「…………」
「ねぇお兄ちゃん美味しいね」
「え、あ、そうか?」
一毅の寮の部屋での夕餉の食事で一毅は胃をキリキリ言わせていた。
見舞いから帰ってきた三人の現在食卓には絶賛ご機嫌斜めのライカとは違い非常に表情豊かなロキ(時々本当に姉妹か疑うと時がある)と冷や汗を流す一毅がいるのだが……食事とはこんなに緊張することになるものだったとは知らなかった。
「な・ん・で……お前が普通にいるんだよ」
「ライカそんな怒んなくたって良いじゃん。御飯食べに来るくらい大したもんじゃないでしょ」
ロキが口にお浸しを放り込みつつ言う。
「じゃああのお泊まりセットや荷物は何だよ!」
ライカはそう言って部屋の隅に置かれたキャリーバックと段ボールを指差す。
そう、何故か部屋に戻ると宅配業者が来て段ボールやらキャリーバックを置いていったのだ。
「ライカ~お泊まりセットって泊まるため以外に使用用途あるの?あと態々宅配業者に頼んで送ってもらった段ボールだよ?引っ越し以外に考えられるものって何?私としては寧ろそんな推理力じゃライカが武偵やっていけるかそっちの方が気になるよ?」
ロキの反論と言うかおチョクリにライカがプルプル震える。プピー!っと湯気が出そうだ。
「だから……何で引っ越すんだよ!」
「別に良いじゃん。この部屋四人部屋でしょ?この間までホテルに居たんだけどお金はかかるしさ~。しかも武偵高校からは遠いし編入を機会に寮に入ったんだ」
「じゃあ女子寮行けよ!」
「だってここまで距離あるし?それに寮長さんにいったら別に良いって言われて鍵までくれたよ?」
何のために男女別の寮にしてるのか全く分からないが今更だしなぁと一毅は目を逸らしながら、
「ご馳走さま」
食器を下げる。
一応ロキになんで急に越してきたとか何でうちだったのかとか聞きたいことは山ほどあるし聞かなきゃならない案件が天より高く存在している。だがその前に、
「お前ら喧嘩してないで飯を食べたら風呂でも入ってこいよ」
『え?』
一毅の口調でどういう意味だか二人は理解した……
「二人一緒に入ってこいってこと?」
「何でですか?」
ロキとライカは意味が分からないといった顔だ。
「日本は古来より裸の付き合いってのがあるんだ。仲が悪い二人でも湯に浸かりながら語らえば上手く行くんだよ」
ある意味仲を悪くさせていつ張本人の一毅では余り意味がない気が自分でもするのだが仲良くしてほしいのも本音だ。
まあ本当のところはこれ以上ピリピリされたら胃に穴が開くからだがそこは秘密だ。
「つうわけで食器洗っておくから行ってこい」
寮のお風呂は豪邸のようなでかさは当たり前だがない。だが女子が二人で入るくらいの大きさはあるのだ。
『はぁ……』
二人仲良く風呂に突っ込まれたライカとロキはため息を吐く。
「なあ」
「ねえ」
『……』
ハモった上に微妙な緊張が走った。
「あ~……ロキってさ……本当に一毅先輩のこと好きなのか?」
「何でそこを疑うのさ」
「だってほら、レキ先輩からかって遊んでんのかな~とか思わないこともないしさ」
「そんな命懸けのおチョクリはお断りだね」
ロキはブクブクと顔を沈める。
「姉妹揃って異性の好みまで似なくても良いとは思うんだよ?これでも」
「確かになぁ……性格なんか全然違うし……」
ライカはロキの顔の下に視線をロックオンした……
「おまけにでかいし……」
「ライカだって大きいじゃん。背も大きくてしかも胸とおしり以外細いって何それ反則じゃない?同じ人間?」
「いや半分外人の血は入ってるけど……」
「それかぁ!」
「ひゃん!」
ロキはライカのお腹をまさぐる。
「うっわ!触ると更に良く分かるけど何この細さ!括れすご!ねえアンダー幾つ?」
「確か……60……幾つだっけ?前半くらいだったと思うけど」
「そ、その高身長でアンダーが60前半って細すぎでしょ!カップは?」
「し、C……」
ロキは愕然とする。
「そのスタイルでお兄ちゃんを誘惑したの?お兄ちゃんって実は巨乳好き?」
「ち、違う!て言うかその論理だったらレキ先輩どうなんだよ!」
『…………』
二人の間に冷たい空気が流れた。
「た、確かにお姉ちゃんちっこいしねぇ……」
「ロキの方が大きいしな」
「うん……」
二人は落ち着いて浸かり直す。
「ライカってお兄ちゃんのどこを好きになったの?ライカって美人だし引く手数多だったような気がするけど?」
「ふぇ!?」
突然のロキの切り出しにライカはドキリとする。
「いや、どちらかって言うとモテなかったよ……ほら、アタシ背が高いし喧嘩も下手な男より強いしさ……男女何て言われてたし……」
「へぇ~。それは男達の見る目がなかったね」
「はは……入学して直ぐだったんだけど……大体上の学年の怖さ教えるのに2、3年の誰かが下の奴をボコりにやって来るんだけどさ」
「もしかしてライカのはお兄ちゃんだったの?」
「うん。初めて見たときは目付き悪い人が来たな~とか思ったんだけどどうせ木偶の坊かなんかだろうって軽く見ててさ~」
「ありゃりゃ」
ロキは呆れたような顔をする。
「簡単に捻られたと?」
「そうなんだよ。タックルしたっけ簡単に投げ飛ばされた。ポーンって感じでさ」
「だろうねぇ」
「うん。そして笑われたんだよ。男子にさ……まあ男子達はアタシに負けっぱなしだったから悔しかったんだろうけどやっぱり悲しくなってさ……」
今でも鮮明に覚えてる。その時に一毅は一年生を一喝してあまつは素手で総勢50少しの
「その次の日くらいに改めてお礼と非礼を詫びに行ったんだ」
「許してくれた?」
「と言うか全然気にしてなかった。後で聞いたんだけどあの人入学直後くらいにヤクザの組ひとつ相手に戦ってたんだよ」
「既にその時から人間やめてたんだね」
「まあな……」
二人は少し呆れたような吐息を漏らす。
「でもそれじゃあライカがお兄ちゃんホレた理由にならないよ」
「あ、お詫びに言ったらさ……逆に聞かれたんだよ。またバカにされてないかって」
されてないと言ったらそうかと笑って喜んでくれた。
「その時にさ、先輩はなんとも思わないのかって聞いたんだよ。そしたら」
俺から見れば小さいしなぁ……それにどこからどう見ても女の子だけど?……と返してきた。
「それでドキッときたんだ」
「アタシを女の子としてみてくれるなんてやっぱ嬉しかったんだよなぁ……」
「ふぅん……でもこうやって見てもライカきれいだけどな~」
「一毅先輩に会ってから少しお洒落とかにも気を使うようにはなったかもな……」
「あ~。皮肉だね。男女って馬鹿にしてた女の子が化けるなんて思いもしなかっただろうしまさか自分達の一言で綺麗にするきっかけ作るとはね~」
実際前にも言ったがライカをバカにして後で泣きを見た男子が相当数居たと言うかいるのは余談だ。
「ロキは何で一毅先輩にホレたんだ?」
「私のは単純だよ?最初は殺そうかと思ったんだけどさ……殺意とか色々全部受け止められちゃった……なのに全然怒んないしそれどころか謝られたし……」
普通あれだけの強さがあったらもう少し傍若無人に振る舞ってもおかしくない気がする。なのに一毅の普段は抜けてると言うか言ってしまえば阿呆である。
「なーんかそんな感じのお兄ちゃん見たら毒気抜けちゃった」
「確かにあの人って戦闘時と日常の差が激しすぎるって言うかなぁ……でもその辺ってキンジ先輩とかあかりとかも同じだけどな」
普段Eランクであるのにいざというときの判断能力ずば抜けてるキンジ……普段少々間抜けだが戦闘時には鬼神ごとき強さを見せる一毅……普段落ちこぼれの中の落ちこぼれみたいな成績でありながら戦いの中で急成長を見せるあかり……
「皆結構リーダーシップのある人間だよねぇ」
「だよなぁ……一毅先輩ってキンジ先輩に隠れてるけどあの人だって結構人脈広いし……」
二人は天井を見上げる。
「で?あくまでさっきのは切っ掛けだろ?」
「うん……その直後にさ。何かヤバそうな事態になったんだけどお兄ちゃんキンジ先輩達助けにいくって言ったんだよね。一応止めたんだよ?そしたらさ……キンジ先輩とアリア先輩がいる……」
男が危険に飛び込むには十分な理由だ……
「その時に見せた真剣な目にドキッときたって言うかさ……」
「分かるな……普段抜けてる分そう言うときの一毅先輩の真剣な眼差しってかっこよく見えるよな」
「でも皆は怖いって言うんだよねぇ」
「アタシやレキ先輩は好きなんだけどな~」
まあその良さが周りに知れたら面倒だからバレない方がいいと言うのが二人の本音だった。
「でもお兄ちゃんって顔に似合わず優しいよね。自分でもいきなり押し掛けたんだから何か文句言われるの覚悟だったんだけどな~」
「そこが欠点でもあるんだよ……NOを言えない日本人の典型があると言うか自分に頼ってきたり甘えてくる人間を無下に出来ない人なんだよ……」
見ていてヤキモキしないと言えば嘘になるがレキとはその辺諦めてる。
「キンジ先輩といい一毅先輩といい優柔不断でさ……思うんだけど一毅先輩もキンジ先輩のこと文句言えないと思うんだよ!」
ライカが言うとロキが頷く。
「そうだよね、五十歩百歩だよね?」
「うん」
二人はすっかり意気投合する。ある意味では一毅と言う出汁を使った裸での付き合いは成功だったのかもしれない……
「はぁっくしょん!!!!!!!はぁっくしょん!!!!!!!」
一毅は盛大にくしゃみをする。
「二回……誰かに貶されてるのか?それとも風邪か……」
一毅は鼻を啜ると買ってきたケーキの袋を見る。皿洗いはさっさと終わらせて風呂上がりのデザートでもと出てきたのだが……
「やあ桐生くん」
「ん?」
後ろから声をかけられて振り替えると静観な顔立ちの男……
「吉岡……清寡さん?」
「奇遇だね」
「奇遇?面白い冗談ですねこんな夜にですか?」
一毅が言うと清寡は苦笑いする。
「すまない。本当は君に個人的に会ってみたくてね」
「男にストーキングとかゾッとしますね」
「まあ余り否定できないね」
「それで用事は?」
まあ戦役の関係の話だろうとは思っていた……だが予想を裏切られた。
「君と手合わせしてみたくてね。ウズウズして夜も眠れなくて仕方ないからこんな夜更けに待ち伏せさせてもらった」
「はぁ?」
「剣を修めるものであれば桐生と言う一族は知る人ぞ知る剣術家の名家だ」
そう言われてもピンと一毅は来ない。
「一度手合わせしてみたいと言うのは剣士の
「でも生憎今刀を……」
すると木刀を投げられた。
「準備良いですね」
「よくいわれる」
一毅は近くのベンチにお菓子を置くと木刀を正眼の構えで構える。
それを見た清寡も同じく正眼の構えをとる。
「行くぞ!」
「おう!」
二人の一撃がぶつかり合った……
「っ!」
清寡の受け流しで一毅は木刀を受け流されながら脇腹に向かって振られる木刀を躱す。
「流石だ……今のを躱すとはな」
清寡には笑みで返事すると一毅は木刀を切り上げる。
「くっ!」
それを清寡は首を逸らして躱すとその崩した体勢から突きを放つ。
「うぉ!」
一毅は弾いて避けると体を捻って一閃……
「ふん!」
だがそれを清寡に受け止められる。
『くっ!』
二人は鍔迫り合いに持ち込む。
清寡は非常に高いレベルで鍛練を積んだ剣士だ。
無論一明やシャーロック程の剣士ではない。あのレベルは普通の人間とは違う。
だが清寡も恐らく幼少の頃より訓練を積んでいるのだろう。剣の一振り一振りに清寡の今までひたすらに剣に向き合ってきた者が持つ重みが宿っている。
少なくともこうやって戦える剣士と会うのは初めてだ。楽しいと思える剣と剣のぶつかり合い……純粋に技術を見せあえる相手だ。
『ふん!』
二人は切り返して距離をとる。
「はぁ!」
「ふん!」
二人はそれから一気に走り込む。
「二天一流 秘剣!斬岩剣!!!!!!!」
「ウォオオオオオオオオ!!!!!!!」
岩すら斬ると言う意味を込められた剣撃と清寡の乾坤一擲の一撃がぶつかる……そして、
『あ……』
木刀がぶつかった衝撃に耐えられず砕け散った……
「あらら……」
「やはり木刀じゃ無理か」
清寡が差し出した手に一毅は砕けた木刀を差し出す。
「さて、そろそろ私も帰るよ」
「ええ、楽しかったですよ」
「私もだ」
握手をすると清寡は暗闇に去っていった。
「ふぅ……」
身体能力が並外れてる訳じゃない。だが清寡は高い技能を持っている。
ある意味では一毅に必要な力だ。身体能力任せで戦うことが多い一毅だ。あの高い技能は一毅にこれか必要となっていくだろう。
(自分の改善点が見つかったな)
「何してるんですか?」
一毅は驚きで飛び上がった。
「レ、レキィ!?」
なぜかこんな夜に背後からレミに声をかけられると言う不可思議な状況となった。しかも、
「何してんのよあんた」
「ボーッとしてどうしたのカズッチ」
「カズちゃん何か考え事?」
キンジ以外のチーム・バスカービル大集合である。
「何でお前らここに?」
「病院でジッとしてられなくなったのよ。今からあんたの部屋を借りるわよ」
「……はぁ!?」
アリアに一毅は顎が外れそうなほど愕然とする。
「な、何故?」
「戦役なんか関係ないわ!私たちは絶対にフォースをぶちのめす!」
『オー!!!!!!!』
アリアの宣言に白雪と理子も同調する。
まあ恐らく……
(キンジのキスの一件が絡んでるんだろうなぁ……)
こうなったバスカービルの女子の暴走は止まるわけがないので適当なところまではやらせてやるしかないかと一毅はため息を吐く。
「でも一毅の部屋が隣で良かったわ。効率的に近づけるもの」
「だけどベット完全に四つとも全部埋まってるぞ?」
一毅の言葉にレキが眉を寄せる。
「全部?可笑しいですね、一毅さんと私とライカさんで三つなので一つは空く筈ですが?」
「いや、何かロキが急に引っ越し……」
「ほぅ……!」
ゴゥッとレキから真っ赤なオーラが出てるような気がする……お、可笑しい……レキからヒートがみえるような気がする……あくまで一毅の恐怖心が生んだ幻影だが十分怖い。
「そうですかぁ……一毅さん」
「レ、レキさん?あの……怖いっす……はい」
自然と敬語になった。
「少し……お話ししましょうか?」
「い、イエス」
嫌です……と言い掛けて慌て肯定する。
「すいません皆さん。寮に着いたら少し部屋の前で待っててください」
『あ、はい』
他の三人も頷くしかできなかった。
「さあ一毅さん。行きましょうか」
「はい……」
行くと言うか逝く気分だと一毅は内心呟く。
まるで死刑執行所に連行される囚人の気分味わいながら一毅は部屋まで連行された……
「どこにいってたんですか?」
「少し散歩だ……別に構わないだろう?廣二」
「ええ、別にかまいやしませんけどね……俺を裏切ればどうなるかあなたが一番分かってるでしょうしね」
廣二はその場から立ち去る。
「…………くそっ」
清寡は歯が軋みほど噛んだ……