少年提督と野獣提督   作:ココアライオン

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短編 1

 ほんの少しの酔いを感じながら、大和は徳利を片手に緩く、細く息を吐き出した。

杯へと手酌で酒を注ぎながら、ドンチャン騒ぎに染まる食堂に視線を巡らせてみる。

普段から海で身を張る艦娘達は皆、思い思いの仲間達との語らいの中に在り、楽しそうだ。

 

 イタリア艦であるリットリオ、ローマを新たに迎えた今日の鎮守府は、夜になっても騒がしさに満ちていた。艦娘達が集う食堂は、ちょっと大きめの居酒屋の様相を呈している。

明日は非番の艦娘達も多く、今日の夜は艦娘達の都合が良いという事で、リットリオ達の歓迎会を兼ねた宴会が催されたのだ。勿論というか、野獣の采配である。

今、大和が腰掛けて居る大きめのテーブル席には、少年提督と、彼を挟む形で大和と武蔵が腰掛けて居る。

そして、少年提督と向かい合う形で、缶ビールを呷る野獣が腰掛けており、その両隣に長門と陸奥が腰掛けて居た。

大和や武蔵、それから、長門と陸奥は、今日の秘書艦だった。少女提督の方も、少し離れた席に着いて、自身が召還した艦娘達と語らっている。

 

 少し前に鎮守府祭の打ち上げと称して飲み会を行ったのだが、それでは騒ぎ足りなかったようだ。この野獣という人物は、本当に賑やかな空気が好きな男なのだと思う。

まぁ、予算を圧迫しない程度であれば問題無いのだろうし、こういう形で艦娘達に楽しみを提供するのも、野獣なりの考えや理由が在ってのことだろう。

その理由の一つとしては、ドイツ艦であるビスマルク達が既に居るこの鎮守府に、イタリア艦の艦娘を迎えることについて、艦娘達の間に多少の緊迫感が在ったのは間違い無い。

ビスマルクやリットリオ達にとっては、誼とも因縁ともつかない、史実的な関係も在るからだ。下手をすれば一触即発の空気になってしまい、これからの編成にも影響してくる。

だが、こういう馬鹿騒ぎでシリアスになりそうな空気をぶち壊していく野獣の御蔭も在ってか、ドイツ艦娘、イタリア艦娘達の間で諍いが起こることも無かった。

互いに海外艦である事で、何か通じるものが在ったのだろう。今も食堂のテーブルの一角に腰掛けた彼女達は、杯を手に話に華を咲かせている。

これからの仲間に対する、期待や興味が在るからだろう。時折、他の艦娘達がリットリオやローマに話を聞きに行ったりしているし、険悪なムードも無い。

寧ろ、わいわいとした盛り上がりを見せている。二人には既に挨拶を済ませた大和は、その盛り上がりを微笑みつつ眺めて、杯で日本酒を呷る。

 

「イタリア艦の御二人も、すぐに鎮守府に馴染んでくれそうですね」

 

大和が優しげに言葉を零すと、隣に腰掛けていた少年提督が頷いてくれた。

 

「リットリオさん、ローマさんも、

史実に執着することはせず、戦艦という戦力として在る事を選んでくれた御蔭です」

 

 お二人には感謝せねばなりませんね。そう続けてから、少年提督も大和に倣い、信頼を向ける様な眼差しでリットリオ達を見遣った。

隣で黙々と酒盃を重ねていた武蔵も、少年提督の言葉に頷いて見せてから、ふっと軽く口許を緩めていた。凄みのある笑みだった。

「プライドや過去に拘らず、和を尊ぶ強さが在るという事だ。仲間として、信頼に足る」低い声で言う武蔵も、大和と同じく手酌で酒を注いでいる。

先程も、少年提督が酌をしましょうかと申し出てくれたのだが、酒を呑むペースに気を遣わせてしまうので、二人は丁重に断った。

 

「RTTROもRMも、その辺しっかりしてくれてて在り難いんだよなぁ。

 NGTみたいに四六時中、ぶっすぅ~~とされてちゃ、たまらねぇぜ……(心労先輩)

 鎮守府の空気までギスギスしてきて、心が休まらなくなっちゃうだルルォ!?」

 

 野獣の方は結構なペースでグビグビと缶ビールを呷りながら、間宮や鳳翔、伊良湖達が用意してくれた料理に舌鼓を打っている。

聞こえよがし言われた長門は、傾けてようとしていた杯の手を止めた。それから視線だけで隣に座っている野獣を睨みながら、鼻を鳴らして杯の酒を飲み干す。

はぁ~……と、疲れた様に息を吐き出した長門は、ジロリと野獣を見据えた。「執務をほっぽり出して、貴様が何処かに消えたからだろうが……」

そうそう、と。長門の不機嫌そうな声に続いたのは、やはり同じくご機嫌斜めの様子の陸奥だった。

 

「私と長門で終わらせたけど。

 時雨が秘書艦の時にまで、こんな大胆にサボったりしてないでしょうね?」

 

「当たり前だよなぁ? と言うか、今日はMMY達の手伝いに来てたんだゾ。

 食堂で歓迎会するなら喰いモンの量も増えて、用意に手間も掛かるからね。

 しょうがないね(気遣いの出来る男並感)」

 

「手伝いに来るのは良いんだけど、

 まず先に執務を終わらせようって言う発想にはならないのね……(諦観)」

 

 陸奥は溜息を漏らしながら杯を傾けた。

 

「おっ、そうだな。 

 そんな面倒臭ぇデスクワークなんざ、長門にやらせときゃ良いんだ上等だろ?

 体力が有り余ってるゴリリンレディみたいなもんやし(暴言)」

 

「誰がゴリラレディだ!」 野獣に向き直った長門が憤慨する。

 

「お前でしょ(揺るがぬ意思)。

 それにアンケート取ったら、そう言う結果が出たんだよなぁ」

 

「……貴様、また本営の公式ページでワケの分からんアンケートを実施したのか」

 

「そうだよ(頷き)。

 今回のお題は、“トロッコと樽大砲が似合いそうな艦娘”だゾ(ほぼ狙い撃ち)。

 結果を見てもMSSとNGTがぶっちぎりで一位タイだったし、嬉しいダルルォ!?」

 

 半笑いで言い放たれた野獣の言葉に、大和は「えぇ……」と困惑する。

大本営と言うか、軍部がネット上に設けたサイトがあるのは知っている。当然、軍属である大和だって、大本営に関わるページくらい何度も見た事がある。

ついでに言えば、あんな厳かささえ感じる大本営のトップページに、『野獣のお部屋』とか言う、糞戯けたクリックボックスが設けられているのも知っている。

ちなみにクリックボックスは花柄のラインで囲まれ、野獣のブロマイドが点滅している素敵仕様だ。初めて気付いた時は、見間違いか目の錯覚かと思った。

怖くてクリックした事は無いのだが、恐らくあのクリックボックスからは、野獣のブログがホームページにでも跳ぶ様になっているに違い無い。

多分、そこで行われたアンケートなのだろうが、本営直属サイトのトップにリンクを張り付けている度胸と、一々派手なアクションを起こす野獣に軽く戦慄する。

そろそろ本当に処罰が在りそうでハラハラしてしまうが、まぁ、質問の内容自体については、軍属で無い人々にも艦娘に対して親しみを持って貰う為なのだろう。

とは言え、アンケートの結果に割とダメージを受けたのだろう長門は、相当ショックを隠せない様子だ。

 

「嬉しいワケがあるか寧ろ泣きそうだ! 

 ドンキーコ●グの親戚みたいなイメージを植えつけようとするのはやめろ!」

 

「うるせーゴリラだなぁ……(大声)」

 

「せめて小声で言え! もう許せるぞオイ!!」

 

 一方で、アンケートで名前が挙がった筈の武蔵の方はと言うと、「力強さを想起する艦娘として、一位タイか……、ふむ。悪い気はせんな」と、満更でも無さそうだった。

今も「おめでとうございます」などと微笑みを浮かべている、天然ボケ気味な少年提督の影響か。武蔵の方も時折、こういう真面目ボケを披露する時がある。

本人は到って真面目なので、ツッコミに困るのだ。大和は溜息を飲み込み、とりあえず場の様子を見つつ、沈黙を守ることにした。

どうせ何か発言しても、野獣に混ぜ返されるか、武蔵の真面目ボケに振り回されそうだからだ。

 

「あっ、そうだ!(露骨な話題逸らし)」

 

 そろそろ憤怒に任せて立ち上りそうな長門を適当にあしらいながら、野獣は足元に手を伸ばした。今気付いた。普段は手ぶらの癖に、今日は高そうな革鞄を持っている。

足元に置いていたその革鞄から、今度はまた高級そうな革のレターファイルを大事そうに四つ取り出した。其々のファイルには、大和達の名前が刻印されている。

普通のレターファイルはプラスチック製だったりするものが多いが、見た感じでは本革製の様だし、表カバーの裏側にはペーパーナイフも付属している。

恐らくは特注品。オーダーメイドという奴だろう。態々そんなものを用意してくるのも珍しい。何だか警戒してしまうが、野獣の方は軽く笑みを浮かべて見せる。

何処と無く、いつもより嬉しそうな笑顔だった。

 

「前の鎮守府祭の時にぃ、『ふれあい・ながもんコーナー』に遊びに来てくれた子供達から、お前らにお手紙が届いてたんだゾ☆」

 

 「な、なんだと……ッ!!(差し込んだ希望)」 長門が真剣な表情で野獣を見詰めた。

『ふれあい・ながもんコーナー』では、猫の着ぐるみを着た大和と、ペンギンの着ぐるみを着た武蔵も手伝いに参加している。陸奥はたしか、カタツムリを模した着ぐるみだった。

子供達と遊具で遊んだり御飯事をしたり、迷子になった子供を預かって相手をしたり、結構な忙しさだった。ただ、子供達からも喜んで貰えて、やり甲斐も充実感も在った。

流石に猫の着ぐるみは少々気恥ずかしかったものの、大和にとっても貴重な体験だったと思う。それに、子供達から手紙まで貰えるのならば、それはとても喜ばしい事だ。

さっきとは一転して、眼を輝かせている長門の気持ちも分かる。大和だって嬉しい。武蔵も不敵な笑みを浮かべつつ、「そうかそうか……」と満足そうだ。

ただ一人、陸奥だけは何だか浮かない顔をしている。俯き加減で杯を傾けているのだが、思い出したくない事を思い出しているような様子だった。

そんなにカタツムリの着ぐるみが嫌だったのだろうか。項垂れる陸奥には気付かず、少年提督も大和や武蔵にも頷いて見せた。

 

「沢山のお手紙が届いていたんですが、ちょっとしたサプライズにしようという先輩のアイデアで、今まで秘密にしていたんです」

 

「普段の忙しい時に知らせるよりも、こういう羽根を伸ばしてる時に渡された方が有難味も増すって、はっきり分かんだね」

 

 野獣は、其々のレターファイルを、優しい手付きで渡してくれた。

大和も受け取る。チラリと少年提督を見遣ると、深く頷いてくれる。武蔵も何処か感慨深そうな表情で、じっとファイルを見詰めている。

「おぉぉ~……(感動)」と、長門の方は瞳を輝かせながら手渡されたファイルを凝視しているし、さっきまで沈んでいた陸奥も、ファイルを手に驚いた様な貌で固まっている。

ゆっくりと、ファイルを開いてみる。中身はシンプルな作りだが、袋状のページの透明感も高い。中に保管されている封筒は、まだ封がされてある。それに、結構な量だ。

 

「感謝しろよお前らぁ! 俺とコイツで一通一通仕分けてやったんだからさ!

 そのクッソ良い感じのレターファイルは、アイツが作ってくれたから、後でお礼言っておいてやれよ?(イケボ)」

 

 言いながら大和達を順番に見た野獣は、今度はにぎやかな食堂の方へと視線を向ける。そして、雪風達と共に少し離れた席に座っている少女提督へと顎をしゃくって見せた。

なるほど。少女提督は、工作的、技術的に優れた提督だと聞いていたが、その彼女が大和達の為に直々に用意してくれたという事か。

大和達が礼を述べに行こうと立ち上がりかけた時、少女提督が此方に気付いた。少女提督は、腰を上げかけた大和達に『いいからいいから』と手を緩く振って見せた。

眉尻を下げて唇の端を持ち上げるような、ちょっとニヒルと言うか、気怠い感じの笑みを浮かべている。だが、生意気そうな彼女に良く似っていた。

ああいう仕種を見せるのも、此方に気を遣わせない為の、彼女なりの気遣いなのだろう。向こうは向こうで盛り上がっている様子だし、礼は後にした方が良さそうだ。

大和と武蔵、それから、長門と陸奥は、静かに目礼だけをしてから、また腰を下ろす。いや、長門だけは目礼では無く、ビシィっとした敬礼をしていた。

 

「いや、何だか悪いな。

こんな良いものまで用意して貰って、何と言うか……。その、感謝する。

な、なぁ……野獣、ちょっと見せて貰っても良いだろうか?」

 

 座りなおした長門は、興奮冷めやらぬ様子でそわそわしていた。だが、その声音には若干の警戒が窺える。今まで野獣の奔放な振る舞いに振り回されていたからだろう。

溢れ出そうとする喜びを何とか胸の内に留め、もしもこのレターファイルが何時もの野獣の悪フザケと嘘だったとしても、心に傷を負わないようにしようとしている。

大和にはそんな風に見えた。だが、今の野獣の表情には、そういう冗談っぽさは無い。むしろ、野獣自身も喜んでいるように見える。

「お、そうだな。お前らもホラ、見ろよ見ろよ(慈しみの眼差し)」 野獣はまた顎をしゃくって、長門だけでなく、大和や武蔵にも促した。

大和は、武蔵と顔を見合わせる。それから今度は、二人で少年提督を見た。彼は優しい貌で頷いてくれた。

「……では、遠慮なく」 そう言って、ふっ、と先に笑みを零したのは武蔵だった。「えぇ、在り難く拝読させて貰いましょう」 大和も、そっと袋ページから封筒を取り出した。

ちらりと長門と陸奥の方を見てみると、二人も慎重な手付きで手紙を取り出し、レターファイル付属のペーパーナイフで、丁寧に封を切っている。

 

「あっ、これって……」

 

 大和も、長門達に続いて封を切る。封筒の中には拙い字で書かれた手紙と、クレヨンで描かれた絵が一緒に入って居た。思わず、涙腺が緩みそうになった。

着ぐるみを着た大和達と、手紙を送ってくれた子供の家族だろうか。手を結び並んで、笑顔を浮かべている絵だ。上手ではなくとも、暖かみのある絵だった。

武蔵や陸奥も手紙を広げながら、子供達の気持ちの篭った便りに嬉しいような、何処かくすぐったそうな貌をしている。

「がわ゛い゛い゛な゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛、だい゛ち゛く゛ん゛!!」 半泣きの長門は手紙を抱きしめて天を仰ぎ、熱い想いに任せて涙声で叫んでいた。

「どんだけテンション上げてるのよ……」と、陸奥に突っ込まれていたが、すぐに長門はガバッと陸奥に向き直り、手紙を広げて見せつつ、自慢げな表情を浮かべた。

 

「だって、ほら見ろ! だいちくん、将来は私をお嫁さんにしたいそうだ!

 いや参ったな! ほんと、もう、コレ……なぁ!? こりゃあ、参ったなぁ!

 うへっへへっへ!」

 

「全然困ってないでしょ……、無茶苦茶嬉しそうじゃない」声を弾ませまくる長門に、陸奥は冷静にツッコミを入れる。

 

「何を言うんだ陸奥。ほら、想像してみろ。

私達が戦い、守ってきた街に、また灯りが灯っていく様を……。

その灯り一つ一つに、子供達の笑顔が育まれているんだ。

一軒一軒訪ねて、抱っこしてあげたくなるだろう?」

 

「うん、普通に110番されちゃうから、そういうのは自重してね?」

 

「おっ、そうだな!(もう聞いてない)」と、長門は力強く頷いてから、携帯端末を取り出した。

封筒の住所を見ながら端末をポチポチと操作して、ナビアプリを立ち上げている。「いや、あの、ゴメン長門。それ何してるの?」陸奥が震える声で聞いた。

 

「安心しろ、お手紙に在った住所の位置情報を調べているだけだ。あ、そうだ(ビッグセブンの閃き)。

だいちくん、武蔵ペンギンの事も気に入っているそうだぞ。……武蔵も来てくれるか?」

 

 力強い笑みを浮かべた長門は、優しい貌で手紙に眼を通していた武蔵に向き直った。

長門の言葉を聞いた武蔵は手紙を大事そうに畳んでから、不敵な笑みを浮かべつつ、クイっと眼鏡のブリッジを押し上げた。

 

「……ふっ、任せて貰おう」

 

「流石は武蔵、心強いな。よし……! 二人で着ぐるみに着替えに行くか! 

だいちくんハウスに突然行って、びっくりさせたる!!」

 

「申し訳無いけど、戦艦ゴリラと戦艦ペンギンが、

いきなり家に押しかけてくるのは、トラウマを植え付けかねないのでNG」

 

流石に、苦笑を漏らした野獣が二人にストップを掛けた。

「あっ、そうかぁ……(無念)」 と、残念そうに低く呻いた長門は、力なく項垂れて椅子に座りなおした。

「いや、そりゃそうだし、落ち込み過ぎでしょ……」 野獣の隣に座っていた陸奥も、長門を窘めるように言う。

「何だ、行かんのか?」 真面目ボケが発動しつつある武蔵の方は、つまらなそうに鼻を鳴らしただけだった。

そんな長門達を眺めながら、大和は引き攣った笑みを浮かべつつ、少年提督に向き直る。

彼は、大和に微笑んで見せてから、大和が手に持っている手紙と絵に視線を落とした。

 

「ふふ、良く書けていますね。

描かれている大和さんや武蔵さん、それに長門さん、陸奥さんも、特徴が出ています。

きっとこの子は、皆さんの事を凄く好きになってくれたんでしょう」

 

しみじみとした声音で言う彼は眩しそうに眼を細め、大和の持つ絵を見ている。

彼自身も凄く嬉しそうで、誇らしげだった。それがまた嬉しくて、大和も「はい……」と小さく答えた。

 

「こんな風にチビッ子達から手紙が来るなんて、多分この鎮守府だけと言うか、初めてだゾ。

ついでに言うと、BSMRKとかOOYDとか、他の艦娘達にも色々届いてるんだよなぁ」

 

大和達の向かいに座っていた野獣が、「これって勲章ですよぉ(ねっとり)」と、手にしたビールを呷ってから、全員の貌を見回した。

 

「この前の鎮守府祭でも、業者じゃなくて、お前ら艦娘自身が前に立って頑張った御蔭だって、はっきり分かんだね(労い)。

俺達は当日も内々の事で一杯だったけど、お前らの御蔭でマジに意味深い祭りになったって、それ一番言われてるから。……ありがとナス」

 

 大和は驚愕の余り、危うく手にした手紙と絵を落としそうになった。感謝の言葉と共に、野獣が大和達に頭を下げて見せたのだ。

武蔵は怪訝な貌をしているし、陸奥は口を開けてポカンとしていた。長門はと言えば、大事故を目の当たりにした様な、深刻な表情になっていた。

「おい、野獣! 大丈夫か!? 大丈夫か!?(失礼)」 慌てた長門はオロオロとして、隣に座る野獣に声を掛ける。「あのさぁ……(憤怒)」と野獣が顔を上げた。

 

「人が真摯に謝辞を述べてる時に、『大丈夫か?』とか言うんじゃねぇよオォオン!?

 そんなんだからお前は何時まで経っても、ウホウホ戦艦アマゾネスなんだYO、分かる?」

 

「ウ、ウホウホだと!?」 あまりの言い草に、長門も憤然として立ち上がる。

 

「そうだよ(指摘)。 どうせパンツの中もジャングルボーボーなんだろ?(超失礼)」

 

 遠慮もへったくれも無い野獣の言葉に、大和は軽く噴き出す。変に力んで持っていた手紙を破りそうになった。危ない危ない……。

大和は大事に手紙と絵を畳み、封筒に直してファイルに仕舞う。また始まったか……、みたいな、やれやれと言った感じの貌をした陸奥と武蔵も、手紙を直している。

野獣と長門の遣り取りをイマイチ理解していない様子の少年提督は、頭上に?マークを浮かべつつ、言い合う二人を見守っていた。

彼のその視線に気付いたのだろう。長門の顔の赤さが増していく。

 

「か、彼の前で言いたい放題言い過ぎだぞ貴様!! 私はちゃんと手入れもしている!!」

 

「そうなんだ(鼻ホジ)、取り合えずビールのおかわり貰ってくるわ」

 

「おい流すな!! 大事な話だぞ、ちゃんと聞け!!」

 

「お前のパンツの中がモジャモジャ☆マングローブだろうが、

ボッサボサのガジュマルランドだろうが、マジでどうでも良いんだよなぁ……(辛辣)」

 

「ボーボーでもモジャモジャでもボッサボサでも無い!!」

 

「おっ、そうだな(適当)。 MSSはどうだよ?(飛び火)」

 

「……その話題、振るの?」 

読んでいた手紙をファイルに直しつつ、陸奥は野獣を半眼で睨んだ。野獣は軽く笑う。

 

「MTはパンツの中も爆発してるから、アフロかな?(すっとぼけ)」

 

「ねぇ野獣、一発殴って良いかしら?」 

無表情になって眼を据わらせた陸奥が、ゴキリと指を鳴らして席を立ちかけた時だ。

冷静な貌をした武蔵は、レターファイルをそっとテーブルに置いてから鼻を鳴らした。

 

「下らん事を聞く奴だ……。

私は妹キャラだからな。つんつるてんに決まっているだろう」

 

「えっ」 思わず、大和は武蔵の横顔を凝視した。「い、妹キャラ……?」

さっきまで喚いていた長門や、立ち上がりかけた陸奥の時間が止まった。

野獣までもが、難しい貌をして武蔵を見詰めている。

武蔵の方は、何を今更な……、と肩を竦めるようにして苦笑した。

 

「何処からどう見ても、私は奥手系眼鏡っ子ツインテールの本格派だぞ? 

妹キャラ日本代表の風格だろう」

 

 武蔵の声音には、怯みも迷いも無い。貫禄系の間違いじゃないのかと、大和は聞き返しそうになるが、ぐっと堪える。

長門も武蔵に何か言おうとしたようだが、結局何も言わずに視線を逸らし、黙ったままで杯を傾けて酒を呑むだけだった。

長門型2番艦の陸奥は、『妹キャラって何よ……?(哲学)』みたいな難しい貌になって、なにやら考え込んでいる。

「そんな属性てんこ盛りにしなくて良いから(良心)」 小さく零した野獣も反応に困っていた。

野獣が作った馬鹿な流れをぶった切るどころか、更なる濁流で押し返す辺りは、流石は武蔵。迫真の真面目ボケが光る。

 

「あぁ、そうだ。ちなみに大和は、しっとり艶々だぞ。見事なものだ」

 

 長門が酒を噴き出し、陸奥がゲッホゲホと噎せ返った。

野獣が笑っている。大和は、持っていた杯を握り潰しそうになった。

というか、少年提督も流石に何の話をしているのか気付いたようだ。

「あっ……(察し)」みたいな貌をした後、何だか気まずそうな顔でそっぽを向いている。

死ぬほど恥ずかしくて、大和は軽く泣きそうだった。

 

「むさっ……、武蔵っ!! 何をカミングアウトしてるの!?」

 

「んん? 何をそんなに血相を変えているんだ?」

 

「何をって、それは……っ! も、もう! しっ、知らないっ!」

 

 大和は赤面しつつ話を切った。半泣きのまま顔の赤さを誤魔化すように、手にした杯をぐいっと傾けて酒を飲み干し、ふはぁああ^~……と、熱い息を吐き出す。

此処で慌てて武蔵の言葉を否定すれば、『じゃあ、どんなだよ?(詰問)』と、野獣からの追撃が在るのは目に見えている。所謂、ガード不能という奴だ。

というか、何か言わないと。黙っていると、また野獣に場を掻き回されてしまいそうだ。大和が何とか言葉を探していると、隣に居る彼が微笑んで見せた。

 

「何はともあれ、艦娘の皆さんへの社会の認識は、確かに変わりつつあるのでしょう。

 こうして手紙が届くほど距離が縮まっている事も、とても嬉しく思います。

 これも全て、皆さんの協力が在ってこそです。……僕からも、お礼を言わせて下さい」

 

 椅子に座り直して背筋を伸ばし、姿勢を正した少年提督は、穏やかな表情のままで大和や武蔵、長門と陸奥を順番に見遣った。

それから、「有り難うございます」と、深く、ゆっくりと頭を下げて見せた。それに続いて、緩い笑みを浮かべている野獣は、ビールを呷りつつ鼻を鳴らす。

さっきはNGTに茶々を入れられちゃったけど、俺が言いたかった事もそんな感じだから(便乗)と、ふてぶてしい態度で言う癖に、声音は真剣だった。

 

「俺達の世界は先祖から受け継いだモンじゃなくて、手紙をくれたこういう子供達から借りてるモンだって、それも一番言われてるから(飛行士並感)。

平和や平穏を遺す為の俺ら? あとその為の艦娘? ただ、海の上じゃ俺達は何にも出来ねぇし、これからも力を貸してくれよ?(イケボ)」

 

「ふん。言われるまでも無い。

元より、鎮守府に居る皆はそのつもりだろう。

 それに礼を言わねばならんのは、私達の方だ。……感謝している」

 

「似合わないんだから、そんな急にしおらしくならなくても良いゾ(半笑い)」

 

「好きに言うが良い。こうして子供達から言葉を貰えた事は事実だ。

 お前の下で無ければ、こんな得難い経験をする事は決して無かっただろう。

 連合艦隊旗艦を務めた栄光にも劣らない、私の誇りに思う」

 

 本当に、……胸が熱いぞ。野獣の言葉に頷いた長門は、背筋を伸ばして姿勢を正してから、すっと頭を下げた。陸奥も、それに大和と武蔵もそれに倣う。

こうして艦娘達への社会の認識に変化が訪れようとしているが、その変化を招く為に奔走してくれていたのは、野獣や少年提督である。

艦娘主導の鎮守府祭もそうだが、人格を育んだ艦娘達を起用した広報映像の作成、それに有名動画サイトへの干渉など、二人は手を尽くしてくれていた。

野獣と少年提督は、長門達を順番に見てから互いに顔を見合わせ、軽く笑ったようだった。空気を読んだのだろう野獣はまたビールを呷り、呵々と笑う。

 

「お前らは一々大袈裟なんだよなぁ……。まぁ、これからも宜しく頼むゾ。

 いくら俺でも海の上じゃあ、どう頑張ったってクソ雑魚ナメクジなんだからさ(諦観)」

 

「あぁ、出逢った時にも言っただろう。……敵艦隊との殴り合いなら任せておけ」

 

 長門は唇の端を持ち上げて、ぐっと右拳を握って見せた。そして、力強く頷く。

誠実で実直な長門らしい、飾り気の無い言葉だった。だからこそ、聞く者に届くのだ。

大和も武蔵は、そんな清廉潔白な艦娘としての長門の存在を頼もしく思う。

少年提督と陸奥も、くすくすと何処か嬉しそうに小さく笑いながら、二人を見守っている。

 

「おっ、そうだな(全幅の信頼)。よし……、じゃあ、MT! 

お前も、そろそろ本格的にY●uTuberデビューしよっか?(唐突)」

 

「……んぇ?」 と、陸奥の微笑みが強張った。大和は思わず野獣の顔を凝視してしまう。野獣は穏やかな表情を崩さない。余計に不気味だ。

武蔵と長門は互いに顔を見合わせてから、「陸奥は何かするのか?」「……さぁ?」みたいな感じで、互いに首を傾げていた。食堂の喧騒がやけに遠い。

「あの、提督……、その、Y●uTuberというのは……」 嫌な予感で、不味そうな貌になるのを必死に堪えつつ、大和は隣にいる少年提督に耳打ちする。

 

「僕も詳しくはないのですが、動画を発信している方を指す言葉の様ですね。

 特技を披露したり、商品宣伝の依頼なども企業から受けたりするそうですよ」

 

「既に悲劇の種が埋まっている気が……するのですが、気のせいでしょうか?(震え声)」

 

 穏やかな貌のままで説明してくれた少年提督に対して、大和は吐きそうな顔になって苦言を呈する。耳聡い野獣は、その大和の言葉を聞き逃さなかった。

 

「そんな警戒しなくても大丈夫だって、安心しろよ~!(愉快声)

まぁ基本的にはパフォーマンスとか実況とかそんな感じだから、ヘーキヘーキ!

ついでに言うと、MTとYMSR、それからTHのユニットが注目されて来ててさぁ」

 

 ホラ、見ろよ見ろよ。そう言って野獣は携帯端末を取り出し、ディスプレイを操作してから大和達に見えるように掲げた。

ディスプレイに表示されていたのは、有名動画サイトに半ば強引に設立されたのであろう、あの“大本営☆ちゃんねる”のページだった。

画面にはプレイリストが並んでおり、再生数、高評価、低評価数などが表示されている。中でも再生数が多く、目に付くのが『不幸ォ……ズ』のユニット名。

名前だけで色々と察してしまい、大和は何も言わずチラリと陸奥を見た。陸奥は狼狽した様な貌で、野獣の掲げた端末の画面を見詰めている。

 

「ねぇ、ちょっと待ってくれない? 

確かにね? 山城や大鳳と一緒に、ちょっとした動画撮影には協力したわよ?

 でも、そんな目新しさも派手さも全然無かったでしょ? 何でそんな……」

 

「艦娘が動画配信してるってのは、前からチョコチョコと話題にはなってたんだよなぁ。

 それに前の鎮守府祭が良い感じに作用したみたいで、全体的にアクセス数が上がってるゾ(解析先輩)」

 

「まぁ先駆者として、ネットアイドルとして活躍している那珂も居る事だ。

 電子媒体に浸透しやすい状況が作られていたのも、一つの要因かもしれんな」

 

落ち着いた貌でそこまで言って、ふむ……、と、顎に手を当てているのは武蔵だ。

長門の方は、困惑した貌で陸奥に向き直った。

 

「陸奥まで動画を投稿しているとは知らなかったぞ……。どんな内容なんだ?」

 

「いや別に、山城と大鳳と私で、ポーカーしたりチンチロしたりしただけよ。

 何か言いたいわけ?(半ギレ)、……思い出したらアー吐キソ……(トラウマの残り滓)」 

 

 陸奥は崩れ落ちるようにして、その場に突っ伏した。

何と言うか、面子で割とオチが見えている系の動画らしい。

ちょっと気の毒だし、実際、惨憺を極める結果だったのだろう。

あの頭を抱えてグロッキー状態の陸奥を見たら、大体分かる。

心配そうな顔をした少年提督は、水の入ったコップを陸奥に手渡した。

だが、そんな様子の陸奥にもお構い無しで、野獣は朗らかに笑って見せる。

 

「MTの新作を待ち望んでる人も居るから、まぁ、多少はね?

 今は鎮守府の艦娘も増えた事だし、ここは一つ、神経衰弱バトルでもしねぇか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 宴会が開かれていた食堂の一角は、異様な空気に包まれていた。

先程まで野獣達が座っていたテーブル席に、別の7人が、3・4で分かれて腰掛けて居る。

まず片方には、少女提督が召還した雪風を中心にして、その両サイドには時雨と瑞鶴が控えている。

もう片方には、陸奥と大鳳を中心にして、その二人を挟む形で山城と、スペシャルゲストの扶桑が陣取っていた。

酔っ払い達の悪ノリと確かな熱気が渦巻き、厳かささえ感じさせる静けさの中。この両陣営による、トランプ神経衰弱の一大決戦が行われようとしていた。

食堂に集まっていた艦娘達はこのドリームマッチの結果を見届けようと、両陣営の睨み合いを固唾を飲んで見守っている。

長門と武蔵、それから大和と少年提督も艦娘達に混じって観戦しようとしている状況だ。司会進行を務めているのは青葉。そして撮影は野獣である。相変わらず、やる事成す事が唐突で読めない男だと思う。瑞鶴は溜息を堪えて、周囲に視線だけを巡らせた。

 

 何でも、この神経衰弱の様子を動画としてUPするとの事だ。

艦娘達の“運”というパラメーター差。それを、エンターテイメント性を出しつつ分かり易く可視化するテストらしいのだが、適当な事を言われている気がしてならない。

艦娘達に囲まれたテーブル席に腰掛けた陸奥や大鳳は、既に眼が死んでいる。

だが、改二となっている扶桑と山城の眼からは、まだ光が消えていない。

こんな馬鹿馬鹿しいイベントでも、勝利さえすれば、不幸なイメージを払拭するチャンス。

そう考えているらしい扶桑と山城にとっては、相手に不足無しと言ったところだろう。

 

 陸奥達と向かい合って座るのは、少女提督が召還した駆逐艦。雪風。

彼女は、場の酒臭い熱気と謎の緊張感に翻弄され、ちょっとオロオロとした様子である。

だが、神格化すらされた“武運” を持つ、奇跡の駆逐艦だ。

恐らく、運という要素が絡む勝負事では、艦娘という生物カテゴリーで最凶だ。

そしてその雪風をバックアップするのが、時雨と瑞鶴という形である。一部の隙も無い布陣である。

その本気度の高さに、会場となっている食堂のボルテージが静かに上がっていく。

熱い空気を纏いながら、ジャッジとしてマイクを持った青葉がコホンと咳払いをした。

 

「えーと、では、ルールの確認です。とは言っても、非常に簡単ですけど。

 まず、代表者によるジャンケンをして貰い、先攻後攻を決めて頂きます。

 あとはカードを捲って行って貰い、外したらターンを相手に譲る。基本、これだけです」

 

 青葉は簡潔に言いながら、懐から一組の新品トランプ束を取り出した。

そして、丁寧な手付きでシャッフルしつつ、陸奥や雪風達にもシャッフルを求める。

よく混ぜられたトランプカードをテーブルに並べながら、青葉は両陣営を見比べた。

 

「流石に雪風さん達のチームと真っ向勝負というのもアレなんで、

公平を期す為に一応のハンデの案もあるんですが、……どうしましょう?」

 

「……いえ、無しで良いわ。

 完全に運任せっていう訳でも無いし、……まぁ、勝負くらいは出来るでしょ」

 陸奥は、とうとう観念したみたいに微笑んで、緩く首を振った。

 

「記憶力と勝負強さがものを言うなら、まだ勝ち筋はある筈ですからね」

それに続いて、隣に居た大鳳も疲れたみたいに息を吐き出して見せる。

二人の死んでいた眼に、再び光が灯りはじめる。

 

「頑張りましょう、山城」 扶桑も、静かに山城に頷いた。

 

「はい、姉様……! 全員で、勝利を掴み取りましょう」

山城が応える。誰からともなく、すっと掌を差し出た。四人が掌を重ねていく。

陸奥、大鳳、扶桑、そして山城は、互いに互いを見詰めあう。皆、熱い眼差しだった。

 

 彼女達は、もう何も言わない。

雪風達の豪運の前に、諦めて無力に敗れるか。

微力ながらも勇敢に立ち向かい、淡い勝利を掴むか。

四人は何かを成し遂げようとする内閣立ちで、雪風達に向き直った。

その威風を前に、腰掛けて居た雪風の方は怯えたみたいに肩を震わせる。

 

「雪風~、そんな緊張しなくても良いから。

 リラックスリラックス。勝ったら間宮のパフェ奢ったげるよ」

 

 観戦している艦娘達の中から、少女提督が声を掛けた。その言葉が届いたのだろう。

雪風は少女提督の方に向き直り、ぱぁぁあっと無垢な笑みを大きく咲かせた。

「ホントですか、しれぇ!?」「ホントホント、だから頑張って~」

いや、そんな別に頑張らなくても良いんじゃないかな……、とか思ったに違い無い。

瑞鶴の隣にいた時雨が、顔を引き攣らせた笑みを浮かべている。多分、瑞鶴も同じような貌をしていることだろう。

 

 

「じゃあまず、先攻後攻のジャンケンして貰おっか?(死闘開始)」

 

 野獣の言葉に、場の緊張が高まる。艦娘達が息を呑んだ。雪風が拳を握って立ち上がる。

対するは、深呼吸をして立ち上がった陸奥。最初はグー。ジャンケンポン。雪風がパー。陸奥がチョキ。

「ぁああああああららららぁぁぁああああああッッ!!!(早過ぎた鬨の声)」

完全勝利した陸奥は泣きながら咆哮し、右手をチョキにしたままで天に突き上げた。

大鳳、扶桑、山城も、全員席から立ち上がってガッツポーズし、ハイタッチして抱き合う。

まさかの勝利に、食堂が沸いた。歓声が上がる。雪風の方は、しょんぼりした様子だ。

 

「ま、負けちゃいました……」

 

「いや、うん……、でもコレ、ただ先攻後攻決めるだけだし、全然問題無いわよ。ね?」

 

 瑞鶴はドンマイドンマイと笑顔を見せる。さっきまでの引き攣った笑顔では無く、嫌味の無い、いつもの元気な笑顔だ。

食堂は既にお祭り状態となっているし、どうせなら楽しんだ方が得だろう。ニコッとした瑞鶴は雪風と肩を組んでから、雪風の反対隣の傍に座っている時雨を見遣る。

その時雨も控えめな笑みを浮かべつつ、雪風に頷いた。「そうだね。まだまだ此処からなんだし、一手一手を大切にしていこう」

そんな落ち着いた時雨とは反対に、陸奥達のテンションは上がりっぱなしだ。ジャンケンに勝利して先攻を選んだあたり、このまま勢いに乗りたいのか。

というか、神経衰弱なんですけど……。という野暮なツッコミが出来る様な空気でも無い。何故か瑞鶴達はアウェーというか、雪風がヒールと化しているのだ。

いや確かに、雪風は幸運艦なんて呼ばれもしてるけどさぁ……。そんな、ラスボスを倒す勇者というか、鬼退治みたいなノリで囲まれてしまうと何だか腰が引ける。

 

 ただ、勢い自体は陸奥達の方に在る。

先攻を取った陸奥が、テーブルの上のカードを一枚捲る。

それに続き、緊張した面持ちの大鳳が、別のカードを捲った。

結果。なんと同じ数字を揃えて見せた。陸奥と大鳳が泣きながら抱き合う。

会場が大沸きした。更に続いて、扶桑と山城がカードを開ける。これも、またペア。

扶桑と山城は号泣して、その場に崩れ落ちた。大歓声で沸く会場のボルテージも最高潮だ。

とは言え、流石に三度目は無かった。次にカードを開いた陸奥と大鳳は、ペアを外す。

しかし、興奮冷めやらぬ陸奥達のテンションも上がりっぱなしだ。

「先手でアドも取れているし、此処からも集中して行きましょう!」

「行けますよ、コレ! 丁寧に立ち回れば、全然(勝てる未来が)ありますあります!」

「西村艦隊の本当の力、見せてあげるわ!(姉様の風格)」

「取りこぼしを無くして、優位状況をキープしていきましょう!」

会場の空気を味方につけた四人は意気軒昂。確かに、流れは向こうにある。

 

 

 ターンが譲れられ、瑞鶴達が盤面に触る番だ。さてどうしたものか……。

瑞鶴は時雨と顔を見合わせる。いくら運が高いと言え、流石に初手でペアを取る自信は無い。

最初はカードを開けていき、カードの配置を把握する必要がある。その中で、駆け引きや勝負が生まれるのだ。

「……まずは、雪風にカードを開けて行って貰おう。今の段階だと、まだまだ何も出来ないからね」 冷静な様子の時雨に、瑞鶴も肩を竦めて頷く。

「それもそうね……。2つペア取られてるけど、すぐには巻き返せないもんね」瑞鶴は言いながら、肩を組んだ雪風に頷いて見せた。

 

「じゃあ、好きなカード開けちゃって。

 野球で言えば、まだ一回裏だしね。試合は始まったばっかりだから、気楽に行こう」

 

 優しく言う瑞鶴に、雪風も笑顔で頷いてくれた。

「分かりました! それじゃあ、……コレと、コレ!」

テーブルに伸ばした小さな手で、雪風はカードを開いた。

瑞鶴は嫌な予感がした。あっ……、みたいな貌をした時雨と眼が合う。

何も言えなかった。「やったぁ!」と無邪気に喜ぶ雪風。開いたカードはペアだった。

その瞬間だ。会場の空気が、間違いなく一変した。

 

 勝負事では、“流れ”が大切であるというのはよく言われるし、聞いたことも在る。

ただ瑞鶴自身、博打なんて興味無いし、そんなものを感じたことも無い。

これからも無縁のものだと思っていた。だが、今は違う。

その“流れ”というものが、ドバーっと瑞鶴達に傾いたのが、分かった。

この場に居れば誰だって分かった筈だ。会場が静まり返っているのがその証拠だろう。

続けて、雪風はカードを二つ開ける。これもペア。更にペア、ペア、ペア、ペア。

雪風は外さない。当たり前の様にペアを量産し、あっという間にカードを攫っていく。

今、瑞鶴は明らかにヤバイものを見ている。恐怖すら感じる光景だった。

 

 先程までのテンションは何処へやら。陸奥達四人の様子も外人4コマみたいになっている。

「手が光過ぎィ!!?」と叫ぶ野獣の気持ちも分かる。デュエリストか何か? みたいなツッコミをしたいが、この容赦の無い坊主捲りを見ると怖くてツッコめない。

時雨が席を立ち上がり、撮影している野獣の傍にそっと歩み寄り、「ねぇ野獣。あの、これ多分、駄目なヤツだよ……」と、震える声でカメラを止める事を促している。

「おっ、しょ、しょうだな(噛み噛み)」と、野獣も動揺を隠しきれていない。流石に、此処までの豪運処刑ショーは予想していなかったのだろう。

観戦している艦娘達の中からも、「えぇ……(慄然)」、「やべぇよ……、やべぇよ……(恐怖)」、「流石にたまげます……(呆然)」という、どよめきが起き始める。

しかし、この勝負に真っ直ぐで真剣な雪風は止まらない。無慈悲にペアを量産し続けて、とうとう最後の二枚を開け切ってしまった。

「しれぇ! 雪風のチームが勝ちましたー!(無邪気)」大虐殺を終えた暴君雪風は、嫌味も優越感も無く、勝った御褒美として奢って貰えるパフェに喜んでいる。

「うん、知ってた(諦観)」少女提督の方は、別に驚いた風でも無く、何を悟っていたかのようなニヒルな笑みだ。そんな少女提督に、雪風はテテテテっと駆け寄っていく。

その背中を瑞鶴は何とも言えない気持ちで見送っていると、司会ポジに居る青葉と眼が合った。『どうしましょう……?』みたいな貌をしていた。

瑞鶴も青葉の視線を追うが、掛ける言葉が見当たらない。雪風の一転攻勢を受けた彼女達。為す術無く敗れた陸奥達は、深い悲しみを背負っていた。

 

 陸奥はテーブルに突っ伏して、肩を震わせている。泣いて居るんだろうか。

「もう駄目だぁ……、おしまいだぁ……(BZーT)」 小声で絶望している大鳳も半泣きだ。

「空が青いわぁ^~やましろぉ^~」 「あ^~、不幸だわぁ^~」 

扶桑と山城の二人は椅子に座ったまま四肢を放り出し、余りの衝撃的結末(予測可能)にアヘ顔だった。

観戦していた艦娘達だって、皆一様に気まずそうな貌をしていた。さっきまでと凄い温度差である。まるでお通夜みたいだぁ(直喩)。

いやほんと、どうすんの、この状況……。こういう時は、無理矢理に流れをつくってくれる野獣が頼りだ。瑞鶴は野獣の方へと視線だけを向けた。

「んにゃぴ、良く分かんなかったです……(現実逃避)。なぁ、お前どう?(丸投げ)」だが野獣の方も、ちょっと手に負えない状況だと思ったのか。隣に居た少年提督に向き直る。

少年提督は、先程の雪風の殺戮ショーを見ても、全然動揺していない。怖いくらい落ち着いていた。その穏やかな表情のままで、「そうですねぇ……」と、何かを思案している。

 

 沈黙が続く。少しして、彼が微笑む。

「ではリターンマッチとして、泣きのもう一戦をやってみては如何でしょうか?」

 

 少年提督は微笑んで、陸奥たちに提案した。瑞鶴は噴き出しそうになった。

きっと彼には悪意なんて微塵も無いし、陸奥達に再戦の機会を与えたいという好意に違い無い。だが、その泣きのもう一戦が、トドメの一撃になってしまう。

あまりにも無慈悲なその提案に、「あっ、そっかぁ(思考放棄)」と、野獣が投げやりになった。時雨だって「え……、それは……(繰り返す悪夢)」と、絶句している。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!

 もうやだぁあああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛(幼児退行)」

突っ伏していた顔を上げた陸奥が、駄々をこねながら壊れた。

 

「やめましょうよ裁判長!!(?) こんな、神経衰弱なんて!! 

 見て下さいよ、この結果!! 私達、2ペアですよ!? 2ペア!!? 

 勝てる訳無いですよ!! やめましょうよこんなの!!? ね!?

 ラブ&ピース!! 平和が一番っ……!! もう終わりっ!! 閉廷!!」 

 

 錯乱気味の大鳳が半泣きで立ち上がり、迫真の力説を始める。そりゃあそうだろう。

雪風との対戦おかわりなんて絶対嫌に決まっている。心の傷が深まるだけだ。

「あぁ^~~」状態の扶桑と山城は、まだ現実世界に帰って来ていない。かなりの重傷だ。

結局。その後は、リットリオとローマへのインタビュー動画の撮影の流れとなった。

いやもう、最初からその無難な選択肢で良かったのでは無いかと、そう思わざるを得ない。

神経衰弱バトルと、その後に繰り広げられる阿鼻叫喚の在り様に、リットリオとローマの二人も顔を引き攣らせていた。その気持ち、凄く良く分かるなぁ……(しみじみ)。

瑞鶴もこの鎮守府に召ばれた時は、この無茶苦茶さに相当振り回されたし。そう言えば野獣は、また近い内に新しい艦娘を召還するかもと聞いている。

空母だと言っていたから、もしかしたら葛城かもしれない。あぁ~、でも真面目な彼女が野獣に召ばれたら、ホント苦労しそうだなぁ。

いやぁでも、少年提督に召ばれても、それはそれで苦労しそう。彼も結構ぶっ飛んだところ在るしなぁ……。

常識人である少女提督の方は、そういう指示は来ていないみたいだし、どう転んでもジョーカー引いちゃうかー……。

まだまだ籠った熱気を感じつつ、瑞鶴はまだこの鎮守府に居ない後輩のことを想いながら、まだテーブル脇に積まれているトランプを片づけていく。

積まれたペア札の一番上では、最後に雪風が開いたカード、黒と白のジョーカーが二人、笑っていた。

 













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