『甘い匂いは好きではない。その存在があること自体にイラツクこともある。
求めていたのは怒り、恐怖、悲しみ、慟哭、悦び。決して生暖かいそれではなく、常にその感情に餓え渇いていた。
その倒れ伏せる人影を冷めた視線で見る。浮かんでいた感情はなんだったのか、その情報は既に残されてはいない。
ただ悲しみと言ったその人物を憂うものではない。馬鹿が一人どうなろうが知ったことではなく、興味は既に別のモノへと移っている。
あなたは救いようのない馬鹿だ。
夢は此処で終わる。まるでこの先のデータを削除されたように、その先を知ることは無かった』。
―――――――――――
魔素中毒の検査と強く打った頭部の検査だけで、既に一日は使ってしまった。
ハザマさんがお見舞いに来て次の日の午前、手荷物もあまり無いから退院の準備は手早く終わり、午後には外に出ることもできるだろう。
後は着替えて部屋を出ていくだけ、ただその状態で私はベッドの上に座りながら、自身のことについて考えていた。
失敗は認める、いや、認めるなんて言うことすらおこがましい。だけど、それは失敗だったとしても本当に間違いであったのだろうか。
そう考えただけなのに体が震えた。ハザマさんの昨日の言葉を思い出す。信頼を失った、それが何故か恐ろしいことに感じてしまっていた。
「……切り替えないと、ね」
そう呟いても自分の心が沈んでいることだけが強く感じ、自分に対して舌打ちをしたくなった。
私は一体何を求めて居たんだろう。
今でも研究所での出来事を思い出し、吐き気もした。だけどそんな事は馴れだ。軍隊のような集団に居るのなら、いつかは直面しなければならない事だろう。
だったら何を? 自分のやったことを子供のように褒めて貰いたかった? ……だとしたら、自分で間違いだと思っていただけ、余計に滑稽に感じた。
目の前に有るのは真っ白な反省文の下書き。書く言葉が見つからず、筆は最初の行で止まったままだ。
自分がなんで沈んだままなのか、どうしてこんなにも悩んでいるのか、何を求めているのか。
目をつぶりゆっくり呼吸しながら思案した。
コンコンと、小さなノックの音が聞こえる。
多分看護師か医師が様子に見に来たのだろう。返答は特にせず、その扉が開くのを黙って見ていた。
「……へ?」
見えたのは統制機構衛士の帽子。青いベレー帽はふっくらと膨らんでいて、その下で金色の髪が顔を覗かせている。
指定の青いポンチョに身に纏ったその人物は、遠慮気味な表情をしながら恐る恐る扉を開けていた。
「し、失礼しまーす……」
「……ノエるん?」
私は呆気にとられて呟いた。
ーーーーーーーーーーー
「ふふふふふふ、我が策は成りました! どうやら情報も無事送られたようで何よりです!」
『…………』
「公的な立場で彼女を褒めることはでぎません、かと言って私的な立場で行くことなんて無理です。ならば! ワンクッション置けばいいのです!」
『…………』
「まあー、彼が本当に動いてくれるとは思いませんでしたが、“ユキアネサ”……いえ、“抗体”様々といったところでしょうか?」
『…………うぜぇ』
12月の上旬、ハザマはまるで独り言を呟きながら歩いていた。
勿論それが独り言というわけではなく、俺へと話し掛けているのだろう。一回で数分間しか身体を乗っ取れない以上、俺がその話を聞かないようにする術は無い。
周りの人間から不審な目で見られているのも無視して、ハザマは足取り軽く統制機構外の繁華街へと向かっていた。
『……んで、ワクワクドキドキのハザマちゃんは、俺にそれを言って何をしたいわけ?』
「正直不安で内心ドキドキなので、話してないと心臓とかもげそうなんです」
『わざわざ抗体を利用してまで行動したお前が言う言葉とは思えねぇな』
「仕方ないじゃないですか! 名案だ!って思ってヤバイことに気が付いたのはメールを送った後なんですから! ……いえ、たぶん大丈夫です。私、ハザマですから黒き獣とかと何の関係もありませんし」
『その関係者である俺を封じておいて関係ないとは、随分面の皮が厚いもんだ」
「あーーっもう分かってますよ! お願いですから意地悪して話し中に出てこないで下さいよ! 私が襲われます!」
視線はまっすぐ前の道を見ているはずだが、なぜかこちらへと向けられたように感じて舌打ちした。
出てくるな、だと? 出てこられないの間違いだ。
意識を落として、この世界の終わりまで寝ているのも悪くはない。だが、泣き寝入りすることが本当に『俺』だと言えるか、と問われれば否だと答えるだろう。
本気で困ったように此方へ話しかけてくるハザマ。馬鹿正直に口に出して会話をしているわけじゃないが、百面相するハザマに不審な目を向けられるのは不自然じゃなかった。
そんなことも気が付かず表情を変えるハザマ、本当に諜報部の人間なのか疑問にさえ思えてくる。
「(……いや、生まれてきた所が諜報部なだけ、か。コイツの本質はなんだ?)」
決まっている。どこにでもいる凡庸な人間だ。悪、善、正義、そんな言葉に無縁な、ただ流れるように生きる人間。ただ切り捨てる、目的のためにリスクを計算し、場合によっては躊躇わない。根幹のどこかは自分と似ている。
偶然生まれたこの『魂』。世界が終わり起点までまた戻ったとしたら、『俺』とは違いあっけなく消滅していくだろう。この男を『観測』しているのは……いや、どうでもいい。
そしてもちろん、俺の知識を
ならば一般の感性を持っていたとしたらどうするか。”方法がある”のならあがくのが人間だ。
だからハザマはもがくはずだ。偶然生まれ、そして二度と生まれぬであろう、『ハザマ』という
なら、『俺』はどうするか。
「(もがき、抗った最後の一歩で、その足場を無くす)」
成程、そのときのハザマの表情は甘美なものだろう。
希望から裏付けられた絶望を感じ、失意の中で消えていくその存在を見ることは、なるほど確かに胸が躍る。この上なく悪くない案だろう。
だが、だ。
思考は否を示していた。そしてその理由も俺の中では当の昔に理解していた。
「そろそろ待ち合わせの場所につくので、しばらく『落させて』いただきますね」
『勝手にしろ』
ハザマが施した封印術式の影響か、右腕の入れ墨に吸い込まれていくエネルギーを止めた途端、ハザマの頭の中で響いていた声はなくなっていた。
強制的に意識を止めるための術であり、『彼』が一日に数分間、ハザマの意思に関係なしに出てこられるように、ハザマも閉じ込める術を持っている。
その術式を施したハザマの足は、とある喫茶店の前で止まっていた。
昼ごろだからだろう、店内は賑わいを見せており、数人のウエイトレスは辺りを忙しなく動き、談笑の声は店内から外の道まで聞こえてきている。
注文を取った後のウエイトレスを捕まえたハザマは、予約名簿に書かれているであろう、自分ともう一人の名前を見つけさせ、その指定した席へと向かった。
店の一番奥に設けられた四人用の席は、外からも中からも死角となり、来るのはせいぜい注文を取るウエイトレスぐらいだろう。
そんな賑やかとは全く逆のその席には、ハザマの前に一人の青年が座っていた。
金の髪に黒いスーツを着こなすその青年は、先に頼んだのか紅茶を口にしており、自身の隣には子どもの身の丈以上の刀が立てかけられている。
近づいてきたハザマの存在に気が付いていたのだろう。見れば空いた片手には既にその刀は握られており、「お待たせしました」と小さく一礼したハザマに対して口を開いた。
「……来たか。上官を呼び出し、その上時間に遅れるのは諜報部の礼儀なのか? 大尉」
「それは申し訳ありません。ですが、プライベートなことなのですから、多少は譲歩していただくと助かりますね、キサラギ少佐」
――――――――――
一礼してから目の前の青年こと、ジン=キサラギ少佐の対面へと座りました。
こうして見て見ますと、世界の破壊者と対である秩序の力の持ち主とは思えませんね。いやまあ『彼』には完璧に意識を落として寝ててもらっているからですけど。出てこられたら私すぐに三枚おろしにされますから。
無意識のうちにユキアネサ握っているあたり、ユキアネサ自体は私のことを分かっているのかもしれません。私関係ないと高らかに宣言したくもなりますね。
「此方の義理は果たした。其方で掴んだ情報とやらを聞きたいのだが? ハザマ大尉」
「ああ、ではヴァーミリオン少尉は向かってくれたのですか。ありがとうございます」
ところでここにキサラギ少佐を呼んだ理由なのですが、ちょっと調べたところマコトさんの学生時代の友人、ヴァーミリオン少尉がキサラギ少佐の元で秘書官をやっているとのこと。調べなくても知っていますが、一応、です。
ちょっと私は慰めに行くのはおかしいですし、だったら友人呼べばいいじゃない、という発想に至ったわけです。
……正直その友人の上司が、“抗体”だったことをすっかり忘れてましたけど。
だからこそ私が知っている情報、ラグナ=ザ=ブラッドエッジについての情報をキサラギ少佐に売ることもできると考えました。対価は……とりあえずマコトさんの元気ってことで一つ。いえ、私にとっては死活問題ですし。
私自身は一般諜報員Aみたいなものです。デンジャラスな方々と何かしら関わりが少ないので、私の中にいる『彼』が沈黙しているだけで問題は少ない、と思います。
「情報、と言うには少々微妙なものかもしれませんが。死神、ラグナ=ザ=ブラッドエッジについての報告は既に……」
「入ってきている。そして、なぜ貴様がその情報が僕にとって有益であると知っている?」
「そこはほら、私は諜報部ですから」
諜報部という言葉がこれほど便利だと思ったことはありません。
本当は『彼』とか境界からの知識といった反則が原因ですが、諜報部という言葉は相手に納得させる力がありますね。
ここで出てきたラグナ=ザ=ブラッドエッジですが、最近では第九階層都市アキツで支部の建物を破壊したとのことです。
統制機構に恨みを持つのは仕方ないといえば仕方ありませんね。原因の半分は『彼』のせいですから。『育ての親の魂まで本当に回収して再利用しようとしている』みたいですし。今頃レリウス大佐の研究対象にでもされているんじゃないでしょうか?
……なんででしょう、私の周りには鬼畜しかいません。マコトさんだけが私の清涼剤です。キサラギ少佐に来ていただいて助かりました。ヴァーミリオン少尉だけ来てくれればもっと良かったんですけど。
「対価が同僚への見舞のみ、というのもおかしな話ですけどね」
「ほぼ無条件に近いのだから、貴様にも何かしらの目的があっての行動なのだろう?」
「ああ、そうですね。ほら、ナナヤ少尉が居ないと私ダメなんですよ? 結構好きですし」
勿論friendlyな友人的な意味ですけどね。そんな言葉を私の発言の中に込めながらキサラギ少佐に返します。
ですがなぜでしょうか、キサラギ少佐の表情が何とも言えない微妙な感じになってます。
言うなら凄くおいしいと思っていた食材がゲテモノだった、そんなときの表情に類似するのではないでしょうか?
「……まあいい。それで情報とは」
「こちらになります。既に挙げられた情報も記されていますが、全て諜報部で裏付けをとったものです」
私が取り出したのは、昨日まとめた報告書の束。現在指名手配中のラグナさんの行動分析結果です。他には多用されている迷彩術式のコード、外見情報、次の『カグツチでの出現日時』などを示したものをレポートにまとめました。
裏付けは『彼』と境界からの知識。諜報部でも行動分析は行っていますが、そんなチャチなものではなく究極の裏付けですね。もうアクセスすることも『絶対にない』ですけど。
どうせいろいろな要因を呼び寄せるために、ばら撒くであろう情報の一部です。問題ありません。
渡された資料を眺めるキサラギ少佐、待っている間私はランチセットをひとつ頼んでおきました。
選んだのはもちろんCランチ。ゆで卵が付いたそれは『彼』も大好きなものです。ゆで卵が。今は出てこられませんが。
メニューを見つつキサラギ少佐を窺いました。
口元でものすごく笑っています。私がいなかったら高笑いさえしていそうです。手に持つユキアネサも笑うようにカタカタと揺れていました。
抗体としての反応と、黒き獣の関係者に対して無差別破壊をするユキアネサ、両方を持つキサラギ少佐に人間としての意思が残っているのは、奇跡みたいなものです。
ですが私の視線に気が付いたのか、すぐに顔を無表情へ戻すと、資料をテーブルに置いて深く椅子へ座りなおしました。
「私が知る限りの情報はこれで全てです。この後はどうしますか? 私、昼食がまだなので済ませていくつもりなのですが。一緒にどうです?」
「いや、いい。僕はなぜか貴様は気に入らない。共に食事をしようとは思わないな」
「あらら、嫌われちゃいました?」
ユキアネサの影響もありますから、私を嫌うのはむしろ当然なのでしょうけど。
しかし私が嫌われようとたぶん『この先合う事も無い』でしょうから、私としてはどうでもいいのですが。
キサラギ少佐が席を立ち、私の後ろを通り過ぎていくのがわかりました。
これでようやく『彼』とも話せるようになりましたから、術式を解こうとして……
「一つだけ、聞きたいことがあった」
「…………………………はい、なんですか?」
後ろから声をかけられました。もちろん声の主はキサラギ少佐です。
心臓が跳ねるという思いをしたのは初めてで……いえ、わりと多いですね。獣兵衛様とか忍者、黒い獣の群れとか。
思わず首だけ向けて返事を返します。ほんとは不敬なんですけど、そんなことに頭はまわりませんでした。
何しろ相手は英雄で抗体でユキアネサなキサラギ少佐。『彼』を出していたら『もしかすると』私ごと切り殺されてしまうかもしれません。
「数日前、第四師団へ向けられた命令が出発直前に撤回された。とある研究所を強制捜査する命令が僕の師団へと送られていたものだ」
「それがなにか?」
「もっとも、それを不審に思い調べさせたが……さて。師団を動かせるほどの命令を変更できる人物が、わざわざ直接会いに来てさらにそこでは大尉を名乗っている。この話にどこか聞き覚えはないか?」
「…………さあ?」
「一つだけ聞く。貴様、『何だ?』」
…………一つだけ言わせてください。違います、人違いです。
直訳。テメェ、大尉じゃねえだろ! 何を企んでやがるこの糞ヤロウが! なぜかラグナさんの声で再生されました。
それ私じゃないです、人違いです。いや人物的には似たようなものなのかもしれませんけど、私じゃないです。
よーしやってくれましたね『テルミさん』。私の名前を使って発信された命令だってばれていますよ。なんで私の名前使っといて足をつっかかっているんですか。いや、今呼べませんけど。
というよりキサラギさん真正面から聞かないでください。内心で冷や汗の滝が止まりません。
「何、と言われましても。ただのハザマですよ。統制機構諜報部のハザマさんです。それ以上の答えが必要ですか?」
「……ふん、確かにそうだ。よくよく考えてみれば、僕には何の関係もない話だ。が、……やはり貴様は気にくわない」
と、そこで体を翻したキサラギ少佐は、振り返ることなく店を去っていきました。
元々答えなど求めてはいなかったのでしょう。もしくは、ユキアネサ自身が私へと警告を放ったのか、私にはわかりませんけれども。
「勘弁してくださいよ……ホントに」
どうしてこんなにも面倒な環境に私は生まれてきてしまったんでしょうか、と。思わずため息を吐きました。
ぼやいていても現状は変わりませんし、行動しているのは確かなのですが、分が悪いことこの上ないです。
視線を下し、手の中にあるつややかなゆで卵と対面しました。
とりあえず『彼』が起きるまでにゆで卵はいただいておきましょう。思考をいったん休めると、私は久しぶりのゆで卵へとかぶりつきました。
―――――――――――
久しぶりに見た旧友の顔は、士官学校に居たころとあまり変わりないように思えた。ところどころに見える抜けた様子や、頼りないけどどこか心に響く言葉もそのままだ。
最初の言葉もそこそこに、しばらくすれば昔と同じように会話も弾み、私は知らないうちに笑みを見せていた。
「それで急にキサラギ少佐に『出るぞ、五分で支度しろ』なんて言われたから、マコトにお見舞いの品を作ってあげられなくて……。せっかく新しい料理を覚えたのに」
「アーソレハザンネンダッタナー。(ありがとうございますキサラギ先輩! GJ!)」
ノエルの言葉に私は思わず乾いた返事を返した。
ノエルの料理の腕は壊滅的なものにさらに追い打ちをかけたようなもので、なぜそれで新料理ができるのか理解できない。
「キサラギ少佐も食べてくれたものだから、自身があったんだけどなぁ。ごめんねマコト」
「い、いいよべつに。急ぎの用事だったならしかたないからさ」
私はキサラギ先輩の勇気ある行動に敬意を示す! そういえば士官学校時代、先輩はノエルの料理を食べたことなかったんだった。食べてたら二度目は全力で回避しようとする代物だし。
私やツバキがやんわりと断ってしまうのは、ノエルの料理好きに拍車をかけてしまう原因なんだろう。
本人に悪意ゼロで悪意の塊を作り出すのはどんな状況でも辛いものがある。というか、自分で試食してよノエるん。
そこまで考えて不意に首をかしげてしまった。
キサラギ先輩との任務だというのに、こうしてノエルは私のところにお見舞いに来ている。こんなことをしていていいのだろうか?
「そういえばノエるん。キサラギ先輩と一緒に来たって言ってたけど、任務とかは大丈夫なの?」
「うん。キサラギ少佐が『ナナヤ少尉が負傷したと報告があった。僕は用事がある。少尉は病院へと向かっていろ』キリッ って言ってたから」
「ぶふっ、ちょっとノエるんキサラギ先輩の声マネやめてよ。……あれ? じゃあノエるんの任務って何?」
「えっと……あははは……」
「って、知らされてないのかい!?」
「あぅぅ……」
笑ってごまかそうとするノエルに思わずチョップ。
というかキサラギ先輩の「五分で支度しろ」の時点で、ノエルを荷物持ちなどの雑務をさせるつもりだったことは目に見えている。意外に黒いよ先輩。
相変わらずだなぁ、と私は思わずつぶやいてしまった。
キサラギ先輩がノエルを避ける。何とか仲良くなろうとノエルが気を利かせたりしようとする。失敗する。キサラギ先輩溜息。以後ループ。そんな光景が目に見えてきそうだ。
「で、でも極秘任務だったりしするかもしれないから聞けないよ。いつも出かける時とは違って私服っぽいスーツ姿だったし、疲労が溜まらないようにずっと荷物を持たされたりしてたし、少佐、ずっと飛行機の中でもピリピリしてたし……」
ノエるん、それ極秘任務違う、ただのお出かけ。たぶんピリピリしてたのは苦手なノエルが近くに居たからで、明らかに荷物持ちに利用されているよ。
でも言わない。なんかそんなノエるんがやっぱりいい。
……もしかしてこれがキサラギ先輩なりの愛情表現なのだろうか? 正直、ノエルへ普通に優しく接しているキサラギ先輩の姿が想像できない。
「マコト?」
「ん? ん~、やっぱり二人とも相変わらずだなぁ」
「そ、それって絶対良い意味じゃないよね!?」
「ん、そだね」
「マ~コ~ト~? うう……ひどい。半年ぶりに合ったのにマコトからもやっぱりそんな風に見られるんだ……」
むぅ~、と子供のように頬をふくらますノエル。思わずその頬をつついてしまった。うりうり。
「もう。そういうマコトはどうなの? 諜報部に配属されたって聞いたけど、うまくいってる?」
「あー、うん。そこそこかな」
ノエルの言葉に思わず目をそらしてしまう。
うまくいっているかどうか、と聞かれれば間違いなくうまくいっていると答えられる。ただの任務の失敗、それだけなのにいつまでも固執して、馬鹿みたいだ。
ずきんと、思い出したように胸が痛む。
切り替えようとしていたはずなのに、思い出しただけなのに、私はその痛みがとても大きく感じていた。
「マコト」
はっとして現実に戻ってくると、そこには近づいて顔を向い合せるノエルがいた。
じっとこちらを見るノエルの表情は固く、また真剣なものだと分かった。
「なにか嫌なこと、あった? さっきのマコトの顔、すごく辛そうな顔してたよ?」
「いやーなんていうかさ……やっぱり分かる?」
私の返答に対してこくんと頷くノエル。
知らぬうちに大きく溜息を吐いてしまった。半年程度とはいえ、諜報部やってるのにここまで分かりやすいというのは、正直自信がなくなる。
私は本当に諜報部としてやっていけるのだろうか。口から零れそうになった弱気を、無理やり喉の奥に押し込んだ。
せっかくお見舞いに来てくれた友人に心配をかけたくはない。ノエルの次の言葉を待って私は口を閉じた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………で?」
「え? なになにマコト?」
「いや、なにじゃなくてさ、ノエルが次の言葉を言ってくれなきゃ、なんとも私返せないんだけど。さすがの私も女の子とお見合いする気はないかな~?」
「ええっ!? そんなこと言われても……てっきり私はマコトが『あの上司セクハラが酷いんだよ~』とか、マコトが相談してくれるのを待ってたのに!? えぇっと、えぇっと……し、心配事があるならバッチリ聞くよ!?」
「……ぷっ」
真剣に私を見つめていたのが一気に崩れて、わたわたと慌てるノエル。それを見て、私は小さく笑った。
私のお見舞いに来たという時点で心配をかけていることは明確で、相談に乗る準備も万端だったノエルがおかしかったからだ。これでは相談するしかないじゃないか。
その友人の姿を見て、少しだけ楽なったような気がする。
私とノエルは友達だ。そういってしまっては少しズルい気がするけれども、少しだけ愚痴に付き合ってもらおう。
「う~、笑わないでよマコト」
「笑ってないってば。うん、じゃあちょっとだけ愚痴に付き合ってもらおっかな。どこにでもあるような失敗話だけどね」