艦隊これくしょん―軽快な鏑矢―   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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演習編、次の種目はなんじゃらほい。

それでは、抜錨!


杉田「ふははははは!」

 

 

 

 理不尽だ。すごく理不尽である。

 

「いくら人数合わせだからってその応援部隊は無いんじゃないの……?」

 

 陽炎が眉をひくつかせる先には艦娘チームの中で明らか浮いている人物がいた。

 

『さーて、エクストラステージ、今回は東軍西軍に分かれての戦いと参りますよー!』

 

 明石の声が響くがその前に目の前の男を何とかしてほしい。

 

『今回の東軍は戦艦・軽空母・潜水・駆逐の連合軍、対する西軍は空母・重巡・軽巡と助っ人チーム! 今回はこのチーム分けで行います!』

「その助っ人に陸軍出身が三人もいるのは不公平じゃないかなぁっ!」

 

 陽炎の叫びの先にはやる気満々のあきつ丸、緊張しているらしいまるゆ、そして上半身の衣服を脱ぎ捨て、筋骨隆々な肉体美を晒す満面の笑みの杉田勝也中佐が立っていた。

 

「というより! なんで中佐は半裸なんですか!?」

「棒倒しと言ったらこれが正装だろう。さすがに女子にやれとは言わんが」

「いったら問答無用でセクハラですからね!」

 

 そう叫ぶ陽炎の肩をぽんと叩く吹雪。振り返った陽炎に首を横に振って見せた。

 

「……それで、長門さん。あっちのチームにどうやって勝ちます?」

 

 そう聞いたのはしおいである。長門は僅かに悩むような顔を見せた。

 

「……応援といってもおそらくレーベやU-511、プリンツオイゲン辺りはルールがわかってないはずだ。おそらく戦力にならない。勝ち目が無いわけじゃないぞ。それにこちらにはパワーで勝る戦艦にスピードで速攻を決められる身軽な駆逐隊がいる。勝ち目は十分にあると思うぞ」

 

 長門はそう言って目を細める。

 

「大和……たしか杉田中佐は」

「私の上司ですよ。もっとも武蔵にべったりですけど」

「なるほど、さて……どうくると思う?」

 

 大和は横目で長門を見ながら優しい笑みを浮かべた。

 

「艤装もなしとなると杉田中佐とパワー勝負になると競り負けるでしょうね。……それに杉田中佐は自らの正義に正直な人です。正々堂々戦おうとするでしょう。おそらくは小細工などをしなくても突き崩せると判断し前進してくると思います」

「それを我々が予測することを念頭に入れて、か?」

「はい」

 

 その答えを聞いて長門は笑みを浮かべる。

 

「よっぽど信頼してるんだな」

「あの気難し屋の武蔵が認めた指揮官ですから」

「なるほど。……まぁいい。金剛、吹雪」

「ハイ!」

「なんでしょうか」

 

 二人を呼んで長門が続ける。

 

「金剛、水雷戦隊の足についていける速力は戦艦クラスではお前だけだ。突撃班の班長任せていいか?」

「Yes! まっかせなサイ!」

「なら頼む。駆逐隊を連れて行け。他に人員は必要か?」

「ンー、なら隼鷹と瑞鳳を借りるネー!」

「わかった。残りのメンツで中衛と守備隊を構成するぞ」

 

 東軍の作戦会議が長門を議長に進んでいるころ、赤城をトップに据える西軍もまた会議に入っていた。

 

「それでは杉田中佐に攻撃隊の指揮をとってもらうと言うことでよろしいですね?」

「わかった。では羽黒と最上、あと、球磨那珂能代、俺と来い」

「了解だよ」

「那珂ちゃんの見せ場かな!?」

 

 最上と那珂はかなり乗り気だ。それを聞いて(上半身裸の)杉田は笑った。

 

「最前線は俺がかき回す。そのうちに相手の棒をがっつりと握れ」

 

 ニヤリと笑ってそう言った杉田に那珂が少しむっとした表情を作った。

 

「下ネタはアイドル的にはNGなんだからね?」

「路線変更はしない主義か」

「当然! 全世界1億人のファンとの約束だもん!」

 

 そんな約束どこで結んだのかわからないが、そう言うことらしい。杉田は笑みを深くした。

 

「諸君、私に付き従う大隊戦友諸君。君達は一体、何を望んでいる? 更なる戦争を望むか?情け容赦のない、糞の様な戦争を望むか? 鉄風雷火の限りを尽くし、三千世界の鴉を殺す 嵐の様な闘争を望むか?」

「それなにクマ?」

 

 両手を広げてノリノリな杉田に球磨が冷ややかな目を送る。

 

「こういう時はクリーク!って返すのがお約束だろ?」

「そんな約束知らないクマ」

 

 さらにじっとっとした目線を送る球磨だが、杉田は結局無視をした。

 

「さぁ、征くぞ諸君。――――――地獄を作るぞ」

 

 棒倒しをするには明らか大げさすぎる杉田の発言の直後、競技開始のゴングが鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 棒倒しのルールは単純だ。相手の棒を倒すか、一定時間以上傾けた方が勝ち。棒は地面に固定されているわけではないので、必然的に守備と攻撃に人員を分けて行うことになる。そのバランスとチームの連携がカギとなる。

 今回のエクストラステージは東軍西軍に分けて行い勝った軍の所属チームに50ポイント。その中でも特に優秀な働きをしたチームにさらに100ポイントが加算される。だからまずは勝つことは絶対条件。そのためにもチームに貢献する活躍をしようと誰もが躍起だった。

 

 だがそれ以上に燃えている奴がいたのである。

 

「ふはははははははははははははははははははははははっ!」

 

 開始の合図と共に真っ先に突っ込んできた褐色の肉弾を見て突撃部隊の吹雪は喉が干上がるのを感じた。

 

「こわっ、なんかめちゃくちゃ怖っ!」

 

 吹雪の横では陽炎がそんなことを叫んでいた。吹雪はそれに心から同意したが本当に恐怖するとその声すら出ないというのを今はじめて知った。少なくとも深海棲艦と初めて対峙した時並みかそれ以上の恐怖感である。

 どうすればいい? 吹雪は一瞬迷った。狂気じみた笑い声を轟かせながら低い姿勢で何かを捕食でもするのかと両手を前に構えて高速で近づいてくる筋肉ダルマなんて脅威に対する訓練なんて積んでないのである。どうすれば最善かなんてわからないのは当然だった。

 

「ブッキーたちはそのまま前進! ここは私に任せて早くいくネー!」

「金剛さんそれ絶対死亡フラグ!」

 

 白露が間髪入れずにそう返したが、班長の命令は絶対だ。突撃してくる筋肉ダルマを回避して前に進む。その後ろでかなり硬質なゴッ!という音が響いた。金剛が盛大に吹っ飛ばされた音だった。

 

「ミ、みんな後は頼んだネ……!」

「こ、金剛さ――――ん!?」

 

 そんな叫びを無視するかのように杉田が敵本陣に向けて突撃していく。それを見て真っ青になってる潜水艦チームのスク水勢や大鯨龍鳳姉妹。それから守るように長門が前に飛び出した。

 

「お前の相手は私だ、中佐!」

「ビックセブン直々とは有り難いなぁ!」

 

 二つの肉体が派手な音を立ててぶつかり合う。筋肉ダルマ相手に競り負けない長門もさることながら艦娘の義体とまともにぶつかって痛そうな顔一つしない杉田も大概である。それをあり得ないものを見るような目で見ていたが、見る余裕がなかったことに気がついた吹雪は前で包囲網を築きつつある夕張達に挑みかかった。

 

「さぁ、いろいろ試してみてもいいかしら?」

「それはこっちのセリフですっ!」

 

 吹雪は夕張に突撃、そして夕張を足台にして上へと飛び上がる。

 

「ちょっ!」

 

 棒に取り付いてしまえば圧倒的に有利になる。だからこそ吹雪は相手を足台にしてでも前に近づいて行く。それを止めようと利根が青葉を足台にして飛び上がり吹雪を止めようと手を伸ばす。それすら足掛かりにしようと吹雪は距離を詰め。前へ。

 

「ぐぬぬぬぬっ!」

「っと、ううううううう!」

 

 押し合いへし合い、何とか棒に手を伸ばしたタイミングで―――――

 

「今なのであります! ケ号決行であります!」

 

 あきつ丸の声が響くと同時、吹雪の足場がガクンと崩れた。

 

「え?」

 

 吹雪が下を見やると足場にしていた青葉や夕張が一斉に膝をついていた。バランスを崩すようにして棒から離れるように、落ちていく。

 

「うそぉぉぉおおおおおおおっ!?」

「吹雪、確保じゃぁあああああっ!」

 

 利根に抱きかかえられるようにして背中を地面に強打という事態は防げたが同時に吹雪は利根に横四方固めを喰らう羽目になったのである。

 

 だがそれと同時に吹雪は見ていた。

 

 その崩れた隙を見計らって駆け寄っていく朝潮と秋月の姿を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、もう一方の攻防戦に話を向ける。

 

「ぬぅん!」

「はぁっ!」

 

 もはや棒倒しではなくただの総合格闘技になっている筋肉ダルマvs.ビッグセブンのカードは置いておいて最上を核とする攻撃陣が飛び込む隙を見計らっていた。

 

「これなら青葉の方がよかったかなっ……!」

 

 最上が扶桑と押し合いながらそうぼやいた。

 

「それなら諦めてくれてもいいのよ?」

「扶桑相手でもそれはお断り、かなっ!」

 

 一瞬だけ離れて組み直し、最上は肩透かしを食らわせるようにサイドステップ。よろけた扶桑を差し置いて前に踏み出した。

 

「能代っ!」

 

 最上が叫ぶ。最上の後ろを追うように走ってきた彼女の足場になるように姿勢を低くし棒を支えるビスマルクに突撃した。横っ腹を狙われたビスマルクはそれに一瞬よろめくがそれでもそれに耐えて見せた。だが最上の背中を足台にするように棒に取り付いた能代を見て顔を青くする。

 

「――――大和っ!」

「わかってますっ!」

 

 能代が全体重を使ったゆさぶりで傾きかけた棒を大和が押し戻す。逆に揺さぶって能代を振り落としにかかる。最上を棒から離そうと後ろから龍鳳と大鯨の双子姉妹が引っ張る。大鯨たちを妨害しようと那珂が割り込めば、タイミングよく最上の服から外れた龍鳳の右手が那珂の顔面にヒットした。

 

「か、顔はやめてぇ!」

「す、すいません! 狙ったわけではないんですけど……っ!」

 

 東軍側の攻防戦が阿鼻叫喚の地獄絵図と化してきた中、西軍側でも最後の攻防が続いていた。

 

「蒼龍っ!」

 

 飛龍が突撃してきた隼鷹を取り押さえながら叫ぶ。蒼龍はその身を挺して突っ込んでくる朝潮を止めていた。何気に胸部装甲が盛大に揺れてその顔が痛みか羞恥かわからないが赤く染まった。棒を保持している赤城と加賀にはまだ指一本触れさせていないが、護衛陣に疲れが溜まってきていた。

 

 だがそこにトドメのように全力疾走で飛びかかってきた人物がいた。

 

「私がいっちばん活躍するんだからぁ!」

「させません!」

 

 棒に飛びかかろうとした白露の盾になるように赤城が自らの体を張った。飛び蹴りの要領で棒に向っていた白露のおみ足が彼女の胸当てにヒットする。

 

「い、一航戦の誇り、こんなところで失う訳には……!」

「いただきですっ!」

 

 赤城が姿勢を崩したところで秋月が飛びかかった。棒に向って跳び蹴りを仕掛け、そのままゆっくりと棒が倒れていく。

 

 ゲームセットだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はー、久々に暴れた」

 

 杉田が満足そうにそう言うと目の前で抑えきった長門が笑顔で右手を差し出した。

 

「素晴らしい戦いだった。礼を言うぞ」

「こちらこそ、長門」

 

 熱い友情のしるしとばかりに握手を交わす二人。

 だが、二人とも棒倒し自体にはあまり関わってなかったという何とも言えない結果に周りは生暖かい目が向けられていた。

 

「ねぇ大鯨」

「なんですかゴーヤさん?」

 

 例にもれず生暖かい目で二人を見ながら伊58は隣の大鯨に声をかけた。

 

「なんだかんだであの暴走筋肉特急を防衛戦に加えなかった長門がMVPのような気がするでち」

「あぁ……そうかもね」

 

 あのまま突っ込んできて大乱闘になってたらどうなったかわからない中、彼をたった一人で止めた長門。それだけは評価してもいいのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

エクストラステージ:棒倒し結果

 

勝者:東軍

MVP:長門(戦艦チーム)

 

戦艦チームに150ポイント、

軽空母・駆逐・潜水艦にそれぞれ50ポイント

 

 

1日目終了時点での中間集計

 

戦艦:272

駆逐:220

潜水:187

重巡:158

軽空:155

軽巡:124

正空:123

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―その日の夜―

 

「大和から聞いたぞ。お楽しみだったそうじゃないか?」

 

 武蔵がいつも通りの笑みで戦場から戻ってきた杉田をねぎらった。

 

「久々にいい運動になったよ」

「ふぅん、そう」

 

 労うように彼の肩に置かれた手がギリリと握りこまれた。

 

「艦娘たちと肉弾戦していい運動になるんだな……?」

「ちょ……な、何を怒ってんだよ」

「怒ってなんてないさ。全くもって平常通りだよ。上半身半裸で女性の群れに突っ込んで長門とお突き合いしたとか聞いたってどこに怒る要素がある……?」

「痛い痛い痛い痛い」

「ちょうど私も運動不足気味でね、ちょっと付き合いのほどよろしくたのむよ。なあに、クールダウンにはちょうどいいさ」

 

 有無を言わさず杉田を引っ張っていく武蔵。

 

 ちなみにこの夜、杉田の姿を見たものはいない。

 

 

 

 ただ、次の日の朝から、夜中の競技場の裏には亡霊が出るという噂がたつようになったという全く関係ない情報をここに記載しておく。

 

 

 

 





杉田さん、ほんとにあんた何やってんすか……な棒倒し編でした。
競技自体は残すところあと一つですがやっと艦娘らしいことをするかもしれません。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回投稿は今度こそ短編読み切りになる予定。

それでは、次回お会いしましょう。

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