IS〜異端の者〜   作:剣舞士

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第26話 ドイツの冷氷

誰もいない校舎と校舎の間に設けられた中庭へとつながる通路で、激しくぶつかり合う視線。

更識 マドカとラウラ・ボーデヴィッヒは静かに互いを見ている。

 

 

 

「何故、貴様がその事を知っている……」

 

「あぁ、それはなぁ……えっと、まず自己紹介からしておくか」

 

 

 

体を射抜くような鋭い視線を向けながら、ラウラはマドカに尋ねた。

マドカはそれをさらっと流しながら、わざとらしく頭を掻いている。

 

 

 

「改めて。私の名前は更識 マドカ。更識と言う苗字に心当たりは?」

 

「っ! そうか、なるほど。対暗部用暗部の家系の者だったか……それならば納得がいく」

 

「話が早くて助かるよ」

 

「それで? どういった要件だ? わざわざこんな時間を狙ってきたのには理由があるのだろう?」

 

「ん〜〜」

 

 

 

ラウラの言う事は最もだった。

それも、わざわざラウラが一人になった時を狙って……だ。

だが、当のマドカはわざとらしく首を捻って考えるふりをする。

 

 

 

「まぁ、別に? 大した意味は無いぞ」

 

「…………はぁ?」

 

「いやな、わざわざこの極東の島国にまで来た同胞への挨拶に来たってだけだよ。ただそれだけ」

 

「…………」

 

「何だよ、不服そうだな」

 

「当たり前だ。大体、何でこの状況を選んだ? 別に挨拶などいつでもできたはずだ……わざわざ私が一人になった状況を選ばなくても良かったはずだが?」

 

「いや、だからたまたまだよ、それは」

 

 

 

 

いまいち信用出来ないでいるラウラ。

かと言って、マドカが嘘をついているようには見えなかった。

 

 

「まぁいい。同じ一年の生徒としてなら、仲良くやってやる」

 

「そりゃあどうも」

 

「だが、一つ聞かせろ」

 

「何だ?」

 

 

 

 

今度はラウラの方から尋ねた。

 

 

 

 

「同じ匂いとは何だ?」

 

「ん? あぁ、それね……」

 

「…………」

 

「別に大した確証は無いよ。ただ、そう思っただけだ。ほんと何となく、お前は私と……いや、私たちと似ている……そう思っただけだ」

 

「…………そうか」

 

 

 

 

マドカの言葉を本気と受け取ったのか、軽く流したのかはわからないが、そこまでで会話は終えた。自分の教室に戻るべく、マドカのとなりを通り過ぎるラウラ。

 

 

 

「私も何となくだが、“お前たち” を他人とは思えなかったがな……」

 

「…………」

 

 

 

 

最後の最後で、ラウラがマドカの横を通り過ぎる瞬間に一言。

その言葉にピクリと眉を動かすマドカ。

それも “お前たち” と言ったのだ……それが指すのは、間違いなく更識家の者たち。つまり更識四姉弟の事だろうと想像がつく。

 

 

 

 

「これはまた、面倒な事になったかもしれないな」

 

 

マドカにしかわからない何かを感じ取った。おそらく、彼女は放課後あたりに一夏の元を訪ねるだろう。

ただ、それで済めばいいのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

時間が過ぎていき、休み時間になった。

いまの時間は移動教室などで外に出ている生徒以外、誰も外にでていない。

ゆえに、校舎の屋上には、誰もいないのだ。

しかし、そこにはそれを見計らってか、二つの人影が見えた。

一人は銀髪ストレートの小柄な少女。もう一人は薄桜色の長い髪を、ポニーテールに結んだ少年。

そう、ラウラと一夏だった。

 

 

 

 

 

「んで、話って何だよ。ボーデヴィッヒ」

 

 

 

 

ここまでの間に一体何があったのか、順を追って説明する。

実習を終えてからというものの、次の授業の準備をしながら休み時間を潰そうとしていたら、急にラウラが一夏の席へとやってきて……。

 

 

 

「更識 一夏。すまないが、休み時間二人で話がしたい。屋上へ来てくれないか……?」

 

 

 

 

と言ってその場を後にしたのだ。

一夏の返事は聞いていない。何せ断られるかもしれないからだ。ゆえに返事を聞かず、ここに来ざるを得ない状況を作り出した。

一夏の性格から、まず無視することは無いだろうと思ったからだ。

そして、状況は今に至る。

 

 

 

「あぁ、わざわざすまないな。それよりも自己紹介をしていなかったな。私はラウラ・ボーデヴィッヒ。ラウラで構わんぞ、更識 一夏」

 

「これはご丁寧に……。俺は更識 一夏。俺も一夏でいいぞ、更識はあと三人はいるんでな」

 

「あぁ、知っている。そのうちの一人とあったよ」

 

「そうなのか? 誰と?」

 

「私が “最も尊敬してやまない人物によく似た奴” だったよーーー‼︎」

 

「っ!」

 

 

 

ラウラの最も尊敬してやまない人物とは、言うまでも無い。千秋の姉であり、自分の元姉である織斑 千冬以外に他ならない。

 

 

 

(マドカの奴、魔法を解いて接触したのかよ!)

 

 

すぐに接触したのがマドカだと気づく。

マドカの魔法は幻惑魔法。その魔法を使い、敵を欺くのもまた幻惑のなせる技だ。現にマドカは自身の存在感を幻惑によって惑わせて、周囲の視線を拡散させている。

 

 

 

 

「悪いな、うちの妹が変な事しなかったか?」

「いや、何もなかったぞ。ただ、同じ匂いがするとは言っていたな……」

 

「同じ匂い? ラウラとマドカが? それってどう言うーー」

 

一夏が尋ねるのを尻目に、ラウラは自身の制服のズボンのポケットに手を入れ、あるものを出した。

そしてそれを両手に持ち、指を通していく。

そこで改めて、その手にしているものが黒い手袋だという事が分かった。それも両手にはめて、手の甲の部分には、シルバーアクセサリーなんかについている十字架が取り付けられている。

 

 

 

「えっと、ラウラ?」

 

「同じ匂いとは……こういう事なんじゃないのかーーッ!」

 

 

 

 

右手を一夏にかざした瞬間、その右手から “何か” が射出された。

 

 

「っ!?」

 

 

 

《ストライク・ビジョン》の予知が知らせる。

咄嗟に左に避けた一夏。

その横を先ほど見えた何かが通り過ぎる。

その何かを一夏はしかとその目で捉えた。

 

 

(氷の……礫か?)

 

 

 

一夏の横を通り過ぎた氷の礫のようなものは、先端が鋭利尖っており、一夏の後方にあった屋上へとつながる校舎の壁を完全にえぐっていた。

 

 

 

 

「くっ! お前……何者だ……ッ!」

 

 

 

一瞬で一夏の心のスイッチが入れ替わる。

ラウラに対して、まるで排除すべき敵を目の前にしているかのごとく、殺気を一点に集中している。

 

 

 

「ほう……それが本当のお前なのか。いいだろう、今ここで、貴様の実力を試すのもいいかもしれんな」

 

「試す、だと? お前、もしかしてーー」

 

「亡国機業の工作員? 違うな、あんな連中と一緒にしてくれるな。もとより私は奴らと敵対している者だ、正式なドイツの軍人だぞ」

 

「なら何故それをっ……『魔法』を使えている‼︎」

 

 

 

ラウラの手にした手袋からはミッドナイトブルーの粒子が零れ落ちており、そこに現れる破壊魔法の魔法陣が、ラウラを魔法使いだと思わせる要因だった。

 

 

 

「今はそんな事どうでもいい。どうする? 殺るか、殺らないのか」

 

「…………」

 

 

 

静かに、ただ静かに一夏は左手をかざす。

 

 

 

「リベレイトーー‼︎」

 

 

 

左手に現れるトワイライトの鞘を掴み、抜剣。

それと同時に一夏の体から濃紫色の粒子が飛び散る。

 

 

 

「悪いが、そっちがその気なら手加減はしないぜ……」

 

「承知している。それだけ覚悟はとうの昔に出来ている……私は軍人だ。あまり、甘く見ないでもらおうか」

 

「了解した……じゃあ容赦なし、全力で行くぜーー!!!」

 

 

 

 

トワイライトを両手で握りしめ、一気に駆け抜ける。

ラウラもまた腰にさしていたサバイバルナイフを抜き放ち、軍隊式格闘術の構えで迎える。

 

 

 

「来い……最強の実力、私に見せてみろ!」

 

 

 

ナイフが魔法粒子に覆われ、そのナイフを振り抜く。

その瞬間、無数の氷柱が飛び交う。

 

 

 

「はあぁぁぁぁーーーー!!!!」

 

 

踏み込んで行く一夏は放たれた氷柱を避けようとせずに、トワイライトを右手で逆手に持ち、左足で踏み込むと左足を主軸にして腰の回転、腕の振りをフルで回転させ、剣圧による突風を吹かせる。

突風は飛んでくる氷柱を弾き飛ばした。

 

 

 

「俺にそんな魔法は通じないぜ!」

 

 

 

さらに踏み込む一夏。

再び順手に持ったトワイライトで、ラウラに斬りかかる。

ラウラもそれに対抗し、ナイフの角度を変え、トワイライトの斬撃を受け流す。が、ナイフから腕へ、そしてそのままラウラの全身にまで、斬撃の衝撃が電流のように流れてくる。

その後も攻撃を緩めない一夏。

ラウラの急所を狙って振るわれる斬撃。首元や胴体、足元を斬り裂くような斬撃をラウラは軍隊で培った運動能力を引き出し、躱して行く。

だが、それでも長くは続かない。

いくつもの斬撃を躱して行くうちに、態勢を崩してしまい、一夏に大きな隙を見せる。

 

 

 

「そこっ‼︎」

 

 

また一夏もこの隙を逃す事はない。

容赦なく振るわれる剣閃の閃きが、ラウラに迫る。

 

 

 

「チィっ!」

 

 

 

ラウラにトワイライトの刃が迫る中、右手に持っていたナイフを持っていくが、このままでは間に合わないと思ったラウラは、魔法を発動させると、手にしていたナイフの氷を纏わせる。

やがてそれは大きくなっていき、ナイフの刀身を覆って、大きな氷の刃を作り出した。

長さ的には日本刀と同じくらいの長さになり、柄の部分は氷でできた手甲のような物が出来て、見た目は中世のサーベルのようにも見える。

 

 

 

 

「っ!? 刀身を自在に変えれるのか!?」

 

「私の魔法は氷。水さえあれば何でもできる!」

 

 

 

一夏の斬撃を防いだラウラは、今度は左手に氷を集める。

今度は何もない状態から、右手に持っている氷のサーベルと同じ物を作り出した。

 

 

 

「私にここまで魔法を使わせたのだ、貴様ももっと本気になったらどうだ!」

 

「舐めんなよっ!」

 

 

 

激しく打ちあう二人。

だが、元から剣技の速さや体重差も相まって、押しているのは一夏の方である。

トワイライトとサーベルが打ちあう度にサーベルは砕かれ、また同じ物を作り、斬りこむが、再び断ち切られる。

 

 

 

「っ! 流石だな。やはり生半可な攻撃では通用せんか……ならば‼︎」

 

 

ラウラは一旦距離をとると、両手のサーベルを床に突き刺した。

すると、瞬く間に屋上の床は氷に覆われ、やがてその氷は鋭い牙になら。一夏に向かって波のように押し寄せてくる。

 

 

 

「これならば躱せまい!」

 

「っ!」

 

 

押し寄せる氷の刃の波。

だが、一夏は屋上を駆け抜ける。押し寄せる波を躱し続け、トワイライトを一閃。

斬られた箇所からボロボロと氷が砕けて消えていく。

 

 

 

「っ!? まだまだ‼︎」

 

 

 

流石に躱されたのには驚きを隠せていないラウラは、再びサーベルを床に突き刺す。

すると今度は大きな氷柱が何十にも現れ、天へと登り、やがて急速曲がったと思いきや、全て一夏に向けて降り注ぐ。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 

 

一夏はトワイライトに魔力を収束し、トワイライトの引き金を引いた。

 

 

 

「ユニオン!!!!」

 

 

トワイライトの能力。他人の魔力を込めた弾丸を装填し、引き金を引く事で他人の魔法を使えるようにする。

 

 

 

「《ソード・ダンサー》!!!!」

 

 

 

蒼い魔粒子。刀奈の魔法である神速魔法《ソード・ダンサー》の魔法が付加され、トワイライトが二対の片刃の片手剣へと変化する。

神速の二刀流形態だ。

 

 

「おおおおおおおっ!!!!」

 

 

 

向かいくる大きな氷柱の氷塊を、斬って斬って斬りまくる。

閃く蒼い剣閃と、飛び散る氷の粒が異様にも美しい風景を描いていた。

 

 

 

「くっ! これも防いだというのか……!?」

 

「お前、戦いには慣れているようだけど、魔法は素人だな。攻撃が単調すぎるんだよ」

 

「…………そうだな。たかが一年そこらで貴様に戦いを挑もうなどと、少し思いあがっていたかもしれんな……」

 

 

 

 

確かに魔法を習得して一年で、魔法使いの始祖たる一夏に挑むのは、かなり分が悪い。

だが、言い換えればたった一年でここまで魔法の技能を身につけているラウラは、いい意味で異常だと言える。

 

 

 

「だが、私にも引けない理由がある……こんなところで立ち止まるわけにはいかんのだ‼︎」

 

 

 

ラウラの決意の言葉。

その言葉と共に吹き荒れるミッドナイトブルーの魔粒子。

大量の魔力が、ラウラに集まるのを感じた。

 

 

 

「くっ! よせ! この場でそんな馬鹿でかい技を放てば、誰かを巻き込むぞ!」

 

「その心配はないだろう。既に対処はしているみたいだからな……」

 

「ん……っ!」

 

 

ラウラに言われて、改めて周囲を探ると、そこには “無数の刃” の切っ先が、ラウラに向けられていた。

 

 

 

「全く、まさかこうも強引に接触してくるとはな……」

 

 

 

屋上の入口のドアが開いて、そこから一人の女生徒が現れる。

 

 

 

「マドカ!」

 

「よう、なんかすごい事になってんのな」

 

「お前のせいだろうが!」

 

「おいおい、それはないだろう。私はただ、仲間に挨拶をしに行っただけだぜ? 勝手にケンカを始めたのはあいつだろうに……」

 

 

 

気だるそうに頭を掻きながらやってくる女生徒、マドカは、アスペクトである小太刀を右手に持ち、ぶら下げながらやってくる。

先ほどから感じる “無数の刃” は、《インビジブル・フィールド》によって展開した《イリュージョン・ブレード》だった。

 

 

 

「やはり、お前も魔法使いだったか……。通りでそんな感じがしたよ」

 

「そうか。貴様のは……幻惑魔法か。中々に手強そうな魔法使いだ」

 

「おいおい、まさか私と一夏を相手に殺りあうつもりか? 言っておくが、一夏に苦戦しているようじゃ、私とやろうと同じ事だぞ」

 

「そうかな? 殺ってみなくては分からんだろ」

 

「ほほう? 殺ると言うなら、止めはしないがな。いずれは戦う運命だろうし……ッ!」

 

 

 

ラウラとマドカ、二人の殺気が一気に高まる。

互いに小太刀とナイフ、小型武器の使い手同士である。

高まった殺気を解放するように、二人が急速に加速し、接近する。

互いの得物が衝突する、その時だった……

 

 

 

「ストップ」

 

「ん?!」

 

「うっ!」

 

 

 

 

突然第三者の声が屋上に通った。

視線を手すりの方、正確にはグラウンドの方へと向ける。

そこには、魔法で重力を打ち消し、浮遊している簪の姿があった。

 

 

「簪! っていうか、魔法見られるぞ!」

 

「大丈夫。空間を歪めて見えないようにしてるから」

 

「お、おい簪、別に私まで魔法をかけなくても良くないか?!」

 

 

 

マドカが抗議の声を上げる。

よく見ると、マドカとラウラの周囲には、水色の膜の様なものが覆っており、二人とも微動だに出来ない状態だった。

 

 

 

「ダメ、二人とも止めないと、また斬りあっちゃうから」

 

「わ、わかった、わかったって! もうしないから、早く解放してくれ!」

 

「ん、わかった」

 

 

 

簪のアスペクトである指輪から光が消える。それと同時に二人を覆っていた水色の膜が消えてなくなり、二人の動きの自由が確認できた。

 

 

 

「ふぅ……」

 

「今のは……空間に作用する類の魔法か……」

 

「そう。私の魔法は闇黒魔法《ガイヤ・グラビティ》。空間に作用して、重力を操る……今のも、二人の空間に魔法を使って、空間ごと動きを止めさせてもらった」

 

「なるほど、顔の見た目と相反して、意外と苛烈な魔法だな」

 

「そ、そんな事ないもん!」

 

 

 

いつの間にか殺伐とした雰囲気は、何処かへと消えて、何故かほのぼのとした雰囲気に包まれていた。

すると、そこに手を二回叩いた音が鳴った。

 

 

「はぁーいそこまで! 全員、生徒会室まで来なさい! これは会長命令よ」

 

 

簪と同じ水色髪の少女がやってきて、手に持つ扇子をバッと開く。

そこには達筆な字で『強制連行』の文字が。

 

 

「姉さん」

 

「一夏、それとラウラちゃん、校舎を破壊するのは止めて欲しいんだけどなぁ〜」

 

「いや、俺は破壊してないし。全部ラウラが壊しただけだから」

 

「それでもケンカをしてたのはあなたも同じでしょう? いいから、みんな来なさい。いいわね?」

 

「「「はーい……」」」

「うむ、心得た」

 

 

 

刀奈に強制連行され、生徒会室へと入っていく一同。

中には既に紅茶を淹れている虚と、お菓子を食べている本音がいた。

そのまま待合の席へと通され、みんな座る。

そして、“紅茶を飲む” 。

 

 

 

「えっと……なんで、俺たちはお茶飲んでるんだ?」

 

「え? 虚ちゃんの紅茶は世界一なのよ?」

 

「いやいや、そう言う事じゃなくてな……まぁ、確かに美味しいけどさ」

 

「恐れ入ります」

 

 

一夏の褒め言葉に一礼して去っていく虚。

確かに美味いのだが、いつまでとこうやって和んでいるわけにはいかない。

 

 

「さてと、そろそろいいか? ラウラ」

 

「うむ。さてとどこから話したものか……」

 

 

飲んでいた紅茶のカップを受け皿におく。

そして、一夏に対して向き直り、いきなり頭を下げた。

 

 

「更識 一夏。まずはお前に謝らなければならないな……。お前を試す様な真似をしてすまなかった」

 

「いや、まぁ……それより、どうしてあんな事をしたんだ?」

 

「実は、お前の……お前たちのその腕を見込んで、頼みがある」

 

「頼み? 俺たちって事は…… “更識家” に対して……って事でいいんだな」

 

「あぁ……。その力、『魔法』を扱えるお前たちにしか頼めないのだ」

 

「その事なのだけど……」

 

 

一夏とラウラが会話をしている中に、刀奈が会話の中に入ってくる。

その目的は、最も重要な事を聞くためである。

 

 

「そもそも、どうやってラウラちゃんは魔法を身につけたの?」

 

「……これは、私がシュバルツェ・ハーゼの隊長になったばかりの頃の話からせねばな……」

 

 

 

 

そうやってラウラは語り出した。

事の発端は、三年前。

三年前といえば、一夏がトレイラーのアジトを抜けた時期と重なるのだ。

その頃実験が行われ、一夏が魔法使いになって、研究所が何者かに襲撃され、その騒ぎに便乗して一夏が幹部の研究者を殺害した。

それが、三年前に起こった出来事。

 

 

 

「って事は、あの襲撃は、ラウラ達の仕業だったのか……」

 

「あぁ……。あの研究所は、昔から軍が様子を伺っていた研究所でな……その研究内容もわからず、迂闊に手を出すわけにはいかなかったのだが……」

 

 

 

そこまで説明すると、再びラウラは一夏に視線を向ける。

 

 

 

「その研究所に、お前がいるという事が分かったという事だ」

 

「え?」

 

「お前は、教官の事をどう思っている?」

 

「……どう、とは?」

 

「お前にとってあの人は、お前を見捨てた残忍な人だと思うか……」

 

 

 

ラウラの質問に、すぐに答えが出なかった。

自分は千冬の事をどう思っているのだろうか……しかし、いまだに自分は千冬の事を千冬姉と呼んでいる。

長年の癖だと説明をつけても、それでも……。

 

 

 

「そうだな……両親共にいなかったからな。あの人の事は、まぁ、大切な家族だと思っている……のかな。

悪い、どういう風に言葉にしていいのかわからないんだ……」

 

「いや、それは当然だろう……。だがな、私はあの人が、そう残忍な人だとは思わない。いや、思えないんだ」

 

「何故だ……?」

 

「…………」

 

 

ラウラは黙り込み、目を閉じ、深呼吸をひとつつく。

そして、開いた目で真っ直ぐと一夏の目を見る。

 

 

 

「あの人は……お前の捜索を、我々ドイツ軍に依頼してきたんだ」

 

「「「っ!!?」」」

 

「ラウラちゃん、それ、本当なの!?」

 

「あぁ……。ドイツ軍に来た依頼の後、例の研究所を張っていた偵察班の報告を受けてな……お前があの研究所に入れられたという情報が入ったんだ……」

 

「それで、ラウラ達は強襲してきたってことだったのか……」

 

「そういうことだ。だが、既にお前はあの研究所を抜け、更識家に引き取られた……」

 

「ちょっと待って! ラ、ラウラは、一夏が『織斑』だって知ってたの?!」

 

 

簪の発言で、改めて思い知った。

一夏が織斑 一夏であるということを知っているのだと。

 

 

「そう言えばそうだよな!? お前、知ってたのか?」

 

 

マドカが質問する。

 

 

「でも、今の一夏と、当時の一夏とは似ても似つかないと、思うけど……」

 

 

簪が疑問を提唱する。

 

 

「って言うか今の一夏は女の子よ?」

 

 

と断定する刀奈。

 

 

「男だよ! 性転換してねぇから!」

 

 

突っ込む一夏。

 

 

「いや、初めから分かっていたぞ?」

 

 

ノーリアクションのラウラという奇妙な状況だった。

 

 

 

 

「そうなのか……それは、知らなかった……。でも、俺は……」

 

「いや、別にお前を責めているわけではない。ただ、そのことだけは知って欲しかったんだ。

あの人は、決勝戦に出て、優勝して、二連覇という偉業出して、真の人類最強《ブリュンヒルデ》と呼ばれはしたが、ドイツ軍IS部隊の教官として赴任してきたときは、すごく……影のようなものがまとわりついていたようにも思えた……。

その原因が、お前を助けられなかった事だと言っていた」

 

「…………」

 

 

 

自分の知らないところで、そういう事が起こっていた……しかし、時既に遅い。

失った一夏の時間、幸せ、二度と取り戻せない関係性。今更言われたところで、どうしようも出来ない。

 

 

 

「すまない。気分を悪くしてしまっただけだったな……」

 

「いや、気にしてないよ。むしろ、その……ありがとな」

 

「礼には及ばないさ……それより、私はお前達に頼み事をする立場だからな」

 

「あーそれそれ! 私たちに頼み事って何だよ」

 

 

思い出したとばかりにマドカはラウラに説明を要求する。

先ほどは一夏の発見と、千冬の捜索依頼の話で横道それてしまった為に、再び話を戻す。

 

 

「単刀直入に言うとだな……」

 

 

ラウラの真剣な眼差しを、更識家全員が受け止める。

 

 

 

「私と共に、ある男を倒してほしいのだ」

 

「ある男?」

 

「それって誰?」

 

 

 

すると、ラウラは懐から一枚の写真を出した。

そこには、解像度があまり良くはなかったが、はっきりと写っている大きな筋肉隆々の大男の姿があった。

見た目はボディービルダーのような感じだが、着ていた上着やズボンはピチピチに張っていて、何よりその佇まいが、只者ではないと一夏達に警鐘を鳴らしていた。

 

 

「こいつは?」

 

「名前はわからん。だが、我々はこの大男を《バーサーカー》と呼んでいる」

 

「「「「バーサーカー?」」」」

 

 

 

四人の声が綺麗にハモったところで、再びラウラが説明を始める。

 

 

 

「ああ。我々ドイツ軍が、例の研究所を強襲してから何度かあの研究所を立ち入っては、調査をしていた。

そこで行われていた実験内容や、その実験記録、及び試験体の安否確認と、諸々を含めてな。だが、めぼしい発見はなく、調査自体も終了しようかと思っていた時だった。一年前、奴と遭遇したんだ……‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜一年前・ドイツ某所トレイラーアジト跡〜

 

 

 

 

 

「本日で調査任務は終了だ。最後になるが皆、己の任を忠実に遂行してほしい……では、作業に取り掛かってくれ!」

 

「「「「了解!!!!」」」」

 

 

 

ドイツ軍IS部隊『シュバルツェ・ハーゼ』の請け負った任務は、ドイツ某所にある研究所、ゴーストトレイラーのアジトと思しき研究所の調査と、調査隊の護衛任務だった。

シュバルツェ・ハーゼの隊長であるラウラと、部隊の隊員五名、計六名と調査隊二十数名を合わせた調査隊は、研究所の外部内部共に入念なまでに調査を行い、少しでもトレイラーにつながる情報を入手しようと躍起になっていた。

だが、気持ちとは裏腹にめぼしい発見はなく、ただただ時間ばかりが過ぎていった。

 

 

 

「隊長、やはり何も……」

 

「そうか……これだけ時間をかけても何も出てこないとなると……既に情報を抹消したか、あるいは……」

 

 

 

 

別の何者かに奪われたかーーーー。

 

 

 

その可能性も充分に考えられたが、そうなるとどうしてもその者達の追跡は不可能となってくる。

広大な敷地の中をどうやって探し、情報を入手したのかわからないが、相手方か一枚上手だった事を認めざるを得ない。

そしてやがて時間は経ち、陽が沈むと同時に闇夜が辺りを包んだ。

 

 

 

 

「これ以上の捜索は無理だな……各班、撤収の準備を! これにより、この調査隊の任務を完遂したものとする、急げ!」

 

 

 

ラウラの指示のもと、調査隊の研究者達は機材を直していき、シュバルツェ・ハーゼの隊員達も、ISを使って運搬活動に従事していた……その時だった。

 

 

 

 

「ぐあぁぁぁぁぁっーーーー!!!!」

 

「「「「っ!!!!!?」」」」

 

 

 

 

遠くから聞こえる奇声にも似た叫び声。

その場にいた全員が声の発生源へと視線を向ける。

そこには、巨大なISブレードを片手に、その声の主と思える人物を握りしめ、こちらに向かって歩いてくる大男の姿があった。

 

 

 

「な、何だ……あいつは……!?」

 

 

 

一瞬我を忘れ、その場で呆然としてしまった。

だが、すぐに気を取り直して、全員に指示を出す。

 

 

 

 

「調査隊の研究者達は急いで避難しろ! シュバルツェ・ハーゼ隊! 奴を捕縛せよ!」

 

「「「了解!!!!」」」

 

 

 

黒い機体が研究者達を逃がすために、その大男を取り囲む。

ラウラの専用機『シュバルツェア・レーゲン』と他の隊員達の機体ラウラのレーゲンの姉妹機である『シュバルツェア・ツヴァイク』。

ISが六機。それに対して敵は生身の人間が一人。どう考えてもラウラ達の絶対有利は約束されている……はずだった。

 

 

 

「ぬあぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

「「「っ!!!!」」」

 

 

 

その場に衝撃が走るほどの咆哮。

そして次の瞬間、その大男は隊員の一人を殴り飛ばしたのである。

 

 

「きゃあぁぁぁっ!!」

 

「な、何だと!?」

 

「そんな!」

 

「いつの間にっ!?」

 

 

 

人間ではありえない速度。それを見た瞬間、ラウラの中では既に賊の強さがわかった。

 

 

 

(これは教官と同等……いや、それ以上だーー!!!)

 

 

 

かの世界最強である千冬もまた生身でISに立ち向かうという常識外れな事をやってのけたが、この大男はそれを上回ったのだ。

一気に近づくまではいい……だが、だった一発の拳打でISを吹き飛ばすという荒技は、千冬は持っていない。

 

 

 

「各員! 銃火器の使用を許可する! 奴は人間ではない、遠慮はいらん! 全弾打ち込め‼︎」

 

 

 

ラウラのレーゲンからはリボルバーカノンが火を噴き、ツヴァイクからは容赦のない銃弾の嵐。

これだけの攻撃を受けたのだから、まず無事ではいられないだろうと誰もがそう確信する。

だが、予想に反して、大男はその “無傷の姿” を現し、圧し潰すかの様な殺気の視線をラウラ達に向ける。

 

 

 

 

「っーーーー‼︎ 何だ奴は……化け物か!?」

 

「隊長! このままでは……」

 

「チィッ! 総員、私が殿を務める! その間に戦線を離脱し、研究者たちの護衛と応援の要請を急げ!」

 

「た、隊長?! し、しかし!」

 

「急げ! 事態は刻一刻を争うぞ!」

 

「〜〜〜っ! り、了解!」

 

 

 

ラウラの指示により、隊員たちは研究者たちの護衛へと回る。

残ったラウラ、レーゲンの武装であるプラズマ手刀を展開し、大男を迎え撃つ。

 

 

 

 

「来い……っ! ここから先は絶対に行かせんぞ‼︎」

 

「ぬおおおおーーーーっ!!!!!」

 

「っ!?」

 

 

 

 

再び大男の咆哮が大地を揺るがす。

体中を貫く大男の叫び声。

そして、人間を超えたその動きは、まるでロケットの様な速度でラウラに近づいていく。

 

 

「くっ! 何なんだこいつは!」

 

「おおおおぉぉぉぉッ!!!」

 

「くっ!」

 

 

 

大振り上段から振り下ろした一撃を、ラウラは両手のプラズマ手刀で受け止める……が。

 

 

 

 

「んっ!?」

 

 

 

受け止めた瞬間に走る衝撃。

全身の筋肉と骨に振り下ろされた剣撃の衝撃が響き渡る。

生身の人間の攻撃をISを装備している軍人が受け止めているというありえない光景だ。

受け止めた瞬間にレーゲンの脚が地面に食い込む。

 

(本当に何なんだこいつは! これが、生身の人間の力か?!)

 

 

 

脅威的な大男の攻撃、姿、力に疑問を持ち始めるラウラ。

だが、その思考はすぐさま中断させられる。

 

 

 

「ぬおおおおーーーー!!!!」

 

「があっ!!!?」

 

 

上段から振り下ろした一撃を滑らせ、今度はラウラの腹部に一撃。

破壊の一撃とばかりの衝撃は、レーゲンの装甲をも破壊し、絶対防御を発動させる。

そして振り抜かれた一刀により、ラウラは瓦礫の山へと弾き飛ばされた。

 

 

 

 

「ごほっ……」

 

 

 

全身を駆け巡る痛覚。

口から赤い液体が零れ落ち、鉄の味が滲み出る。

朦朧とする意識、動かない手足。

 

 

 

 

(そんな……馬鹿な…私は、私たちは……)

 

 

 

 

そこでラウラの意識は途絶えた。

どれくらい意識を失っていたのかはわからない。

だが、目を開けた時には、既に朝陽が登っている時間だった。そしてその眼に映った光景に絶望した。

 

 

 

 

「ーーーーッ!!! くっそぉぉぉぉーーー!!!!」

 

 

 

 

目の前に倒れる隊員たちと、もはや人としての原型を留めてないほどに、潰され、ぶった切られ、息絶えた研究者たちの姿が、そこには広がっていた。

 

 

 

 

 




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