デート・ア・ライブ  ~転生者の物語~   作:息吹

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 最近急に暑くなりましたね。

 ということで七罪編……なんですが、予想以上に長くなりましたので分割しました。
 何気にこの作品内最長話です。文字数一万越えて……何があった。
 といっても今回は会話文も多いので、割とするする読めると思います。

 それでは、どうぞ。


第81話

「……もう……朝、か」

「ん……ホントだ……。……コーヒー、淹れてくるよ」

 

 窓から差し込む朝日に眩しそうに目を細めた七海が、伸びをしながら立ち上がり、扉へと向かった。

 ――十香が消えてから、早二日。

 その間、士道は二度犯人の指名をしくじり、計四人の容疑者を失ってしまっていた。

 十香が消えた次の日、士道が指名した万由里と、殿町が消えた。

 そしてそのまた次の日。一から情報を洗い直した士道は、タマちゃん先生と同じく、過去の情報を口にしていなかった葉桜麻衣を指名し――麻衣と、美衣を消してしまった。

 今残っているのは、七海を除けば、琴里、狂三、耶俱矢、美九の四人。

 だが――その四人をいくら調べても、七罪の痕跡は見つからなかった。七海も、手紙が送られてきたあの日、指先に火を灯すという超常を見せていたし、それを調べても一切の霊力反応はなかった。

 現状、手詰まり。

 ここ二日の指名も七海と一緒に話し合って決めたというのに、どうやら外れであったし。

 今日だって、容疑者全員分のデータの精査を二人で夜通ししていたのだ。

 

「…………」

 

 しかし。士道は朦朧とする意識の中で思考を巡らせた。

 ――何かが。頭の中で引っかかている。

 全く疑わしい点の出てこない容疑者たち。だが、何かが……今までの士道の行動をひっくり返しかねない何かを見落としているような気がしてならない。

 

「……でも、それじゃあ……」

 

 士道は机に肘を突いて口元に手を置いた。寝不足のためか、過度のストレスのためか、それだけの動作で軽い吐き気を催してしまう。

 と、士道がしばし無言で考えていると、不意に部屋の扉が開いた。視線を移すと、コーヒーを淹れてきた七海が戻ってきたらしい。

 

「……あんまり無理はすんなよ、士道」

「……さんきゅ、七海」

「気持ちは分かるが、お前が体調を崩したら元も子もないんだ」

「大丈夫、これぐらい。今日は……再検査があったよな。ええと――まずは、耶俱矢からだっけか?」

「それなんだが……」

 

 士道が立ち上がろうとすると、七海は肩を押さえてそれを制した。

 半眼で士道が七海を見ると、七海はその手に持っていた白いカードを示してくる。

 一瞬、写真と同封されていた七罪のメッセージカードかと思ったが、どうやら書いてある文面が違うようだった。

 

「琴里からの伝言だ。今日の予定はキャンセル。無理せず、しっかり睡眠を取ること――琴里、心配してたぞ?」

「それは……?」

「七罪からの新しい手紙さ」

 

 ほら、と七海は手に持ったカードを士道に手渡した。

 内容を読むと、

 

『そろそろゲームも終わりにしましょう。

 今夜、私を捕まえて。

 でないと皆、消えてしまう。

                七罪』

 

「これは……一体」

「朝、ポストに入っていたらしい。七罪からの挑戦状……ってところじゃねえか」

 

 七海の言葉に、士道はごくりと息を呑んだ。

 

「今夜……七罪を見つけないと、残った容疑者が全員消されちまうって……ことか?」

「額面通りに受け取るなら、な。そこに俺が含まれているかは怪しいがな」

 

 七海が肩をすくめながら言う。士道は奥歯を噛み締めながら額に手を当てた。

 できることはやった。思いつくことは全て調べた。しかしそれでも、士道は未だ、残る容疑者の中から、七罪らしき人物を選定できていないのだった。

 だというのに……タイムリミットが突然やってきたのである。焦るなという方が無茶な話だ。

 ――今日、士道が判断を誤れば、残る容疑者も全員消されてしまう。

 その途方もない重圧が、士道の心臓をキリキリと締め付ける。

 だが――士道は、グッと奥歯を噛んだ。

 

「……悪いけど、琴里に伝言を頼めるか?」

「了解。内容は?」

 

 士道の神妙な顔つきに七海も何かを感じ取ったのか、真剣な眼差しで聞き返してくる。士道は考えを纏めながらゆっくりとその提案を口にした。

 数分後。頷いた七海は部屋から出ていった。言われた通り、琴里に伝えに行ってくれたのだろう。

 士道も言われた通り、軽くよろめきながらもベッドに身体を横たえた。

 そしてゆっくりと右手を上げ、指を一本ずつ折っていって。拳を作る。

 未だ、士道には七罪が誰に化けているかの確証はない。パズルで言うなら、最後の数ピースが欠けている状態だ。

 だから――七罪の挑戦状が届く届かないに拘らず、士道は今と同じ頼みを、琴里にしていたかもしれなかった。

 

「――七罪」

 

 虚空を見詰めながら、呟くように言う。

 

「今夜……絶対に、お前を――見つけてやる」

 

 

 

    ◇◆◇◆

 

 

 

 その日の夜。

 あの後たっぷりと睡眠を取った(というか、半ば強制的に取らされた)士道は、琴里と七海とともに薄暗い部屋にいた。

 なんでも、〈ラタトスク〉が所有している施設の地下に当たる場所らしいが、詳しいことは分からない。入口から随分と歩かされたものだから、ここが住所の上でどの場所にあるのかすらも不明瞭だった。

 広さは二十畳ほど。ところどころに背が高いテーブルが置いてあるだけの、ダンスホールのようなスペースである。

 本当は〈ラタトスク〉の会議室が使えれば良かったのだろうが、容疑者の中に七罪が残っている以上、そういう訳にもいかなかったそうだ。

 と――程なくして、部屋の扉がゆっくりと音を立てて開かれる。

 そしてそこから、三名の少女達が、ゆっくりとした足取りで部屋に入ってきた。

 

「くく、なんともお誂え向きではないか。我が、彼の邪王に審判を下すに相応しき舞台よ」

 

 一人目は耶俱矢。

 

「すごーい、なんだか秘密基地みたいですねー」

 

 二人目は美九。

 

「ふふ、まあ、まあ。心躍りますわ、どきどきしてしまいますわ」

 

 最後に狂三。

 もともと部屋にいた三人を含めて、六名。

 現在残っている容疑者全員が今、この部屋に集結していた。

 そう。これが、士道が琴里に頼んだことだった。

 残った容疑者全員を一所に集め、全員と話せる環境を作って欲しい。

 最後の確信を得るために、それはどうしても必要な要素に思えたのだ。

 そして――もう一つ。皆の新し意見が欲しいというのも正直な感想だった。

 皆は既に、〈ラタトスク〉の機関員からことのあらましを説明されている筈である。幸か不幸か――『精霊』の存在を知る、どころか現状封印もしていない精霊本人だけが残っているからこそ使える手段だった。

 

「――よく来てくれたわね、皆」

 

 琴里が言うと、三人は少し戸惑う様子を見せながらも、士道達の元に歩いて来た。

 士道はすうっと息を吸うと、少女達に順繰りに視線を這わせた。

 

「…皆、もう話は聞いていると思う。まずは……謝らせてくれ。ごめん。俺の所為で皆を巻き込んじまった。……本当に、ごめん」

「俺からも。隠していて悪かった。本当に、すまない」

 

 七海も続けて謝罪し、二人で深々と頭を下げる。すると、皆がざわめくのが聞こえた。

 

「ふん、気にするでない。なんとなく察してはおった」

「うーん、あのデートは調査の一環だったって訳ですかー。それは少し残念ですねー」

「最近お疲れ気味でしたのも、これが原因でしたのね」

 

 皆が口々に言ってくる。二人はもう一度深く頭を下げてから、ゆっくりと顔を上げた。

 そして、士道が口を開く。

 

「身勝手だってのはわかってる。でも……頼む。皆の力を……貸してくれ……っ」

 

 訴えかけるように言う。と、皆が一様に力強く頷いた。

 すると耶俱矢がバッと両手を広げ、ポーズを取りながら高らかに声を上げた。

 

「ならば始めようではないか。我らが中に潜みし悪逆の者を炙り出す、選別の儀を!」

「あら、随分気合が入ってるわね」

「当然ではないか!」

 

 琴里が言うと、耶俱矢は大仰に両手を広げてみせた。

 

「この中に、夕弦を拐かした不届き者がおるのであろう!? ならばそやつを見つけだし、相応の代償を支払わせてやらねば――気が済まないし……!」

 

 言葉の後半は、素が出ていた。耶俱矢もそれに気付いたのだろう。コホンと咳払いをしてポーズを取り直す。

 

「とにかくだ! 夕弦達を消した精霊とやらは、我が必ず見つけてみせる!」

 

 言って、グッと拳を握ってみせる。端から見ても、異様な力の入り方だった。きっと、急に夕弦がいなくなってしまったことにより溜め込んでしまった行き場のない感情が、全てその犯人に向かっているのだろう。

 七海は、そんな耶俱矢の様子を見て、悔しそうに歯噛みしていた。阻止することは可能だっただろうに、動くことのできなかった状況だった故に何もできなかったのを悔やんでいるのだろう。

 

「はいはい、気合十分なのは分かったから、取り敢えず落ち着きなさい」

 

 琴里が咥えていたチュッパチャップスの棒をピンと立て、唇を動かす。

 

「状況は、この部屋に入る前に説明した通りよ。この中に一人、変身能力を持った精霊、七罪が紛れ込んでいて、私達はそれを見つけなければならない。今まで行った調査の結果は、この資料に纏めてあるわ。何か気になることや質問があったら、どんな小さなことでも構わない。遠慮なく言ってちょうだい」

 

 言って、近場のテーブルを示す。そこはダブルクリップで留められた書類が数セット置かれていた。

 皆がその資料を手に取り、しばらく目を通す。

 そして暫く後、美九がふうと息を吐いてきた。

 

「成程ー……あの時のだーりんの質問はこういう意味だったんですねぇ」

「七海さんは容疑者から外れていますのね……確かに、この資料を見た限りでは、七海さんにしかできないことが実践されていますわね」

「して、その七罪とやらは、一体どんな容貌をしておるのだ」

 

 耶俱矢がピンと指を立てて訊いたので、士道が答えようと口を開いた。

 

「ああ、それは――」

「――見るもおぞましい、酷い不細工面よ」

 

 しかし、士道の言葉を遮るように、琴里が言った。

 

「たとえるなら、車に引かれたヒキガエルみたいな顔だったわ。ギョロっとした目は異様に離れ、鼻は豚のように上を向いていて、肌は月のクレーターみたいな痘痕だらけだったわね。身体もまるまる太っていて、もうバストウエストヒップが全部同じ数字じゃ――」

「それくらいにしておいたらどうだ、琴里」

 

 真顔でペラペラと七罪の容姿を説明する琴里に、七海が苦笑気味に待ったをかけた。

 その説明の内容は、士道の記憶にある七罪の姿と似ても似つかない、明らかにでたらめな情報であったし、流石に七海にも思う所はあったのだろう。

 しかし、琴里は七海に「しっ」と指を一本立てた。

 七海はすぐに察したのか、身を引いた。士道もまた、琴里の今の嘘の真意を見抜く。

 きっとこれは、この中にいるであろう七罪のリアクションを誘っているのだ。自分のことをああも悪し様に言われて、全く気に留めない者などそうはいない。たとえ表情や行動に表れずとも、この部屋に仕掛けられた観測装置あ、何かしらの反応があるはずだった。

 だが――

 

『……それらしい反応はないね』

 

 士道と琴里、七海の耳に令音の声が聞こえてくる。

 琴里はチッと舌打ちをし、テーブルの上に置かれていた小型端末を操作する。

 

「……なんてね。冗談よ。これを見てちょうだい」

 

 琴里が言うと同時、端末の画面に七罪の姿が映し出された。魔女のような霊装を纏った、美しい女性である。

 

「えぇー……話と全然違うじゃないですかー。琴里ちゃんたら怖い子」

 

 美九が頬に汗を垂らしながら眉根を寄せる。しかし琴里は別段気にする様子もなく、「他に何かある?」と質問を促した。

 しばらくして、資料を読み終えたらしい狂三が顔を上げた。

 

「七海さん、七罪さんが送ってきたという写真とカードを見せてもらうことは可能ですの?」

「ああ、これだ」

 

 士道に目配せすると、士道の持参した鞄の中から白い封筒を取り出してもらい、それを狂三に渡した。

 封筒を受け取った狂三は、中の写真とカードをテーブルの上に並べた。横から、耶俱矢と美九がそれを覗き込む。

 

「ふん……成程な。隠し撮りをしておったということか」

「ちょっとー! 私目が半開きなんですけどぉー!」

「怒るところはそこでいいのか、美九……」

 

 七海が呆れ気味に突っ込みを入れるが、美九はぷりぷり怒るだけであった。しかし狂三はそんなことは気にも留めず。並べた写真とカードに、順繰りに視線を這わせていった。

 そして、しばらくそうして眺めていると、

 

「これ、本当に容疑者は十五人ですの?」

「……続けて」

 

 琴里が目を鋭くしてそう催促する。

 狂三も一つ頷くと、その疑問の理由を説明し始めた。

 

「資料の通り、一日に指名した人含む二人が消えてしまうというルールですと、七海さんや士道さんに焦燥を植え付けるには効果的な手段かもしれませんが、それと同時に自らが発見されるリスクもどんどん大きくなっていきますわ。そこで最初に思い浮かんだのが写真もしくはカードそのものに化けているということでしたが……それは既に検証済みとのことでしたわ」

 

 写真やカードそのものに化けているというのは七罪探しの途中で再検証してあった。

 一応、ということで七海からの提案だったのだが、芳しい結果は得られなかったのだ。

 

「そこで、前提を疑ってみるという線は変えずに別の視点を模索してみると、目に留まった写真が一つありましたの」

 

 狂三がその細い指を伸ばし、手に取った写真に写っているのは

 

「四糸乃……?」

「正確には、こちら――よしのん、ですわ」

 

 そこで琴里が何かに気付いたように目を見開いた。そして悔しそうに顔を顰めた。

 士道もまた、ここまで言われたら流石に気付く。

 

「そっか……まんまと思考誘導されてたわけね」

「写真があれば自然と人の方に意識は向いちまう。人数は明記されていなかったし、ルールの隙を突かれた訳か」

 

 士道の言葉に琴里が頷く。

 七海にも視線を配ると、予想に反して、彼は難しい顔をしていた。

 そこで士道は、最初の頃四糸乃と士道の会話を七海が聞いた際、どことなく反応がおかしかったのを思い出す。そう言えば、何かに驚いていた様子であったはずだ。

 

「七海、どうかしたか?」

「……いや、何でもない。……大丈夫、理由として足りてはいるんだ。当たっていたっておかしくはない……ない、はずだ……っ」

 

 最後の方は小さくて聞こえなかったが、どうやら七海としてはあまり支持しにくい意見であるようだ。

 だが、他に手掛かりがない以上、それに縋るしかあるまい。

 皆がうんうんと唸る中、それは突然現れた。

 部屋の中心にあたる空間が一瞬歪み、その場に淡い輝きが溢れる。

 天使〈贋造魔女〉が出現したのだ。

 

『な……っ!?』

 

 皆の狼狽が、部屋中に響き渡る。

 士道は慌てて、部屋の時計に目をやった。時刻は日付が変わる三十分前――今までより、三十分早い。

 

「どういうことだ? まだ今日は過ぎてないじゃないか!」

 

 士道が叫ぶと、それに答えるように〈贋造魔女〉の先端部分が展開し、鏡に七罪の姿が浮かび上がった。

 

『――うふふ、そう慌てないの。最後の夜なんだから、もっと楽しみましょう?』

 

 楽し気に笑いながら、七罪は続ける。

 

『最後の夜の特別ルールよ。今日の指名時間は、いつもの十倍、十分間あげるわ。消えるのも一人ずつ。十分で私を当てられなかった場合、もしくは指名がなかった場合、また十分間の指名時間をあげる。最終的に、容疑者が一人になるまでに私をあてられなかったらあなたの負けよ。今ここにいる皆の「存在」は全て私がいただくわ。ああでも、七海くんは危ないから、残しておいてあげる』

「テメェ……ッ!」

 

 七海はそう漏らすが、こちらからは何も出来ないのが分かっているのか、八つ当たり気味に近くのテーブルに拳を叩きつけるだけであった。

 どれほど悔しいだろう。目の前に元凶がいるというのに、何もできないというのは。

 

「く……!」

 

 士道が顔をしかめると、琴里が小さく舌打ちをするのが聞こえてきた。

 

「三十分……ね。また、いやらしいことを考えるわ」

「どういう……ことだ?」

「――残った容疑者は、七海さんを除けば四名。七海さんに手出しすることはあちらも避けたいようですし、七海さんは容疑者から除外していいでしょう」

 

 士道の問いに答えたのは、琴里ではなく狂三だった。薄い笑みの裏に激しい怒りを滲ませながら、静かな口調で続けてくる。

 

「今から、一度も犯人を指名できずにタイムオーバーを迎えた場合、丁度午前零時で容疑者が一人だけ残ることになりますわ。つまり、そこの七罪さんは、日付が変わると同時にこのゲームを終わらせるつもりですわ」

「……ぐ」

 

 士道は拳を握ると、改めて部屋にいる少女達に視線をやった。

 琴里、狂三、耶俱矢、美九。

 その表情は皆緊張や恐怖、怒りに焦燥といったものに彩られている。一見しただけではとても、この中に皆の『存在』を奪おうという精霊がいるとは思えなかった。

 だが、そんな士道の思考を中断させるように、七罪が言葉を続けてくる。

 

『ああ、そうそう。折角皆集まってくれているんだし、今日は士道くん以外が私を指名しても構わないわよ。でも勿論、指名タイミングは十分に一回だから。よく考えて指名してね。もし投票が同数の場合は無効にさせてもらうから』

「……随分、勝手にしてくれるな」

 

 目まぐるしく付け足されていく追加ルールに、士道は思わず眉を顰めた。

 だが、いつまでも混乱してはいられない。残り時間はあと三十分。そして、七罪を指名できる機会はあと三回きりなのである。

 それを逃せば――七海以外の皆が〈贋造魔女〉によって消されてしまう。失敗は絶対に許されなかった。

 

「……一応、他の可能性は考えてある」

 

 突如、七海が別の意見を提示した。

 回数が三回しかないということが判明したため、自分の中だけで留めておくのではなく、可能性として一応伝えておくべきだと判断したのだろう。

 最初明かそうとしなかったのは、変に混乱させたくなかったからか。

 

「よしのんがのし七罪じゃなかった場合、同じように選択肢が増えることになる」

 

 皆が、七海に視線を向けて次の言葉を待った。

 士道も含めて、彼女達は七海のスペックを高く評価している。戦闘技能や頭の回転速度は目を見張るものがあるのは確かなのだ。

 そんな七海の意見だ。当たっているかと言われれば今回は微妙なところであろうが、何かしら答えに繋がるものに行き着いている可能性がある。

 と、そこまで明確に考えた訳ではないが、皆無意識的に聞くべきだと判断していた。

 

「よしのんも選択肢に入るのなら、今まで消された人の中で、ちゃんと指名していない人物も選択肢に入るんだ」

「……成程。確かに明記はされてない」

「ちょ、ちょっと待ってくださいー。それって今より難しくなってませんかー? 容疑者の数が増えちゃったじゃないですかぁ!」

「だが、二人、ほぼ確実に安全圏を確保できた人物がいるんだよ」

 

 そこで七海が口を閉じた。

 不審に思って七海を見ると、彼は視線を外し、どこか言い辛そうであった。

 何故なのか。

 その理由にいち早く気付いたのは、琴里だった。琴里は七海の言わんとしようとしていることを読んで、七海の言葉を続けた。

 

「もし、一緒に消されてしまった人物も容疑者に入っていたとしても、私達の中からは、その人が七罪である、という思考はなくなる。そうなれば安全圏に脱することが出来たも同然よ」

 

 眉を歪めながら、琴里は士道を見やった。

 

「でも、たとえそうだとしても、最初の条件は皆と同じ筈。確率は低いにせよ、自ら消える前に士道に指名されたなら、七罪は負けてしまうでしょう――士道、よく思い出して。たった二人、いた筈よ。偶然に頼らず、貴方の指名を逃れた人物が、二人だけ」

 

 言われて、士道は思考を巡らせた。

 そして、すぐに七海と琴里が言っている人物が思い当たる。そして、同時に七海が言い淀んだ理由にも思い至った。

 そう、その二人は――

 

「四糸乃に、夕弦……?」

 

 士道は最初に消されてしまった少女達の名を呼び、ごくりと息を呑んだ。すると七海と琴里が、同意を示すように目を伏せながら頷いた。

 確かに、この状況で夕弦の名を上げるのは、七海だからこそ、抵抗があったのだろう。

 が、その名を聞いてか、夕弦の姉妹たる耶俱矢が不機嫌そうに顔を歪める。

 

「何だと? 士道、御主夕弦が犯人だと申すのか?」

 

 言って、ずいと顔を寄せてくる。

 

「ちょっと待てって。俺はそんなこと――」

 

 そんな士道に手助けするかのように耶俱矢の肩を掴んで顔を離させたのは、夕弦という名を言い淀んでいた七海だった。

 耶俱矢は表情を変えず、視線の方向を七海に変えた。

 

「資料にもある通り、士道達の所に〈贋造魔女〉が現れ、犯人指名を促してきたのは二日目からなんだ」

 

 七海の言う通り、一日目には〈贋造魔女〉は現れなかった。

 つまり――士道は犯人を指名する手段を与えられていなかったということになる、

 そんな晩、夕弦は〈贋造魔女〉によって消されてしまった。その時は容疑者が消されてしまうという事実に戦いてしまっていたが――改めて考えてみると、なぜ一日目に〈贋造魔女〉が出現しなかったかは分かっていなかったのだ。

 

「でも、それじゃあ夕弦と四糸乃、あるいはよしのん、誰が七罪だって言うんだ?」

「……あくまで、俺の予測だが……夕弦」

 

 七海が絞り出すように声を出した。

 耶俱矢が何か言おうとしたが、取り敢えず話を聞くことにしたのか、結局黙ったままだった。

 

「一番確率が低いのは、四糸乃。もし七罪が四糸乃だったとして、癖や仕草をいくら真似ても、彼女の腹話術までは完璧に真似できない筈だ。違和感は無かったのなら、それは本人だと思っていいと思う。よしのんは、狂三の言う通り大分怪しいことには怪しいんだが……状況証拠だけで、直接七罪だと断定できる要素は無い上に、もしそうなら、四糸乃が何か違和感を覚えたっておかしくはないんだ」

「でも、それだったら夕弦だって、」

「だが夕弦だけは、士道との会話とその映像でしか判断できない。四糸乃とよしのんに比べて、否定材料が足りないんだ」

 

 勿論、よしのんが七罪であって、それでも四糸乃が違和感を覚えなかったという線はある、と七海は続ける。

 しかし、とりあえず七海に反論できる材料は見当たらないように思える。それは耶俱矢も同じなのか、それきり口を噤んだ。

 

『もういいかしら? もうすぐ十分経つわよ』

 

 ずっと士道達の様子を見ていた七罪から声がかかる。

 慌てて士道が時間を確認すると、十分経つまで一分を切っていた。

 まだ迷っているらしい士道の代わりに、琴里がふうと息を吐き、七罪に顔を向ける。

 

「……夕弦」

『ふうん……それでいいのね?』

 

 七罪が余裕たっぷりといった様子で答える。

 

『丁度十分よ。琴里ちゃんの意見に賛同する人は挙手してちょうだい』

 

 七罪が言うと、琴里、七海、そして狂三、躊躇いがちに耶俱矢が手を挙げた。

 

「……士道?」

 

 琴里が怪訝そうな顔を向けてくる。が、士道は手を挙げることができなかった。

 確かに、筋は通っている。しかし、何故だろうか。まだ、何かが違う気がしてならないのである。

 七罪がニィ、と唇の端を歪める。

 

『はい、では締め切り。賛成多数により、八舞夕弦ちゃんが指名されました』

 

 言って、〈贋造魔女〉の鏡に映った七罪が、指をパチンと鳴らす。すると狂三の身体が淡く輝いて――

 

「――素直に掴まると思っていまして?」

 

 だが、その輝きを塗り潰すかのような漆黒が彼女を包む。

 その影のような闇が晴れると、そこには血のような赤と影のような黒に彩られたドレスを身に纏った狂三の姿があった。

 〈神威霊装・三番〉

 精霊を守る絶対の盾、狂三の霊装が、七罪の天使の力を防いだのだ。

 

「きひひっ。わたくしがこの中で最初に狙われるのは読んでいましたわ。遅くても二番手。言い方は悪いですが、客観的に見ても、この中で七海さんや琴里さんと同じくらいわたくしの頭は回ると自負しております。となると、早い段階で消そうとするのは容易に読めますわ。夕弦さんの時のように寝込みを襲うのでなければ、対応は簡単でしてよ」

『……で?』

「はい?」

 

 七罪の唇が、さらに吊り上がる。

 

『ただでさえ警戒していたというのに、貴女がそれを読んで防ごうとするのを私が読んでいないと思った?』

「強がっても無駄でしてよ。どのみち貴女ではわたくしを捕らえることは物理的に――」

『予想していたのに、対策してないと思ったの?』

 

 再度、狂三の姿が淡く輝く。

 だがこれでは先程の繰り返しになる筈だ。七罪にとって、ただの無駄な行為でしかない。

 の筈だった。

 

「な……っ、まさか、これは――っ」

『ざーんねん。遅いわ』

「皆さんお気を付けて! わたくし達はとんだ過ちを――」

 

 狂三は今まで消されてしまった者達と同じように、〈贋造魔女〉の鏡の中に吸い込まれていってしまった。

 予想外の展開に、残された者達は呆然とする。

 狂三の行動は正しかった。そう、耶俱矢と美九も含めて、この場にいる人物の中では、琴里以外は霊力を封印していない、言ってしまえば、大人しくしているだけの十全の精霊なのだ。

 しっかり予測して、きちんと対応できたのであれば、そう易々と下せる存在ではないのだ。

 だと言うのに。

 

「どう、やって……」

『ん?』

「どうやって霊装も身に着けた精霊を吸い込んだの!? 出来る出来ないに関わらず、あんなにあっさりと吸い込める訳がない!」

『ふふ、流石にそれは教えられないわ』

 

 琴里が七罪に向って怒鳴るが、七罪はどこ吹く風と涼し気だ。

 士道にとっても、これはあまりにも予想外だった。

 狂三が霊装を身に纏った時、これなら、と士道も思ったのだ。これなら、七罪の能力を防ぐことが出来るかもしれない、と。現状維持にしかならないが、少なくとも三人は消えずに済む、と。

 しかし結果はこうだ。狂三は消えてしまい、可能性は潰えた。

 それに、彼女が最後に遺した言葉も気になる。

 果たして自分達は何を間違えていたというのだろう……?

 

『ま、発想は面白かったわ。けど残念、ハ・ズ・レ。――さ、指名時間リセットよ、次に指名する人を選んでちょうだい。ふふ、チャンスはあと二回。私を当てられるかしらぁ?』




 平均文字数一万越えの作品を書かれている方って、凄まじいですよねー……

 流石にここまできたら誰が七罪か分かってしまう方は多いと思うんですが、これ以上書くと自分の体力が死ぬので已む無く断念。次に持ち越しです。
 それなりにヒントは出ていると思います。伏線なんて面倒なのは……どうだろう。あったっけ……(作者が把握していない)
 ただその人物を確定させることはできなくても、もしその人物なら色々と納得できる、という形にはなっていると思います。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 バレットの方の話や設定をどうしようか検討中。

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