艦隊これくしょん―軽快な鏑矢―   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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さて、桜の季節が来ましたね。東京でも開花宣言がなされたようで……。
桜の季節のお話、読み切りです。共同立案の東方魔術師さま、いつもありがとうございます。

それでは、抜錨!



古鷹「懇親会ですか?」

「……懇親会、この時期にか?」

 

 武蔵が聞き返すと杉田は肩を揺らして笑った。

 

「旧ウェーク艦隊の解散記念だそうだ。まぁそれに来れそうなメンバー集めてやるんだと」

 

 そういう杉田は凝った装丁の招待状を手渡した。

 

「主催は……月刀大佐?」

「というよりは花見をしたいと駄々をこねた暁嬢たちにせがまれてと言った方が正しいな」

 

 で、受けるのか? と杉田に聞かれ、武蔵は小さく微笑んだ。

 

「受けない道理はないだろう? たまにはお酒ぐらい飲みたいものだしな」

 

 杉田はそれを聞くと肩を竦めた。

 

「ならこちらからは参加者二人で出しておくよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして当日、鎮守府の中で花見ができる場所は限られる。許可制でやっているとはいえ、花見にかこつけた宴会はなんだかんだで多かったりするのだ。コンロなどの火の気をつかえて花が見れる場所というのは必然的に取り合いになる。

 

「――――――それで大佐殿が場所取りってわけね?」

「主催とはいえ最高階級なんだがな」

 

 桜の木の下の青いビニールシートの上にぽつんと立っていた航暉を見て、笹原は笑いを堪えながらそう言った。黒いスラックスに同色のジャケット、ネクタイに司令官職を示す金色の飾緒に制帽と制服フルセットの航暉が苦笑いを浮かべた。

 

「で? お前の連れはどうした」

「川内なら爆睡中。勝手に夜桜見ながら花見酒だと勘違いしているみたいだからそのまま置いてきた」

「そこは起こしてやれよ」

「川内は変に起こすとすっごい不機嫌になるからめんどくさいんだもーん」

 

 そんなことを言う笹原を追うように誰かが顔を覗かせた。馬鹿デカいクーラーボックスが乗った台車を押してくる。

 

「あ、勝手に行かないでくださいよ、中佐」

 

 瑞鶴が不満タラタラそうにそう言った。

 

「ごめんごめん、ごめんね瑞鶴、古鷹も。雑務頼んじゃって」

「まぁ今日はオフでしたし艤装は改修中なので……」

 

 古鷹がどこか困ったように笑う。

 

「瑞鶴はお前が呼んだんだっけ?」

「そ。南方第一作戦群で何回もお世話になったし」

 

 航暉の問いに笑って答える笹原。

 

「それに横須賀にも慣れてきた頃だろうし、こういう休暇をするのもアリかなと思ってね。たまには息抜きが必要だろうしさ」

「で、翔鶴は?」

「それが……昨日ちょっとトラブル起こしちゃって、今艤装研です」

 

 瑞鶴がそう肩を落とせば、航暉は苦笑いを浮かべた。

 

「なら桜の写真とかをしっかり撮らなきゃな」

 

 井矢崎少将にも後で何か差し入れお持ちしなきゃと航暉は続ける。

 

「赤城達を今度引き抜く訳だし、井矢崎少将が実質的な第一作戦群のトップになるし、挨拶ぐらいは必要だろう」

「中将もさらっと予備役に下りちゃったからねぇ。まぁ二人とも顔ぐらいは出してくれるんじゃないの?」

「井矢崎少将の方は忙しいらしい。4月に向けて改修艦のローテーションが詰まってるからな。中将のほうは途中参加してくれるみたいだが」

 

 航暉が笑えば“そうですね!”と快活に笑う古鷹。それを見て優しく笑う笹原。

 

「古鷹は一時期中将がいなくて禁断症状出てたもんね。やっと最近は慣れてきたでしょ?」

「なんとか、ですね」

「それならよかった」

 

 笹原が古鷹の頭を撫でる。そこにバーベキュー用のコンロを抱えた高峰やごついカメラセットを抱えた青葉、その後ろからやってくる影を見て航暉は目を細めた。

 

「……曙?」

「懐かしい奴見つけたから連れてきた。ひとりぐらい増えても大丈夫だろ?」

 

 高峰がウィンクをすると航暉は笑みを深くする。

 

「もちろん。……久方ぶりじゃないか、海大以来だよな、ボノボ」

「誰が類人猿よ! クソ学生!」

「もう俺大佐だぞ?」

「それに准将への昇格が決まったところだしな」

 

 高峰が笑って援護射撃を入れれば赤くなってプルプルと震える曙、その様子を見て笑いを堪え続ける笹原と航暉。先に決壊したのは笹原だった。

 

「ぼのぼの変わってないじゃーん! あー、かわいい」

「ぼのぼの言うな抱きつくななでなでするなーっ!」

 

 腕を振って抗議する曙の意見を無視するようにぎゅっとする笹原。周囲は一気に笑い声が弾けた。

 

「曙さんと知り合いだったんですか?」

 

 青葉が隣で腹を抱えて爆笑している高峰に声をかけると目じりをぬぐいながら彼が答える。

 

「海大での教導担当の一人だったんだよ。笹原のお気に入りでね。普段からあんな感じだったわけ。川内がいないしはっちゃけられるんだろうねぇ」

 

 川内見たら嫉妬するでしょこれ、と高峰が笑う。ずっとわいわい賑やかな状況の中に電たちが顔をだす。

 

「もう結構集まってるのです?」

「サンドイッチとかおにぎりとか持ってきたわよー!」

「おーし、じゃぁ花見と行こうか」

 

 高峰が持ってきたコンロを組み立て始める。空は快晴、絶好のお花見日和だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、野菜も食え野菜も」

「しれーかんの焼いた肉おいしー!」

「ほら、若葉も遠慮せずに食べなきゃだめよ?」

「大丈夫だ。ちゃんと食べてるから安心しろ。」

 

 わいわいがやがやと進む花見、制服の上着の代わりに黒いエプロンを締めた航暉がバーベキュー用のコンロを支配しつつ周囲を眺めていた。

 

「いやー、悪いね。大佐殿なんかに焼いてもらっちゃって」

「そう言うなら代われや杉田」

「この酒が空いたらな。それに、焼き手の立場を利用していい肉を占領しているのはどこの誰かな?」

「さぁてね」

 

 紙の団扇で炭火を調整しつつ、豚ロースを焼き上げる航暉。その隣にあるドリンクコーナーでは上着を脱いでサロンエプロンを締めた笹原がドリンクを作っていた。わざわざ業務用のネクタイではなく私物の黒の蝶ネクタイを締めているあたりバーテンダーを意識したコスプレだろうか。それを目をキラキラさせて視るのは初霜だ。

 

「見てて面白い?」

「はいっ、これだけたくさんのレシピを覚えて淀みなく作り続けるなんて、かっこいいです! 練習してるんですか?」

「軍人になる前は飲食業やりたくてね、少しばかり齧ってるの。はい、カルアミルク頼んだのはどこの誰?」

「あ、俺だ」

「タカ君。もっと男らしいもん飲みなよ。ウィスキーもわざわざ持ってきたのにー」

「昼間っからウィスキーはやめとくよ」

 

 高峰がそう答える横では暁たちがジュース片手にわいわいと騒いでいる。誰が一番歌が上手いかということになっているらしく歌声が響く。

 

「暁型四姉妹で“ポルシカ・ポーレ”とはまた……」

「響繋がりだろう、おそらく」

 

 日本酒をくぴと引っかける杉田の横では武蔵がおちょこを傾ける。

 

「あ、このお酒美味しい」

 

 瑞鶴が赤くなりながらガラスのおちょこに口を付けていた。それを見て笹原がニヤリと笑う。

 

「それ美味しいでしょう?」

「えぇ、すっと切れて美味しいです」

「北陸のお酒だよー。月刀大佐の出身のあたり、結構おいしいよね」

「なんてお酒ですか?」

「“加賀鳶”」

 

 妙に“加賀”を強調した発音に瑞鶴が複雑そうな表情をした。それをほほえましそうに見る高峰は自分のグラスを取ろうとしてないことに気がつく。

 

「あれ……? 誰か持ってった?」

 

 高峰は首を傾げたが、まぁ全員今日はオフだろうし大丈夫か、と別の飲み物をもらいに席を立った。

 

 

 

 

――――――そしてこの惨状である。

 

 

 

 

「だからぁ、なんで青葉はいっつもいっつも言ってるじゃないですかぁ」

 

 真っ赤になって酔っぱらった青葉に文字通り絡みつかれる高峰。あの時しっかり自分のグラスを探しておけばと死ぬほど後悔した。

 

「どうして私と話すときはどこか距離おくんですかぁ? ずっと4年間以上一緒にやってきたじゃないですかぁ!」

 

 そんなことを大声で言いながら高峰に詰め寄る青葉。その様子を見て周りは仲裁に入ることもせず遠巻きに眺めていた。

 

「そりゃあ仕事仲間だからだろうが」

「それ以上の関係でも大丈夫ですってことですよぅ。前から言ってるじゃないですかぁ」

「初耳だぞそれ」

「高峰さんは薄情ですぅ」

 

 お酒で上気した頬を持て余すようにしながらずっとそんな感じで話し続ける青葉と高峰。その様子を青葉のカメラをこっそりと借用した笹原が収めていく。笑い顔を隠しもしないまま彼女は電脳通信を開いた。

 

《タカ君、後でデータ送るね?》

《やかましい!》

《青葉の弱点よ。これ、いらないの?》

 

 問答無用で通信をクローズする高峰。青葉がそれに気がつく前に笹原はデータのコピーを作っておく。タカ君が使わなくても私が使うからね。

 そのままカメラを横に向ければ他にもお酒を“誤飲”してしまった艦娘たちがいろいろ面白いことになっていた。

 

「ほら、わ、わたし頑張ったんだから頭撫でてくれてもいいって言ってるのよこのクソ提督」

「早くそこを退くのです」

 

 お酒の効果で妙に素直になっている曙にいちいち突っかかる電をはじめ、妙に脱ぎたがる如月だったり、真っ先に潰れた望月、その中でも一番ひどいのが……。

 

「御代りはよろしくて?」

「暁姉ぇが……!」

「何を驚いていらっしゃるの?」

 

 飲んだ結果本物の淑女っぽい振る舞いを始めた暁型一番艦の暁である。

 

「桜の下にて桜酒、とても風流でございますから、どうぞお召し上がりになられてはいかがでしょう?」

 

 そう笑う彼女の手にはなみなみとお酒が注がれた継がれた杯に桜の花びらを落としたものがあった。それを見た響が凍りつく。

 

「あれを飲めっていうのかい……?」

「さすがにアレを丸々飲んだらどうなるかわからないわよね、ね?」

「美味しいお酒でございましてよ?」

 

 そう言いながらすすすと近づいてくる暁。ターゲットにされた雷と響は距離を取ろう下がろうとする。

 

「お逃げにならなくてもよろしいじゃありませんか」

「暁姉ぇ! 目を覚まして! お願い!」

「あらぁ、眠ってなどおりませんわよ?」

「司令官、お願いだ、姉さんを――――――って」

「ほら撫でてもいいっていってるんだから撫でなさいよクソ提督!」

「司令官さん。こんなじゃじゃ馬の言うことを聞かなくてもいいのです」

 

 航暉も航暉で大変なことになっているらしい、あたりを見回しても酔ってない人は酔っている人の看病で忙しい状況だ。服を脱ごうとする如月をなだめる睦月に倒れた望月に膝を貸している弥生。日本酒をあおって笑い上戸になった利根の相手をする筑摩に大鳳と杯を交わす龍鳳。正直だれが当てにできるのかわからなかった。

 

「ささ、一緒に飲みましょう……?」

 

 妙な威厳まで出して追い詰めていく暁。杯を受け取らない限りもう止まらなさそうだ。

 

 だが、このタイミングで救世主が入ってきた。

 

「なにやら賑やかにやっておるな」

「あ、章人さん!」

 

 樫のステッキを持ち、入場許可IDを首かささげた男が顔を出したのだ。元西部太平洋第一作戦群司令長官、中路章人中将その人である。

 

「うおっ!」

「章人さん、会いたかったですよ!」

「あ、あぁ、私もだ古鷹。というかだな、飛びつくのはやめてくれないか……」

「むぅ、私そんな重いですか?」

「そんなことは言ってないが、少し私の筋力が落ちているのと、少し落ち着いた言動をだな……」

「私は落ちついてますよぅ」

 

 そんなことを言ってすり寄ることを止めない古鷹。僅かに色合いの違う双眸を細めて古鷹は彼に頬を寄せた。

 

《古鷹に酒を飲ませたな?》

 

 少々めんどくさそうな声色の電脳通信が飛ぶ。パーティラインでつながったそれに司令官一同は苦笑いを返した。

 

《まさか古鷹さんがキス魔だったなんてびっくりですよ本当に》

 

 航暉が苦笑い込みでそう言うと笑ったような気配。

 

 

《だから古鷹の前では酒を出さなかったんだ》

 

“お帰りなさいのキスぅ”などといつもの清純な彼女なら言わないことを口走る古鷹。しかたないな、と言って中路は一歩下がり少々小柄な彼女の額に唇を寄せた。

 

「ただいま、古鷹」

「唇にはしてくれないんですかぁ?」

「君が大人になった時にとっておきなさい」

 

 中路はそう言うとさらっと彼女の髪を梳き、雷たちの横を通る。

 

「いただいてもいいかな? レディ」

「どうぞ、中路中将」

「ありがとう」

 

 暁から杯を受けとり目礼する中路。暁はスカートのすそをちょこんと持ち上げて挨拶をした。響と雷の英雄でも視るような視線に苦笑いを浮かべつつ、中路は航暉の方に向かった。

 

《これからは酒の管理はしっかりするようにな》

 

 電脳通信のその言葉に残りの司令官の声が揃った。

 

 

 

《はい、それはもう》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、そんなことがあったわけで」

「事後報告されてもなぁ……」

 

 笹原の個人執務室に来た寝起きの川内に笹原が今日の一部始終を説明する。川内は少々むくれ気味だ。

 

「起きなかったあんたが悪い」

「それもわかってるけどさぁ」

 

 川内がそう言うとわずかに頬を緩める笹原。自然な優しい笑みが浮かぶ。

 

「だからこれで我慢しなさい」

 

 そう言うとちいさな水盆に桜の花を浮かべたものをデスクに置いた。水面に揺れる桜の花を見て川内は目を細める。

 

「……そういうとこ、嫌いじゃないんだよね」

「小粋でしょ?」

 

 日本酒でもいいとは思うけど、ちょっとまってね。と笹原は笑う。まだ仕舞っていないクーラーボックスを漁る。二つの瓶をテーブルにおいて、氷の入ったアイスペール、メジャーカップを並べた。バースプーンも取り出す。

 

「川内、酒言葉って知ってる?」

「酒言葉?」

 

 頷きながら笹原はオールド・ファッションド・グラスを取り出してそれに氷を入れる。

 

「カクテルの一つひとつについた言葉、まぁ花言葉みたいなものだね。米国が禁酒時代に入ったころ、たくさんのバーテンダーが欧州に渡った。そこで広まったものさ」

 

 メジャーカップでスコッチウイスキーを図りながらそう言った。さらりとグラスに注ぎいれるとそのままカップを回転させもう一つの瓶、ドランブイを計り、注ぐ。

 

「いろいろ言葉はあるね。ブルームーンなら“できない相談”、シェリーなら“あなたにすべてを託す”……」

 

 マドラーで素早くかき混ぜる(ステアー)。出来上がったそれを川内の方に滑らせた。

 

「……ちなみにこれは?」

「“ラスティネイル”……意味は自分で調べなよ」

 

 笹原は僅かに笑って同じものをもう一つ作ると自分用にした。グラスを掲げる。

 

「ささやかだがこんな花見もいいだろうと思うよ? 二人の今後に――――――」

 

 わずかにグラスを合わせると澄んだ音が軽やかに響いた。二人の合間に桜の花が揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに翌日お酒が抜けた青葉と古鷹がお花見のことを知って悶絶していたのはまた別の話である。

 

 

 

 





ラスティネイルはとても甘いカクテルだったり。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回は演習編に戻れる……かなぁ。

それでは次回お会いしましょう。

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