統制機構諜報部のハザマさん   作:作者さん

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バングなし小説。物語はまだ進みません。


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 雷が響きレイチェルの周りへと飛来する。ソードアイギスと呼ばれたその魔法は彼女が仕掛けていた避雷針へと被雷し、辺りへ雷撃を拡散させていた。それを受けたのはユキアネサを杖の様にして身体を支えたジンだった。

 ジンの身体から反射の様に漏れた苦悶の声はレイチェルにとって耳障りな物だ。遂に体も支えきれなくなり、地面へと倒れ伏すジンへとレイチェルは近寄り見下ろした。

 

「……無様ね。与えられた言葉は聞かず、こうして時を経てもお兄さんに頼って泣いてばかり。自分で見ることも考えることもできない、何時になったら貴方は子供ではなくなるのかしら?」

 

「……きさ、ま」

 

「何その目は? 不躾に私を眺めれば、貴方が大人になってくれるのかしら? 小さな小さな『英雄さん』?」

 

 レイチェルにとってジンと言う存在は見苦しい、ただその一言に尽きた。世界から求められている役目が在る、それを全うしろなどと言うつもりは無い。だがラグナに縋り付いて足を引っ張るだけの存在に、思う事など無い。

 一度世界を滅ぼさなければ目を覚ますことすらしない、だからこそレイチェルはジン=キサラギに興味は無い。だがそれも言っていられなくなった。傍観者に徹していられなくなった、ただそれだけのこと。

 

 身体起こそうとしたが何もできず意識を落としたジンを見て、レイチェルは自分の背後にある気配に声をかける。何時からそこに居たのか、老執事の影がそこには合った。

 

「……ヴァルケンハイン、彼の手当てを」

 

「承知いたしました。レイチェル様、お茶の支度が整っておりますが、どうなさいますか?」

 

「遠慮するわ。少し、外を見たい気分だから」

 

――――――

 

 

 オリエントタウンはいつもの通りの賑わいを見せていた。統制機構支部がラグナ=ザ=ブラッドエッジによってテロ行為を行われた、という情報が飛び交ったものの、一部の場所以外に大きな被害も無く、さらに下層特有のコミュニティもある。未だ混乱が続いている場所も確かにあるが、喧噪が絶えないのはいつもの事である。逆に上層部が大混乱でいい気味だと思っている者も少なくは無いだろう。

 そんなオリエントタウンの一角に一人の少女の影が在った。階層都市の端から空を見上げる少女――レイチェルは、無表情の中にわずかながらの苛立ちを含ませながら佇んでいた。

この場所に来る少し前、ジンと対面し少し躾けたからだ。どの事象でも自分の兄の背中を追いかけるだけの子供、周りから持ち上げられただけの英雄の変わらない姿に苛立たないはずがなかった。

 何時までも自分で立とうともしない者に興味は無い。それが例え抗体と呼ばれ秩序の力であったとしても。そんな子供に躾けなければならない程、苛立つことは無い。子供――ジン=キサラギと躾けのついでに一戦交えて這いつくばせたが、そんなことはなんの気晴らしにすらなりはしなかった。

 

「よう、何か面白いものでも見えたのか?」

 

 そんな苛立ちを交えた雰囲気を出すレイチェルに話しかける人物がいた。

柔和な笑みを見せて軽く手を挙げた猫、正しくは猫人である獣兵衛は、軽くレイチェルへと尋ねる。

 目を細め冷ややかな視線を向けてレイチェルは面倒くさそうに応えた。

 

「……本当にそう見えるのなら、貴方のもう一つの眼も抉り落した方が良いのではないかしら? 片方だけでは不便でしょう?」

 

「ははは、両方無くなってバランスが良くなっちまうから止めてくれ」

 

 予想通りの辛辣な言葉を獣兵衛は軽く流して笑う。

 レイチェルとの面識はそれなりにある。ざっと100年近く知っているのだから、そんな反応が返ってくることは予想ができたのだ。

 

「悪くは無かったはずなんだがな。ラグナに変化が其処に在って、前に歩き出したんだからな」

 

「……はぁ。ラグナにえいゆうさんに彼、子供の相手をしている暇は無いのだけれど」

 

 何時から私は保育所の保母になったのかしら、と。冗談交じりに言うレイチェルに対して獣兵衛は思う。人類にとってはそういうモノではないか、と。監視と言ってしまえばいい方は悪いが、行く末を見守ってくれているという点では似たようなものではないかと思う。しかしそれを言葉にはしない。獣兵衛は空気の読める男だった。

 

 

「ん? じゃあジンはお前さんの所に行っていたのか。……やりすぎてはいない、よな?」

 

「散々ラグナに無茶していた貴方がそれを言うのかしら? 英雄さんのあまりにも幼稚な姿を見せられるのは、なかなか苛立たせてくれるものがあったわね」

 

 レイチェルの悪びれる様子もない姿に、額に手を当てて溜息を吐く。彼にしてみれば、せっかく治療した人物をまたボロボロにされたのだから、ため息の一つでも付きたくもなるだろう。

 

「成長を望まないわけじゃないんだがなぁ」

 

 しみじみと言う彼の中には、ラグナと一緒に連れてきたその人物への親心に似たものがあった。そんな獣兵衛の意志を知ってか、レイチェルは呆れるように答える。

 

「寧ろ貴方が過保護すぎるのではなくて? 前にも……いえ、これは貴方には関係のないことだったわね」

 

 レイチェルの不自然に切った言葉に内心で獣兵衛は首を傾げ、何か言いたげな視線を向ける。

 レイチェルが思い出していたのは幾つか前の事象での獣兵衛だった。ハクメンと対峙して、斬られかけたラグナとハクメンとの間に割り込んだのだ。尤も、その後でラグナはカカ族の娘と食い逃げをしているがそこは割愛する。そんな事象もあり、レイチェルとしては獣兵衛の行動に幾つか甘いと思える点が無いわけでもない。

 咳払いを一つして獣兵衛の視線を遮る。声をかけたのは実際のところ獣兵衛が先であり、空気を戻すことで本題を促す。

 

「それで、こんな話をする以外にも何か用が在るのでしょう?」

 

 昨晩第七機関で拘束されていたハクメンを解放し、オリエントタウンで合流するつもりだった。その合間に『抗体』であるジンへと顔を合わせ、自分と交戦して倒れ伏すその不甲斐なさに苛立って離れた数分後に獣兵衛と出会ったのだ。

 獣兵衛としても苛立ちが目に見えていたレイチェルへと話しかけたくは無かったが、用事がある以上話しかけるしかない。まずは、という事で簡単な世間話から入った。

幾らか気が紛れたのかいつもの表情のレイチェルを見た獣兵衛は、それに従い柔和な表情を引き締め静かな口調で答えた。

 

「『彼女』が向こう側に居る」

 

「……それは確かなの?」

 

「ああ、ジンを送り出してから襲撃されて、な。よくもまぁ逃げ切れたもんだと、俺自身も感心しているよ。家から『コレ』を持ち出さなければ、万が一が在っただろうな」

 

 獣兵衛が見せたもの、それはかつて暗黒大戦で使われた、短刀の形をしている兵器だった。

 短い言葉の中の意味を読み取り、レイチェルはわずかに目を見開いて問い返す。

 向こう側、すなわち彼女たちが敵対する側であるが、獣兵衛の言う『彼女』という言葉に特別な意味が在った。その意味を理解しているレイチェルだからこそ、訝しむ様に眉をひそめる。なぜならその『彼女』と呼ばれた存在は百年も前に命を落とした人物だったのだから。

 

「……無論、お前さんが動くことは無いだろうが……、万一に成りかねる相手があちらに居るという事は把握してほしい」

 

 獣兵衛がレイチェルにそのことを伝えたのは、警戒を促すためだった。『彼女』の使う魔法という技術は、場合によってはレイチェルの身を脅かす手段にも成り得る。

 

「……それは忠告? それとも心配していただけるのかしら?」

 

「はは、もちろん忠告の意味もあるが、大半が昔馴染みへの心配に決まっているだろう?」

 

 朗らかに笑う獣兵衛に裏は無く、おどけたようにウィンクする。暗黒大戦から長い時を経て、獣兵衛がミツヨシと名乗っていた頃と比べ大分柔らかい雰囲気を出している。そんな邪気のない笑みにレイチェルもつられたように小さく笑いを零した。

 

―――――――

 

 薄暗い空間はぼんやりと薄く発光していて、どこか機械の出す刺激的な強さが有りませんでした。驚くほど高い天井に照明器具やら電線を引っ張ってくるのも面倒ですし、そもそも一般人が入り込めない場所に電線を通す技師が来るはずがありません。

 それもそのはず、私が立っているのは世界でも正しい意味で十本の指に入る魔法使いしか入ることのできない部屋ですから。さすがに魔法使いで配線技術の持ったハイブリットな人は居ないでしょう。

 

「と、それでもココノエ博士が居れば何とかしてくれそうですよねぇ……いや、もしかしたらナインさんも…?」

 

 何時もの様に帽子を押さえ、しゃがみ込んだ身体を立たせる私こと、ハザマです。苗字は有りません。しいて言うならテルミとかクヴァルですけど、どっち使っても私がズタズタになる未来が見えるので、この際なくてもいいんじゃないかと思っています。

 そんな私が立っているのは夢の中でした。よく夢の中に居てどうすれば目を覚ますかふと考えてしまう明晰夢という現象がありますが、それをずっと継続している様な状態です。具体的に言えば、仮想空間で好き勝手に動けるような状態ですね。

 そんな仮想空間の舞台になっているのは、彼の過去でした。彼がまだテルミでなかったころの世界で、完全に変わった場所であるイシャナの最奥に私はいました。

 イシャナ――暗黒対戦時代には世界一安全な島と呼ばれた魔導協会の総本山です。

 

「こんな所に来たって、いったい私はどうすればいいんでしょう……ってうへぇ、初めから死体ですか」

 

 外に出ようと歩みを進めた私の足が蹴ったのは、人の半分ほどの体長の死体でした。血溜まりのなかに沈む身体は、本来あった薄い青と縞の毛並みを染め上げています。ただその身体は地面に固定、と言うより世界に固定されたように動きません。

 名前は確か……トモノリと言った獣人で、獣兵衛様の弟でいらしたような気がします。……凄いですね、彼。よく考えたら獣兵衛様に殺される理由がまた一つ増えたのですが。私キサラギ少佐を殺してしまったらさらに理由が増えたんでしょうか。今度少佐に会ったら真っ先に逃げましょう。抗体やユキアネサにロックオンされたらシャレに成りません。

 とにかく私はトモノリという人物について興味もありません。さっさと窯のあるイシャナ最奥の部屋から出ると、うんざりするほど高い階段を見上げて溜息を吐きました。

 

 聖堂の外は幾らか涼しくありますが、春らしい陽気な光が体に注がれるため肌寒い塔ことは無いようです。確かこの時期も春だった、と。私は彼の記憶を思い出しながら歩みを進めました。

 この世界には人っ子一人すらいません。ゴーストタウンに一人紛れ込んだような状態であるにもかかわらず、生活感だけは溢れる世界に違和感だけしかありませんね。そんな私ですが、とにかく人でも探そうと興味本位で足を校舎へと向けました。

 

「とはいえ、これが彼が見ていた世界ですか」

 

 この世界は彼の記憶です。だからこそ人は誰もいないのでしょう。何も感じることが無く、ただ生きていただけの時間に意味を見出すこともありません。他者にすら興味のなかった彼にとって、誰が居ようが居なかろうが世界は同じなのでしょう。

 

「トモノリさんが居たのは、まぁそういうことですね」

 

 蒼によって自分を確立し、完全にテルミさんと混ざり合うほんのわずかな時間。そのとき初めて周りに居る誰かに意味を感じ、世界に居ることの実感を得たからこそ、トモノリさんはあそこに倒れてオプジェになっていたようです。

 ではそれ以前に彼はどうだったのでしょう。何も感じることなく生かされていることなど、どこぞの素体と似たようなものです。だからこそ彼は自分を肯定する様に、人形と言う言葉をよく使っていたのでしょうか。

 まあ無感情な素体でもラグナという存在が居ましたし、彼にも彼女が居たので、何らかの感情は在ったのでしょう。でなければ、私自身が存在していません。

 私と言う存在自体が、彼の過去にテルミさんに影響を受ける前の記憶から造られたようなものです。今がいくらアレでも昔は何が悪くて良いのか、実感はなくとも知識と言う面では知っていましたから、私にもそれは受け継がれています。

 まあ、生活していたところが学生と諜報部、未成年と大人という大きな違いはありますけど。私も無気力で過ごし、マコトさんとも出会わなかったらあんなヒャッハーな感じになっていたのでしょうか。

 

「……いやーないですね。あんな前衛的な髪形は」

 

 あんなワックスで塗り固めたような髪型はちょっと……。「どうしたんですかハザマ大尉! もしかして剣山リスペクトですか!?」 と、マコトさんにもからかわれそうです。

 まあ、彼との最大の違いは、どうでもいい空間に対して意味を感じてしまったことでしょう。ごくごく当たり前に過ぎていく空間に対して、私はプラスの感情を得た。彼は何も持たなかった。それだけの違いだと思います。

 

「……ん?」

 

 旅行が趣味の一環でもある私ですので、ぶらつくことは苦でもありません。特にイシャナなんて場所は二度と来られる場所ではないので、のんびり見ていこうと学園にまで足を運びました。

 疑問の声を上げてしまったのは、人一人すらいない、合ったのは獣人の死体という世界の中に、倒れている影が在ったからです。階段近くの壁には罅が在り、そこに背中を預けるように崩れ落ちていたのは、フード姿の女性でした。イシャナで指定されている制服を着ているので学生でしょう。軽く柔らかなプラチナブロンドの髪がフードの下から見えています。

 その姿の持ち主を彼の記憶から引っ張り出し、やはりと思って軽く息を吐きました。

 

「あー、ええ、まあそうでしょうね。彼が『彼』であったころに印象が残っていた人物は、彼女ぐらいでしたか」

 

 トリニティ=グラスフィール。白金の錬金術師と呼ばれ、六英雄の一人でもあるその人物は、彼が唯一興味を示した人間であると言えるでしょう。その人物が、誰もいないはずの仮想世界で姿をつくり、倒れていました。

 どうやらどこぞのシスターは彼の中では人外なので除外されているようです。というか私にとってもあのシスターは不味いです。……いやまぁ『その魂』が私の術式の一つに使われているとから何とも言えないんですが。レリウス大佐マジ鬼畜。流石奥さんを人形に詰め込むだけ有りますね。

 さておき、私自身は彼女に思う事一つすらありません。お人好しな人物で話せば好感情を得るとは思いますが、何しろ会話の一つすらないですから。上司の奥さんを紹介されたって別に何も思わないでしょう、それと同じです。…………そういえば私の上司の奥さん人形になっているんですが……。考えるのは止めましょう。あれはただの鬼畜メガネです。

 彫像のように動かない彼女の顔に合わせるためにしゃがみますと、その表情がうかがえました。大きなメガネの下の眼は伏せられていますが、その端からは一筋の涙が滴っています。

 

「信じたいと思わせて最後の最後でドン! ……嫌ですねぇ、どうして私の周りは鬼畜しか居ないのでしょうか?」

 

 信じていた者に裏切られる、私も私が普通の人であるという思いを裏切られたわけですから、ショックであることは想像できます。帽子を指で回しながら溜息を吐くと、私はカグツチの支部に行く前に言った言葉を思い出して呟きました。

 

「だから私は言ったんですよ、最後に泣かせていくよりもマシだと」

 

 楽しい、だから笑う。嘘と偽りで塗り固められた世界でどうして、馬鹿みたいにへらへらとしていられるのか、そう彼は笑うでしょう。

 所詮は始点の違いです。私はただそうやって笑う事が楽しいと理解した、彼はそれを嫌悪した。テルミさんは……まぁどうでもいいですね。私にはもう関係のない人ですし。

 

「さて、そろそろ行きましょうか。どうせ居る場所は分かっているのですから」

 

 埃を叩いて立ち上がると、帽子を頭にかぶり直して踵を返しました。

 どうせ学園なんて大体どこも同じでしょう。ここにグラスフィールさんが居ると、なんとなく思ったから見に来ただけです。

 いい加減殺風景には飽きました。会話らしい会話が無いと人間は野獣に戻ってしまうそうですから、有意義な対話でもしに行きましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私とテルミさんはもう既に答えは出ています。

 

 では『彼』は何を思うのでしょうか。

 

 




次回『彼』の精神世界編はラスト。その次から話が動きます。
なお最初の方に見せたのはCルートの一部。

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