IS〜異端の者〜   作:剣舞士

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今回まで思い出に浸るデートになります。




第31話 想い出巡り

「ほら一夏、ここに座んなさいよ」

 

「お、おう……」

 

 

カウンター席に腰掛けた鈴は、その隣の席をポンポンと軽く叩く。

それに従い、一夏も座るが、相変わらず視線はのそのそと歩いてくる弾に向けたままだ。

 

 

 

「ほら、あんな奴気にすんなっての。メニューここにあるから、好きなの選びなさいよ」

 

「ああ、ありがとう。って、やっぱ慣れてるな、鈴」

 

「まぁね。もうここに来たのって、数え切れないくらいだからねぇ〜。どこに何があって、どんなメニューがあるのかは、だいたいわかるわよ」

 

「常連さんって奴だな」

 

「まぁ、同級生の店っていうのもあるし、値段も悪くなく、味は完璧。いやでも来ちゃうわ」

 

「なるほど……じゃあ、そうだな……。鈴のおすすめってなんなんだ?」

 

「えっとねぇ〜……」

 

「お前ら俺の心配しろよ‼︎ 特に鈴! お前あんなボディーブローかましておいて謝罪の一つもなしかよ!」

 

 

 

話を進めていた時、背後から謝罪を要求された。主に鈴……と言うか、鈴に対してだけなんだが。

改めてその人物を見る。

五反田 弾。鈴の中学時代の同級生で、よく連んでいたという腐れ縁の仲だとか……。

しかし改めて見ると、本当にピンピンしている。

おそらくは数時間くらいは気絶していてもおかしくはないであろう鈴の超弩級のスーパーボディーブローを食らっておいて、それでも動き回れるのは、ある意味天賦の才かも知れない。

 

 

 

(凄いなぁ……まるでバーサーカーだし……)

 

「何よ、うっさいわねぇ。ほら、とっとと働きなさぁーい」

 

(鈴、お前もひどいな……)

 

「ああ、そうそう。ここのおすすめはこの『業火野菜炒め』。これは味が安定してるから、絶対外れない。

個人的には、『かぼちゃの甘煮』とこの『豚の角煮』もおすすめ! 一夏はどれにする?」

 

「えっ? あ、ああ……そうだな、じゃあその野菜炒めをもらおうかな」

 

「ん。じゃああたし角煮で。よろしくねぇ〜弾」

 

「はいよ……ったく、相変わらずだな、お前」

 

「そりゃあそうよ。あたしはあたしだし……暇になったこっち来なさいよ。改めて一夏を紹介するわ」

 

「はいはい。じゃあ、また後でな」

 

 

 

そう言って、弾は厨房の方へと消えていった。

中からは何やら老人の怒声が聞こえて来て、何やら弾が怒られていたようだ。

一部の会話を聞いてみると、「店で暴れるな!」とか「忙しいんだから遊んでんじゃねぇ!」と聞こえて来た。

うん……別に暴れてないし遊んでもいなかったけどね。

そうして注文した料理を待っていると、少しずつではあるが、お客さんが捌けて行ってる様な気がする。

 

 

 

「んー……もうそろそろ暇になってくるわね」

 

「それならそれで、ゆっくりできるからいいけどさ」

 

「へいお待ち! 二人とも」

 

「おお〜! キタキタ!」

 

「おお……っ!」

 

 

 

 

二人の目の前に置かれた二品の料理。

一夏の頼んだ『業火野菜炒め定食』と、鈴の頼んだ『豚の角煮定食』

本当に出来たてを思わせる湯気のたった皿に、色とりどりの野菜と、肉汁が溢れる豚バラ肉。

鈴の方には濃厚な餡がかかった大きな角煮。箸を入れれば、簡単に切れそうなくらいに柔らかそうだった。

 

 

 

「よお、鈴! 久しぶりだな!」

 

「久しぶり、厳さん! 相変わらず元気そうね。それに、料理も美味しそうだし♪」

 

「あったりめぇよ! 一体何年ここで鍋振るってると思ってんだ!」

 

 

厨房から現れた厳つい老人。

弾の祖父にしてこの店の店長『五反田 厳』だ。

もちろん鈴とも面識はある為、この様に砕けた感じで話している。

 

 

 

「ほら、冷めねぇうちに食っちまえ!」

 

「はいはい。ほら一夏、食べよ」

 

「ああ」

 

 

 

カウンターに置いてあった箸箱から割り箸を取り出し、二人で両手を合わせる。

 

 

「「いただきます!」」

 

 

二人は割り箸を割って、互いの料理にありつく。

その間に、厳は役目は終わった……と言わんばかりに厨房に戻っていき、弾は配膳を終えてから、二人の元へと向かう。

 

 

 

「んんっ! 美味いなこれ!」

 

「でしょう! ほんと、変わんないわねぇ〜この味。う〜〜ん!」

 

「鈴、ちょっと一口くれよ」

 

「いいわよ。じゃああんたのとトレードよ」

 

「はいはい」

 

 

 

仲睦まじく、鈴と一夏は互いの料理を交換し合う。

そんな状況に、割って入ろうとしているものがいた。

 

 

 

「おい、鈴……早いとこその子を紹介してくれよ」

 

 

弾だった。

そう言いながら、先ほどから弾は一夏の方をチラチラと見ている。

まぁ、大抵予想はついているが、あえて言うなら、一夏は弾に女の子として見られている。

そして、弾にとってはドストライクに近いほどの美少女っぷりの一夏に、惚れてしまっている……と言った具合だろうか。

 

 

 

「ああ……こいつは更識 一夏。あたしの幼馴染で、今通ってるIS学園の同級生」

 

「よろしく。弾……って呼んでもいいか?」

 

「お、おう、いいぜ! それなら俺は、“一夏さん” ……でいいかな?」

 

「あぁ……いや、同い年なんだし、さん付けはやめよう。俺の事は “一夏” でいいよ」

 

「お、俺っ娘か……!」

 

「ん? どうかしたか?」

 

「ああいや、なんでもない! じゃあ、改めて、よろしくな、一夏」

 

「ああ……よろしく、弾」

 

 

 

二人は握手を交わし、互いに交友を育んだ。

 

 

「にしても、鈴にこんな美人の知り合いがいたとはな」

 

「何よ、あたしの知り合いに居たらおかしいっての?」

 

「いや、そうじゃねぇけどよ……でも、一夏のその髪……えらく綺麗だよなぁ〜」

 

「そ、そうか? 結構珍しいから、いい意味でも悪い意味でも印象深く残ってるみたいだけど……」

 

「いやいや! お前は可愛いって! そこいらにいる女子なんかより全然いい! なんなら、俺がいる高校の女子を差し置いて、絶対学校一の美少女だって太鼓判押せるくらいだぜ!」

 

「あ……あぁ。そうか、学校一の……美少女……か」

 

「ん? どうかしたのか?」

 

 

 

弾に悪気は一切ない。

実際、一夏の通っていた中学でも、一夏はアイドルともてはやされたのだ。

なら、高校生になった場合、大抵の男子は女子の事が気になり始め、誰が可愛いとか誰と付き合うだとか……女子にも似た様なものがあるが、告白したりと、青春を謳歌する時期だ。

そんな弾には、彼女がいない。しかも目の前に自分が通う学校の女子たちが立ち塞がろうが、全く歯が立たないであろう美少女が目の前にいるのだ。

弾としては、内心穏やかではないだろう。

 

 

 

「ところで一夏は鈴とは幼馴染なんだろ? 中学じゃ見かけなかったけど……」

 

「ああ……えっと、それは、俺が転校したからだよ。俺は小学五年の終わりくらいに転校したから、ここの近くの中学には行ってないんだ。

あっ、でも、さっき鈴に案内してもらったんだよ。本来なら、俺が通うはずだった中学だって言われてね」

 

「そうだったのか……。いやぁ〜あの中学に一夏が居たら、大変な騒ぎになっていただろうなぁ〜」

 

「まさか……。大袈裟じゃないか?」

 

「何を言ってんだよ。まだ鈴があの中学に通ってた時だって、他校から鈴目当てで見に来る奴も居たんだぜ?」

 

「マジか!?」

 

「何よ。あんたも一緒なって……」

 

「いやだってさ、鈴からそんな話聞いたことなかったし……」

 

「まぁ、特に話す事でもないかなぁ〜って。でもそうね……一夏が居たら、間違いなく話題にはなってたでしょうね」

 

「だよなぁ!」

 

 

 

そこから鈴と弾が、昔のことを話してくれた。

その昔、中学で鈴が授業を受けていると、遠方からフラッシュが焚かれたそうだ。

最初のうちは、何かの光が反射しただけだと思ったらしいのだが、事態はそう甘くはなかった。

それからことある毎に謎のフラッシュが焚かれる。

さすがにそれまで鈴にしかわからなかったそのフラッシュも、クラスメイト全員も認識する様になり、もしや、盗撮されているのではないかという噂になった。

だが、ターゲットが誰なのか、それが分からなかったのだが、そこで弾が提案した。

鈴を囮に使うと。すると、反対する生徒もいたが、鈴自ら立候補して、いざ囮役を実行。

すると、フラッシュが幾度となく焚かれ、その点灯場所まで教師たちが駆けつけると、隣町の高校生が、結構な金額の一眼レフカメラを手にしていたそうだ。

一連の盗撮騒動は、この高校生によるものだと判明し、すぐに事情を聞いたところ、部活の先輩たちに命じられ、鈴の写真を撮っていたそうだ。

そして撮った写真は、学校内の裏サイトで売買していたらしい。

一応警察沙汰にはならなかったものの、その高校生が通う学校に連絡がいき、すぐさまそのサイトは閉鎖され、犯行に及んだ高校生とその命令を出した先輩方を厳重に注意されたとか……。

 

 

 

 

 

「…………なんか、凄まじい中学生活を送ってたんだな……鈴」

 

「ほんと面倒くさかったわよ……。そんなの堂々と会いに来いっての!」

 

「でもまぁ、鈴でこれなんだから、一夏が居たならもっとやばいことになっていたかもしれねぇぜ?」

 

「うーん……うちの中学では、そんなのなかったけどなぁ……」

 

 

 

額に冷や汗をかきながら言う一夏だった。

確かに盗撮はなかった。だが、秘密裏に人気投票が行われたり、学園祭などで撮ったとされる実行委員の生徒が撮った一夏の写真を、コピー機のインクが切れるほど印刷したと言うのはあった。

それに、日常的に写真部がコスプレ衣装を着てくれと連日頼んできた事もあった。

ある意味、どっちの中学に行っても、同じことだったのではなかろうか……。

 

 

 

「まぁ、そんなものだよな……」

 

「ん? どうしたんだよ一夏。なんか、目が死んでるぞ?」

 

「いや、ちょっと昔のトラウマを思い出してしまって……。まぁ、大した事じゃないから大丈夫だよ、気にしないでくれ」

 

「そうか? それならいいんだけど……」

 

 

 

一夏の表情が暗いと思い、心配になった弾。

そんな時、裏手の扉が開く音と、そこから聞こえる「ただいまー」の声。

声は二人。若い女の子の声と、おおらかで優しそうな女性の声だ。

 

 

 

「おっ、やっと帰ってきたのか……」

 

 

 

弾が席を立ち、再び日厨房の中へと入っていく。

 

 

 

「帰ってきたって、誰が?」

 

「あーたぶん弾のお母さんと妹よ」

 

「へぇー、弾って妹いたのか……」

 

「まぁね。かなりいけ好かないけどね……」

 

 

 

そう言うと、鈴はそっぽ向いて口を尖らせる。

どうやら妹さんとはあまり気が向いてない様子だが……。

 

 

 

「ま、まぁ、付き合い方にも色々あるからな……な?」

 

「知らないわよ」

 

 

今度は完全にそっぽ向かれた。

若干頬を膨らませながら怒っている鈴。意外とそんな表情も可愛いなと思ってしまった一夏であった。

と、そんな鈴を微笑みながら見ていると、先ほど厨房へと入っていった弾が、再び店内に出てきた。

その後ろには、弾と同じ赤髪ロングの少女が立っていた。

 

 

「おう、悪りぃ悪りぃ……紹介するよ一夏。こいつが俺の妹の『五反田 蘭』だ。仲良くしてやってくれ」

 

「もうお兄ぃ、いいよ! 自己紹介くらい自分でできるっての……。あっ、すみません……改めまして、五反田 蘭です」

 

「いやいや、気にしてないよ。こちらこそ改めまして、更識 一夏って言います。よろしくね、蘭ちゃん」

 

「……ぁ……っ!」

 

 

 

微笑み、優雅にお辞儀をする一夏に、蘭は飲み込まれてしまった。

一夏の周りにはとても綺麗な雰囲気という名のオーラが見て取れたからだ。

薄桜色の長く綺麗な髪に、大きな瞳、笑顔が素敵な理想の女性像……。

そんな目の前にいる一夏の存在に、蘭は圧倒されてしまい、同時に弾に対して異常な目を向けた。

 

 

 

「お兄ぃ!」

 

「な、なんだよいきなり! 胸ぐら掴むなよ!?」

 

「この人とお兄ぃはどういう関係なの!? っていうかどこで知り合ったの!」

 

「俺もついさっきだよ。っていうか、痛いから離してくれ………!」

 

「ああ……ごめん。でも、なんでこんな美人さんがこんなところに?」

 

「悪かったわね、連れてきちゃまずかった?」

 

「え?」

 

 

 

 

一夏から……いや、一夏の背後から聞こえた声に、蘭は眉をひそめた。

何故なら、その声は蘭が聞き覚えのある声だったからだ。

兄と一緒によく連んでいた為、自然と自分も顔見知りになった。

何故だが “ある事” 衝突し、その話題になるといっつも言い争いになる人物。

その人物が、一夏の背後から呆れたような目で蘭の事を見ていた。

 

 

 

 

「り、鈴さん……!」

 

「久しぶりね、蘭。相変わらず元気そうで何よりだわ」

 

「ええっ?! 一体いつこっちに帰ってきたんですか!?」

 

「五月くらいかな? IS学園に転入したの、あたし」

 

「えええっ!? あ、ああ、IS学園にっ!?」

 

 

 

IS学園は国が立ち上げた世界で一つしかない高校。

ゆえに、その高校に入っただけでも、ISという世界で最もセンセーショナルな才能を認められたエリートそのものだ。

まぁ、最もその授業についていけなくてやめてしまう生徒もいるが、それでも、学園出身というだけで、色々と箔がつくため就職や進学には有利に働く。

そして今年は大いに世界が注目している。

何故なら、世界で最も稀少な男性のIS操縦者が入学したからだ。

 

 

 

「ち、千秋さんは元気にしてますか!?」

 

「あぁ〜〜……やっぱその話になるかぁ……」

 

「なんですか……いいじゃないですか! で? 千秋さんは元気にしてますか?」

 

「あーうん。元気よ元気。むしろ元気過ぎよ……毎回毎回決闘申し込んでくるし……」

 

「そっかぁ〜! 千秋さん、頑張ってるんですねぇ〜!」

 

 

と、両手を合わせ、天に向かって祈るように目を閉じる蘭。

まさかとは思うが、これは……

 

 

 

「なぁ、鈴。蘭ちゃんって、もしかして……」

 

「そうよ。こいつは千秋の事が好きなのよ……もう一目惚れだったわね。今でも思い出すわよ、この子と千秋かあったときの事……」

 

「ん〜……」

 

 

 

その昔、鈴と千秋が弾の家に遊びに行った時の事。

その時たまたま家の手伝いをしていた蘭に、千秋の事を紹介した。

するとたちまち、蘭の顔が赤くなり、目が恋する乙女そのものになっていたのを、鈴と弾は見逃さなかった。

そう、これが、蘭が千秋に一目惚れした瞬間だったのだ。

 

 

「なるほど……それであんなになってんのか」

 

「ほんと、騙されやすいんだから……。あいつのいい面しか見てないからあんな風に幸せいっぱいでいられるのよ。

あいつの本性を見たら、絶対に幻滅するわ……」

 

「まぁ、好いた惚れたは自然の摂理って言うしさ……」

 

「…………あんたがそれを言うか……」

 

「え? 俺、なんか変な事言ったか?」

 

「別にぃ〜……。自覚がないなんて、いっぺん死んで治した方がいいんじゃないかなぁ〜と思って」

 

「えげつねぇ事言うなよ。でも、千秋は昔からモテたからな……。蘭ちゃんもそんな感じなんだろう?」

 

「まぁね。あたしは別にそんな事ないけど……」

 

 

 

 

鈴は昔から千秋とはあまり仲が良くない。

弾という共通の友人がいて、偶々一緒にいる事は多かったが、それでも心底嫌だったに違いない。

 

 

 

「大体さ〜、あいつのどこがいいの?」

 

「そりゃあもうカッコいいところですよ! それに優しいところでしょう、頭も良くて、運動神経抜群とか、もう天才的ですよ!」

 

「…………」

 

 

学校で言われている千秋のイメージ。

それが蘭の言ったものだ。文武両道で運動神経抜群の天才学生。

それが千秋なのだ。

だが、鈴からすれば猫かぶりのうざい奴……と言った感じだった。

時折見せる上から目線の物言いや、学校内の序列の観念を持っていた事で、そのトップに君臨する自分が最強だと思っている節があったのだから。

そして、影でコソコソと弱い奴を嬲っていた事を、鈴は知っている。

その第一の被害者が、今自分の隣に座って食事をしている、大切な幼馴染なのだから……。

 

 

 

「あっ! そう言えば、今回のIS学園に、確かもう一人男の人が入学したんですよね?」

 

「っ…………」

 

「ええ、まぁね。そいつがどうかした?」

 

「ああいえ、別に特にどうという事はないんですけど……。そう言えば、名前……名前ってなんだったっけ?」

 

「ああ……そう言えばいたな、もう一人男が……。千秋意外にもいたってんだから、日本中が大騒ぎになってたな……」

 

 

 

ふとしたきっかけで、ようやくその事を思い出した蘭。

それに便乗して、弾もその話題に入ってしまい、その話題の人物は、心なしか肩身が狭い。

 

 

 

「ぷっ、ふふふっ……! どうよ、あんたが目の前にいるっていうのに……っ!」

 

「笑うなよ……。弾が気づいてない時点でこうなると思ったさ。蘭ちゃんも気づいてないみたいだし……」

 

「いいじゃない……どっからどう見ても女の子にしか見えないって事じゃん♪ いいわねぇ〜そんなに美人で」

 

「おい……それ嫌味が混じってないか?」

 

「さぁ〜? どうかしらね」

 

「なんだ? 二人して。ああ、っていうか、お前たちに聞けばいいじゃんか! 名前、もう一人の男の名前ってなんだったっけ?」

 

 

 

弾の問いに、ついに鈴が腹を抱え笑い始めた。

そして一夏もまた、そんな鈴をジト目で見ながらも、若干落ち込んでしまう。

 

 

「な、なんだよ……俺、なんか変な事言ったか?」

 

「ま、まぁね……! ほら一夏、教えてやんなさいよ……ぷふっ!」

 

「へぇ?」

 

「…………はぁ……」

 

「えっ? 一夏?」

 

 

 

一夏はため息を一つついてから、改めて、弾と蘭の方を向き直り、二人の顔を真正面から見直す。

 

 

 

「「ん??」」

 

「弾、それから蘭ちゃんも……。改めて自己紹介するね? 俺の名前は、更識 一夏。IS学園一年一組所属の男子生徒だ」

 

 

 

場がしらけてしまった。

何か、途轍もない爆弾を落とされたかのように、その場にいた弾と蘭は言葉を失い、なんと言葉を発すればいいのか、わからなくなった。

 

 

 

「えっ、は、はぁ? いやいや一夏よ、いくらなんでも……」

 

「そ、そうですよ……。そんな、一夏さんが男の人なんてこと……」

 

「だから、俺は正真正銘、男だよ?」

 

「「…………」」

 

 

 

再び二人が黙ってしまった。

そして、見かねた一夏が、こんな事もあろうかとジャケットの内ポケットに入れていた生徒手帳を取り出し、そこに表示されている一夏の顔写真を二人に見せ、同時に、名前、性別、年齢を記載している欄を指差して見せた。

 

 

 

「えっ? じゃあ……本当に……?」

 

「お、男の人……!?」

 

「だから、そう言ってるじゃないか。俺は正真正銘、男だよ」

 

 

 

 

その後、店内には二人の絶叫が響き、その後に厨房から飛来してきたおたまが弾の頭に直撃したのは、言うまでもないだろう……。

ついでに言うと、鈴と一夏の二人のところにもおたまとヘラが飛んできたが、一夏はそれをキャッチして、鈴は難なくかわして見せた。

何故か蘭にだけは飛んで来なかったのだが……まぁ、そこは可愛い愛孫である蘭の可愛さがあっての事だろう……。

 

 

 

 

「ぷはぁ〜、美味しかったぁ〜!」

 

「ああ、いいお爺さんだな……。まぁ、厨房から物を投げるのは感心しないが……」

 

「それが厳さんなのよ。よく食べに来る常連さんにだって、容赦なく投げるんだから……でもまぁ、それでも人気が落ちないのは、ひとえに料理の腕と、あの人柄なんでしょうけどね」

 

「ああ……それは同感だな。それで、次はどうする? だいぶ日も傾きつつあるが……」

 

 

 

あの後、一夏と鈴は店を出た。

鈴のおすすめする料理を堪能した二人は、やがて空か夕焼けろうとしている中、来た道をまっすぐ帰っていた。

今日はある意味、有意義な時間を過ごしたかもしれない。

過去の事は、あまり想い出としては残っていない……。でも、もしかしたら、今まで自分が見てきたものが、違って見えていたかもしれないと思った。

それだけでも、とても楽しいと思った。

 

 

 

「そうねぇ……じゃあ、最後に買い物にでも行こうかしら……。夏に向けて、色々買って置きたいしね」

 

「おいおい、ちょっと気が速いんじゃないか? まだタッグマッチトーナメントもあるんだぜ? その後でじっくりーーーー」

 

「ナンセンス‼︎ お洒落は先取りが肝心なのよ!」

 

「…………お前、身軽なのが取り柄じゃなかったけ?」

 

「別にそれがあたしの取り柄ってわけじゃないんだけど……。そ・れ・に! 私だってお洒落ぐらいするしっ!」

 

「はいはい……わかりましたよ。じゃあもう、学園に近いレゾナンスがいいだろうな。あまり遠くに行って、学園の門限過ぎてお仕置きは、洒落にならないからな……」

 

「あぁ〜……千冬さんのお仕置きは確かに嫌ねぇ〜」

 

 

 

鈴も千冬とは面識があるため、千冬の恐ろしさを身をもって知っている。

だから、鈴とて千冬が見ているとこで無茶な事はしないのだ。

 

 

 

「わかった、そこに行こうか」

 

「よし、最寄りのバス停で、バスに乗って行こう。それなら、いっぱい買い物する時間もあるだろうしな」

 

「そうね、そうしようか!」

 

 

 

二人は近くにあったバス停に向かい、レゾナンスのほど近い場所まで運行するルートを探し、そのバスに乗って移動を開始した。

そして、二人は目的地であるレゾナンスに到着。

その後は、今日最後の目的、夏物の衣服やアクセサリーを見に行くという目的を遂行するだけだ。

 

 

 

「よし、行くわよ!」

 

「はいよ」

 

 

 

鈴に手を引かれるまま、一夏はともにレゾナンスのゲートをくぐる。

まだ春と認識していいシーズンだと言うのに、すでに夏物を仕入れている店が見て取れる。

それに、店内に掲げられている広告にも『夏』『SUMMER』といった文字が目立つ。

 

 

 

「おお……確かに、夏を先取りしてるんだな……」

 

「ファッションなんかはそういうもんなのよ。なんなら、あんたも買ったら?」

 

「うーん……」

 

「一夏?」

 

「いや、俺はいいや……」

 

「ん? なんでよ……?」

 

「あぁ……いや……」

 

「ん?」

 

 

 

途端に一夏の目がどこか遠くを見ているような気がした。

一夏にとって、外見の問題もそうなのだが、それと同時に問題となっているのが、服選びだ。

男にしては華奢な体つきであるため、メンズ服だけじゃなくてレディース服のサイズですら、一夏の体は着れるのだ。

と、いう事は……自然と服選びでも、一夏はおもちゃにされていたわけで……。

 

 

 

「いや、ちょっと……またトラウマを思い出してしまってな……」

 

「あんた……どんだけトラウマ引きずってんのよ……」

 

「お前……小さい頃からずっとやられてきたんだぞ……俺……」

 

「あぁ〜うん…………ごめん」

 

「わかってくれるなら、それでいいよ」

 

「…………じゃあ、いっその事、あんたの服も一緒に見る?」

 

「……それ、ちゃんとメンズ服だよな?」

 

「………………」

 

「何か言えよっ!?」

 

「まぁ、大丈夫! あんたなら絶対似合うって! あたしが保証する!」

 

「そんな保証いらねぇし!」

 

 

 

顔を真っ赤にしながら完全否定する一夏だった。

その後、鈴の買い物に付き合った一夏。その買い物自体は、鈴の性格もあって買う物の量は少なめだ。

あとは適当に時間を潰して、学園に戻るだけだったのだが……

 

 

「あっ!」

 

「どうした?」

 

「あたし、買い忘れたものがあったわ」

 

「なんだ、そうだったのか? じゃあ、急いでーーーー」

 

「ああ、いいわよ。あんたは待ってて、すぐに買ってこれるものだから」

 

「そうか? なら、ここで待っているから……」

 

「はいはい」

 

 

 

そう言って、鈴はモール内に向かって走って行った。

一夏は、すぐ近くの通路にあったベンチに座り、スマフォをいじりながら、鈴を待つことにした。

 

 

 

(うわっ……刀奈姉からめちゃくちゃメールきてるし……!)

 

 

 

先ほど鈴と想い出巡りをしている時から、幾度となくスマフォが震えていたのを思い出した。

その時から、なんとなく相手を予測してはいたが、やはりというかなんというか……。

 

 

 

 

 

今鈴ちゃんとデート中なんでしょう?

あまり羽目を外し過ぎないこと! お姉ちゃんからの命令です!

 

 

 

ちょっと! ちゃんと送られたメールには返信をしなさい!

それとも何? 返信できないようなことしてるんじゃないでしょうね?!

 

 

 

ちょっと? 一夏、あなた本当に大丈夫よね? お姉ちゃん、信じていいのよね……?

 

 

 

…………とりあえず、返信しろ

 

 

 

 

 

(こわっ! 怖いよ……! メール返信しなかっただけで、なんでここまで怒るんだよ……!? そりゃあ、俺も悪かったけどさ……)

 

 

 

長々と綴られていたメールの内容に、少なからず恐怖心を覚えた一夏。

とりあえず、返信できなかった理由と、もうすぐ帰るという事を返信し、事なきを得ようとした。

 

 

 

 

了解。なら、遅くならないうちに早く帰ってきなさい。

それと、帰ってきたらちゃんと話してもらうからね? どこで何をしたのか、一から十まできっちり、みっちりと!

 

 

 

「マジか……」

 

 

 

もはや姉としての心配ではないのでは……?

という疑問を頭の隅に置いて、一夏は中々帰ってこない鈴のことが気がかりになっていた。

 

 

 

(なんかあったのかな……? それほど掛かるものではないとは言っていたが……)

 

 

 

周囲を見渡し、鈴がいないかどうかを確かめる一夏。

だが、その時、一夏はある事に気がついたのだった。

 

 

 

(あれ? なんだ、この違和感……?)

 

 

 

店の周り……いや、レゾナンス全体に、なにかの違和感を感じた。

だが、それはとても簡単で、それに気付けなかった自分を、今更ながらに責めた。

 

 

 

(くそっ! 違和感どころの話じゃねぇ……! なんで気付かなかったんだ!)

 

 

あたりを見渡した。

そこには、鈴の姿はおろか、先ほどまでそこで買い物をしていた客や、その客を相手にしていた店員の姿までいなかった。

つまり、レゾナンス全体から、人が消えたのだ。

それに、微かだが魔力の気配を察知し、なおかつそれを証明するかのように、店内の廊下には薄く靄がかかり始めていた。

 

 

 

「魔力の残滓を感じる……。ってことは、魔法使いの仕業か!」

 

 

 

一夏は即座に駆け出した。

エスカレーターやエレベーターを使わず、己の魔力で鍛えた脚力で一気に二回まで飛び上がると、トワイライトを展開し、抜剣。

そのままモール内を全力で走り、鈴を探す。

 

 

 

「鈴‼︎ どこだ、鈴!!!!」

 

 

 

声をかけようにも、鈴の返事が返ってくるわけでもなし、かと思いスマフォで連絡しようかと思ってはみたが、あいにく圏外。

これも敵の妨害とみて間違いなかった。

 

 

 

「くそっ!」

 

 

 

悪態をつきながら、一夏は近くにあった植木鉢を蹴飛ばした。

鉢は倒れ、中にあった土などは廊下にぶちまけられた。

だがその時、一夏の背後から、小さくではあるが、何かの音が聞こえた。

 

 

 

コツ……コツ……コツ……

 

 

 

 

「っ……!」

 

 

 

敵だと察知した一夏は、すぐさまリベレイトし、おまけにドライブまでかける。

もし鈴が敵の手に堕ちているのであれば、下手な事はできない。ならば、早々に倒して、情報を吐かせるのが先決だろうと考えたのだ。

そうしている間にも、音は次第に大きくなり、靄がかかったモール内の廊下を、誰かが歩いてきているという認識ができた。

 

 

 

「…………誰だ!」

 

 

 

一夏の問いに、相手は不敵な笑い声で答えた。

そして、やがて靄の向こうから、人型の影が見て、その影が靄を通り過ぎてようやく、その姿を現した。

 

 

 

「っ!? お前は……!」

 

「ふふっ、ふふふふっ……久しぶりだね、“兄さん”」

 

 

現れた人物。黒い外套にその身を包み、付属のフードをかぶり、顔以外が全て黒で覆われた人物。

白髪に赤い瞳……そして何より驚くべきは、世界的有名人と同じ顔を持っていたことだろうか……。

 

 

「お前、あの時の……!」

 

「やぁ、久しぶりだね兄さん。以前は遠くからでごめんねぇ……僕はもっと兄さんと遊びたかったんだけどさぁ〜。

スコールがダメって言うから、仕方なく僕の魔法を見せるだけで終わらせちゃったね」

 

 

 

あの時……イスラエルでの任務の際、研究所を丸ごと一つ消し去った空間作用系統の魔法を使った、白髪の千秋が、今ここにいるのだ。

ならば単純明快……この件には、あの亡国機業が関わっているとみて間違いないだろう。

 

 

 

「なんのつもりだ……何故お前がここにいる」

 

「ちょっとちょっと! そう慌てないでよ、僕はただ単に挨拶にきただけだからさ」

 

「挨拶?」

 

「そう、挨拶だよ。ちゃんとした自己紹介だって、僕たちはしてないじゃないか……」

 

「…………」

 

 

 

なんの警戒心もなく、ただヘラヘラとしているだけと男。

だが、名乗るというのなら、聞かない手はないだろう……。

 

 

 

「俺は更識 一夏……お前は……?」

 

「僕はね、うーん……苗字はないから、名前だけでいいよね? うん、オッケー! 僕の名前はねーーーー」

 

 

 

その男から聞いた名前に、一夏は眉をひそめるのであった。

 

 

 

 

「僕の名前はねーーーー “イチカ” だよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 






次回はシリアスに、そしてバトルになります!

新キャラも出そうと思いますので、お楽しみに!
感想よろしくお願いします(*^^*)


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