統制機構諜報部のハザマさん   作:作者さん

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独自設定があります。


ざうぇーるふぇいといずたーにんぐ

 風景が高速で周りを流れていく。だというのにその光景全てが私の頭へと流れ、そして理解していきました。

 『私』という存在が、『彼』という存在へと、変わっている、いえ、溶けている、という言葉が正しいのでしょう。

 同時に流れてくる『彼』という存在の情報。ただ押し責める急流のように頭の中へと駆け巡りました。

 

「お前は偽物だが本物だ。お前であると同時に俺でもある。だからこそわかるだろう?」

 

 『それは境界を通して見た、一人の青年の姿でした。

 甘い、綺麗なだけの世界に訪れた世界の汚点。それがその青年へと笑いかけました。

 その結果、無垢の、黒き獣の瘴気すら浄化するその少女を、『彼』は騙した。それが始まり』

 その時の感情が、その時の世界が、私も『彼』であったときのように歓喜という感情を見せました。

 綺麗なだけの、嘘だらけの世界。

 なんて気持ちの悪い世界なのだろう。そこに居ることの意味さえ知らず、誰もが自分の足元も分からず過ごしている。

 だというのに、顔に笑顔を張り付かせ生きている。隣の不幸も知らず、本当の幸福さえ知らない。

なんて、つまらない世界なのでしょう。

 

 だから、壊す。

 

 この嘘が満ちた世界を、限りある本当でリアルへと変えていく。そして世界には本当だけを残す。甘い、気持ち悪い、そんな世界を良しとしない。そのための力。そのための、『彼』……『テルミ』という存在の復活。

 私は、『彼』が見る世界に惹かれていくのが……いえ、『彼』へとなっていくのが感じます。

 周りに映る世界が何もない、無色へと変わりました。それは境界を通して見た、本来の私という存在の姿でした。

 この躰は、人形師レリウス・クローバーが本当の持ち主が宿すために作り出した。つまり、私という存在はもともとの持ち主へ躰を戻すために存在していたのです。

 だれもが生きる目的を持っている。今までそれを知らずにいた嘘の『私』はすでにここには存在せず、本当である私がここに居ます。

 それなら私は、ここで溶けていくことが本当になるための唯一でしょう。

 だけど、それも悪くはない。だって、私という存在がこの世界を『真実』へと導くための礎となるのなら。

 今だって情報の奔流は続いています。だが『私/俺』それでいい――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

『ハザマさん』

 

 

 

 

 

 

 

 だというのにその声が、聞こえたのです。

 

 風景は変わりました。

 いつか見た木の上、缶入りのお酒を飲みながら『マコト・ナナヤ』と酒盛りをする光景。

 記憶の焼き増しであることは、その光景を少し離れた場所で客観的に見ている『俺』がいるからだろう。くだらないことを話し、くだらないことで笑い、くだらない時間を過ごしている嘘の『私』という存在。

 なんて滑稽だったんだ、と一人ごちました。

 その姿は、人形がまるで自分のことを『本当』だと思い込みながら、真実さえも知らない『嘘』と笑い合っている。

 思わずその姿に嫌悪した。『俺』が獣臭いもの自体が嫌いだということもある。

 頭の中でイメージとともに、蛇のような鎖をその場で出現させた。アークエネミー、戦い方、殺し方。『俺』のすべてが躰へと情報となって巡ってくる。

 この空間に対してなぜか激しい嫌悪感を抱く。気に入らない。この光景が存在している自体、『俺』にとっては気に入らなかった。

 この空間が『私』の見る光景なら、終わらせる。こんな世界を『俺』は望んでいない。そのために……壊す。

 術式を発動する。アークエネミー・ウロボロス。自分の最たる力を今ここに発動させた。

 

 

 

 

 \さあ、始めよう。『俺』が望み『俺』が叶えられる世界に戻るために\

   \さあ、始めよう。『私』が望み『私』が愛しんだ世界へと戻るために \

 

 

 

 

 

「………………あ?」

 

 

 

 

 

 

 

 その声を出したのは『彼』でした。

 『私』が見ていた光景、マコトさんと私が談笑する姿へ向かって伸ばしていた『彼』の腕を、私は掴みました。

 瞬間、すれ違う二振りのダガーナイフ。首元へと向かう『彼』のそれをダガーナイフで弾き、術式による跳躍で互いに距離を取りました。

 

 

「「ウロボロス!!」」

 

 互いに向かう緑の蛇を模した鎖が宙の空間を掴む。鎖を収縮させつつ大きく円を描くように跳躍した『彼』は、懐の投合用ナイフをこちらへと投げ、そのまま構え、それを私はウロボロスを振るい全て叩き落としました。

 着地しだらりとした構えを見せる『彼』は、片手にダガーナイフ、片手の指に統合用ナイフを掴み、忌々しくこちらを見ています。

 風景が変わりました。

 そこは大きな円状の部屋。照明が存在しないにも関わらずぼんやりと視界が分かるその場所の名称が、境界から流れ込んできます。

 イシャナ、聖堂の最深部、ある『彼』が『真実』へと変わった場所。私にとってこの研究所が『真実』への入り口なら、『彼』にとってはそこが入り口だと言えるのでしょう。

 

「……なんでお前が此処にいやがる。ああ!? ハザマちゃんよ!?」

 

「なぜと言われましても……どうやらここ私の精神世界ですし。あ、ウロボロス使い方わかりましたよ。こんなに便利なら初めから教えてくれればよかったのに」

 

 ナイフだって馬鹿にできない値段するんですから……

 帽子を直しながらため息をつく姿を睨みつけてきます。ひょうひょうとした姿からは自分の気配も感じるというのに、完璧に『ハザマ()』へと戻っていました。

 

 私はダガーナイフを構えつつ、『彼』へと視線を配ります。相変わらず流れ込んでくる情報が邪魔だと思いつつも、『彼』の戦闘に関する知識は大したものです。

 ……というか、アークエネミーというトンデモ兵器を説明書無しってどんだけ危ないんですか。めちゃくちゃ重い隠密術式の魔導具だって説明書ぐらいありましたよ。

 くそ、今回の任務も結局魔導具壊れましたよぜったい。請求書とか来たらどうするんですかもう!

 それよりなにより……私に取りついていた悪霊とやらが面倒な人だった件について。どうしたらいいんでしょう。

 いや獣兵衛さんとなにやら陰険な仲でしたからなんとなくは分かりましたけど……とりあえず『テルミさんはマジ鬼畜』です。私? いやノーマルです。

 

「……境界からの知識はお前という存在をぶっ壊すほどのもんだ。馬鹿な科学者がゴミに成り下がったようにな。だから俺の魂と統合しようとした。俺ならそれをどうにかできる。……だってのに、どうしてお前が存在してんのにこの躰は汚染されない?」

 

「うーん……それなんですけど……、ほら、境界から主に流れるのは貴方の記憶なんですよね。なんか制限しているみたいですし、ちょっと世界の前後についての情報程度は入ってきましたけど」

 

 ただ頭がパーンになるほどの知識はありませんでしたね。流れてくる知識はほとんど貴方とかについての知識ですよ?

 それにゴミって、たしか今絶賛指名手配中のアラクネさんですよね? 下手したら私もああなってたんでしょうか?

 

「んー、いろいろ知りすぎてちょっと混乱しましたけど、貴方にとっては少し時期が遅れてしまったようですね」

 

「時期……だ?」

 

 おそらく彼の目論見だと、境界へと接触させ私が『無』であると理解させ、その間に魂を統合しちゃいましょうと、そういう考えがあったのでしょう。

 だからそのために私という魂の色が染まりきってはいけない。現に、イシャナでの青年は染まりきっていませんでしたから。

 『私は私であると同時に彼でもあった』

 それは私という魂が『彼』の魂に染まりきろうとしたから、そう錯覚しました。

 

「ただ、私は知ってたんですよね。貴方ではなく、私の中にある『真実』というものの形を」

 

 確かに私は喜び、悲しみという意味を貴方というフィルターを通して知りました。それから生きていった六年間、私は本当の私の感情へと出会うことが無かったのですから。

 死に対しては仮初の嫌悪感を抱き、酒を飲むという行為に嘘の喜びを知る。

 だから違和感がありました。思い入れることができなかった。なぜならそれらは全て偽物だったのですから。

 

「でも、私が『彼女』と話した時の感情は、『本当(しんじつ)』なんですよ」

 

 共にふざけあうことに対して、私は確かに『楽しい』という感情を見つけました。

 さっきの光景、木の上で空に描かれた花火を見たとき『綺麗』だと私は思いました。

 此処への移動中、居心地の悪い空気で話せない事が『寂しく』なり、『悩み』ました。

 私はとっくの昔に『彼女』のおかげで、『私』という存在を観測(み)ていたんです。ただ、それが今の今まで分からなかった。だから『彼』の魂に染まりそうになったということでしょうか?

 イシャナで自分の魂を染められ切ってしまった青年と私、立場はほとんど一緒だったと言えるでしょう。

 ですが私には『彼女』が居た。『私』という存在を友と呼び、共に笑いあうことのできる存在が。

 綺麗ではない、汚く暗い、戦慄も恐怖も慟哭も憎悪も満ち溢れている、諜報部という存在なのに『彼女』がいました。

 私も『彼』に染まっていないと言われればそれは嘘になります。行動を全て抜いて考えれば、確かに『真実』を重んじるその姿は私も嫌いではありません。『真実』が大切であるということも理解できます。

だからこそ、

 

「ですが今、貴方によって私の『真実』が壊されようとしている」

 

 ああ、なるほど、理解しました。

 これが憤怒。身体を熱くさせ、視界がわずかに狭くなる。胸から込み上げてくる破壊の衝動。そしてそれを抑える痛み。

 全て、消させるわけにはいかない。

 

「私は『統制機構諜報部のハザマさん』ですよ。決して『私は貴方ではない』。だからこそ『私』はこうして存在している。『貴方とは違うんです』」

 

 構えていたナイフの切っ先を『彼』へと向け、明確な敵対表示をしました。

 まったく、なにが破壊して真実を露わにしよう、ですか。私の生涯目標は、安定した仕事について結婚して適当に幸福になることでしょう。地味? 生涯目標が世界を滅ぼすとかより何倍もマシですよ。

 なんという黒歴史化。おそらく私の立場じゃなかった大爆笑してやりましたよ。……目の前のお方はその黒歴史の真っ最中でした。自重します。

 

「……ク」

 

 と、ナイフの切っ先を向けていた私でしたが、何やら彼の様子がおかしい。

 顔に手を当てているさまは、泣いているようにも見えます。

 

 

「ッくっくっく……ぎゃっはははははははははははははは!!! おいおいマジかよハザマちゃんそんなこと言っちゃうか普通。どんなギャグなんだよそれチョーウケるんだけどォ!?」

 

 心の底からおかしいと言った様子で、彼は腹を抱えて笑いました。大爆笑です。

 泣いているのかと一瞬でも思った私を殴ってやりたくなりました。

 

「うーん、そんなにおかしいことを言ったつもりはないんですけどね」

 

「おいおいおいおい素でそれかよおい! やっべツボに入った。っくっく、よくもそこまであの獣臭ぇ女に入れ込めたもんだな。まあー所詮『人形』ごときには人間の女は不相応ってことか!」

 

「いやーその『人形』の躰を盗人のように横取りしなければ存在できない『亡霊』様は言う事が違いますね。貴方充実できたことあるんですか? あ、申しわけありません。分かっているのに質問は失礼でしたね」

 

「おいおい本当かどうかも分からない感情に一喜一憂していた『人形』が充実を語んのか。そこまでいい女なのかよあの畜生はよ。今度穴貸せよ」

 

「御冗談を。自身が私の中でニートやってる引き籠りが女性の事を語れるほど経験があるんですか? おっと忘れてました、だから盗人になって私の躰を盗もうとしていたんでしたっけ」

 

「くくっ、よくもまあ人形ごときがそこまで舌が回るもんだ。知識を得てちょっと頭が良くなった気になっちまったのか?」

 

「貴方の知識のボキャブラリーは素晴らしいですね。こうして言われたいだなんて、ひょっとしなくても貴方マゾですね」

 

「くく、くっくっくっくっくっくっく」

 

「あはははははははははは」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………殺しますね」

 

「そんなに死にてぇならぶっ殺してやるよハザマちゃんよォ!!!!!!」

 

 ああ、頭にきた。私の事ならいい。だけど『彼女』を侮辱するなら話は別です。

 召喚された互いのウロボロスが空中でぶつかり合いました。

 彼もそれを承知でいたのでしょう。ひしゃげたウロボロスの鎖を収縮させ跳躍し、再度体を弾くようにこちらに飛来したようです。

 対して私は鉄鎖術を用いウロボロスを振るう。それをよけるために空中で再度撥ねた『彼』は懐のナイフを投合しました。

 高速で動くそれらに私の体は勝手に動き、さらに自分のイメージ通りに動かすことができる。

 この場所が私の精神世界であることもあるのでしょう。異物である『彼』の動きは、素の私でも見切れるほど陳腐なものでした。

 無論、そう思わせる行動だと私も理解していますけど。

 十数合打ち合った後、彼が投合し地面へと突き刺さったナイフを、つけられていた糸が収縮することによって再度私の死角から飛来する。

 実戦経験の差とも言えるでしょう。その行動によって体制を崩された私は、大きく地面を踏みしめ後方へと跳躍しました。

 そして、追撃するようにこちらへ向かうウロボロス。錬金によって強化されたダガーナイフで私はそれを止めようとしました。

 が、ウロボロスは私に到達する直前で止まっています。

 

「……は?」

 

「なに呆けてんだハザマちゃんよ!」

 

 ウロボロスの鎖を収縮することによる高速移動。一気に密着してきた彼のナイフが私の体へと向かい、それを私は弾いて……

 

「牙砕衝!」

 

 そう考えていた私の腕が、彼の弾くことを目的とした斬撃によって弾かれていました。

 こじ開けられるように構えていたはずの腕を遊ばせ、胸への防御をおろそかにする状態になったと気が付きましたが、身体はそうは動きません。

 何故、と考えてしまったのはほんのわずかな隙。

腕が先に動いたのは『彼』。今度こそ斬撃目的として動く彼の手を見て、私は瞬時に術式障壁を張ったつもりでした。

 

「んだそのチンケな術式障壁は!遊んでんじゃねーぞおい!」

 

 同じく解除の術式を斬撃に付加し、『彼』はその障壁を破らんと腕を振るいます。そして現れたのは魔素によって造られた三体の蛇。

 何度も解除を目的とした斬撃に障壁はほとんど破られ、その様子を見て『彼』は笑いました。

 

「ハッ、死ねオラァ!」

 

 猛獣を指示する獣使いの様に、手を前へと突き出しました。それと同時に蛇は衝撃はとなって私に直撃し、この体を吹き飛ばしました。

 息ができず聖堂最深部の壁へと直撃して、私は息とともに衝撃で傷ついた内臓の血を吐きだし、思わずうめき声が喉から洩れます。

 

「……あれ、やっぱり駄目でした?」

 

 まぁやっぱりこうなりますよね。『テルミ』さんの戦闘能力と私の能力なんて、比べることすら烏滸がましいですし。

 そのまま地面へと崩れ、それでも私は前を見ます。

 ゆっくりとこちらへと向かう『彼』の表情は、思うようにいかずイライラしている子供のようにも見えます。

 私はその姿を見て小さく笑ってしまいました。初めてそんな姿を見れたことが、ようやく『彼』の『真実』の一部を見えたような気がしたからです。

 

「何笑ってんだお前?」

 

 倒れる私を、踏みつけるように蹴り飛ばしました。

 

「なあハザマちゃん? 俺はお前が少しでも存在できるように尊重してやってんだ」

 

 再度、私の体を蹴る。そこそこ痛いです。

 

「何しろハザマっていう魂が存在したのは今回が初めてだ。そして、お前が居れば何かが変わる。この繰り返すくだらねぇ世界の輪廻が壊れるかもしれねぇだろ?」

 

 言いながらも、蹴られ続け、私は再度血を吐きだした。

 呼吸をしようとしても蹴られるたびにそれが肺から放出され、抜けていくようにも感じます。

 

「だってんのに何でお前は飄々としてやがる? 珍しく俺が尊重してんだぜ? その態度は気に入らねぇんだよ!」

 

 胸倉をつかまれ、私は無理やりに彼の顔と対面しました。髪は逆立ち、血管が浮き出るほど、『彼』は頭にきているようです。

 その状態に私は、深く考えることはありませんでした。すでに『彼』の頭は戦闘から拷問へと切り替えられ、私についてはボロ雑巾程度にしか考えていないでしょう?

 

「……ここ、私の精神世界だって覚えてます?」

 

「あぁ!!?」

 

 私の発言に怒鳴り返されました。キレやすいのは直したほうがいいんじゃないですか? 牛乳でも飲んで。

 

「だから私は大抵のことは再現できるんですよね」

 

「それでこの様か。『人形』様は言う事が違うなおい」

 

 む、先ほどの私の言葉の趣返しでしたか。いわれると結構悔しいです。

 ふむふむ、……境界には相変わらず接続され続けているようですね……。術式が正常に発動していることに私は心の中で安堵の息を吐きました。

 境界へと接続されているのなら十分です。足りない出力を持ってくることができますから。

 

「ですから、知識さえあればどんなことでも再現できるんです」

 

「……続けろ」

 

 ええ、夢の中で自由に空を飛べることを夢想する人もいるでしょう。ですが、その状態に至るまでの手順を理解しているとするなら、どうでしょうか?

 自転車の乗り方がわかれば、夢の中だって自転車に乗れます。料理の手順が分かれば、夢の中だって料理ができます。

そして……

 

「その再現には例外はあまり無いと私は思うんですよ。それに、この距離なら丁度いいでしょう」

 

 次元干渉虚数方陣は既に展開されている。『彼』が私を覚醒させるために展開したのだから、彼も覚えているだろう。

 

「例外はないというのは……たとえばそれが…………貴方の知っている『最強の魔導書』であったとしても、です」

 

「!!!! オイまさか」

 

 その為の知識は、既に境界を通して『彼』から私へと組み立てるための公式は流れ込んでいますから。あとは私ができると思い込むだけで術式は完成する。

 それは、少し前から現れた『死神』と呼ばれるようになった男の存在。

 そして『死神』が武器として振るう、その『最強の』魔導書。その製作者である『彼』からは、その手順と術式の方程式さえも私の中に入り込んでいました。

 そして蒼とその力を行使するために媒介にする中間地点は、私(ここ)に存在する。

 この躰はレリウス=クローバーによって作られた魔導書でもありまるのですから、公式を造ることは容易いことです。

 

「ッチィ!!」

 

「遅いですよ。もう構築は終わりましたから」

 

 拘束機関も存在しない。おそらく私が展開できる術式は『模造品の模造品』に過ぎないかもしれません。ですが、その力を今だけ、使うことができるとするなら、私は使いましょう。

 

 

「術式構成完了。蒼の魔導書(ブレイブルー)、起動!!」

 

 

 触媒となる魔導書はこの体。この体を中継地点として境界に存在する『蒼』を動力へと変え、私の目の前へと存在させました。

 急いで離れようとした『彼』の体を拘束したのは、紅い腕。

 私の肩から先に出現した、闇と魔素の塊で構成された腕は、鷲掴みにして『彼』という存在を吸収し始めました。

 『ソウルイーター』

 本来蒼の魔導書が持つべきはずだった窯としての機能ではなく、付加効果として存在する機能。完全に武器として蒼の力を使うための術式でした。

 私のコレは元々も何も無く、蒼を使い黒き獣のように魂を喰らうだけの術式です。

 あたりに赤黒い魔素が充満していきます。それでもぼんやりと見えていたはずの部屋の光景は既に存在せず、辺りには赤黒い魔素と蒼だけが存在していました。

 

「あ、がが……ぎぎ……」

 

「く……そが。俺の魂を喰らい尽くす気か!」

 

 蒼の存在とともにあふれ出てくる知識に、私の意識はオーバーヒートしそうになりました。

 薄暗いはずだった視界は既に紅に染まり、体は今にも崩れそうなほどの魔素が体内へと入り込んでいます。喰らう魂の恩恵で私の体はだんだんと傷が回復していきます。

 ですが完治してもなお喰らい尽くせないほど、『彼』の魂は強靭でした。

 

「ハッ、ひょっとしてテメェ馬鹿か!? たかが『人形』ごときに食い尽くされるほど、俺の魂は脆弱じゃねぇんだよ!!」

 

 それは知っている。

 『彼』は私とは違う。長く生きれば生きるほど、その存在が持つ魂は強靭で大きくなる。『彼』の魂はたかが七年程度しか生きていない私と比べるまでも無い。

 さあ、ここからは賭けです。

 『人形』が、その存在を『真実』へと変える為の最後の賭け。抑えきれなかったら私という存在は吹き飛ぶでしょう。

 術式を組み立てる。訳の分からない式に頭は許容重量を超えた椅子の様に軋みました。

 

「次元干渉虚数方陣術式解除ォ!!!!」

 

 私は自ら、蒼を行使するために必要な境界との接続を切りました。

 徐々に元に戻っていく私の腕、それを見て『彼』は口元を吊り上げると、動作を起すために、体へと力を入れたようです。蒼の行使するためには、私は境界への接続が無ければ話になりません。情報を直接境界から持ってきているため、私自身の力だけで起動しようとすれば発動は難しく、今まさに強制終了されました。

 ただ、そこに私の狙いはありません。むしろ、もう発動させ続ける必要が無いのですから。

 たとえば、子供の貯金箱を見ましょう。

 入っている額も少なく、一度部屋へと侵入してしまえば誰でも取ることができます。ですがもしもその貯金箱に大金が入っていたとしたら?

 簡単に手が伸びるようなところには置いておきません。頑丈な金庫の中に突っ込んどくのが正解です。

 これは全てに共通して言えます。そして…………

 

「第666拘束封印術式発動境界接続切断!!」

 

 放置すれば全ての魂を食らう最強の魔導書、それを『拘束』するための封印術式なら。

 それは本来暴走する蒼の力を封じ込めるための術式。本人には解きやすく、他人から解除するのは難しい。そうでなければ、魔導書の暴走をされてしまいます。故に、彼にとってこの拘束封印術式はシンプルでありながらも解除するのは難しいものです。

 そして、蒼の魔導書の力で削ぎ落とされた今の『彼』の魂ならば。その魂を封印することの難易度は遥かに低くなるでしょう。

 再び私の腕を中心に魔方陣が広がりました。展開と同時に召喚されたのは無数の鎖でした。私の体、特に『彼』を拘束する腕を中心に蛇を模した鎖が絡みついています。『かつて彼が受けた術式とまったくと言っていいほど同じ』。しかしそれでも十分です。

 同時に私の意識も削られていくように感じました。

 本来私が知り得ることができないはずの術式、適性があるかどうかも理解せず、私はただ目的のためにこの術式を発動しました。当然、その対価として私の意識は削られ、拘束しきれるかもわかりません。

 そこまで考えて私は口元で小さく笑いました。

 今まで知らない分からないの連続で、突如『彼』のせいで『彼』の全てを知ってしまった。一つぐらい分からないものがあったっていいじゃないですか。

 

「ハァァァァザァァァァァマァァァァ!!!!!!」

 

 彼が吼えた。

 その体は徐々に崩れ、私の腕へと溶け込まれていきます。精神世界だからでしょう、光の欠片が宙へとこぼれ、私の腕へと模様を描きました。

 蒼と魔素で作られた紅い腕の一部が砕け、『彼』の自由になった右手のナイフが、私の喉元へと向かっています。

し かしそのナイフが私の喉へと届くことはなく、指も手も光の粒子となったその腕からナイフだけが、カランと音を立てて地面に落ちました。

 その紋様がイメージさせるのは鎖。突如描かれたそれは、鈍く赤い光を放ち、『彼』を吸い込んでいるようにも見えました。

 紅い腕は砕け、残った私の腕は『彼』の喉元を掴んでいます。成す術は存在せず、粒子となって腕の文様へと吸収されていく『彼』は、最後に私を見て口元を吊り上げました。

 

「はははははははははははははははは!!!!いいぜ、今回は拘束されてやる! だがな、俺は消えたわけじゃねえ。『次』に、俺は必ずお前の躰を使わせてもらう!」

 

「まったく、悪役のテンプレのようなセリフを吐かないでください。まあ、……ご遠慮しておきたいところですよね?」

 

 あーだめですね、これ意識とんだかもしれません。

 彼の姿が消え、静粛だけが残った聖堂に、私は再び倒れこみました。精神世界ですから、肉体には特に負荷は無いと思いたいんですが……あーそういえば私諜報任務の最中じゃないですか。それにマコトさんが………

 その思考を最後に、今度こそ私の意識は完璧に落ちてしまいました。

 

 

 

 


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