艦隊これくしょん―軽快な鏑矢―   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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さて、連休編第二話です。

雰囲気は……修学旅行?
それでは、抜錨!


敷波「旅館のお決まりはこれだろー?」

 

 

 

 電たちがのぼせた頭で食事処の広間に行くと浴衣の司令官たちが先に待っていた。もともと体つきのいい杉田はかなり窮屈そうに見える。

 

「疲れは取れたか?」

 

 含み笑いを浮かべながら杉田がそう聞くと天龍は「まったくだ」と肩を竦めた。

 

「はしゃぐのもいいが、日ごろの疲れをゆっくりと取ったほうがいいぞ」

「そうしたいもんだね」

 

 天龍がそう言ってどっかりと座り込んだ座敷の机にはお盆が用意されていた。夜は懐石らしい。すでに赤城と加賀は臨戦態勢である。

 

「季節ものだし、このご時勢で貴重なものも多い。しっかり味わって食べなよ?」

 

 航暉はそう言って膝を崩した。杉田も航暉も義体化している部分もあり、体が重いため長時間の正座はきついのだ。

 皆が揃ったころあいを見計らって前八寸が運ばれて来る。バイ貝の素焼に蓮豆腐、鮎の南蛮漬けなど彩りも豊かな小さな盛り合わせだ。

 

「なんだかリッチな気分になるねぇ」

「ほら文月ちゃんお行儀悪いよ?」

 

 そう言いながらルンルンと体を揺らす文月。ぴょこぴょこ動くせいで浴衣の前合せがずれていくのを阿武隈が直してあげていた。

 皆に皆に料理が行き渡ったタイミングで航暉が箸を取る。それに習って皆が料理に手を付けていく。

 

「あー、バイ貝美味しい」

「アスパラも美味しいな」

 

 軍の食事に舌が慣れていたこともあり、深みのある味に驚く一行。

 

「これに慣れたらいろいろ後で大変そうね」

 

 夕張はそんなことを言いながら何かを認めている。料理の感想でもまとめているのだろうか。

 

「ほれ」

 

 その中で、航暉は隣の杉田にとっくりを差し出した。

 

「おう」

 

 ただそれだけいっておちょこを差し出す杉田。そこに透明な液体が注がれていく。

 

「とっくり貸せ」

「御返杯どーも」

 

 司令官たちの杯にお酒が満たされるとそれをくいっと飲み干す二人。その横では正一郎がソフトドリンクに口をつけていた。

 

「少佐も飲むか?」

「未成年に勧めるなよ、杉田。俺たちはこれでも公人だぞ」

「硬いこと言うねぇ」

 

 なんだか司令官勢は司令官勢で盛り上がっているが。それ以上に盛り上がっているのは大和武蔵赤城加賀がまとまった一角である。

 

「りょ、料理の消え方が……」

「速すぎる……!」

 

 電と敷波の視線の前で瞬時に消えていく煮物椀で出された鯛の白子豆腐や季節の御造り。

 

「だから指定官たちはひとり一膳の懐石料理にしたのねー」

 

 龍田が煮物を口に運びながらそう言った。これが大皿料理のような中華だったらどうなっていたかわかったものじゃない。それにある程度の格式を求められる懐石スタイルなら誰かのそれを強奪しに行くようなマナー違反はしにくいはずだ。

 

「司令官さんには感謝なのです……」

 

 とりあえず戦争にならずに済んだことに感謝しながら、電は運ばれてきた炊き合わせに箸をつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……たまにはこういうのもいいですね」

「そうね」

 

 腹6分程の満足感を抱えて部屋に戻る赤城と加賀。今日の部屋は和室で部屋に戻れば布団が敷いてあった。なんだか本当に旅館に来たんだなという気分になる。

 

「私達がこんなことをしていいのかという気もしますが……来てみると来てよかったなって思います」

「赤城さん……?」

「鋼の艤装を纏い、海を駈ける艦娘にとって必要なのは娯楽や休息ではなく、最新鋭のメンテナンスだと、私はずっと考えて今した。もちろん食事は好きですし、皆さんと話すのは楽しいです。それでも私達に求められる本質とは違う。それはずっとそうだと思ってきました」

 

 暗く陽が落ちた窓の外には暗い海がみえる。窓を横に引けばからからと音を立て窓が開く。潮の香りが混じる、嗅ぎ慣れた、匂い。

 

「その考えのためにどれだけの楽しみを捨ててきたのかしらね」

「赤城さん……後悔、しているのかしら?」

「さぁ……でもきっと後悔なんてしてないと思います。私がそうであったから守れた人たちもいる。それは間違いないでしょう。後悔なんてあるはずないんです」

 

 窓枠に手をのせ、僅かに体を乗り出した。夜の空気は初夏が近いといえ大分涼しくなっている。一杯だけ口にした日本酒も僅かに回っているようで、熱をもった頬を夜風が撫でて去っていく。

 

「私は仲間に恵まれました。僚艦にも提督にも。ただ……それに気がつくのに大分時間を費やしたと思います」

「それでも赤城さんは誰かを失う前に気が付いたわ。それで十分な気がするわ」

「そう、ですね。それは救いだと思います」

 

 赤城は明けた窓の端により、加賀を手招きした。

 

「夜風に当たるのも気持ちいいですよ」

 

 加賀がそこにそっと寄り添う。板間の電気は落とされ、外には星がいくつも瞬いていた。軍機関優先のエネルギー配給の影響で外は薄暗い。その闇が星明りをさらに引き立てる。

 

「この感覚を……きっと忘れてはいけないのだと思います。誰かを感じる感覚を、楽しいと思う思い出を、忘れてはいけないのだと思います。それが生きて帰ってこようという気持ちに繋がる……。生きて帰れば、守り続けることができる」

「……そうね」

 

 加賀は小さく微笑んで赤城の見上げる空を見る。

 

「だから、生き残るために、守り続けるために、楽しむのもいいのだと感じました」

「赤城さん、これでおしまいのようなこと言ってますが、明日も一日オフなの忘れてませんか?」

「もちろんわかってますよ。それでも、加賀さんには先に話しておきたかったんです」

 

 そう言って微笑む赤城を見て、加賀は照れたように顔を逸らした。

 

「……そう」

「はい、そうです」

 

 しばらく経ってどちらともなくクスッと笑い声が漏れる。

 

「……二人でいい雰囲気になってるのは終わりですか?」

 

 後ろから声がしてはっと振り返るとどこか曖昧な笑みを浮かべた大鳳が立っていた。

 

「あら、ごめんなさいね」

「別にいいですけど周りを見ないといろいろ変な風に見られてしまいますからね」

 

 大鳳がそう言って笑ったタイミングで隣の部屋から少し大きな騒ぎ声が聞こえてきた。

 

「隣は……電さんたちでしたか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いったっ! ちょ! そば殻まくら痛い!」

 

 最大の誤算はまくらがそば殻だったことだと夕張は考察しているが、今はそれどころじゃなかった。

 

「全員軍所属でまくら投げしようって言ったのが間違いだった!」

 

 きっかけは文月がまくらを一人で真上に投げて遊んでいたことだった。それをみて「こういう時の定番といえばまくら投げだよねー」と言ったのは敷波、「さすがに備品を壊すのはどうかと思うのです」と生真面目さを前面に押し出す電を止めたのが微風、まくらと参加者を集めてきたのは駆逐艦の部屋に遊びに来ていた夕張である。結果として軽巡洋艦(阿武隈以外)と駆逐艦が入り乱れる乱戦となった。

 

「これは……どうっ?」

「ねぇ、みんなやっちゃっていーい?」

「なんか文月ちゃんの目がマジだ!?」

「天龍ちゃんも本気出さないと危ないかもねー?」

 

 龍田が飛んできたまくらを空中でキャッチし、それを微風に投げ返す。そば殻まくらは使い方によっては凶悪な凶器になるのが現在進行系で証明されつつある。サイドスローで横回転がかけられたまくらや野球選手もびっくりな剛速球まくらなどが飛び交う客間。正直阿鼻叫喚の地獄絵図である。

 

 そんな地獄から逃げ出そうと、部屋の端に移動されていたちゃぶ台を盾替わりに隠れたのは狙い撃ちにされた者同士結託した電と敷波だ。ちゃぶ台に背中を預けるようにして息を整える二人。

 

《共同戦線張らない?》

《いなづまも同じことを考えていたのです》

 

 電がそう言うと敷波はへらっと笑った。

 

《お互いまくらは一つづつ……どうするのです?》

《二手に分かれて分散させたうえで離脱……かな》

 

 電脳通信でさっさと作戦会議を済ませる。バトルロワイヤル的な様相と化しつつある。上手くいけば寄ってたかって攻撃された恨みを晴らすことができるかもしれない。

 

《カウント三つで飛び出せる?》

《当然なのです》

《それじゃ、いくよ》

 

 敷波が真剣な顔でまくらを握る。「おまえたちはほーいされている! あきらめてでてこーい!」という棒読みな投降勧告が出されるがそれに屈するつもりはさらさらない。

 

《3・2・1――――――》

 

 敷波と電は予備動作で力を貯め――――――

 

《Go!》

 

 合図に沿って一気に飛び出した。

 

 

 

―――――――電だけ。

 

 

 

「ちょっ!? 敷波ちゃん!?」

「飛び出せる?とは聞いたけど一緒に飛び出そうとは言ってない!」

「え、なななな! 騙したのです!?」

「騙してない! 電ちゃんの早とちり!」

 

 そう叫んでも後の祭り。先に飛び出してしまった電に集中砲火が浴びせられる。その隙をついた敷波が全力でまくらを投げる。それをギリギリで躱した夕張。そのまくらは真後ろまで飛んでいき。

 

「嬢ちゃんたち騒ぐのはいいが――――――」

「あ」

 

 様子見にきた杉田の顔面に遠心力で強烈な勢いがついたまくら(そば殻)がぶち当たった。

 

「……」

「……」

 

 妙な沈黙。

 

「……敷波嬢たちが元気なのは結構だが、武器を使う時間と場所は弁えような」

『……ごめんなさい』

 

 まくら投げは結構早々にかたがついたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なおその裏で酒の力を借りた阿武隈が合田正一郎少佐に詰め寄っていたことが流布されるまでは今しばらくの時間がかかるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まくら投げは白熱しますよね。大好きです。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回もこれの続きの予定。

それでは次回お会いしましょう。

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