「熊さんが?意外だな。」
朝のブリーフィングで熊さんが体調不良のため本日は出撃できないことが通達された。本来なら代わりに曹長が入るのだが昨日の今日で曹長の仕事が非常に多い。
補佐の曹長ですらこの調子だから少佐もしばらくは仕事が多いのだろう。
その証拠にいつもなら気象ブリーフィングの最後に“がんばっていこう”、とか“みんな気をつけろよ?”とか姉御キャラ全開なのに今日は何も言わず出て行った。
心なしか肩が落ちているような気がした。
そして少佐の次に階級が高い熊さんと俺は手伝えることがいくつかあるはずなのだが、残念ながら今日はできない。
熊さんは体調不良なので飛べないのはもちろんのことだが現在、各国の上層部が502JFW所属のウィッチに聞き取りを行っている。
あの戦いはいろいろとイレギュラーなことが多々あった。
そのため直接戦闘に参加したウィッチから話を聞いているのだが、一度に聞くとそれだけで戦力に穴が開くため順番に聞いているとの事だ。
今日から三日間、まずはA隊から聞くという事なので必然的にB隊がしばらくは出撃待機となる。
それも通常のような半日ではなく、B隊全員が昼間を担当する。
そのため少佐や曹長の手助けは出来ないのだ。
がんばれ、曹長と少佐。くれぐれも倒れるなんて事にはなってほしくないな。
もしそんな事になったら階級的に俺がここの責任者となるからな、そんなのは絶対にいやだ。
日の出からしばらくたち、昼ごはんの時間になった。
ただ、肝心の食料がまだこない。
新鮮な食料は修復作業員に優先的に支給されるため俺たちはいつものレーションだ。
午後には一部の食糧が回されるとの事なので晩御飯には何かありつけるといいな。
「なぁ、隊長。」
「なんだ、伯爵?」
「いまの索敵って誰が行っているだい?」
「え、レーダーで行っているんじゃないんですか?」
ルマールの返答にちっちっちと小指を左右に動かしながら否定した。
「ちがうんだなー、ジョゼ。」
「え・・・・。あっ、そっか。」
そうなのだ。索敵の要である観測所と前線基地は昨日のネウロイの攻撃で消滅した。
そのため、レーダーやそれを監視する人員まで吹き飛んでしまったのだ。
「少佐から渡された資料によると他の国から人員を回してもらっているらしい。昨日の援軍のなかで空間把握系のウィッチの一部が急遽ペテルブルグに残ったらしい。
そいつらが今は哨戒を行っているとの事だ。
集積基地には修理部品はいくつか残っていたがさすがにレーダー本体はなかったから今、扶桑やオラーシャから急いで取り寄せている最中らしい。
ただ、持ってきても設置するのに場所選びもしなきゃいけないからそういうのも、考えてあと2ヶ月がかかるだろう。
今は索敵に人員が足りないから今後は世界中から優先的に索敵ウィッチが集められるんじゃないか?
現にサーニャも夜間ウィッチなのに今、空を飛んでいるわけだろ?
この辺りは余程余裕がないんだろうな。この調子じゃ制空権だって危うい。
まぁ、どっちにしろ戦線が後退したから索敵すべき範囲が減ったのがせめてもの救いかな。
ネウロイの巣から半径50km圏内は飛行禁止と来た。
上層部は余程ネウロイを刺激したくはないと見える。」
「それ、人類側としてはあまりうれしくはないニュースですね。」
確かにな、せっかくガリアを解放したというのに別方面では一歩間違えれば陥落していたという事態があったのだから。
上層部は上げて落とされた気分だろうな。
「そうだなー、せっかく最近はいいニュースばっかりだったのに。これで一気にどんよりムードだね。隊長、ここは何か気分を盛り上げる芸を披露してくれませんか?」
「いやだ、というかそれは伯爵の役目じゃないのか?」
「なんで?」
「なんでって、そりゃうちの隊のはちゃらけ担当だからじゃないか。」
「隊長!それちょっとひどくない!?」
「事実じゃないか。」
そんな俺らをみてルマールとウィルマが笑っていた。
こんなやり取りだけでも、すこしだけ部隊の空気がやわらかくなった気がした。
先の大きな戦いの直後のためか士気が下がっていたので、このまま出撃なんてのは嫌だったから結果的には良かった。
こういうところではいつも伯爵は役に立つ。
結局今日、スクランブルはなかった。
出撃なしと、報告書に記入して司令官室にいる少佐に提出に行くと、二人とも疲れきった顔をしていた。
「大丈夫ですか?二人とも。」
「この状況をみて私たち、元気にしていると見えます?」
「いや、見えないな。」
「はぁー。もう無理です。大尉はいいですねー、今日一日中暇してたんでしょう?私も休みたいです。」
そういうと曹長は机に突っ伏してしまった。
「少佐もお疲れ様です。」
「あぁ、ありがとう。まったく、やってもやってもまた書類が追加される。嫌になるなっとそうだ。」
少佐は何かを思い出したのか近くの書類の山からひとつの封筒を見つけ出し俺に渡してきた。
「バーフォード大尉、少し気になる報告があがってきんだ。今見なくてもいいが、今日中にこれに目を通しておいてくれ。」
「了解。それと、これが今日の報告書となります。他には?」
「ありがとう。そうだな、特にはないな。」
「わかりました。では失礼します。」
そういって俺は司令官室を出る。曹長の“手伝えー!“という声が聞こえた気がしたが気のせいであろう。
そして俺は、自分の部屋に戻って渡された報告書を読む。
中身は2冊で、1冊目はそこには今日の1230に偵察と思われる小型のネウロイと交戦してウィッチが一名負傷したとの事が書かれていた。
2冊目を読んでみるとカールスラントの戦術班がとある報告書を発表したという記事とその報告書が入っていた。
詳しく読んでみると、そこには夜間ウィッチは昼間戦うと負傷しやすいというデータが詳細に記載されていた。
夜間ウィッチは大規模な作戦がない限り普通昼間は飛ばない。
そうすると普段夜に慣れきっている奴がいきなり昼間にシフトチェンジするといろいろと問題が出てくる。
たとえば、太陽だ。
今日のケースも追いかけたとき、ネウロイの先に太陽がありいきなりの光に思わず目を閉じてしまったため、ネウロイの攻撃を完全に回避することが出来なかった。
また、昼間と夜間では敵の数も異なることがある。
夜間に複数機襲来することなんて珍しいが昼間だとむしろ単独のほうが珍しい。
そのため、ペテルブルグでの夜間ウィッチの昼間での索敵運用には注意すべしということまで書いてあった。
なるほど、面白いな。
実際、サーニャや下原も自分で何とかしようとする傾向があるからな。
今後、一人で全部こなそうとする夜間ウィッチが負傷や撃墜なんて事態に陥らないといいが。
まぁ、俺も人のことはいえないがな。
「リョウ、起きてる?夕食だよ?」
「今行く。」
ノックの音の後にウィルマの声がしたので書類を机の中にしまい、部屋を出るとウィルマがいた。
「いこっか。今日は晩御飯なんだと思う?」
「レーション?」
そういうとウィルマは苦笑いになった。午後に食料が届かなかったという最悪のケースを想定したがそれは起こらなかったらしい。
「違うよ、もっといいものだよ?」
「缶詰?」
「・・・リョウ、最近軍用食ばっかり食べて変になっちゃった?」
「まさか、冗談だよ。で、なんなの?」
「ミートボールだって、北欧風の。」
北欧って事はバルトランドとかスオムスか。
「今日の担当はニパとエイラか?」
「そうだよ、聴取から帰ってきてそのまま作り始めたんだから。急に祖国の味が恋しくなったんだって。なんかわかるなー。」
「なるほど。ウィルマの場合は祖国というより親の料理の味じゃないか?」
「というか、みんなそんなもんじゃない?」
「そういうものなのか。よくわからん。」
「まぁ、人それぞれだしね。」
他愛もない話をしながら食堂に入ると大体の奴らは既に座っていた、というか既に食べている奴もいる。
ただ、いくつか空席が目立つ。
扶桑組みの管野と下原は今日は聴取が長引くため帰ってこない、少佐と曹長は疲れて夕食も食べずに寝てしまったらしい、熊さんは療養中につき部屋にいるため7人しかいない。
「いきなり、ここまで減っちゃうと寂しいね。」
「戦時中なんだから、ありえなくはないだろう。」
「まったく、リョウってばいつもマイナス思考なんだから。」
「悪かったな。」
そういって席に着く。
「隊長、遅いよ。もう先食べてるからね。」
「むしろ、伯爵が俺のこと待ってたらそれはそれで驚きだな。」
「確かに。」
向かいに座っていたニパがブルーベリージャムが入ったビンを差し出してきた。
「それは?」
「ん?ブルーベリージャムだよ?」
「いや、見ればわかるが?」
「なら、はい。どうぞ。」
いや、意味がわからないんだが。
「どうぞって何につけるんだよ?」
「ミートボールにさ。」
「え?(なに言っているんだ?)」
「え?(つけないの?)」
お互い理解が追いついていないのを見かねたエイラが教えてくれた。
ミートボールにブルーベリージャムをつけて食べるのは一般的らしい、本来は“こけもも”を使うらしいが手に入らなかったため今回はこれで代用したとのこと。
付けて食べたら意外とおいしかった。
組み合わせとしては塩キャラメルみたいなもんか。
食後、風邪気味の熊さんにミートボールなんて食べさせるわけにもいかないのでB隊の女子組みがお見舞いに行っている間に昼間に届いたらしいりんごをカットする。
2個分カットすれば平気かな、なんて考えながらお皿に盛って熊さんの部屋に行くとちょうど3人が出てきたところだった。
「あ、隊長。いいところに、熊さんが話があるんだって。」
「俺に?お前らじゃなくて?」
「そうみたい。あ、りんご切ったんだ。もらってもいい?」
「熊さんの分なんだが。」
「いいじゃん、一個くらい。」
そういって伯爵が一個とり食いやがった。
「それじゃあ、がんばってね。」
「なんか、元気なかったから相談されたら乗ってあげなきゃ駄目だよ?」
「大尉、がんばってください。」
はぁ、他人事だからってと思わずため息をしてしまった。
そしてすれ違いざまにウィルマが囁いてきた。
「なんかね、熊さんかなり落ち込んでいるように見えたから何か相談されたらちゃんと乗ってあげるんだよ?」
「わかったよ。」
相談か、面倒くさいのじゃなければいいが。そう思いながら熊さんの部屋の扉をノックする。
どうぞと声が聞こえたので入ると部屋は電気がついてないため暗く、部屋の明るさは外からの月明かり程度だった。
熊さんはベッドから身を起こして外を眺めていた。
俺はベッドのすぐ隣に椅子を持って行き、座った。
「りんご、剥いたんだが。食べるか?」
「いただきます。」
皿を差し出すと一個食べ始めた。
なんというか、あだ名は熊さんなのに食べる姿は栗鼠だな。
りんご一個分を食べ終わったところでもういいですといって皿を返してきた。意外と食ったな。
まぁ、残っている奴は伯爵にでもあげるか、目を輝かせながら食ってくれるに違いない。
「風邪はどうなったんだ?」
「だいぶ楽にはなりましたが、まだつっかえている感じです。」
「そうか。」
そして沈黙が訪れる。
5分くらいたった後だろうか、熊さんが聞いてきた。
「バーフォードさんは、B隊の皆さんとどう接していますか?」
「普通の会話程度だな、それに戦友として接しているつもりだ。ウィルマとも任務中は他のメンバーと同じように接している。」
いきなりだな。
とりあえず、熊さんが何を求めているのかわからないから自分の思っていることを話す。
だが、これは少々重そうな話になりそうだ。
人生相談なんてほとんどやったことないんだがな。
「ウィルマさんや、伯爵、ジョゼを失うことを考えたことはありますか?」
「いつも考えているさ、だからそんな事がないように常に最悪のケースをかんがえ・・・。」
「いえ、そうではなく。」
そして熊さんがこちらに体を向ける。
「もし失ってしまったときのその後のことです。」
つまり想定外のことが起きて彼女らを失ってしまったとしたらあなたはどうするの?か。
難しいな。
そう言えば、ウィルマを失ってしまったら俺はどうするんだろうな。
そんな事がないようにあらゆる対策することだけを考えてきたから、熊さんの指摘にはすぐに答えることが出来なかった。
伯爵やルマールだってそうだ。
死亡届けにサインするだけなら簡単だがな、実際はそう簡単にはいかないんだろうな。
昔の俺なら黙って切り捨てるなんて言っていただろう。
だが実際には簡単に切り捨てるなんて出来ない領域にまで入ってしまった気がする。
俺が黙ってしまったのをみて、熊さんがポツリと話を始めてくれた。
「少し私の話を聞いてくれますか?」
「わかった、聞こう。」
そういって俺は姿勢を正す。
「昨日の戦い、初めて502以外の部隊の隊長をしました。臨時とはいえ、同じオラーシャ出身のウィッチ十数名を指揮するのは高揚しました。
なんとしてもペテルブルグを防衛するという一身で戦いましたが、結果的に数名の戦死者を出してしまいました。
仲間を失うのは初めてではありませんでしたから、基地に戻ってくるまでは残念だったとしか思っていませんでした。
基地に戻って報告書を書いて、そのときは少佐に直接司令部に提出しに行くよう言われました。
そこで司令部に入ろうとしたときに、何人かがオラーシャ軍の高官に詰め寄って怒鳴っているのが見えたんです。
最初は何事かと思って遠巻きに見ていたのですがしばらくして、うちの子を返せ!といっているのが聞こえました。
そのまま聞いていると、どうやらその娘は私の指揮下に入って戦い、戦死したウィッチの両親だということも聞こえました。
そこで私は初めて気づいたんです。隊長という責任の重さに。
思わず報告書を出すのも忘れて逃げてしまいました。
私はあの人たちから責任を追及されるのが怖かったんですよ。本当はその事についてもあの人たちに説明しなければいけないのかもしれないのに。
ここでは皆がエースなので誰かが死ぬなんてほとんど考えたことありませんでした。
ですが大尉という階級である以上、時には戦闘があまり得意じゃない娘もいっしょに指揮しなければならない時もあるんですよね。
そして、私はその指揮下にある全ての娘の責任を負っている。
ですがあの防衛線での戦いで、私は皆に自由に戦うよう指示しました。
担当空域にいるネウロイの数はそこまで多くなく、時間も限られていたので一撃離脱では遅いと考えました。そして既に敵にも位置がばれているので奇襲も不可能だと判断しました。
ですが私は502のメンバーと同じように命令を出してしまったんです。
戦死した娘達は実戦をほとんど経験したことのない新兵でした。
本当ならいろいろ注意すべきことを念を押して言えばよかったのに。
馬鹿ですよね、私って。
そんな娘に自由戦闘を指示したってあんな混戦状態じゃ難しいのに。
自由戦闘中のドッグファイトだってあんな新人じゃ難しかっただろうに。
どうしてあの時そんな事もわからなかったんだろう。
結果として数名が亡くなってしまいました、少佐はあの戦いじゃ仕方ないと言ってくれましたよ。
ですが私は無理です!
今も撃墜される瞬間に見たあの娘の表情が頭の中で能力のせいもあって正確に思い出せるんです。
あの絶望を感じているあの顔が!
まるで死にたくないって言っているように聞こえるんですよ!
私はどうしたらよかったんです?
模範解答ってなんですか?どうしたら誰も死なずにあの戦いを全員で切り抜けられたんですか!?
ねぇ、答えてくださいよ!バーフォードさん!
私はどう指示していればあの娘達は死なずに済んだんですか?」
熊さんはいきなり俺の服をつかみ、彼女は涙を流しながら俺に聞いてきた。
部屋は暗いのに彼女の顔はなぜかよく見えた気がした。
「なんでバーフォードさんには出来て私には出来ないんですか・・・?
同じ502の隊長なのに、どうしてこんな差ができちゃうんですか?
昼間どころか夜間の戦闘もこなして、どちらでも戦果を挙げている、
それに昨日の戦いでも誰一人として撃墜されることなく任務をこなしていましたよね?
なぜです?どうやったんですか?
そもそもの実力の差ですか?
なにか言ったらどうですか!?
お願いします、なにか答えてよ・・・。」
10分ほど彼女はひたすら泣いた。
時折俺の胸を叩いたりしたが特には何も言わないであげた。ここで言っても余計感情的になるかもしれない。
それにしてもまさかこんなに悩みが深刻だったとは、それに自分が少なからず関わっていたのか。
このままじゃ熊さんは潰れてしまうから何とかしたい。
「落ち着いた?」
「えぇ。」
彼女はそれ以上何も言わないので俺がさっきの問いに答える。
「俺と熊さんに戦闘の技術にそこまで差はないよ。むしろ実力だけだったら熊さんのほうが上だろう、俺は機体に助けられているだけだ。
でもさ、あるひとつの点において俺は熊さんよりはるかに上回っている自信がある。」
「それは?」
熊さんが急に顔を近づけてきた。
まるでその目は何でもいいからすがりたい、そういっているように見えた。
だが、すまない。それは無理だな。
「経験だ。」
「経験ですか、私だって・・・。」
「熊さんはさ、自分以外全滅したことってある?」
「え?」
「毎回、味方がどれだけ死んでも自分だけは必ず帰ってくることから死神なんて呼ばれたことはある?」
「いえ・・・。」
「味方を助けたのに、逆に助けを求めると厄介扱いされたことは?」
「・・・ありません。」
だよな。こんな経験しているほうが珍しいし、もしこれを乗り越えてきているならあんなことで責任感なんて感じないだろうし。
「まぁ、いま挙げたのは極端な例だけどな。だけどさ、熊さん。君って今までにどのくらい空を飛んで戦ってきた?」
「えっと、4年くらいだと思います。」
4年か、むしろそんな短期間でエースと呼ばれる程になったのだからそれはすごいことだと思うがな。
でも逆にその短さが今回の原因か。
「俺は熊さんがどういう経験をしてきたかは資料で読んだこと以上はわからない。でもこれだけは言える。俺と熊さんには明確な経験という壁があるんだよ。俺は熊さんなんかよりはるかに長く空を飛んでいるし、はるかに多くの敵と戦ってきたし、はるかに多くの修羅場を越えてきた。
だから自分の行っていることは常に取りうる選択肢の中で最も最善なものだと思っているし、自信を持って部下にも命令できる。
そこなんじゃないかな?」
そういうと熊さんはうつむいてしまった。
「経験ですか。それじゃ、私は追いつけないですよね。
なぜ、バーフォードさんが強いのか少しわかった気がします。
でも、それじゃあ駄目なんですよ。
どうやったら皆を救えるようになるのですか?
どうやったら誰も死なずに生きて帰って来られるのですか?」
そして、ふたたびすがるように俺に言ってきた。
どうしよう、とすこし悩んでいたら昔とある人に自分が言われたことを思い出した。
あの時も悩んでいた俺にあの人はアドバイスをくれた。
あの言葉で俺は少し救われた。
悩みは違うが、きっと助けになると思い熊さんに伝える。
「それくらい自分で考えろ、と言いたいところだが今の熊さんを見る限りそんなことさせたら、余計に自分を責めちゃいそうだからひとつアドバイスをする。
強くなれよ。
どういう強さは自分で考えてくれ。
ただ戦闘で強くなるのもいいし、皆にどんな時も最良の指示を出せるのも一つの強さだ。
どんな形でもいい、強くなれ。
そうすれば昨日みたいなことはもうこれからせずに済むし自己嫌悪なんかにならなくて済む。」
「・・・私に出来るでしょうか?」
「出来るさ。
なんて言ったって熊さんは502の戦闘隊長なんだから。
それにA隊のリーダーでもあるんだ。
経験をつむ意味でもA隊の皆に、それこそ自分の手足のように指示を出せるように練習をしてみたらいいじゃないか?
優秀な人材が揃っているんだ、せっかくのチャンスを無駄にせずに活かせるようにしてみな。
そうすればきっと強くなる。」
そしてまた沈黙が訪れた。
ただ先ほどとは違ってすこし空気がやさしくなった感じがする。
「バーフォードさん。」
「なんだ?」
「私、もう少しがんばってみようと思います。
それと、皆を死なせないような隊長になりたいです。
だから、その、がんばりますから、時々助言がほしいです。」
「わかった、相談には出来るだけ乗るよ。
だからがんばれ。熊さんなら出来るさ。」
「はい、がんばります。・・・・あ。」
俺の顔がものすごく近くにあったのにようやく気がついた彼女は顔を見る見る真っ赤にしていった。
なんか口がパクパク動いていて見ていて面白い。
「お、お、おやすみなさい。」
そういって熊さんは素早く俺から離れてベッドの中に戻ってしまった。
もう完全に隠れていて、まるでみのむしだ。
少しは彼女の助けになれたのだろうか?
ただ、別の事を気にする余裕ができたのはいい傾向だと思う。
「あぁ、おやすみ。明日からまたよろしくな。」
「は、はい。」
そういって俺は立ち上がり部屋を出た。
おやすみ、熊さん。
扉を閉めてふと横を見るとB隊の面々と曹長がいた。
「お前ら、なにしているんだ?」
「いやね、さっき熊さんの怒鳴り声と泣き声が聞こえてきたからどうしたのかな?って思ってさ。ただその様子だと問題なさそうだね。」
「大尉、いったい何やらかしたんですか?」とルマール。
「別に、ただ昨日のことで少し相談に乗ってあげただけだ。」
そういうと皆は、あーなるほどねと納得してくれた。
「熊さん指揮下の何人か亡くなっちゃったから落ち込んでたのか。」
「そ、だから同じ隊長としてすこしアドバイスしてあげただけだ。」
「なるほどね、なら安心したよ。隊長が何かしたのかと思って心配だったんだから。」
「そうですよ、ですがそんな事はしないとは思っていましたよ。」
ひどい言いがかりだな。
そうこう話していると少佐がやってきて俺たちをうるさいと叱った上で解散を命じてきたので各自の部屋に戻ることになった。
「それじゃ、お休みー。」
「おやすみなさい。」
伯爵、ルマール、曹長が自分の部屋に戻っていった。
「それで、ウィルマはどうしたんだ?」
そう聞くとウィルマは何も答えずに俺に顔を近づけてきていきなり臭いをかぎ始めた。
「なにしてるんだ?」
「熊さんのにおいがする。」
いきなりストーレート来た!
まずい、何か怒ってる!
ここは上手く回避すべきか?正直に話すべきか?
よし、今回は回避すべきだ。
余計な詮索をされる前に逃げよう。
「熊さんの寝室に行ったんだから当たり前だろ?」
「熊さんの服のにおいがする。もう一度聞くけどなにかした?」
ウィルマがニコニコしながら俺を見てくる。もちろん目は笑っていない。
まさか、一瞬でばれた?てか何でばれたの?
「私の使い魔はスコティッシュフォールド、猫だよ?普通の嗅覚の何倍もあるんだから。」
「まじかよ。」
「ちょっぴり勘も入っているけどね。それで、何かしたの?」
「してません。」
されただけです。
「へー、ふーん。本当に?」
「あぁ、本当になにもしてない。まさか俺がウィルマ以外の人に手を出すとでも?
そんな国際問題を起こすほどのリスクを犯すはずがないじゃないか。」
「そうだよね、そこは信用してる。んじゃ、質問を変えるよ。
それじゃあさ、なにかされた?」
相変わらず、勘がするどいこと。
落ち着け、まだ何か道があるはずだ。
そうだ、あれは仕方がなかったんだ!それを上手く説明すれば!
「仕方なかったんだ、熊さん落ち込んでたし。」
「有罪。」
一発アウト!?
ウィルマに猫耳と尻尾が生えて魔力を具現化して俺をつかんでくる。
こうされたらいくら俺でも力では勝てない。
「詳しく聞かせてね?リョウ?」
結局部屋に連れて尋問された。
--- 翌日、ブリーフィングルーム
「あ、おはよう。軍曹にって隊長、平気かい?疲れているみたいだけど。」
「あぁ、問題ない。それで?伯爵は何か用か?」
「少佐からこれを渡すようにってさ。」
伯爵から数枚の命令書を渡された。
飛行ルートが詳細に書いてあった。
「今日、司令部に急遽行くことになったおかげで代わりに熊さんがブリーフィングするんだけどね、隊長には今日、夜間哨戒任務につくよう命令が降りているからいつも通り気象ブリーフィングが終了したら任務の時間まで自由にしていいってさ。」
「わかった、ありがとう。」
「いえいえ~。」
飛行ルートを確認する。
よく見ると今まで重点的に飛んでいたネウロイの巣から半径50km以内が丸々はずされている。飛行禁止命令ってのはここまで及んでいるのか。
さすがにやりすぎじゃないか。この調子だと最前線基地の壊滅した理由の調査のさらに後になりそうだな。
・・・ちょうどいい機会だ、自分でも哨戒がてら調査してみるとしよう。
何かつかめるかもしれない。
そう思い、熊さんが入ってきたので俺はいつもの席に座り気象ブリーフィングが始まった。
夜間哨戒のじかんになった。
命令書どおりの時刻に502を離陸して指定された空域へ向かう。
とりあえず、ペテルブルグに設置されているレーダーの索敵圏内では命令書どおりに飛ぶ。
30分くらい時間をかけてようやく抜け出したので一気に速度を上げる。
飛行禁止エリアに最高速度で侵入し、前線基地があった場所まで一気に距離を詰める。
しばらくして一箇所目の元基地上空まで到達した。
あの時はすぐに母機を落さなければならなかったのでよく調べられなかったから今回はいろいろ見てみる。
あの時記録した資料や502にあった基地の見取り図も参照する。
着弾10秒前までこの基地に接近していた高速飛翔体は1つだった。
それなのに基地にはいくつものクレーターがある。
格納庫付近に大きなのがひとつ、滑走路と宿舎付近に一回り小さいのがそれぞれ一個の計三箇所か。
着弾箇所だけみてもネウロイは正確にこの基地を攻撃している。
明らかに考えてこの基地の主要部を攻撃している、これは今までの単にレーザーでなぎ払うのとわけが違う。
単に敵を倒すことではなく、敵全体を無力化することを考えているのか。
さらに詳細を調べるために一旦地上へ降りる。
クレーターの大きさから着弾時の衝撃を考えるがあの時、音速程度しか出ていなかったのにこれほどの破壊力をどうやって作り出しているのか不思議だった。
弾頭になにか特徴があるのかもしれない。
他の二箇所も一番大きいものよりも深さは浅かったことから、おそらくメイン一発のサブ二発を搭載した対地攻撃用ネウロイで着弾直前に分裂して各々のターゲットに飛んでいくタイプだろう。
今はこれが世界中のネウロイの巣で量産されてないことを祈ろう。
そして次に宿舎があったところに目を向ける。
ほとんど吹き飛ばされており、骨組みが残っている程度である。
これでは遺品などは何ものこっていないだろう、地下シェルターに隠してあれば見つかるがあったとしても瓦礫の下だから今の俺では見つけることはできない。
結局その後も調査したが特にこれといったことは見つからなかった。
今日はこれくらいにして元のルートに戻って本来飛んでいるところにいると報告しないとな。
定時報告を済ませてもとのルートに復帰する。
しばらくすると彼女から通信が入ってきた。
『もしもし、502JFWのウィッチさんは誰かいますか?今晩は誰か飛んでいますか?』
「ハイデマリー少佐ですか、お久しぶりです。」
『その声は、バーフォード大尉ですか。ペテルブルグが大変なことになっていると聞きましたが、皆さんご無事ですか?』
「えぇ、何とか。」
『ならよかったです。聞いたときは心配したんです。知っている人の安否が不明なのは不安ですからね。資料には詳細は不明と書いてあったもので。』
そうだったのか、それが影響して任務に支障が出てないといいが。
そんな些細なことの心配事でこんな優秀な人が死ぬなんて嫌だからな。
「ご心配かけましたが全員無事です。ただ、味方のウィッチにも少し消耗はあったみたいですが。」
すこしの沈黙の後に話を続けてくれた。
「そうですか、残念です。もしよろしければサンクトペテルブルグで何があったか教えてもらえませんか?資料で呼んだのと実際に聞くのでは違うと思うので。それとミーナ中佐にも聞けたら聞いてきて、とお願いされているので。』
「わかりました、それでは・・・。」
そうして、自分が防衛戦で行ったことを全て問題ない範囲で話す。
基地が壊滅したこともその事実は伝えたがその原因となる攻撃については本部が現在調査中ということで濁しておいた。
「これくらいですね。」
『なるほど、報告書に書かれていないこともありました。ただ、私たちに送られてきたのは速報だったのでそうだったのでしょう。大尉、ひとまずはお疲れ様でした。』
「ありがとうございます。」
『ただ、一度に4つの前線基地が消滅したのは穏やかではないですね。こちらでも注意を促しておきますね。』
「お願いします、今の状況でさらに前線基地が消滅なんて笑えませんからね。」
『そうですね。
それでは、私たちからひとつ報告が。ペテルブルグが襲撃された日、こちらも中規模のネウロイの攻撃を受けました。大型3を含む、編隊で数は45でした。もしかしたら他の場所でも攻撃を受けた場所があるかもしれませんが今のところそういった報告は入っていません。敵ネウロイを全機撃墜することによってなんとか危険は回避しました。
ただ、なかなか危なかったです。
一部防衛線を突破されて被害を受けましたが軽微です。』
そんな話まだ聞いてない、がかなり重要な情報だな。
もしこの話が本当ならあることが証明されたことになる。
いままでは何らかの方法でネウロイが話をしているのでは?という憶測に過ぎない仮説はあがっていたが、サントロンとペテルブルグでの同時多発攻撃が計画的に行われたとしたらネウロイは何らかの方法で通信を行っていたことになる。
これはもし通信方法がわかればこれを妨害することで人類側が有利になることを意味している。
これだけでも十分有益な情報といえるだろう。
「非常に有用な情報をありがとうございます。」
『いえ、こんなのでも役に立てたなら幸いです。』
「ええ、助かりました。それと、ハイデマリー少佐。万が一昼間戦うことになったら太陽に注意してくださいね。ハイデマリー少佐がそんな小さなミスを犯すとは思えませんが最近こっちで昼に飛ぶことになった夜間ウィッチが太陽で目を覆っている隙に怪我をする事案が起きました。そちらでは夜間ウィッチが昼間に駆り出されるなんて事態にはならないでしょうが一応心に留めて置いてください。」
『わかりました。バーフォード大尉もお気をつけて。今日は少し早いですが私はもう任務は終了となるので、またお会いしましょう。ではおやすみなさい。』
「ええ、おやすみなさい。ハイデマリー少佐。」
そういって通信は終わった。
今回の夜間哨戒任務はなかなか有意義なものだった。
次回も何か掴めればいいが、そう思いながらすこし青くなり始めた空を見ながらペテルブルグに進路を取り帰頭コースに入った。
評価に色がつきました。
低評価、高評価も含めてありがとうございます。
これからもがんばります。
ご感想、ご指摘があればよろしくお願いします。