艦隊これくしょん―軽快な鏑矢―   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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演習編もそろそろクライマックスですが少しばかりインターバルを……

それでは、抜錨!


青葉「見ちゃいまっ…!?」

 

 

 

 

 さて、一日目が終了して、夜。

 

「御足労頂いて悪かったね、秋月」

 

 高峰が制服のネクタイを緩めながらそう言った。

 

「いえ、食事もしっかり食べてきましたし、大丈夫ですよ」

「秋月の大丈夫は大丈夫な量じゃないことがほとんどだからなぁ」

「私のことはご存知でしたっけ?」

「いや、詳しくは知らない。国連海軍極東方面隊・南方作戦群第582水雷戦隊所属、母港登録はハイフォン海軍基地、管理番号でいうとDD-AD01、平菱インダストリアル社で島風や微風たちと同時期に生まれた、防空特化型護衛艦戦としての試作モデル……自分が知っているのは大体文字データで表せることくらいだ。まあ特調という職業柄それ以上の報告を耳にすることもあるんだけどな」

「でもよく知っておいでですよ」

「そこを知っててもあまり意味はないんだけどね」

 

 高峰はそう苦笑いを浮かべると座りなよ、と秋月に着席を促した。

 

「それで……特務調査部が私に何の用でしょうか」

「うん、ああ、別に君がポカしたからとかそういう話じゃないから気楽にしていいよ。ざざっと簡単に言えば君の司令官のことだ」

「司令官……ですか?」

「そ、ハイフォン基地と582の司令を兼任している大佐のことについてちょっとばかり話を聞かせてほしい」

「……? わかりました」

 

 高峰は笑顔を浮かべて頷くも内心唇を噛んでいた。……仕草からしてなんで呼ばれたのか“大体の見当はついている”。だが、“それについてはほぼ知らない”その上、“素直に話すつもりもない”らしい。

(……一瞬だが、暗示のような気配を感じたが……条件付けがきついのか?)

 

 高峰は懸念を一度追い払いまっさらな状態に持っていく。意識的にそうする訓練を彼は受けていた。仕事のモードに切り替える。

 

「それじゃぁ簡単な質問からいこうか。これに応えたから君がどうこうなる訳でもないし、気楽に正直に答えてね」

 

 これはちょっと手ごわいかもなと思いつつも、いつの通りの作業を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……明日の朝まで最終種目は秘密って言われたけど、明日ってどんなことやるか予想つく?」

 

 部屋でぐでーと伸びている球磨に那珂がそう問いかけた。

 

「予想ついたところで全力を尽くすだけだから変わらないクマ。だから別に大丈夫クマ」

 

 ベッドの毛布にくるまってごろごろしている球磨を見て那珂はふーんと返しただけだった。

 

「……でも予想がつかない訳じゃないクマよ」

 

 球磨はそう言うとピタリと動きを止めた。

 

「艦娘の一番の見せ場って言ったら何クマ?」

「ライブ?」

「それは那珂ちゃんだけクマ。戦闘クマよ」

「あー、まぁそうなるよねぇ」

 

 那珂がだらっとしながらそう言うと球磨はどこか呆れたような目を向ける。

 

「これまでに砲だったり艦載機だったりを使うような種目が無かったクマ。潜水艦は砲撃がまずできないし駆逐艦は艦載機を飛ばせないからどんな形でやるのかはわからないクマ。でも一発も砲を撃たないまま終わるってこともないと思うクマ」

「まー。確かにそうだよねー。くまくま頭いいねー」

「これくらいは予想しろクマ」

 

 球磨はそう言って溜息をついた。

 

「おそらく龍田あたりはこの辺りはとっくに見切ってるクマ。だから龍田の方に……って龍田はどこ行ったクマ?」

「なんだか誰かに話があるみたいで出ていったよー?」

「ふーん……」

 

 球磨がどこか上の空で返事をしたのと同じとき、(くだん)の龍田は微笑んでいた。

 

「さて、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかなぁ……?」

 

 コツコツと机を叩く音がする。その前でカチカチに固まっているのは龍鳳である。小さな部屋は二人きりで静まり返っていた。

 

「今回の演習はとても手が込んでいるわぁ。だからこそ事前演習やそれらについては何度も手筈を踏んだはず。そのためには各艦種から最低一人はアドバイザーが必要になるわよねぇ」

「そ、そうですね……」

「そしてそのアドバイザー役はこの会場では運営に入っている。うちの天龍ちゃんがそのいい例ね~、救護に入っていた古鷹さんもそうかしら~?」

「は、はぁ……」

 

 龍鳳の首筋を小さく汗の雫が下る。それを見て龍田は僅かに目を細めた。

 

「なら、スタッフに含まれていない軽空母のアドバイザーはどこに消えたんでしょうね~」

 

 机を叩く音が止んだ。

 

「……」

「軽空母はほぼ全員揃っているわねー、各型一人ずつという制限もある中で、誰がアドバイザーか、結構悩んだわー。でも、所属を考えれば一発だったわねー。月刀艦隊がこの演習の全面バックアップに入っているわけだからね~。まぁ、高峰中佐経由で話が来ているから当然と言えば当然な訳だけど……龍鳳さん、貴女よね~?」

「……」

「なにもただで教えてほしいなんて言わないわぁ。次の種目で可能な限り軽空母チームを支援するわ~。悪い条件じゃないと思うけど~?」

 

 龍田がそう言うと思い沈黙が下りた。

 

「……あ、あのっ!」

「何かしら~」

 

 ずっと言うか言わないか悩んだような表情を浮かべていた龍鳳は意を決したような表情で呼びかけた。

 

「―――――――ごめんなさいっ!」

 

 がばっと頭を下げたタイミングでドアが蹴破られた。

 

「―――――よぉ、元気にしてっか?」

「て、天龍ちゃん……?」

 

 部屋に飛び込んできた天龍は龍田を後ろから抱きかかえるようにして動きを封じて笑った。

 

「龍田ぁ、勝つには確かに情報が必要だが、脅してまで取るもんじゃねえだろう?」

 

 天龍はそう言いながらゆっくりと龍田の頬をつついた。それを見て龍鳳が申し訳なさそうに頭を上げた。

 

「龍鳳もごめんな、囮みたいなことやらせちゃって」

「い、いえ……」

「て、天龍ちゃん……囮っていうことは……」

「おう、龍田の読みは大体当たってっんだ。だから自信を持てよ。……でも、最終種目は直前まで明かさないって連絡してただろ? ルールは守ろうぜ。それに龍鳳はこの後についての詳しい情報は握ってない」

「……むぅ、天龍ちゃーん、見逃してくれたりは……」

「すると思うか?」

「……そうよねぇ」

「おう、それじゃぁ、お仕置きタイムだ」

 

 龍田の顔がさっと青ざめた。

 

「え、て、天龍ちゃん……?」

「おっと、動くと危ないぜ?」

「え、あ、ちょっと待って……」

 

 

 

 

 

 

「いやああああああああああああん!」

 

 

 

 

 

 

 

「……っと、誰かが疑似餌に引っかかりましたかね」

 

 青葉はそう言いながら身軽な体を使って横須賀鎮守府の倉庫の屋根へ上がった。

 

「高峰さんも酷いことしますね……特調のメンバー監修の情報網でそんなわかりやすい情報が漏れるわけないじゃないですか」

 

 今回の演習は非公式だが特調の新人教育も兼ねた防諜訓練が並行開催されている。正確には特調二課と五課が絡んでいるのだが、六課の青葉と高峰にはそれの審査、つまりホワイトハッカー役を引き受けていた。まぁもっとも青葉に知らされたのは今日の昼前だったのだが。

 

「オープンアクセスデータによる誘導に引っかかるとは龍田さんも案外うっかりさんなのかもしれませんね」

 

 一通りの確認を終えアクセスポイントを変えて再び防壁にアクセス、毎度毎度アクセス阻害用のパッチをアップロードしてくるようになり、二課も四課も及第点といったところだろうか。

 

「まぁ、精査はこれぐらいでいいでしょう。さて……趣味のほうに移りますか」

 

 青葉が暗い笑みを浮かべて走り出した。

 

「明日の朝まで試験内容を公開しないというのは少し気になりますし、こちらでも少し当たってみますか」

 

 アクセスできる情報が限られていたって、情報は必ず存在する。必ずどこかにはそのカギがある。

 

 

 たとえば、搬入資材。

 

 

(今回のように大規模に演習をするならばそれなりの資材が必要になる。そしてその量を見ればなんとなくですが大体の内容は見て取れますからねぇ)

 

 青葉は屋根から一気に飛び降りる。倉庫の入り口の脇にあるコントロールパネルに取り付くとそこにQRSプラグを叩き込んだ。ここの入り口は三重セーフティがかかった特殊回路だが、開けることは不可能じゃない。そもそもドアは必要な時にスムーズに開くように作られているのだ。

 

(よっし、開いた)

 

 できる限り速やかに入る、開錠コードの通達は0.02秒間発生したノイズに紛れて機械的な警報に紛れたはずだ。

 ここから先は青葉の独壇場だった。電脳を開くまでもない。監視カメラと感圧板の位置を見取り、最短で端末に向かう。

 

 旧式のレーザー式のセンサを無効化。線という二次元的なものなら何とかできる。青葉は半ば鼻歌を歌うような気楽さで荷物の影を縫うようにして進んでいく。

 

(やっぱりですねぇ、大和型を運用しても有り余るほどの演習用の模擬弾薬、稼働用の追加バッテリーの山。そして、艦載機の模擬弾投下モデル)

 

 それらを見ながら倉庫の管理用端末を見つけその脇に降り立つ。正面の感圧板に立てば倉庫の内部資料が表示されるが、同時に使用者認証のカメラが複数起動する。それを瞬時に無効化するのは不自然なノイズを発生させかねない。だからこそも横に立ち、横のハッチを開く。

 

(テストモードを起動、バックアップ用データから抽出、いけるかっ!)

 

 青葉は防壁を展開したうえでQRSプラグを接続、搬入搬出の記録を取り出した。数字の羅列の巨大なデータが顔を出す。

 

「……ん? マークチェッカー付きブイ4組……?」

 

 その中に妙な搬入記録を見つけた。これは……。

 

「習熟訓練に使うスラロームとかのゲート用のやつを海大から4組だけ取り寄せている、と言うことは……タイムレース的なものもやるんですかねぇ……」

 

 海上に浮かせた二本のブイの間を通過すると誰がいつ通過したかわかるようになっている特殊なブイが4セットで合計八本用意されていた。これを使うと言うことは何か時間を計る必要がある種目、タイムトライアル的な何かか、時間制限付きの何かがあると言うことになる。

 

「タイムトライアルで大量の弾薬が必要となると……」

 

 青葉は笑みを深める。

 

「結構いいもの、青葉、見ちゃいまっ……!?」

 

 一瞬、影が動いた気がして青葉はとっさに横の端末を蹴って飛び退くと今いたスペースに――――――人間が落ちてくる。

 

「―――――っ!?」

「よく避けたね」

 

 その影は見覚えがある。紛うことはない。

 

「笹原中佐!」

「ごめんね、タカ君に頼まれてさ。青葉ならほぼ間違いなくここに現れるってね!」

 

 戦闘用の防弾ジャケットに高周波振動棒を持った笹原が一気に床を蹴った。

 

「ッ!」

 

 水平に振りぬかれた棍棒のようなそれを上半身を逸らすことで避けつつそのままバック転するように距離を稼ぐ。こちらに武器なし、戦う必要がない以上、逃亡一択だった。

 

「そらっ!」

 

 空中を飛んできたのは平べったい棒状の板。スローイングナイフのようにも見える。ってか

 

「笹原中佐容赦ない!」

「荒っぽくはしたくないけど不法侵入者に与える容赦も義理もないっ!」

 

 そういうわりにはヤル気満々である。目を爛々と輝かせた笹原が一気に距離を詰める。

 

「うわっ! ちょっ! たぁっ!」

 

 足技とスローイングナイフに棍棒を組み合わせた接近戦、これは……

 

「シラット!」

「ローコンバットって言った方が正確だねっ!」

 

 距離を稼ごうと放ったジャブを引っかけられ一気にブン投げられる青葉。上下入れ替わる視界に理不尽さを感じつつ受け身を取ってそのまま起き上がる。

 

「武器のエクストリームキャッチなんてやりながらどこが軍隊格闘術(ローコンバット)ですか」

「あら、下世話な戦闘術(Raw Combat)だから合ってると思うけど?」

 

 その声がいきなり真横から聞こえて青葉は一瞬心臓が止まるかと思った。投げられた直後の数刹那でどう移動してんだこの人!?

 

「はい王手(チェック)。下手に動くと死ぬよ?」

 

 真横に銀に光るナイフを出され青葉は苦笑いを浮かべながら両手を挙げた。

 

「ちょぉっと、深入りしすぎたようです」

「そのようで。なんならこの後対尋問研修、行ってみる?」

「……遠慮できるなら遠慮しときたいです」

「そ、じゃ、簡単な罰でいいね~」

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁそうだ。うん、悪いね」

 

 高峰はひとりになった部屋で無線通信を開いていた。映像は写っていない。SOUND ONLYとだけ網膜に投影されていた。

 

「麻薬の密売ルートはこっちが押さえた。……そういやそうな反応をしないでくれよ。お前にもプラスの話だと思うぜ?」

 

 相手の声を聴いてわずかに笑みを浮かべる高峰。

 

「戦力拡充申請、これを引き受けてくれたら許可を出す。ハイフォン基地のメンバーは先任を少数残して大規模な配置転換になるはずだ。その時に駆逐艦娘を一人、そちらで面倒を見てほしい。……スペックは最新鋭だが、少々癖がある。それに、今後のことを考えれば、あんたみたいなのしか頼れないだろうしね」

 

 無線の相手は僅かに沈黙。帰ってきた答えに高峰は苦笑いを深くした。

 

「否定はしない。麻薬の密売していた司令官に騙されて私益のために働かされていたとわかったら相当以上に傷つくだろう、その状況から彼女の心を守っていくにはこちらも相当以上に実力のある人材が必要だ。――――――嫌味じゃねぇよ、守りに関してはお前の独壇場だろうが、褒めてるんだよ」

 

 相手の声が僅かに硬くなるが高峰は笑みを深くした。

 

「頼むぜ」

 

 わかったよとため息まじりに帰ってきた答えに高峰は頷く。

 

「恩にきる。期待してるぞ、白鴉。作戦要綱は後で特調から正式なやつが渡る。それを待て。では、切るぞ」

 

 高峰は満足げに頷いていたが、どこか自嘲するような色が混じった。

 

「まったく、感情に流されてちゃまずいんだけどなぁ」

 

 頭をポリポリと掻いていると通信が入る。

 

《タカくーん。青葉捕らえたよー》

「本当に捕まえやがったか笹原」

《当然、まぁ相手にとっては不意打ちだったし?》

「あっそ、規定書に従って処理したら解放してやれ、あとはこっちで〆る」

《りょうかーい》

 

 青葉ももう少しなんだがなぁと言いながら高峰は席を立ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、朝。

 

「ちょ、青葉その顔どうしたのっ!?」

 

 最上がどこか吹き出しそうになるのを堪えてそう言うと周りの目線が集まった。利根が堪え切れずに笑った。

 

「もう笑ってくださいよぅ……その反応もう見飽きました」

 

 おでこを隠すように手を置いて真っ赤になる青葉。

 

「肉ってよりにもよって肉って!」

 

 おでこに書かれたその肉の一字、黒の極太油性マジックで書かれたそれはいくら洗っても消えなかったのである。

 

「超人プロレスラーじゃないんですからぁ、もう」

 

 その横の軽巡チームでは同じく極太油性ペンで猫ひげを書かれた龍田がすごく恥ずかしそうな顔で俯いていた。

 

「それで、何があったクマ?」

「天龍ちゃんに怒られたぁ……」

「?」

 

 球磨が?マーク浮かべていたころ、一斉に通信が入った。

 

《はーい、みんなのアイドル、明石です!》

「それ那珂ちゃんのネタなのに!」

 

 球磨の横で那珂がそう講義するが聞こえてないらしい明石は続けた。

 

《それでは皆さん、今日の最初で最後の種目を公開しますよ! 最終種目は――――――砲雷撃戦ありのタイムトライアルレースです!》

 

 

 

 最後の種目が、幕を開ける――――――

 

 

 




さて、次はいよいよ最終種目。50隻近い参加者をしっかり描写できるか……。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
それでは次回お会いしましょう。

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