いつか来るものだとは思っていたから覚悟はしていたが、ラル少佐の一言で俺たちはとある決断を迫られることになった。
今回は話の性質上、あまりブレイブウィッチーズの面々は出てきません。ご了承ください。
よう、相棒。生きているか?
そう俺が聞けばラル少佐なら
「相棒か。そういうのはもっと撃墜数を稼いでから出直してきてくれ。」
と一蹴するだろう。俺のスコアなんて彼女の半分以下だしな。
曹長は
「相棒、ですか?私はそんなのになった覚えはないのですが。それより少佐、早く準備してください。資材基地に物資の回収に行きますよ。今日はいつもよりも少し多いんですから。」
と俺の言葉をまったく気にも留めず流すかな。
熊さんはどうだろうか?
「相棒、ですか?私が、少佐の?まぁ、似たような感じではありますね。」
管野はわかりやすいと思う。
「あ?うっせーな。俺にはそんなのいらねぇよ。」
と相変わらずの口調で言ってくるだろう。
伯爵ならどうだろう?
「なるほど、隊長は僕のことをそんな風に思ってくれていたのか。それはとてもうれしいな。」
と、冗談交じりの笑顔で返してくれるだろう。
それじゃあ彼女、この部隊で一番の最年長でありながら残念ながら階級は一番下、だけれどラル少佐とは違ったベクトルで皆を引っ張っている一番の元気娘、そしてなにより俺が一番大切なウィルマ・ビショップならきっと・・・。
「うん?どうしたの?」
いつものように笑顔を、だけれど少し元気がないようなその笑みを俺に向けてきてくれた。
思わず、そのやるせないような表情をするウィルマの目を見つめた後、俺は顔を背けて
「いや、なんでもない。」
そういうことしかできなかった。
サンクトペテルブルクの朝、彼女に退職勧告が届いた日、そして自分の無力さを痛感した日でもあった。
ヨエンスーから帰ってきた次の日、ほぼ命令という形で俺は出撃ローテーションに組まれることなく休みをもらい、その足で病院での検査を受けに行った。
ラル少佐か曹長のどちらかが事前に手を回していてくれたのか受付をするとすぐに診察が始まった。定期健診で行うのとほぼ同じようなことをした後、待たされること10分。診断をしてくれたドクターが俺に診断結果を話してくれた。
「それで、俺の今の状況ってどのような感じなのでしょうか?」
ジョゼが持っていた診断書を手元に置き、それを難しい表情を浮かべながら俺に話を始めた。
「うーん。ここまでひどい怪我というのもずいぶんと久しぶりに見たよ。」
「前線勤務をいくつもしてきたあなたのような医者でもですか?」
「そうだね。だってこれ程の怪我だと、普通の兵士なら野戦病院に運ばれてくる途中で死んじゃうからね。まず助からないよ。」
「・・・やっぱりそんなレベルなんですか?」
ヨエンスーで治療にあたった医師の所見を、今の状態を記した問診票と照らし合わせながらうーんとうなるその医者。
「君、ウィッチじゃなかったら死んでいたね、間違いなく。あっちで何があったかは知らないけれど地上部隊の一兵士だったら僕なら切り捨てるね。こんな患者を助けるのに時間と備品を使うならほかの怪我がひどくない奴を助けた方が部隊全体にとっても利益だ。だが君のような人物だと話は変わってくる。100機以上の撃墜、おまけにここのあたりじゃ一番といわれる第502戦闘航空団所属でさらに夜間の戦闘隊長。それに加えてブリタニア本国ではウィッチ特殊部隊の第二飛行中隊の隊長。治癒能力をもつウィッチがいてそれを使えば治せるのならば、そんな人物を失うのはまずいという判断になるから僕としても残念ながら処置せざるを得ない。
世界にはたくさんのウィッチがいるけれど、3桁を超えるほどの逸材はそう多くない。だから君が最優先で治療してもらえたんだと思う。現地で誰が君を治療したのかは知らないけどその判断は間違ってなかったと思うよ。
ま、何が言いたいかというと今の状況に感謝しながらも、同じような怪我は二度としないことだ。この状況から治せるレベルのウィッチがいつもいるとは限らないからね。」
「まぁ、それは同僚にもきつく言われましたよ。」
「ふむ。502といったらルマール少尉だったか?なら彼女には継続的に治癒魔法をかけてもらうのが最適だろうな。このまま放置すると変な“癖“がつく恐れがある。応急処置レベルだとは聞いているがないよりはましなはずだ。どちらにせよ、ここペテルブルクには君のその”癖“を治すためだけにつける治癒魔法使いのウィッチなど、いない。もっと重症の患者に回すからな。」
「もちろんです。そんなものは全く期待していませんでしたし。」
「なら結構だ。それと、腹部の怪我だが。」
このまま跡になって一生残るであろう腹部のあざに手を当てる。触るだけでは何も感じないが少し力を入れると痛みを覚える。
「内臓のダメージがかなり激しくて、日常生活でも影響を及ぼす可能性もある。魔法は万能とはいえ完ぺきではないからな。もし次破裂したら、命はないぞ?医者としてはもうウィッチを辞めるべきだ、と言いたいな。もう十分君は戦果を挙げたし少し早いが下りても誰も文句を言うまい。」
ありがたい助言だ。この医者も俺のことを心配してそういう風に言ってくれているのだと思う。だがそんな気など全くない。俺は好きで空を飛んでいるんだ。そう簡単にやめることなんて出来ないし、したくない。
「ご忠告には感謝します。ですが俺はまだ下りません。まだ俺は飛びたいんです。」
「だが、そんなのはウィッチよりもGが少ない戦闘機、または爆撃機や偵察機、輸送機でも同じ目的を果たせるのでは?なぜウィッチにこだわる?」
好きだからさ。戦うことが義務なんかに感じてはおらず、ただ好きだからだ。
「あなたは、なぜ医者になったのですか?」
「そりゃ、人を助けたかったからだ。目の前で人が死なれるのは嫌だったからな。」
「人を助けるという目的でしたら軍人になっても果たせるはずです。技術者になってネウロイに対抗できる兵器を作ればそれは結果的に人の助けになるはずです。」
「・・・なるほど。少し無茶苦茶な気がするが君の言いたいことがなんとなくわかった気がするよ。君は好きで飛んでいるのだな。僕が好きで人を助けているのと同じように。ほかではなくウィッチという形にこだわるのはそのためか。」
その彼の言葉に俺は首を縦に振ってうなずく。専門職についているからこそわかってもらえると思った。まだ完全には理解してくれてはいないようだが、気持ちでも十分だ。
「わかった。君の意志を尊重して飛行許可を出そう。だがしばらくの間、昼間はだめだ。ラル少佐からしてみては君が1週間抜けるのは痛手となるかもしれないが、事情が事情だ。何機もの小型、中型ネウロイを相手にする高機動運動は病み上がりの君が絶対にしてはならないことだ。ただ夜間だけは許可しよう。哨戒がメインとなるこれなら君が無理することも少ないだろう。だが体に不調を感じたらすぐに申告すること。より長く飛びたいのなら努々忘れないことだね。昼間の間に短い時間でもいいのでルマール少尉に、特に腹部に対して治癒魔法をかけてもらえ。一週間も続ければ完治とは言わないがまぁ、よくなるだろう。これ以上のことは今の医療技術ではできないし、ここにいる治癒魔法使いを探すしかない。そんなのがいるのは欧州ならブリタニアのロンドンにある中央病院の専属魔女くらいだろう。つまり、本気で治したいなら本国に帰ることだ。ま、それでも治る確証はないが。
それほどに君の怪我の代償は大きいんだ。それを心にとめてこれからも飛んでくれ。」
「了解した。診断、ありがとう。しばらくは彼女に頼ることになりそうだな。」
「あぁ、くれぐれも気をつけてくれ。特にこの一週間はな。」
「わかった。それじゃあ、また来週。」
俺はそういって、診察室を後にする。一言が随分と長い先生だったな。ただ、輸送機でジョゼに泣きながら言われたことを心にとめながら話を聞いていたがやはり本職から現状を聞くと思わずぞっとしてしまう。一つ間違えて居たらウィッチどころかパイロットとしての人生が終わっていたわけか。まったく、笑えないな。
「大丈夫ですか?ずいぶんと長かったようですが?」
「先生、悪いな。待たせてしまって。」
付き添いとして一緒に来てくれた先生に謝罪をする。本当は彼女に迷惑をかけるのは嫌だと思い、俺の相棒のウィルマと行こうと昨日の時点では思っていた。俺も彼女もそのつもりで話しを進めていたのだが、今朝になってラル少佐がウィルマを連れて東欧司令部に行ってしまったので俺は一人になってしまった。なら仕方ないと思ってそのまま一人で行こうとしたらさすがに病人をそのまま行かすのはまずいと止められて先生が引率してくれることになった。
「それで、先生の診断の結果は?」
「ヨエンスーであっちのドクターが言っていたとおりだ。ここでもこれ以上の治療は無理だそうだ。だからしばらくはジョゼの世話になりそうだ。」
「ジョゼさんの治癒魔法は応急処置程度の筈ですが。」
「魔法をかけてもらわないよりはまし、という事らしい。」
なるほど、と言いながら車いすの手配を始めようとする先生。流石にそれは必要ないと止めるが彼女は本気で申請しようとしていたようだ。
「本当に歩けるのですか?」
「ここまできちんと歩いてきたじゃないか。無理はしてないよ。」
「私にはいつも無理しているようにしか見えないのですが。」
「そんなつもりはないんだけどな。ただ精一杯なだけさ。」
1階に降りると来た時同様にたくさんの人であふれていた。そしてそのほとんどは軍人で最前線での戦いで負傷し、現地では治療が不可能と判断されてここに戻された者たちだ。
そう、ここは何を隠そう軍人専用の病院だ。民間のよりもサンクトペテルブルクということあってか物資や機材がかなりそろっている。そしてベッドも不足していて患者が一回のロビーにも寝かされているのが現状らしい。ここが最前線だということを改めて痛感させられる光景だった。
「相変わらず、ひどいなここは。」
「ですね。それと少佐。」
先生は振り返って俺を見てくる。少し冷たいその視線はまるで俺を責めているようだった。
「なんだ?」
「心にこの光景を焼き付けておいた方がいいですよ。本来であれば少佐もそこで寝ている彼らの一人になっていたはずなんですから。」
「・・・そうだな。忘れないでおくよ。」
俺たちは広い通路を通ってこのロビーを後にする。だがその先生の言葉はいつまでも離れることはなかった。
駐車場に戻り曹長の運転のもとで基地に戻る、はずだったがいつもの交差点を右折せずそのまま直進し始めた。
「先生?」
「道はあっていますよ。基地に戻る前に少し寄りたい場所があるので先にそちらへ向かいます。」
「どこへ行くんだ?」
「説明すると長くなるので現地に着いたらお教えします。」
そして連れていかれた先にあったのはこの街を一望できるほどの大きな建物、聖イサアク大聖堂だった。そのまま先生は小さな入り口を衛士からは顔パスで通り抜けると階段を上り始める。
見上げる先、かなり上まで続くらせん階段に思わず頭を抱えてしまう。
「ここ、上るのか?」
「ええ。ついてきてください。」
仮にも病人だぞ、そう心の中でつぶやきながら登ること二百数十段。
扉を先生が開けると冷たい風が俺の間をすり抜けていった。そしてそこを抜けるとサンクトペテルブルクを一望することができた。飛んでいるときに見る景色とはまた違うその光景に思わず見とれてしまった。
先生は壁に手をかけてサンクトペテルブルクの景色を眺める。俺はその隣に立ち、少しだけ同じように景色を楽しんでいると彼女の方から声をかけてきた。
「いい景色でしょ?ここは私が初めて赴任してきて最初に見つけた私の憩いの場。何か悩むことがあったらここに来て景色を眺めながらゆっくりと考えるんです。」
眼下に広がるのはオラーシャ帝国の旧都であり、東欧戦線最前線基地でもあるペテルブルクだ。美しい街並みと合わせていくつもの兵器が空に向けられている光景というのはやはりせっかくの物を台無しにしてしまっている気がしてならない。ただネウロイの攻撃を受けたことがあるはずだが歴史的な建物はまだ無事なのはたくさんあるようだ。
下原の持ってきた扶桑の暦によるとすでに夏が始まっているらしいが、ここから眺める景色や感じる風を含めても夏はまだ当分先な気がしてならない。空を見上げるといくつもの直線に伸びる雲、飛行機雲が見て取れた。輸送機部隊かウィッチ隊か詳しくはわからないがここの空もかなり昼間は混雑しているんだな。こうして空を何もせずに眺めているとたまには面白い発見も出来るものなんだな。
「なるほど、いい景色だ。だが、少し寂しいな。」
「そうですね。まだ残念ながら平和には程遠いですからね。」
そういう先生の表情は寂しそうだった。
「さて、先ほどの話題に戻ろう。先生、聞きたいことがある。」
「はい。なんでしょうか?」
「俺をここに連れてきたということは何か悩むことがあったという事か?それも俺に関係する事案で。」
「そう、その通りです。」
やっぱりな。そして俺に関わる案件で思いつくものなんて今のところ一つしか思い浮かばない。
「いったいなんの事か話してくれないか?」
「わかりました。でもそれは私からよりもあの方の方が適任だと思います。」
あの方?と誰のことだかわからなかったが先生の視線が俺ではなくその後ろに向けられていたことに気が付く。そして振り向くとそこにはいつの間にかラル少佐がいた。
「少佐?なぜここに?ウィルマ、いえビショップ軍曹と一緒に東欧司令部に行ったはずでは?」
「その通りだ。だが彼女には先に帰るように命じてあるからもう今頃はついているはずだ。さてバーフォード少佐、君の質問に答えよう。なぜ我々がここにいるのか。まず初めに確認だが、私たちがなぜ東欧司令部に呼ばれたのか、理由は知らずとも推測できているな?」
「・・・はい。」
ジャックからの突然の彼女に対する飛行停止命令、年齢、ワイト島での出来事。総合して導き出される答えはおのずとわかってしまう。
「本日、ブリタニア空軍ウィルマ・ビショップ軍曹に対して同空軍人事局が一枚の書類を渡した。内容は“自主的な”航空歩兵徽章の返納。理由は年齢による魔力減衰、だそうだ。つまりウィッチとして飛ぶことをやめろと言っているのと同じだな。」
やはりな。こうなるのではと薄々感づいていたから、軍をやめろと言われるのではと想定していた俺にとって彼女の口から出たその言葉にそれほど驚きを感じることはなかった。
気持ちとしてはいつか来ると思っていたものがついに来た、というところだろう。
だが、少佐から言われる次のことはさすがに予想していなかった。
「この件だが、返答は6か月以内、ということになっているが私としては彼女に数日以内に決断して提出してもらいたいと思っている。」
「・・・今何と?」
「もう一度、今度ははっきりと言おうか。ウィルマ・ビショップ軍曹には数日中にこの部隊を出ていってもらう。これは私と軍曹の決定で、君たちに拒否権はない。」
俺はその言葉に思わず振り向き、曹長にも同じことを聞いてしまう。
「ロスマン曹長も、同意見だという事か?」
「ええ。私もラル少佐の判断には賛成です。これ以上先の見えない軍曹にはこれ以上ここで戦うのは無理である、というのが私たちの判断でおそらくこれが最適解だと思っています。」
近いうちに何かしらのことでウィルマへやめろという連絡が来ることは想定していた。だがそれにしたって書類が来てからやめるまではいくらか執行猶予があるものだと思っていた。それすらくれないなんてどういうことだ?
「理由くらい説明してもらえるんですよね?」
もちろんだ、と前置きをしてラル少佐は話し始めてくれた。
「私は自分の部隊から戦死者を出すようなことはしたくないと思っている。バーフォード少佐、君はもう認識していると思うが彼女のシールドではすでに小型ネウロイのシールドを抑え込む程度が限界だ。彼女のウィッチとしての生活も終わりが近いのは誰の目から見ても明らかだろう。」
確かに一時的に回復したと思われたウィルマのシールドもやはり限界が来ている。このまま飛び続けるリスクを考えれば下りる日も近いとは考えていた。
だが、どうしてもラル少佐と曹長がなぜ数日以内に、それも強制的にやめるよう迫ったのか少しわからなかった。
「すこし、前の話をしよう。4月あたりの話だ。2名の扶桑のウィッチが本国の指示で一時的に帰国した。私としても手放すことはしたくなかったのだが彼女らの母国からの命令とあれば私には干渉する権利などない。そこでだ、私はその2人を穴埋めするための人員を探した。
そこで起きたのが501によるガリアの解放、及びそこの解体。2名の追加人員要請を送ったその次の日のことだ。その時彼女ら、具体的にはエイラ・イルマタル・ユーティライネン中尉及び、サーニャ・V・リトビャク中尉から一部のルートを通じてこちらに配属希望がなされた。彼女らは増員希望をしたことを知らなかったようだが私はこの2人ならば十分だろうと考えた。私と先生は彼女らの経歴、戦歴は知っていたからな。
ところが、その日のうちに欧州司令部から東欧司令部を通じて別の2名の追加人員に関する書類が来た。」
「欧州司令部から・・・。つまりは俺たち、ですか?」
「そうだ。最初、その書類が届いたときは受け入れる気はなかった。なぜなら彼女ら2人を超えるような人員など、どこにもいるわけがないと思っていたからな。
だが、その書類を読んで三重の意味で驚いた。」
「三重、ですか?」
「あぁ。まず初めに、ブリタニアが本国の人員をこのような所に送り込んできたこと。防衛重視で他国に人員を送りたがらないあの国がまさかここへ送り込んでくるとは予想もしていなかった。
二つ目はそのうちの一人が使用している機材がジェットストライカーユニットだったこと。私もそれなりにユニットには詳しいつもりだったしカールスラントでの試験飛行や実験隊では戦果を挙げつつあるとは聞いていたが、まさか私が現役の時代に、それも私の部隊の人員が使用するジェットストライカーユニットの実戦配備機を目にするとはな。
そして三つ目がその搭乗者が男だったということだ。これは前例がなかったから最初は書類の不備かと思ったくらいだ。
以上の事からあの島国の連中が何を考えてこの二人を送り込もうとしたのか、私には理解ができなかった。なぁ、先生。初めてこの2人に関する書類が来た時のこと覚えているか?」
「えぇもちろんです。“使えない連中だったら追い返してやろう。”そうおっしゃっていましたよね?私もそう考えていました。何か大きな怪我でもしたら二人とも送り返してしまおうと。」
なるほど。初めて会った時少し視線に敵意が入っていたのは本来送られてくるはずだった2人に加えて余計なのが付け加わったのが2人も気に食わなかったというわけだったのか。
「だがその予想もいろんな意味で裏切られた。」
裏切られた?
「まず君への評価だが、180°変わったといっていい。きっかけが、管野少尉と初めて模擬戦を行ったあたりだろうか。彼女と空中で格闘を行ってユニットを破損させたと聞いたときはブレイクウィッチーズがまた一人増えたのか、と本気で悩んだものだ。」
「・・・その節はどうも。」
「だが、同時に彼女たちと渡り合えるということが分かったのも収穫だった。その後も遠征などを繰り返して、ここでの時間を一緒に過ごしていると大体君たちのことが分かってきた。今だから言えることだが、君たちと一緒に飛んだ彼女らを出撃のたびに呼び出して報告を聞いていたんだぞ?」
「そうだったんですか?」
ということは俺が仕事をしている間、あいつらは俺の評価を直接ラル少佐に伝えていたことになる。なんとなく身内に敵がいる感じがしていい気はしないが彼女なりの俺たちに関する情報収集だったのだろう。
「まあな。だから君が落ちたと聞いたときは驚いたよ。本来ならばすぐに救援を送ってすぐに助けられるはずだったのだが、あの時私たちは楽観視していたのかもな。数日前にも近くでカタヤイネン曹長が落ちて4時間後には救出されていたからな。
だから、まさかあそこまで見つからないとは思ってもみなかった。そして、君自身があの環境で自らの力で生き延びてまさか犬の力を借りて歩いて帰ってくるとはな。あの時は、心底君には驚かされた。そして、話はここに戻るというわけだ。さて今の私の君たちへの評価を言おうか。」
俺は背筋を伸ばす。ラル少佐からの評価、気にならないはずがない。
「私はバーフォード少佐、私は君の能力を高く評価している。この件は私だけでなく先生、戦闘隊長であるポルクイーキシン大尉も同意見だ。」
「え、ありがとうございます。」
予想外に彼女の口から誉め言葉が出てきて少し驚いた。もっと厳しい言葉が出ると思ってた。
「百を超えるスコアをもつウィッチというのは世界的に見てもそう多くはありません。それはこの部隊でも言えることです。そして驚異的なのはその速度。渡された資料を見ても初撃墜から百に到達するまでの期間と年齢を考えればまだまだスコアも伸びると思いますよ。そして誰とでも連携をとれるのはさすがだと思います。自分では無理だと判断したらほかの可能な者のために援護を行う、最近だとヨエンスーでもやってもらいましたが素直にすごいと思いますよ。特に伯爵からもあなたへの評価はいいですからね。」
「あの伯爵が?」
「えぇ。もともと、伯爵にもあなたの評価をしてもらっていましたからね。“僕も抜かれないように頑張らないとね。”なんていっていましたよ。」
あいつめ、本当にそう思っているのか?いつも猫をかぶっているから何が本音で何が嘘なのかがわからないんだよ。
「さて、ウィルマ軍曹の評価だが・・・。」
「・・・。」
「正直、判断に迷った。君と別動隊として動いたときの彼女の動きはそれほど特筆するほどの物はなかった。しいて言うのなら長年ウィッチとしてやってきたゆえのそれなりの勘を持っているようだがその程度だ。あのレベルのウィッチならほかの部隊にも山ほどいる。
わざわざここに置いておくほどではない。」
「では、今の今までおいてくれていたのは情けだとおっしゃるのですか?」
「まさか、そんなことはしない。ここだって余裕があるわけじゃないからな。だが・・・。」
「?」
「君と組んで空を飛んだ時の軍曹の動きは全くの別物といってもいいほどだった。これは伯爵の報告となるが、“ロッテ戦法を極めると、きっとああなるんだろうな。”と言っていたぞ?
そして、先生。君も何回か軍曹と少佐が一緒に飛んでいるところを見ているだろう?
あの戦術の生みの親といっても過言ではない先生はどう思った?」
「えぇ。あれは素晴らしいと思いましたよ。どうしても僚機がいても常に相手のことを考えるというのは空戦中においては非常に難しいことです。だって自分が戦っているだけでも大変なのにその上、他人のことも考えないといけないんですから。
だから、本来のロッテ戦法は助けが必要な時、速やかにそれに答えられるようにする、というものでしたし、私もそういう風に想定していました。ですが、あなたたちのペアは違った。助けが必要になったと思った瞬間はすでに援護をしている、なんてことはふつうできませんよ。」
「だそうだ。だから判断に困った。なぜ、これほどまでの動きをできるのにそれができるペアがただ一人、君だけなんだろうかと。まぁ、すぐに答えはわかったが。だが、それはいいかもしれないが部隊という単位で考えると話は変わってくる。彼女は確かに素晴らしい技術を持っている。持ってはいるのだがそれを完璧に活用できる相手が君だけ、となると、な。」
全然気にしたことはなかったがそんなことがあったのか。ならラル少佐からしたらそんな奴は使いにくいよな。ローテーションも組みにくくなるだろうし。
「・・・確かに。少佐の判断は間違ってないと思います。」
だから、わかるからこそ、納得できなかった。
「なら。」
「ですが、もう少しだけ、彼女と飛ぶことはできないのでしょうか?ぎりぎりまでとは言いません。ですが、せめて1か月、いや2週間でいいので。」
「だめだ。」
だが俺の願いも取るに足らないといわんばかりに切り捨てられた。
「なぜです?なぜ少佐はそこまで彼女に引退を迫るんですか?」
責め立てるような口調になっていたのにようやく気が付いた俺は、拳の力を抜き深呼吸して落ち着きを取り戻すようにする。少佐もそれに合わせてその理由を話し始めてくれた。
「ヨエンスーに行く直前に扶桑から増援がくる話はしたことを覚えているか?あの時は途中で終わってしまったが。」
「え、えぇ。」
そうだった。話している途中で緊急出撃命令が出たんだっけ。だからほとんど聞いていないに等しいが来ることはなんとなく知っていた。
「統合戦闘航空団に所属できるウィッチは上限が11だということは?」
「それは、はい。知っています。」
確かどこかの資料で読んだことがある。増えすぎると収集が付かなくなるから上限を設定したという話だったはずだ。
「ならもう大体わかったのではないかな?今502に所属しているウィッチは全員で10名。規定通りだとあと1名しか入れない計算になる。そしてその増援である彼女らが来るのはもう来週の話だ。そうなると定員の11名を超えてしまうことになる。」
「ですが、以前・・・。」
「君たちが来た時の話か?あれは、私が特例で東欧司令部と取引してようやく一定期間だけという制限付きで認めさせたものだ。本来ならば認められない例外中の例外だ。」
つまり、あれは特例でありウィルマ程度ならばわざわざ司令部と交渉してまでとどまらせておく価値などないというわけか。
普通に背景などを含めて考えたのならば当たり前の話か。前の話だと彼女らは昔ここに所属していたやつらだ。どれくらいいたのかは不明だが、時々耳にする話から推測するに彼女らの腕もなかなかにいいらしい。なら、もうウィッチとして限界を迎えつつあるウィルマをここに残すよりまだ十分伸びしろがある奴2人を迎えたいと思うのは当然だろう。
そして、ここからは俺の勘になるが少佐もあの書類が来る来ないにかかわらず近いうちにウィルマに同様の話をしていたのだろう。たまたま書類の方が早かったという話だ。
あの扶桑人の援軍の話の手はずを見ていれば大体の予想がついてきた。
「つまり、彼女がいる限りその扶桑の二人組は入れない。できる限り早く部隊に補充させるには早急にウィルマには去ってほしい、というわけですか。」
「あぁ、その通りだ。あの二人にはどうしてもここで戦ってほしい。彼女らはいま私が勧誘できる中で最高戦力だ。逃したくはない。」
だからこれ以上言ってもおそらく無駄だ。ラル少佐の心の中ではもうこれは決定事項だ。俺にこの話をしたのだって情けをかけてかもしれないし、仮にウィルマをしばらくの間残す許可を出すとしたらそれはその二人の援軍を遅らせるための理由にふさわしい大きいメリットを示さないといけない。残念ながら俺にはそんなものは、ない。
ならばあとは簡単な話だ。これは決定事項であり命令なのだから俺はそれに従うほかない。それにここは軍だ。唐突で自分には受け入れがたい命令でもそれを認めるほかないのだ。
「わかりました。ラル少佐、あなたの指示に従います。」
「助かる少佐。それでビショップ軍曹への説明は私がやるか?」
「いえ、自分がします。」
別に引き受けなくてもいいんじゃないか、一瞬そうも考えたがすぐに捨てた。こういうことは俺がしないといけない、そんな義務感みたいなのが俺の中にあったからだ。
「わかった。終わったら私に声をかけてくれ。事務的なものはこちらですべて行う。」
「了解です。では後はこちらに全部お任せください。」
それでは、と言って俺が立ち去ろうとすると少佐が“まぁ、待て。”と先ほどの少し硬い言い方ではなく柔らかい口調で止めてきた。てっきり話は終わったものだと思っていたので少佐が雰囲気を変えてきたのには戸惑いを覚えた。
「?なにか?」
「体の調子はどうなんだ?先ほど、先生と一緒に病院に行ってきたんだろう?何か言われなかったのか?」
心配してくれているのか、このラル少佐が俺に?いや、単に戦力が失われるのが惜しいだけじゃないのか?・・・ダメだ、さっきの話からでどうも心が卑屈になってしまっていた。
「まだ完全には調子を取り戻せては終わらず。しばらくは安静してほしいとの事です。これをラル少佐に、と。」
「うむ。読ませてもらおうか。」
俺は退出する際に、ラル少佐に渡すように言われた書類を彼女に手渡す。最初は無表情で目を通していた彼女だが次第に顔をしかめ始めた。
「よくも、まぁ、ここまでやったもんだな。」
「ラル少佐?それをあなたが言いますか?」
「先生、それは言わない約束じゃなかったか?」
曹長に自分のことを指摘されて思わず苦い顔をする少佐。かつて自分も似たような重傷を負っていたため、あまり強くは出られないらしい。
「それで、どうなんだ?あっちの先生はなんて言っていたんだ?」
「自分では問題ないつもりですが一応安静にしておくこと、ということで通常飛行は禁止、夜間飛行のみの許可だそうです。自分では飛べるつもりなのですがね・・・。」
「なるほど。つまり通常任務への復帰は一週間後か。彼女たちと合流時期はほぼ同じだな。」
「順調にいけばそのはずです。」
「了解した。それでは、バーフォード少佐。昼間シフトからはしばらくは外すからその間、療養に勤しめ。夜間シフトは基本下原に行ってもらうがとりあえず明日の夜は飛んでもらう。今の状態でどうだ、明日の哨戒任務に耐えられるか?」
「もちろんです。問題ありません。」
「なら結構。基地に戻れ。それとビショップ軍曹のことは任せたぞ。」
「了解。基地に帰投します。」
俺はラル少佐とロスマン曹長に敬礼をしてその場を後にする。彼女らに背中を向けた瞬間、何か聞こえた気がしたが、気のせいと切り捨て俺は階段を下って行った。
彼がいなくなった後でラル少佐はロスマン曹長に彼の診断結果を聞いていた。
「それで、実際の所はどうなのだ?彼の容体は?」
ラル少佐の問いに足してロスマン曹長は懐から“もう一枚の診断書”を彼女に渡した。ドクターから彼自身が本当の容体を誰にも知られたくないということを言われており、彼に渡したものとは別のものを曹長に渡していた。患者のことを第一に考えなければならないがあいにくそこは軍病院。ドクターには彼自身の上官に正しい情報を伝える義務がある。だからこのように秘密裏に渡しておくのが最善だと判断したそうだ。
「あの怪我は彼にかなりのダメージを与えていたようです。もう一度、あのようなレベルのダメージを同じ場所に受けたら非常に厳しいものになると。」
「間違いなく飛べなくなる、か。」
「いえ、それ以上に最悪の事態になるそうです。」
「それ以上、だと?」
あまり表情を変えないラル少佐がこの時はひどく驚いた表情を見せていた。
「はい。たぶんご自身の腰に聞いてみるのが一番わかりやすいと思います。」
「なるほど。実にわかりやすい説明だ。」
それがどういう事を意味するのか分かったとき、二人にはいつもの涼しさを運んできてくれる風も今は寒く感じられていた。
「ここまでの怪我を負いながらもまだ飛び続けるその執念。いったいどこから出てくるんだろうな。」
「あの人普通に空を飛んでいるときふと顔を見るとすごく輝いているんです。」
「輝いている?あいつがか?」
「えぇ。ただそれはナオのような戦闘を楽しんでいるような感じではなくただ純粋に空を飛ぶことを楽しんでいるような、そんな雰囲気なんですよ。両手を広げてクルリと反転しているさまを見ていると本当に遊んでいるかのように錯覚してしまいそうです。」
それはまるで絵本に出てくる妖精のよう、そう曹長は思えていた。
「空を楽しみながら飛ぶか。私はそんな事を考えたことをなかったな。いつも空を飛んでいるときに考えることはただただどうやってネウロイを撃破するのか、ということばかりだ。」
「えぇ、私もそうでした。次々と入ってくる新米ウィッチを育てる事だけを考え、彼女らが死なないようにするには何を教えればいいのか、それだけを考えていました。だけどあんなに楽しそうに空を飛んでいるのを見ると不思議な感じがしてならないのです。」
きっと昔の私なら“ふざけてないで真面目に戦いなさい!”って怒っていたでしょうね、と微笑みを浮かべながらつぶやく曹長。この二人にはそういう感覚が新鮮だったのだ。
「だから、私も先ほど病院で彼が出てくる前にすでに診断は聞いていたのですが、出てきた彼に”もう飛ぶのをやめては?” なんていう事はできませんでした。」
「なるほど。彼にとって空というのは彼自身の存在意義に等しいものになっていたのか。」
「きっとそうだと思います。」
だからこそ、先ほどの判断は彼女らにとっても彼にとっても非常に重いものになっていた。
「なぁ、先生。」
「はい、なんでしょうか。」
「私はその存在意義のうち半分を占めているであろう彼の僚機を奪いその対価として“彼女ら“の帰還を受け入れた。私は自分の下した判断を間違えたとは思っていない。」
「ええ。502の指揮官として至極まっとうな判断だと思います。」
「ありがとう。だが彼からしたらどうだろうか。前の作戦でもキャリアの撃破と引き換えに怪我を負い、さらには彼の大切な僚機も上の指示で外された。少佐からしたら散々尽くした結果がこの仕打ちだ。私としては罵倒されるくらいは覚悟していたんだがな。」
「ラル少佐。あの人は・・・。」
「あぁ、わかっている。そんなことをする奴じゃないことは。だが彼がそれでもしてくる覚悟で私はあの話をした。」
一人一人にかまっていては部隊なんて到底統率できないだろう。だが、逆に雑に扱いすぎていては誰も支持してくれないだろう。難しい線引きが必要だがこの問題はその線上にあったともいえるはずだ。だからこそ、色々なことを想定していただけに驚きが隠せないのだ。
「そうだったんですか・・・。」
「おそらく彼のことだ。私が命令だといったから納得していないのにも関わらず、それを受け入れてくれたのだろう。」
そして何かを決めたかのように振り向くとロスマン曹長に指示を出す。
「先生、少し働いてもらうぞ。」
「少佐?」
「少しはこっちも動かないと割に合わないと思わないか?」
そういうラル少佐の顔は少し含むような笑い顔だった。
時々、軍用車両の後ろに牽引されている152mmりゅう弾砲とすれ違いながらもペテルブルクの美しい街並みを眺めながら俺の乗る車は市街地を走っていく。曹長が歩いて帰るのは厳しいだろうから、ということで車を貸してくれたがやはり助かった。
それにしても基地に帰るのがこれほどまでに憂鬱だったのは久しぶりだ。前回は装備品を壊して始末書を書くことが確定していたときだったな。だがあれは同じ部隊に何度も始末書を書いている奴が書き方を教えてくれることになっていたからそれほどではなかった。
だが今はどうだ。ウィルマには彼女の意志とは関係なしに強制的に数日以内に降りてもらうことになる。上からの命令だということ、そして俺が本気で彼女に頼めば聞き入れてくれはするだろうがどんな反応をするのか。悲しむだろうか?怒るだろうか?
これはここの部隊に所属するほかの誰でもない俺がやらねばならないことだとわかっている。だからこそ、いろんなことを考えてしまう。
基地の守衛に挨拶し、車をいつもの場所に止める。空は快晴で澄み切った青色をしているというのに、俺の心の中は濁り切った灰色のようだ。まるで心が説得は無理だ、と言っているようだった。そんな憂鬱な気分を押さえながら車を降りてカギを管理室の連中に返そうとベルを押した瞬間、隣から声をかけられた。
「おかえり。」
その声に驚きながら右へ顔を向けるとそこにはウィルマがいた。
「なんだ、ウィルマか。ただいま。」
「そんなに驚かれるとは思ってなかったよ。それで病院の先生はなんて言っていたの?」
「ヨエンスーの先生が書いてくれたこととそんなに変わらなかったな。できる限り安静にしておけってさ。」
車のカギを管理人に渡して書類にサインする。“お疲れさん。“と声をかけて歩き始めるとウィルマが横に並んできた。
「そっか。もうけがで飛べなくなっちゃうとかはないの?」
「それはなかった。ただしばらくはジョゼの世話になりそうだ。」
「あちゃ、なら早く治さないとね。」
「そうだな。夜しかダメというのもつまらないからな。そっちはどうだったんだ?何の用事だったんだ?」
少しそのまま黙ってしまうウィルマ。まったく、俺もひどいことを聞くものだ。もうその内容を知っているというのに。だがどうしても彼女の口からそのことを聞きたかったから聞いてしまった。対する彼女は目に見えて元気がなくなっていった。
「その、大体想像ついていると思うけどさ、本国からもう飛ぶなって言われちゃったの。」
「理由は?何か伯爵みたいに規則違反とかしたわけじゃないだろう?」
「たぶんね。理由は年齢による魔力の減少だから違うと思うんだ。」
この世界において歳で引退、というのは意外と少ないらしい。理由は簡単。魔力が限界を迎える前に何かしらの理由で下りざるを得なくなったり、そもそもその歳を迎えられなかったりするからだ。だから魔力の限界で下りるというのはけっして不名誉なことではなく逆にそれまで長い間戦い続けることができるほどの技量を持っているという証でもあり一種の勲章みたいなものなのだとか。
「そうか。ここはお疲れ様っていうべきかな?」
「うん、ありがとうね。」
やがて格納庫までつくとウィルマが俺の正面に回ってきてガッツポーズをしてきた。
「ただこんな凄い部隊にいるのに今まで何にも成果を出せていないでしょ?だからあとしばらくは猶予があるみたいだからそれまでは頑張って何とか人に誇れるくらいのスコアは出したいな。リョウも最後までちゃんと協力してよ?」
「・・・ッ。」
彼女からしたらこれがウィッチとしての有終の美を飾るための最後の目標だろう。最後の最後くらいは何かしたい。凄いことだし素晴らしい。しかし、唯一悲しいことと言えばそれは二度とかなわないという事だろう。
「?」
「あぁ、そうだな。」
今あのことを言えたらどんなに楽だろうな。だがそんな笑顔を前にしたら言えるわけがないだろうが。今は拳を握りしめ彼女を見守ることしかできない。
「なんか反応悪いなー。もしかして私が先に引退しちゃうのが寂しい?」
「・・・そんなところだ。」
「そっかそっかー。あ、でもみんなには内緒だよ?あと数か月はばれないようにしないとね。みんな優しいからもしかしたら手助けしてくれちゃうかもしれないし。」
“それじゃあ、またあとでね。ユニットの調整をしないといけないし!”そういって走ってユニットのもとへ向かうウィルマをただ俺は見送ることしかできなかった。
いつもと変わらない夕食を終えて、俺はウィルマの部屋へと向かう。別れた後からどういう風に切り出そうかずっと考えていた。世間話をしてからがいいのか?それともいきなり最初からいうべきか?悩んでも結局いい答えなど浮かばなかった。
そうしている間に彼女の部屋の前についてしまった。これ以上悩んでもしょうがない。どうせ何も思いつかないだろう。そう考え俺は覚悟を決めて、彼女の部屋をノックした。
「はーい。」
「俺だ。今平気か?」
「もちろん!どーぞどーぞ。」
扉を開けると髪を下したウィルマがこちらへ笑顔を向けてくれていた。そのまま部屋に入ると少しいい香りがした。部屋の隅には紅茶の葉のメーカーの名前が入った木箱がおいてありそこから香っているのかもな。
「ここ最近は遠くへ行ったりシフトの違いでこうやって私の部屋で話せてなかったもんね。」
「あぁ。10日ぶりか。」
「ありゃ、意外と短い。」
「そんなもんだよ。」
「ま、そっか。ささ、座って座って。」
ウィルマがベッドに座りその横へ座るよう促されたのでそこへ腰かける。
そして腰かけると俺の肩に寄りかかってくるウィルマ。
「何かあった?」
「え?」
まるで心を透かして見られた気がした。
「いつもより少し口数が少ないけど、今日はなんか元気ないよ?行く前と帰って来たときじゃ全然違うもん。」
「・・・相変わらず、鋭いな。」
「当たり前だよ。毎日見て、聞いて、話しているんだもん。気が付かない方がおかしいでしょ?」
違いない。たぶん俺だって彼女が元気にしていなければ気が付けるんだろうな。それが一緒にいた時間の成果というわけか。
「それで、話してくれる?」
俺はうなずいて、ラル少佐との話を彼女に伝える。
「ラル少佐はウィルマにもう下りてもらいたいそうだ。」
「へ?」
「執行猶予の半年を待たずしてできるだけ早く、それも数日中に降りてほしい、これがラル少佐の“命令”だ。」
「・・・命令、かぁ。」
「そうだ。約一週間後に扶桑から新たに2名ここの部隊に来るらしい。もともと統合戦闘航空団は定員が11人だ。今のままでは入れないが、ウィルマが抜ければちょうど二人入れるからな。それがウィルマにいますぐ下りてほしいという命令が下った理由だ。」
「あちゃ、今の私はラル少佐からしたら邪魔なんだ。」
そんなこと、無いとは言い切れなかった。もちろん俺はラル少佐を技術、カリスマ性ともに凄いと思っている。あの年齢で各国のエースを率いているんだ。俺なんか足元にも及ばない。
だから、彼女を悪く思うなんてことはしたくなかった。でもそうは言っていなかったが極端に言えば、邪魔だろう。その二人を入れるために真っ先に切り捨てるとしたら将来性が一番ないウィルマが上がるのは必然なのだから。
「んじゃ、それが帰ってきてからずっと元気がなかった理由?」
「そうだ。ウィルマがあんなに張り切っているのは久しぶりに見るがそれは絶対にかなわないってわかっていたからな。」
「なんだ、わかっていたなら教えてくれればよかったのに。」
そう言って頬を膨らませるウィルマ。そんな事、無茶に決まっている。あの状況下でそんな事を言えるわけがないじゃないか。俺はそう心の中で悪態つきながら今の心境を彼女に伝える。
「俺はさ、今心の中で二つのことで揺れ動いているんだ。」
「?」
「もし、このままウィルマが飛び続けてくれてくれればまだ一緒に俺が好きな空で好きなウィルマと飛ぶことができる。それはそれですごくいいことだと思う。だけれど、それはそれなりのリスクを伴う。だって、もうシールドを張ることすら厳しいだろう?」
げっとまるでいたずらが見つかったときの猫みたいな反応をした後にガクッとうなだれる。だがこんな暗い話題をしているというのに彼女の様子はいつもと変わらない気がした。
「・・・気が付いていたの?」
「さっき言っていただろ、毎日見て、聞いて、話しているんだもんって。」
「あー、そういえばそうだね。私も気が付くんだからリョウも気が付くか。」
当たり前だろう。期間は一年にも満たないけれどかなりの時間飛んでいるんだ。些細な事一つや二つ簡単に見つけられるに決まっている。
「だから今すぐにでもウィルマに飛ぶことを辞めてもらえば、君はこれから先ネウロイとの空戦で絶対に傷つくことはない。俺は君とこれから何年も何十年も一緒に過ごしたい。
だからその一瞬の幸せよりも今、俺が飛べなくなる間のあと数年は我慢してその後は2人でずっと一緒に、という思いもある。」
「もしかしてそのどっちを取るかで悩んでいるの?」
「そうだ。」
万が一、というリスクをとるか取らないか。どっちを取ったとしてもおそらく俺は後悔するだろう。取って万が一なにか起きればそれを、リスクを取らなければその思い出を作ろうとしなかった自分を。いわば究極の選択にも似たようなもので俺は葛藤していた。
「ウィルマは、どうしたい?」
「ちょっと急すぎてわかんないかな。でもさっき会った時に話したようにもう最後も近いから何かしらの戦果は挙げたいかな。いつか子どもが出来たとき“お母さん、引退する間際にこんな凄いことしたのよ。”って言ってみたいから。でもこれは希望だね。そんな凄いこと私にはできないだろうし降っても来ないだろうし。そもそも離陸することすらもうだめかもしれないからね。」
「そんなに魔力に限界が来ているのか?」
「ある程度なら問題ないだろうけど長時間の哨戒任務はもう無理だろうね。」
“弱くなっちゃたな、私。”そうつぶやくと俺に体を預け、目をそっと閉じた。ただただ、時計の針の進む音が聞こえゆったりとした時間が過ぎていく。このままずっとこの瞬間が続けばいいのに、と思うこともあるこの時間。きっと彼女も同じことを考えているから口を閉じてただ時を過ごしているのだろう。
五分くらいたった頃だろうか、ようやく彼女はポツリと話を始めた。
「私はね。いま本当に幸せだよ。」
「・・・それは本当にか?」
俺は彼女をここだけでも何度も傷つけているというのに。ウィルマは俺が怪我をするたびに手当を手伝ってくれた。軽い時はまたやっちゃったの?と困り顔で、重い時は本当に泣きそうな顔でいつも手当をしてくれた。仮に俺が、ウィルマが自分がいるのに何度も傷ついているのを目の前にしたら俺は耐えられないだろう。なんて自分は無力なんだって自分を責めていそうだ。なのに彼女は俺に対して今この瞬間がとても幸せだ、といった。
「俺は、ここで君を幸せにできていたのか?」
「もちろんだよ。」
ウィルマは俺の右手を取るとそっとなぞり始める。まるで今までの記憶をたどるかのように思い出しながら。
「初めてワイト島で会った時から不思議な人だなって思っていたの。だっていきなり目の前で気を失っちゃうんだもん。話を聞いても全く私の知らない世界の事ばかり。男の人のウィッチってだけでもおかしいのに話の内容もおかしかった。でも怖くはなかった。だってその言葉が暖かったんだもん。」
「俺の言葉が、暖かい?」
「そう、そんな感じがしたな。だって結構些細なことにも感謝してくれたり手伝ってくれたりしたでしょ?だからあなたに興味が沸いて話がしてみたいって思うようになった。」
俺にはそんな気は全くなかったが、ウィルマからしたらそういう風に感じていたらしい。だからあの頃からずっと積極的に話しかけてくれていたのか。
「それからいろいろあってこんな関係になった。短い時間で一気に私の周りの環境は変わった。それは嫌なことじゃなかったよ?むしろ凄く楽しかった。きっとリョウと会っていなければ私のウィッチとしての人生はあそこで終わっていたんだと思う。けれど、本当に奇跡みたいなことが起きてこの時期まで飛べるようになった。毎日が本当に楽しかった。ウィッチとしてほかの娘と楽しくわちゃわちゃしながら飛んでネウロイと戦って時々お菓子を食べて、そんな日々にリョウが加わってもっと楽しくなったの。ここにきて、私よりも年下なのに私よりも本当に戦果を挙げている娘たちと一緒に戦っていける自信はなかった。けれど、リョウがいてくれたおかげで何とか戦えた。初めは感じていた不安もリョウと一緒に飛んでいる間はそれを感じなかった。むしろ一緒に飛べて役に立てていたと思えるようになっていた。」
「あぁ。俺はいつも助けられていたな。」
そうだ、ウィルマは俺のサポートにいつもついていてくれた。取り逃がしたネウロイ、俺がおとりになっている間に撃墜する、その逆もあった。お互いがお互いのことを考えていたからこそできたサポートだと思う。
「そうでしょ?頑張ったもん。けどね、それももう限界。私のシールドがネウロイのレーザーを防げない限り、もう役には立てない。
楽しい幸せな時間が永遠に続くのは絵本の中だけ。もう私の絵本も最後のページ。薄々覚悟はしていたけど、ついにその時が来ただけなんだと思う。」
ウィルマのウィッチ物語はもう最終ページ、か。随分詩的な言い方だが言いたいことはよくわかった。もう彼女自身が限界を迎えていることには気が付いていたんだ。あとは決断だけだった。
「そうか。強いな、ウィルマは。」
「そんなことないよ。予想していたから覚悟はできていたってこと。さすがにその話をされた次の日に、辞めるっていうのは予想していなかったけど。」
「さすがにそこまで出来ていたらきっと将来別の道進めるだろうね。」
「超能力者、ウィルマ・ビショップなんてね。」
と俺の手を強く握ってきたウィルマ。
「私はね、もう覚悟を決めたよ。リョウの話を含めてね。」
そして顔をこちらに向けて真剣なまなざしで俺を見上げてきた。
「そんな今すぐ決めなくてもいいんだぞ?明日一日使ってゆっくり考えたっていい。」
だがウィルマは首を横に振って俺の頬に触れて困ったような笑顔を浮かべてくる。
「平気だよ。私のことを一番に考えてくれているのはよくわかるよ。けれど、私のわがままでリョウに迷惑かけるわけにもいかないでしょ?それにもう私の魔力では戦闘では役に立てないことはみんなわかるもの。ヨエンスーでもそれははっきりしていたし、それにあそこで今では後方支援を行ったほうがみんなの役に立てることも知ることができた。
だから、平気だよ。もう下りたって私は何の後悔もしない。」
そんな眼差しで言われたら、それ以上は何も追及できなくなってしまう。俺は心から湧き出てくるウィルマへ聞きたいことをすべて消し去りうなずく。
「わかった。答えてくれてありがとう。」
「ただね、その・・・。少しさ、不安だから、ちょっと今日だけは一緒に寝てくれる?」「
「あぁ、それでウィルマの不安が少しでも和らぐなら。」
「うん!ありがとう!」
立ち上がって部屋の電気が消えると薄い白色の光が差し込んできた。そしておもむろに俺に飛び込んでくるウィルマ。
これで本当によかったのか?そんな不安が俺の心から消えることはなかった。
「それじゃあ、話してくるね。」
「あぁ。」
次の日、ラル少佐とロスマン曹長がいる部屋の前まで俺とウィルマは一緒に向かった。
朝食の時、2人に話があるというとその一言だけですべてを理解してこの場を作ってくれた。
「やっぱりあの2人しかいない部屋に私だけっていうのは緊張するね。」
「そうか?俺はしょっちゅう話をしているからそんなのはないぞ。」
「私はいつも上官を目の前にしても平気なタイプなんだけど、今日だけはさすがにね。」
そんなの初めて聞いたぞ。まぁ、ウィルマが上官に萎縮している姿なんて想像できないからな。無理な物には無理だと何のためらいもなく言いそうだしな。
「それで、本当にやめるんだな?」
「うん。もう決めたことだから。これ以上は無理だよ。ほら、シールドだってこの通りだし。」
そう言って掌にシールドを展開するウィルマ。それは俺らが張るものと比べてもかなり薄く見え、とてもネウロイのレーザーの直撃には堪え切れるとは到底思えない厚さだった。
「むしろ、ここまでよくケガもせずに頑張ってこられたと思うよ。どっかの誰かさんと違ってね。」
その一言は俺の心に突き刺さる。心配させた後ろめたさが俺を襲い掛かってきた。
謝ろうか、それとも別の話題を振るべきか、その悩んでしまった時間が致命的だった。
「なんだ、もう来ていたのか。」
俺が最後に何か話そうかと思案しているとラル少佐が戻ってきてしまった。全く、どうしてこう大事な時に限ってタイミングが悪いことが起きるんだ。
俺がそう心の中で悪態ついているのを知らずにラル少佐は顔を耳元に近づけてこれからの会話が彼女に届かぬよう、囁いてきた。
「(それで、話というのは昨日のことでいいのか?)」
「(ええ。そういう方向で、ということになりました。)」
俺がそういうと少し驚いた顔をするラル少佐。
「(まさか話した次の日に決まるとは思っていなかった。随分と仕事が早かったな。)」
「(えぇ。まさか俺もこんなに早くすんなりと決まるとは思ってもみませんでした。ただ・・・。)」
「(何か、問題があったのか?)」
俺は一瞬、あと数日だけ執行猶予がもらえないかというべきか悩む。少しくらいならば許可してくれるのでは?という甘い考えがよぎってしまう。だが、ダメだとその考えを頭から消し去る。ラル少佐は上官で俺は部下だ。彼女の命令は絶対であって、疑問の余地はあってはならない。ウィルマは大切だが、そこに私情が入ってはいけないんだ。
「(いえ、何もありません。)」
迷いはあった。だからこそ、俺はそれを打ち消すようにそういった。
少佐は俺とウィルマの顔を交互に見る。俺の顔から少佐は何を思ったのかはわからないが“わかった”とつぶやき顔を縦に振る。
「それじゃあ、あとは私たちで詳しく話そう。この話は長くなるはずだから少佐は部屋に戻って待機していろ。今日中に結論が出ないかもしれないからな。」
「わかりました。ただ何か決まったのでしたら真っ先に知らせてください。」
「あぁ。そのようにしておこう。では軍曹、始めようか。」
「はい。」
扉が閉まるその瞬間のウィルマの表情は何かを決意した、そんな風に俺には見えていた。
結局、夜間哨戒に出発する時間までウィルマたちの話が終わることはなかったようだ。俺はどうなったか不安に思いながらも離陸していった。ラル少佐たち3人がいる部屋を眺めながら。
夜間哨戒中、いつものハインリーケ、ハイデマリー少佐に加えて今日は501のサーニャまでも加わって話に花を咲かせていた。
ちなみにどうやってサンクトペテルブルクとヴェネツィアというこの時代にしては長距離の通信を可能にしているのかというと、ハイデマリー少佐が俺たちの間で中継基地のような役割を行っているかららしい。ナイトウィッチというのはずいぶんと便利なことができるなとは思っていたがまさかそんな通信基地のようなことができるとはかなり驚いた。
もっともそのような便利なことができるのもひとえにナイトウィッチ最高峰であるハイデマリー少佐だからこそできる技術なのだろう。
こんないつもの夜よりちょっぴり賑やかなった場が出来上がったからだろうか、俺はつい心の迷いを彼女たちに話していた。
「ところでさ、一つ聞きたいことがあるんだ。」
『なんじゃ?お主が、我らに聞きたいことじゃと?』
「あぁ、そうだ。」
“へー”、“ほー”と不思議そうな声を出す3人。そんなに意外だったのか?
『バーフォード少佐がそんな話を切り出すなんてなんか不思議ですね。』
「ちょっと思うことがあってな。」
『思うところがある・・・。悩み事ですか?』
「そんなところだ。」
『それで、悩みとはなんじゃ?』
一拍、いつの間にか上がっていた呼吸を整え、心を整理して俺は皆に問いかける。
「もし、自分の大切な人が飛べなくなったらどうする?」
誰かの息をのむ声が聞こえた気がした。少し、残酷な質問だったかもな。
そう思いもう少し説明しようかと思った時、ハインリーケが答え始めた。
『どうすることも出来んじゃろ。そもそもそういうのはお主が悩むことではなく、その本人が悩むことではないのか?』
なるほど。いかにもハインリーケらしい答えだなと思う。
『そうじゃありませんよ、ハインリーケ。』
『ん?ではどういう事じゃ?』
だが、俺の悩みをあの一言だけでかなり理解していてくれたハイデマリー少佐が彼女の答えに補足を入れてくれた。
『バーフォード少佐が言いたいのは、そういう“仲間”とかいうものではなくもっと大切な人の事ではないでしょうか?』
「あぁ、その通りだ。そうだな、お前で言えば前に話してくれた黒田とかかな。そいつが突然、それも一生、ウィッチとして飛べなくなったらどうする?って話だ。」
サーニャだとエイラになるのか。ハイデマリー少佐だと・・・誰だろうか?
彼女の交友関係はあまり話に上がらないから想像すらつかないんだよな。
『あいつが突然飛べなくなるか、それも一生。想像すらつかんな。』
『でも今バーフォード少佐の周りではそういう事が起きているんだと思います。だから悩んでいるんですよ。』
「あぁ、ハイデマリー少佐の言う通りだ。」
どうやら俺の悩みを3人に聞いてもらったのは正解だったかもしれない。502の奴らにはどうしても離せない内容だったしな。
『できればでいいのですが、もう少し詳しく話してもらえますか?』
『私も、詳しく聞きたいです。』
サーニャも聞きたいのか?やっぱりエイラがらみだろうか?
「面白い話ではないぞ。もしかしたら不快に感じるかもしれない。」
『えぇ。でも、お願いします。』
「わかった。」
俺はそうして最初からすべてを話した。どうしても彼女に何かしてあげるべきではないのかという迷い、彼女の判断を尊重すべきということは心ではわかっているはずなのにどうしても迷ってしまうということを。
「俺は、どうするべきなんだろうな。あいつとどうしたいのか、どうするべきなのか、それすらも悩んでしまっているんだ。」
『・・・難しいな。お主たちの問題だけでなく第三者の要因も関わっておるのが余計に複雑にさせる原因になっておるのじゃな。』
「悪いな。こんなことにつき合わせてしまって。」
『そんなことはないです。誰もが一度は向き合わないといけないようなことだと思いますし。』
『そうじゃろうな。覚悟しているようでしていないと、いざというときどうしたらいいのかわからなくなってしまう。そこのお主のようにな。』
「それは、ハインリーケの言う通りだ。」
その指摘に思わず自分が情けなくなってしまった。なんせずっと先延ばしに知った結果がこれだ。いつかいつかと思いつつ嫌な話題だと避け続けていた自分に非がある。
5分くらい、誰もしゃべらない時間が続いたがそれも彼女の声で終わる。
『私はその大切な人がした判断を尊重したいですね。』
「サーニャ?」
まず初めに話し出してくれたのはサーニャだった。
『だって大切な人ですから、もちろん最後まで一緒にいたいです。でもそういう人だからこ
そ、私の意見で動いてほしくないです。少佐の大切な人はもう辞めると決めているんですよね?』
「あぁ、彼女の意志でな。」
『ならもうそれを尊重してあげるべきだと思います。だってそれは大切な人が決めたことですから。過度に干渉するのは良くないと思います。』
『でも、バーフォード少佐のもう少しだけ一緒に飛びたいというその未練も少しわかります。』
サーニャの意見に対して逆の意見を話し始めたのはハイデマリー少佐だった。
『私は、その固定の僚機というのがいないのでそういう事はいまいちわかりません。だから想像となってしまうのですが今までずっといた人と突然一緒に飛べなくなるというのは寂しいことだと思います。
いつも一緒に戦っていつも一緒に戦果を喜んでそしていつも一緒にそばにいる、その人が突然いなくなってしまったら悲しいです。もちろん、ネウロイとの戦いが終結してみんなで引退、というのが最高なんですけどね。』
魔力低下や被撃墜なんかではなく、戦争の終結による引退か。それは本当に現状を見れば本当に夢だな。
『その人に、そのことを伝えてみては?“あなたはそう決めたかもしれないけれど、私はもう少しだけ飛びたい。わがままに付き合ってほしい。”と言ってみるのもいいかもしれませんよ。自分の都合を押し付けてみるのも時には大事だと思います。今ならまだ間に合うのではないでしょうか?』
2人の意見は対照的だけどどちらの言っていることも間違えではないし、いいことだと思う。ただ、俺自身が答えを出すのにつながるかなり貴重な意見だ。やっぱり相談してよかった。
そういえば、と前置きしてハイデマリー少佐がふと疑問を投げかけてきた。
『少佐は、その大切な人がすんなりと飛ぶことを辞めることを受け入れてしまったことに戸惑いを覚えたりはしませんでしたか?』
戸惑い?戸惑いなんてそんな・・・いや、あったな。どちらかというと戸惑いよりも違和感という方が適切かもしれないが。
「・・・あぁ、そうだな。さっきまではあれほど頑張ると張り切っていたのにこの話をし始めた途端にあきらめてしまった。どうしてそういう風に変えてしまったんだろうとは思ったな。」
『それってもしかして少佐に気を使った結果だったりしませんか?』
十分にあり得る。いつも俺に気を使ってくれていたウィルマのことだ。今回も自分の意見を押し殺して、また他人を最優先にしてしまったのではないか?俺は、あいつの好きなように生きてほしい。こんな大切な決断をするときに俺なんかを考慮に入れないでただ自分のしたいことをして欲しいんだ。そして彼女がそうやって決めたのなら俺はどんなことでも受け入れたい。
『どうやら、あるみたいですね。昔本で読んだことあるんですよ。お互いが気を遣ってしまった結果不仲になるっていうのが。』
お互いが気を使っている、か。もしかしたらそうかもな。お互いがお互いのことを常に考えているから、もしかしたらということもある。
『なら、そこから先は少佐自身の問題ですよ。私たちができるのはここまでですから。
一度、本音で話し合うのもいいかもしれません。』
「そうだな・・・。ありがとう2人とも。あとはもう少し、自分で・・・。」
考えてもう一度、今度はお互いの気を遣うことなく本音で語り合ったほうがいいのかもなと結論付けようとしたその時、
『お主、それよりもっと先にやるべきことがあるんじゃないのか?』
ハインリーケの少し怒ったかのような声が聞こえた。さっきから一度も発言をしていなかったからどうしたのかとは思っていたがまさかここで何か言ってくるとは思わなかった。
「もっと先に言うべきこと?あいつにか?」
『そうだ。先ほどからずっと話を聞いているが一度もそこについて話しておらんかった。きっとその調子だとまだ言っておらんのだろうな。』
「言っていない?一体何の話だ?」
『たわけ!それくらい自分で気づけ!馬鹿者が!』
その甲高い彼女の声が頭に響く。
『本当に今のお主はお主か?あの時のようにもっと頭を使え!もし全然だめだというのなら今すぐ北海にまで飛んで行って頭を冷やして来たらどうだ!』
俺があいつに一番に話さないといけないこと?もう俺は言うべきことは言ったはずだ。
ハインリーケがここまで言うんだ、きっとこいつのいうことは正しいだろう。
何だ?俺はいったい何を言い忘れている?
基地に戻ってきて、彼女の口から飛べなくなることを聞いて、お疲れさまと声をかけて、ラル少佐から頼まれたことを話すために彼女の部屋に行って、そのことを話していろいろ話したな。ケガの事、ワイト島やここでの思い出も話したな。それから出会った時からいろんなことがあったと、ウィルマは俺に出会えてよかったって・・・。
「あ。」
『少佐?』『ふん。遅いわい。』
初めてこの世界に飛ばされてきたとき、俺を救ってくれたのは誰だ?俺とワイト島分遣隊の皆との懸け橋的な存在になって俺を孤独にさせまいと努力してくれたのは誰だ?そしてこんな俺でも見捨てずにずっとそばをついてきてくれて助けてくれたのは誰だ?
決まっている。ウィルマじゃないか。
そんな煩わしいことを考えたり本音で話したりとかそんな物よりももっと先に言うべきことがあるじゃないか。
「なるほど、確かにお前の言う通りだった、ハインリーケ。言われるまで全く忘れていた。」
『全く。阿呆、間抜け、そんな言葉しか思い浮かばないぞ、馬鹿者。』
そのハインリーケの言葉が心に突き刺さる。確かにこいつの言う通りだ。どうしても視野が狭くなって本当に大事なものを見落としていたみたいだ。
「ありがとう。助かった。」
こいつのおかげで俺の進むべき道がようやくわかった気がした。何かしてあげる前に俺がまずウィルマにしなければならないことが残っていたのだから。
『ところで、バーフォード少佐。』
「ん?サーニャ?どうした?」
帰ったらウィルマにあってどういう風に話そうか、と考えているとサーニャが話しかけてきた。
『その大切な人ってリーネさんのお姉さんですよね?』
「あぁ、そうだ。」
『どうやって出会ったとか教えていただけませんか?リーネさんはあまりご存知では内容だったので。』
前に皆がいるところで“お兄さん”って言ったあのリーネ。本人はいたって真面目言っているのだろうがこっちとしてはかなり気恥ずかしかった。きっとあれ以降彼女もいろいろ聞かれたのだろうがやはり張本人に聞くのが一番ということなんだろうな。
「別に構わないが・・・。ハイデマリー少佐も聞きたいか?」
『ぜひ。せっかくの機会ですから。ハインリーケも聞きたいと思いませんか?』
『ふん、まったく興味ないわい。』
『あれ、この前・・・。』
『うるさい!黙っとれ!』
どうやら俺の知らない間に面白いことになっていたようだ。
『少佐、聞こえるか。こちら502コントロール。』
「感度良好、問題なし。どうした?」
ラウラたちとの演習を行っていたころの話をしていた時、管制塔から唐突に連絡が入ってきた。たいてい管制塔から連絡が来るときはろくなことがない。だが今回の連絡は敵発見報告ではなく意外なものだった。
『前線基地、ブラボー3にて急患が発生した。至急大量の輸血が必要らしいがそこの基地にある分では足りないらしい。幸いこちらの病院にある分を回せることになった。』
「つまり、俺にその輸送を行えと?」
『あぁ、少佐のジェットストライカーユニットなら速度も問題ないだろう。そちらまで血液を運ぶ部隊がたった今スクランブル発進した。エリアGにて合流してくれ。夜間哨戒任務はそいつらに引き継いでくれれば問題ない。』
「了解した。」
血液輸送か。そんなものまでウィッチの仕事なんだな。そんなものくらい輸送機でやってしまえばいいのに、と思ったが燃料代などを考えればやはり楽なのだろう。ウィッチの汎用性の高さ故に重宝されるんだろう。
『ネウロイですか?』
俺が別のところと通信していることを感じ取ったハイデマリー少佐が何事かと聞いてきた。
「いや、ネウロイとは関係ないが緊急事態だそうだ。」
『ネウロイではないのに、ですか?』
「あぁ。俺の速さが必要なんだとさ。」
『速さ、ジェットストライカーユニットですよね。なるほど。』
任務に関することにつながるから話せないことがお互い分かっているからそれ以上は聞かれなかった。
『それでは、幸運を。』
『また話の続き聞かせてください。』
「あぁ、ありがとう。もちろん、その時はちゃんと話してやるさ。」
10分後、先に指定された合流ポイントに到着したがまだあちらは到着していなかった。
とりあえず来る方向と距離はわかるのでスコープを使ってその報告を確認する。
接近してくる反応は・・・2?てっきり下原だけかと思っていたが、どうやらそうじゃないらしい。どこかで別の部隊所属のナイトウィッチと合流したのかそのほかに何か、理由があるのか。合流すればその理由もわかるか。そう適当に楽観視していた。
やがて接近してくる2つの衝突防止灯が大きくなり、シルエットが分かるくらいに近づいてきてそこでようやくもう一つの反応が何かわかった。
「ウィルマ!?」
「えへ。きちゃった。」
「来ちゃったってお前・・・。下原、これはどういうことだ?」
502から来たのは下原とウィルマだった。俺の困った顔に下原も同様に苦笑いをしながら答えてくれた。
「簡単に説明すると、ウィルマ軍曹がどうしても今日飛びたいということで少佐が特別に許可してくれたんです。」
「ラル少佐が許可を出したのか?」
「そうだよ。頭下げて必死にお願いしたら特別に、ということで許可を出してくれたの。」
「許可を、あの少佐が?」
「はい。ですから、こうして軍曹が私と一緒にこられたんです。」
まさか、あの人がそんなことを認めてくれるなんてな。だが、結果的にはこれはラッキーだったかもしれない。なんせ最後の最後でこういった機会を作ってくれたのだから。
「それと、これが連絡にあった血液です。」
「あ、あぁ解った。確かに受け取った。だが、ウィルマ。お前はどうするんだ?俺と一緒にこれを運びに行くわけにも行かないだろう?」
「そこは私にお任せください。少佐が戻ってくるまで私と一緒に飛んでいてもらいます。ウィルマさんはあまり夜間哨戒の経験がないという事なので今後のためにもいい経験になると思います。」
いい経験、か。まだ下原には正式にはウィルマが辞めることは教えていないから親切心からそう言ってくれるのだろう。
「助かるよ。それとウィルマも夜間哨戒は不慣れだろうけれど下原に迷惑をかけないようにしておけよ。」
「もちろんだよ。下原さん、よろしくね。」
「下原も、ウィルマはこの通り夜間哨戒経験があまりなくて頼りないだろうけれどたまにはこういう賑やかなのもいいと思うぞ。適度に使ってやってくれ。」
「わかりました。少佐が戻ってくるまでは夜間飛行の先輩として色々教えてあげることにします。」
そういう下原の口調は心なしか弾んでいた。案外彼女も教えるのが好きなのかもしれないな。
「頼んだ。それじゃあ、行ってくる。」
「行ってらっしゃい。」「よろしくお願いします!」
俺は二人の声を受けながら進路を南東に向け、出力を一気に上げた。
基地に血液を届け、合流した場所に戻る頃にはすでに午前3時を回っていた。基地に到着すると意外にも俺のことは知られているらしく顔を見てすぐに“バーフォード少佐ですよね?”と名前で呼ばれた。もっと時間がかかると思っていた、と到着の速さに驚かれた。そのまま少し休んでいったらどうか、という流れになったが臨時で哨戒任務を変わってくれている奴がいるからということでまた来るという約束をして基地から離れた。いつもなら少しいただろうが今日だけは、どうしても時間を無駄にすることができなかった。下原と時々連絡を取りながら、こちらで位置を把握ながら無事に合流できた。
「下原、ウィルマが世話になったな。」
「いえ、夜間哨戒中にこうやって話せるというのは意外と新鮮ですごくよかったです。もちろん、ちゃんと仕事はしていましたよ?」
やはり下原の能力だと俺みたいにほかのナイトウィッチと交信ができない関係でいつも一人だ。だからこういった誰かと話しながら、というのも珍しいのだろう。
本来ならこういったことは絶対に許されないはずなのにこうして飛んでいるのは、彼女の説得と少佐が機転を利かせてくれたおかげか。
2人に合流したのはいいがこれからどうしようかなと考え始めた時、下原が予想外な提案をしてくれた。
「少佐、もしよろしければ今日は最後まで私が夜間哨戒を引き受けますよ。」
「え?」「下原?」
「私にはわかりませんが、お二人にとって大事なことがあったんですよね?なんとなく雰囲気でわかりました。けれどそれを聞くのはご法度だってわかっているからみんな気がついてはいるんですけど聞かなかったんです。
ここならお二人以外誰もいません。せっかくの機会ですからぜひ使ってください。」
午前3時の東欧戦線。太陽が昇り始めオレンジ色になり始めたこの空、周りを飛んでいるものはネウロイどころかウィッチすらいない。まさに俺たちだけにあるかのような場所であり最後の最後で舞い降りてきたラストチャンスだ。ならぜひとも使いたい。
「これは私の勘なんですけど、きっとお二人の問題ってケンカとかじゃないですよね?」
「あぁ、それは違う。俺たちの間でケンカなんてしたことがないからな。」
「え、ワイト島でちょっとしなかったっけ?」
「そうだっけか?」
「したよー。私あの時けっこう怒ってたもん。」
俺とウィルマで顔を見合わせてそんなことを話しているのを下原は穏やかな顔で見ていた。
「いえ、その様子だとそこまで深刻そうではありませんね。それだけ分かれば十分です。もし別れるなんて話になったらどうしようって心の中で思っていたので安心しました。」
「・・・そうだったのか。随分と迷惑をかけたな。」
「ありがとうね。」
俺とウィルマは下原に頭を下げる。ここまでしてくれた彼女に感謝だ。もちろん許可を出してくれた少佐もそうだが俺が行って帰ってくるまで本来ならば引き渡したらそれで終わりの筈なのにずっとウィルマのリードをしていてくれた。
どうしてそこまで下原は・・・?
「そういえばラル少佐が“バーフォード少佐ならきっとここで引き受ければあとで好きなことを一つかなえてくれるはずだ。彼は義理堅いからなって。”って言っていましたよ?」
わかっているな?そう言いたげな表情をこちらに向けてくる下原。やっぱりうまい話には裏があるってことか。トレードマークのうさ耳を動かしながら目で催促してくる彼女。まぁ、それでこの貴重な時間が貰えるというのならば安いものだよな。
「・・・その件については後ほど、下りたら話そうか。だがそれは了解したと伝えてくれ。」
「約束ですよ?私、そういうの絶対に忘れない人ですから。」
俺の約束を取り付けた下原の表情はしてやったりと言わんばかりのものだ。
「それでは、夜間哨戒の方は私にお任せください。といってもあと日の出まで30分もないですけどね。」
「そうだな。この時期の朝は早いしな。」
午前3時だというのにもう東の空は濃い青色からオレンジ色にかなり染まり始めていた。夜間哨戒の時間が終われば俺も基地に戻らないといけない。それほど時間は残されてないが、やれるだけのことはしたい。
「それでは、ごゆっくり。ラル少佐には私から報告しておきます。」
そう言い残すと下原は出力を上げて北西の方角へと消えていった。俺はウィルマの右に立ち、彼女の左手をそっと取った。
「暖かいね。」
「あぁ、寒いだろう?夜間哨戒も戦闘は少ないけど大変だってこと、わかってくれたか?」
「うん。最後の最後でいろいろわかってよかったよ。」
ふと彼女の顔を見るといつもと変わらない笑顔だった。今になってようやく気がついたが昨日までの彼女の笑顔はやっぱりどこか悲しそうだったな。
「あ、どうして来たんだって顔してるね?だって昨日、あんなに寂しそうな顔していたらもう一回くらい飛んであげないとなって思っちゃうよ。」
「さすが、ウィルマだ。」
行動力の塊であるお前じゃなきゃ、絶対できないことだろうよ。普通は上官を説得してほとんど飛んだことがない夜間に飛ぼうなんて思わないだろ。
「ラル少佐には迷惑、かけちゃったな。」
「そうだね。でも悔いが残らないようにこうしてもらったんだ。いやだった?」
「まさか。」
俺が一番欲しかった時間を作ってくれたんだ。うれしくないはずがないじゃないか。
「だよね。そう言ってくれると思ったよ。」
さて、さっきまではどう切り出そうかとか考えていたが今となってはもうどうでもよくなった。なに、簡単なことだ。自分の思っていることをそのまま伝えればいいのだから。
一度深呼吸してその握る手に少し力を込めて
「今までありがとうな、ウィルマ。」
心からのありがとうを伝えた。
「ほえ?」
「いやさ、こうやって僚機になってくれたことを心から感謝するっていう事をあまりしてこなかったからな。ずっと一緒にいることが当たり前になってずっと言えていなかった。
だから、ありがとう。出会えてよかった。」
「え、え、その、どういたしまして?」
なんとなくウィルマっぽいその反応にどこか安心してしまった。不安などは感じてはいなかったがどこか緊張していたからな。
「急にどうしたの?」
「せっかくの機会だからいろんなこと感謝しなきゃなって思ったんだ。」
俺がFAFからここに飛ばされて真っ先に助けてくれたのは彼女だった。身元不明の人物を受け入れるリスクを冒してまで助けてくれた隊長もそうだけど、その後も不信感を覚えているはずの皆との仲介をしくれたおかげで俺はなんとかなじめた。それからだろうか、俺が変わり始めたのは。今まで以上に周りを頼れる様になった。
「ウィルマ、君が俺を変えてくれたんだ。これでも仲間のことを今までよりもずっと頼れる様になった。お互いを信頼しあうっていうのを教えてくれたのは君だ。そんな自覚はないかもしれないだろうけどさ、変われたのは事実だ。俺もウィルマと同じで本当に出会えてよかった。」
空を飛ぶ楽しさというものに新たに誰かと一緒にという新しさを俺にくれた彼女。
「なら、お互い様だね。私もあなたと飛べて楽しかった。」
それを2人とも感じられているというのは本当によかったと思う。
「最後の最後で一緒に飛べてよかった?」
「あぁ。」
「うれしい?」
「もちろんだ。」
「なら、無理した甲斐があったよ。」
彼女がそういった直後、太陽のまぶしい光が俺たちの目に入ってきた。二人でそちらを向くとわずかに太陽が姿を現していた。
「空から見る日の出もいいね。」
「綺麗だろ?」
「うん。すごく綺麗。」
『502コントロールだ。バーフォード少佐、現在位置知らせ。』
俺とウィルマはお互い顔を見合わせると思わず苦笑いしてしまう。せっかく幻想的な風景を楽しんでいたのに突然現実に戻された気がしたからだ。だが、仕方ないか。
「こちらバーフォード少佐。現在位置エリアG」
『エリアG、了解。哨戒機が上がった。速やかに帰投してくれ。』
「了解。」
哨戒機が上がったならもう終わりか。本当はもう少し上にいたかったがわがままを言っても仕方ない。
「帰るか。」
「そうだね。」
こうして俺たちは基地への帰路についた。俺はもう飛ぶ前に感じていた不安はどこにも覚えていなかった。
彼女がいなくなり一週間がたった。部隊の雰囲気は彼女が去った後少し味気なく感じていたが今ではもうそれが日常となってしまっていた。もちろん寂しさがないと言えばうそになる。だけど、そんなことを言っていても始まらないしいつまでも俺だけが引きずるわけにもいかないのだ。新しく部隊に来る2人との調整ももうすぐ完了し、数日中にここに来るとの事。これでここ502統合戦闘航空団も11人となり正式に満員となり遠征も本格的になるだろう。そういえば、腹部の傷もジョゼのおかげでだいぶ楽になった。毎回毎回ぶつぶつ言いながらも結局は治癒魔法をかけてくれた彼女には感謝だ。
「失礼します。」
「どうぞ。」
さて、いつものようにラル少佐に呼び出されていた俺は先に皆に準備させてからラル少佐に会う。司令官室に入るとラル少佐が仕事をしていた。この様子も相変わらず、だな。だが、いつもと異なり、
「ラル少佐、ロスマン曹長は?」
先生がいなかった。この時間ならすでに一緒に仕事をしているはずなのに。
「所要があって現在、席を外している。」
「そうでしたか。」
確かさっき3人で話し合うと聞いていたのでてっきり少佐、先生、俺の3人だと思っていたから彼女がいないのは意外だった。
「それで、お話というのは何でしょうか?」
こうして呼び出されるのももう慣れたものだったから話してくる内容も大体予想がついていた。俺が椅子に座るとラル少佐は走らせていたペンを置き、こちらを見て話し始めた。
「バーフォード少佐、君にも補佐官が必要ではないか?」
だが、その予想は今回に限っては外れることとなった。
「補佐官、ですか?」
「あぁ。私にもロスマン曹長が、私の実質的な副官を務めてくれている。仕事が多くてよく手伝ってもらっているのは君もよく知っているだろう。
だが、これは私の仕事要領が遅いのが悪いのだがここ最近かなり仕事が溜まっていてな。篭鳥恋雲とはまさにこのことだろう。少佐にも少し手伝ってもらいたいことが山ほどあるのだ。」
「それは、別に構いませんが・・・。」
別に仕事を手伝うことくらい問題ない。どうせ出撃後の報告書の作成が終われば基本俺は自由だしな。その空いた時間に曹長と資源基地に行ったり熊さんと話し合ったりしていたからいけるだろう。
「あぁ、ありがとう。だが手伝ってもらうことになるとどうしても君の仕事も大変になるはずだ。だから補佐官をつけるのはどうだろうか、と提案させてもらっているんだ。」
「・・・そこまで増えるのですか?」
「あぁ、502の司令官となるとほかの部隊の比ではないな。いろいろな場所に勤務してきたがここが一番忙しい。おかげで空に飛ぶ回数も減ってしまっている。」
そういうラル少佐の顔はかなり嫌そうな顔だった。ラル少佐のことだから俺に仕事を回したとしてもそれが他の俺の仕事を圧迫する程はならないだろう
「それで、どうだ?補佐官は必要か?」
「必要ありません。自分のことは自分ですべてやるのは当たり前ですから。」
「それは私に対する当てつけかな?」
「あ、いえ、決してそんなことは。」
「冗談だよ。」
そういうラル少佐の表情はいつもと比べて明るかった。こういう冗談を言うのも珍しい。
コンコン。
そしてちょうどいいタイミングでドアをノックする音が響く。
「少佐、私です。今戻りました。」
「先生か、いいぞ。」
所要とやらが終わったのか曹長が帰ってきた。こんな時間から外出なんて珍しいな。
「お疲れ様だ。それで、そっちは?」
「問題ありません。」
「?」
「ラル少佐、そちらはどうでしょうか?」
「予想通りだったよ。」
??なんだ?何かラル少佐と先生の間で話が進んでいるが全く俺はついていけない。
「いったい何の話ですか?」
「実はな、補佐官の話は私がブリタニア空軍の君の上司とも話し合って決めたことでもあるんだ。将来、絶対に必要になるはずだから今のうちから付いていてもらえばあとできっと楽になるだろうという事でな。」
「ジャック、いえダウディング空軍大将がですか?」
「そうだ。そしてすでに人選は済ませて命令書を携えてもう来てもらっているんだ。」
もう来てもらっている?それって・・・、あぁ、だから先生はこんな時間から所要があったのか。そのわざわざ手配してくれた俺の補佐官とやらを迎えに行くために。
「そりゃ、なんとまぁ、仕事が早いことで・・・。」
「こういう仕事は早いに越したことはないからな。それじゃあ、先生。」
「はい。」
そう言って扉を開ける先生。そして扉の向こうから一人の少女が入ってきて、窓の外から流れてきた風が彼女の髪を大きく揺らした。
「彼女が、今日から人事局が推薦してブリタニア空軍大将の命令の下で君の補佐官についてもらうことになったのだが、自己紹介の必要はあるかな?」
トレードマークの茶色の帽子とジャケット、そして青色の瞳、誰が見間違えようか。
「ウィルマ!?」
「やっほー。」
笑顔で手を振ってくる彼女。何でここに?いや、今の流れから俺の補佐官ってまさか?
「少佐、これは私の贖罪でもあるんだ。」
「ラル少佐?」
贖罪?一体何の話だ?
先ほどから話の流れが速すぎてついていくのがやっとの俺だが、その言葉が心に引っかかった。
「贖罪、ですか?」
「あぁ、私は君たちのことの事情を一切無視してあの決定をした。そのこと自体は間違っていたとは思っていないが、ずっとここであの三人組やポルクイーキシン大尉、そして私たちを含め全員のために働いてくれた君に何もしないのは少し心苦しくてな。私の持っているコネクションを使って何とかここまでやっては見たが、どうだ?私からのプレゼントは気に入ってもらえるかな?」
ラル少佐。あなたって人は、いつも俺を驚かせてくれる。嬉しくないはずがない。
「もちろんです、少佐。ありがとうございます。」
俺は立ち上がってウィルマの前に立つ。たった1週間、されど1週間。もしかしたらあと数年は会えないのでは、なんて考えていたからこんな形で再会できたのは予想外だった。
だからウィルマがここに帰ってこられたことに感謝しながら、両手を広げて彼女の帰還を歓迎する。
「お帰り、ウィルマ!」
「ただいま!」
そう言って俺に飛び込んできたウィルマは今まで最高の笑顔だった。
ブレイブウィッチーズのアニメは毎回終わった後に尊い、としか言えませんでした。502でも501でもアフリカでもいいからアニメどんどん出ないかなー。
新年あけましておめでとうございます。(大遅刻)
次回からはフルメンバーで戦闘シーン全開で行きます。
ご指摘、ご感想、誤字訂正があればよろしくお願い致します。