幼馴染がアイドルを始めたらしい   作:yskk

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幼馴染は作曲家

 放課後、何となくそのまま帰宅するのが躊躇われて、気分転換でもと本屋に立ち寄っていた。真っ先に雑誌の置かれたコーナーへと向かい、毎週読んでいる物に一通り目を通す。

 毎度申し訳なさは感じつつも、ついつい立ち読みで済ませてしまう。よほど裕福な家庭でもない限り、学生の財布の中身は有限なのだ。自分の中でそんな言い訳をしながら。

 そんな罪悪感をからというわけではないが、一、二冊見繕って帰ろうかという気分になって小説が陳列された一角へと足を運ぶ。そこで何か目新しい物でもないかなと物色していると、久しい顔に出くわした。

 

「あっ」

「おう、真姫。久しぶり」

「どうも……」

 

 手を振って声を掛ける俺を尻目に、少女は軽く会釈をしただけでその横をスタスタと通り過ぎて行く。理由は分からないが、おそらく虫の居所でも悪いのだろう。

 別段珍しいことでもないし、目くじらを立てるほどのことでもない。西木野真姫という少女の性格を心得ている人間からすれば何てことはない事。

 そんな彼女の背中に向かって、もう一度彼女の名前を呼び掛けた。

 

「おーい、真姫さーん」

「っ! 大きな声で呼ばないでよ!」

 

 真姫はピタリと足を止めて振り返り、俺の数倍は大きな声で叫び返す。

 当然のごとく、そんな真姫の声に反応して辺りに居た人達の視線が彼女の方へと集中する。

 そのことに気が付いた真姫は顔を真っ赤にしながら、俺の方へと足早に戻ってきた。そして俺の腕を掴むと、半ば強引に引っ張りながら歩き出した。

 

「あんまり引っ張るなって、服が伸びる」

 

 そんな俺の声などお構いなしに、真姫はただただ腕を引いて歩いていく。そのまま書店を出て、そこからだいぶ離れた所まで来てようやく真姫はその足を止めた。

 そしてわずかに上がった息を整えながら、キッと鋭い視線で此方を睨み付ける。その頬はまだほんのりと紅潮していた。

 

「人前で大きな声出さないでよ! 恥ずかしいじゃない、全く……」

「真姫が無視して行こうとするからだろ?」

 

 第一、真姫の方がよっぽど目立ってたけどな。その一言はかろうじて飲み込んだ。おそらくやぶ蛇になるだけだ。

 

「無視なんかしてないわよ。ちゃんと挨拶したじゃない」

「久しぶりに会ったってのに、あれはいくらなんでも冷たいんじゃない?」

 

 最後に会ったのが真姫がまだ中学生だった頃だから、数ヶ月ぶりぐらいになるだろうか。子供の頃から知っている仲だというのに、さすがにあれでは寂しすぎる。

 

「せっかくだからさ、ちょっと話しでもしていこうぜ。ちょうどそこにファミレスもあるし」

「……私忙しいんだけど」

「まぁまぁまぁ」

「ちょ、ちょっと、押さないでってば。自分で歩くわよ!」

 

 真姫が素直に頷かないなんていうのは、当然想定済みで。そんな彼女の言葉を遮って、その背中をグイグイと押していく。そしてそのまま目の前のファミレスへと入店していった。

 

 

 

 

「最近どうなんだ?」

「別に普通よ」

「体調崩したりしてないか?」

「別に。それにウチ病院だし」

 

 お互いの注文が到着してから数分、ずっとこんな感じである。まるで思春期の娘とその距離感を計りかねている父親のような会話を繰り広げている。

 そんなこんなで間が持たないせいか、手元のアイスコーヒーはどんどん減っていく。そうして遂にストローがずずずと音を立てた。

 

「何か悩みがあったら聞いてやるぞ」

「……なんで航太に相談しなきゃいけないわけ?」

「そりゃあ昔からの付き合いだし、兄妹みたいなもんじゃない?」

 

 今でも良く連絡を取りあっている昔なじみの中では、おそらく真姫が一番古くからの関係ではなかろうか。少なくとも俺の覚えている限りではそのはずだ。

 

 俺の母親は今でこそ普通に生活しているが、元々身体が強いほうではなく、俺が幼かった頃は度々通院せざるを得ないような状態だった。そんな母が通っていたのが、真姫の親が院長を務める西木野総合病院だった。そしてその度に俺は院内の託児所に預けられ、ある時そこで真姫と出会うことになる。

 といっても、正直、当時のことは余りよく覚えてはいない。よく一緒に遊んでたのよ、そう親には聞かされたが、何分物心の付く前の話だ、はっきりとは思い出させない。

 ただ、真姫の方はそうではないらしく、この話をしたときには、自分は鮮明に覚えているのに、そう言って不貞腐れていた。

 

「ただ単に知り合ってから長いってだけでしょ」

「そんなことないぞ。ちゃんと真姫のこと気に掛けてるし」

「……どうだか。自分と同じ高校に入学したのに、進学祝いの一言もないぐらいだし」

 

 なるほど。ご機嫌斜めの原因はそんなところに在ったらしい。

 

「……ちゃんとメールで送ったろ?」

「そういうのって普通、面と向かって言うもんじゃない?」

 

 俺の記憶違いでなければ、彼女の中学進学のときは直接伝えて、わざわざ祝うことでもないでしょ、なんて返された覚えがあるのだが。女心とはかくも難しいものなのだろうか。

 

「ごめん」

「い、いいわよ別に。謝って欲しいわけじゃないし」

 

 かといってここで過去のことを蒸し返すほど俺もバカではない。

 それにこちらから折れると、意外と彼女の方もあっさり折れてくれる。それは昔から変わらない。

 一見つんけんしているように見えるが、根っこの方は素直な子なんだろうなとその度に思う。

 

「詫びってわけじゃないけどさ、ホントに相談ぐらい乗ってやるぜ?」

「……大体、何で私に悩み事があるみたな話になってるのよ」

「さっき聞いたとき、俺に相談するのが嫌だとは言ったけど、悩みがあるってこと自体は否定しなかったし」

 

 そう俺に告げられると、真姫は難しい顔をして閉口してしまう。

 俺が真姫の性格を熟知しているように、彼女もまたこちらのそれを十分に把握している。おそらくこちらが引かないということが分かっているのだろう。

 真姫はしばらくそのまま考えこんだ後、観念したかのように口を開いた。

 

「……作ってくれないかって頼まれたの」

「は? 何を?」

「作曲してくれないかって頼まれたの!」

 

 真姫が幼い頃からピアノをやっているのは知っている。実際に何度も聞いたことがあるし、その腕前も確かなものだった。おそろく曲を作ることだって出来るのだろう。だが、誰にどういう経緯でそんなことを頼まれたのだろうと、そう考えて一つ心当たりが浮かんだ。

 

 それはおそらく穂乃果のことなのだろう。確か彼女が一年生の子に曲作りをお願いしたという話をしていたはずだ。

 よくよく考えてみれば、一クラスの少人数しかいない一年生の中で、そんなことが出来るのは限られている。なのに穂乃果の話を聞いてすぐに思い当たらなかったのは、我ながら間抜けな話である。

 ただ、彼女曰くあまり感触は良かったらしいのだけれど。

 

「やってみればいいんじゃない?」

「他人事みたいに簡単に言わないでよ!」

「そんなつもりじゃないよ。ただ、悩んでるってことは、どっかではやってみてもいいって思ってるってことだろ?」

「それは……」

 

 心のどこかでは既に決まっていて、後は誰かに背中を押してもらいたい、そんな状況なんじゃないだろうか。それは、素直にはいと言えない彼女の性格を抜きにしても、誰にでもあることなんだろうと思う。

 

「あいつらもすっごく喜ぶと思うけどなぁ」

「別に、私があの人たちを喜ばせる義理なんてないわ」

 

 まぁ、それはその通りなのだが。

 

「って、ちょっとまって! 航太、あの人たちのこと知ってるの!?」

「ん? まあ、クラスメイトだからな。それにあいつらのアイドル活動のことで協力するってことにもなってるし」

「聞いてないんだけど!」

 

 そりゃ言ってないからな。そもそも真姫と会うの自体数ヶ月ぶりだから、話す機会なんぞある訳もない。会ったとしても言っていたかどうかは定かではないが。

 

「……だから、私にやれなんて言ったわけ?」

「正直それもないわけじゃない。ただそういうのを抜きにして、やってみてもいいと俺は思うよ」

「……どうしてよ」

「だって嬉しそうだったもん真姫。さっきは困ってるみたいな口ぶりだったけど、顔はちっともそんな感じじゃなかったしな」

 

 昔から俺に弾いて聞かせるときの彼女は本当に楽しそうだった。

 おそらく実家の病院を継がなければならないとか進学の事とかで、自分自身で抑圧している部分もあるだろう。

 だから、ある意味いい機会なんじゃないかと思う。彼女からは無理でも、誰かが一押ししてやれば踏み出せるかもしれない。

 そうだとしたら、押し付けがましいことかもしれないけど、俺は手助けをしてやりたい、そう思った。

 

「……もし私がやらないっていったら?」

「無理強いはしないよ、もちろん」

「ライブの曲はどうするのよ?」

「まあ何とかなるんじゃないか」

 

 無論当てなど無い。少なくとも俺に作曲のできる知人など居ないし、穂乃果たちとて同じだろう。

 真姫を後押したいとは思う。だけれど同時に、こちらが困っているからとか、そんなことを彼女が動く理由にして欲しくもなかった。

 

「……るわ」

「え?」

「だから、やってあげるって言ってるの!」

 

 そう強く宣言して、真姫はふいっとそっぽを向いてしまう。夕陽に隠されてはいるが、その横顔は確かに赤く染まっていた。

 

「そ、その代わりちゃんと感想聞かせてよね」

「俺の?」

「他に誰がいるのよ」

「歌う本人たちに聞いたほうがいいんじゃないのか」

 

 俺なんかに聞くよりも、実際に歌う穂乃果達に聞いたほうがよっぽど有意義だと思う。どんな曲を作っていっても、きっと彼女が気に入らないなんていうことはないだろう。

 穂乃果自身が真姫の演奏を聴いて気に入って、その上で彼女に依頼したのだから。

 

「ア、アイドルが歌う曲ってことは主に男性がターゲットてことでしょ。だ、だからよ」

 

 確かに一理あるとは思う。ただ、その盛大に泳いだ目には全く説得力は無いけれども。

 

「そ、それと、あの人たちには私が作ったてこと秘密だからね!」

「そんなんすぐ分かるだろ……」

「あなたが言わなきゃバレないわよ」

 

 そんな彼女のささやかな抵抗に、おもわず俺は吹き出して、大きな声を上げて笑ってしまった。




真姫ちゃんはめんどくさ可愛い。

スクフェスで真姫ちゃん取ってたら遅くなった。
まあ、遅筆な自分としてはこれでも相当早い方なんですがね……。
それ以前に、内容をもっと頑張れよって話ですが。


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