妖精の翼 ~新たなる空で彼は舞う~   作:SSQ

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祝50話(ナンバリング順)


第50話 忙しい一日(下)

「黙れ。貴様がその名で呼ぶだけで虫唾が走る、偽物。」

 

 

・・・え?

 

 

「いったいそれはどういう意味ですか?大尉?」

一瞬の静寂の、のち偽物と呼ばれた少年は首を傾げ、彼女にそう問う。

「それじゃ。」

「?」

だがそれに対し彼女は拳銃を向けながら、そして軽蔑の視線を彼に向ける。

「こやつはな、我には丁寧な口調など決して使わんのだよ。それに、呼ぶときはウィトゲンシュタイン大尉なんて呼ばないで普通にハインリーケ、と呼ぶのじゃ。」

「?初めて会うのだから、こうして丁寧に話でいるだけですが。」

彼は大尉の指摘に対して、ウィトゲンシュタイン大尉はため息をつきながら話を続ける。

「まったく、まだ言い訳するか。もうわらわは貴様が偽物だと確信しているというのに。

なら貴様が本物だというのならここで貴様の固有魔法とやらを見せてみよ。なぁ少佐?」

・・・あ!

そうだった。今の彼の階級は大尉ではない。少佐だ。

「いまの奴はな、バーフォード“少佐”なのだよ。そもそもの階級が違うのじゃ、偽物。グリュンネ少佐、お主行きの機内で言っていたではないか、ちょうど今日昇級したとな。」

確かに、そんな話は大尉とした。

心のどこかで今日昇進したことを本人が忘れていたのだと思っていたのかもしれない。

だけどそれが、まさかそれが間違いだったなんて夢にも思わなかった。

 

大尉がそこまで言ってようやくその少年は黙り込んでしまった。

やがて一瞬遠くを見て頭をかきながら彼女に質問する。

「ちなみに教えてくれないかな?その調子だと最初からもうばれていたのかな?」

「あぁ、もちろんだとも。本人の髪の色は黒だぞ?目は青色じゃ。」

まいったな、とつぶやく彼。

だがその雰囲気からは追い詰められている様子はまるでない。

拳銃を向けられているとは思えない余裕がそこにはあった。

「そこまで知っていたとはね。506からは彼の情報を写真や特徴などの書かれた書類は完全に消去した。仮に写真を見られたとしてもそこから紙の色や瞳の色までわかるはずがない。

あいにく、うちに彼と特徴が完全に一致する人物がいなかった。だからだれが彼を演じるのって話になったとき、歳が一番近いと思われる僕に白羽の矢がたったんだ。

彼と直接会ったことのある知り合いもいないはずだし、手紙も検閲していたから特徴は知りえるはずがない。無線も傍受していたから彼と連絡を取った形跡もない。上手くだませると思ったんだけど結果はこのざまか。ねぇ、どうやって彼の特徴を知ったの?君の直属のエージェントとか?」

だが、大尉は彼の質問を鼻で笑う。それはあざ笑うかのように、なぜそのようなこともわからないのかと言っているようだった。

「手紙まで検閲していたとはな。だがそれでは出来るはずがあるまい。妾と奴とをつなぐもう一つのルートを貴様はまだ知らないようだ。先ほどまで成りすましていたんだ、少しは考えてみてはどうだ?」

そうすると彼は手を口にあて考えるポーズをとるが相変わらずそこには余裕がある。

「・・・だめだ、さっぱりわからないや。答えは?」

「ハッ、答えると思ったのか?偽物。本人についての調査をもっと正確に行わなかった貴様ら自身を恨むがいいよ。」

「ひどいな。これでも結構頑張ったんだよ?彼のことはもちろん尾行した。ここ1週間で1回しか外出しなかったからそのままついて行ったんだけど開始後3分で見失ったんだよね。基地外から観察しようともなぜか見失ってしまう。彼、間違いなくこっち側の人間だよ。」

こちら側、という言葉を聞いて違和感を覚える。いったいどういう意味でいったの?

確かに彼には闇が多いのだけど。

ふと偽物が何かに驚いた顔をした。

「あぁ、なるほど。わかった、ウィッチ同士の通信か。QSLカードもそのためか。だから傍受できなかったのか。やられたな、それなら僕たちがわかるはずがないよね。あぁあ、失敗した。」

「なんだ、先程から饒舌に話すではないか?観念でもしたか?」

「まさか?」

だが、その偽物は笑みを浮かべた。その様子はこの状況を楽しんでいるかのようだった。

流石にその様子に違和感を覚えた大尉が問い詰め始める。

「随分と余裕だな?どちらが上かわかっているのか?」

「それはこちらのセリフだ、ウィトゲンシュタイン大尉。なぜこんなルートを選んだのかわからないのかな?なぜここで休もうと提案したんだと思う?なんで全く後ろから追手が来ないんだと思う?なんであの場から走らずにわざわざ早歩きでずっと移動していたのだと思う?ねぇ、何でだと思う?」

そこでようやく彼がずっと余裕を見せていたのかの理由がわかった。

「まさか!」「チッ、やられたようじゃな。」

すべて計算尽くしていた、ということなのだろう。

そしてここはすでに敵勢力圏内の真っただ中ということだろう。

あの時きちんと本人かどうかの確認でもしておけば、彼女の疑っていることに気付いてあげられればと後悔するが今はまず、この状況を打開する解決策を考えなければ。

「一つ聞いていいかしら?」

私は最初から持っていた疑問を彼にぶつける。私の声に気がついた偽物はこちらを向くと笑顔になる。

「おや、グリュンネ少佐。その悔しさがにじむ素敵な顔に免じて何個でも答えてあげましょう。」

「ッ!」

冷静に、と理性が私に語りかける。

その偽物の指摘に思わずこぶしを握る力がはいるがそれ以上はしないように自制する。一度、深呼吸して怒りを抑え彼に問う。

「あの襲撃はあなたたちが?」

「もちろん。あ、もしかしてあの運転手のことを気にしているのかな?ま、仕方がないよね?何事にも犠牲はつきものだからね。」

「貴様!」

その言葉に大尉の銃を持つ手に力がこもる。

一瞬、彼の顔が私の頭をよぎった。私たちが急な予定でここに来ることになり自ら運転手が必要だろうということで志願してくれた。それほど話したことはなかったが、私たちの仲間だという意識は私や大尉にもあった。だから大尉はいま、偽物の言葉に憤りを覚えたのだろう。私だって、今の言葉は許せなかった。

「おっと、やめておいたほうがいいぞ“姫さま。”」

「ッ、その名で呼ぶな!」

大尉は指を引き金にかけ、ファイアリングピンを親指で引き、いつでも発射できる体勢にして最後の警告とばかりに叫ぶ。

だが、その警告でさえ偽物は軽く受け流す。

「どうせ、その銃の引き金を引く勇気もないくせに。ほら、安全装置がかかっているぞ?」

その言葉に思わず反応したハインリーケ大尉が一瞬目を離した隙に偽物が回し蹴りをして顔を蹴り飛ばした。そして、その衝撃で拳銃が吹き飛ぶ。

「あッ!」「ック!」

「ネウロイ相手には銃を撃てるが、人間には撃ったことがないな?これだからウィッチは生意気で困る。」

偽物は飛ばされた拳銃には目もくれずに、立ち上がろうとするハインリーケ大尉に向かって拳銃を向け、それを制す。

「本当は両方とも生きて連れて来いって話だったがあれはあくまでも希望だ。本命であるグリュンネ少佐さえ連れていけばこちらとしても計画は成功なんだよね。大尉も魅力的だけどそこまで必要としているわけではないんだ。だからここでサヨナラだ。

僕を偽物と見破ったその洞察力は見事だったけど経験と腕が足りなかったね、ウィトゲンシュタイン大尉。次はしくじらないようにしたほうがいいよ?他人まで危険にさらしてしまうからね。

最も、その機会があればだけど。」

私はその言葉に、まさに大尉がこのままでは殺されてしまう、という危機感から本能的に腰に手を伸ばそうとする。

だが、

パン!

偽物が私の足元に銃弾を撃ち込み、私の動きも牽制する。

「下手に動かないほうがいいと思うよ?少佐は殺してはダメだけど、生きていればそれでいいだけの話だからね。

あぁそれにしても、その憤っている表情もまた素敵だ。美人はどんな顔をしていても美しいね。いっそのこと家に飾りたいくらいだ。だけど残念なことにこれから先、2人もいらないんだよね。」

その直後、スーツを着た男たちが私たちの周りに現れる。数は6人ほどだろうか。帽子を深くかぶっていたため顔はわからないがおそらく味方ではないだろう。

「お前たちか。時間通りとはいえ、随分と遅かったじゃないか。上からの指示はグリュンネ少佐が最優先で姫様のほうはオプションって話だったな?ならこの生意気な女は殺してしまっても構わないかな?」

男たちは何も答えず、ただ立ったまま動かない。だが否定をしないところを見ると肯定しているのだろう。

「うんうん、いいね。それで、船はどんな感じ?」

「すでに準備を完了しており1時間以内に出港可能です。」

「素晴らしい。それじゃあ、これから最後の仕上げに処刑を始めよう。罪状は、そうだな・・・堕落しきった王女に対する罰というのはどうだろうか?うん、それがいい。そうしよう。

本当は王女に手をかけるっていうのはまずいんだけどまぁ、カールスラント人だからいいよね。」

そういいながら偽物は笑いながら大尉の頭に銃口を向ける。本人は楽しんでやっているのがまた憎らしい。そしていま何もできない自分もまた悔しい。

「プリンツェシン、ペテルブルクにて散るってね。最初から勝利の女神とやらは僕に微笑んでいたみたいだね。じゃあね。」

偽物がそう言い残して引き金に指をかけ、そして

 

 

 

「やめて!」

 

 

 

 

パン!

 

 

 

 

 

私の叫びと乾いた発砲音があたりに同時に響いた。

 

 

「「なっ!」」

偽物と私の驚いた声が重なる。

そしてわずかに遅れてカシャン、と偽物の手から拳銃が落ちた。

偽物が崩れ落ち痛みにのたうちまわり始めた。

「な、くそ、何でこの僕が、こんな、なぜだ!?誰が僕を撃った!探して、殺せ!」

想定外の事態に私たちだけでなく彼らも混乱していた。

慌てて周りの男たちも音がした方向に振り向き、腰から銃を抜こうとするが別の人影が暗闇から飛び出してきた。

敵を視認したのにその人影の速度はあまりにも早く、スーツの男たちは反応できない。そうやって手間取っている間に人影は次々と拳銃を発砲、男たちを無力化していく。その移動スピードや手際のよさは恐ろしく早く人間とは思えない速度だった。

だが敵だって馬鹿じゃない。処理しきれていない残りの敵がスーツからMP40を取り出すと彼に向けて発砲した。

 

その時、ここにいる誰もが考えもしなかったことが起きた。

彼の目の前にシールドが展開されたのだ。スーツの男たちは驚きながらも攻撃の手を緩めない。

だがそれもむなしくシールドが彼に向かって撃たれた弾丸はすべて弾かれ、周りの壁に当たるのみで肝心のそのシールドを張っている人物には一発も当たることはなかった。

やがてMP40の弾丸がすべてなくなり、そのタイミングを見計らってその人は姿勢を低くしてスーツの男たちに再び突っ込む。

一人目の腹にナイフを突き刺し、そいつの体を盾にしながら2人に発砲、そのナイフを抜きさり、最後の男にそれを投げ、無力化した。

その攻撃はまるで踊っているかのように流れる動作で行われていたのだった。

その人は盾にした男を投げ捨て、偽物が最後のあがきと言わんばかりに拳銃を取ろうとはいつくばっているのを見て、その偽物の頭を踏みつける。

「残念ながらお前の勝利の女神への思いは片思いだったようだな。その程度の信仰ではきっと彼女も振り向いてはくれまい。」

そういって拳銃を手に取り自分の懐に仕舞ったのだった。

しばらくするとまた別の人物がやってきて指示を出し始めると何人かの彼の取り巻きがスーツの男を連れて行った。

偽物も例外でなく“やめろ!離せ!”と叫んでいたがすぐに聞こえなくなり、やがて暗闇に消えて行ってしまった。

突如現れ、私たちを助けてくれたその人物は無力化していったスーツの男たちが連れていかれるのを眺め、全員がいなくなるのを確認すると座り込んでいた大尉に近づく。

何を!と思ったが彼はそのまま跪くと彼女についていた血を優しく拭き始め、ゆっくりと話し始めた。

「やれやれ、全く。きれいな金髪が台無しだぞ?」

その言葉に大尉は目を点にして彼を見つめるが、その表情が面白かったのか彼は小さく笑う。

だが、その笑いは先ほどの偽物とは異なりとても優しい笑いだった。

「その最後まであきらめない闘争心、いま少佐を守れるのは自分だけという感情からくる正義感、この2つがきっとあちらに向けて微笑んでいた女神をこちらに振り向かせるだけの力になったんだろうな、ウィトゲンシュタイン大尉。いやハインリーケ。

心で思っているだけでなく実際に行動するその勇気と行動力、称賛に値するよ。」

大尉の髪をきれいに整えると、その男は帽子を外す。そこでようやく顔を見ることができた。

黒髪に青い瞳、そして彼女をハインリーケと呼び捨てで呼ぶ、まさかこの人が?

「バーフォード、少佐?」

「あぁ、そうだ。こうして会って話すのは初めてかな、グリュンネ少佐。お会いできて光栄だ。もっともこんな形でなければなおよかったのだけれどね。」

こうしてようやく私たちは本物のバーフォード少佐と直接、会うことができたのだった。

 

 

-数時間前-

今日の報告書の提出を済ました俺は自分の部屋で武装の準備を進めていた。

今俺が持てるのはサプレッサー付きの拳銃程度でトンプソンなんて火力があるやつは大きさの関係で隠せない以上所持することができなかった。そしてほかに4つの弾倉を準備して、いつあの2人が帰ってきても問題ないようにしていた。

と、作業をしていた机に巻物が転がってきた。

ジェームズの指示で窓を開けておいたのだが、どうやらそれは俺にコンタクトを取る際の手紙を送り込むようだったらしい。

その紙を広げると“30分後に3番通り、”la garia”の前に集合。 J”とシンプルに書いてあった。間違いなく彼からの連絡なので素早く銃を腰にしまい普通のスーツを着て外に出る。もちろん正門から出ると出入りの記録が残るため、あらかじめ定められたルートから基地の外に出た。ダービーハットをかぶり、できるだけ目立たないように歩く。

 

そして、裏の路地を使って近道をしながら定刻通りの時間に待ち合わせ場所につく。

すでにジェームズは到着していたのでさりげなく彼の隣に立ち、話しかける。

「わざわざ、呼び出した理由は?あとは彼女らが帰ってくるのを待てばいいはずでは?」

「ここから2ブロック行った先に敵のアジトがあります。非常に由々しき事態なのですがそこの奴らが彼女らを襲撃するという情報がはいってきたため、我々はそこを速やかに制圧しこれを予防しなければなりません。少佐にはこのお手伝いに来てもらいました。」

いきなり呼び出したと思えば、強襲の手伝いか。あまり得意ではないんだよな。

昔、やったことはあるがやはり空を飛ぶほうが得意だ。

「制圧ね、敵の数は?」

「6名、ほかの奴は現在位置は不明。武装も不明です。ですが今やらねば彼女たちに被害が及びます。速やかに制圧しましょう。」

そんな状況でやるっていうのか。時間も人員も足りない、だけれども失敗は許されない、か。骨が折れそうだ。

「すでにほかの人員は配置についています。我々の合図で待機メンバーも同時に突入します。青いスーツを着ていたら味方ですので間違って撃たないように。それと彼らには帽子をかぶっていないやつを無力化しろと言ってあるからくれぐれも無くすことがないようにしてくださいね?」

「了解。」

そう返事をするとジェームズは移動を開始したので俺もその後に続く。

なんとなく話の流れに乗せられてしまったがどうやら俺も手伝うのは決定事項らしい。

思わずため息をつくも、どうせやらねばならない仕事だと心の中で割り切ることにした。

 

そして俺たちはとある古びた3階建ての家の裏路地に到着する。ジェームズが扉を指さしたので俺は腰から拳銃を取りだし準備を整える。先端にサプレッサーを取り付け、初弾を装填、安全装置を解除する。左手を弾倉の下にそえ、右手でグリップをつかみ人差し指をトリガーにほんの触れる程度に乗せる。

「準備は?」

「いつでも。」

俺の返答にジェームズがうなずくと一旦後ろに下がり、ドアの金具がある部分に向けて発砲。数発撃ち、吹き飛んだどころで右足でドアを壊し突入する。

入ってすぐの右の部屋を確認、クリア。

左のキッチン、クリア。リビング、クリア。右の小部屋、クリア。洗面所、クリア。と順調にクリアリングをしていると、上のほうからも何かが壊れる音がした。上の階から音が聞こえたことを考えれば十中八九、敵は上にいるだろう。

だが挟撃されないようにまず1Fに敵がいないことを確認する。上からも味方が突入していることを考えれば少しは余裕があるはずだ。

速さ優先ですべての部屋の安全を確認して階段へ向かう。

俺は次のフロアに上がるべく階段に足をかけ、一気に駆け上る。

そして、最初の踊り場を曲がったところで俺は知らないやつと目が合った。

「「あ」」

青いシャツに黒のズボン。敵か。ほんの一瞬の間でそう判断した俺は狙いを絞り引き金を引く。

ピュン!ピュン!

サプレッサーにより減音された拳銃から放たれた銃弾は敵腹部に2発着弾。男は手に武器を持っていたが何もできずに攻撃をまともに喰らい、崩れ落ちた。

減音されているとはいえ、近くにいたため俺の発砲に気が付いたジェームズが俺に近よってきてとがめてきた。

「言い忘れていましたが、できるだけ殺さないでくださ・・・ってもう遅いですね。」

「そういうのは入る前に言ってくれ。」

彼はため息をつき、転がっている彼を足でつつきなが愚痴ってくる。

「まったく情報を聞き出す身になってください。死体は何も話してはくれないのですよ?」

「了解、次からは気を付けるよ。」

そして再び俺が先行しながら残りの階段を上り、左側の廊下を確認した直後。

背後から空気を切り裂く音が聞こえた。

「うぉっと!」

最初に右から確認すればよかったと心で思いながら体をその場で足を使いながら横半回転させて、その攻撃を回避する。

空を切った男は一瞬前のめりになり、こちらが一方的に有利な状況になる。

銃を構え、胴体を狙おうとしたが

“できるだけ殺さないでくれ。”

というジェームズの声が頭の中でよみがえり、狙いを変え足に2発撃ちこむ。

痛みに耐えられず手に持っていたフライパンを落とし、倒れそうになる男の首元をつかみ右側の部屋に投げる。

クリア。

男をその場に放置し何かしないように見張りながら、かつ周囲に警戒しジェームズが来るのを待つ。

しばらくして彼がほかの仲間4人を連れてきた。

「6名中1名行方不明というか逃げられていてすでにいなかった。うち1人は重傷ときました。確保すべき資料は燃やされていなかったので問題ないでしょう、その怪我した人物がここの隊長だってことを除けばね。」

「口が利ける状態にはしておいたんだ。これ以上は望まないでくれ。」

「とにかくそいつの治療を頼みましたよ。最低限、話を聞けるようにはしておいてください。治療キットはそこにあるやつを使ってください。」

そう彼は俺に指示を出すとどこかへ行ってしまった。

ジェームズたちはあちらで確保した奴らから尋問を始めるようなので俺はけがをさせた奴の手当てをすることになった。ここでの情報収集が完了次第、こいつを連れていくつもりらしい。そのあとは知らん。取りあえず、話しかけてみるか。

「おい、口は利けるか?Wie lautet dein Name? Quel est votre nom?(お前の名前はなんだ?)」

「Va te faire enculel….」

その男は痛みに耐えながらも俺を睨んでくる。

「なるほど。罵るだけの元気があるようだな。だがな、勘違いしないでもらいたいがそれに先にそちらが手出ししてきたんだから仕方ないことだ、違うか?」

「・・・お前らが先に殴り込んできたくせに。」

「そちらこそ、この街に旅行できたわけではあるまい。何しに来たんだ?姫様の誘拐か?身代金なんてそんな金に興味があるわけでもないだろう?

この時代、フリーの傭兵なんてそう多くはいるまい。それに身のこなしからすぐわかる。訛りだってそう簡単に消せるものでもないからな。」

「・・・・。」

「だんまりか。いいさ、逆にペラペラしゃべられると逆に怪しく思える。ディスインフォメーションを考えなければならなくなる。」

止血を行い、包帯を巻きとりあえずの応急処置は完了した。そして隣の部屋からの悲鳴も聞こえなくなったところで別の青スーツの男がやってきた。

「ジェームズはどうした?」

「さっき、敵の資料の類を見つけたとか言ってあっちの部屋で何か読んでいるみたいだ。それで、そっちはどうだ?尋問しても問題なさそうか?」

「俺は衛生兵じゃないんだからそんなこと聞かれてもわかるわけないだろうが。まぁ、みたところは元気そうだ。」

「なら問題ない。最低限口が利ければ・・・・。」

 

 

「クソが!!!」

 

 

その叫び声とともにジェームズがこちらにやってきて足元に転がっている男をつかみ問いただす。

「こいつは本物か!?」

「・・・・。」

「答えろ!」

「まて、ジェームズ。いったい何の話だ?」

俺がジェームズの肩を抑えながら聞くと彼は舌打ちをしながら俺に書類を雑に渡してきた。

「10分前にあちらの部屋にあった受信機から出てきた書類を暗号表にそって解読したものだ。」

渡し方のせいで少し折れていて、文字は汚く読みづらかった。だが肝心な要点ははっきりとつかんでいた。

「なるほど、すでに襲撃部隊は現地に到着していてこちらは囮というわけか。まんまと釣り餌に引っかかっちまったというわけか。」

「あぁ。忌々しい限りだが全くをもってその通りだ!」

と、その時遠くで爆発音がした。俺はあごで窓をさしながらジェームズに聞く。

「あれか?」

「あぁ、ここから3ブロック先だ。先ほど別動隊に動くように指示したからあっちは任せよう。さて、ここも既に突入がばれている可能性がある。少佐、俺と一緒に資料の回収を手伝ってくれ。お前ら、セーフハウスまでそいつらを連れていくぞ!続きはそこで行う。撤収準備!」

「了解。」

ジェームズがイラつきながら部屋を出ていくのをみて、俺は思わずつぶやく。

「口調、変わってやがる。」

「あれが本来のジェームズだ。いつも作戦行動中は本性を隠すのが奴だがさすがに今回は表れちゃうよな。」

と、だれかが話したのを聞いて納得した。なるほど、あれが本来の彼というわけか。

実にわかりやすい。

「少佐!」「わかっている。」

ジェームズの催促をうけ、部屋に入るとそこにはペテルブルクの地図や各駐屯に配置されている部隊の詳細、重要人物と思われる顔写真付きの資料が置いてあった。

「俺たちの侵入に気が付いてすぐに処分するという考えには至らなかったのか?基本だろうに。」

「どうやら処分するよりも先に敵を対処したほうが早いと考えていたようだ。彼らも引き揚げ作業中に襲撃されることは考えていなかったようだ。しかし、ここがおとりの可能性がある以上どれが正しい情報なのかを精査する必要があるな。」

「とにかく、ここにあるやつ全部カバンに入れればいいのか?」

「あぁ、情報はあるに越したことがないからな。」

俺はそこいらにある書類をかき集めて、整えてはカバンに入れる作業を繰り返す。

しゃべってはいるがやることは単純だから間違えることはあるまい。

「しかし、敵はいったいどこからこんなに兵力を集めたんだ?お前だって相当数減らしたのだろ?」

「あぁ、もちろんだ。本国からの情報をもとに減らしていき、該当箇所はここが最後のはずだった。

だが敵は俺たちを上回った。ただの組織がここまで兵力、武力を蓄えられるわけがない。それにここは敵にとってもアウェイのはずだ。おそらくはバックに国レベルの何かが付いているはずに違いない。こりゃ、帰ったら大騒ぎだ。なぜだかわかるか?」

「王室関係者を狙うやつが単なる民間組織の連中ではなく国が関わってくるレベルにまでなったからか?」

「そうだ。下手したら水面下で戦争になりかねない事案だからな。国レベルっていっても資金援助程度だと思っていたがどうやらそれ以上のようだ。」

確かにそれは厄介だ。ただでさえネウロイとの戦争に忙しいっていうのに今度は人間同士か。

まったく、忙しいね。

 

「終わったな?」

「あぁ、これで全部だろう。」

「ならいい。あとはこいつをセーフハウスに運ぶのを手伝ってくれればお前の仕事はおわりだ。よし、お前ら!撤収だ!速やかに行動しろ!」

机の上に何一つなくなりきれいな状態になったのを確認してジェームズはほかの人員に撤収命令をかける。

そして俺たちはジェームズの先導のもと、来た道を戻る。

カバンを斜めにかけて、走っている途中でこぼれないようにチャックを完全に閉める。

 

確保した人員を急いで連行しながら、急ぎ足で移動する。

そんなとき、ふと視界の端で何かが動いた気がした。

 

何か嫌な予感がする。

 

その勘に従って下を見ると何かを構えている奴と目があった。

「あ。」

あれは、確か、どっかで見たことが・・・?たしかヴェネツィアの戦闘で地上の兵士がネウロイに撃っていたやつに似ている・・・?対大型ネウロイ用砲?

っておいおいおい!

冗談じゃないぞ!

 

 

「伏せろ!!」

 

 

思わず叫んだが、ここで瞬時にこの言葉の意味を理解し行動できたものはいなかった。

俺はすかさずジェームズの首根っこを引っ張り窓から離したうえで魔法を発動、即座にシールドを展開する。

その直後。

 

 

ドドドンッ!!!!

 

 

と俺の目の前で大爆発が起きた。

激しい爆風と轟音を間近で聞いてしまったため甲高い“キーン”という音が頭の中で響き渡る。

ネウロイのレーザーの直撃にも耐えるシールドだがさすがに間近で爆発した対戦車ロケットの爆風までは完全に防ぎきれなった。

だが、何とか生きている。足元の地面の板はシールドを張っていたところから放射状にきれいな部分と黒く焦げている部分が分かれていた。

さらにその先の正面を見ると大きな穴とすぐ先の板がなくなっていた。すこし遅く歩いていたら落っこちていたな。

下を見るとたった今撃ち終えた砲身を捨てて、逃げようとしている人物が見えた。

ここまでやられて逃がすわけにもいかない。腰から拳銃を抜き、6発連射する。

だが、感覚がおかしいこの状況で撃っても壁に弾痕を残すことしかできなかった。

「な、なんなんだ!!」

少し感覚が戻ったのかジェームズの叫び声が聞こえた。俺はリロードしながら答える。

「敵の攻撃だ。おそらく逃した一人だろう。」

「ほかの奴は?」

「なんとか生きているみたいだぞ?」

俺は頭を抑えながら立ち上がろうとしている彼の部下を見る。けがをしているようだが何とか生きているみたいだ。

くそ、と悪態ついたジェームズが立ち上がる。

「せっかくこれから話をと思った矢先がこれだ。なんとしてもあいつを確保する。追うぞ!」

「あぁ。もちろんだ。」

こちらだって死にかけたんだ。このままみすみす逃がす、という選択肢はなかった。

がれきを伝って地上まで下り、奴が逃げた道を進む。

下に小さな血痕が垂れておりどうやら先ほど全部外していたと思っていた弾丸の中にあたっていたものがあったみたいだ。

右、左、前進、左、と進み、ついに右に曲がると先ほどの奴がいた。

足を引きずりながら歩く敵に向かってこれ以上撃つと生死にかかわるかもしれないので一気に距離を詰めて身柄を拘束する方針でいく。

と、残り10mになったところでようやく敵は俺が追いかけてくることに気が付いた。

よほど焦っていたのかこの距離になっても気がつかなかったようだが追いかけっこもここで終わりだ。

残りの距離も一気に詰めようと走ろうとしたその時、奴は体をこちらに向けてきた。

そして、その右手にはトンプソンが。

「やば!」

ほぼ反射的に横のごみ箱の側面に飛び込んだ。

パパパパン!!!

そしてほんの直前まで俺がいた場所を鉛の雨が飛んでいく。

顔を上げると反対側のごみ箱で同様に隠れているジェームズと目が合う。

「あれ、何とかできないのか!?」

「あいにく、拳銃しかないぞ!」

敵は後退しながら銃を撃ってくる。

俺が銃を構えようとするとジェームズは止めてくる。

「だめだ、奴はできるだけ傷つけるな!」

そんな無茶な。どうしろというんだ?

「お前、さっきのシールド使って突撃できないか?」

まぁ、やれないことはない。完璧にシールドを信じているわけではないが少なくとも拳銃弾程度なら弾いてくれるだろうか。

「・・・わかった、威嚇射撃だけでもいい。援護してくれ。」

「もちろん、それくらいならできる。」

よし、ならあとはやるだけだ。

「合図をしたらやってくれ、いいな?射線上に入ることになるがくれぐれも撃つなよ?」

「わかった。さっさと終わらせよう。」

敵はすでに3秒以上連続で発砲している。トンプソンのドラムマガジンが50発だからもうすぐ玉切れになるはずだ。

「撃て!」

ジェームズが発砲し、それに反応して敵も発砲する。

 

-発動-

魔法の加護を得た俺は一時的に人間の限界を超える。

俺は思いっきり、飛んだ。

そして壁を蹴り、わずかに進行方向を変えて銃の射線から身をそらす。

 

そして俺と奴の距離が1mを切ったところで

 

奴をぶん殴った。

 

最後の敵は俺のこぶしを受けて遠くに吹き飛ばされる。そのまま地面を滑っていった敵はやがて壁にぶつかりようやく止まったのだった。

こうして何とか敵を無力化することができたのだった。

「これで最後か?」

「いや、あと1人残っているが足取りがつかめていない。」

と、その時

『待て!』

と何か言い争っている声が聞こえた。

本来ならば積極的にかかわるべきではないが、この声には心当たりがあった。

まだ魔法を解除していない俺の耳にはわずかだがその会話内容が聞こえてきており無視できなかった。

「ちなみに仲間はほかにいるか?」

「あぁ、緊急時に備えてあと4人ほど近くに待機している。」

「すぐにここに来させることは?」

「可能だ。1分で来る。何故だ?」

俺は改めてジェームズの顔を見る。

「頼みたいことがあるんだ。それも緊急のな。」

「・・・いいだろう。助けてもらった恩があるからな。ここで返しといてやる。」

こうしてジェームズの助力を得て、俺は彼女たちのもとに向かうのだった。

 

 

 

「そうだ。初めましてだな。ハインリーケ、グリュンネ少佐。

一応、本物という証拠といえば、これくらいか?あとは取り敢えず魔法も使えるという証だ。」

俺は自分の身分証を懐から取り出し右手の上に小さなシールドを展開、それを浮かべる。

ウィルマが昔コインでやっていたのを思い出して、これならば信じてもらえるだろうと思いながら、やって見せた。

そしてハインリーケが何か口を開こうとした瞬間

「そちらはどうだ!?」

「だめです。2人ともいません!」

遠くを警察官や憲兵が走っていく姿が見えた。あれは間違いなく本物だろう。

「悪いな、ハインリーケ、そしてグリュンネ少佐。俺は本来ならばここにはいない人間なんだ。あなたたち二人は彼らに助けを求めるといい。俺はこれで帰る。」

ここに来るもの時間の問題だろう。俺は立ち上がり、ハインリーケに手を貸してゆっくりと立たせる。

「とにかく、2つ約束してくれ。1つ、ここで俺とは合わなかった。2つ、これはすべて勇敢なハインリーケ大尉が対処した。いいな?」

「あ、あぁ。」

「グリュンネ少佐は?」

「わかりました。」

「よし、ありがとう。もし今日502の基地で泊まることになったならそこで詳しい話でもしよう。会えてよかった。またな。ジェームズ、行こう。」

「あぁ、言われなくても。」

俺は彼女たちにそう言い残すと路地裏を一気に抜けて市街地にでる。ふと自分のスーツを見るといたるところが痛んでいる。

こんな姿で街を歩いていたら確実に職務質問されるに違いない。

ジェームズとは途中で別れ、俺は人目につかないルートを選びながら急いで基地に戻ったのだった。

 

 

出た時と同じルートで基地に入り、窓から自分の部屋に入る。入口は武装した兵士がいたため、使えなかった。

鍵を開けて部屋に入ると人の気配がする。反射的に腰に手をかけるが、わずかに月に照らされて見えたそのシルエットを見てすぐにその手を離す。

「おかえり。」

その口調はとても優しかった。彼女はそういうと部屋の電気をつけてこちらにやってくる。

「あーあ、せっかくのスーツが台無しだね。いっつも軍指定の制服だからこのスーツ姿はなかなか見られないよね。本当ならびしっと決まったところが見たかったよ。」

そう、俺の部屋にいつの間に入り込んでいた彼女の名は

 

「ウィルマ、何でここに?」

 

俺の最愛の人だった。

「それはあと。ほら、すぐ着替えないと。」

俺が上着を脱ぐとウィルマがそれを受け取り、きれいにたたんでくれる。

彼女に言われるがまま、いつもの服に着替える。

最後のジャケットを羽織り、彼女にどうしてここにいるのか話を聞こうと思ったそのとき部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「バーフォード少佐、いらっしゃいますか?」

「あぁ、すぐ開ける。」

誰だ?と思いながら万が一に備えながらドアを開けると2人の男が立っていた。腕にはMPの文字が入った腕章をしていた。

「なんの用だ?」

「基地の外で問題が発生しておりまして、基地内の全人員の所在を確認していました。今までどちらに?」

「この部屋に。仕事をしていた。」

「誰かそのことを証明できる人はいますか?」

「証明?そんなの・・・。」

「それなら私が。」

と、俺の後ろから顔をウィルマが顔を出してきた。

「ウィルマ・ビショップ軍曹もご一緒でしたか。わかりました、結構です。ありがとうございます。」

彼女の顔を確認するやMPたちはその話題を引き下げた。

「それで、ほかに何か用事でもあるのか?」

「はい、少佐にはラル少佐より至急司令官室に来るようにとの指示がありましたのですぐ向かうようにしてください。では。」

そう言い残し、憲兵たちは走って次の場所へと向かっていった。

俺はそれを見届けて、部屋のドアを閉める。

振り替えると彼女が笑顔を浮かべながら立っていた。

「ウィルマ、まさかお前・・・。」

「それは言わないで、ね。」

ウィルマは彼女の人差し指を俺の唇に押し付ける。

「もう、私が知らない間に危ないことをしていることに気が付かないとでも思ったの?薄々気が付いていたよ。」

全く。女の勘というやつか?

「ちなみにどこから?」

「一人で司令部に行ったって聞いた時から。前もその前も同じだったからね。」

確かに一人で司令部に行くことは彼女に伝えた。そんなこと今回が初めてではなかったから普通に隠し通せると思っていた。だが実際にはその時点ですでにばれていたのか。

「そこいらの諜報員よりよっぽど腕が立つな、ウィルマは。」

「それはあなただけだからね。実際には、町から爆発音がして慌ててこの部屋に来ても誰もいなかったところを見てようやく確信はしたんだけどね。だからもし、巡回の兵が来たとき誰もいなかったら絶対怪しまれると思って。私だけでもいれば多少時間が稼げると思ったんだ。」

そういうと彼女はその場で一回転して“どう、私ってば偉い?”と聞いてきた。そんなの言われるまでもない。

「ありがとう。本当に感謝してもしきれないよ。」

「ん。私はその言葉が聞ければ満足だよ。ただ、今度3つくらいわがまま聞いてね?」

「我儘か、俺のできる範囲に絞ってくれよ?」

「もちろん。無理なわがままで貴重な1回を使いたくないからね。ほら、これでこの話はおしまい。ラル少佐のところに行かないといけないんでしょ?」

「あぁ、そうだった。行ってくる。」

いってらっしゃい。その言葉を言ってくれる彼女に心から感謝しながら俺はラル少佐のもとに向かった。

 

司令官室の前に立ち、ドアをノックする。

「バーフォード少佐です。」

「あぁ、入ってくれ。」

部屋に入るのと入れ替わりで、ラル少佐のもとにいた兵士が俺の隣を通って部屋から出ていった。

俺はドアが閉まるのを見計らって彼女のほうを向く。

「それで、いったい何が?」

「緊急事態だ。外で爆発音などが聞こえたのは知っているな?」

「えぇ。どこかで弾薬庫が爆発でもしたのですか?」

“これは極秘事項なのだが”と前置きをしたうえで少佐は俺に報告してくれた。

「506のグリュンネ少佐と君の知り合いでもあるウィトゲンシュタイン大尉何者かにが襲撃された。」

「・・・なんですって?状況は?」

だが俺はすでにそのことを知っている。

我ながらひどい演技だ、と思いながらも少佐の話を聞き続ける。

「すでに保護され、こちらに向かっている。明日の出発まではこの基地に泊まって貰う。ここなら彼らのユニットも置いてあるから最悪の事態でも空に逃げられるからな。

そこで、司令部から佐官クラスの人員に対して常時拳銃所持命令が出た。当基地では私とバーフォード少佐、君に持ってもらう。」

そういって俺にも通常時は武器庫で保管している本国から支給されている拳銃を渡される。

俺はそれを受け取り、同時に受け取った脇のホルスターに仕舞う。

「装備したな?間もなく506の司令官と戦闘隊長が来る頃なので私たちで迎えに行く。バーフォード少佐、君にも私と一緒に出迎えに来てもらう。構わないな?」

「もちろんです、ラル少佐。」

「よろしい。なら来てくれ。正面ホールに車列は到着する。」

 

俺はラル少佐について行き正面ホールに到着する。すでにここの基地の防衛に当たっている警備兵やほかの基地から臨時で送られてきた部隊の人員がフル装備であたりの警戒に当たっていた。

やはり、あの事件がそれほどの影響を及ぼしたのだな。

5分ほどたつと遠くから複数のエンジン音が聞こえてきた。

「来たぞ。」

その少佐の声と同時に先頭車両のヘッドライトの明かりが俺たちを照らしてきた。

基地正門の重いゲートが警備兵によって開けられ、それに続き装甲車を先頭に4台の車列が到着。車が停車すると2台目に位置していた兵員輸送車から完全武装の兵士が真ん中の車を囲うように配置につく。

そのうちの隊長と思われる人物がこちらに向かってきた。

「オラーシャ陸軍、警備部第1警備隊隊長の、キリヤコフスキー大尉です。」

「502指揮官のグンデュラ・ラル少佐だ。あの車の中にVIPが?」

「えぇ、これが引き継ぎの書類です。それと司令部からもしラル少佐が警備人員を必要としているなら少佐の指揮に入れとの指示が出ていますがいかがなさいましょうか?」

ラル少佐はこちらを見てくる。おそらく自分では決めかねて他人の意見を必要としているのだろう。

本当ならこの基地に他の部隊を招き入れるのは危険だ。あの中に工作員が紛れ込んでいたらなにかされかねない。だが、あの警備部隊は東欧司令長官直属の部隊のはずだ。きっと警護対象が対象なだけにこの部隊をよこしたのだろう。

ならば、直近の警備はラル少佐の信頼する人物に任せて彼らにはほかの場所を警備してもらうのが得策だろう。人員は多いに越したことはないだろう。

俺はラル少佐に対してうなずくと、彼女も決めたようだった。

「わかりました。承認します。現時刻から貴隊は私の指揮下に入りなさい。」

「了解!」

「よろしい。それでは、VIPを指定の部屋まで送ってください。案内はこのバーフォード少佐が行います。ついたらVIPが泊まる施設の周辺警戒に当たりなさい。そのあとの指示は追手連絡します。何か質問は?」

「いえ、ありません。」

「それでは、解散!」

「「了解!」」

俺は大尉についていき、車のドアを開けて出てきたハインリーケとウィトゲンシュタイン大尉を出迎える。

「“初めまして”、グリュンネ少佐。」

「えぇ、お会いできて光栄です。バーフォード少佐。あなたのことは車の中で聞きました。いろいろ聞きたいことがあるけどここでは迷惑になりそうなので後は部屋で聞きます。ウィトゲンシュタイン大尉も聞きたいことが“たくさん”あるそうなので。」

お互い握手をした後、移動を始める。

「わかりました。それではご案内します。行きましょう。」

俺が先導しその周りを警備隊が歩き、その中心にグリュンネ少佐たちが歩く。

建物の入り口で警戒している兵士に、VIPが到着したことを伝えここで警備隊とは別れる。

ここからはいつも502の警戒に当たっている警備兵が先導しさらに進む。

そして、彼女らが宿泊するこの建物で一番警戒しやすい真ん中の部屋につく。

「以降、何かあればすぐ我々のほうへお伝えください。すぐに駆けつけますので。」

「ご苦労、後は俺が引き受けます。」

「了解です。」

そういうと警備兵は少し離れたところから立哨を始める。

「では、こちらへ。すでにお荷物は置いてあります。」

部屋を開けて誰もいないことを確認したうえで、彼女2人を案内する。

部屋の電気をつけて、カーテンを閉め、ドアを閉じる。万が一に備えてベッドをひっくり返したり机の裏を探ったりカーペットをはがしたりして録音機やそれに似た類のものがないかも調べる。

そして、問題がなかったことを確認してようやく一息がつけるのだった。

「さて、無事にこうして再びあえてよかったです。二人とも。」

「ええ・・・。」「うむ・・・。」

「・・・・・・。」

しかし、それ以上何も続かないまま沈黙があたりを包む。おそらくは聞きたいことが山ほどあるのだけれど混乱していて何から聞けばいいのかわからないのが現状なのだろうか?

「とりあえず、何か飲むか?紅茶?コーヒー?」

「紅茶」「コーヒー」

見事に別れたな。

「・・・聞いといて何だけどどちらか一方にしてくれないか?作るのが面倒くさい。」

「なんじゃそれは?それが客をもてなす人の態度か?」

笑いながらハインリーケはそう言ってくるが恐らく本心ではないようだが、確かに今は俺が歓迎する人の立場なのだからそういえばそうだな。

「仕方ない、両方とも淹れるから少し待ってください。ハインリーケ、少し時間がかかるがいいな?」

「よいよい、妾が紅茶にすればいいだけの話じゃ。うちの隊長がコーヒーを飲むなんて言い出したらそれこそ事件じゃからな。」

「あら、大尉。私だってコーヒーを飲むことだってありますよ?」

「それはプライベートでの話じゃろ?今回はあくまでも仕事上での話じゃからな。」

「フフ、それもそうでしたね。」

こんな会話でもすこし2人の雰囲気が柔らかくなった気がする。結果論だがやはり緊張されたままではうまく話もできないからな。

しばらくして淹れおわった紅茶をカップに入れてそれぞれに渡す。夜だからということで甘いものは2人に考慮してなしだ。

「さて、いろいろ聞きたいことがあると思うが何から聞きたいか?といっても今はありすぎて何から聞けばいいのかわからないのではありませんか、少佐?」

「えぇ、そうですね。」

「では、まずはどうして自分があそこにいたのかを話しましょうか。」

そして俺は作戦司令45503について話す。作戦の内容をこんな風に話していいものかと一瞬考えたが彼女たちなら聞く権利があるだろと思い話す事にした。

俺は、メインは航空歩兵としてそれ以外の時間は2人に対する脅威があればそれをマークしできれば排除することが任務だったこと、ここ数日で敵の脅威が激減していたことから警戒が緩んでいた可能性があったこと、2人が襲撃される数時間前からあそこにいたこと、助けられたのは偶然だったこと、あの場で俺の存在を隠したかったのは任務が関係していたことをすべて話した。

「なるほど。では、私たちを襲撃した部隊はどこの所属だったということは、今現在わかっていないのですか?」

「いま、集められた情報をもとに特定を進めているようですが量が多く特定には時間がかかってしまうようですね。」

 

こんこん。

とドアをノックする音がこの部屋に響いた。

防音対策が施されているこの部屋では中の音が外に漏れにくい構造になっているため、いまここから“誰だ”と聞いても答えてはくれないだろう。

「2人も、万が一に備えてベッドの脇に隠れてください。」

「わ、わかりました。」「うむ。」

2人が脇に隠れ、見えない状態になったとこを確認して俺は拳銃に手をかけながらわずかにドアを開ける。

「誰だ?」

「警備隊のマクベリック少尉です。ブリタニア外務省からグリュンネ少佐の安否を確認したいといってきている人物がいるのですが通されてもよろしいでしょうか?」

「そいつの名前は?」

「ヒューバート・ホワイトリーと名乗っています。司令部のブリタニア課に問い合わせたところ確かに外務省職員として2週間前からここに駐在員として派遣されていることが確認されています。」

「わかった、通してくれ。ボディーチェックを忘れるなよ?」

「もちろんです、少佐。」

 

しばらくするとその外務省職員とやらが来た。

「初めましてバーフォード少佐。ヒューバート・ホワイトリーです。ブリタニア大使館で駐在員をしています。本来であればお二人が司令部にいるときに行くべきでしたがお時間のほうがなかったということなのでこちらのほうに出向かせていただきました。」

「わかりました。では、お入りください。少尉、引き続き警戒を。」

「了解です、少佐。」

俺はホワイトリーを部屋の中に入れ、2人に会わせる。

「さて、彼がブリタニア外務省職員、ではなく諜報機関MI5所属の“ジェームズ”だ。今回の作戦の指揮を執っている。」

「少佐、確かに俺は諜報員でもあるがれっきとした外務省の職員でもある。名義だけ出向している感じではあるが。どちらにせよ外交官という肩書はいろいろな場所で役に立つ。

「ウィーン規則ですか?」

ウィーン規則。のちのウィーン条約として各国の間で結ばれることになるこれ、一言でいえば外交特権だ。公館の不可侵や刑事裁判権の免除などが決められておりブリタニアとオラーシャの間でも結ばれている。

「その通りです。さすが、グリュンネ少佐。理解が早くて助かります。さて私が来た理由ですが確かに安否確認及び事情聴取もありますがそれ以外にもいろいろと報告すべきことがあるのでやってきました。」

「何かわかったのか?」

「えぇ。いろいろと、それもあまりうれしくないことが。」

もう収集した情報分析結果の速報がでたのか。

ジェームズはそう答えるとカバンから書類を出し始めここにいる全員に配り始める。

それに驚いたハインリーケが思わずジェームズに声をかける。

「それは妾に聞かせても良い話なのか?」

流石貴族なのかそういう裏事情についてよく知っているハインリーケだ。下手に聞くとまずい情報だってここには含まれているだろう。重要情報は知る人の数が少なければ少ないほうがいい。

そんなこと百も承知の彼女だから、そのことを聞いたのだろう。

だが、彼はそんなことはまるで気にしていないようだった。

「問題ありません。あなたがカールスラント軍人であることを気にしているのですか?なら我々としてはこう言いましょう。“あえて聞かせている”のだと。我々の諜報能力を正しく理解してもらうと共に今後の両国の友好関係も願って、ね。」

つまり、これはハインリーケを通じて本国に流してもらうことでブリタニアがこれだけ調べる能力を持っているのだぞという示威行為につながり、ただのカールスラント人ではない名門貴族出身のハインリーケを我が国の職員が助けたし、ついでに情報もあげるからわかっているな?という貸しにもつながっていると言いたいわけか。カールスラントと友好関係を築けるというのはブリタニアにとっても悪い話ではないからな。

「わかった。邪魔して悪かったのう。」

「いえ、大尉のいうことも最もですからね。さて話を進めましょう。今回、あなたたちに襲撃を仕掛けてきた組織は我々諜報部内で“NOG”って呼んでいる奴らです。活動方針が“高貴なる王家とそれを補佐する貴族による絶対の統治”だそうです。共和制を完全なる悪だととらえ、王家が国を導くことこそが正しい、と思っている連中ですがその歴史は古く少なくとも19世紀に活動していた記録があります。」

「ちょっと待って、そんな王家と貴族を大切にするような連中がなぜこの2人を襲った?」

おれはふと思い浮かんだ疑問を彼にぶつける。そんな共和制を大事にするような奴らが共和制の維持に必要不可欠な貴族や遠縁とはいえ王族にかかわりある人を狙う理由がわからなかった。

「それはですね、連中が言う王家と貴族という単語の前に“ガリアの”っていう言葉をつける必要があるんだ。」

あぁ、なるほど。

「つまり、“君臨すれども統治せず”のブリタニアの王家や貴族以外の人に人気の高い貴族とやらは眼中にないのだろう。というか逆に気に食わないと思っていても過言ではないのかもしれないな。」

かなり厄介な連中だ。502にはぜひともかかわってはほしくないな。

「確保した人員については現在調書中です。何も情報が出てこないところを見るとよほど口が堅いのかそもそも何も知らないのかまでは判別がつかない状態です。もう少し時間をいただければ何かわかるかもしれません。」

「ほかに何かわかったことは?」

「はい、いくつか。」

そしてジェームズはあの場所で確保した資料の分析結果を彼女たちに伝える。断片的とはいえ少しずつ集まってきているような印象を受けた。

“これで今わかっていることは以上です。”そう締めくくったジェームズが話し終わるころには短針が1つ進んでいた。

すべてを話し終えた彼はいったん姿勢を正すとグリュンネ少佐に問いかける。

「それで、少佐。この件について506としてはどう対処するつもりでしょうか?」

俺は資料を読む作業をいったん止めて、2人を交互に見る。曲がりなりにも司令官だ。そして彼女の部下に直接的な被害が出ている以上、何かしらの行動をするのだろうか?

だが、彼女が出した答えは意外なものだった。

 

「・・・私としてはこれ以上のことは何もしないと判断します。」

 

その言葉に対し、ハインリーケは乱暴にカップをテーブルの上に叩き付けるように置くと立ち上がった。

「なぜじゃ!?運転手は殺され、われらも殺されかけた!それなのに何もしないというのはどういうことじゃ、少佐!」

「落ち着いてください、ウィトゲンシュタイン大尉。」

ハインリーケの激高に対しても冷静に、優しく声をかけ彼女を落ち着かせる。そして少佐は話し始めた。

「ジェームズ。今回の襲撃に関して直接的にNOGが関与している証拠はありますか?」

「・・・いえ。状況証拠のみで彼らの関与を明確にするものはなにも。回収した物品から推測は可能ですが大まかな絞り込みのみでそもそもこの証拠自体が法的な効力を持ちません。

ガリア諜報部についても同様です。彼らが関与していなければルートに関する情報を収集することなど不可能です。おまけに今日は予想外のことが起きたにもかかわらず、正確に襲撃してきた。バックについているのは明らかです。彼らに情報提供したものがいる以上そいつを特定しなければなりませんがこのご時世、どこに誰がいてもおかしくはないので相当な時間がかかるでしょう。

使用された弾丸もどこの戦場でも必ず見かけるようなありふれた銃弾です。」

「つまり、外交ルートを使って正式に抗議することは?」

「不可能です。」

ジェームズがそう断言すると“わかりました。”といってハインリーケのほうに体を向ける。

「つまりはそういうことです。貴族として外交について学んだことのある大尉ならもうわかったはずですよね。」

「ッ・・・!」

だが、グリュンネ少佐も506の司令官だ。こんなことでみすみす引く人ではなかった。

「ですが、私としてもあきらめるわけにはいきません。何とかして決着をつけたいと思いますが一介の軍人である私にできることは限られています。ですからこれは個人的なお願いです、ジェームズ。何かわかれば、506に何かの危険が迫っていることがわかれば、私に連絡をください。お願いします。」

彼女が頭を下げるとジェームズはいったん慌てるそぶりを見せたがすぐに彼女の”願い”に

「了解ました、グリュンネ少佐。私のほうでも今後調査を進めます。何かわかれば直接、お渡しに参りましょう。」

そう応えた。それに対して少佐は彼に微笑みをうかべ、今度はこちらを見てきた。

「あなたの協力に心から感謝します。そして、バーフォード少佐。私たちを助けてくれてありがとうございます。本来であればあなたは称賛されるべきことをしたのですが、事がことなのであなたの功績が認められることはないでしょう。ですが、私たちはあなたのしてくれた事を忘れることはありません。」

「・・・その言葉が聞けただけで十分ですよ、グリュンネ少佐。」

もしジェームズの指定する時間が少しずれていたら間に合わなかったかもしれない。もし俺があの時魔法を使っていなかったら彼女たちの声を捉えることはできなかったかもしれない。

俺はその重なった偶然にありがたみを感じながら少佐の感謝を受け取ったのだった。

そしてグリュンネ少佐は再びジェームズに話しかける。

NOGが今後もブリタニアの脅威になるとMI5はそう判断していますか?」

「今はまだ。ですが今回の一件で方針を切り替えざるを得ないと思います。」

「わかりました。でしたらジェームズ、あなたの直上の上司にこう伝えて下さい。」

 

 

“次何かあったら、私がNOGのみならず背後の組織まで私の責任で潰す。”

 

 

と。

 

その言葉を言った時の少佐の雰囲気はこの場の空気を一瞬で凍らせるほどの威力があった。

これが上に立つ者の意志というやつか、と俺は思わず感心してしまった。

「了解です、少佐。」

ジェームズがそう答え、いったんこの話が終わったなというところで

「すまぬ、少し外すぞ」

そういい残してハインリーケは部屋を出ていった。

 

彼女一人で外を歩かせるわけにはいかない。彼のほうを見ていくべきかを尋ねる。

「あぁ、頼んだ。こっちは俺が見ておく。」

何か言おうとしたその直前に彼は指示を出してきた。俺は立ち上がって部屋を出る。

警戒中の兵士に敬礼しながらどこに行ったかを尋ねると階段を登っていった、と答えた。

実際に、階段を昇る足音が響いていたので俺もそれにつづく。

最後の屋上階まで登り切り、テラスへ続くドアを開けると冷たい風が俺に吹きこんできてこの季節でも相変わらずの寒さだなと思い出させてくれた

 

あたりを見渡すと柵に寄りかかっている彼女が目に映った。

「風邪、ひくぞ?」

俺が彼女に近づいて、こう話しかけてもハインリーケは何も答えずにただただサンクトペテルブルク市街地の夜景を眺めていた。それだけでも絵になるのはひとえに彼女の持つ雰囲気ゆえだろうか?

もう一言、何か言おうかと思ったその時、ハインリーケが視線をこちらに向け口を開く。

「わかっていてもどうしても許せないことがある、おぬしにもわかるじゃろ?」

おそらく先ほどの話関連だろう。まぁ、言いたいことはわかる。あれができたらどんなに楽か、だがそうしようとする行為を規則が俺を縛る。そういうときは決まってもどかしい気持ちになるものだ。

「見えなくても、自分を縛り付ける鎖というやつか。」

「ま、そんなところじゃな。」

そういってハインリーケはため息をついて話し始める。

「隊の中に1人くらいはよく命令違反をしてでも自分の信念の通りにする奴がいる。妾はそういうやつが嫌いであり妬ましく思える。」

「・・・妬ましい?」

“あぁ”とつぶやくと彼女は再び目線を市街地に戻す。

「命令違反をして行動するというのは中々できることではない。本来は罰せられる行為、下手をしたら銃殺であるしそんなことが許されてはならない。だがな、今はそれが妬ましいと思えてしまう。こんなことを言うこと自体、二律背反しているがな。」

「・・・あの運転手の話か?」

ハインリーケは頷いてそれを肯定する。

「そこまでは親しいとは言えないが、町に出るときに世話になったこともあったその時に何度か話していたから。よりによって目の前で死なれると心に“くる”ものがある。」

彼女の心の中でいま葛藤が起きているのだろうか?

たがらだろうか。少し彼女の心の中が気になった。

「それで、お前は何をしたいのか?彼に対する復讐?自分を襲撃いてきたやつらを恨むか?どのようなことを考えるかはお前の勝手だがいずれその連鎖は・・・。」

「そのようなことは考えていないし、その連鎖が無限に続くことくらいはわかっておる。今はな、そんな考えはいったんすべて忘れてただただ何も考えずに時間を過ごしたい気分なんじゃよ。」

そういわれ、俺ははっとした。

Curiosity killed the cat、好奇心猫をも殺す、とはよくいったものだ。時にその好奇心が自らだけでなく他人を傷つけることがあることくらい知っていたはずなのに。

「・・・なら、俺は無粋なことをした。悪かったな。」

「よい、許そう。今の妾はもし誰か来たのなら他愛もないことを話したい気分じゃった。嫌なことを一時的に忘れられるような話をな。ほれ、何か最近あった面白いことでも話してみろ。」

先程の言葉を許されたことに心の中で反省しつつ俺は困惑していた。まったく、無茶をいう姫様だこと。

そして思考を巡らせる。面白い話か。なにがあるだろうか?

最近食べた不思議なもの?502の伯爵の話とか?

っとそうだ、一つ聞きたいことがあったんだ。

「そういえば、ハインリーケ。お前の乗っているユニットはなんなんだ?」

「なんじゃ、そんなことか。まったく、つまらない男よな。そんな話しか淑女に振ることができないというのか?」

「は?」

純粋な疑問を聞いたつもりだったがまさかそう返されるとは思わなかった。そりゃ、面白い話ではないが・・・。

「もっと別な話題はないのか?」

「まったく、注文の多い姫様だ。」

「フン、姫というのは我儘なものじゃ。それに答えてこそ、だ。そうじゃろ?

お主、今のままではブリタニア紳士の名が泣くぞ?何かないのか?最近はやりの紅茶の話や今、貴族ではどんな花が話題になっているかなど何かあるじゃろ?」

流行りの紅茶?そんなの俺が知っているわけないだろう?花なんてそんなお気に入りのものがあるわけじゃない。

「あーあぁ、暇じゃなー。何か面白い話でもしてくれんかのうー。」

そう俺が必死に何か考えている間もハインリーケは煽ってくる。

・・・。そうだ、あれなんかはどうだろうか?

あんな不思議な体験はそう人生で何回も巡り会えるものでもない。話してみる価値はあるだろう。

「仕方ない。とっておきのを話してやる。だが、お前には信じてもらえないかもな。」

「なんでもよい。わらわを楽しませてくれればよいのだからな。」

“もちろん。”と俺は前置きをした。

「前に俺が落ちたことは話したよな?」

「あぁ、そこから歩いてここまで帰ってきたのじゃろ?随分と大したものじゃ。だがその話は以前に聞いたぞ?」

「あぁ、あの時は地雷の下りまでしか話せていなかったからな。あの話の続きだ。俺が経験した不思議な酒場の話だ。」

そして俺はあの時の寝ていた間に体験したあの隊長とその部下と4人のウィッチの話をした。

今思えば随分と不思議な体験をしたものだ。生身の体で空を飛ぶという事実の次に驚いたことかもしれない。

 

 

 

「到底信じがたいな。おぬしはそんなことを経験したというのか?」

「あぁ、そうだ。どうだ、お気に召したかな?」

「いろいろとな。ちなみにその夢に出てきた少女の所属していた部隊はどこだかわかるか?」

「わからない。・・・そういえば伯爵や曹長と同じ部隊だったというのは聞いたことがある。」

託された遺留品を渡したときにそんなことを言ってくれた。あえて何も詮索はしなかったがもしかしたら何かわかるかもしれない。

「ペテルブルク、クルピンスキー中尉、ロスマン曹長・・・。なるほど、そういうことか。」

そして意外にも答えはすぐに導き出されたようだ。ハインリーケはうなずきながら独り言をつぶやき、なにかわかったようなことを言っていた。

「おいおい、一人で、勝手に納得しないでくれないか。俺にも教えてくれ。」

俺がそういうとハインリーケは"本人達には内緒だぞ"と前置きした上で教えてくれた。

「Jagdgeschwader52,通称JG52といわれるカールスラント空軍最高クラスの航空隊だ。お主も名前くらいは聞いたことあるじゃろ?

彼女らはおそらくはそこでほかの奴らと一緒の部隊だったのだろう。それともう一つ、ペテルブルクの悲劇なんていうのを聞いたことがある。撤退を支援するためにウィッチが兵士を安全な場所へ運ぶという作業を行っていたがその最中、吹雪に巻き込まれそのまま遭難してしまった、という話じゃ。優秀なJG52のウィッチが多数遭難し、行方不明になったということで一時期話題になったことがあるが結局話は噂の域を出なかったからのう。まさか本当だとは思わなかったぞ。」

なるほど、ね。いろいろと見えてきた。

「これ以上の詮索は、彼女たちのためによすとしようか。少佐、中々に面白い話じゃったぞ、合格じゃ。」

「それは何より。さて、ハインリーケ次はそっちの番だ。」

「わらわが?」

目を点にしてハインリーケがそう言ってくる。

そりゃそうだ。こっちだけ聞いていてもつまらないからな。

「あぁ、何か一つくらいあるだろ?」

「もちろん、わらわの部隊の奴には話したことがない特別なものじゃ。聞きたいか?」

「ぜひとも。そこまで言うのならきっと面白いんだろうな?」

「よろしい、心して聞くがよいよ。わらわとまぁ、なんだ、よく話す奴に黒田那佳というやつがおるんじゃがこやつは恐ろしいほどの守銭奴でな。それはもう・・・。」

 

こうして夜は更けていく。彼女の話すその口調からは何もマイナスな感情は感じ取れなかった。

だから安心していたが俺が唯一気にしていたのはそれがハインリーケの心の底から出している表情なのかそれとも仮面をつけてしまっているのか俺にはわからなかった。

 

 

次の日、グリュンネ少佐たちが帰る日になった。一泊しかしていないはずだが随分と密度の濃い2日間だっただろう。

彼女たちはほかの502のメンバーといろいろなことを話しているようだ。俺は一番話したいことは昨日の夜のうちに伝えたし、ジェームズからも何か聞いたようだ。俺の予感だがあいつとはこれからも付き合いが長くなる気がする。

506の輸送機を最終点検している整備兵たちをなんとなく眺めているとグリュンネ少佐とハインリーケの2人がこちらにやってきた。

「もういいのか?」

「えぇ、私はあまり話す内容もありませんでしたからね。大尉が少し昔話をした程度でしょうか?」

「うむ。だがわらわは貴様とこうして直接話す事が出来ただけで満足じゃ。これ以上ここですることもないからのう。昔ペテルブルク防衛、あぁ、ここ最近の奴ではない数年前のやつのほうじゃが、ここの基地から出撃したことがあったから、懐かしいとは思っていたんじゃ。

だから妾は話すのよりはこの基地を最後に散策することができてよかったと思えたのだ。」

なるほど、だから昨夜は一直線に屋上に行くことができたのか。少し不思議だったんだ。

「なら、もう十分だな?」

「いや。おぬしに、」

そういうとハインリーケは俺の右手を取って

「感謝を。あの時助けてくれてありがとう。昨日は言えなかったからのう。」

頭を下げた。

「・・・そんなことを言うとは驚きだ。」

「妾だって謝るときは謝るし感謝しているときは必ずそれは伝える。そんなことすらわからないのか?」

「そういうな、斬新だっただけだ。」

そういってお互い手を放す。ふと表情を見ると昨日よりは良くなっていた。あんなふうに話せただけでもよかったのだろうか?そんな不安をよそにハインリーケは俺に別れを告げた。

「ならよい。では、さらばじゃ。また会おう。」

 

そういうと彼女は機体に向かって歩いていく。

「ハインリーケ!」

俺の言葉に足を止めて振りむく。

 

「何も一人で抱え込むなよ、お前は特にその傾向が強いからな。つらいなら誰かに言うのも一つの手だ。そういうのを言える奴、お前にもいるだろう?」

 

最後に、心のどこかで詰まっていたことを彼女に伝える。どうしてもハインリーケはどこかいつも無理をしているようにしか見えないからな。

「わかっておる。それこそおぬしに言われなくてもな。」

だから、それこそが俺が一番いいたいことだと心の中で愚痴る。

“本当にわかっているのか?”と俺が思った直後、彼女はまるで思考を読んでいるかのように言ってきた。

「心配するな、一人ではだめだと思ったらおぬしに真っ先に言ってやる!それで満足か!この世話焼きめ!そんな顔で言われたらかなわん!」

顔?俺はそんなに不安そうな表情をしていたのだろうか?だが、彼女からその言葉が聞けただけでも満足だ。

「あぁ、いいだろう。」

「ならよい。さらばじゃ!」

そう言って、彼女は機内へと入っていった。

「バーフォード少佐、最後に一ついいですか?」

「なんだ?」

そして最後まで残っていたグリュンネ少佐が俺に話しかけてきた。彼女がいなくなったところを見計らってだから何か重要なことなのかと思ったがそうではなかった。

「どうか、ウィトゲンシュタイン大尉を嫌いにならないでください。」

「は?いったい何の話です?」

「大尉はうちの基地でもなんというか、これでも最近は変わったほうですけど結構ひとと話すときも威圧的なんですよ。無意識のうちにしてしまうようなのですが初めてあった人はそれで嫌いになったり怖がったりしてしまう人も多いんです。私たちに対してもあんな感じですからな。

ですが、バーフォード少佐と話しているときは明らかに違いました。

あんなに笑ったり冗談を言ったりするウィトゲンシュタイン大尉を初めて見ました。きっと少佐は大尉にとっても数少ない親しい人なのでしょう。ですからお願いです。どうか・・・。」

どうやら彼女には俺たちの関係がそう見えていたのだろうか。

「大丈夫ですよ。ハインリーケと話していると面白い奴ですからね。

嫌いなることはなると思いますよ。あっちは気まぐれだからわからないが。」

「それこそないと思います。でもその言葉が聞けただけでも良かったです。これからもよろしくお願いしますね。」

そういって俺は彼女たちと別れる。こうして直接話せる機会は次がいつになるのか見当もつかない。だがこれが最後にならないよう、俺も落ちないようにしないとな。

 

彼女たちの乗ったDC-3は格納庫をでるとそのまま滑走路に向かい飛んでいきやがて空高く消えていった。

さらばだ、また会おう、ハインリーケ、グリュンネ少佐。

 

 

「なぁ、バーフォード少佐。」

グリュンネ少佐たちがガリアへ帰っていきがらんと開いた格納庫でジェームズが話しかけてくる。

先ほどまで姿すらなかったのにいったいどこから来たのやら。

「この調子でいけば大体お前さんもあと5,6年で飛べなくなるだろう?ずっと魔力が続くわけでもないだろう。」

そして彼は俺の痛いところをついてくる。

それは常日頃、気にしていることなのだが・・・。

「まぁ、そうだろうな。自分ではできる限り飛びたいとは考えているが。」

俺がそう答えるとジェームズはスーツのポケットから手を出して何かを考える素振りを見せる。そして一瞬、間をおいてから意外なことを話してきた。

「もし、飛べなくなったらこちらに来ないか?こっちの世界は面白いぞ?」

その言葉に俺は驚いた。

確かに銃の腕はほかの奴よりはうまい自信はあるが・・・。

「それはスカウトか?」

「まぁ、そんなところだ。どうだ?」

まぁ、魅力的ではある。誰だって自分を高く評価してくれる人間がいるというのはうれしいものだ。

その提案は実際、いいものだろう。こいつがMI5でどんな役職についているかはわからないがスカウトをできるというのはそれなりに高い役所だろう。

その彼が直接、採用してくれたという話になれば俺がそこでそれなりの活躍をすれば昇進速度も速いはずだ。

この年齢からだったらかなり早い段階でそれも達成できるかもしれない。だけど。

「いや、遠慮しておくよ。」

俺はその提案を蹴ることにした。

「なぜだ?お前なら正式な訓練を積めばいつか優秀な諜報員になれるはずだ。」

俺の回答にジェームズは不思議そうな顔をする。

断ったのがそんなに意外だったのだろうか。

「なぜかって?決まっているだろ?」

俺は雲一つないこの澄んだサンクトペテルブルクの大空を指さしながらその理由を答える。

 

 

「俺は空が好きなんだ。空を飛ぶことのできない人生なんて考えられないってな。」

 

 

俺の答えに一瞬、呆けた顔をしたジェームズはその後急に笑い出す。

「なるほど。男のウィッチっていうのはどんなやつかと思っていったがまさか生粋の空好きだったとはな。」

「あぁ、あいにく地上の諜報員みたいなこそこそ動くのは嫌いなんだ。俺は何にも遮るものがないこの空を自由に飛ぶ、それだけで満足なんだよ。」

”なるほど。”とつぶやき彼は俺に背を向ける。

「だがもし気が変わったら俺に声をかけてくれ。くれぐれもその腕をウィッチの教官なんかで使いつぶさないでくれよ?」

「それはその時考えるさ。だがもしかしたら忘れているかもしれないな。」

「ならその時、また声をかけに行くさ。邪魔したな。」

そう言い残してジェームズは格納庫から出ていった。

5年後、俺は何をしているんだろうな。唯一の不安といえば俺も例外なく魔力が少なくなり空を飛べなくなるということだ。

この世界は好きだ。自分の好きな機体にのり、フェアリーでは決して味わうことのできなかった風を感じながら飛ぶというこの体験をできなくなるのはさみしいものだ。

上空を3人のウィッチが飛んでいるのを見て、心の中でもう少しこの奇跡が続けばなと願うのだった。

 




5月あたりにヨルムンガンドを見てなにか地上の戦いを描きたくなって書いた話。(この話の骨格?を書き終わったあとにノーブル3巻を読み、意外と被っていることに驚愕したのはいい思い出。大幅修正しました、、、。)
書いて気が付いたけど意外と難しい。空のほうが慣れているからかな?
やっぱり自分は空が好きなのだと実感できたいい機会でした。
この好きという感情を意外と理解してくれる人が少ないのが残念。


ご指摘、ご感想、誤字指摘があればよろしくお願いします。



タペストリー欲しい。
次は遅くとも8/26には投稿します。。

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