艦隊これくしょん―軽快な鏑矢― 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
さて、今回は季節もの、一日早いですがお届けします。
今回も共同立案は東方魔術師さまです。改めてお礼申しあげます。
それでは、抜錨!
「七夕ねぇ……」
「文月が珍しく提案してきた企画だし何とかならない?」
食堂での
「当直はもちろん続行するし参加できない人向けに企画はこっちでサポートする。周知も含めて一週間。短冊をみんなで吊るすぐらいはできるはず」
「いつになく推すじゃねぇか、笹原」
口の周りのドレッシングを紙ナプキンでぬぐいながら杉田がそう言った。夏用作業服である半そでの第三種軍装から伸びる腕と比べると紙ナプキンがあまりにも小さくどこか笑いを誘う。
「なによ、悪い?」
「悪いとは言ってねぇ。高峰、青葉。周知や短冊の入手とかいけるか?」
杉田が振り返ると議事と給仕を兼ねていた青葉がにっこりと笑う。
「短冊に使う色紙などはすぐに手に入ると思いますよ。隊内企画ですから周知も隊内通信を出せば一発ですし、ポスターぐらいなら今日中にもいけます。唯一微妙なのは笹の入手ぐらいでしょうかね」
「当日は練習航海で南の公海上だが、5日の朝までに何とかできれば何とかなるはずだ」
「ということは今から動けば問題ないということなのです?」
航暉の隣でバゲットを齧っていた電が視線を上げれば渡井が頷いた。
「いいんじゃない? あとは部隊長の許可だけだね。どうするの?」
「別に問題ないと思うぜ、カズ。手間もそんなかかるもんじゃない」
「珍しくハル君が乗り気だね」
笹原が茶化すように言うと高峰はどこか苦そうな顔をした。航暉は一瞬それを気に留めたが、見なかったことにして思案する。
「……企画長は笹原に一任。通常の当直に差し障らない程度でやってくれればいいだろう。資材購入費などの予算とりまとめも含めて笹原やってくれ」
「了解です。ま、カズ君も短冊の願い事考えておいてね」
笹原がそんな風に言ってウィンクを送る。航暉は肩をすくめて答えるだけだった。
「たーなーばーたーさーらさらぁ」
文月が笑いながら短冊の詰まった箱を持って廊下を進んでいく。それを見た夕張が笑う。
「文月ちゃん、それ短冊?」
「うんっ! これから食堂に置かせてもらうの~」
そう言ってくるくると廊下を周りながら夕張に応える。
「夕張さんも参加してくれる?」
「もちろん、当直外れてるし、ばっちり参加するよ~ 当日はしっかり晴れるといいねぇ」
「なんで~?」
「あれ、文月ちゃん知らない? 彦星様と織姫様の話」
頭の上に「?」を浮かべる文月に夕張が腰をかがめて視線を合わせた。
「天の川のほとりに、天帝の娘で織女と呼ばれるそれは美しい天女が住んでいて、織女は、天を支配している父天帝の言いつけをよく守り、毎日機織りに精を出していたの。天帝は娘の働きぶりに感心していたんだけど、年頃の娘なのにお化粧一つせず、恋をする暇もない娘を可哀そうに思って、天の川の西に住んでいる働き者の牽牛という牛飼いの青年と結婚させたの」
「でも結婚した後離れ離れになっちゃうんだよねぇ」
それを聞いて夕張はクスリと笑った。
「そうね。二人で遊んでばかりいたから天帝様が怒ったのね。そして『心を入れ替えて一生懸命仕事をするなら1年に1度、7月7日の夜に牽牛と会うことを許してやろう』って言って引き離しちゃうの。それ以来、自分の行いを反省した織女は年に1度の牽牛と会えることを楽しみに機織りを続けるの。牽牛も同じで仕事を頑張ってた。指折り数えて7月7日の夜を待ちながらね」
素直に話を聞いている文月の頭を撫でながら夕張は続ける。
「でも二人が待ち焦がれた7月7日に雨が降ると、天の川の水かさが増して、織女は向こう岸に渡ることができなくなる。川下に上弦の月がかかっていても、つれない月の舟人は織女を渡してはくれなくて……二人は天の川の東と西の岸辺に佇んで、お互いに切ない思いを交しながら川面を眺めて涙を流すしかできないって話があるの」
「ならあたしはてるてる坊主作る!」
「それがいいわね。なら私も作ろうかしら」
そうやって窓際には小さなてるてる坊主が並び、それと一緒に船は出たのだった。
「まさか……本当に雨になるとは……催涙雨というにはかなり激しいけど」
舷窓に張り付いて涙目になっている文月の頭を撫でながら笹原は苦笑いを浮かべた。
「織姫さまと彦星さま、会えないのかなぁ……」
そんなことを言う文月の頭をただひたすらに撫でながら笹原も舷窓の向こうの灰色の重い雲を恨みがましげに見上げた。
『カズ君、聞こえる?』
『どうした?』
『外、何とかならない?』
『天気ばかりは黒烏といえども何ともできんさ』
『つれない答えね』
そう言うと笹原は溜息をついた。
『どこかお前らしくないな、何をそこまでこだわってる?』
『いいでしょう、たまには』
それでも、らしくないかなとは思う。
『国連の先鋭部隊でも、目の前の子どもを笑顔にはできないと思うと切なくもなるさ』
それを聞くと電脳通信の向こう側で溜息をついた気配がした。
『貸し1だぞ、全く。高峰もだ』
「え?」
電脳通信ではなく声に出して聞き返してしまい、文月がうるんだ目で振り返った。
『高峰、杉田。臨時訓練を追加するぞ』
『やっぱりこうなると思ってたよ』
『全く、なんだかんだでカズも過保護だよな』
電脳通信に割り込みが二件。杉田と高峰の声だ。小さく笑った声が無線に乗る。
『お前にだけは言われたくねぇよ、高峰』
『俺からしたら月刀も高峰も団栗の背比べだがな』
『『うるせぇ』』
そんな会話が聞こえてきて笹原は一瞬唖然とした。
『というわけだ、七夕の飾りは仕舞うなって伝えておけよ企画長』
そう言って通信を切った航暉はCICの暗い部屋で天候状況などが移されたホログラムスクリーンを見上げた。
「杉田」
「こんな目的に使うとは思ってなかったぜ。“鷹の目”スタンバイ・レディ」
「高峰」
「横須賀への報告完了、航路指定を解除。これでどこにでも行ける。システムリンク用意完了」
その答えを聞いて航暉が背筋をしゃんと伸ばす。
「状況開始!」
「鷹の目、オンライン。周囲の天候状況、ローディング」
「チェックオンモニタ。システム正常起動。全天映像、流すぞ。衛星からの映像、ロード終了まで、3,2、……」
虚空に現れたホログラムの山には大気に関わる情報が羅列されていく。それを使える形高峰が整えていく。
長距離狙撃用システム“鷹の眼”――――――――大和型などとセットで活用される高精度長距離照準を可能にする観測システムが周囲の空気を可視化した。それを高峰がクリンナップし、周囲の天候を描きだす。
「今晩の夜に到達可能な地点でもっとも天候が安定しているところをリストアップしろ」
「完了。ここから75キロ。巡行速力で2時間ちょい、楽勝で日没に間に合う」
「確度は?」
「5.3、そこそこだろう」
高峰の声に航暉が笑った。ブリッジへの通信がつながる。
「左三点回頭用意、黒5点、かかれ! カササギもカラスの一種だ。何とか織姫と彦星を合わせてやろうじゃないか」
雨が埃を洗い流し、濡れた後部ヘリパッドに星明かりが映った。
「晴れたぁ!」
「これで、織姫と彦星が会えるわね」
文月の背中を押すようにして夕張が笑った。
「それじゃ、みんなも用意する?」
『はーい!』
ティルトローターが格納された格納庫の中を見れば、笹飾りを抱えた電や雷たち、集めた短冊の山を持った睦月たちも待っていた。
「万が一に備えてティルトローターの発着スペースを確保できるように、船尾の可倒式の柵に括り付けるようにするのが許可条件だから、それはきっちり守ってね」
飾りつけの指揮を担う夕張がテキパキ指示を出していく。ヘリパッドを照らす照明が青い笹の色を鮮やかに見せていた。
「これって上に飾れば飾るほど願いがかなうのかしら?」
「そんなことを聞いたことがあるね」
暁の問に応えるのは響だ。それを聞いた雷がクスリと笑った。
「そこまでして叶えたい暁姉ぇの願いってなんなのかしら?」
「そ、そんなこと関係ないでしょ……?」
「一人前のレディなりたいっていうのではないのです?」
「す、すでにその願いは叶ってるし! 叶ってるから書く必要なななないし!」
「なんでそんなに焦ってるんだい?」
そう言って暁の手からひょいと短冊を奪った響がライトに透かすようにして中身を読んだ。
「か、返しなさいよ!」
「
「う―――――! 余計なお世話よ!」
そう言って地団駄を踏む暁の様子を見ながら睦月が短冊を笹飾りに吊るしていく。
「えっと……これは……ろーちゃんの?」
「どれどれ……“日本の子たちともっと仲良くなれますようにですって!”……“ですって”はいらないと思うんだけどいい願い事ね」
「だねー。みんなもう結構仲良しだけどねー」
笹飾りに一つ一つ吊るしていく睦月と如月の後ろからとんと叩く手があった。二人が振り向けば大和の笑顔があった。
「わたしも手伝いますよ。自分の分も吊るしたいですし」
「では、大和さんは上の方おねがいできますか? 睦月ちゃんも私も手が届かないので」
「はい、よろこんで」
空気がきれいに澄んでいるからか星も5等星6等星まできれいに見える。その星明かりの下で楽しそうに短冊を吊るしていく大和を見て武蔵は格納庫の中でクスリと笑った。
「きれいに間に合わせたんだな」
「やれやれだ」
格納庫に現れた杉田に武蔵が笑いかける。
「何気に大和も楽しみにしてたんだ。間に合わせてくれて感謝する」
「そんな堅苦しいお礼は必要ねぇよ。俺は月刀の指示に従っただけだ」
「そんなこと言って、そうなること予想してCICに籠ってたんじゃないのか?」
「ノーコメント」
杉田はそう言って格納庫の内壁に寄り掛かった。そのタイミングで台車をガラガラと押してくる音が響いてくる。
「おーい、索餅できたぞー」
「あと白玉団子もありますよー!」
格納庫を通ることを考慮してか、台車には大きなクロスがかけられ、それを慎重に押すようにして敷波と綾波が出てきた。
「一応みんな晩飯食ってるから甘味系だけか」
「いえ、食べ足りない人のために素麺も用意してますよ」
「至れり尽くせりでなにより」
「後で天龍さんと龍田さんが持ってきてくれるはずです」
綾波の答えを聞いて杉田が笑った。
「さて、じゃぁ俺たちも向こうに行くとするか。俺も短冊書かなきゃな」
「なんだ、まだ書いてなかったのか?」
「忙しかったんだよ」
綾波たちの後ろを追うようにして飛行甲板に出ていく杉田を見つけて文月がとことこかけてきた。
「杉田大佐も参加してくれるの~?」
「あぁ、お菓子食いにな。笹原から聞いたぞ、この企画、文月嬢の企画なんだってな」
「うん。7月は文月の季節だし、みんなで楽しめるようなことがしたかったのー」
「そうか。うまくいってていいじゃねぇか」
文月の髪を少々乱雑にくしゃくしゃと掻き撫でながらそう言うと、どこか恥ずかしそうに俯いて笑う文月。その様子を見て大和がくすくすと笑った。
「雰囲気がおじいちゃんと孫ですね、大佐」
「せめて父親と娘にしてくれや。俺まだ三十路だ。孫はいない」
「それでも人生経験は豊富では?」
「だからってそんな老け込んだ覚えはないぞ、なぁ武蔵」
「さあな」
「おい、否定しろや」
そういうと周りにドッと笑い声が弾けた。
「……かつやおじーちゃん?」
「なにかな文月ちゃん」
悪乗りしてきた文月の頭を撫でる手をぐりぐりにチェンジすると慌てたように距離を取る文月。それを見てまた周りが笑う。杉田もそれを見て肩をすくめるだけにとどめた。
「なんだか盛り上がってるなぁ。天龍様も混ぜろや」
「素麺持ってきたわよー」
天龍や龍田もやってきて一人また一人と増えていく。なぜかPRESSの腕章を付けた青葉もどこからともなく現れ、ドイツ組もひょっこりと顔を出した。レーベに連れられるように北方棲姫の姿もある。
「ヒメちゃんも来たのです?」
「ウン! コレニ願イ事書ケバ叶ウッテ聞イタ!」
「なのです! ヒメちゃんは何か叶えたいことあるのです?」
「ミンナデ楽シク遊ベマスヨウニ!」
「ヒメちゃんらしいのです」
少しずつ願いを込めた短冊が笹を埋め尽くしていく。その様子を明るい天の川が照らしていた。
「……うまくいっているようで何よりだ」
その賑やかな声を聞きながら高い航海艦橋の左ウィングの柵に寄り掛かって航暉は煙草をふかした。屋根がない開放型ウィングからは満天の星空を見渡せる。
「そろそろ教えてくれよ、笹原。今回の企画、なぜあそこまで食い下がった?」
紫煙が夜空に溶けていくのを見ながら航暉がそう言うとウィングの出入り口あたりから小さく笑う気配がした。
「カズ君には話してなかったっけ、文月がうちの部隊に来た理由」
「いや。聞いてないはずだ」
「そっか。あの子、文月はさ―――――ペトロパブロフスクの568が前任部隊だったんだ。知ってるでしょ? あの脱法実験所」
航暉は答えなかった。無言の肯定。
「いろいろあったみたいでね。その施設の闇を“解体”してきたのが特調六課に配属になったばかりのハル君だった。部隊を解隊した後――――――文月だけはハル君が転属に待ったをかけて私の部隊に連れてきたんだよ」
笹原はそう言うと航暉のそばに寄って、煙草、もらえるかしら。と右手を出した
「お前が煙草なんて珍しいな」
「たまには吸いたくなるものよ。この手の遊びは一通り身につけたしね。もっとも文月や敷波が真似しちゃまずいし、川内が煙草の匂いがあまり好きじゃないみたいでね―――――それでも、こんな話をするときくらいは口が寂しくなる」
差し出された紙の小さな箱から細い指で一本だけ抜き取るとそれを咥える。航暉の手が右ポケットに伸びるのを笹原はその手をそっと押さえ留めた。
「火ならもうあるじゃない」
その手を航暉の顎に当てくいっと持ち上げると彼の煙草に自分の煙草をあてがう。いつもより近い距離を少し意識しながら煙草を吹かせば、どこか紅茶にも似た香りが喉を通った。
「……今回のお礼のキスよ」
「シガーキスだがな」
その答えに笑いながら一回深呼吸をするように深く吸いゆっくりと煙を吐く。
「煙草の趣味は海大から変えてないのね、いい趣味してる」
「どうも、で、話の途中だったはずだが?」
「そんな焦らなくても夜は長いさ……ハル君がわざわざ私を頼らなきゃいけないほど、文月は精神的にも肉体的にも疲弊していた。普通の部隊じゃ文月は周りを潰すか自分から潰れるしかできないだろうってあの高峰春斗君が言ったんだ。それほどにヤバイ状況で佐世保のうちの部隊にやってきた。文月は最初、まったく笑わない子でね、一人でぼうっとしてるか、自主練でずっと砲を撃っているかだった。人間味をごっそり落としてきたような。そんな感じだったよ」
そう言ってブリッジの外壁に寄り掛かって笹原はどこか寂しそうな笑みを浮かべた。航海灯の赤い光が笹原の顔に大きな影をつけた。
「川内や綾波たちが寄ってたかっていろいろ連れてって、いろんなものを見せて、感じさせて……しっかり笑ってくれるようになるまで1年近くかかったんだ」
本当にここ最近なんだよ? といって紫煙を吐く笹原。夏用のシャツに灰が墜ちないように気を付けてトンと灰を落とす。
「本当にここ最近、文月がいろいろ自分からやりたいって言うようになった。訓練とかそう言うことだけじゃなくて、みんなと楽しめる何かをしたいって言ってくれるようになったのは、ここ最近なんだよ。……だからどうしても叶えてあげたくなったのさ」
「……高峰もかなり乗り気だったのはそう言うことか」
「ハル君も気にしてたんでしょうね。私が佐世保にいた時には結構頻繁に連絡くれてたしね」
彼女は軽く苦笑いを浮かべた。
「昔話はこれくらいにしましょうよ。せっかくの星空が霞むしね。……カズ君も行ってあげたら? 電ちゃんとか待ってるんじゃないの?」
「わざわざ神頼みしなきゃいけないような願い事はないんだけどな」
「そう言うこと思ってても言わないのが粋ってもんでしょう。ま、電ちゃんたちとずっと一緒にいられますように、とかでしょ?」
「それは神頼みにする気はないさ」
フィルターのすぐ手前まで吸いきって、航暉は携帯灰皿に押し付けてそう言った。笹原がどこか眩しそうに笑う。
「カズ君らしいや」
「そう言うお前はどうなんだ?」
「え?」
「お前は書かないのか、願い事」
「書く前に叶っちゃったからね。だからいいのさ。文月が笑って、川内もいて、この関係がずっと続けばいいとは思う。でも、それを私が望んで、あの子たちを縛り付けるのは間違ってる。だから、私が願っていい願い事はとうに叶ってるんだよ。これ以上のことを望むべきじゃない」
航暉は次の一本に手を掛けようとして何かを考えるようにして煙草を胸ポケットに戻した。
「川内たちが望んだらずっとそこにいるのか?」
「彼女たちが望んで、状況が許せばね」
「―――――――――だそうだが、どう思う? 504水雷戦隊旗艦、川内殿?」
笹原がはっとしたように振り返ればオレンジ色の服を着た少女が少々不満げな顔をして立っていた。
「え、いつから聞いてた……?」
「本当に気が付いてなかったのか。やっぱり“お前らしくないな”、笹原」
航暉が笑うと川内が驚いたままフリーズしていた笹原を背中から抱きしめた。
「……煙草の匂い、移るよ」
「いいよ、そんなこと気にしなくても。もっと大切なことあるでしょうが」
どこかふてくされたような声が響く。
「言葉にしないとわからないかな、この司令官は。――――――文月も私も、綾波たちも司令官を捨ててどこかにいこうなんて思うわけないじゃん。あんたが築いてきた信頼関係を過小評価するの?」
「過小評価なんかじゃ……」
「言い換えようか? ――――――私たちのことそんなに信頼できない?」
今度こそ本当に笹原の動きが止まる。川内が腕を締めたのか笹原の胸に揺れる略綬が揺れた。
「あんたは願っていいよ。私達ばかりのことじゃなくてさ、そんな風に一歩引かれたら、私達もあんたの幸せを願えないじゃん。だからさ、私たちのためにも願ってよ。みんな、あんたの部下であることが誇りなんだよ」
そう言って彼女の髪に顔を埋めるようにして川内は続ける。
「文月が待ってる。一緒に行こうよ。司令官」
しばらく間を置いて頷いた笹原に航暉は携帯灰皿を差し出した。
「なら落ち着くまで待った方がいいぞ、せめて少し目の赤みが取れてから行け」
差し出された携帯灰皿に煙草を落として、笹原が笑う。
「あと、やっぱりお前に煙草は似合わんな。背伸びすんなよ“笹原”」
二人の頭をぽんと叩いてウィングを去る航暉。そのどこか気障な動作に笹原も笑った。
「あんたも似合ってないわよ、“カズ君”」
それには肩をすくめて答えゆっくりと階段を降りていくと金剛が待っていた。
「ブレイクタイムは終わりですカー?」
「まぁ一本吸ったしな」
「ならテートクも行きまショー! 電ちゃんたちも待ってマース!」
「そうだな。天上の恋路に思いを馳せるのも悪くないだろう」
「ムー、テートクは地上の恋路にももっと興味を持つべきだと思いマース」
「そうか? これでも人並には興味を持ってるつもりだが」
「自分をおざなりにしておいて言うセリフじゃないデース」
どこか不満そうな金剛にわざとはぐらかして肩をすくめた。
「誰も誰かの不幸を願ったりはしない。願わくば、みんなが大切な人と一緒にいられることを、かな?」
「なら今日は私の隣にいてくだサーイ! 短冊にもちゃんと書いたのでー、私にはそうする権利がありマース!」
その言いぐさに噴き出しながら航暉は後部甲板に繋がる扉を開けたのだった。
はい、星に願いを、七夕回でした。
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