうと、頭の端っこで考える。だが、冷静さは帰って来ない。

むしろ、ドキドキし過ぎて胸が痛い。鈴谷は手にTシャツを両手で持ちながら、何でこんな事になったんだろうと思いつつも、誘惑には抗えなかった。

唾を飲み込み、鈴谷もTシャツをぎゅっと抱きしめてみた。バックンバックンと鼓動が鳴り出す。変な汗が出てきた。きっと自分の眼もグルグルしている事だろう。

気付けば、視界には、Tシャツしか映っていない。此処が執務室だとか、隣に時雨が居るとか、そういうのがどうでも良くなった。

そうだ。今、世界には、鈴谷とTシャツしか存在しない(危険な領域)。何を遠慮する必要があるのだろう。抱いたTシャツに思いっきり頬ずりした時だった。

 

 

「見~~ま~~し~~た~~よ~~」 背後からだった。

驚きの余り「ぅはぅっ!!?」 と身体を跳ねさせる時雨の姿が視界の隅に見えた。

ただ、ビックリしたのは鈴谷だって負けてない。口から魂が飛んでいくところだった。

さっき、鈴谷が中途半端に閉めた執務室の扉。その隙間から声がした。

明らかに楽しんでいる声音。誰かが笑みを浮かべて此方を見ているのに気付く。

赤城だった。鈴谷の居た世界が崩壊し、一瞬で現実が還ってくる。

 

「あ、あの、これは、そのっ! ち、違うんです! これには深いワケが在って……っ!」

ちょうど先程の時雨のように、鈴谷はわちゃわちゃと手を振りながら、半泣きで言う。

 

 対する赤城は、清潔感のある赤袴と弓道装束に身を包んで居り、いつもの凛とした雰囲気を纏っている。

いや、気のせいだった。うーふーふー♪、と、猫みたいな口をして、年上のお姉さんチックな笑みを湛えている所為で台無しである。

普段の軍人然とした泰然さなど全く無い、ちょっぴり意地悪な感じだった。他所の鎮守府の艦娘達には、絶対に見せないような笑顔である。

鈴谷や時雨の事を、心から信頼してくれているからだろう。ただ、今はその信頼の有難味を感じるよりも、絶望を感じた。赤城は廊下に誰も居ない事を確認して、ドアを閉める。

それから、涙目で貌を引き攣らせる鈴谷と時雨の傍まで、嫌味なくらいゆったりと歩み寄り、二人を見比べた赤城は悪戯っぽい笑みを深めて見せる。

 

「ふふ……、やっぱり私達は、考えることが似ているんですね」

嬉しそうに言った赤城は何を思ったのか。時雨と鈴谷の二人を、そっと抱きしめて来た。

流石に驚いた鈴谷は、ドキッとして体を硬直させてしまう。隣の時雨も同じような様子だ。

今日は赤城も非番だった筈だし、ドックとは別にある艦娘専用の浴場を利用したのだろう。

石鹸の匂いと一緒に、同性でもくらくらしてしまう様な佳い香りがした。

だが、それだけじゃない。あ、これ。アルコール。お酒の匂いだ。顔色は其処まで変わっていないから分かりにくいが、此方の見つめて来る赤城の瞳は、とろんと濁っていた。

それに、表情の緩み方がいつもと違う。普段なら、その柔和な表情の中にも芯が通っているが。今日はどうもおかしい。何と言うか、ふにゃっとしている。

ついでに、小さくしゃっくりをした赤城を見て、鈴谷は嫌な予感がした。あれ……。これもしかして、赤城さん酔ってるんじゃ……?

 

「こうして無事『ケッコン』を終えた身である以上、

互いに嫉妬することが無いよう、もっと仲良くなるべきだとずっと考えていたんです」

 

 赤城は、時雨と鈴谷を両手で抱きしめたまま、二人の耳元で囁くように言う。

もの凄く甘い声音で、ゾクゾクとした痺れが腰から背筋を昇っていく。鈴谷は焦る。

唇をゆっくりと舐めて湿らせた赤城が、艶美な手付きで鈴谷と時雨の腰に手を回し、更に抱き寄せて来たのだ。

右腕で鈴谷を、そして、左腕で時雨を抱きすくめる格好である。さっきまで微笑んで居た筈の赤城の眼は、えらくマジだった。

 

「野獣提督から指輪を頂いた時から、……いつかこういう時が来るだろうと思っていました」

 

 いやいやいやいや。鈴谷はそんな事は考えた事は無いし、この状況も予想だにしていないと言うか。え? な、何? 何が始まるんです?(コ)

「あの、ぼ、僕は……」流石に身の危険を感じたのだろう。時雨が身を引こうとした様だが、駄目だった。鈴谷は驚愕した。

「怖がらなくても大丈夫ですよ。ほら、力を抜いて……」と、艶の在る声で囁く様に言いながら、赤城は時雨の左耳朶に唇を寄せて、ゆっくりと舌を這わせたのだ。

時雨が甘い悲鳴を上げて、身体を震わせた。今まで聞いた事が無いような、余裕の無い上擦った嬌声だった。そんな自分の声に驚いたのか。時雨の頬が、かぁっと赤くなる。

そんな初心な時雨の反応が気に入った様だ。赤城は更に容赦無く、思うさま時雨の耳朶を舐り、まるで花の蕾を無理矢理に開かせる様に、丹念に蹂躙していく。

 

 あっ、あっ……! だ、駄目だよ、こんな……っ! ぅあっ……!

時雨は喘ぐ様に息を漏らしながら、何かを堪えるように眼を閉じている。

余りのことに、鈴谷は抵抗という概念を忘れたように棒立ちだった。身体が熱い。

鈴谷を抱き寄せる赤城の右手は、鈴谷の腰の後ろ辺りを優しくさすって来る。

右耳には、湿った淫靡な水音が聞こえている。時折聞こえる、時雨の甘い声。

何とか赤城の腕から逃れないとならないのに、この淫気にあてられたのか、動けない。

そんな間にも、時雨の抵抗を完全に抑え込んだ赤城は、時雨を抱き寄せた左手を、ゆっくりと下に下ろしていく。

時雨の太腿を撫でながら、更に今度は上へ。スカートの中へと滑り込ませる。時雨の体が、ビクンと跳ね、一際大きな悲鳴が漏れた。

身体を強張らせた時雨は、呼吸を乱しながら赤城にしな垂れかかるような姿勢になった。きゅっと唇を噛んで、声が出るのを堪えようとしている。

不意に、時雨の耳朶へ唇を寄せる赤城が、鈴谷に流し眼を送って来る。ゾクッとした。ふふっと赤城は微笑み、今度は鈴谷の右耳へと唇を寄せて来る。

 

「あ、あのっ!?」

 

鈴谷は何とか声を上げて、近づいてくる赤城の貌から逃れようとする。

艶美な赤城に見惚れ、呆然としていた鈴谷は、今更の様に抵抗しようとした。

 

 でも、全然逃げられる気がしない。

弓道、弓術の他にも、赤城は武道の心得が在るのは知っていた。

これが柔、いや、合気という奴か。右腕で抱かれる鈴谷の体には、力が篭らない。

抵抗しようとすればするほど、体の力が何処かに流されてしまい、振り解く事が出来無い。鈴谷は未だに両手で野獣のTシャツを抱いているような姿勢だから、余計に駄目だ。

それでも、何とか身体を引いて逃げようとする。

 

「赤城さん、不味いですよ!? ちょっと……! ホントに……!」

 

 その必死の様子に、赤城はくすりと笑み、鈴谷の右耳にふぅー……と、細く息を吹きかけた。「ふふふ、暴れないで、……暴れては駄目よ?」

鈴谷は声を漏れそうになるのを堪えるが、それが抵抗と成り得るかは微妙なところだった。時雨の方は、赤城に凭れかかっていて貌が見えない。

だが、小刻みに波打っている時雨の身体を見るに、赤城の手が滑りこんでいる彼女のスカートの中は、のっぴきならない状態だろうことは想像に難しく無い。

ふぅっ、はっ、うぁ。時雨が悩ましげな声を漏らしているし、抵抗する意思が折れそうだ。流石は一航戦。なんて、こんな状況では言いたくは無いが、勝てないよ、こんなの。

肉食獣に喉首を噛まれて押さえ込まれた、小動物みたいな気分になる。何だか、色々と考えたりする事も面倒になって来て、鈴谷は半泣きで、ぎゅっと眼を閉じた。

覚悟を決めたというより、単純に怖くて眼を閉じただけだ。「そんなに怯えないで下さい」耳元に掛かる吐息は、熱く、潤んでいた。赤城の右手が、鈴谷の太腿を這う。

その触り方や力加減が絶妙で、鈴谷も声が漏れた。体が反応してしまう。同時だったろうか。声を殺す為だろう。息を切らした時雨が、自分の右手親指の付け根を噛んだ。

直後だった。時雨は身体を硬直させて大きく呻き、身体を何度も波打たせた。その後。くたっとなった時雨は、太腿をかくかくと震わせながら、赤城にしがみつく。

そんな姿勢で何とか立っている時雨を、赤城は舌舐めずりをしてから、さらに攻めて立てる。眼に涙を浮かべた時雨が、悲鳴と共に再び身体を跳ねさせた。

それを横目で見つつ赤城は、今度は鈴谷の首筋に口付けをした。「さぁ、鈴谷さんも……」 その艶の在る声に、鈴谷は心の中で叫ぶ。ライダー助けて!!(錯乱)

 

その時だった。

 

「Foooooooo!!↑ トイレあっつゥーーー!!!」

執務室の扉が勢い良く開いた。野獣だった。安堵の余りに、鈴谷は泣きそうだった。

赤城に嬲られまくって足腰をガクガクさせている時雨も、掠れた涙声で助けを求めていた。

嬉しそうに笑みを浮かべた赤城は、それでも時雨を責める手を緩めない。寧ろ、苛烈さを増した。

 

「あら^~……。野獣提督……。

 いいところに来てくれましたねぇ~(ねっとり)」

 

「ファッ!?(驚愕) ヲッ!??(状況確認) ヌッ!!(電光石火)」

 

 尻を掻きながら執務室に入って来た野獣も、流石に今の執務室の様相はショッキングだった様である。

野獣はすかさず踵を返し、この場から去ろうとしていた。思わず鈴谷は叫んだ。「ちょっとォーーっ!!? 何処に行くのぉーーっ!!」

 

「いや、この辺にぃ! うまい便所屋の屋台、来てるらしいっスよ?

 ションベンだけしてウンコするの忘れて来たから、今から行きましょうね~!(逃亡)」

 

「ワケ分かんない事言ってないで助けてよぉ!!(泣き声)」 鈴谷は懇願する。

何度目だろう。親指の根元を噛みつつ声を堪えている時雨が、再び身体を大きく跳ねさせた。

息も絶え絶えで涙を浮かべる時雨は、縋るような眼差しで野獣を見ている。

 

「スゥゥゥ~~……(難色) しょうがねぇな~……」

 

 嫌そうに言いながら、野獣は右手で尻を掻きながら、左手を身体の前で開いた。

ついでに、朗々と文言を唱え、術陣を左掌の中に構築していく。蒼い光が緩く明滅する。

それに合わせて、赤城の足元にも術陣が織られ始めた。

艦娘の意識を奪うのでは無く、抵抗を抑える為の強制睡眠施術だ。

危険を察しただろう赤城は、時雨と鈴谷を放し、陣から飛び退ろうとした。

だがそれよりも、術陣の効果解決の方が早い。「ちょっと眠ってろお前(睡眠誘発)」

野獣が唱えた施術は、赤城を拘束し、力を奪う。赤城は、無念そうな表情でその場に崩れ落ちた。

倒れこみそうになる赤城を、今度は鈴谷が抱えて支える。何度も達してしまい、ふらふらとしている時雨の方は、野獣が抱きとめてくれた。

余程怖かったのだろう。時雨は、しばらく野獣にぎゅっと抱きついたままで離れようとしなかった。

そんな時雨の頭を撫でながら、野獣は鼻を鳴らし、鈴谷と赤城を見比べた。

 

「執務室でなにやってんだよお前ら~……(困惑)

三人で三角形になって、しゃぶりあってたのか?(青春)」

 

「眼が腐ってんじゃないの?

そんな訳無いから(憤怒)。少なくとも執務室でそんな事しないから」

 

 野獣の言い草に、鈴谷は自分の眉が釣り上がるのが分かった。ただ、野獣に噛み付いても仕方無い。

そんな風に自分を納得させつつ、溜息を吐きだして視線を落とそうとしたが、さっき執務机の上に置いたケーキケースを思い出した。

時計を見れば、もう三時過ぎ。丁度良い時間だ。ケーキの数も在るし、ちょっと休憩しよう。うん。もうチカレタ……(しんみり)。

そう鈴谷が提案すると、野獣は「あっ良いっすよ(快諾)」と頷いて、時雨と鈴谷をソファで休ませる間に、アイスティーの用意をしてくれた。

安らかな寝息を立てている赤城もソファに寝かせて、野獣は軽度の興奮沈静化の施術を行う。要するに、簡単な酔い覚ましだ。

 

 

 

 

 

 

 その施術後。

 約10分ほどしてから睡眠効果を解かれた赤城は、完全に酔いが醒めた状態だった。

記憶の方もバッチリある様で、ソファから身体を起こした赤城は、凄く気まずい貌だった。

今も、正面のソファに座っている鈴谷と時雨の視線から逃れるように、そっぽを向いている。

話を聞くと赤城は、同じく非番であった千歳や那智達と共に、隼鷹の自室で酒盛りをしていたらしい。

あの面子なら、どうせキツイ酒でもパッカパッカ空けていくに決まってるし、昼飯時からあんな呑兵衛艦娘達に付き合ってたら、そりゃあ、あんな酔い方もするよ……。

 

「いや、あの……先程は何と申しますか……。

 私の中に居る、もう一人の私がですね、勝手に、その、じ、自動的に……」

 

 しどろもどろになる赤城の顔は赤く、眼は泳ぎまくっていて、普段の凛々しさは全然無い。

親しみ易い、ちょっとおっとりしたお姉さんみたいな感じだ。

ただ、だからといってそう簡単に許されてはいけないのでは無いかと思う。

鈴谷だって危うく道を踏み外すと言うか、そっちのケに目覚めてしまったら笑えない。

時雨にいたっては、もうホント、色々と散らされてしまう寸前だったし……(恐怖)。

 

 鈴谷はチラリと、隣に座る時雨を見遣る。時雨は、困ったみたいに微笑んで居た。

既に持ち直しているようだし、トラウマになったりもしては居ない様子だ。

ちなみに時雨は、一度自室に下着を着替えに戻っており、今もまだ顔がほんのりと赤い。

いまだ火照った様子の吐息と少し汗ばんだ肌が、どれだけの猛攻を受けたのかを物語っている。

見詰めていると、時雨と眼が合う。鈴谷は、取り合えず引き攣った笑みを浮かべた。

時雨も『大変だったね……』みたいな苦笑を漏らしている。お互いにそんな反応がやっとだ。

向かい合って座る鈴谷達の横合いに腰掛け、脚を組んだ野獣が、やれやれと肩を竦める。

 

「酔っていて覚えてませんみたいな言い訳はぁ、どうなんだ一航戦として!

 でもまぁ女所帯だし、女同士でそういうのも、……まぁ多少はね?(クソデカ理解心)

 赤城だってモテそうだし、百合の花が咲くのもしょうがないね(寛容)」

 

「そ、それは誤解です! こういう、えぇと、あのですね、

 誰かの肌に唇を寄せたり、あ、あい、愛撫なんて勿論初めて、ですし……!」

 

 珍しく焦った早口で言う赤城の顔は赤いし、その言葉を聞いていた時雨の頬も赤くなった。

そりゃそうだ。時雨だってあんなの初めての経験だろうし。いや、鈴谷も初めての経験だったけどさ……。沈黙が少しだけ在って後、赤城が此方に向き直った。

これで何度目だろうか。本当に申し訳ありませんと、悄然とした赤城が、深々と時雨と鈴谷に頭を下げる。

その反省している赤城の姿を見て、野獣が時雨と鈴谷へと顔を向けて眉尻を下げた。もう許してやるか? と聞いてくる様な貌だった。

苦笑の時雨が頷き、鈴谷も同じく、苦笑で続く。

 

「僕はもう、別に気にしていないよ。

 今度からは、呑み過ぎに気を付けてね? 身体を壊すと大変だから」(大天使)

 

 時雨は責めるどころか、悪酔いしてしまった赤城の心配すらしている。

その優しい言葉に、赤城の方も感動を通り越して恐縮した様子で、また深く頭を下げた。

鈴谷も苦笑を浮かべつつ頷いて、時雨の言葉に続こうとしたら、また野獣と眼が合う。

 

「あっ(要らぬ閃き)、そう言えば、SGRやSZYは執務室で何してたんだゾ?

赤城がガンギマリで執務室に来て、さっきみたいなスマ●ラになったトコまでは把握したけどなー、俺もなー……」

 

ソファに深く腰掛けた野獣は顎を撫でながら、時雨と鈴谷を見比べた。

 

「今日の執務は片付いてるし、SGRの秘書艦任務は解いた筈ダルォ? 

何か用事でもあったのかぁ? それにSZYも今日は非番じゃんアゼルバイジャン?」

 

 野獣の問いに、赤城と時雨は貌を強張らせた。鈴谷だって顔の筋肉が引き攣る。よ、用事って言うか……。

言えない。時雨と一緒にTシャツを抱きしめて盛り上がり(意味深)、そこを赤城に襲われましたなんて、正直に言えるわけが無い。

ただ、野獣の何気ない言葉に、鈴谷はちょっとだけ不機嫌そうに頬を膨らませた。ついでに腕を組んで、ツーンとそっぽを向く。

 

「別に用が無くてたってさ、此処に来たって良くない……?

 そりゃ執務が忙しかったら話しは別だろうけど、今日は昼から暇しそうなんでしょー」

 

 ぷりぷりとした様子で言ってみた鈴谷自身、今の自分からはビスマルクにも負けないレベルで、構って構ってオーラが出ていることを自覚している。

でも、何故か今は気にならなかった。特に恥ずかしいとも思わない。執務室に居るのがこの面子だからかもしれない。鈴谷は、震えそうになる声を誤魔化すみたいに鼻を鳴らす。

 

「あと、鈴谷達は別になんにもしてないもん。

時雨は執務室の片付けをしてくれてて、其処にケーキを持った鈴谷が来たってだけ。

 そんで、丁度の時雨を手伝い始めた時に、赤城さんと遭遇したって感じだから、……ね?」

 

 鈴谷は言いながら、ソファに座る時雨と赤城を交互に見遣る。

その最中、野獣には見えない角度で、二人にウィンクをして見せた。

察しの良い二人は勘付いてくれたようで、軽く頷いてくれる。

野獣も、なる程と言った様子で顎を撫でていた。

 

「あっ、そっかぁ(納得)。

 SZYが抱いて持ってた俺のTシャツは、洗濯しようとしてた感じなんだ、じゃあ?」

 

「あ、当たり前じゃん? ねぇ、時雨?」 

 

「うん……、そ、そうだよ(便乗)」 ぎこちなく、時雨が頷く。

 

「あのっ、野獣提督? 

せっかくお茶も淹れて頂いていますし、そろそろ、おやつにしませんか?」

 

 赤城も鈴谷のフォローに入ってくれた御蔭で、上手く話しを逸らすことでが出来た様だ。

野獣も、「お、そうだな!」 と笑いつつ、ソファテーブルに置いてあったフォークを手に取った。緊張していた空気が弛緩していくのが分かった。

既にケーキと紅茶は、野獣が各々の前に用意してくれてあるので、もう何時でも食べられる状態である。「そんじゃ、有難く頂くゾ」 野獣は軽く鈴谷に礼を言いつつ、笑う。

時雨や赤城もホッとした様子で鈴谷に手を合わせる。ちなみにケーキは、間宮特製のチーズケーキだ。鈴谷も手を合わせ、フォークを手にとって一切れを口に運ぶ。

何とか誤魔化せたという安堵感も手伝ってか、チーズケーキの上品な甘さを感じる。溜息が漏れた。あぁ~~……、何かどっと疲れた……。

 

 ぼやきそうになるのを堪えると、代わりに笑いが込み上げそうになった。時雨や赤城は、ケッコンカッコカリというものに囚われず、自然体なのだと思っていた。

野獣との時間を求めてしまう自分とは違い、施術指輪を貰った喜びを胸に秘めるだけで、特に感情を乱すことも無く、ただ実直に任務を遂行していた。

鈴谷からはそんな風に見えた。だが、実際は違ったようだ。時雨も赤城も、やっぱり平気じゃない。ケッコンしても変わらない距離感に、焦れったさを感じていた様である。

野獣のT シャツを抱きしめていた時雨だって、酔いに任せて暴走した赤城だって、普段から強く自分を律しているからこその反動だろう。魔が差したという奴だ。

 

 なーんだ。ソワソワしてたのって、鈴谷だけじゃないじゃん。ちょっと安心する。

同時に、こんな風にケーキとお茶を囲んでいると、別に大きな変化なんて要らないんじゃないかとも思えて来る。

ケッコンしても関係が変わらないというのは、それはそれで尊いと言うか。やっぱり、皆と一緒に居られることが一番だ。

ふと、鈴谷は紅茶カップを傾けながら野獣を見遣ると、大振りに切ったケーキを口の中に放り込んでいる途中だった。

行儀悪いなぁなんて思いながら、鈴谷は、野獣が淹れてくれたストレートティーを啜りつつ、そっと息をついた。

甘みが少なく、ほんの少しだけ苦くて、でも凄く美味しかった。

 

 

 


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