デート・ア・ライブ  ~転生者の物語~   作:息吹

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 さらりと明かされる神様ちゃんの生前スペックに、美九の『おねがい』が効かない主人公クオリティ。

 ということで、今日で冬休みも終わりですので、これからまた週一~二の更新になっていきます。

 ……さて、先に謝らせていただきます。

 本当に、申し訳ありません。

 意味は、読んだら分かると思います。

 そ、それでは、どうぞっ。(ブルブル)


第33話

 どうやら、〈フラクシナス〉のクルーや精霊達総出で俺を探しているらしい。

 観念した俺がまず美九に訊いたことは、今どんな状況で動いているかということだった。

 要約すると、こうだ。

 俺の脱走に気付いた〈フラクシナス〉のクルー達が、俺を探し始める。

 しかし見つからずに時間が経ち、学校が終わって俺の見舞いに来た八舞姉妹や狂三、美九の力も借りて探す。その中には、五河士道や十香達も入る。

 そして、一番最初に見つけたのが、美九。

 ……ってことらしい。

 しかし、

「……お前が、男である俺を探すなんてな」

「まあ、私も少し用がありましたしー」

 感情がダウナーになっていくのを感じつつ、俺らは会話する。

 既に俺を通行止めにした人達は去っていて、この場にいるのは俺と美九だけだ。

「どうして、俺の場所が分かったんだ?」

「探してもらいましたからー」

 探してもらった?

 俺の無言の疑問に気付いたのか、美九は補足説明する。

「竜胆寺の()達に『おねがい』したんですよー。七海さんの特徴を教えて、見かけたら連絡ください、って」

「……成程」

 ということはもしかして、俺が避けたあの女生徒は竜胆寺の生徒だったのかもな。

 となると、携帯で電話してたのは、美九に知らせるため。もしくは、確認するため。

「……そういや、お前らは大丈夫なのか?その、怪我とか」

 ふと、疑問に思ったことを口にする。

 俺に主な原因があるとはいえ、特に耶倶矢と夕弦、真那なんかはダウンしていたし。

 そうか、真那はどうなってるんだろ?

「えーと、私や狂三さんは検査とかですぐ終わったんですけどぉ、耶倶矢さんと夕弦さん、真那さんは艦内で休養をとらせる、とか言ってた気がしますよー」

 言ったのはおそらく、琴里だろう。

 そして、美九の言っていることは本当だろうから、俺が起きた時には真那が艦内にいた可能性もあった訳か。

 まあ、八舞姉妹は学校にも行っていたらしいし、大事はないのだろうな。

「……そうか……よかった」

 その後も、色んなことを話した。

 結果、分かったこともたくさんあった。

 まず、俺の能力については〈フラクシナス〉で検査している時に教えてもらったらしい。俺の左腕についても、今日探すときに知らされたんだとか。

 そして、あの戦闘時に、琴里は自身の霊力を完全に返してもらったらしい。俺が寝ている週末に、五河士道とデートして再封印したらしいが。

 さらに、真那も、とりあえずは〈フラクシナス〉で面倒見るらしい。本来の積載量を遥かに上回る量の武装を使った代償として、それなりの負担があったのだろう。

 ま、真那も検査されるだろうし、その身に施された魔力処理も知らされるだろう。

 最後に、耶倶矢と夕弦。

 なんだかんだでこの二人が一番状態が酷かったらしく(俺を除く)、今なお傷の治療中なのだとか。

 それももうすぐ終わるらしいが、その原因は、まぎれもなく、俺だ。

 俺が反転した時に負った傷だろうからな。

「……って、お前はどこに連絡してるんだ?」

「え?どこって、琴里さんですよー?」

 考えていると、美九が携帯を取り出すのが見えたので、思わず声をかける。

 待て、今、琴里と言ったか。

「な、何故?」

「だってぇ、七海さんを見つけたら連絡ちょうだい、って言ってましたからー」

「待て、頼む。連絡しないでくれ。俺はもう、あそこに戻れない」

 それじゃ、償えない。

 しかし、俺の言葉を無視して、通話し始めてしまった。

「あ、琴里さんですかぁ?見つけましたよー、七海さん」

「ちょ、待てって言ってるだろぉぉぉぉぉっ!?」

「え、あ、はいー。別にいいですけど、その前に、私のお願いを聞いてくれませんか?」

 美九の耳元にある携帯に手を伸ばすも、どこからか現れた制服姿の女性二人に羽交い絞めにされる。

 って、お前らいたのかよっ。

 必死に抜け出そうとするも、何故か抜けない。しかも、必死にもがいている内に、連絡は終わったらしい。携帯を戻す美九。

 ずーんと、俺が大人しくすると、羽交い絞めにしていた二人も離れていった。

「それじゃあ、許可も貰いましたし」

 なんだ?

「七海さん、私と、『デート』しませんか?」

「………………は?」

 その台詞は、俺が反応するのに数秒を要するには、十分な意味が込められていた。

 

 美九と、デート。

 たった二文節のこの台詞だが、まずありえない組み合わせの文節だった。

 美九は、極度の男嫌いだ。これでもオブラートに言っている方とも言える。

 そんな美九が、俺(男)と、デートしませんか、だって。

 驚天動地、青天の霹靂とか、そんな単語が頭に浮かんでは消えていく。

 それぐらい、びっくりしたんだ。

「……は?俺と?お前が?デート?…………冗談だろ?」

「む、それは私とデートしたくないってことですかぁ?」

「あ、いや、そんなことは無い。むちゃくちゃ嬉しいさ。でも……どうして、また?」

 言外に、お前は男嫌いだろという意味を込めつつ、訊く。

 その疑問に、さらに本心を加える。

「――――俺は、お前を殺そうとした奴だぞ?」

 意味が分からない、という顔をしているのであろう俺を見た美九は、淡く微笑んだ。

 その笑みの意味は分からないが、見惚れてしまうような表情だということだけ言っておこう。

「それじゃあ今の七海さんは、私を殺そうとしますか?」

「そんなことする訳ねえだろ!」

「じゃあ、それで良いじゃないですかぁ」

 は、はあっ!?

 頬を引き攣らしながら、その不明瞭な答えを聞く。

 今の俺はお前を殺そうとしていない、だから気にしなくていい。

 正直、どうかしてると思う。

 今の俺がどうであろうと、俺がお前を殺そうとしたという事実に、変わりはないのだから。

「大丈夫ですよー。どこに行くかは決めてありますから、私について来てくださいー」

「あ、おい、まだ話は終わって……わかった。わかったから腕を絡ませるな自分で歩けるからっ」

「れっつごー!」

 半ば無理矢理、俺と身九とのデートは始まった。

 そ、そのうちちゃんと意味を教えてもらおう。うん。

 

「……俺は、何をしてるんだ…………?」

 死のうとしていたのから一転、デートしている、とか。

 対極どころか227度くらい回ってんじゃねえかな。

 結局腕は放してもらえないまま連れて行かれたのは、ややこじんまりとした一軒のカフェだった。

「うふふー、ここはちょっと小さいですけど、ケーキは絶品の味なんですよー。私が保証します。ちなみに、おすすめはチーズケーキです!」

 言いつつ、中に入っていく美九。必然、俺も一緒になる。

 店員さんに案内されるままに席に座り、二人分のチーズケーキを頼む美九。

 ……まあ、俺も好きだけど。

 追加で、コーヒーも頼んでおく。幸い、手持ちに余裕はある。

「あ、それじゃ私も紅茶を頼みましょうかー」

 それを見た美九も、自分の分の飲み物を頼んだ。

 オーダーを受けた店員さんは厨房(かな?)に引っ込み、俺らは、ケーキが来るのを待つことになる。

「七海さん」

「……何だ」

 呼ばれたので顔をそちらに向けると、美九はなんだかむくれていた。

 頬をぷくーっと膨らませているのだが、一体どうしたのだと言うのだろう?

「もうっ、折角のデートなんですから、もうちょっと楽しそうな表情になりましょうよー」

 言って、俺の顔に手を伸ばす。

 動かないでいると、俺の頬を摘まれた。少しだけひんやりとした温度が、微かに伝わってくる。

 そのまま、上へと引き上げる。

「………いひゃいんあが(痛いんだが)」

「ほらー、笑顔は大事ですよ?」

 むくれていた顔から一転、笑顔となる美九。そのうち、手も離してくれた。

 そうしてやや痛む頬を擦っていると、ようやくケーキが到着した。

「あ、ケーキが来ましたよ。ささ、早く食べてみてください」

 そして、味の感想をと言って来る美九。

 言われるままにフォークを取り、チーズケーキを一口分切り分け、頬張る。

「ん……美味いな、これ」

 もぐもぐと咀嚼し、正直な感想を述べる。

「それは良かったですー。これでもし気に入ってもらえなかったら、どうしようかと思っていたんですけどー……ん~、美味しいっ」

 恍惚の表情でチーズケーキを頬張る美九を横目に見つつ、さらに数口食べる。

 あっという間に食べ終え、一緒に頼んでおいたコーヒーに口をつける。

 思えば、何にも食ってねえんだよな。目を覚ましてから。寝ている最中も、必要最低限の栄養を与えてもらっていただけだろうし。

 ここのコーヒーの煎り方はシティなのか、強い苦味の中に、ほんの少しだけ酸味を感じる。

 うん、美味い。

 そうしてまったりしていると、自身の分も食べ終えたらしい美九が、こっちは紅茶を飲んでゆっくりしつつ、訊いてくる。

「少し休憩したら、次の店に行きましょうかー」

「え、まだ行くの?」

「当たり前じゃないですかー。たった一件で終わるなんて、つまらないですし」

 そして一口。

 えー、と思いつつ俺も飲むと、丁度空になった。

「……む」

 仕方ない。待つか。

 そして十数分後、俺らは次の店へと向かった。

 ……あ、一応言っておくけど、ちゃんと俺が支払ったからね?

 

 そして、今度も店の中。

 今いる二軒目は、ロールケーキがおすすめらしい。

 俺はまたしてもコーヒーも頼んで、料理が来るまでの短い間に、美九に問いかける。

「……美九」

「はいー?」

「どうして、俺とデートなんてしようと思ったんだ?」

 訊くと、無言が返ってきた。

 しかしそれは、無視ではなく、答えるべきか決めあぐねているようだった。

「そうですねー……このデートが終わったら、教えてあげます」

「…………そ」

 短く返すと同時、ケーキが到着した。

 今の会話など無かったように急かす美九の声を聞きつつ、一口食べる。

「ん……美味い」

 先程のチーズケーキと殆ど変わらない反応だが、美九はお気に召されたらしい。満足そうな顔をして自分の分も食べ始める。

 ……まあ、とことん付き合うか。

 

 

 そうして、何軒回っただろうか。少なくとも、両手では収まりきれない数だとは思う。

 やれこっちのカフェはこのケーキが美味しいとか、やれこっちは紅茶だとか、色々。

 途中、どうして琴里に連絡したのに他の奴らが来ないのか訊いてみたところ、

『七海さんとデートさせてくださいってお願いしましたからー』

 という答えが返ってきた。

 霊力は使っていないだろうが、よく許可したなとは思う。おそらく、連絡した時に頼んだのだろう。

 そして今は。

「今お茶を淹れますから、少し待っててくださいねー」

「お、おう……」

 美九の家にいた。

 初めて男を入れたとか言っていたが、何故俺は良いのかは知らん。

 というか、緊張しすぎて思考がまとまらない。

 確か美九は、一人暮らしだった筈。少なくとも、親の存在は原作で無かった。

 つまり、今この状況。

 女性の家で、その家主と、二人っきり。

 ……言葉にすると、どうなんだと思ってきたな。

 そんなこんなしていると、両手にカップを持った美九が戻ってきた。

「はい、どうぞ」

「ありがと……」

 手渡されたカップには、紅茶が入っていた。

 一口、頂く。

「……?…………美味いな」

 少なくとも、今日訪れたカフェの紅茶より、俺は好きだな――――と。

 そう付け加える。

 勧められるままに飲んだ紅茶より、俺はこっちの方が好きだった。

「本当ですか?それは良かったですぅ」

 安堵の表情で、美九はそう言う。

 確かにカフェの紅茶の方が美味いだろう。

 だが、なんだろうか。

 店の紅茶が霞む位の『暖かみ』が、あるような気がしたんだ。

 さらに数口飲んで、一度、俺はカップをテーブルに置く。

「ん……単刀直入に訊く。いいか?」

 俺がそう言うと、美九もその手に持ったカップを置いた。

 それを待って、口を開く。

「……もう一度訊くが、どうして、俺とデートを?」

「放っておけなかったからですよ」

 質問される内容は分かっていたかのような即答だった。

 思わず、二の句が告げなくなる。

「七海さんを最初に見つけた人が言っていたんですよ。なんて言ったと思います?」

「いや、分かんねえけど……」

「――――全てを諦めたような目だった、て」

 何も、言い返せない。

 たった一目でそんなことが分かるのか、とかは思わない。

 少なくとも、反論は、出来なかった。

 俺は、眼帯で隠していない方の目を見開く。

「七海さんは、気付いてましたかー?」

 俺の心情など無視して、美九は俺に訊く。

 俺も、努めていつも通りに訊きかえす。

「……何を、だ?」

「七海さんが、真っ黒になっていた時ですよ」

 その言葉に、古傷とは関係無く、胸が痛んだ。

 悲しいからではない。

 それは、俺が償おうとしている記憶だから。

「私も、映像を見て、皆さんが言っていたことそのままでしか言えませんけどぉ……」

 彼女は、言う。

「七海さん、あなたは――――

 

 ―――――誰も殺そうとしていませんよ?」

 

「んなことはない!!」

 反射的に、強く言い返す。

「俺は、お前らを殺そうとした!これは絶対だ。変わることの無い、過去の罪だ!俺はお前らに殺意を向けた敵意を抱いた!それは変わらないんだよっ!」

 捲くし立てる。

 そして、思い出す。

 一週間前の、記憶を。

 美九をこの手で殺そうとした。

 狂三に敵意を抱いた。

 真那に殺意を向けた。

 ――――耶倶矢と夕弦と、敵対した。

 攻撃を消し、距離を消し、闇を以って、攻撃した。

 それは、絶対的な、俺の、罪。

「だから、俺は償いたいんだよ」

「償うって、どうするつもりですー?」

 俺の叫びを聞いても、美九は平然としていた。

 まるで、俺がそれを聞いてどんな反応するかを、予測していたように。

「誰かの命を奪おうとしたのなら、俺の命で償う」

 それしか、方法が無いから、と。

 俯きながら、俺は言った。

 それを受けた美九は、唐突に、話し出す。

「それじゃあ、七海さんが殺そうとしていないという証明が出来れば、償う必要は無いですよねー?」

「……確かに、そうは言える。が、そんな証明なんて出来ないだろうが」

「それがそうでもないんですよねー」

 俯いていた顔を上げ、俺は美九を正面から見る。

 きっと今から言うのは、さっき言っていた、映像を見た皆さんが言っていたこと、だろう。

 一体、何を話したってんだ。

「それでは、もう一度言いますけど、七海さんは誰も殺そうとしていません」

「…………」

 無言を返す。

 それを催促とでも受け取ったのか、美九は言葉を続ける。

「ほら、思い出してみてください。そうですねー……耶倶矢さんと夕弦さん、真那さんと戦っている時のことです」

 美九は、話した内容を思い出そうとしているのか、少し上を向きながら、説明していく。

「耶倶矢さんが撃った霊力の込められた風を消したり、夕弦さんの天使を掴んで投げていたじゃないですかー?」

「……まあ、そんな記憶も、ある」

 だが、それがどうした。

 それでも、俺があいつらと敵対したという事実は変わらないだろう。

「はい、ここで疑問です」

 いきなり、おどけたような口調になる美九。

「どうして耶倶矢さんの風は消したのに、夕弦さんの天使は消さなかったのでしょうかー?確か、七海さんはそれが可能なんですよね?」

「まあ、な」

 質問に答えつつも、考える。

 どうして、耶倶矢の攻撃は消して、夕弦の天使は消さなかったのかを。

「………………」

 答えは、見つからない。

 殺そうとしていたのならば、武器を消して無力化することも選択にはある筈だ。大体、八舞姉妹の霊力なんかは全部理解してあるので、わざわざ触れずとも消せる。

 だが、その選択を取らなかった。

 何故か。

「……何でだ?」

 つい、疑問を言葉にしてしまう。

 そして、美九が再度口を開く。

 それは、さらに疑問を深める追い討ちだった。

「他にもですね、真那さんは蹴るだけの攻撃だったり、技を急所から外したりもしてましたねー」

 そんなことも、あった。

 確かに、わざわざ蹴るだけに留めた攻撃もだが、技、おそらく『虚無(バーブラ)』も、急所を狙うことが出来た技だった。

「それに、敵とした人を殺すつもりなら、わざわざ私や狂三さんを殺さずにしておくする必要なんてないですしー、最後の大技から、身を挺して守ろうとなんてしませんよねー?」

 全部、事実だった。

 だが、

「……それでも、お前らに殺意を、敵意を抱いたのは変わらないだろ」

「あぁもうっ、何なんですかもうー。自殺志願者なんですか自虐症状でもあるんですかまったく」

 いいですか、と美九は前置きして、

「誰も殺そうとしていなかった以上、殺意も敵意も持ってる訳ないじゃないですかー」

「……そうか?」

 疑問を挟むも、反論は出来なかった。

 たとえそれが正論だとしても、溜飲は下がらない。

「それでも、あいつらを俺は傷付けた」

「それは償うべきかもしれませんけどぉ、あなたの命で償う程のことではないと思いますよー」

 だからそこまで自虐的になる必要ない、ということか。

 肯定しながら、行動を否定してくる。

 今更になって俺は、何一つ反論が出来ていないことに気付く。

 それが正論かどうかは分からない。反論出来ないだけの暴論かもしれない。

 だが、理屈で語れる程、人の感情は単純でも無かった。

 八舞姉妹はきっと、色んな感情を押し殺して、俺の暴論を聞き入れたんだろうな。

 もう随分前に感じることを、頭の隅で思い出す。

「だがそれなら、俺はどうすればいいって言うんだ?」

「簡単ですよー。戻りましょう?」

 いとも簡単に、美九は『戻りましょう』と言った。

 だが、こう俺は言ったはずだ。

「……もう俺は、あそこには戻れない」

「誰がそんなことを決めたんです?」

「じゃあ訊くが!」

 思ったことをそのまま口にする。

「どうして、お前は俺を許容する!?どうして、俺の罪を否定する!?どうして――――」

 どうして、

「――――俺を、思ったようなことを言える……!?」

 今までの俺を否定するための証明は、全て、俺を擁護するものだった。

 最初、美九は『今の俺は殺そうとしないから』という理由で俺を許容した。

 先程、俺の行動の意味を否定された。

 結論、俺は俺自身の罪を、否定され、許されそうになっている。

「七海、さん……」

 美九は、テーブルを回ってこちら側に来た。

「どうして、泣いているんですか……?」

 言われて気付いた。

 俺が、泣いていることに。

「!……くそっ」

 意識した途端、視界が滲んでいるのにも気付いた。

 涙は、左目からしか出ていなかった。

 眼帯をしているからではなく。

 右目の涙腺は、機能しなくなっているかもしれない。

 目元を手で擦って涙を拭くも、止め処なく出てくる。

 その俺の腕に、掴まれる感触があった。

「そんな乱暴にしたら駄目ですよぉ。これ、使ってくださいー」

 言われて手に握らされたのは、柔らかな布のような感触。

 腕を掴まれたまま、手を目元に移される。

 素直に、俺はそれを貸してもらった。

 しかしこれでは会話も出来ないし、相手が見えない。

 俺は空いている方の手で、右目を覆っている眼帯を取った。

「!?」

 美九が、驚いて息を呑むのも分かる。

 無理もないか。

 俺の右目は、『異常』なんだから。

「七海さん、その、目……」

「気に、するっ……な」

 時折嗚咽が入るが、何とか会話出来るぐらいには落ち着いているらしい。

 …………。

「その、美九……」

「は、はいー?」

「……すまない、泣かせてくれ…………っ」

 俺は、左目を覆って、泣いた。

 声は上げなくとも、それは見苦しいものだろう。男の涙なんて、な。

 それでも、美九は。

「……よしよし」

 俺を、黙って抱き寄せてくれた。

 俺は美九の腕の中で、片側からしか溢れない涙を流した。

 美九は、そんな俺が落ち着くまで、そのままの体勢でいてくれた。

 

 

「ぐすっ……すま、ない……見苦しい、とこ、ろを……見せて、しまって……」

「ふふ、落ち着きましたかー?」

 ああ、と返事する。

 どれだけ時間が経ったのかは知らないが、窓から見える外の景色は、微量の黒を孕んでいた。

「七海さんは、優しいんですねー」

「…………は?」

 いきなり、何を言い出すんだ?

「だって、そこまでして自分に罰を与えようとするのは、耶倶矢さんや夕弦さん、他にも、私なんかを想ってくれてるってことじゃないですかぁ?」

 そう、かな?

 違うと思うけどなあ……。

「それじゃ、七海さん、一つ、約束しませんか?」

「約束?」

 はい、と美九は言う。

 約束。その内容とは、

「――――これからずっと、私を見ていてください。護ってください。……駄目、ですかねー?」

 見ていて、護って、か。

 ……ああ。

 俺は、美九の過去を知っている。だからこその、『見ていて』か。

 そして、俺のことも美九は、案じてくれているのかな。だからこその、『護って』か。

 ……ああ。

「勿論、だ……!」

「それじゃあ、私は七海さんのことを、『だーりん』って、呼んであげますっ」

 ……………ほえ?

「ななな、何、何で、また……!?」

「むー、野暮なことを聞きますねー」

 え、ええぇっ!?

 驚愕と疑問しか思えない俺を余所に、美九は話し出した。

「――――七海さんが真っ黒になったのは、私を護りたかったからなんですよねー?」

 !

「それは、私みたいな人間を見捨てないでくれたってことじゃないですかぁ」

 正直な話、

 

「嬉しかったんですよ?」

 

「私を見捨てないでくれた。私を護ろうと足掻いてくれた。私を救おうと力を尽くしてくれていた。全部、私を想ってくれていることの証明じゃないですかー」

「……確かに、反論は出来ないが」

 救おうとして手を伸ばすのは、まあ当たり前だと思うんだがな。

 ……そういうことでは無いのか?

「今まで、そうまでして私のことを見てくれる人なんていませんでした。虚構を鵜呑みにして見放した人、雲の上の存在として距離をとる人、そんな人ばっかりでしたから」

 俺はただ、次の言葉を待つ。

 美九の言葉を、ただ。

「そんな中、七海さん。あなたは、最初から誰かを救おうとしていましたよね?」

 淡く微笑んだ表情で、美九は語る。

「私が瓦礫に押し潰されそうになった時、七海さんはそれを消して、私を救ってくれました」

 他にも、と彼女は続ける。

 自身の攻撃に巻き込まれないようにASTと戦っていたこと。そのASTから美九を逃がすことを最優先としてくれたこと。私を戦闘から遠ざけようとしていたこと。

 全部、私を護ろうとしてくれたんですねー、と。

 彼女は言う。

「ねえ七海さん、知っていますかー?」

「……何をだ?」

 全部無意識にやっていた行動の意味を言われ、自分のことながら驚いていた俺だが、なんとか返答する。

「その命をもってでも誰かを護ろうとする姿って――――最っっっ高に、かっこいいんですよー?」

「……そう、かな。…………だが、そうだと、いいな」

 しばしの沈黙。

 動いたのは、美九だった。

 そして、夜の帳が部屋を包む闇の中。

 月明かりに照らされて作られた影は。

 数秒だけ、一つに、重なった。

 

「顔が赤いですよー、だぁーりんっ」

「う、うるせ」




 9000文字っ!?

 はい、ということで自身の最高記録を更新致しましたー。『……』の量がぱないけどねー。わー、ぱちぱちー。
 ……すみません。

 弁明させていただきますと、一応、美九とのデート回にはするつもりだったんです。これでも。
 でもいざ書き終えると、デート部分は半分にも満たないという謎。いや、失敗。
 誠に、申し訳、ございません……。
 それに、美九を攻略出来た理由付けが無理矢理……。も、もうちょっといい感じの理由にしたかったなあ。

 というわけで、主人公の否定を綴った今回にて、美九編の本編は終わりです。次回はエピローグ代わりの34話です。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 さ、美九編の次は狂三編じゃあぁぁぁぁぁっ!!

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