艦隊これくしょん―軽快な鏑矢― 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
それでは、れっつくっきんぐ!
航暉はそう……その時誰かの問いかけを聞いた気がした。
――――――そんな装備で大丈夫か?
声を大にして言いたい。
大丈夫じゃない。大問題だ。
事は1時間前まで遡る。
「青葉ちゃん遅かったけど大丈夫ですか?」
「いえいえ、まったく問題ないですよ」
時間ギリギリに会場へ飛び込んできたのは青葉だ。重巡チームが集まっているテーブルに小走りで向かう。
「どうですか? この種目、うちに勝目はありそうですか?」
「まぁ、羽黒がいるから大丈夫なんじゃない?」
加古が気楽にそういえば名指しされた彼女はピクリと肩を跳ねあげた。
「が、頑張ります……!」
「羽黒さん。そこまで気張らなくてもいいですよ。私も包丁の使い方は心得てますし一緒に頑張っていきましょう?」
高雄がそう言うと羽黒はなぜかさらに緊張したように、頑張ります!と言って俯いてしまった。なかなか大変なようだ。
「とりあえず、上位入賞の景品は三位までで、今私達は4位……上位に入ってる潜水艦や正規空母、駆逐艦たちを追い抜かなければいけません」
高雄の言葉に最上が頷いた。
「料理対決も含めると……あと4つだっけ、科目」
「そう聞いてますね~。まぁ、この種目でできれば上位に食い込んで逃げ切り態勢に持っていきたいところです」
青葉の声に利根が頷いた。
「うむ。となると料理上手が主に動くとして、その指示でみんなが動くのがいいかの」
吾輩は悪いが料理はからっきしじゃからのう……とバツが悪そうに言うと高雄が優しく笑った。
「料理については羽黒さんが上手とお聞きしているので、羽黒さんリーダーにみんなでサポートしていきましょう」
そう言ったタイミングで部屋の一番前で大淀が手を振った。
「皆さんお揃いなので次の種目“お弁当づくり対決”編と参りますよー。制限時間は1時間。この曲げわっぱの弁当箱に入るサイズでお弁当を作ってください。ルールは以上ですが過剰なつまみ食いや衛生面に懸念がある行為が見られた場合、他のチームへの妨害行為は採点時に減点の対象になるので気を付けてくださいね」
大淀が振ったのは木目のきれいな薄い木を曲げて作ったらしい楕円形の弁当箱だった。それを見て羽黒は顎に手を当てる。仕切りがないから汁気の多いものを使うと危ないかもしれないし栄養のバランスも考えたいところだ。
「審査員のみなさんを紹介しましょう。料理ならこの人間宮さん、南方艦隊の“お艦”鳳翔さん、総合司会から明石、司令官チームとして月刀大佐と浜地中佐。以上5名の方々に実食の上審査してもらいます。各審査員10点満点で合計50点満点。この種目は審査点がそのまま得点になりますから頑張ってくださいね! それでは、真剣勝負の一時間、よーい、始め!」
「時間は一時間となると……作れるものは限られてくるわね~」
龍田はそういいながらピーマンの種を取っていく。
「それでも何とかなるクマ。うちには能代んがいるクマ」
球磨は鮭の切り身を量産しながらそう言った。今回の司令塔は能代で、ご飯を炊いたりいろいろくるくると動き回っていた。
「それで、水は何デシリットルだっけ?」
「あの……なんでそこでデシリットルなんてあまり使わない単位が出てくるんでしょうか……」
名取にそう突っ込まれているのはメスシリンダーを片手に目を輝かせる夕張だ。これには龍田以外がじとっとした目線を向ける。
「な、なによ。メスフラスコの方がよかった?」
「そう言う次元の話じゃないクマ」
「なんでポテサラ用ジャガイモを茹でるための食塩水を作るのにそこまで精密にはかろうとするのかしら……」
「え? え? だって浸透圧とかも変わるじゃない」
ダメだこの人、早く何とかしないと。文字通りのケミカルクッキングを始めかねない。
軽巡チームの最初の脱落者が出たタイミングだった。
「えっと……料理経験者ってたぶん」
「大鯨さんだけだとおもうでち」
やっぱりそうなるか。と大鯨は一人頭を抱えた。予想していた。こうなるだろうなとは予想していたのは確かだ。でもその予測が当たってほしくなかったと思うのが正直なところだ。
「あたしは前包丁で指切ってからあんまり……」
「ソーセージ焼くぐらいならできるけど……」
伊168は軽く目線を逸らしながらそう言い、伊8が続ける。
「とりあえず野菜炒めくらいなら……」
「イクも料理なんてスパゲッティのまぜまぜ係だったのね!」
伊401の後、胸を張ってそう言う伊19に大鯨は本気で頭をかかえた。
「こうなると難しい料理は無理ですね。簡単で料理の手間が少ないもの……で、できる限り品数を減らせて弁当向きとなると……」
大鯨がむむむと頭をひねる。
「わかりました、とりあえず牛肉のスライスと玉ねぎを持ってきてください。簡単ですがガッツリ系の美味しいものを作っていきましょう」
「了解でち!」
伊58が飛び出していく。付け合せは何がいいだろうかと考えながら大鯨は横のテーブルをちらりと見た。すでにもう動き出しているところがほとんどだ。やはり急いでやるにはアレしかない。
「よし。みんなでできるように頑張っていきましょう」
「おー!」
なんだかんだで道筋はついた、あとは全力を尽くすだけだ。
「……お弁当となるとなかなか難しいな」
エプロンをしめた長門が唸る。大和がオムライスを作りたいと言ったが弁当向きではないから却下したものの、弁当でおいしい料理となるとなかなか難しいところがある。
弁当は冷めてもおいしいものでなければならない。また水気の多いものも避けなければならない。
「弁当だと欠かせないのはタコさんウィンナーだな」
真顔でそう言う長門に「まあ、そうなるな。」と真面目に返答する日向、まずタコさんウィンナーがなにかわかってないビスマルクと道具を用意しようとして落ちてきたすりこぎが頭に直撃していじけている扶桑とそうそうたる面々に金剛はゆっくりと溜息をついた。
「本当にこの面子大丈夫ネー?」
「やはりここは私が何とかするしかなさそうですね」
大和が一歩前に出ると一歩前に出る。
「時間もありません。変に凝るよりも正攻法でいきましょう。幕の内見たいには上手くいかないかもしれませんが、とりあえずおむすびと唐揚げ、卵焼き、ウィンナー。ミニトマトなどの野菜系で彩りを加えてでどうでしょう?」
「そうだな……時間もないことだ。それで行くのが得策か」
「まぁ……そうなるか」
戦艦チームが静かに動き出す。基本的には料理スキルを一通り習得しているため話がまとまれば動きは速い。テキパキと唐揚げ用の下味をつけようと長門が醤油と酒を用意する。料理酒ではなく日本酒を用意している所に金銭感覚が窺える。その横では日向が鶏肉を一口大に切り始めた。
「漬け込みの時間を短縮したい。少々小さ目に切ってくれるか?」
「承知した」
「それじゃぁ私達は野菜の用意しておきましょうか?」
大和が金剛に声をかける。金剛は頷くと大和に声をかけた。
「野菜は何を作りますカー?」
「そうですね。キュウリの浅漬けはすぐできるのでそれと後もう一品くらい入れたいですね」
「それならそら豆ってありますカー?」
「そら豆……ですか?」
大和たちは業務用の冷蔵庫――――今回のイベント用に様々なものを詰め込んだ共用のものだ――――のドアを開けた。大和は冷蔵庫を覗き込んで中をごそごそと探す。
「あ、ありましたよ」
「Yes! 後は粒マスタードと卵をお願いシマース!」
言われたものを手渡しながら大和は首を傾げた。
「何を作る気ですか?」
「大丈夫! さすがにコンテストにブリティッシュ式クッキングを持ち込むなんてことはしないネー。でも洋風のエッセンスがあってもいい気がシマース! さて、確かヴィネガーとサラダオイルは常温のがあったはずなので上手くいくと思うのですガ……腕が鳴るネー」
大和と金剛が戦艦チームの調理スペースにたどり着くと長門が下味用の調味料の味見をしていた。
「下味はもう少し濃いめの方がいいか?」
「そうだな。お弁当だからな」
「冷めることを考えると、そうか」
日向の声に長門が濃口醤油の量を少々増やした。スプーンで少し口に含むと「……よし」と頷いた。大和たちが戻ってきたことに気がつくと長門は大和を呼んだ。
「少しだけ味を見てくれると助かる」
「はい、では少しだけ……少々濃いですが、漬け時間で調整できそうですね」
「ざっと15分くらいか?」
「気持ち少な目13分でいきましょう」
テキパキと戦艦チームは動いていく。皆がちゃきちゃきと仕事を見つけてこなしていく。熱湯に潜らせたキュウリを氷水にさらして、ハイテンポで蛇腹キュウリを仕上げていく大和など、こういう作業になれているのがよくわかる。
「私、このチームに必要かしら……」
「はぁ……空はあんなに青いのに……」
「ここ窓ないわよ、フソー」
「いいのよ。気分の問題だから」
その速度についていけずにいじける国産超弩級戦艦一番艦とドイツからの派遣艦をチーム総出で宥めすかしにかかるまであと5分のことである。
「これも、これも使えるんですか!?」
ひたすらハイテンションに素材を眺める秋月に吹雪・綾波の特型コンビが苦笑いを浮かべた。
「さすがにここまで食材使いたい放題は珍しいけど、そこまでテンション上がる?」
陽炎が呆れたように言いながらプチトマトを洗ったり下ごしらえを進めていく。
「久々に缶飯以外のものが食べられるんですね。楽しみだなぁ……」
「え?」
秋月以外の駆逐勢が動きを止めた。
「缶飯以外って……秋月さん。配属どこでしたっけ? たしか南方第二作戦群でしたよね?」
「え? はい、ハイフォンの582水雷戦隊ですけど……」
その声に一同沈黙。
「一つ質問いいですか?」
綾波が小さく手を上げた。
「あ、はい」
「普通の食事が最後に出たのっていつでしょう?」
「えっと……大体三週間前……だと思います」
「それって絶対おかしいです!」
朝潮がそう言うと案外声が響いた。周りの注目が少し集まり朝潮は周りにぺこりと目で詫びた。
「え? それが普通じゃないんですか?」
秋月の返答に綾波の眼がすっと冷えた。本当はまずいかもしれないが戦術リンクオープン。
《―――――確か競技中よね? いいのかな、外部コンタクトとって》
《笹原中佐、高峰中佐はそちらにいらっしゃいますか?》
この一言で一瞬ノイズが混じる。一気に軍の秘匿回線にスイッチング。ヤバい事案かもしれないと対盗聴用パッチ付きの通信回線に通された。
《高峰だ。何があった?》
《582の司令官かハイフォン基地の補給の状況って調べられますか? 秋月さんが最近缶飯でしか喫食してないっておっしゃってるんですけど……》
《……最後の補給は5日前。空路による
《お願いします》
《パーティラインでつなぐぞ。――――青葉、ケース23.聞こえてるか?》
《はいはい、青葉です。小松菜と小エビの炒め物を絶賛製作中ですけど、どうしました?》
《ハイフォンで食糧の横流し事案が発生してるかもしれない。ハイフォンには546で鈴谷と熊野がいたはずだ。最上は姉妹艦で南方第一作戦群だしなにか聞いている可能性がある。機会があれば探りをいれろ》
《はいはい、タイミング見て聞きますね~。夜のネガティブレポートで報告しまーす》
《……ということだ。綾波ちゃん。悪いけど一日目終了後でいいから秋月ちゃんを連れてきてくれる?》
《わかりました》
綾波が通信を切ると不思議そうな顔で彼女を見ていた。
「いきなりどうしたの? ぼーっとしちゃって」
「いえ、なんでもないですよ」
それを聞いた陽炎が不思議そうにしながらも笑った。
「なら腕によりをかけて美味しいものを作りますか」
「はい、みんなで頑張りましょう!」
お弁当は自分のチーム分と審査員の分で11人分。そこそこの量がある。急がないと本当に間に合わなくなるかもしれない。
「では、急ぎましょうか」
調理時間終了まで残り48分である。
料理編が想像以上に字数が膨らんで大変です。
感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回、航暉が大丈夫じゃない原因が明らかに。
それでは次回お会いしましょう。