艦隊これくしょん―軽快な鏑矢― 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
それでもこちらは通常営業で参ります。
それでは連休編最終話。抜錨!
「お目覚めかい、お嬢さん」
「うーん……?」
阿武隈は朝日の中で目を擦る。外はきれいに晴れているらしく燦々と明かりが降りてきていた。自らの体温が移ったかのような暖かさを持つ抱き枕のおかげで、よく眠れたように思う。そして同時に降ってきた声が野太いことに違和を覚える。……これは、男の声?
「泊まりとはいえ大胆じゃねぇか? 阿武隈嬢よ」
「――――――っ!?」
ニマニマと見下ろしてくる杉田の目線に一気に覚醒した。何があったか自分でも覚えてないが、今がヤバい状況だということは理解できた。
「え、ななななな、なんでっ!? えっ!?」
「落ち着け阿武隈嬢、少佐が窒息しかけてる」
「えっ!?」
ギブアップをするように肩を叩かれて阿武隈は驚いた。なんでまくらが動いてる……?
「お、おはよう、阿武隈……」
「しょ、正一郎さん!?」
「なんだ、覚えてないのか?」
杉田がどこか楽しそうにもったいぶって聞き返した。
「お酒の力を借りてたとはいえ合田少佐をだっこして同衾するとはおもってなかったぜ?」
「え……」
「昨日の阿武隈の様子は傑作だったなぁ、少佐?」
「おかげであんまり眠れてない……」
正一郎がそう言うと「そんなことねぇだろ?」と杉田が笑う。二人に首の後ろのケーブルを渡すと、あるデータを渡す。
―――――――しょういちろうさぁん、ほら一緒に寝ましょうよぅ。
「―――――――――――ッ!?」
杉田目線の映像を見て二人そろって悶絶。着崩れた危なげな浴衣姿の金髪の少女が少年を抱き寄せる構図はいささか犯罪チックだ。その後二人仲良く抱き合って寝ている姿を激写されていた。
事実だとはいえ、否、事実だからこそ衝撃を受ける二人。先に回復したのは正一郎だ。
「な、なんで撮ってるんですか!?」
「いや、面白かったから?」
「け、消してくださいっ! 今すぐここでっ!」
阿武隈が杉田に掴みかかる。万が一この記録が漏れてしまえば……。
「いろんな意味で、終わる……!」
「なんだ、今度は杉田に手を出す気か?」
そのタイミングで帰ってきた航暉に阿武隈は真っ赤になりながら俯くのだった。
「うっし、それじゃいくぞ」
赤の映えるジャージに身を包んだ天龍がそう言うと駆逐艦の面々が「おー!」と手を振り上げる。目の前には林道のような砂利道が続いていた。
「靴紐の緩みを確認して、あと水筒確認しよう!」
正一郎の声にも皆が元気に返事をするが、阿武隈は僅かに赤くなって頷くだけだった。
「ねえ杉田中佐。ハイキングにそんなロープいるかしら~」
龍田がそう聞くとザイルをバックに突っ込む杉田は笑った。
「万が一だよ。低山とはいえ山は山だ。それにこの大所帯だと何があるかわからんしな」
今回のリーダーと殿を務める杉田。先頭はサブリーダーを務める航暉が曳き、中央に正一郎。艦娘たちを挟みこんで動く布陣だ。
「皆大丈夫そうか?」
「ん。この入り口で時間を潰しててもアレだしな」
そうして林道からゆっくりとしたペースで山道を登っていくことになったのである。辺りは新緑のまだ華やかな緑が目についた。
「ねぇ月刀司令官。文月たちもっと早く歩けるよ?」
先頭を歩く航暉の横に並んだ文月が袖を引いてそう言った。
「歩けてもゆっくり進んだ方がいいんだよ。汗をかかないような速度でゆっくりとね」
ストックをゆっくりと突きながら進む航暉は帽子の庇を気にしながら笑う。
「体が冷えれば体力を奪うし、慎重にゆっくりと進んでいけばいい。急いだところで怪我するだけだしね」
そう言う航暉に電脳通信が入る。
《月刀、筑摩が若干遅れ気味だ。気持ちテンポ落とせ》
《わかった、もう少しゆっくり行こう。杉田は引き続き最後尾よろしく。場合によっては筑摩を先頭に出す》
《了解》
電脳通信はこういうときにも楽だ。他の人に気を遣わせることなくやり取りができる。皆が聞いていると無理して大丈夫と言い張ってしまう人もいるからこういう時には便利だ。
「さて、目的地までもう少しだから頑張っていこう」
18人という大人数だから互いに声をかけ合い進む。空気はきれいに澄んでいる。鳥の鳴き声……シジュウカラだろうか。鳥の声に導かれるようにしてしばらく進んでいくと、森が一気に開けた。
「おおぉ!」
「きれいな湖ねぇ」
「自然湖だし、あまり知られてないから結構な穴場なんだよな。虫刺されだけには気を付けろよ」
案外一番盛り上がっているのは天龍だったらしい。首を振れば全周が見渡せるような小さな湖だが澄んだ水が空の青や新緑を映し、さわやかな色を映していた。
「ここの水はきれいだし……ってお前ら早いな」
航暉の目線の先では天龍たちが裾をまくりあげ湖に足を浸していた。電や利根もそこに飛び込む。文月辺りは裾のまくり方が甘かったのか早速裾がずぶ濡れだった。
「アレ洗うの大変だぞー雨水は結構匂うからな」
最後尾の杉田が並んだ。
「お疲れさん」
「おう、さすが軍属集団、楽だね」
この出番がなければいいけど、と杉田がバックパックを叩く。ザイルの端を結んだカラビナがショルダーハーネスに光る。
「昼過ぎまでここだっけ?」
「クッカーも用意しているから皆でアウトドアクッキングだな。慰安旅行にサバイバル訓練要素も加味できるって訳だ」
杉田がそれを言って周りを見回す。
「湖から離れれば乾いた枯れ木も拾える、焚火台も十分に作れそうだし難易度は高くないだろう」
バッグを下ろした杉田が笑う。
「おら、みんなで用意と行こう。水遊び組も集合! 昼飯づくりと行くぞ!」
「はーい!」
「まさかここまでナイフを本格的に使うことになるとは……」
天龍は渡されたシンプルなシースナイフと枝を払い終わった後の枝木を見て唸った。丁寧に手入れされた木のグリップの付いたナイフは手に吸い付くように馴染む。切れ味もめちゃくちゃに良く、力をかけなくてもさくっと切れる。
枝を払ったり、持ってきたジャガイモや玉ねぎを切ったりといろいろに使ってみて改めて刃物の世界は奥が深いと思う。普段は刀という大振りな武器を使う天龍だが、こういう小ぶりなナイフを使うのもいいかもしれない。
刃物慣れてるだろといわれ龍田と二人で教育方に回っていた。いたのだが……
「杉田大佐アンタ何者だよ……」
あまりにも慣れた手つきで用意を進めていく杉田に驚きを通り越して呆れを感じていた。
杉田はマチェットを手に枝(といってもかなりの太さがある)を切り出してくると、それとロープであっという間に焚火台と鍋を吊るすための三脚を自作し、木をナイフで削って作った木くずやらなにやらで火床を作り、火打石で着火。皆で食べるミネストローネスープの用意を進めていった。
「これぐらいはできたほうがかっこいいだろ?」
「勝也の場合かっこいいかどうかが基準なのか?」
後ろから茶々を入れたのは武蔵だ。
「男の場合は基本そうだよ。たいていの場合理由はモテたいだ」
身もふたもないけどな。と笑う杉田。味見をした後塩コショウを追加して……こんなものかな、と呟いた。
「さて、昼飯にしよう。サンドイッチの具材は貰ってきてるし野菜の用意は月刀の管轄だが……月刀大丈夫か?」
「何がだ?」
航暉が振り返る。彼の前では電が厚切りにした玉ねぎをローストしているので、それの監督をしていたらしい。
「……傍から見たら料理教室だな」
「野外調理だと火力の制御が難しいからな、勝手は違うし、やけどされても困る。指導入れるのはある意味当然だろう」
そう言いながらサンドイッチ用のパンの温め具合を確認する航暉、昼食の用意がだんだんに整ってきていた。
「んじゃ、パンもいい感じだし後は各自挟んでいただくとしよう」
お昼はサンドイッチとミネストローネの簡単なものだった。それでも外で食べると美味しい。
「トマトが身に沁みるな……」
赤城加賀からみんなの分を守りつつ武蔵がそう言った。皆で木の根っこに腰掛けて横一列になってたべる。こういう機会があまりないからか皆も楽しそうだ。
「あ、リスさんなのです!」
「ほんとだぁ!」
電が少々離れたところを指さすと小柄なりすが慌てたように森に逃げ込んだ。
「驚かしちゃったな」
「りすさん……」
「なに、また会えるさ」
しょぼんとする文月に杉田が笑いかける。
これが壮絶なフラグになるとはこの時は誰も知らなかったのである。
フラグ回収はその帰り道のことだった。疲れが見えている筑摩、電、阿武隈を前方に、先頭を正一郎に変更して歩いているときに“それ”が起こった。
「ん?」
かなり前の方の茂みが揺れたことに気がついたのは正一郎だった。正一郎が周りを止める。
《どうした?》
《何かいます》
早口の電脳通信に応えて正一郎が前を睨む。茂みの揺れ幅はだんだん大きくなり……そして揺らした対象が前に現れる。
「クマ……っ!?」
別に球磨型軽巡の一番艦がいた訳ではない。
黒に近い茶色の巨体と目があった。それに驚いた電が下がろうとして木の根に盛大に引っかかってこける。
「っ!? 正一郎さん下がって!」
阿武隈が正一郎を背中に庇うように前に出る。
「わたしだって、結構つよいんだからぁっ!」
そう言って両腕を前に出し……それから艤装をつけてないことに今更ながら気が付いた。
「……こ、このあとどうしよう……!」
「考えずに飛び出したのっ!?」
阿武隈と熊のにらみ合いが続く。
《阿武隈、そのまま動くな。急に動くと襲ってくるかもしれない》
杉田からの通信が響く。半分泣きそうになりながらもそのポーズを維持し続ける……地味に肩がつらい。
「早くどっかいってよー……」
そう念じ続けるが熊はじっと団体を見つめるだけ。妙な沈黙がおちる。
根負けしたのか気圧されたのか興味が削がれたのかわからないが、熊がのっそりと茂みの中に消えていった。
「た、助かったぁ……」
その場にへたり込む阿武隈。その背中を正一郎が撫でた。
「ありゃツキノワグマだな。おとなしいのにあたってよかったじゃねぇか」
最後尾からやってきた杉田が左の義手の仕込みショットガンを戻しながらそう言った。
「大佐、それぶっ放すつもりだったんですか……?」
「もし襲ってきたらな。12ゲージスラッグだから一発だぞ」
「そんなもの常に腕に仕舞ってるんですか……?」
「備えあれば憂いなしってな」
カハハと笑って杉田は阿武隈の肩をぽんと叩いた。
「それにしてもあそこでよく耐えた。下手に刺激せず、じっくりと威嚇できてた。最高の熊対策だったと思うぞ。さすがクマ繋がり」
「なんだか嬉しくないです」
「褒めてるんだから素直に受け取りなよ」
そう言われても喜べないのはきっと間違ってないと思う。
阿武隈はそう思っていても口にする余裕もない。
「阿武隈……大丈夫?」
「大丈夫……かな」
「無理しないでいいからちゃんといいなよ」
「なら、正一郎さん……さっそくいい?」
「なに?」
正一郎の手を取って阿武隈は口を開く。
「ごめん、立たせて。安心したら腰ぬけた……」
一方その頃航暉はしりもちをついたままの電の足元にしゃがみ込んでいた。
「……脱がすぞ」
電は顔を赤くしながら頷いた。彼の手が触れると目をきゅっとつぶる。
「痛かったか?」
「大丈夫、なのです」
「痛かったらちゃんといえよ」
そう言う二人の様子を周りは心配そうに見ている。
「……軽い捻挫だな。足首のテーピングしておこう。痛みが来る前に少しでも圧迫しておこう」
そういうと航暉はバッグに入れていた応急キットを取り出すとテキパキとその足を固定していく航暉。
「慣れているのですね」
「そりゃあ陸軍時代に鍛えられたしね」
そういう間にも固定を終え、電に靴下をはかせた。
「杉田、電を歩かせるのは避けたい。荷物の割り振りしていいか?」
「おう、天龍、大和、武蔵、まだ持てるか?」
杉田がそういえば三人とも頷いていた。
「当然」
「勝也たちに負担がでかすぎるだろう」
「これぐらいはやりますよ」
航暉のバッグの中身を全部出して空にして逆さに背負う航暉。バッグを背負子にして電を背負う。その補助として杉田のザイルも電の上体を支えるように結び付けていく。
「ほー、バックもそう使えるのか」
「ロープだけでもできるがバッグがあった方が背負われるほうも背負うのも楽なんだよ」
航暉は、立つぞと予告して電を背負い上げた。
「しっかり腕前に回しとけ。そっちの方が楽だぞ」
「なのです」
荷物の振り分けをし終わった面々も立ち上がる。最後尾はやはり杉田だ。
「なぁ勝也」
その横に立った武蔵はどこか含みのある笑みを浮かべた。
「もし今腹が痛いといったら背負ってくれるか?」
「本当に痛いならな」
「……ふん」
拗ねたようにそっぽをむく武蔵。それを見ていた大和がクスリと笑って視線を前に戻す。
「天気が崩れる前に戻ろう。焦らずは変わらないが少しだけ急ごうな」
杉田はそう言って僅かに重くなった荷物を気にしながらストックをまえに出した。
「いいなぁ、しれーかんといちゃいちゃ……」
「してないのです。それにお姉ちゃんたちは笹原大佐たちとこの後出発なのです」
それもそうだけどさー。と机にぐでっと伸びながら雷がそう言った。
「それでもしれーかんと行くのも楽しそうだなって……」
「笹原大佐に高峰大佐に渡井大佐ってかなり面白そうだと思うのですが……」
それもそうだけどさー。と再び雷。
「まぁいいじゃない。……で、そのお土産がコレな訳ね」
「なのです」
暁が言う先にはご当地もののしらすパイと緑茶コーラという和風なのか洋風なのか判断しかねるお土産物が並んでいた。響きが僅かに目を細めて……眉を顰めてとも言うかもしれないが……そう聞いた
「ちなみにこれを選んだのは誰なんだい?」
「しらすパイは杉田大佐でコーラが合田少佐なのです」
「……二人とも面白い感性してるわね」
雷がコメントすると電は乾いた笑みを送った。
……司令官と一緒に過ごせたという優越感をどこか感じることは悪いことだろうか。と電は思いながらちらりと外を見る。初夏の匂いを感じる風が吹き抜けていった。
「あ、意外とおいしい??」
「なのです!」
野生動物と接触してしまった時は本当に気を付けましょう。マジで危険です。熊じゃなくても、キツネなども危ないです。野外行動が多い方は本当にお気を付けて。
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次回は演習編に戻ります。
それでは次回お会いしましょう。