「ふっ!」
「っ!」
陽菜の忍者刀と夏候黽の鉤爪がぶつかる。
「っ!」
そこから夏候黽は鉤爪を陽菜に向かって突き出す。
「うっ」
それを陽菜は後ろに飛んで避けると手裏剣を投擲する。
「……っ!」
それを夏候黽はコートを脱いでそれを振り回して防ぐとプッと何かを吹いた。
(含み針!)
狙いは右目だ……その為陽菜は咄嗟に腕を交差させて防ぐ。チクリと腕に走る僅かな痛み……だが素早くそれを抜くと捨てた。
「残念ながらその程度では今の拙者には意味はないでござるよ」
「そうみたいだね」
夏候黽はコクりと頷く。
若干血が出てるが意味はない。元々含み針は急所に当ててこそ効果を発揮する武器であり腕で防がれては意味がない。まあ針に毒を塗ってあったら別だがそれでは口に含んだ時点で自分が毒を食らってしまう……
「…………面倒」
夏候黽は声に出しながら溜め息を大きくついた。
「前より強くなってる」
「またこの間のような失態を師匠に見せるわけにいかぬ」
そう言って忍者刀を握り直す。
「成程ね……!」
そう言って夏候黽は素早く間合いを詰めると鉤爪を着けた右手を突き出す。
「くっ!」
それを忍者刀で受けるとキンジ直伝のハイキックで夏候黽を蹴り飛ばす。
「ちっ!」
だがそれを伏せて躱すと今度は左手の鉤爪で陽菜の足を狙う。
「っ!」
それをジャンプで躱すと背中から火縄銃を抜いた。
「いやあんた一体何時の時代の人間よ」
呆れながら夏候黽は横に跳んで躱す。
「そこでござる!」
「っ!」
火縄銃は一発しか撃てない……そう読んでいた夏候黽の隙を突いて陽菜の手裏剣が夏候黽の足に刺さる。
「うっ!」
更に陽菜はそこから大きく体を中に浮かすと前へ一回転し踵落とし……
「かぁ!」
それを夏候黽は何とか腕を交差させて耐えると押し返す。
「いっつ……」
夏候黽は手をプラプラ振る。流石に陽菜がいくら軽量とはいえ今のはかなり衝撃だ。
「流石にヤバイなぁ……」
夏候黽は舌打ちする。このままでは押し切られる可能性が出てきた。
「流石だね。所謂愛の力ってやつ?」
「どうでござろうな」
陽菜がそう言うと夏候黽は鉤爪を突然はずした。
「?」
「私にとって鉤爪を使うって言うのは云わば手加減なんだよ……何故ならそっちの方が手加減できるからね」
「まさかそれは……」
鉤爪を外されたその手は紫色に変色していた……見た目で既に毒々しい……
「毒手……」
「正解……さすが忍者の子孫だね」
【毒手】……辞典などでは卑怯な手段等と称されるがそれでは勿論ない。
元来少林拳に伝わる禁じ手であるこの技は実際には誰でも習得が可能である。
まず多数の毒草、毒虫を完全な配合によって砂と混ぜ合わせることで毒砂を作り出す……後はそこに手を突き入れるだけだ。無論その際に微量の傷を手に着けてそこから毒が染み込んでいく為近くに洗浄用の薬水も用意しておき洗浄する……そしてまた毒砂に手を入れて洗浄……毒砂に手を入れて洗浄……毒砂に手を入れて洗浄と延々と繰り返す。当たり前だがその際に手に生じる激痛は想像を絶しており痛みのあまり水からの手を切り落とす者が居るとまで言われる。
その為習得までの手順は簡単だがその過程に多くの者が挫折していった。
「毒手の使い手と会うとは……」
だがその毒手は完全に習得するとこの世で最も危険な暗殺武器となる。何故ならその毒手は相手に触れただけで相手を毒に犯す事が出来る。調合によるが触れただけで相手を瞬時に絶命させる事もあると聞いたことがあった。
そして素手と言うことは……現在においても金属探知がされず秘匿性においてこれ以上ないことは言うまでもない。
「安心して……触っても苦しいだけだから……死にはしないよ」
そう言われても触られただけで危険なのだ。それが両手……同級生には莢竹桃と言う毒使いがいるがそいつは爪に仕込んでいた上に左手だけだ。それに対して手全体が毒と言う利点……更に両手と言う手数の利点……かなり危険だ。だが、
「退けぬ!」
そう叫び陽菜は袖から分銅を出して投げる。
「遅い!」
だが瞬時に間合いを詰めた夏候黽の手が来る。
「くっ!」
それを何とか回避する。鉤爪とは違い掠っただけでも戦いに関わる。
「ハァ!」
そこから逆の手の突きだし……
「チィ!」
それも回避するとバックステッ……
「っ!」
そこに足の甲に鋭い痛みが走り動きが止まる。
「さっきは止められたけどね……」
二発目の含み針を吹いた夏候黽は薄く笑いながら間合いを詰める。
「私たちみたいな暗殺者タイプは相手の裏をかかないとね!」
ドン!っと遂に制服の裾から手をいれてきた夏候黽の毒手が陽菜の腹に当たる。
「あがっ……」
そこに走った痛みは明らかに打撃を食らった痛みではない。まるで硫酸を掛けられたような痛み……毒手を喰らったときに感じる独特の毒が染み込んでくる感触……何より皮膚が焼けるように熱くなっていく。
「あ……がぐ……」
陽菜は腹を抑えて膝を着く。
「あ……う……」
痛みだけではない。たった一度食らっただけで毒に犯されたのが分かる。精神が奪われていく……だが、
「ま、だでござる……」
忍者刀を杖代わりに陽菜は立つ。
「スッゴいねぇ……普通は痛みと毒を受けたって恐怖で立てなくなるんだけど……」
「その程度……ねじ伏せるに決まってるでござろう……」
陽菜は構える……
「やっぱり師匠に勝ったって言うため?」
「無論……そして師匠にお誉めいただく」
「でもさぁ……君って脈なくない?」
「…………」
陽菜は眉を寄せる。
「いやさ、師匠って遠山キンジの事でしょ?あの人って女の人に囲まれてはいるけど基本的に神崎アリアしか普段から意識はしてないっぽいじゃん?そりゃくっついたり酔った勢いでキスされたら照れたりするけどそれだけじゃん?異性として好意を持ってるのは「そんなことは百も承知でござる」……」
陽菜は打って変わってしっかりとした足取りで相手を見据える。
「そんなことは分かりきっていることでござる。拙者は未だ後輩と言う目で見られている上に師匠は様々な女人をタラシて行く割にはアリア殿一筋……そんなのは幾ら男の経験が皆無に等しいというか0の拙者にでも分かってしまうでござるよ……」
陽菜だって異性として見られていないのなんて分かってる……キンジが女タラシのも分かってる……キンジが鈍感なのも分かってる……女心に無知なのも分かってる……昼行灯なのも普段は情けない部分があるのも……そして一番大切なことだが自分は例え世界がひっくり返ったとしても
「拙者が師匠が好きと言う事には何ら意味もない事実でござる」
陽菜はしっかりと言い切った。
陽菜は何時だって言い切れる。キンジはそれでも自分の愛する人だと……お人好しで何だかんだで面倒事を親友と背負い込んで命掛けて死にかけて……それでも懲りずに立ち向かっていく……いざというときは便りになる愛しき人……それが陽菜にとって遠山キンジと言う男だ。
「中々慕ってるようね……でも!」
「っ!」
陽菜に二発目の毒手が迫る。
「がっ!」
今度は首……首に走る焼け着くような痛みに陽菜は顔を顰める。
「負けてちゃ意味がないのよ!」
「それだって……」
陽菜は遠退きそうな意識の中でも叫んだ……
「分かってるでござる!」
そう言って陽菜は普段から着けてる防毒マスクを外すと何かを吹いた。
「ぐぁ!」
鼻を襲う痛み……
「敵に含み針を当てるときはその後再利用されないようのするべきでござるよ……」
そして陽菜は夏候黽の頭上を越えて跳ぶと何かを引いた。
「なっ!」
すると夏候黽の首に巻き付く鎖……先程投げた鎖分銅の鎖が首に巻き付き夏候黽の体を床から離しぶら下げる。
「が……ぐ……」
じたばた暴れるがもう既に遅い……
「先程投げた鎖分銅……あれは外れたのはわざとでござる。とは言え毒手には当たる気はなかったため計算違いもあったでござるが……」
「あ……ぐぅ……」
陽菜は更に絞める。
「お主は相手の裏をかくのが暗殺者だと言った……確かにそうでござる。だが……拙者は忍び……忍びは【相手の裏のそのまた裏をかく】……そう言うものでござる」
「ふう……ま……ひなぁ……!」
夏候黽は呪詛のように呟くとそのまま遂に頸動脈を絞められて脳に酸素がいかなくなったため意識を手放す。
「そう……拙者は風魔 陽菜」
陽菜は鎖から手を離して夏候黽を下に落とす。
「伝説の忍・風魔小太郎の末裔にして主君・遠山キンジの影なり……」
その宣言は同時に陽菜の勝利宣言でもあった……
「さて……恐らくは……」
陽菜は気を失った夏候黽の服を調べる。すると小瓶を引っ張り出した。
「やはり解毒剤を持ち歩いておられたか」
毒手は水からの手を毒を染み込ませて行う技だ。何かしらの拍子に犯す必要のない相手を犯してしまったりすることもあるし何より常時毒を体に着けておくのだ。余程毒に耐性がある人間でなければ定期的に解毒を行わなければならない。故に解毒剤を持っていると思っていたがやはりそうだった。
まあ毒手自体もそんなに強力ではないようだしこれを飲んでしばらく安静にしとけば大丈夫だろう。
「拙者も毒使いには碌な目に会わないでござるなぁ……」
陽菜はそんなことを呟きながら解毒剤を煽った。
――――――勝者・風魔 陽菜――――――