幼馴染がアイドルを始めたらしい   作:yskk

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海未ちゃんおたんじょうみオメデトウ


IF:寂しがりやなウサギさんと間抜けなオオカミくん (海未)

 ウサギは寂しいと死ぬ。

 よく言われることだけど、調べてみるとこれは実は間違っているらしい。ただ、半日程度の絶食は身体によくないらしく、小まめな世話が必要なことからこんなことが言われるようになったのかもしれない。

 つまり寂しいというだけで死にはしないけれど、やはりあまり放っておくというのは厳禁だという事なのだろう。

 

 

 

 

「おい、ちょっと待てって!」

 

 俺のすぐ目の前を少女が足早に歩いている。その小さな背中に声を掛けた。

 しかし、そんな声など聞こえていないかのように、少女はむしろその足取りを早めていく。それに会わせるかの様に、俺の足もその回転を上げざるを得なかった。

 

 置いて行かれるのが嫌だってとかいうわけじゃなくて、物理的にそうせざるを得ないのだ。

 今、俺の右腕は目の前を行く少女に強く掴まれたまま。要するに強引に引っ張られているようなもので。その手を振り払いでもしない限り、彼女がその歩みを早めれば必然的に俺も足取りを速める他はない。

 

「おいっ、海未ってば!」

 

 今度はその少女の名前を呼んでみる。

 が、反応が変わることはない。ただただ前へと進んでいくだけだ。

 

 足早とはいっても、走っているってわけじゃない。ましてや大股気味で歩いてはいるが、所詮は女の子の体格であり、男の平均的な体形の俺とはコンパスが違う。そして歩幅の違いは歩く早さにつながる。

 それ故に、彼女の歩くスピードだけを見たら別に驚く程のものじゃない。

 

 しかし、それでいて俺の息は確実に上がっていた。

 歩く速度自体も、腕を強引に引かれていることも苦になってはいない。ただ、自分のペースで歩くことができないというのは、思っている以上に疲れるものだった。隣に並んで歩いているのならばなんてことはないのだろうに、こうしているだけで息が切れそうになる。

 

「はぁ、はぁ……。マジでちょっと待ってくれ!」

 

 そう請うたところで、やはり海未はその足を止める気はないらしい。

 

 教室を出たところで捕まって、腕を引かれて数分歩いてきた。ここまでは特に抵抗もせずに付いてきたが、階段を前にしてやや強引にその歩みを止める。

 いい加減しんどくなってきたし、恐らくこの後、目の前の階段を上ることになるのだろう。そのために一呼吸入れておきたかった。

 

 といっても行き先を聞いて連れて来られた訳ではないので、海未が何処へ行くのかを俺が知っているわけではない。階段を登ればそこは屋上だ。そして当然それを降りれば下の階へと続く。

 単純な確立で言えば二分の一。しかし、何となくだけれど彼女のそうするであろう事が想像が付いた。

 

「……」

 

 足を止めた俺にようやく海未は振り返る。その表情は厳しいもので、こちらを向いてくれはしたもののやはり口を開くことはなかった。

 そして少しの間見つめ合った後、再び海未は俺の腕を引いて歩き出した。

 

 予想していた通り、海未は階段を上へと登って行く。

 往来する機会が少ないということを想定しているからだろうか、他の廊下などとは違って照明は省かれていた。加えて窓もなく、一段、また一段と進むにつれて辺りは薄暗くなっていく。

 最上段まで登りきった先は下の階からの光もあまり届かず、昼間とは思えないほどとても暗く感じられた。

 

「んっ……」

 

 海未はほんの少し声を出しながら力を込め、踊場に設置されていたその扉を押し開けた。

 その瞬間、外からまばゆいばかりの光が差し込んで俺は思わず目を細める。暗い室内から明るい外界へ。黒から白と世界は一変する。

 目は強い光に奪われていた焦点を徐々に取り戻す。

 映ったのは白い世界に一人立つ少女の背中。それは当然ながらここまで俺を導いた海未のものだ。そのはずなのに、何故だか今はいつもと違って見えた。

 

「……」

 

 そんな彼女の背中に目を奪われて、俺は息を呑む。

 ただ彼女だけを捉えていたそれは、辺りの風景までを認識できるまでになっていた。目が慣れるまで、ほんの数秒も掛からなかったはずだ。それなのに長いこと彼女の背中を見つめていたような感覚に陥っていた。

 だからだろうか、海未がくるりとその身を反転させると驚きで心臓が高鳴った。

 

 こちらへと振り返った彼女の顔は、先程見たものと全く変わらない。不機嫌なのだろうと推察できる、そんな険しい表情のまま。

 しかしそれも直ぐに一変した。いつもの、いや、それ以上に柔和な眼差しで海未は微笑んだ。まるで扉の向こうのペントハウスの中とこの外の屋上との違いのように、それは全く異なるものになっていた。

 

「……えっ!?」

 

 驚きの声が漏れる。

 海未の表情が変化したからではない。その海未自身が俺の視界から消えたからだ。そして刹那、俺の胸元に軽い衝撃を感じた。

 視線を下げてそちらを確認すると、そこには頭が一つ。

 

「う、海未?」

 

 その頭は俺の胸へと押し付けられ、腕は腰に絡められる格好で海未が密着していた。

 

「ちょ、な、何してるんだよ!?」

「……いけませんか?」

 

 海未はゼロになった距離はそのままに、その顔だけをこちらに向けて、さも当然かのような口調でしれっとそう言ってのける。

 

「いや、いけないっていうか、その……って、あっ!」

 

 混乱していた俺の頭も、ようやく現状を理解するに至ったらしい。大急ぎで顔を上げ、辺りの様子をキョロキョロと窺った。

 

「どうかしたのですか?」

「どうかしたじゃないだろ! 誰かに見られでもしたらどうするんだ」

 

 男と女がふたり身を寄せ合っている。

 普通だったら、あらまあ、ぐらいで済むかもしれないけれど、彼女はこれでもアイドルだ。スキャンダルといったら大げさだけど、それに近いものにならないとも限らない。

 悪いとは思いつつも、念には念を入れ、他のμ'sのメンバーにすらふたりが付き合っているということは内緒にしているというのに。

 

「……私とこうしているのが嫌なのですか」

「嫌なわけないだろう。ただ、海未はスクールアイドルなわけで……」

「アイドルであるとかいう以前に、私は女の子です。そして私たちは恋人同士です。違いますか?」

「それは、そうだけどさあ。でも……んっ!?」

 

 俺の言葉は最後まで紡ぐことを許されなかった。その途中で、強引に遮られてしまう。それも物理的な方法で。

 そしてまた、俺は困惑する。しかし海未の意図を探ろうと彼女の表情を窺うことすらできなかった。その全てを捉えることができないほどに、すぐ近くにそれはあったから。

 海未という存在の全てがすぐ近くにあった。お互いの息遣いが確実に感じられるほどに。

 そして、唇には微熱が伝わってくる。先程のように身体を密着させていた時よりも、遥かにハッキリとした熱をその一点から感じていた。

 

「んんん……んっ……はぁ」

 

 時間にしたらほんの数秒……のはずだ。すぐそこに在った海未の顔は離れていき、唇からは熱が引いていく。

 

「ふふっ」

「あのなぁ……」

 

 満足そうに微笑む海未を見て、怒る気力も抜けていた。

 いや、もとより怒る気なんて無い。恋人からのキスを拒む理由もなく、ただ時と場所を弁えろと注意する程度の気持ちだった。

 しかし自分から望んだことではなく、むしろ不意をつかれて驚いていたはずなのに、いざ離れていってしまうと何故だか名残惜しくなっている自分がいて。それに気が付いてしまうと何も言えなくなってしまっていた。

 

「……航太がいけないのですよ」

「俺が?」

「はい。その、航太があまり構ってくれないから……」

 

 海未は恥ずかしそうに俯きながら、蚊の鳴くような弱々しい声でそんな事を口にした。

 

「構ってって、えっ? いや、そんなことはないだろ?」

 

 園田海未というこの少女は昔からの幼馴染であり、同じ学校に通う同級生であり、何より俺の恋人だ。そんな彼女をぞんざいに扱うなんてことはあるはずもない。

 しかしそれでも海未は不満げに言葉を続ける。

 

「……航太はいつだって別の女の子と一緒にいます」

「そんなことは……」

「昨日だってそうです。私を放って置いて、凛とラーメンを食べに行きました」

 

 いや、それは海未が脂っこいものがあまり得意じゃないから。そう口にしようとして、思い止まった。

 きっとそういう問題ではないのだろう。仮に断られることが分かっていたとしても、その誘うという事自体が大切なわけで。ましてや恋人が自分以外の異性と、ふたりきりで食事をするなんていうのはあまり気分の良いものではないだろう。海未が怒るというのももっともな話だった。

 

「いつもあなたと離れたくないって、そう言ってるのに。……それに、航太もあの時ずっと傍に居てくれるって約束してくれたはずなのに……」

 

 海未は頬を膨らませて、唇を尖らせながら拗ねたようにそう言った。

 彼女の言うあの時とは、俺たちふたりが恋人同士になった時のことで。確かにその時、俺は彼女にそう誓った。その場の雰囲気に流されて発言したわけじゃない。心の底からそう思ってのことだ。

 しかし、海未は俺が認識している以上にそのことを意識に留めており、そうあることを強く望んでいたらしい。

 彼女がそうまで思っていたなどとは、当時の俺には考えもつかなった。いやそれ以上に、その時には彼女がこんな風になるなんてことも、到底想像も付かないことだった。

 

 

 

 なにしろ俺と海未は幼馴染であり、その付き合いは長い。だから彼女の性格は大抵把握しているつもりであった。

 俺の中の園田海未という少女は、こと恋愛に関しては非常に奥手であり苦手で、ドラマのキスシーンすらまともに直視できないほどの、今日日珍しいほどの少女だった。

 だから自分が彼女に好意を抱いていることに気が付いた時、心底心配になった。彼女が俺のことを好きどうかとかいう以前に、そもそも恋愛というものに向き合えるのかという不安で。

 

 しかし幸いなことに、今こうして彼女と恋人という関係を築くことができている。それ自体はとても喜ばしいことで、その瞬間は歓喜に満ち溢れていた。

 ただ彼女の性格を考えた時、その関係が深まっていくには時間が掛かるだろうと想像していた。別にそれを一段飛ばしで進めるつもりも、その必要性も感じていなかった。だから、仮に他のカップル以上に時間が掛かろうともそれはそれで良い。そう考えていた。

 

 だが、それも蓋を開けてみると想像とはまるで違っていた。

 最初の頃こそぎこちなかったものの、しばらくして慣れてくると彼女は変わった。傍に居たい、構って欲しい。そんな欲求をそれこそ先程のように、直接ぶつけてくるようになった。

 奥ゆかしいというか、自分の望みをはっきりと口にするようなタイプではない。そんな認識だった俺にとってまずそのことに驚かされた。

 そしてなにより、彼女の方からボディタッチをしてくるようになったことにさらに驚かされる。手を繋ぐことすらままならないと思っていたから。

 しかし実際は、彼女の方から手を取ってくるようになり、それどころか向こうから唇を重ねてくるようにまでなっていた。

 

 

「ごめん、ごめん」

「むぅ。誠意が全くこもってないです」

 

 投げやりな謝罪の言葉は当然ながら受け入れてもらえないらしく、海未は不満げな表情を浮かべたまま。

 

「いやいや。ホントに悪いと思ってるよ。でもさ、なんていうか海未は変わったなぁって思ってさ」

「私が……ですか?」

「ああ。昔の海未じゃ考えられない位にね」

 

 彼女自身も思い当たるところがあったのかもしれない。俺の言葉を聞いても即座にそれを否定するなんて事はなかった。

 

「そう……確かにそうかもしれません」

 

 海未は目を瞑り、静かに頷いた。

 

「でもどちらかというと、隠れていたものが表に出てきただけかもしれません」

「そうなのか?」

「ええ。もちろん私自身が変わった部分も大いにあります。でも、きっと今の私は昔の私がこうしたい、こうありたいと思っていたのが実現した形なのではないでしょうか」

「……」

「あなたともっと仲良くなりたいという気持ちも。もっと近くに居たいという気持ちも、あなたに触れたい、触れられたいという気持ちも全部。だからきっと今の私は新しい自分ではなくて、本来の私の姿。そんな気がするのです」

 

 彼女の言葉にただ耳を傾ける。その話を聞いて、素直になるほどなと思った。

 人間そうそう本質的なところまで変わることは出来ない。だとしたら彼女の言うこと頷ける。

 

「……ってことはさ。つまり本来の海未は、重度の寂しがりやでやきもち焼きで、甘えん坊だって事か?」

「もうっ!」

 

 俺のからかいにやはり海未は頬を膨らませる。しかし決してその言葉を否定することはなかった。

 

「変わったつもりはないといっても、本当の私を表に引っ張り出したのは航太なんですからね! しっかりと責任は取ってもらいますよ」

「それは勿論。そう約束したからな」

 

 俺の返答に海未はようやく笑った。とても満足そうな表情で。

 そしてまた、ふたりの間の距離がゼロになった。今度は一方だけが近付いていったのではなく、お互いにその距離を埋めていくような格好で。

 

 

 

 

 そこは絵に書いたような女の園であった。

 人数にして八人。その全てが女性であり、そこに俺が足を踏み入れれば当然男は一人だけ。それはまるで敵地に単身乗り込んだような感覚。

 この環境は今に始まったものでもないし、ましてや全員気心の知れた間柄だ。とはいっても、そういった感覚はいつまで経っても拭えそうになかった。

 

「あっ、ようやくお出ましやね」

 

 雑談を繰り広げている女性陣のうちの一人が、こちらに気が付いてひらひらと手を振り招き入れる。

 

「ごめん。遅くなった」

「まったくよ。どんだけ待たされたと思ってるのよ、もうっ」

 

 にこちゃんのお小言は華麗にスルーをして、横に並んだ海未と共にアイドル部の部室へと入る。にこちゃんはこう言ってはいるが、一応遅刻はしていない、かなりギリギリではあったが。

 

「というかやたら盛り上がってたけど、何の話してたんだ?」

 

 彼女らがわいわいと楽しげに話をしているのはいつものことだけど、なんとなく普段よりもテンション高めだったのが気にかかって思わず口に出して尋ねてみる。

 

「最初は雑誌の動物占いをしてたんだけどね。そのうち皆を動物で例えるなら何になるのかな、って話になって」

「ああ、なるほど」

 

 穂乃果の説明を受けておおよその想像は付いた。最初は和気藹々とやっていたのだろう。しかし例えられた動物が気に入らなかったり、想像と違って真姫やにこちゃんが喚き立てる。そんな姿が容易に想像できた。

 

「あっ、そうだ。航太君と海未ちゃんは動物だと何になるのかなぁ」

 

 穂乃果の言葉を受けて、ふと考え込んだ。

 俺はともかくとして、海未を動物に例えるのか。そこまで考えると、自然と先程までの海未の姿が頭に浮かんできた。

 

「海未はアレだな、ウサギ」

「ウサギ? どうして?」

「それは、ほら。ウサギは寂しいと死んじゃうっていうだろ。こう見えて海未ってば、めちゃくちゃ寂しがりやだしな。さっきだって……」

 

 そこまで口してようやく己の間抜けさに気が付く。しかし口をつぐんだところで、とうに手遅れ状態なわけで。そのままの状態で固まって、口からは乾いた笑い声が零れだした。

 

「……あ、あははは」

 

 視線が集中する。

 驚いたような表情を見せる者。呆れたような顔をする者。キラキラと興味深そうに目を輝かせる者。その表情は八人八通りで。ただ、いずれも何かを悟った、そんな表情をしていた。

 チラリと横に立っている海未を盗み見ると、顔を真っ赤にして俯いてしまっていた。それこそウサギの目のように真っ赤な顔をして。

 

「……コウちゃんを動物に例えるなら、さしずめオオカミさんってところやね。ウサギさんを食べちゃうような凶暴なオオカミさん」

 

 ジトッとした視線を送りながら、希ちゃんはそう口にする。そんな彼女の言葉に残りの七人は大きく頷いたのだった。

 

 

 そしてその後、事の詳細を根掘り葉掘り聞かれたのは言うまでもない。

 




誰だこれ状態ですが、一応誕生日記念のつもり。

ラブライブは媒体によってキャラの性格・設定が結構ブレてる感じですが、
個人的に海未ちゃんはスクフェスの愛が重そうな感じが一番好きです。


しっかし短時間で仕上げたせいか、自分で見ても非常に荒い……
この修羅場が終わって時間取れたら手直ししたいところ

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