完結まで頑張るので、どうか許してください。(土下座
それから最近はまた忙しくなってきたので、もしやすればこれからもたまに休むかもしれませんが、どうか気長にお付き合いいただけましたら幸いです。
黒っぽい制服を着た少年少女が、うじゃうじゃと集まり、騒めいていた。校舎から校門へとつづく広めの空間が、今やそれらで溢れ返らんばかりである。
そんな喧騒から一歩引いたところで、小五郎はひとりヌボーっと突っ立っていた。
昇降口から少しだけ離れた、道の端。花壇の横で、少年たちの騒めきを眺める。
ザア――と風が吹き、視界一杯に桜色の花弁が舞った。
春だった。
何の因果か小五郎が過去にやってきてから、一か月と少しが経つ。3月になった。
1989年3月14日。
辺りに広がる光景を形成する子らと同じく、学ランを着た小五郎の胸には造花の飾りが付けられている。
この日、小五郎を含めた彼らは中学校を卒業した。
ぼうっとした顔つきのまま、小五郎は周囲を眺め続ける。
目に入る同級生たちは、その多くがはしゃいでいた。なかには涙を流す子もいる。
皆が皆、なにかしらその心を震わせていた。
――しかしその一方で、まったくとして感慨を得られない自分のような者がいる。
当たり前と言えば、当たり前ではあった。
この過去の世界にやってきて、小五郎はまだ一か月ほどしか過ごしていないのである。なにか感動をしろ……というほうが少しばかり無茶であった。
けれども、周囲はそんなことを知りえない。だからそんななかにあって、ひとりだけ何も思わない自分が多少と言わずに場違いなような、申し訳ないような、そんな座りの悪い心地になることは当然で――。
クラスメイトや柔道部の部員たち(ほとんどうろ覚えだった)と挨拶なんかを済ませた後、小五郎はさっさとひとり、隅の木陰へと退避した。
とっとと帰宅をしないのは偏に待ち人がいるからである。
今もどこかで周囲と同様に挨拶回りをしているだろう、幼馴染の少女。小五郎の認識のなかでは過去(ここでは未来)に結婚をした相手であり、はっきりとした態度には出さないものの今なお胸の内で愛している女性である。
互いの親は式が終了し存分に息子と娘の写真を撮影すると、遅くならないようにとだけ言い残して、連れ立って帰ってしまった。その際に親から言いつけられたこともあり、また習慣でもあったため、小五郎は英理と共に帰らねばならないのである。
少年たちから視線を上げて、小五郎は空を仰いだ。
蒼穹が、どこまでも高く続いている。
理性的に考えれば不思議でもなんでもないことなのだが、この空が、23年後の物とまったくとして変わらないことが、なんだかとても奇妙に思えて、同時に自身が最近まで過ごしていた23年後と繋がりがあるとでも感じるのか、懐かしさのようなものさえ覚えて。小五郎は、なんだか空を眺めることが多くなっていた。
再び、風。小五郎の頭上で枝葉がしなり、桜が花を散らす。
強風と桜吹雪に、そこらで少女の嬌声とも悲鳴ともつかぬきゃあ、という声が上がった。
スカートでも捲れたかな、と頭のすみでぼんやりと思う。小五郎は我関せずと、不細工な鳥に見えぬこともない雲を眺め続けた。大学生くらいならいざ知れず、中学生程度では色気を感じたりはしなかった。
……ただしかし、そんななかにあっても一人だけ例外が存在してはいるのだが、小五郎はまだそれを自覚していない。
と、まあ、そのようにして呆けていると、やがて、ようやく待ち人が現れた。
彼女たちは息を殺して背後に寄ると、唐突にその背を勢い押した。
「――どわぁっ!?」
短く悲鳴を上げてたたらを踏む。
小五郎が振り向けば、悪戯気な微笑を湛えた二人の少女。
「なあに一人で突っ立てるのよ」
呆れたように息をつくも、口の端は笑んでいる英理に、
「えへへー、ドッキリ成功!」
快活に満面で笑う瑠璃。
待ち人と、友人だった。
過去へやってきたばかりの当初はどこかすれ違ってしまっていた英理も、あの河川敷で話した朝から少しずつもとの記憶と変わらぬ関係へと戻っていった。つい最近まで接していた認識の「大人の英理」と、この時代の「少女の英理」とが同一人物だと小五郎のなかで気持ちに整理がついたことが大きかった。
今では共にいても以前のような居心地の悪さは感じない。
一方、同じくその朝から眼鏡をはずしコンタクトレンズにデビューした瑠璃はというと、やたらともてはやされることが多くなったようである。小五郎としては未来の女優としての姿を知っていたこともあり、眼鏡があってもなくても美人だという感想には変わりがなかったが、やはり初見である周囲には相当な変化に映ったのだろうか。
そしてそんな彼女は、どういうわけだかその朝を起点として、より一層にスキンシップが激しくなったような気がする。
幼稚園から親友である英理と異なってまともに話すようになったのは小学校からであるとはいえ、一応は小五郎も瑠璃の幼馴染の範疇である。
高校は互いに違うわけで、事実として前回の人生では中学校を卒業してからあのドラマ撮影で再会するまで、小五郎は瑠璃とは全く接点を持つことがなかった。ので、友人と別れるのはやはり寂しいのだろうか、などと思う傍らで、なぜかそのたびに英理が冷たい視線を向けてくるためやめて貰えないかなあ、とも思っている。
……まあ、それでも少女とはいえ異性に触れられて悪い気はしないため、実際に口には出していない。それが余計に英理に見とがめられている点については、彼は気づいていなかった。
「ったく、んだよ。いてェなあ……」
実際はたいして痛くはなかったが、ポーズとして背中をさすりながら小五郎は向き直る。
ぼやく彼に、彼女たちは楽しそうに笑って返した。
「ところで小五郎ちゃん」
女同士ひとしきり笑い合ったのち、どこか改まった様子で瑠璃がそう切り出した。
「あン?」
ガラの悪い返答をした小五郎に、彼女は「ん」と言って片手を突き出した。
掌を上にして、まるでなにかをねだるかのような格好である。
「なんだよ?」
本気で意味がわからず、首をかしげる小五郎。視線を英理に向けるも、彼女もまたこの友人の突然の行動に理解が追い付いていない様子だった。
数秒置いて、瑠璃へと問う。
「……金なんて借りてたっけか?」
語尾が自信なさげになってしまったのは、中学時代のことなどほとんど覚えていないからであった。もしかしたら、先月以前の自分が借りっぱなしにしていた可能性もある。
「ちがうよっ!」
聞いた瑠璃は可愛らしい声音で否定すると、
「ホワイトデー! お返し!」
と、続けた。
そこまで聞いて、彼女の隣の英理もようやく得心したかのような顔をする。そして、「私も貰ってない……」とつぶやいた。
「ホワイトデーだぁ?」
対して、未知の言葉を聞いたかのような反応は小五郎である。
しかし、なんだそれは――と続けようとしたところで、頭のすみでそういえばそんなのがあったっけなあ……とうっすら思い出した。
思い返すのは先月の2月14日。
登校した小五郎に、瑠璃が「はい」と言って小さな包みを手渡した。
『なんだこれ?』
と問うた小五郎に、彼女は
『バレンタインデーのチョコ! 今までは渡してなかったけど、今年は最後だし、せっかくだから! お返し、期待してるからね!』
そう朗らかに言い切ると、自分の席へと戻っていった。その一部始終を小五郎の隣で驚愕の顔で見ていた英理もまた、放課後の夕方に唐突に部屋を訪ねてきたかと思えば、
『これあげるわ。お返しも期待してるから』
とだけ言って同じような包みを置いていった。
瑠璃から渡された包みの中身はチョコトリュフで、手作りのようだった。
英理から渡されたほうの中身はチョコクッキーで、同じく手作りのようだった。
瑠璃のほうは嬉々として、英理のほうは戦々恐々としながら食したことを覚えている。前者は普通に美味く、後者は幸いとして焦げ臭いだけであった。
思えばこのとき、両者ともにしっかりと「お返し」について言及していた。
そして夕飯時に、そういえば母親が「ホワイトデー用意しなさいよ」とも言っていたことを思い出した。
背中に冷や汗が浮き出る。……完全に失念していた。
用意など何もしていない。
「……あ、あーっと……」
頬を掻きながら視線を明後日の方向へと向けた。誤魔化すように空笑いする。
その様子をジト目で眺めるは瑠璃と英理。
手を突き出していた少女は、はあっとこれ見よがしに息を吐いた。
「まったく、しょうがないなあ」
そう言いながら、ちらりと隣の親友を見やる。同じように呆れた顔をしていた英理は、それに「ん?」と不思議そうにするも、彼女が問うよりも先に瑠璃は視線を戻す。
そして、
「じゃあ、代わりにこれを貰うね!」
そう言うや否や、やけに俊敏な動作で小五郎の胸元に掴みかかった。
「お、おい!?」
小五郎は驚き慌てるが、彼が引き離すよりも先に彼女はすぐに飛び離れる。そうして、満面の笑みで何かを掲げた。
鈍く金色に輝くそれ。
丸く、小さなそれは小五郎の制服のボタンであった。
慌てて見やれば、彼の学ランは上から二番目のボタンだけが無くなっている。「あっ……」と小さく英理が零した。
「お返し、ありがとう! 違う高校だけど、これからもヨロシク! 英理ちゃんも、またね!」
溢れんばかりに笑んでそう言い放つと、瑠璃は校門の方向へと踵を返して駆け出し――卒業生で溢れる雑踏のなかへとあっという間に紛れ込んで見えなくなった。
「……なんだったんだ、ありゃ」
小さくぼやきながらそれを見送って、振り返ったところで小五郎は思わずぎょっとした。
「…………」
無言だが明らかに不機嫌そうな英理が、後には残されていたのである。
◆
「なあ、オマエ何を怒ってんだよ」
「…………」
「いい加減、機嫌直せって」
「…………」
帰り道。小五郎と英理は二人連れ立って帰路についていたが、しかしあの後から英理は一向に喋ろうとしなかった。ツンとした固い表情のまま、隣の男に目もくれずひたすら前だけを見て歩き続けている。
ハア、と息をつき、小五郎も前へと視線を戻した。なにがなんだか、わけがわからない。
(……ったく、ホントなんだってんだよ)
胸の内で愚痴をこぼす。すると突然、横から声が。
「――ねえ」
あまりのタイミングに瞬間びくっとして、それから取り繕ったように聞き返す。
「な、なんだ?」
ようやく口を開いた少女は、しかしすぐには続けずに小さく口を開け閉めする。そうしてから、どこかかすれた声で、
「……あんた、瑠璃ちゃんになんかした?」
そう問うた。
だがそれに小五郎は「はあ?」と素っ頓狂な声を上げる。
「なんもしてねえよ」
「……ほんと?」
「ホント、ホント」
疑り深げに聞き返す英理に、再度否定する小五郎。そんな彼の様子を注意深く横目で見てから、彼女は小さく息を吐いた。
眉を寄せ、物憂げな顔でつぶやく。
「……どうなってるのかしら」
「そりゃこっちのセリフだ……」
疲れたように肩を落とす小五郎。しかし何はともあれ、幼馴染の不機嫌が少しずつやわらぎ始めたことに安堵する。
とはいえ未だ快調には遠いわけだが……。と、そう考えたところである店が彼の目の端に留まった。
(あれは――)
瞬間、小五郎は半分うつむいたままでブツブツと何やら言っている隣に、
「ちょっと待ってろ!」
そう叫んで、駆け出した。
「え、なにっ……」
背後で英理の戸惑った声が残った。
用事を終えて戻れば、そこには先にも増して不機嫌そうな様子の英理がいた。
「なんなのよ、いったい――」
そう憤る少女の鼻先に、「ほら」と小五郎は包みを差し出した。
「……なにこれ?」
キョトンとして紙袋を見やる彼女に、小五郎は話す。
「買ってきた。お返しだ……。――今日はホワイトデー、なんだろ?」
若干に視線をそらしての発言である。
小五郎としては、これで少しでも機嫌が直れば……という心づもりであったが。
「……え? あ、うん……」
いやに静かになった英理は、数秒ののちにそっと包みを受け取って。
「……見てもいい?」
「勝手にしろ」
開封したと途端に「わあっ」と小さく歓声を上げた。
「これ、ジゴバのチョコレートじゃない!?」
興奮する彼女に、何の気もなく「好きだったろ」と返すと。
「え、なんで知ってるの!?」
声が一段高くなった。逸らしていた視線を戻せば、少女はきらきらと輝く瞳で包みの中をのぞき込んでいる。
(やれやれ、やっとか)
自然、小さく息をつく。小五郎は首の裏を掻くと、
「ああ……、ま、とりあえず帰ろうぜ」
そう促して、そのまま歩き出した。
その背を、紙袋から顔を上げた英理が眺める。
そして再びうつむいて、
「――……そっか。知ってるんだ」
小さく、ぽつりとつぶやいた。その口元は穏やかに笑んでいて。
「……待ちなさいよ!」
なんだか遠く感じ始めていた、しかし自分のことをきちんと知っていた幼馴染を追いかけて、少女は軽やかに路を駆け抜ける。
アスファルトの裂け目から顔を出していた蒲公英が、春風のなか小さく揺れていた。
ところで新刊買いました。(本誌読まない派
ちっちゃな真純ちゃん可愛いなあって思っていたら、それ以上にショタ新一が可愛かった件。
……ん? ショタ新一って、それつまりコナ(ry