名探偵 毛利小五郎   作:和城山

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09.推理/兆し

 

 

 

 

「轟木さん、そろそろ問答もやめにしましょう。まあ、あとの詳しい話はとりあえず署のほうでお聞きしますから……」

 

 店のエントランスでは、依然として轟木の腕をつかんだ刑事がさすがに連行へと移ろうとしていた。まだ手錠こそかけていないものの、態度を見るに完全な容疑者扱いである。

 

「だから、刑事さん。僕じゃありませんって……」

 

 対する轟木は、くたびれた様子でなおも言いつのっている。さしもの彼も、その声音からはだいぶ落ち着きが失われていた。

 一貫して無実を主張し、任意同行を拒み続ける彼だったが、状況証拠は彼が怪しいと指し示す。

 ロッカーから発見された凶器と同じ毒物に、彼のつくったケーキを被害者が亡くなる直前に食べていたという事実。

 そしてさらには、なぜケーキのことを黙っていたのかと問えば途端に言いよどむ態度。

 

 刑事には、そのすべてが轟木を犯人だと確信させる証拠であると感じられた。

 

 もちろん、刑事だけではない。二人を見守る警察官や、聴取のため店内に残された客などの関係者……。周囲を囲んでいる人たちは、皆が皆、ある空気を感じていた。

 日常のさなかで、殺人という形で突然に展開された非日常。それが、今、事件の終息という形の終わりへと近づいて行っている――という、そんな。

 

 若い刑事は目の前の男が犯人である、と疑っていなかったし――。

 まだ純情な青年警官は、そんな刑事の様子を憧憬の念もこめて見つめていて――。

 実のところ、殺人に足りる動機に富んでいた自覚のあった女性は密かに胸を下ろし――。

 同じく受付店員も、事件が無事に終わりそうなことに安堵を覚え――。

 そして目下疑われている菓子職人は、焦燥と不安と喪失感とに揺れていた。

 

 だがそこで、ある少女が、ふと幼馴染の姿が見えないことに気が付いたとき。

 

 

「――ちょっと、待ったァッ!!」

 

 

 そんな声と共に店の奥の扉が乱暴に開け放たれて。

 

 終わろうとしていた非日常が、今一度だけ、続きだす。

 

 停滞していた空気が、再び流れ出した。

 

 

 

             ◆

 

 

 

「ちょっと、待ったァッ!!」

 

 そう叫びながら事務室を飛び出したとき、小五郎は、自分がおそろしく興奮していることを自覚していた。

 ものすごい熱量の何かが、己の中の深いところで迸り、体を突き動かしている……。

 そんな夢見心地にも似た感覚が、彼を包み込んでいた。

 

 ――いや。

 どちらかといえば、地区マラソンなどで長距離を完走した際に最後の辺りで身に起こるランナーズハイ……体力を最後まで出し切ったのちに訪れる、気力だけで走っているときの、あの浮世離れしているかのような感じ……。

 その感覚のほうが近いのかもしれない。と、小五郎は思う。

 

 なんたって、心臓がバクバクと痛いほどに忙しないのだ。手を当てずとも知覚できるほどに。

 

 今体温を測ったら、きっと平熱よりも数度上がっているだろう……。

 頭の裏のどこか冷静なままの部分で、小五郎はそんなことをふと考えた。

 

「な、なんだい君は! そこは立ち入り禁止だよ!?」

 

 一瞬だけ唖然としたのち、すぐに我に返った警官がそう怒鳴る。

 同じく我に返った数人の警察官が、小五郎のほうへと駆け寄ってくる。

 

 そして小五郎は、同時に周囲から自身へと集まる視線を敏感に感じ取った。

 それらの多くはおよそ好意的な温度ではなく、それらを前にして意識すると、途端、小五郎の中で緊張感が新たに生まれる。

 

 刑事に返答をしようとして、すると、そこで喉が締まり声が震えそうになった。

 咄嗟にやめて息をのむ。一呼吸ほど置いて常の状態へと喉を戻してゆく。

 

 ――自信なさげになっちゃあ、ダメだ。堂々としていなければ……。

 

 そんなことまで自然に考えて、はて、と我がことながら頭の片隅で不思議に思う。

 

 ――なんだか、随分と慣れている?

 

 と、そこまで考えたところで、たいして思考を巡らせずとも解答に思い至った。

 生前の最後の一年間に、もはや習慣となりつつあった、あれ――。

 「眠りの小五郎」その事後に、記者らなんらの他者から聞かれた際におちゃらけて対応していた際の、あの演技――。

 

 あの頃に心がけていたことが、今、巡り巡って小五郎の助けとなっていた。

 

 皮肉めいて、随分と奇妙なめぐりあわせがあるものだ……そんなことを頭の裏側で思いつつ。

 とりあえず声を整えた小五郎は、数秒後に努めて明朗な声で言い放つ。

 

 

「待ってください! 落ち着いてください! 真犯人が、分かりましたッ!」

 

 

 それはそこまで広くはない店内に、よく響き渡って。

 

 瞬間、小五郎を取り押さえようとしていた警察官たちの動きも思わず止まった。

 唖然とした様子の顔が、判を押したように同じ調子でぐるりと並んだ。

 

「……なんですって?」

 

 またも最初に再起動を果たしたのは、若い刑事だった。轟木を押さえていた腕を、いつのまにか放している。

 

「どういうことです?」

 

 訝しむように問う刑事に、小五郎は「子供の話を聞いてくれるのか」と内心では驚きつつも、とりあえずはしめたもんだとそのまま落ち着いた様子で続ける。

 

「いえ、だから言った通りですよ……」

 

 そう言って、一歩、二歩と扉からロビーの中へと進んでゆく。

 

「真犯人が、わかったんです。……そう。轟木さんは、犯人じゃあない!」

 

 そして小五郎は中央にて佇む刑事と轟木、その手前まで来ると歩みを止めて、そう宣言した。

 その物言いはいかにも自信たっぷりで、そして堂に入っていた。

 

 その姿は言葉に表すなら、そう、まるで小説の中の探偵のようで――。

 だから刑事や周囲の人間もまた、小五郎の放つそのこなれた雰囲気にのまれて、いつのまにか話を聞く姿勢に入っていた。

 

 が、とうの小五郎はそれには気づかず、ただ、熱に浮かされたような感覚のまま行動を続ける。

 

 その熱は、興奮は、つまり言うなれば、ここに至って彼が見出そうとしている「希望」――。

 「真に眠りの小五郎から解放されていることが証明されるかもしれない」というそれと、そして未だ思い出さぬ「探偵への――」……。

 

 ……だが、現在の小五郎はそれらには気が付かない。

 落ち着いている様子を必死に取り繕いながら、頭の裏で、先ほどにたどり着いた己の推理に穴がないかどうか、我武者羅になって検めている。

 精一杯で、気づく暇がない。

 

 それでも事態は進む。

 小五郎の口が、真相を暴き始める。

 虚飾の名探偵として終わった男が、やがて真の名探偵へと至るかもしれぬ新たな道。その岐路で、今、一歩が踏み出される。

 

「では、順を追って事件を整理しましょう――」

 

 

 

             ◆

 

 

 

「まず、わかりやすく時間帯を三つに区切って考えてみます。事件前、事件直前、事件直後、の三つです」

 

 一本ずつ指を立てながら、小五郎は静かに見回す。誰もがその挙動の一つ一つに注目していた。

 小五郎は人知れずひとつ息をのんで、続ける。

 時間を区分したことに、とくに意味はない。ただ、そのほうが整理して説明しやすいような気がしただけだった。

 

「では、一つ目“事件前”の時間。先ほどの事情聴取から得られた情報で話してゆきます。

 このとき、被害者は基本的に事務室にいました。たまに意見を求められて調理場へと顔を出すこともあれば、例の限定商品を購入する客に挨拶するために受付へと出ることもありました。そして三時ごろにはコーヒーを飲んでいる姿を轟木さんが見ています。

 パティシエの轟木さんは、調理場にいた。受付の高城さんは、受付に。そして客であるお二人は、目暮さん、桂川さん、の順で来店した。

 ……なにか食い違いはありますか?」

 

 小五郎は見回す途中でさりげなく顔をちらりと見るが、とくに顔色に変化のある者はいない。

 

(……これと指摘されるまでは黙っているつもりか。まあ、いい)

 

 話を続ける。

 

「次に、二つ目“事件直前”の時間。

 被害者は、事務室で轟木さんの試作品を食べたのちに受付へと出て、目暮さんと桂川さんの対応をします。

 轟木さんは、事務室に試作品を届けたほかには、調理室にずっといました。高城さんは、受付に。目暮さんと桂川さんも同様です。

 そして三つ目“事件直後”では、被害者は目暮さんののち、桂川さんとの対応中に突如として苦しみだし、亡くなります。

 目暮さんは出口へ向かってはいたもののまだ店内におり、桂川さんは被害者の正面に。

 高城さんは受付で被害者のすぐ隣におり、轟木さんは調理場にいた。被害者が倒れたあと、高城さんと聞きつけた轟木さんがそのそばへと駆け寄った……」

 

 ひとつ息をつく。

 穏やかともいえる語調で静かに語っているのは、そうすることで、説明をしながら、同時に自分でも間違いがないか再考をするためである。

 かつては思い浮かんだ案をとりあえず口に出していくだけだったが、こうすることで、途中で粗を直せるという直接的なメリットに加え、自分の考えは間違っていないという自信を固くする精神的なメリットが生まれる。

 今までのように、すぐに矛盾を指し示される、ということも少なくなる。

 

 小五郎がこの方策に気が付いたのは、彼が死んだあの日からほんの一週間も前のことだ。

 そして……これらは、実は自分で考えた方策というわけではない。いや、自分と言えば自分なのだが、実を言うと、「眠りの小五郎」が放映されたニュース番組やなんかの録画を、なんともなしに繰り返し眺めていたときに気が付いたことなのである。

 小五郎は半年ほど経ったころから「眠りの小五郎」の症状の改善はほとんど諦めていたが、それでも時たまに、フっと「何か気づかないだろうか」と思い立つことがあった。そういうときは、ひたすらに「眠りの小五郎」の映像を眺めたりなどしたのだった。

 

 小五郎は人知れず拳を握ると、話を続ける。

 

「さて、その後、試作品のことを黙っていた轟木さんに注目が集まったところで彼の持ち物から毒物が現れた。ですから今、彼は疑われている……」

 

 そこで、ようやく刑事が口を開いた。

 

「そうです。ほら、これ以上もないほどのクロじゃないですか。子供のお遊びもそれくらいにして――」

 

 さえぎるように、小五郎が放つ。

 

「――他にも嘘をついている者が、いたとしたら。どうですか?」

 

 えっ、と誰かが声を漏らした。

 

「嘘ォ?」

 

 刑事が怪訝そうな顔をする。たしかに関係者が勢ぞろいしている中で、ここに至るまで嘘をつき続けられることもそうそうないだろう。

 

「嘘、というよりも……轟木さんと同様に、事実を黙っている、に近いでしょう。そしてそれは、客観的に見て事件とはあまり関係がなさそうなことであるために、ほかの店員やお客の皆さんも、それをわざわざ指摘しようとも思わない」

 

 小五郎は背後を振り返って、

 

「では、少し事務室のほうに行きましょう」

 

 彼が歩き出すと、少しだけ逡巡があったのち、皆もその後を追って事務室へと移動する。

 関係者の全員は入りきらないので、主要な者たちだけが中へと入る。

 小五郎は顔ぶれを確認すると、流しのそばの買い物袋を指し示した。

 

「そこに買い物袋があります。そして結果があるということは原因があり、つまり、本日に買い物をしてきた人間がいるわけですが、買い物をしてきたという供述をなされた方はいませんでした。先ほども、どなたも指摘されませんでした。……おそらく、事件が起こるよりもずっと前の時間帯になされたことだったから。といっても、袋のまま一日中置いておかれることもないでしょうし、おそらくは午後のうち」

 

 言うと、しゃがみ、袋の中身を一つずつ床へ並べる。

 

「そして現在にここへ入っている中身は、見てのように、茶葉、コーヒー豆、煎餅に、砂糖、スポーツ新聞、雑誌、……これらだけです」

 

 立ち上がると、テーブルまで行ってメモ帳を取り上げた。一番上の用紙が鉛筆で黒く塗りつぶされ、筆圧の文字が浮かび上がっている。

 

「ですが、こちらのメモ帳。こちらに浮かび上がっている買い物リストは、コーヒー豆、茶葉、茶請け、薬、新聞、雑誌、砂糖……」

 

 あっ、と誰かが声を漏らした。見れば、英理だ。

 小五郎は刑事に視線を戻し、

 

 

「――そう、薬がない。なくなっている」

 

 

 薬といえば、どんな形式だろうと、つまり“飲み込む”ものである。そして毒殺。

 理解した刑事の表情が、スッと鋭くなる。

 

 と、そこで。

 

 

「――す、すみませんっ!」

 

 

 慌てた様子で声を上げた者があった。

 

 ――高城である。

 

「そ、その、お薬は買い忘れちゃって……! だからっ……あの! か、勘違いさせてしまってすみません……!」

 

 一息にそう言って彼女は頭を下げる。

 その様子を見て、再び小五郎へと目を戻した刑事の顔からは険が消えて、代わりになにか呆れのようなものが浮かんでいた。

 が、小五郎の様子に変わりはない。

 

 彼はじっと高城を見やると、

 

「では、あなたが買い物をされたわけですか……」

 

 問うた。高城も一度顔を上げると、

 

「は、はい、そうです。す、すみません、勘違いさせてしまって……!」

 

 再び頭を下げる。

 

 しかし、小五郎は首を振ると、

 

「いえ、謝る必要はありませんよ――」

 

 学ランの胸ポケットへと手をやって、

 

 

「――勘違いでは、ないですから」

 

 

 丁寧に折りたたまれたハンカチを取り出した。

 そしてそれを開くと、中からは小さな銀紙が出てくる。凹んだ立体的なプラスチックが付いているそれは――見ればわかった。錠剤の包装である。

 

 高城は見るや否や、目を見開いて固まった。

 絶句する彼女を横目に、説明を開始する。

 

「これは、そこのトラッシュボックスに入っていたものです。壁に貼られている“当番表”を見る限りでは、この中身は毎晩に空にされている。……つまり、これは本日に出されたゴミだということ。そして一見ではわかりせんが、よくよく注意して見てみると、これが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であることがわかります。

 ……これはつまり、薬の中身が入れ替えられていたということ。この包装から被害者の指紋が出れば、毒殺方法がより明確になるはずです」

 

 そう言うと、小五郎はそばに寄ってきた鑑識に包装を渡した。

 

「そして被害者が薬を飲んだときですが、……おそらくは午後三時ころでしょう。カプセル剤の中身を入れ替えたのだとすれば、おおよそ二、三十分ほどかかるものが多いですし、ちょうどその頃に、被害者がコーヒーを飲んでいるところを轟木さんが見ている。

 しかし、被害者の机のコーヒーカップは内側が濡れてはいるが、コーヒーを飲んだ形跡はない。これはつまり、コーヒーカップを使って薬を水で飲んでいたから……に他なりません」

 

 そしてそこで、今まで黙っていた高城が激昂するように身を上げた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! さっきから、まるで! まるで私が犯人みたいな感じで言っていますけど、しょ、証拠は! 証拠はあるんですか!?」

 

 依然としておどおどしたような挙動は継続していたが、彼女のその目は今までにない鋭い光を帯びていた。

 小五郎はその三白眼でそれを見返しながら、しかし告げる。

 

「あります」

 

「なっ――」

 

 言葉を失う高城を見つめ続けながら、小五郎は言い放つ。

 

 

「――あるはずです。あなたの衣服か、持ち物のどこか。あるいはトイレのタンクの中にでも。隠してあるはずですよ。すべての錠剤の中身が青酸カリへと入れ替えられた、花粉アレルギー対策の薬が、箱ごとね」

 

 

 それを聞くや否や、彼女は膝を崩してうなだれた。

 それはまるでもなにも、――明らかに彼女が罪を認めているようで。

 

 途端、爆発するようにざわめく周囲。

 刑事も唐突な展開に白黒とした目で小五郎と高城とを交互に見ている。

 

 明らかに罪を認めるかのような彼女の態度は、知れず小五郎の心にも活力を与える。

 

(――よかった。やはり、当たっていた……)

 

 彼はひとつ息をつくと、締めを話し出す。

 

「くわしい殺害方法は、おそらくこうでしょう。

 被害者の愛用している薬と同じものを購入し、それの中身をすべて青酸カリへと入れ替えておく。これを常に携帯しておき、被害者の薬がなくなった際にでも『おひとついかが?』とでも差し出せばよい。それがたまたま、今日だった。

 今日、おそらく昼過ぎ辺りにでもあなたは休憩ついでに買い出しを頼まれた。その際に薬を頼まれたことで、決行日を確信したんでしょう。

 そして買い物袋に、何食わぬ顔で毒入りの薬を混ぜておいた。

 三時ごろに、トイレに行くとでも言って受付を離れ、被害者に薬を飲んだかの確認をしてから、自分も飲むとでも言って、薬を回収する。

 ……あるいは、第三者が飲むことを恐れ、買い物袋には混ぜなかったのかもしれない。買い忘れた、と被害者には伝えておき、三時ころに『同僚から借りてきた』とでも言って、錠剤をひとつ渡せば、それでもいい。……これなら、毒入りの薬は常に自身の手の中なので安心できますね。こっちのほうが可能性が高いかもしれません。

 トラッシュボックスの使用済み包装については、さすがに不自然なので回収は後回しにせざるをえなかったんでしょう」

 

 と、小五郎が言葉を切ったところで、うずくまったままの高城が答えた。

 

「……そうよ。後ろのほうの方法で、だいたい合ってるわ。毒入りの薬なら、ほら、ここに……。

 ……ふふっ、それにしても、そうね。トイレのタンクの中に入れておけばよかったのかしらね……水で指紋も消えただろうし……」

 

 彼女は小さく笑みさえ浮かべて、懐から薬のパッケージを取り出した。小ぶりな、薄い箱である。

 

 小五郎が何か答えようとして、しかしその前に刑事が答えた。

 これまで呆然としていた彼だったが、ようやく立ち直ったと見えて、彼女の前へと片足を折ってしゃがむ。

 

「……指紋はですね、水につけた程度では落ちませんよ。……それでは、任意同行、願えますね?」

 

 その言葉に高城を一瞬だけ顔を上げると、また下ろして。

 

「……そう。そうなの……。ええ。いいわ。連行されるわよ。あんなクズ男でも、人間は人間だものね……。――母の、仇だったのよ」

 

 ぽつり、ぽつり、と。高城は静かに動機をこぼした。

 ありふれた――と言っては酷いが、物語としてはよく聞かれる類の不幸話だった。

 そうして話し終えた彼女はどこか鬱蒼とした表情のまま、刑事に立たせられ、連行される――そのとき。

 

 思わぬところからそこに異が唱えられた。

 

「違う――違います。それは……違うんです……」

 

 深く、懺悔するかのような声音でそう彼女を呼び止めたのは、轟木だった。

 彼は、彼も、ぽつり、ぽつり、と己の真実を話す。

 驚いたことにそれは、轟木自身の罪の告白でもあり、殺された蒲生の意外なる善良な一面についてでもあり、そして高城の不幸のもう一つの側面の真実についてでもあった。

 

 聞いた高城は、一筋、二筋と涙をこぼすと、

 

「なにそれ……そんな……そんなのって……」

 

 知りたくなかった真実、もっと早くに知っていたかった真実、やり直せないことをしでかしてしまった事実に、再び崩れ落ちた。

 涙を流す彼女を、両隣の警官が慌てて抱き留め、支えながら外へと歩いてゆく……。

 

 

 

             ◆

 

 

 

 ――そんな光景を、最初から最後まで、ただ、小五郎は眺めていた。

 

 人が死に、真実が暴かれ、あとには悲しみが残った。

 やるせない結末であったが、しかし……――。

 

(――()()()()()

 

 小五郎は、胸の底で思う。

 

(――人が死ぬってェのは、それだけで悲しいモンなんだから)

 

 現在、彼の隣では、刑事が滾々と説教をしていた。

 結果的に良かったものの、やれ事件現場を荒らすな、やれ子供が遊びでやっていいことじゃない、やれ――……。

 

 思い返せば、それらはすべて、生前に小五郎自身がコナンなどの「探偵気取り」たちに口を酸っぱくして言い聞かせていたことでもあった。

 今は己がそれを言われる立場なのか、ということに若干のおかしさも感じないではなかったが、それでも刑事の言い分は十二分に理解できるため、ここは重く反省をするべきところである。

 ――今の己は、子供なんだから。

 

(――殺人事件は、悲しいもんなんだ。ゲームでも、パズルでもねえ。悲しい、本当にやるせない、ないほうがいい代物……)

 

 先ほどまであった、胸の高鳴りや、熱は、気がつけば跡形もなく消え去っていた。

 刑事に説教されながら、小五郎は、ただただ反省をする。

 

 ――しかし。

 

 思い返せば、思い出そうとすれば、あの()はすぐにでも小五郎のなかによみがえるだろう。

 種はすでに蒔かれたのだ。新たな岐路へと進み始めたのだ。

 発芽も、そう遠くない。

 

 なぜなら。

 

 今回の事件で、彼は意識的にせよ無意識的にせよ、知ったのだ。

 

 ――「眠りの小五郎」が、もういない、という。それに。

 

 

 

 そしてそんな小五郎を、少しだけ離れたところから眺める英理もまた、ひとつの岐路を前にしようとしていた。

 

 

 

 




いろいろ矛盾とかあったらごめん。今は眠いので、そしたらまたあとで直します。
なお、言葉遣いのせいか文才のなさのせいか、おっちゃんがあまりおっちゃんぽく感じないかもしれないけれど、そこはどうか大目に見てくださいすみません。

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