艦これのレ(仮題)   作:針山

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常在選場(じょうざいせんじょう) 1-4

 

 レ級の瞳が、怪しく光る。

 

 空気が変わった。

 空は黒煙をあげる深海棲艦の艦載機が飛び交い、艦娘側も同様に傷を負っている。艦娘達は損傷こそ負っているものの、未だ全艦健在だ。反対に深海棲艦側は駆逐イ級flagshipが撃沈され、軽巡ヘ級flagshipも大破。軽空母ヌ級は一隻は無傷だが、もう一隻は中破状態。さらにレ級は深海棲艦の艦隊と一人、一隻離れ孤立している。

 劣勢、不利な状況の中、しかし艦娘達も楽観視はできない。

 戦艦達は全員負傷、それも日向と金剛に至っては戦闘続行が難しい。レ級と相対して、大破一隻は大健闘と言ってもいいかもしれないが、一人に対し三人が付くこと自体が問題だった。また翔鶴は無傷であるが重巡の鈴谷と熊野は小破している。鈴谷に至っては敵機艦載機を撃ち落としながら駆逐艦イ級を撃沈する戦果をあげるも、その代償は大きかった。小破とは言え、ほぼ中破に近い損傷を受けている。

 空気が変わった。

 日向は確かに、感じていた。

 金剛がレ級に一矢報い、翔鶴達も敵の艦隊に多大な損害を与えている。

 こちらの被害も大きいが、あちらの被害も大きい。

 痛み分けにはちょうどいい、引くならば絶好の機会。深海棲艦側もそれを解っているのか、軽巡ヘ級はすでに撤退の体勢。軽空母ヌ級も艦載機を後退させながら退路を確保している。驚くべきことに、深海棲艦も分が悪くなると撤退するのだ。意思のない、意志のない生物かどうかも解らない存在であるが、ある程度、実力のある深海棲艦が撤退することはすでに多くの鎮守府、基地などから報告が上がっている。なまじ実力の低い深海棲艦は知能も低いのか、損傷した身体で特攻をしかけてくるが、flagshipやelite級の深海棲艦は『戦略』らしき知能があるのではないかと推察されている。

 だからこそ、ここはもう引くべき場面だった。

 日向達も十分な装備ではなく、また状態じゃない。

 深海棲艦側も戦艦であるレ級が単身で突っ込み、残ったのは軽巡、駆逐艦、軽空母で翔鶴達と戦うとなれば、部が悪いのは理解しているのだろう。いくら性能が良いとはいえ、重巡二隻に空母一隻が相手となると厳しいのは変わらない。

 ヌ級達が戦線を後退させるのを見て、翔鶴も微速で慎重に、日向達の元へ向かい始めている。

 空気が変わった。

 確かに、この場の、場面の、場所の、舞台の、局面の、空気は変わった。

 終わったと、言っても良かった。

 ただ、一つ。

「ちっ……あの化け物、まだやる気満々だな」

 舌打ちする日向の視線の先、笑みの消えたレ級だけは、何も変わっていなかった。

 戦闘だ、戦争だ。

 終わるのなら、その身を海に散らしていけ。

 無言で眼光鋭く睨むレ級は、言外に語っている。

 それまで不遜で不気味な空気を発していたレ級は、いつの間にか、金剛に挑発されてから、明らかに変わらず変わっていた。

 空気を、雰囲気を。

 笑みを浮かべふざけた化け物から、殺気に敵意を撒き散らす地獄へ。

 煮えたぎる蟲毒渦巻く眼球は、抑えきれない感情が漏れ出ている。

 爛々と光る、煌々とギラギラと。

 飛び出さんばかりの瞳が、真っ直ぐ一戦、こちらを貫く。

「日向」

 伊勢が小声で呼ぶ。

「あたしが砲撃して気を逸らすから、その間に金剛を連れて撤退して」

 唯一無傷の、とは言っても装備だけだが、伊勢が撤退戦のしんがりを務めると言い出した。

 あの化け物を、地獄を前に。

 自分が一人で食い止めると。

 しかし、日向は即座に否定する。

「バカなことを言うな。お前を残して行けるわけないだろう」

「いいから、あたしなら大丈夫だから」

「他の深海棲艦相手ならその言葉、信じよう。だが、あいつだけはダメだ」

「じゃあどうするの? このまま三人で固まっているわけにはいかないでしょ」

「それは……そうだが……」

 苦い顔になる日向。

 伊勢の提案は正しい。向こうが引かないのなら、撤退戦をしつつ退却するしかない。その場合、損傷が激しい日向や金剛より、比較的軽微な伊勢が受け持つのは至極当然だ。

 翔鶴達はこのまま遠回りの離脱してもらい、下手に合流すると一網打尽になりかねないので、伊勢の提案が最善と言えるだろう。

 だがそれは、最善と言っても、最悪の中の最善でしかないのだが。

 金剛、伊勢、日向が三人がかりでやっとあの様にできたのだ。それを伊勢一人が抑え込むなど不可能でしかない。

 それが解っているからこそ、しかしそれしかないからこそ、日向は苦い顔をする。

 苦しい、辛い表情を浮かべる。

「ヘーイ、ヘーイ」

 と、そんな折、日向の肩を借りていた金剛が、ふざけた調子で口を挟んできた。

「そんなムズかしい話じゃないネー」

「金剛? おい、一人で立てるのか?」

 大丈夫大丈夫、問題ないネーと日向にひらひらと手を振りながら、けれど視線は一瞬も、片時も離さずに、ソレから離さずに、金剛は言った。

「アイツの狙は私デース。ちゃちゃっと片付け時ますから、二人はとっとと帰投してくだサーイ」

「おい伊勢、腹と頭どちらを殴って気絶させればいい?」

「頭かしら……」

 真面目にさてどうやって黙らせようと考える二人に対し、金剛は相変わらず気軽に言う。

「だいじょーぶデース。ちょっと軽く沈めるだけなんで、気にせずゴーホームしてください」

「いや、大丈夫じゃないぞお前。前から酷かったが大分頭をやられているようだ。伊勢、とりあえず砲撃してけん制しつつ、全速力で離脱するぞ」

「わかっ」

「シャラップ」

 金剛に手を伸ばす、支えようとした日向の腕が、止まる。

 この時になって、やっと気づいた。

 レ級の変容、変質が異様過ぎてそちらばかりに目が行っていたが、違ったのだ。

 よくよく見れば、よくよく見ずとも、レ級はこちらを見ている……だけじゃない。

 こちらを、ある艦娘を見ていた。

 そして、その艦娘は自分が見られていることに最初から気づいていた。

 自分だけを、まるでそれ以外、目に入っていないように突き刺す眼光。

 刃の如き質量を伴う貫く視線。

 それを向けられる、前にした伊勢は背筋に冷たい汗を流し、日向は不安を覚え苦虫を噛み潰した表情を浮かべるのに対し――違い――、その艦娘は、まったく別の感情を抱いていた。

 

 ―――― ああ

          やっと

               見た ――――

 

 認識した、認知した、認証した。

 あのレ級が、あの化け物が。

 理不尽の塊で不合理の集合体のようなレ級が、認めた。

 相手の存在を認めたのだ。

 感情をぶつける、感情を溢れさせる、感情を爆発させる―――相手を。

「喧しいんで黙って。あいつは、あの化け物が。ワタシの可愛いシスターを、シスターに、何をしたのか知らないわけじゃないでしょ?」

 化け物め、化け物め、化け物め。

 もしかしたらその強さのせいで、不遇の時を過ごしたのかもしれない。

 もしかしたらその強さのせいで、孤独の時を過ごしたのかもしれない。

 強すぎるから化け物と呼ばれ、化けた物と呼ばれ、傷ついたのかもしれない。

 金剛には解らない。

 レ級の気持ちも、レ級がどんな仕打ちを受けているのか。

 だが、金剛は、

「そんなこと、関係あるか……っ!」

 吐き出す。

 憎悪を持って、吐息を持って。

 それこそ、レ級に文句も言えないくらい、あまりな理不尽さを持って。

「うちの妹に手を出したバカがどんな目に合うか、教えてやる――っ!!」

 金剛の異変に、行動に、レ級も気づく。無論、最初からレ級が金剛を見ていたように、金剛がレ級をずっと見ていたのをレ級も知っていた。

 互いに知っている、禍根。

 先の戦で、レ級に轟沈寸前まで痛めつけられた金剛。

 今の戦で、金剛にプライドを踏みにじられたレ級。

 どちらも相手が思っているほど、自分がやった行為に考えがあるわけじゃない。

 ないからと言って、看過できることなど、あり得ないが。

「ヘイ、化け物」

 よろりと、ふらつきながらも前に、前に進む金剛。危なく倒れそうになり膝に手を付き、付き。

「今からぶっ飛ばしてやりますから――」

 

 それでも前に、顔を向ける。

 

 その、そこには――

 

 金剛は――

 

「いつもみたいにヘラヘラスマイリーで、スタンバイしててくだサーイ!」

 

 金剛は――…壮絶……に裂けた唇…――…全て虚空……に堕つ…眼球…――笑う。

 

 だから――

 

「…………アハ」

 

 レ級が、一瞬茫然と、呆気にとられた顔を浮かべたかと思えば――

 

「アハハハハハハハハハハハハハハッッ!!」

 

 哄笑、爆笑。

 額に手を当て、身体を震わせ嗤う。

 可笑しそうに、オカシソウに。

 今まで以上の、異常の、笑みを貼り付け。

「アハハハハハ……………………」

 だらりと、ガクン。

 両手を垂らし、揺れる。

 首が俯き、フードが揺れる。

 そして、

「………………――――」

 レ級の尾が、口角を開放する。

 その瞬間――怖気のする、寒気のする、気持ち悪い、気色悪い羽音が響き渡る。

 尾の赤黒い虚空から、飛び魚艦爆と呼ばれるレ級の艦載機が、一斉に飛び立った。

 空が、覆われる。

 とめどなく、終わりなく吐き出される敵機を見て、同じく艦載機を使用する空母の翔鶴は息を飲む。

 その数に、その総数に。

 それだけの艦載機を使役し使用できることに、恐怖を覚える。

 負傷し損傷し消耗しているとはいえ、その数、優に百機近い。

 その数を見て、同じく深海棲艦である軽空母ヌ級も身震いしていた。

 仲間であるはずなのに、同じ深海棲艦なのに。

 ここまで違うのか、と。

 恐怖を、畏怖を。

 撒き散らす。

 これだ、これが本来の姿。

 これこそが、この現象こそがその名の由来。

 ただそこにいるだけで、ただ視界に入るだけで。

 ただ見るだけで、ただ存在を知るだけで。

 全てのその他に、恐怖を与える。

 知ら締める。示し知らせる。

 最強にして最恐。

 最凶にして最狂。

 これこそが、レ級。

 戦艦、レ級。

 圧倒的戦力を持って、たった一人にも関わらず、圧倒的な火力を以て。

 レ級は顔をあげた。

 そこには、いつも通りの……

 

「―――――――沈メ」

  

 頬が引き攣る笑顔を浮かべた、死があった。

 

 




またこちらも表現などを後日修正すると思います。
もっと色々な言葉で表現したいのですが、今は時間がなく、申し訳ありません。
来月か再来月になれば仕事も落ち着くと思うのですが、その時にまた、改めて全体的に修正をしたいと思います。

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