名探偵 毛利小五郎   作:和城山

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2017/04/24 20:17
後ろに少しだけ書き足しました。


12.Call Of Fatal

 

 

 

 

 3月も後ろとなり、27日の月曜日。卒業式から一週間と少しが経った。

 春休みであることをいいことに、小五郎は昼間から自室でだらけていた。二つ折りにした座布団を枕に、寝転がる彼が両手で広げるものは漫画雑誌。そのそばに平積みされているものもまた、漫画本ばかりであった。

 どれもが、自身が過去に集めていたものである。小五郎の感覚ではそれらを読まなくなって久しいため、随分と懐かしい気分に浸っていた。

 

「……ふあぁっ」

 

 あくびをしながら、ページを捲った。

 

 ――長期休暇に昼間から寝転がり、ひたすらだらけて過ごす。これぞ学生というものだ。素晴らしきかな、学生時代。

 

 そんなことをふと思う。日の高いうちからだらけていても過ごして行ける……文句も言われない……というものは、久しぶりに経験してみるとなんとも言い表せぬ幸福であった。

 学生……というより、子供であることの特権である。

 

 ただ辛いかな、ゆえに酒と煙草は出来ない。それだけが心残りではあるが、それでも漫画をダラダラ眺めながら寝転がって過ごす。これだけでも随分と贅沢な休日である。

 生前においても仕事依頼のない日などは飲酒してだらけて過ごしていたものだが、現在の状況はあの頃とは異なり、ストレスや悩みもなければ、自身の肩に生活もかかっていない。

 これほど気楽なことはなかった。

 

 また当初は気を張り詰めていたところのあった小五郎も、だいぶこの過去の世界に馴染み始めていた。なにしろ一か月以上も経っている。

 おとなしくなっただの、大人っぽくなっただのと周囲に噂された小五郎だったが、このようにだらけ始めてからは実は「あ、やっぱり変わってねえ」と思われていたりする。

 

「……しっかし、さすがに飽きてきたなあ」

 

 ぼそりとつぶやく。そうして起き上がり、漫画雑誌を脇に置いた。

 伸びをすれば、ボキボキと背中が鳴った。

 

「んー、どうすっか……」

 

 首の後ろを揉みながら一人ごちる。せめて競馬やパチンコでも出来れば気がまぎれるのだが、あいにくとそれらにつぎ込めるほど手持ちに金がない。そのうえで、時折に忘れかけるが現在の自分はまだ15歳なのである。

 まず入店を拒否されるだろう。

 

 こうしてなってみると、自分は存外に無趣味……いや、ろくな趣味がなかったのだと気が付かされる。

 生前は成人していたので、酒や煙草やギャンブルが趣味と言えば趣味だった。……しかしそこからいざ未成年に戻ってみると、もしかしなくても暇を持て余す。

 実際にこの年頃のときは、いったい何をして過ごしていたのだっけ……と頭をひねるが、どうにもこうにもよく思い出せない。学校があった時期には部活三昧だったことは覚えているも、なにもない休日のときはどうしていたか。

 まさか、現状と同じようにひたすら暇だ暇だとだらけていたわけではあるまいが……。

 

 そうして小五郎が一人腕を組んでいると、部屋の外、廊下の向こうの階段がキシキシと小さく鳴っていることに気が付いた。その誰かは二階へと昇りきると、そこから数歩も歩かない位置にある小五郎の部屋の襖を、唐突に勢い開けた。

 そして、

 

「出かけるわよ」

 

 そう言い放つのは、生まれついての柔らかな栗毛を短めのポニーテールにした、幼さの残る少女だった。黒縁の大きな眼鏡の向こうで勝気な瞳が輝いている。

 てっきり母親あたりだろうと思っていた小五郎は、その突然の来訪者に目をぱちくりとさせながら呆けてしまう。

 

「……は?」

 

 かろうじて出したそれに、少女――英理は、腰に手を当てて話し始めた。

 

「ほら、入学式までもうあと二週間もないでしょ。文房具とか、色々と入用なものを買いに行くわよ」

 

 そして、「さっ、早く準備するっ」と急かし始める。

 小五郎は再度「……は?」と声を上げそうになるが、なんとか寸前で踏みとどまった。改めて幼馴染の様子を見るも、すでに彼女は出かける準備が万端なようで。

 

(……ま、暇だったしな)

 

 知れず息をひとつ吐いて。

 

「わあったよ……」

 

 そう返しながら、のっそりと立ち上がった。

 

 

 

 

 

「……で? どこ向かってんだ」

 

 毛利家から連れ立って出立し、十数分ののち。住宅地の道路を並んで歩きながら、ふと今更のごとく小五郎はそう問いかけた。

 隣を歩む少女はそれに瞬間だけ呆れたような顔をするも、間をおかず丁寧に返答する。

 

「杯戸モールに行くつもり。あそこなら、大抵のものは揃うでしょ? 遅くなったら、ついでに夕飯も食べていけるし」

 

 ちなみ、現在は昼下がり。時刻はおおよそ午後三時過ぎくらいだろうか。

 なお杯戸モールというのは、隣の杯戸町に最近になって出来たという大型のショッピングモールである。様々な種類のテナントが数多く入っているという。

 

「ほおん」

 

 気のなさそうな相槌を打ち、と、そこで目の端に揺れるポニーテールがふと映る。

 ここに至って、そういえば髪型が変わっているな……と気が付いた。

 つい先日まではポニーテールはポニーテールでも、三つ編みに編み込んでいたそれが、現在はふわふわと柔らかげに垂れている。

 

(そういりゃあ、高校からまた髪型変えたんだっけか……?)

 

 歩きながら、ぼんやりとそんなことを思い出す。

 この現在の髪型は、やがて結婚して別居する頃まで続いていたはずだ。ちなみ、中学に上がった際にも英理は髪型を変えている。小学校時代はたしか短めのツインテールだった。

 

 じっと見ていたからか、気づけば彼女がこちらを胡乱げに見返していた。

 

「なによ」

 

 言う彼女に、

 

「いや……」と咄嗟に目をそらしながら言葉を濁して、と、そこでふと思いなおす。目を明後日に向けたまま、続けて言い直した。

 

「まあ、その髪型も、似合ってると思ってな」

 

 言って、数秒してから、反応が返ってこないことに不審に思って目を戻せば、英理もまたなぜか反対の方向を向いていた。

 

「……どうした?」

 

「……いえ。なんでもないわ。その、……ありがとう」

 

 彼女がそうぽそりとつぶやいたところで、二人は大通りそばのバス停へとたどり着いた。

 そのままなんとなく二人とも無言のまま、待つ人の列へとつく。小五郎はぽりぽりと指で頬を掻きながら、うーむ、と小さくうなり。

 

(……あ、そうだ。運転免許はなるべく早めに取らなきゃな)

 

 どこか上ずった思考で、なぜだか逃避気味にそんなことを唐突に思った。

 

 

 

             ◆

 

 

 

 三十数分ほど揺られて、バスを降りた。近辺に杯戸駅もある杯戸町の中心街なだけはあって、随分と人が多かった。

 

「ん、んぅ……」

 

 声を漏らしながら、小五郎はぽきぽきと背中をそらす。

 その様子を隣で見て、英理は小さく眉を寄せながら、

 

「……なんだか親父臭いわね」

 

 つぶやいた。それに一瞬ぎくりとしながらも、小五郎は努めて素知らぬ顔で辺りを見渡す。この近辺もまた、懐かしい光景である。

 前回に杯戸町まで来た際には、こんな中心までは訪れなかった。手前の駅前通りで事件に遭遇したということもある。

 

「さ、行きましょ」

 

 先頭を切った英理に続いて、小五郎もバス停から歩き出す。大通りに沿ってしばらくも行かないうちに、目の前に大型のショッピングモールが姿を現した。

 その威容はこの時代にあって最先端を行こうとする気概が感じられ、モールの前には巨大駐車場が整備されている。2000年代以降はけして珍しいわけでもない形式の店舗であるが、この時代においては非常に新しい形である。

 ただ、同時に古くから続く個人経営店や中小規模の商店街が煽りを受けてシャッター商店街となる問題などが、これから先に次第に現れてくるのだろう……と、小五郎は胸の内だけでつぶやいた。

 

 生前に見かけるショッピングモールなどは広大な駐車場の真ん中にモールがある、という形があったが、まだ新しい形式だからなのか、ここの店はモールの前に大通りに面した形で駐車場が広がるのみで、モールの裏には古くからある雑居ビルなどがのぞいている。

 おそらくは主要な出入り口も通りに面した場所だけにあるようであった。

 

「私、ここに来るの初めてなんだよね」

 

 広い駐車場の中の歩道を進みながら、そう英理が言った。

 小五郎も数瞬だけ「どうだったろう……」と頭を巡らせたが、結局は生前のことなので、とりあえず、

 

「俺もだ」

 

 と、簡潔に返した。

 二人は花壇のそばを通って、自動ドアをくぐる。すると目に飛び込んでくるのは、小五郎にしてみれば見慣れたモールの光景だった。

 

「すごい、百貨店みたい」

 

 そうつぶやく英理を横目に、

 

(……逆になんか違うのか?)

 

 と少しだけ考えるも、彼女に腕を引っ張られたことですぐに気を取り戻す。

 

「なに突っ立ってるのよ! さっ、行くわよ!」

 

 きらきらと輝く瞳でそう振り返る英理に、

 

「お、おう……」

 

 思わずしどろもどろになりながら、小五郎はモールの中を引っ張られていった。

 

 

 まず訪れたのは、文房具屋である。

 

「ねえ、見て。このシャープペンシル、頭が猫よ!」

 

 すごい、可愛い……とつぶやく英理を眺めながら、そばに平積みされていた無難なノートブックを買う。

 そうしていながら、

 

(なんか、こいつ……)

 

 ふと思い浮かんだ感想を、小五郎は慌てて胸の奥へと押し戻した。

 

 

 次に訪れたのは、書店である。

 

「あれ、新作が出てる」

 

 そう言って「探偵左文字」の小説を手に取った英理の横で、小五郎はふと目に入った本を眺める。平積みされていたそのタイトルは、「はじめての料理」。

 少しだけ間を置いたのち、頭に浮かんだ未来の娘の顔に思わずそれを手に取っていた。

 

「おめえはこっちも買うべきだ」

 

 なんやかんやとあったのち、結局英理は両方を買った。

 

 

 その後も、服屋やアクセサリー店、スポーツショップなど、様々な店を冷やかして。

 気が付けば時間は意外と過ぎていた。

 午後六時半。

 

「……うん。やっぱりこっちで食べることにしたから。……うん。わかってるって」

 

 モール内に設置されていた公衆電話で家に連絡を入れる英理を横に、小五郎はふと近くの壁に公衆トイレの案内が描かれていることに気が付いた。

 途端、ぶるりとどこかから震える。

 隣を見るが、すぐには電話はやみそうになかった。

 

「ちょっと便所行ってくらぁ」

 

 行き先を指し示しつつ言えば、少女は「ああ、うん」とうなずく。

 それを確認したのち、少しばかり早歩きで小五郎は案内が示す通路の裏のほうへと進んでいった。

 

 このショッピングモールは、植木鉢やベンチが間隔を開けて設置されている通路を真ん中に、テナントの入っている区画がその両側に続く……という形である。そんな似たような景観が四階分重なっていて、現在にいる場所は三階だった。

 そしてとあるテナントとテナントの間にさらに裏のほうへと続く通路があって、どうもその先にトイレがあるようである。

 にぎやかな大通路から狭い通路へと進んでゆくと、少しだけ喧騒が遠くなる。

 それに若干の寂しさ染みたものを感じながら行くと、すぐにL字型の曲がり角へとたどり着く。――が。

 

「ありゃ、掃除中……」

 

 残念そうな声が漏れた。L字の角を曲がると、その向こうに男女のマークが描かれた扉が二つ並んでいたわけだったが、そちらへと進む手前、角を曲がったすぐのところに「清掃中につき立ち入り禁止」「たいへん申し訳ございません」と書かれた立札が置かれていた。

 

「……別のところ探すか」

 

 知らずつぶやいて、元来たほうへと引き返してゆく。

 大通路へと戻ってきたところで、待っていた英理と合流した。

 

「早かったわね」

 

 言う彼女に「清掃中だった」と返せば。

 

「それなら、もうフードコートに行きましょ。たしかそっちにもあったはずだから」

 

 それに同意して、連れ立って歩き始める。

 と、そこで。

 

「おい、もうテレビ局来てるってよ!」

「まじか! 見に行こうぜ!」

 

 そう会話する高校生くらいの若者が二人、彼らの横を過ぎていった。

 

「……テレビ局?」

 

 怪訝そうにつぶやく小五郎に、英理が答えた。

 

「私もさっきお母さんに聞いて知ったんだけど。どうも今日、この近くで生放送の収録があるみたいよ」

 

 へえ、と驚く小五郎に、彼女は続ける。

 

「たしか『ザ・ランナウェイスペシャル』っていう企画番組。たまに七時からやってるじゃない? あれの舞台が今回は杯戸市街なんですって」

 

「ほぉう」

 

 気のない返事を返して、すると肘で突っつかれた。

 

「あなたが聞いたんでしょ」

 

「わりぃわりぃ」

 

 軽く謝って、と、そこでフードコートの入り口が目に入る。

 

「お、早く行こうぜ」

 

 そう言って早歩きになる小五郎に、少女は小さく嘆息してから後を追った。

 和気藹々と歩んでゆく。

 

 こののちに遭遇することになる事態を、彼らはまったくとして予感することはなかった。

 

 毛利小五郎は、ひたひたと忍び寄る宿命の、その足音にまだ気づかない。

 

 現在時刻は、[PM 06:40]

 

 そして――。

 

 

 

             ◆

 

 

 

 ――――[PM 07:25]

 

 このショッピングモールで、一人の男が死体で発見されるのである。

 

 

 

 




Next Kogoro's Hint!

「生放送」

「あ! イズミちゃん? オレだよオレ、コゴローちゃん♡ 今夜ひさしぶりにお店に行ってもいいかなー♡」

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