幼馴染がアイドルを始めたらしい   作:yskk

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かしこいかわいいエリーチカ


かわいい人

 世の中には男と女がいて。当然その二種の間には大きな違いが存在する。身体的なものだったり、考え方や感性の違いであったり。

 その男女間の感性の違いが顕著に表われているのが「かわいい」という言葉だと思う。

 

 世の多くの女性は、何かあるとすぐにかわいいと言い放つ。まるで挨拶か何かのように。とりあえずそう言っておけばいい、みたいな感覚。

 それがぬいぐるみだとかおしゃれな小物だとか、小動物に使うってんならまだ理解は出来るし、そこに疑問を抱く余地もない。しかし、実際はあらゆるものに対して「かわいい~」そう彼女らは口にする。それがよく分からない。

 同じ単語なのに、用途であったり捉え方に男女間で明確に隔たりが存在している。そして恐らく、その溝は永遠に埋められることはないのだろう、そう思っている。

 

 

 

 

「……あーもうっ。ギブギブ」

 

 俺は手に持っていた物を目の前のテーブルに置いて、両手を上げて降参といった感じで後ろに倒れ込んだ。そうして仰いだ部屋の天井の照明は、ずっと手元だけを見ていたせいもあってか、異様にチカチカと霞んで見えた。

 

「なぁに? もうギブアップ?」

 

 そんな俺に対して、正面に座っていた絵里ちゃんは少し呆れたような声で言った。

 

「でも、航太が言い出したことでしょ?」

「そりゃあ、まあ。そうだけどさぁ……」

 

 今の今まで、俺の部屋で絵里ちゃんとハンドメイドのアクセサリーを作っていた。

 諭すように話す絵里ちゃんの言う通り、この作業も元はといえば俺が言い出したことだった。

 

「それに他に何か案でもあるの?」

「……ないけど」

 

 希ちゃんの誕生日を目前に控え、そのプレゼントとして作り始めたのがこれだった。

 そして彼女の言葉通り、代案なんかありはしなかった。そもそも、金もない、何かを自分で作り出す当ても能力もない。かといって、サプライズで祝ってあげられるほどの企画力もない。

 そんな、無い無い尽しの、まるでどこぞの歌手の田舎のような状況に、為す術もなくなって絵里ちゃんに泣きついたのだ。

 

 困窮した俺に絵里ちゃんは自分の趣味でもある、手作りのアクセサリー製作を薦めてくれた。そして、彼女に連れられてビーズだのといった材料を買って作り始めたわけだ。それだってそれなりの値段はしており、財布の中身は既に寂しいものになってしまっている。幸い、道具類は絵里ちゃんから借りることが出来たので出費は少なくて済んだのだが。

 まあ、とにかく。今の俺には金もプランも時間も残されていない。

 つまりどれだけ喚こうとも、俺に他の道は残されていないのである。

 

「けどさぁ……」

「けど?」

 

 何となしに窓の外をチラリと眺めた。先程までは曇天で何とか持ち堪えていた空も、ついには雨が降り出していた。雨雲に覆われたせいで、明かりをつけているというのに部屋の中まで薄暗い感じを受けた。それがまた鬱気を増幅させていた。

 

 今置かれている状況なんてものは、自分でもよく分かっている。だけれど、どうにもこの作業は自分に合っていないというか、気乗りしないというか。我侭を言っているということは重々自覚はしているのだが、何というかとにかくそんな感じなのだ。

 

「でも昔から手先は器用な方だったわよね、航太は」

 

 得手不得手だけで言えば確かに前者だ。自分で言うのもなんだが、割と器用な方だし。細かい作業やチマチマとした事も嫌いではない。

 ただ、今の問題はそこではなかった。

 

「いや、作業自体はいいんだけどさ。なんつーか、思うように行かないっていうか、しっくり来ないんだよね。完成図が見えてこないって言うか」

「どれどれ」

 

 絵里ちゃんはテーブル越しに俺の作りかけのネックレスを手に取ると、それをまじまじと見てから口を開いた。

 

「なんだ、良く出来てるじゃない。かわいいく出来てるわよ?」

「かわいく、ねぇ……」

「あら、不満そうね」

「不満っていうかよく分かんないんだよね。女の子ってすぐかわいいって言うじゃん? だからイマイチしっくり来なくてさ」

 

 絵里ちゃんは純粋に褒めてくれてるのだろうし、そこに他意は感じられない。

 しかし、そうは分かってはいても、申し訳ないがそこに説得力を感じられなかった。

 

 そもそも女の子の使う「かわいい」の守備範囲が広すぎる。子猫から太ったおっさんにまで「かわいい」なんて言葉を使うのだ。しまいには、キモカワイイなんてわけの分からない言葉まで飛び出す始末。

 それでも、それだけだったらまだ、男女の完成の違いってだけで片付けられるのかもしれない。

 ただ、その言葉を口にしている自分がかわいいと思っているだとか。女性は自分より下だと思っている女の子にしか、かわいいという言葉を使わないだとか。そんな裏の黒い部分の話を他人から聞いてしまうと、もう何を信用してよいのやら皆目見当も付かなくなってしまう。

 

「まぁ、言われてみれば確かに、女の子ってそういうところもあるかもしれないわね。まあ、流石に最後の方のは邪推しすぎな気もするけれど」

 

 苦笑いを浮かべながら絵里ちゃんは続ける。

 

「でも、これは本当によく出来てると思うわよ。初めてにしては、って言葉を付けなくてもいいくらいに」

「そこで話が戻るんだよね、ちょっと脱線しちゃたけどさ」

「どういうこと?」

 

 絵里ちゃんのその小首をかしげるその仕草は、男の俺からしたら間違いなく「かわいい」と言えるものだった。

 

「要するに、人それぞれセンスだとか感性の違いってある訳じゃない? 今の話は主に男女の捉え方の違いだったけど」

「まあ、それはそうね」

「だからさ、自分でかわいいと思って作った物も、他人から見たらそうじゃないかもしれないわけでしょ? そう考えたら自分が作ってるのが何か違うような気がしちゃってさ」

 

 形を整えるだけなら出来ないことはない。でも、それを贈った相手に気に入ってもらえるかというと、そうとは限らない。それがどれだけ自分で上出来だと思ったとしてもだ。

 

 ある意味ルールの分からないスポーツを見ているような感覚。勝ち負けぐらいは分かるにしても、その過程や進行方法がよく理解できない、そんな競技を見せられているようなものだった。

 だから、どこがポイントなのか、どこに重きを置いたらよいのかが全く見えて来ないのだ。

 

「確かにその気持ちはよく分かるわ。でも、自分の為に選んだり作ったりしてくれたプレゼントなら、どんなものでも嬉しいものよ。ましてやそこまで悩んでくれたものなら尚更ね」

「そうかなぁ……」

「そういうものよ。それに立場が逆だったら、航太だってそう思うでしょ?」

「そりゃ、まあそうだけど」

 

 自分の誕生日にプレゼントを貰う。それを喜ばない人間は極少数だと思う。それは確かに彼女の言う通りだ。だけどひねた考え方をしてしまうと、絵里ちゃんの台詞も言ってしまえばただの定型文みたいなもので。

 あなたが選んでくれたものなら何でも嬉しいわ。よく聞くフレーズではあるけれど、残念ながらいらないものはいらないし、趣味に合わないものは合わない。それは如何ともしがたい事実なわけで。

 その気持ちが嬉しいんだよ、と言われれば仰るとおりなのだけど、一度そんな考えに捕らわれてしまうと、もうどうしようもない。袋小路に入ってしまって出口は見えなくなってしまう。

 

 こんなとき、大抵は何かしらの目印を見つけて抜け出すものだ。

 そして、これが贈る相手が男性ならばまだ何とかなる。当たらずと雖も遠からず、それぐらいの当たりをつけることはできる。

 しかし、今回のように相手が女性となるとそうもいかない。目印になるはずの「かわいい」という単語がその役割を果たしてくれないから。それもそのはずで、何度も言うように、男の使うそれと女性の使う「かわいい」ではまるっきり意味合いが変わってしまうのだから。

 

「……ああっ、もう。ほら、私も手伝ってあげるから、早く続きをするわよ」

 

 ぐちぐちと鬱積を垂れ流す俺に痺れを切らしたのだろう。御託はいらんとばかりに、話をしながらも絵里ちゃんは絵里ちゃんで進めていたパッチワークを手から離すと、勢いよく立ち上がった。そしてテーブルの向こう側からこちらへと回り込むと、俺の隣へと腰を下ろした。

 

「そうねぇ……」

 

 絵里ちゃんは呟きながら、再び作りかけの俺の作品を手に取った。そして、完成までの道程を頭の中で描いているのだろう、じっとそれを見つめていた。その時だった。

 窓の外から閃光が走り、薄暗かった部屋の中を一瞬照らす。そして少し遅れてから轟音が響き、それと共に部屋の照明が落ちて辺りが大きく薄暗さを増した。

 

「ひゃあ!? な、なに!?」

 

 隣にいた絵里ちゃんは、いつもの彼女からは聞けないような悲鳴をあげる。そして、俺の右腕が強く引っ張られた。確認するようにそちらを見ると、絵里ちゃんが抱え込むようにして引き寄せていた。

 

「な、何したの、航太!?」

「なんもしてないって! 今の雷で一時的に停電になったたけでしょ」

 

 ほら、と言いながらテーブルの上に置いてあったリモコンを手に取り、その電源ボタンをテレビに向けながら押す。二度三度と押してみても、やはりテレビが反応することはなかった。

 

「そ、そうよね。停電しただけよね」

 

 平静を装いながらも、俺の腕を掴む強さは変わらなかった。そういえば、絵里ちゃんは昔から暗がりが苦手だったけか。そんな事を思い出す。

 しかし、暗いといっても、まだ日中だ。目の前が見えなくなる程真っ暗ってわけじゃない。それでも絵里ちゃんにとっては落ち着かない状況らしかった。

 

「絵里ちゃんってさ。案外かわいい所あるよね」

「こういうのはかわいいって言わないのよ!」

 

 普段は落ち着いていて、何でもそつなくこなす彼女。クールビューティーとでも言うのだろうか。そんな彼女が暗がりに怯えている姿を、かわいいと言わずしてなんと言うのだろうか。

 

「そうかなぁ……。あっ! これも男女の感性の違いなのかな?」

「知らないわよ、もうっ。バカっ!」

 

 絵里ちゃんは怒った仕草を見せながら、ようやく腕は解放してくれる。しかし、それでも袖の裾はチョコンと摘んだままだった。

 こんな彼女を見て、女性なら何と評するのだろうか。やはり、かわいいと言うのだろうか。

 いや、間違いなくそう言うだろう。断言できる。少なくとも今の俺にも「かわいい」という単語以外は思いつきそうにもない。

 男女の感性の違いなんて関係ないぐらい、それくらいに今の彼女は「かわいい」人だった。

 




プレゼントを選ぶのって難しいよねってお話

女性に失礼なことを書いた気がするけれど、たまたまそんな話を読んだだけで、別に作者の主張だったりするわけじゃないです。
っていう保身


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