木陰に座りながら、まだぎこちない少女たちのステップをぼんやりと眺めていた。
穂乃果たちから神社で朝錬をしているということを聞いて、何となく顔を出してみた。それはいいのだが、これといって手伝えることもなく、時間をもて余してしまった。
ならばと、一緒になって階段登りなんぞに精を出してみると思いのほか熱中してしまい、最後にはへとへとになりながら境内の片隅に腰を下ろす羽目になってしまった。
「あ、あの。お疲れ様です」
遠目にぼんやりと踊る少女たちを眺めていると、消え去りそうなほど微かな声と共に視界が遮られた。
遠くの方へと向けていたピントを目の前へと合わせると、そこにいた二人の顔がはっきりと認識できた。
「おう。お疲れ、花陽、凛」
「つっかれたにゃー」
俺のことを覗き込むようにしていたふたりの少女は、それぞれ俺の両隣へと腰を下ろす。
ショートカットで、活発な印象を受ける星空凛は、その容姿の印象の通りに勢い良くその場へと腰を落としす。逆におっとりとしていて、いかにも女性らしい雰囲気を漂わせている小泉花陽はゆっくりと、そして凛よりも若干俺との距離を開けて、隣に座った。
ふたりとも息は上がり、頬は紅潮している。そんな彼女らに少しドキリとさせられる。
「花陽は若干きつそうだな」
「うぅ……。元々、楽だなんて思ってはいなかったんですけど。実際やってみると、全然思ってるように動けないかったです……」
昔からあまり運動の得意ではなかった花陽にとっては、この練習量は相当堪えるのであろう。傍から見ていても、一生懸命さは伝わってくるのだが、如何せん身体がついて行っていない様子が容易に見て取れた。
「凛は? 凛は?」
「凛は中々良い動きしてたな。若干先走りぎみだったけど」
「えへへ~」
まるで子猫のようにじゃれてくる凛の頭をぽんぽんと軽く撫でてやると、くすぐったそうに彼女は笑う。
花陽とは対照的に、凛の方は運動神経が良いだけあって、驚くような飲み込みのよさを見せている。他のメンバーと動きをあわせるという点については、まだまだ時間はかかりそうだが。
「でも凛、アイドルってもっと、わーって感じの、楽しいやつ想像してたんだけどにゃー。基礎錬ばっかりで大変だよ~」
「あはは……」
耳ざとく話を聞いていた海未の方から鋭い視線が投げられてくるが、気が付かないフリをして愛想笑いを浮かべる。
「まぁ最低限の体力は必要だからなぁ」
「そうです! ああ見えてアイドルは体が基本なんだよ凛ちゃん!」
俺の左側に座っていた花陽はぐいっと身体を乗り出して、力強く主張する。
運動部顔負けの体力作りをしている合唱部もあるように、歌うのにだって筋力は必要になってくる。それに加えて踊りながら歌わなければならないのだ。
アイドルもただ明るく、楽しく歌って踊っているように見えても、その実、ものすごく体力が必要なのだろう。
それにしても昔から花陽は、アイドルの事となるとものすごい食いつきを見せる。それこそ、まるで別人かの様に生き生きとして饒舌になる。そんなところからも、彼女のアイドルに対する真剣な想いが伝わってきた。
それが花陽の原動力なんだろうなぁ、なんてことを考えながら彼女の方へと視線を向ける。すると実際、昔とは別人のようになった顔がそこにはあった。
「そういえば、いまさらだけど、花陽はコンタクトにしたんだな」
会った時から聞こう聞こうとは思っていたのだが、前までは眼鏡をかけていた花陽が今日はそれをしていなかった。
恐らくコンタクトにしたのだろうが、眼鏡の有無一つで、それこそ別人のようにガラリと違う印象を受けた。
「は、はい。激しいダンスのときとか、邪魔になっちゃいそうですし。そ、それにそっちの方がアイドルっぽいかなって……」
なるほど、激しい動きをするのには眼鏡は不向きだろう。それに、確かにこちらの方がアイドルぽいっちゃーぽい気もする。
実際、テレビなんかを見ても、眼鏡をかけたアイドルというのはほとんど出てこないし。
「も、もも、もしかして、へ、変ですか?」
「いや、そんなことないよ。いいんじゃないか」
恥ずかしくて面と向かって口には出さなかったが、素直に可愛いと思った。
そもそも、元々整った顔立ちをしている花陽だ、可笑しいなんてことがあろうはずもない。ただ同時に、心のどこかに言い知れぬ喪失感が生まれているのもまた事実だった。
「……。あ、あの! 航太さんはどっちの方がいいと思いますか?」
おそらく、こちらの気持ちが顔に出ていたのだろう。花陽は射抜くような真剣な眼差しで、じっとこちらを覗き込みながら問いかける。
今までなら眼鏡越しだったはずの花陽の瞳が、それが無い分、いつもよりも近くにあるような感じがして、少し心臓が高鳴った。
「眼鏡かコンタクトかでってこと?」
「……はい」
表情を崩さずに花陽はコクリと頷いた。
単に俺の感想を言うのなら、先程も感じた通り、似合っているという答え一つだった。
ましてや眼鏡というと、どうしてもかっこ悪いだとか、野暮ったいという印象が付きまとってしまう。だから、アイドルという立ち位置を考えたらコンタクトにしたのは間違いなく正解なんだろうと思う。
俺の感想はともかくとして。これは花陽にとっての決意の表れなんじゃないか、そんな風に感じられた。
ずっとアイドルに成りたかった自分。けれど内気で引っ込み思案で、なかなか踏み出せなかった自分。そんな自分と決別して、アイドルになった証がこれなんじゃないかと思う。
勝手な憶測だし、確証もない。でも、もしそれが当たっているとしたら、俺にそれを否定することはできない。そもそもするつもりもないけれど。
だけど、それを全肯定してあげられるかというと、そうもいかないというのが本心だった。
「さっきも言ったけど、よく似合ってると思うよ。ただ……」
「……ただ?」
「上手くは言えないんだけどさ。少し寂しいかなって」
「寂しい?」
「ああ。何ていうか、俺の知ってる花陽じゃなくなった気がしてさ。変な話かもしれないけど」
そう、我ながら変なことを言っているという自覚はある。そもそも、花陽の問いの答えにすらなっていない。でも、それは紛れもない本心だった。
内気で引っ込み思案なのは昔からよく知っている。それでも、そんなところも含めて花陽のことが好きで、大切な友人だと思ってきた。
だからおかしいとは分かりつつも、何処か寂しさを感じられずにいられなかった。
「そう、ですか……」
僅かに沈んだような、そんな風に花陽は見えた。
そんな彼女を見て、正直な気持ちだったとはいえ、水を差すようなことを言ってしまったことを俺は少し悔いた。
●
昨日の練習による筋肉痛を引き摺りながら、学校へと足を運ぶ。体育の授業で身体を動かしているのだけど、それ以外の所でいかに運動不足であったかということを実感させられる。
「あっ、おっはよー。コーちゃん」
「おはようございます。航太さ……先輩」
「おはよう。花陽、凛。あと花陽は学校だからって、変に畏まらなくてもいいよ」
「は、はい」
校門をくぐった所で凛と花陽に出会った。今日は休養日と言うことで、朝錬もなく、普段通りの時間に登校していた。
ちらりと花陽の様子を窺うと、昨日の様な影は感じられず、少し心が落ち着いた。しかしそれと同時に、別の違和感が生じていた。
「って、今日はコンタクトじゃないんだな」
「ふぇ! あ、ま、まだ慣れてないので。だから、その、アイ活の時だけコンタクトにしようかなって……」
コンタクトは慣れるまでは異物感がすごいとよく聞くし、それも仕方のないことなのだろう。そもそも俺なんかは目に物を入れるなんて想像しただけでもイヤなものだけれど。
「ふっふーん。それだけじゃないにゃー。かよちんてば、コー……」
「あぁあ! り、凛ちゃんダメー!」
凛の言葉を遮るように花陽は大きな声を上げる。
「あ、あの。そ、それじゃあ、その、お先に失礼します!」
そして花陽はぺこりとお辞儀を一つすると、凛の腕を強引に引いて駆け出していった。俺はそんな光景に呆気にとられて、ただただ見送ることしか出来なかった。
ただそんな驚きもつかの間で、自然と先程の眼鏡をかけた花陽の顔が思い出されて、不思議と妙な安堵感に包まれていた。
眼鏡かよちんこそ至高(半ギレ)
そんなお話。
もちろんコンタクトかよちんも好きですが。
どっちの方が人気なんでしょうかね。
元々、メインストーリーを大きく変えたり、がっつり追っていくつもりは無かったですし(自分の文才だと間違いなくアニメ見たほうが面白いでしょうし)裏話的なものを淡々と書けたらなあ、と思っていたのですが、連載というより、もはや日常の短編集と化してきている気がする……。
おそらくこの先もこんな感じですが、少しでもお付き合い頂けたら幸いですm(_ _)m