統制機構諜報部のハザマさん   作:作者さん

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すてーじえくすとら

 それは、被験者で在った者のなれの果てだった。

 その少女が居た研究所では、疑似的に作り出された『窯』によってもたらす人体への影響、知識のサルページを目的として研究を続けられた場所だった。

 一部の部屋を覗きそこは『窯』の影響を少なからず受けることをコンセプトに建てられた、ハザマが知識を行き過ぎた研究者が知識を求めるために行く場所だった。

 その研究所の実験場、ほんの数分前にハザマたちが居たその場所に一人の被験者がいる。

 黒くタール状になった体は、その身体に歩合不相応な知識を身体に宿したことによる肉体の崩壊を常に続けている。

 だがそれでも他者の肉を食らえば生き続けることができるだろう。少女ともよべる年齢の顔面は、黒いタール状の液体となって床に斑点を作り出していた。

 

「…………」

 

「……B地区実験場で要救助者を発見、応援を要請します」

 

 クリーム色の服を纏い、白い仮面をつけた女の声。それが聞こえたと同時に、その被験者は顔に人間の顔を作り出した。

 擬態と捕食、後姿しか見えぬその衛士にとっては、無数にある魔獣の死体の真ん中に居る、という事実以外は、ただの少女にしか見えなかっただろう。

 数歩、衛士はその少女へと歩みを寄せる。それはその被験者にとっては、蜜におびき寄せられた虫と同じ。自身の糧でしかない。

 少女との距離が数メートルといったところで、その被験者はぐちょりと音を立てて黒いタール状の物質へと変体した。

 在り得ない角度に体をひねり、座った状態のまま衛士に向かって跳躍する。

 人を溶かす酸、その被験者は蒼からあふれ出した知識でその物質を体に構成し、それを使い捕食してきた。

 だから少なからず思っただろう、新しい肉が手に入る、しばらく生きることができる、と。

 

「おそらく貴女もなんの罪もない、むしろ擁護されるべき者なのでしょう」

 

 斬、と、その被験者にとって最も近く限りなく遠くにその音は聞こえていた。

 

「貴女は私の親友(とも)を傷つけた。私の剣に恨みや怒りがあることは否定はしません」

 

 鎮、と、脇差と呼ばれる短い刀が収められた音が背後から聞こえた。

 

「ですが……そうなってしまった者の先は在りません、命を喰らい散らせたその罪、私が引き受けましょう」

 

 背後へと移動した標的に向かって、被験者は再度とびかかる、

 と、同時に視界がズレた。

 左から先が下へとズレはじめ、右の風景が横へと倒れる。

 それは被験者の頭が下から切り上げられた脇差によって切り捨てられた結果だった。

 落ちて消えゆく視界に、衛士の仮面が外れる。そこに存在した表情は苦々しく、また小さく息を吐いたところだった。

 

「……断罪完了」

 

 小さく呟きその衛士は辺りの風景を見渡した。

 辺り一面に広がるのはピクリとも動かない、魔獣たちの血まみれとなった死体。その実験場を研究員が見下ろせるはずだった上に位置する強化ガラスは、真新しい赤い血によって染められていた。

 第零師団の他の団員がすでに行った結果だろうか、どちらにしてもその処理を行った者は体中が『真っ赤』な血に染まっているに違いはない。

 

「ハザマ大尉、ね」

 

 先ほどすれ違った親友の上官を思い出す。

 今回の任務では第零師団の制服へと、魔素への抗体素材を取り入れられている。『窯』の上に建てられたこの場所への対策である、最も、衛士たちは魔素が濃いとだけしか伝えられてはいなかったが。

 そして、その多少とはいえ濃い魔素の中で活動していたその人物は……

 

「……悪い人でなければいいのだけど」

 

 考えても詮無きことである。

 衛士はそう考えを纏めつつも警戒を続け、任務のための徘徊へと戻った。

 

―――――――――――――――

 

 

「はあ……鬱です」

 

 こんにちは、統制機構諜報部のハザマさんです。

 現在は統制機構技術開発部へと向かう通路を歩いている最中です。その私の視線は通路ではなく、身だしなみ用の手鏡へと向けられていました。

 

「……ストレスですね。ええ、特にこの呪われてる右腕のせいでしょうか」

 

「(今回は何の関知もしたつもりはねぇぞ?)」

 

 直接的には、ですけどね。

 辺りにはもちろん人がいるため、小声で彼へと答え、再度手鏡へと視線を下しました。

 

 鏡に映っているのははい、真っ白な私の髪。びっくりです。

ハ ゲていないだけまだマシでしょう。統制機構でも多くの中間管理職のプライドを打ち破ってきた脱毛という現象は、どうやらこの体には発生しなかったようです。

 その結果は真っ白な髪、いや、まあいいんですよ。イメージチェンジにも心の切り替えにもなります。

 ただ……マコトさんには大爆笑されてしまうのではないでしょうか? しばらくその心配もありませんけど。

 

 任務帰還から二日、私のお仕事は大量の報告書の山でした。マコトさんの命令違反、というか失敗はどうやらキッチリ上に伝わっていたらしく、書いても書いても終わらない始末書には久々に泣きたくなりますね。

 マコトさんは未だ意識不明の軽傷。頭を打った可能性があるため、しばらく様子見をしながら復帰すると第三師団の方から連絡がありました。余裕ができたらお見舞いにでも行きましょう。

 

「そしてレリウス大佐からの追い討ちですか……何を言われるのでしょうか」

 

 そして時間が取れたのを見計らったようにレリウスさんから呼び出しを食らいました。

 ため息をつきつつも足はレリウスさんの研究室へと向かい、中間管理職という私の頭の低い立場では、身だしなみの鏡をしまって扉をノックしたのも必然です。

 部屋に近づくたびに彼の言葉数は少なくなりました。まあ……自分ともあろう者が私に封印されたことを馬鹿にされるのがいやだったのでしょう。

 

「失礼します、レリウス・クローバー大佐、諜報部諜報官大尉ハザ「入れ」……了解です」

 

 ノックして言葉をかける最中許可されたことに少し驚きつつも、部屋へと入りました。

 部屋の内装は……とにかくメカメカしいです。右も左も天井まで機械だらけという、さすが技術開発部の大佐といったところでしょう。

 筒状のケースの中に入れられた人形を機械端末で操作しながら、その顔がこちらへと向けられました

 ……まだその仮面舞踏会でも居そうなマスクしてたんですね、というごく私的な言葉を飲み込み、私はレリウスさんの言葉を待ちました。

 

「……成程な、消えずにお前の方へとその躰は渡ったか、ハザマ」

 

 ……なんか一目見て『私』であることを見抜きました。あれ、レリウスさんってエスパーか何かですか?

 

「本来ならその頭髪の色に変わりはなかった筈だが……、成程、肉体から生まれた魂がそのまま意識となって定着するとはな。相変わらずお前という存在は興味を引く」

 

「あの、もしもーし?」

 

「完璧では至らんか。ならば第十三素体が目覚めぬのも道理、か。不安定因子を導入……だが水準が低い、覚醒まで至るスペックが無ければならないのも事実……」

 

 どうしましょう、なんかレリウスさんがトリップしてる。

 若い女性ならともかく、そのへんに居る怪しいおっさんがそれをやっても気持ちが悪いだけです。

 ……撤回しましょう、妄想癖なんてだれがやっても気持ち悪いです。社会人としてそれはどうなんですかレリウス大佐。

 

「……なんだ、まだ居たのかハザマ」

 

「いやいやいやいや」

 

 いやほんと社会人としてそれはどうなんですか!? 生まれて七歳半の私にそう思われるって何事ですか!

 顔の目の前で手を振るう私、『窯』から入れられた知識はこの人についても主観混じりですが知ってます。

 研究以外の事象は物として扱うような人だと私の知識のなかではあります。

 ……成程、お酒に誘っていつも私を放置して帰っていたのも納得です。支払いは任せろ、なんて言葉聞いたことありませんし。

 

「もう構わん、お前の姿を確認したかっただけだ」

 

 なら貴方がが私のところに訪れてくださいよ!

 機材端末へと視線を向けるレリウスさんの背中に、小さく毒を吐く……じゃなくて思いました。

 毒を吐く? 階級がかなり離れている人にそれは無理です。一つ違うだけで諜報部以外ではものすごく扱いが違うんですから。

 

「正直、お前という存在が残るとは思わなかったのだがな」

 

「へ?」

 

「言葉の通りだ……奴に躰を奪われると、私はそう踏んでいた。だが、結果お前はその躰に存在する」

 

 言葉を続けながらもレリウス大佐の手は止まっていません。まあさすがの人形師といったところですね。

 レリウスさんの言葉については……思うところが無いわけではないですね。私の存在の有無に関わってますし。

 ただ……どうでもいいと言うのですか? ある程度絶望と呼べるのは『蒼』に触れたことで知識として入ってきてますし、そんなの一つの現実/真実には勝りませんし。

 今更感が漂ってるんですよね、うん。

 

「……『彼』の事は聞かないのですか?」

 

「……奴がお前に『蒼』へと接触するように仕組んだ。その結果お前がそこに居るのならば、奴という存在については理解しているのだろう」

 

 一応聞いておきますが、レリウスさんはそこまで興味を示していないようです。

 

「『テルミは』協力者だが、私はどうなろうと……興味はない」

 

 ぞくり、と、私は初めてレリウス大佐が怖いと思いました。

 私はテルミさんは恐いです、蒼に触れ知識を得てさらに怖く感じています。獣兵衛さんとどっちが怖いと聞かれたらどっちも怖いと言うぐらい恐いです。

 あの六英雄と同じくらい怖い……テルミさんって六英雄でしたっけ。信じられないほどの鬼畜外道ですけど。

 まあそこまで怖いテルミさんをも道具のように言ってのけるレリウスさんに畏怖を感じたというのでしょうか。

 その言葉を最後に今度こそ何も話さなくなったレリウスさん、私は一礼すると、なるべく音を立てぬようにその場を去りました。

 あとで確認したらなぜかレリウス大佐の仕事の書類が私のデスクの上に運ばれていました。

 ええ、私が『私』のままなのをいいことにパシらせる気満々でした。『彼』は大爆笑してましたが私は泣きたくなりました。

 さーて、書類との格闘を始めましょうか。

 

 

 

 




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