妖精の翼 ~新たなる空で彼は舞う~   作:SSQ

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おまけ編です。
時系列としては2つとも撃墜されて、基地に帰ってきた数日後です。
第41話の後らへんくらいかな。

理論のところは自己解釈が入っています。


おまけ2 *

<エイラ、がんばる>

「大尉!」

それは1月下旬のこと。みな夕食を済ませ、これから自由時間という時にエイラが突然俺のところにやってきた。突然のことで驚いたが、とにかく話を聞いてみることにした。ちなみに今日はサーニャが夜間哨戒任務についているのでこの場にはいない。

「どうした?」

「頼む!大尉!助けて!」

・・・いったいどうしたんだ?

エイラは俺の元にすがり、涙目になっていた。

「とりあえず、何が起きたのか話せ。ほら、コーヒー入れてやるから。」

「うん、わかった。」

ウィルマに目配せをすると彼女は何か甘いものを取りに行ってくれた。

こういう気遣いがありがたい。

エイラを隣の椅子に座らせて、俺はコーヒーを淹れてもって行く。

「ほら、とりあえずどうぞ。」

「うん、ありがとう。」

すこし時間を置いたことで彼女もたいぶ落ち着いていた。

彼女が一口飲んだところでウィルマがクッキーを持ってきたので早速話を始める。

「それで、何があった?」

「このままじゃ、サーニャと離ればなれになっちゃうかも知れない!!」

・・・うん、そりゃエイラにとって一大事だな。

あちゃーといいたげな顔をしているウィルマと目が合い、どうやら面倒くさそうな案件なのだと確信する。

 

とりあえず話をまとめる。

エイラはどうやら今まで現場活動を重視して士官昇進は拒否していたらしい。だけど501に行くことになり上層部からの餞別で少尉にはなった。がサーニャは士官教育を受けた中尉、このままではいつ離れてしまうかわかったものではない。そう思ったらしく本国に問い合わせてみたところ、士官試験に合格すれば(かつてマンネルヘイム十字章を受賞したことがあり、技能は問題ないと判断され)いままでの功績を鑑みて(既に少尉なのに)少尉候補者学生として戦術や将校としての素養をさらに1ヶ月で叩き込むらしい。

そんなので士官になれるのって、スオムスはいいのか?いや、エイラだから例外なのか。

というわけで早速勉強し始めたのが今年の初め。

ところが501など色々あり、実際に始めたのは502に来てから。

気分一新始めたのはいいが、わからないことだらけ。どこからはじめたらいいのかすらわからなくなってしまった。

このままだと絶対に受からないと考え誰かに聞こうと思った。

そして最初に思い浮かんだのはニパ。

だが、ニパの階級は曹長。つまり士官教育を受けていない。

それでは誰だったら聞けるのか?

少佐は無理、熊さんも戦闘隊長という立場なので無理、伯爵はいじってくるから嫌だ、管野はなんか怖い、姉ちゃんはいつも忙しそう、ジョゼはなぜか話しかけにくい。

その結果一番聞きやすいのが俺、と言うことになったそうだ。

「頼む!この通りダ!」

エイラは頭を思いっきり下げて、ついには土下座をしてきた。

「・・・なんだそれは?」

「みやふじから聞いた!扶桑流の人に物事を頼む際の最上級の礼儀だ!」

俺は扶桑人じゃないんだがなとか思いながらどうしようか悩む。

ふとウィルマの顔を見ると彼女は目であなたの好きにしたら?といってきた。

まぁ、俺としても悪い話じゃない。

「いいぞ。」

「本当か!?」

「あぁ。だが時間はどうやって確保する?」

「緊急発進待機の時間を使う、少佐に頼んだらジョゼと配置換えになったからナ。」

なるほど。こいつは、既に俺が承認すること前提で動いていたのか。

根回しが済んでいるところはさすがだな。

「わかった、明日からやるからそれでいいな?」

「助かる!」

がばっと顔を上げて目をキラキラさせながら手を握ってきた。

そんなに追い込まれていたのか。

「ちなみにあと試験までどのくらいあるんだ?」

「一ヶ月だ!」

不安だ。

 

そうして“エイラをサーニャに内緒で士官にさせよう作戦”が始動した。

士官試験に出される問題は飛行用語や理論といったものである。

普通の戦闘機パイロットなら身近なものばかりだがウィッチになると感覚で飛んでいる者が多く、非常にてこずる場所らしい。

無意識のうちで全てを考慮して飛ぶことが出来るのは若さ故なのか、それとも・・・。

そんな事はどうでもいいのだが今はその無意識のうちに行っていることを説明できなければ不合格になってしまうのでまずはそこからはじめる。

と言うことでスオムスの教本を英語に直したものを俺が見てもいいのかと思いながら問題を出す。

ちなみに俺は魔法関連はさっぱりなのでウィルマにサポートしてもらいながら出題する。

本人はいつも飛んでいることを説明すればいいのだから楽勝なんていっていたが。

「ウィッチが水平飛行中に速度を落した際、起こる問題とその対処法は?」

「高度が落ち始める。だから迎え角を通常より大きくとる。」

「迎え角を取りすぎると?」

「制御不能になる。具体的にはスピン状態になる。」

「なぜ制御不能になる?」

「えっと・・・。」

10秒ほど沈黙が続いたので、エイラは答えられないと判断した伯爵がさっと手をあげ

「空気流がユニットの翼からはがれてしまい、飛ぶために必要な揚力を生み出せなるから。」

「正解。」

「ふふん、これくらい出来て当然だね。」

見事に正解した。

意外と伯爵も答えられるんだな。

「スピン状態に陥ったときの対処法は?」

「適当に・・・。えっと・・・。」

適当にって何だよ?

「それじゃあ、駄目だろう。もし教官になったらいつかは生徒に説明できるようにしなければならないんだ。伯爵、答えられるか?」

「はーい。スピンが起きている方向とは反対方向にエンジンの出力方向を向けてとにかく高度を落す。そうして速度を稼ぐんだね?」

「そうだ。エイラ、これが説明って奴だ。わかったか?」

「心ではわかってるんだけど、説明するとなると言葉に上手くできなくて・・・。」

「けれど、それが出来ないといけないんだろ?」

「ハイ、ソウデス。」

そういうとエイラは落ち込んでしまった。

「とにかく、口で説明して、それが書けるようにならないと。そこがおそらく弱点なんだから。」

 

「ウィッチが使う銃が地上で使うときに比べて弾詰まりしやすいのは何故?」

「わかんない!」

「伯爵!」

「知らない。」

2人ともわからないということなので俺は教本を見て、答えを確認する。

実は俺も初めて知ったのだがオートマティックの銃は射撃の際の反動やガスを使って排莢している。ところが上下左右あらゆる角度から銃を射撃しているウィッチの場合、ウィッチ自体の速度も重なって銃を設計した際には想定していない方向への力がかかり弾詰まりを引き起こしてしまうそうだ。

「「へー。」」

と言うわけで俺はエイラに、普通の勉強に加えて説明する力も養うように提案したのだった。

 

 

さて、こんなことを毎日続けていると傍からみていても大変なわけで。

エイラも見るからに疲れていた。出撃待機中もうとうとしていることが多かった。

もちろんスクランブルのときになれば起きるし、戦闘中も被弾することなんて事態はなかった。

でも彼女にとってはそれでも心配なわけで・・・、

「エイラ、大丈夫?」

「大丈夫だヨ、サーニャ!」

早速サーニャに心配されていた。サーニャにはもちろん勉強していることは話していない。

というか、普段あんな調子なのに勉強しているなんて話しただけで勘のいいサーニャなら気がついてしまう恐れがある。

だからなんとしてでも誤魔化さないといけないのだが肝心なときに不器用なのがエイラ。

「最近忙しそうだけど、どうしたの?」

「大丈夫だよ!だから何にも心配はいらないんだナ!」

これじゃあ、心配してくれって言っているようなもんだろ。

・・・サーニャが動く前にフォローしておくか。

せっかく引き受けたんだから、どうせなら最後まで完遂させてやりたいし。

 

夕食後、夜間哨戒前の最終確認をしているサーニャを格納庫で見つけた。

どうやら今晩の気象状況を確認しているようだった。

満月の快晴、飛ぶのには最高の天候のようだ。

俺の足音に気がついたサーニャが振り向き、俺と目が合った。

「サーニャ、少しいいか?5分で終わる。」

「バーフォード大尉?いいですよ。」

「悪いな、少し重要なことなんだ。」

そういうと、サーニャは近くの椅子に座る。

俺は立って話すつもりだったが促されたので隣に座る。

「それで話はなんですか?」

まずサーニャが切り出してきた。

時間を取らせてしまっている手前、彼女のペースに合わせることにする。

「サーニャのほうが聞きたかったんじゃないか?ここ最近のエイラの様子とか突然A隊からB隊に異動したこととか。本人は濁すだけで話してくれないからな。」

「・・・はい。エイラどうしちゃったんでしょうか?」

そういうとサーニャは黙ってしまう。なんとなく落ち込んでいるようにも見えた。

「お互いに信頼しているからこそ、話してほしいのか?」

「はい。」

即答だった。

「いつもならまず、私に相談してくれていたのに。それで、少し不安になってしまったんです。」

「ふむ、なるほど。」

「大尉は何か知っているんですか?」

そこで俺は少し悩む。

ここで全てを打ち明けるのも確かに手だが、それはエイラを侮辱することになる。

でも全て隠すのも得策ではない。

だからちょうどいいようなウィルマと話し合って決めた折衷案、それを彼女に伝える。

「だったら、待ってあげるのもひとつの手じゃないか?」

「え?」

「詳しくはいえないが、あいつだって考えているんだ。そして、どんなときもサーニャのとこを一番に考えている。それは確かだ。だったらいまこの瞬間はエイラは自分でやってみたいといっている以上、たとえ信じているとしても見守ってみるのも手だと思うぞ。

ま、これも他人が俺に教えてくれたことをそのまんま言っているだけだけどな。」

ふと彼女を見てみると目を丸くしていた。

・・・なんだ、俺がこんなこと言うのがそんなに意外だったのか?

「待ってあげる、ですか?」

「あぁ、時間がたてばエイラだって話してくれるさ。あいつがサーニャのことを嫌いになるなんてありえないしな。あいつはいつだってサーニャのことしか考えてないから。」

「そ、そうなんですか?」

顔を赤くしながら、そして少し照れながらそういった。

そして少しの時間をおいて、彼女は答えを決めた。

「そうですね・・・。わかりました。エイラのことを信じてもう少しだけ待ってみることにします。」

そういうと彼女は立ちあがり、ユニットに向かった。

「大尉、ありがとうございます。おかげで楽になりました。」

「なら、幸いだ。夜間哨戒任務、気をつけて。」

「了解です。」

サーニャは一礼してユニットに搭乗、程なくして出て行った。

さてと、これで2人の間でなにもないといいんだけどな。

 

格納庫を出ようと振り返ると、入り口からこっちを覗いていたエイラと目が合った。

「大尉?サーニャとなに話していたんダ?」

「残念ながらそれはサーニャと2人の秘密だ。」

「なんだと!」

ったく、こいつはサーニャのことになるとまるで人が変わるからな・・・。

 

「まぁ、その話は置いておいて。」

「おいておけるわけないだろ!」

ったく、面倒くさい奴だな。なんだよ、もう。

対応するのもだるいので俺のペースで話を進める。というか、どうしても聞いておきたかったことがあったのを思い出した。

「エイラは前に502に派遣されるのが決定したのはガリア解放された直後だといっていたな?」

「ん?あぁ、私達はサーニャの両親を探すためにオラーシャに向かう予定だったんだけど、出発する直前に命令が来てここにくることになったんだ。

お偉いさんの話じゃ、ブリタニアから2名派遣することになってこちらもと言うことで決まったらしいナ。きっと我々も戦力を出さないわけにも行かないのでちょうど手の空いたこいつらを送り込んじまえ!とか思われたんだろうナ。まったく、迷惑な話だナ。それと今思えばこの2人って大尉達のことだったのか。」

自己完結しているエイラを見ながら俺はひとつの結論を出していた。

・・・やっぱり。

以前からなんとなくは想像していたが俺がこの世界に来て少なからずなにかに影響が出ているのか。

俺が来なければジャックはウィルマの派遣を決定しなかった。俺と出会うことのなかった彼女はあのまま引退していたかもしれない。そして、この2人は俺達の派遣の影響を受けずに捜索を続け、両親を見つけていたかもしれない。

俺はこのとき罪悪感を覚えた。

もしかしたら、俺は彼女の両親との再会を邪魔してしまったのかもな。

このまま、何もせずにのうのうと生きてゆくのも少しいやだな。

だったら、少し手伝うか。

「それがどうしたのか?」

「いや、こっちの話だ。それじゃあな。」

「あ、待て!大尉、まだ話は終わってないゾ!」

俺は俺のために行動する。

少しでも自分の中にある罪悪感を消したかったから。身勝手だと思われても仕方がないが、行動する。

なぜなら、それが俺のせめてもの償いだから。

 

次の日

「なぁ、ジャック。少し頼みがある。」

『お前が俺に頼み事とはずいぶんと珍しいな。どうした、話してみろ。』

「実は・・・。」

 

『・・・なるほど。大体は理解した。それは確かに他人事じゃないな。わかった、こちらでも調べてみよう。その件は確かに個人で探すのには少し無理がある。』

「助かる。頼んだぞ。」

『あぁ。それにしてもお前さんが他人の心配をするとはな。人は環境が変わるだけでこんなに変化する物なんだな。』

「言ってろ。あんなむさくるしい地下から地上に、それも体自体に変化がおきたんだ。思考に変化が起きないほうが無理がある。ジャックだって変わっただろうに。」

『違いないな。

「それじゃあこっちはこれからブリーフィングだ。切るぞ。」

『じゃあな。何かわかれば連絡する。』

俺は受話器を元の場所に戻す。

ジャックは人づてとロンドンにある資料から探すようだから、俺はこちらの東欧司令部が保管する資料から探す。

ブリタニア課からも何人か人を借りて閲覧できる資料から出来る限りのことをするつもりだった。

 

そして、約4週間ひたすら色々なことをエイラに教え続け、裏では捜索も行った。

まずは、エイラの方から。

もう大変だった。今まで感覚で飛んできたつけ故にエイラの頭には常に?マークがついていた気がした。だが時間がたつにつれて彼女の?も減ってきた。

きっと本人の努力が実り始めていた証拠だろうな。

そして

「・・・どうダ?」

「・・・うん。いいんじゃないか?この成績なら問題なく合格できるだろう。」

「やったー!」

俺がそういった瞬間エイラは飛び上がり、もうすごく喜んでいた。

試験前日でようやく合格点に達したんだ、そりゃうれしいだろうな。

「試験は明日だったな?」

「あぁ、試験後当日に結果がわかるんだって。即日結果発表。」

「と、なるともう下手したら今週中に士官教育が始まるのか。」

「そうなるナ。」

「そうすると、しばらくサーニャとはお別れだな。合格したらちゃんと挨拶しておくんだぞ。」

「・・・・・・は?」

「ん?」

俺はエイラの回答を見ながらだったのでふと止まったエイラを見てみるとその顔は何か重大なことに気がついたようだった。

「サーニャと・・・お別れ?」

「・・・まさか気がついていなかったのか?仮に一ヶ月程度とはいえ、オラーシャ空軍士官学校にサーニャも一緒に入学なんて、そんなこと出来るはずがないだろ?」

もしかしたらエイラがおねだりすれば可能かもしれない、なんてそんな可能性がふと浮上するがそれを彼女に伝えるのはやめておく。

言ったら絶対に実行するに決まっている。なぜなら、

「・・・・・ああああ!!!」

この絶望に満ちた声が物語っている。

さすがに今の叫び声に伯爵も驚いていた。

「サーニャと、一ヶ月も、お別れ!?そんな、そんなのって、どうしよう!?

・・・っは!!そうだ、士官学校に行かなければ!!」

そっちかー。そっちに思考が傾くのか。

「それは本末転倒だろう!何のためにやってきたんだよ!?」

「だって、だって、サーニャと・・・。うわーーー!」

・・・一体どうしたらいいんだよ?

結局1時間ほど説得して何とか士官学校に行くことにした。

というかさせた。

これから1ヶ月我慢するのと今を甘えていつか一生離れ離れになるのとどっちがいいという究極の選択をさせたら何とか折れてくれた。

はぁ、相変わらずどこか抜けているな。

 

次の日、いまだに嫌がるエイラを車に押し込み司令部に送り込む。

つく頃には腹をくくっていたらしく、”いってきます。”と敬礼しながら司令部へと入っていった。

一旦基地に帰り、試験が終わる頃に再び迎えに行くと複雑な顔をしたエイラが入り口で立っていた。

紙を見せてきたので確認すると成績表だった。どうやらエイラは合格点をはるかに上回る得点で試験を合格したらしい。

私、本番に強いタイプなんダとは言っていたが強すぎだろう。

トップ卒業も夢じゃない。

一人しかいないけど。

 

そしてその数日後、行ってくるゾ、とただ一言、悲壮感を漂わせながら格納庫に向かっていった。

期間は4週間、果たして彼女は耐えられるのか。

さすがにかわいそうになったのかサーニャが手紙を送るよ、といったら泣いた。

サーニャに抱きついてワンワン泣いたあと、半泣きしながら離陸していった。

無線からはエイラの泣き声が時々聞こえてくるほどだった。

強く生きろよ、エイラ。

 

 

4月

サンクトペテルブルクはようやく暖かくなってきた。

いまだ冬服は手放せないが、最高気温が氷点下を上回る日が出てきただけましだろう。

みなのユニットも凍ってしまって動かない、なんて事態も少なくなってきた。

少しずつ雪解けも始まっておりこれで滑走路の雪問題も早く解決してもらえれば楽なんだが。

さて、サーニャのほうを話そうか。

ジャックからある程度情報が集まったので取りに来てほしいという連絡が来た。

司令部のブリタニア課で書類を受け取り、部屋を貸してもらって早速こちらで得られた情報と照らし合わせながら確認する。

サーニャの両親の行方に関する報告だ。だめもとで調べてもらったがなかなかいい情報が得られた。

オラーシャ軍がメインなので彼女の書類も502の同僚と言うことである程度は見せてもらえた。ここに書かれている内容はジャックのほうでは手に入れることが出来なかったのでかぶらなくて良かった。

彼女の両親は音楽家と言うことで音楽大学や演奏集団などの名簿から探したが見当たらなかった。

モスクワや少し遠いスオムスなども当たってみたが、だめだった。

ただ個人の教師とかになっているともはや探す事は不可能だ。と言うわけで今すぐ、会いに行くというのは不可能だった。

次に足取りだが、2年前までの足取りまでならつかめた。戦争が始まり、モスクワまで行きそこで数年過ごした記録が残っていたらしい。

そこで避難民を輸送するための列車に乗ったのは確かなのだがどれに乗ったかの資料がなかったらしい。オラーシャからの避難民にかつて聞いたことがあるがモスクワからの列車に乗った人のうち、東に逃げたのなら安心、南に逃げたならおそらくは絶望的、西や東なら五分五分と言ったところなのだとか。

有名な音楽家でヨーロッパで名前が知れ渡っていた人物だったからすぐ見つかるかな、と楽観していたがやはり無理だった。

だが、ある程度は絞り込めたのがせめてもの収穫か。

今の時点で出来る限りの事はしたのでエイラも帰ってきたことだしちょうどいいタイミングと言うことで俺は渡すことにした。

 

部屋から退出して、書類を鞄にしまい基地に帰る事にした。

1階に下りると少佐と会った。

「少佐、どうしたんですか?」

「あぁ、大尉か。今日エイラが帰ってくるそうだ。」

ブリタニア課の人から聞いてはいたが、それとなく初めて知ったことにしておく。

「早いですね、と思ったらもう4週間たっているのでもうそろそろだったんですね。」

「あぁ、だから復帰に関する書類を受け取らなければならないのでここに来たわけだ。」

なるほど。

復帰するのにまた書類を作らないといけないとは、これだから中間管理職だけにはなりたくないんだ。

「それじゃあな、大尉。」

「えぇ、お疲れ様です。」

そういって俺は少佐と別れる。

空を見上げると少し低めの高度を取った機体が1機、上空を飛んでいるのが見えた。

あれは、エイラか?

方角から考えて、スオムス方向からの帰投コースだろうから間違いないかな?

ようやく帰ってきたのか。果たして士官教育を受けてどれくらい頼もしくなっただろうか、少し楽しみだ。

 

「サーーニャーー!!!!」

俺が帰るとそんな声が聞こえた。

基地に車を止めて、自分の部屋戻る途中の通路でのことだった。

おかしい、ここから格納庫まではかなり離れているというのに、相当大きな声だったんだろうな。

はぁ、この調子じゃ根本的なところはまったく変わってないな。

「エイラ、お帰り。よくがんばったね。それと中尉昇進おめでとう。」

「あ“り”がどうー。」

格納庫に入るとこんな感じだった。

もう、泣いていて何を言っているのか良くわからん。ただ、ずっと会えなかった衝動とそれにほめられたことでもう何かが決壊してしまったのは確かなようだ。

それにしても中尉に昇進か。よくいろんな意味で耐え切ったものだ。

エイラがこっちに気づいて走ってきた。

「大尉、ほんっとうにありがとう!おかげで何とかなった!」

「良かった。ま、お前さんの実力なんじゃないか?」

「いやー、そんなー、照れるナ。」

えへへ、といいながら少し笑う。相変わらず喜怒哀楽がすごい奴だ。

まぁ、泣かれるよりはいいか。

少佐に帰ってきたこと言ってくるー、と言い残しエイラは-おそらくは司令官室だろう-スキップしながら去っていった。

ちょうどいいや、これはエイラがいるときに渡すとまた変なことになりそうなので今のうちに渡しておく。

「サーニャ、これを。」

「これは?」

俺は先ほど受け取った書類をサーニャに渡す。既に彼女に渡す事はジャックに言ってあるのでジャックもそのことを承知で書類を作っているはずだ。

俺もそれを前提にタイプライターを使いながらなんとか書いた。

「そうだな、あえて言うなら罪滅ぼしだ。サーニャのためになるものだ。受け取ってほしい。」

「はい、わかりました。今、見てもいいですか?」

「もちろん。」

 

サーニャはその書類を読むにつれて表情を変えていった。

「バーフォード大尉、これって・・・。」

「まぁ、読んでの通りだ。エイラとサーニャは本当だったら両親を探すつもりだったんだろう?なのに俺達のせいで502に行くことになった、だからそれの罪滅ぼしだ。

あまり有力な情報はなかったがな。」

「それでも、ありがとうございます。私達だけじゃ、絶対これすらも集められなかった。」

もう一度書類に目を落し、読み始める。

 

「ま、2人が本来集めるはずだったものを俺が勝手にやっただけだ。俺のただの自己満足で罪滅ぼしをやっただけだ。勝手に君のプライバシーに入った事は謝罪する。

けれど、俺はそれをやらないといけない気がしたんだ。許してくれるかな?」

「そんな、ここまでしてくれて許さないなんて事はないです。それと、罪滅ぼしとは?」

「そこはたぶんエイラがわかってくれている。今度聞いてみてくれ。」

「はい。」

足音が聞こえ、だんだん大きくなってきた。

「少佐はいなかったのでーかえってーきましたー。」

さっきと同じハイテンションを保ったままスキップで帰ってきた。

「お帰り、エイラ。早かったのね。」

「少佐はいなかったんだ。まぁ、挨拶はあとででいっか。それでさ、大尉。ひとついいかな?」

「ん?なんだ?」

「ちょっと話があるんだな。いい?」

「別にかまわないが・・・。」

「よし、それじゃサーニャ。またあとでナ。」

「うん、じゃあね。エイラ。大尉、ありがとうございました。」

「あぁ。」

今のやり取りをエイラは不思議そうに見ていたがすぐ俺の手をとり引っぱっていった。

つれてこられた場所は格納庫と格納庫の間、人影はまったくない。

ふとエイラを見るとなんかもじもじしていた。

こんな積極的なエイラを見るのは珍しい。というか、何が目的なのかがまったくわからない。

「あのさ、大尉。」

「どうした?」

目をそらしながらも俺に語りかけてくる。

「えっと、本当にありがとうね。私一人じゃ絶対に合格できなかった。大尉が私に教えてくれたおかげでサーニャともこれから一緒に行ける可能性が広がったんダ。だからありがとう。本当に感謝してる。」

そういうとエイラは頭を下げた。

そっか、なるほどな。ようやくわかった。

「・・・別に。がんばったのはエイラだ。俺は手助けしただけだ。」

最初は貸しが出来るなんて考えていたが他にも手助けする理由が俺には出来ていた。

サーニャのも含めての罪滅ぼしだ。この世界に来たのは本当に偶然だったが俺が降りたせいで身近な人に影響が出ている。だったら俺が出来ることをしたい。

そう思って手伝ったんだ。

「そういうところって、やっぱり大尉らしいな。」

「なんだよ、大尉らしいって。」

「えっとね、感謝してもなんかするりと回避しちゃうようなところ?

たまには受け取ってみるものだヨ?」

なんだそりゃ。

「だから、お願いがあって。もうひとつ、聞いてくれる?」

「別に、何でも聞くのに。」

何でも?とエイラが聞いてきたので、俺は話を聞くだけだ、それから決める。というと

なんだ、と残念がられた。

そして、一回咳をして空気を変えた上で、

「私を“イッル”って呼んでほしい。」

そう頼んできた。

「イッル?まぁいいけど何で?」

「私のあだ名なんだ。本当に少しの人にしか呼んでもらっていない名前なんだけどね。

私は大尉に本当に助けてもらったんだ、だからぜひこの名前で呼んでほしいんだ。

だめかな?」

「まぁ、そういうならわかった。でもそんなすごい名前で呼んでもいいのか?」

「もちろん!ほら私を呼んでみて?」

俺は一回深呼吸してその名前で呼ぶ。

 

「イッル。」

 

そういうと、イッルは一回俺今まで見たこともないような笑顔を見せて

 

“ありがとう”

 

そういった。

数秒の沈黙を挟んでそれじゃね、と言い残してエイラ、いやイッルは走っていった。

 

・・・ウィルマがいなくて本当に良かった。あの笑顔には一瞬心が動いた。

「どうだ?私の妹は?」

後ろから声をかけられた。

振り返るとそこにはエイラの姉、アウロラが立っていた。

「予想外だったよ。まさか、あんな奴だったとはな。」

「ふふん。なんせ私の自慢の妹だからな。私を差し置いて手を出すんじゃないぞ。手を出すなら私を倒してからだ。そうすれば考えてやる。」

してそんな事冗談でも言わないでほしい。ウィルマに聞かれていたらと思うとぞっとする。

最近ウィルマが時々すごく怖く思うときがある。特に他のウィッチと話しているときだ。

あれは嫉妬だろうけど、女の嫉妬ほど怖いものはないと誰かが言っていたが最近ようやく意味がわかった。

「悪いが遠慮しておく、怖いからな。それにエイラにはサーニャがいるじゃないか。俺なんかが入る余地はない。」

「そうか?あのエイラが他人にイッルと呼ばせる人なんて本当に少ないぞ。少なくともスオムスの人間以外で呼ばせているところなんて見たことがない。私も驚いているくらいだ。」

「そうか、なら光栄だよ。そういえば、サーニャは普通にエイラって呼んでいたけどあれは?」

「あぁ、いまだにそう呼んでほしいっていう勇気が出ないんだってさ。まったく、変なところで残念なんだから。」

そういうと同時に遠くで警報が鳴った。

これはスクランブルではない、ウィッチ回収隊の出動命令だ。

「・・・また誰かが落ちたのか。」

「そうみたいだな、それじゃあ大尉。あとはよろしく。」

アウロラは、車があるところへ走っていた。

さてと、俺も自分の用事を済ませるか。午後の出動に備えて格納庫に向かう。

 

格納庫に入るとサーニャとイッルがいた。まだ再会を喜んでいるのかと思ったら少し違った。

「大尉、どういうことダ?」

「どういうこと、とは?」

そういうとサーニャがこの書類を指差す。

あぁ、なるほど。

「喜んでくれたなら何よりだ。」

「違う!」

そういうと俺に迫ってきた。

「私がいない間にサーニャに手を出そうとしていたなんて!」

その言葉に思わずサーニャと顔を見合わせてしまった。サーニャのことになるといつも視野が狭くなるんだよな。

まったく変わった様子がないエイラに、お互い苦笑いをしてしまう。

「あ、まさか!もうそんな以心伝心できる関係に!?」

一回ため息をついた後に小声でサーニャに話しかける。

(相変わらずだな。)

(ですね、でも少し安心している私もいます。)

(奇遇だな、それは俺もだ。)

このやり取りを見た瞬間、イッルはついに爆発した。

「やっぱり、大尉なんて大嫌いだーーー!」

その言葉を聴いてようやく、あぁ、いつものイッルが帰ってきたんだなと実感している自分がいたことに気がついたのだった。

End

 

 

 

<テストフライト>

 

「エンジンテスト開始。」

本当ならもっと早くやりたかったのだが、おれ自身が被撃墜してしまい、結局出来ていなかったA整備をようやく行える時間を確保できたので数日かけて実施した。

特にエンジン部に関してはかなり細かいところまで分解して出来る限りの点検を終える事が出来た。一部、エンジン使用時に問題が発生しそうな場所が数箇所あったのでそこを直せたのは良かった。

これでしばらくは問題ないだろう。

後は全ての箇所が正常に動くかを確認するためにテストフライトを行わないとな。

ここ最近はスクランブルの回数も少ない。昨日、A隊は1回緊急出撃を行ったが俺達は0回だった。ネウロイの襲撃が少ない今だからこそ、このA整備が出来たって言うのもある。

そんな状況だから試験飛行の許可もすぐ下りるだろうと思い、少佐の元に向かうと案の定すぐ降りた。

試験飛行空域はバルト海上空、ここ最近ウィッチの大半がペテルブルクの哨戒やガリアに回されているのでバルト海の警戒網が薄くなっているとのことだ。

よって警戒するウィッチの数は多いに越した事はない、というのが理由らしい。

 

さて、許可も下りたことだし離陸準備にはいる。

万が一に備えて通常の武器を装備して支度を整えた。

ここ数日は新しく持ってきた(というか曹長に頭下げて持ってきてもらった)スピットファイアだったので久しぶりのメイブの速度で空を飛べるのがうれしい。

Auxiliary power unit(APU、補助動力装置)を作動させてユニットを起動する。

そしてエンジン出力をアイドルにセット。

右エンジン、左エンジンの順番で始動。

それと同時にエンジンの回転数が上昇し始める。少しずつエンジンから発している音が大きく、そして甲高くなり始め無事始動できたことがわかり安心できた。

しばらくしているとエンジン回転数が右が32%、左が33%で安定し始める。よし、許容範囲だ。

次にエンジン温度を確認する。アイドル状態で300-350℃が安全圏内だが、320℃で問題なし。その他全てのチェックリストを確認、エンジンスタートは全過程を無事に出来た。

また、フラップ、ラダー、ギア、偵察ユニット、全て問題なし。

管制塔の許可を得て滑走路に進入。ホイールブレーキを作動させながらエンジン回転数を75%で安定させ、滑走路で一旦停止する。

進路上に障害がないことを確認した上でブレーキ解除、エンジン回転数を最大にして離陸滑走に入る。

いつものジェットユニットの爆音を響かせながら速度160km/hで離陸、最大上げ角の2/3ほどの角度を持って離陸する。

高度10mでギア収納。

332km/hでフラップアップ。

そして俺はバルト海上空の試験飛行空域に進路を向けて、一気に速度を上げた。

 

試験飛行は主に最初は緩やかな飛行を行い徐々にユニットに負荷がかかる飛行をしてゆく。

ゆったりとした旋回から初めてそれがクリアできたので4、5、6G旋回を行い肉体限界ぎりぎりの9G旋回もこなせた。

戦闘中に行う急降下の攻撃も急な出力の上げ下げも許容範囲だろう。

地上を精査するレーダーにも問題なし。海上を航行する艦船を複数確認。

他の偵察ユニットでも同様に識別、問題なし。

よかった、ここ最近触っていなかったから何か問題があると正直対応に困るところだった。

 

高高度での燃焼試験のために上昇していると高度10000m付近を飛行中にレーダーが敵影を捉える。

俺よりもさらに2000m近く上を飛ぶネウロイを発見した。

高いな、推定高度は12000m。普通のウィッチはこの高度まで上がれるのかぎりぎりのところだよな。

小型だがかなり高速だったため、偵察型と推測。

だが、見ると機体の大部分を飛ぶために費やしているのでは?と思えてしまう形をしていた。

過去には機体の半分をブースターのように使い、途中で切り離すタイプのネウロイも報告されていることを考えれば十分ありえるだろう。

北へ向かっていることを考えればこいつらはベルリンの巣から出撃し、バルト海を北上してスオムスに向かうルートを取っているのだろう。

こいつらは本来ならば502が担当するやつらのはずだ。

俺がこの空域を飛んでいる事は地上のやつらは知っているはずだから迎撃命令が来ないところを見ると警戒網の穴を抜けてきたのか?

そうすると、やっかいだぞ。

 

まぁ、今はいい。

前方のネウロイに標準を合わせることにする。

ECMを作動させ、味方のレーダーに映らないようにする。

これからの戦闘は公式記録にはのこらないが、この攻撃手段はまだ秘密にしておきたい。

BOREサイトモードを起動して敵機2機をロックし、ミサイル攻撃の準備を開始。

これは、こちらの兵装も問題なく使えるかのチェックもかねている。

ついでにどれくらいの性能があるのかの確認もあるが。

STTモードに自動で移行して作動音がハイピッチになる。敵機との距離が11000mを切る。

そしてミサイルのシーカーロックが完了しいつでも発射可能になる。

 

【挿絵表示】

 

「発射」

ユニットから2つの光点が飛び出して一気にネウロイに向かって飛んでいく。

 

5

4

3

2

1

 

Lost

撃墜確認。

遠くで小さな煙を確認したところでECMを解除する。

辺りの電波妨害も解除されて、通信がクリアになる。

『・・大尉!無事か?』

「こちらバーフォード大尉だ。どうした?」

『あぁ、突然電波障害が発生してな。そちらのバルト海方面からだったから何かあったのかと思ってな。』

「残念ながらこちらでは何も確認できない。偵察は必要か?」

『いや、大尉は試験飛行中だろ?だから気にするな。付近のウィッチ隊に出撃を要請したからあとは彼女らに任せて帰投してくれ。』

「バーフォード、了解した。」

彼女らには無駄足をさせるわけだが仕方ない、こっちはウィッチが手出ししにくいやつらを片付けたんだからせめて働いてもらおう。なにかこの動きに関する報告が上がればいいのだが。

 

とにかく、こちらの試験は全て問題なく終わる見込みだ。

最後の高高度燃焼テストのために俺は一気に高度を上げたのだった。

 




さて、この”妖精の翼 ~新たなる空で彼は舞う~”もおかげで1年です。
自分の趣味全開ですが、読んでくださってありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。

ご指摘、ご感想があればよろしくお願いします。

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