昔から、日曜日が晴天だとそれだけで嬉しくなる。
とある日曜日、窓の外を見ると澄み渡るほどの快晴だった。穏やかな気候。これといった用事も無く、ただゆったりと流れる時間。その何もかもが心を落ち着かせた。
そんな中、俺は部屋の中で何をするでもなく、ソファーの背もたれに寄りかかりながら、ただボーっとテレビを眺めていた。
外は出かけないのが勿体無いぐらい良い天気だ。それでも俺はこうしてパジャマも着替えず部屋の中にいる。
別に重度のインドア派ってわけでもないので、外出すること自体に嫌悪感は抱いちゃいない。何処か普段行かないような場所に行って、いつもとは違う休日を過ごすことにだって人並みには魅力を感じている。
だけど、そんな事をしなければ楽しめないというのも、それはそれで違う気がした。
ありきたりな休日だって、見かたによっては特別なものになるのだから。
「ねぇ、航太も何か飲む?」
背中の方から声が聞こえた。俺は首だけをそちらの方へと向けて返事をする。
「うーん。真姫と同じのでいいや。その方が楽だろうし」
「もう。別にそんなところで気を使わなくたっていいのに……」
ぶつぶつとそんなことを言いながら、真姫はキッチンで支度を始める。そしてしばらくしてから、準備の終えたそれらをトレイに乗せてこちらへと運んで来た。
「はい、どーぞ」
「ん、ありがと」
それをテーブルの上へと置いて俺の分を手渡すと、ソファーの上、俺の隣へと真姫は腰を下ろした。手渡されたカップからは、入れたてのコーヒーの香りがふわりと漂って俺の鼻をくすぐった。
「……ふっ」
「なに?」
「いや、別に」
思わず笑いが漏れてしまった俺のことを、真姫は不思議そうに見つめる。
自分じゃ気を使わなくたっていいなんて言っていたくせに、結局彼女の好きな紅茶じゃなくて、俺の好きなコーヒーの方を入れて持ってくる。そんな辺りが実に彼女らしくて、なんだか可笑しくなってしまった。
こんな関係も今では当たり前のものになりつつあるけれど、改めて考えてみると不思議なものだった。彼女のこと自体は、それこそ物心付く前から知ってはいた。ただ、こうしてお互い好きになって、恋人になって。そして大学生になった今では、こうしてふたり同じ部屋に住んでいる。こんなことは、少なくとも俺は正直想像もしていないことだったから。
「何見てるの?」
「さぁ?」
「さぁ、ってなによ」
「ただ適当につけてるだけだし」
「ふーん」
特にこれといって実りのあるわけでもないこんな会話も。自然と肩が触れあっているこの距離間も。慣れてしまえばなんてことはないのだけれど、意識せずに自然とこんな風に出来るようになったのはいつ頃からだろうか。昔はあれだけ、お互い緊張していたっていうのに。
「……」
隣に座っている真姫はチラチラと盗み見るように、横目でこちらの様子を伺ってくる。本人は気付かれていないつもりなんだろうけれど、こっちからしたらバレバレだった。
「……どうかした?」
「ゔぇええ!? べ、別にどうもしないわよ」
その妙な空気に耐えられなくなって、こちらから声を掛けてみる。けれど、真姫は動揺しながら何でもないと言い張るばかり。何か言いたそうなのは明らかなのに、何故か素直に話そうとはしなかった。
ふたりの関係は変わっても、こんなところは相変わらずだった。
「……」
「……」
「……ねぇ」
「ん?」
長い付き合いのおかげで、そんな彼女の扱いにもとうに慣れている。
こんな時の対処法はいたって簡単で、ただただ黙って待っていればいい。そうすれば痺れを切らして向こうから口を開いてくるから。
「へ、変なこと聞いてもいい?」
「変なこと? んー。まあ、いいけど」
真姫は言い出しにくそうに、もじもじと身体をよじる。そして控えめに上目遣いをしながら、小さな声で呟いた。
「えっと、その……私のどこが好き?」
「……はぁあ?」
向こうからわざわざ前置きを入れてきたぐらいだ。多少のことでは動じないつもりだったが、思っていたのとは全く違うベクトルの内容で、驚きというか変な脱力感に襲われた。
確かに俺と真姫は恋人同士で、彼女のことが好きかと聞かれれば、迷うことなく好きだと答えるだろう。ただ、改まってどこがと聞かれて、それに答えるなんていうのはバの付くカップルに片足を突っ込んでいるようで何だか少し気が引けた。
「ち、違うの! その、ほら、私たちって小さい頃に知り合ったじゃない?」
俺は余程怪訝そうな表情をしていたのだろう。真姫は必死で弁解するように、少し早口になりながら話を続ける。
「私は、そ、その時から好きだったけど、そっちはそうじゃないわけでしょ」
「うん。まあ、そうかな」
「だからね。その、どんなきっかけで好きになってくれたのかって、前から聞いてみたくて……」
恥ずかしそうに話す真姫の声量は、次第に細いものへとなっていく。伏目がちにしつつも、時折様子を伺うように上目遣いで覗き込んでくる。そんな仕草はとても可愛らしくて、大変結構なのだが、彼女から投げられた問いかけは実に難しいものだった。
それこそ、今大学で学んでいるどの抗議よりも難解なんじゃないかと思えるぐらいに。それぐらい答えの出しづらい物だった。
かといって、照れくさそうにしつつも何処か期待に満ちた眼をしたそんな彼女を前にして、答えないという選択肢は存在していなかった。
「えーと、そうだな。なんだ……まず可愛いよな。その、笑った顔とか特に好きだよ」
「っ!? ふ、ふーん。あ、あとは?」
自分から聞いておきながら、俺の言葉を聞いた真姫は、ボッと一瞬にして顔を赤らめる。まるで茹蛸のように。何でもない風を装ってはいるが、明らかに照れているのは丸分かりだった。
ただむしろ、言ってるこっちの方が顔から火が出そうなくらい恥ずかしい訳で。
「えっと、スタイルも良いよな。細身だけどバランスも取れててさ」
「う、うん。……ありがと」
身長もあるほうだし、痩せてはいるが出るところはそれなりに出ている。理想的といっても過言ではないんじゃないだろうか。ただ、若干お尻が大きめではあるけれど。
「そ、それから?」
「えっ? あー、そうだな……」
「……」
「……あはは」
言葉に詰まる。出てくるのは苦笑いばかりだった。
あー、不味いな。そう思った時にはすでに手遅れで、恥ずかしさと嬉しさが同居したようだった真姫の表情は、眉間にしわを寄せて、ムスっとしたそれに変わっていった。
「それで終わり!? 外見のことばっかりじゃない!」
「いやいや。別にそれだけって訳じゃないよ」
俺の言い訳なんて意味を成さず、真姫は不貞腐れたような顔をしてそっぽを向いてしまう。
彼女の気持ちも分からなくはないのだが、いかんせん好意の理由を言葉をにするというのは難しいものなのだ。彼女を見つめてみて、パッと出てきたのが外見だっただけで。
「あの、あれだ。全部、全部好きだよ」
「ふーん……私は嫌いだけど」
半ば投げやりな愛の言葉は、当然のごとく受け取ってもらえずに、逆にのしをつけて叩き返される。喧嘩とまではいかないが、こうして真姫がご機嫌斜めになった時には、よくこの言葉を彼女は口にする。
実は彼女にその台詞を言われる度に、少し嬉しくなってしまう。別に俺がドMだからとか、そんな理由じゃない。単純に拗ねている彼女が可愛いってことと、それがきっと俺に対してしか使われない言葉だからってこと。
人に面と向かって『嫌い』なんて言う機会は、普通に生きているとそうあることではない。
何か余程のことがあって感情が高ぶり、つい口にしてしまう。そんなケースは稀だ。あるとすれば、親しい人間に対して冗談めかして言うぐらい。
彼女の場合も基本後者で。嫌いよ、なんて口にはするけれど、本気なわけじゃない。それは当然こちらも承知していて、お互いに分かり合った上でのそんなやり取りなのだ。
それはそんな事を出来るぐらい親しい関係、すなわち恋人同士であることを再認識させてくれる。つまりそれは、俺だけの為にある特別な言葉。
だからそんな拒絶の言葉とは裏腹に、それを聞くたびに俺の頬は緩んでしまうのだった。
「……なによ?」
「いやいや、別に」
「……ふん」
そんな俺の顔を見ると益々彼女はへそを曲げてしまう。俺の心の内など知るはずもない彼女からすれば、どうして自分が怒ってる時にへらへらしてるのよ、とでも言いたいのであろう。
「……じゃあさ。逆に真姫は俺のどこを好きなったわけ?」
「えっ!? わ、私?」
「うん。そう」
そんな彼女にちょっぴり意地悪な仕返しをする。すると案の定、真姫は動揺の色を見せる。
「私は、その……だ、だから言ったじゃない、小さい頃からって。そんな昔のことなんて覚えてないわよ」
「じゃあ、今のことでもいいよ。今の俺のどこが好きかってことでも」
「そ、それは!? その……あ、改めて聞かれても答えられないわよ!」
何故か若干逆切れ気味なのは置いておいて。結局はそんなものなんじゃないかと思う。
もちろん何かしらのきっかけはあるのかもしれないけれど、人を好きになるのに明確な理由なんかないのではないかと思う。逆にそこを理屈付けてしまったら、その一部分しか愛せないような気がする。
なんて、そんな講釈を垂れてみたところで彼女は依然としてふてくされたまま。それでも真姫は自分を納得させるようにしながら唇を開く。
「……ねぇ」
「ん?」
「……私のこと好き?」
真姫は再び同じ質問を繰り返す。今度はどこがという単語を取り除いて。
「好きだよ」
「ホントに?」
「うん。本当に愛してる」
彼女の要求に、古今東西散々使いつくされてきたそんな言葉を返す。それは口にするだけだったら誰にでも出来るような言葉。
それでも今の俺にとっては特別なもので、きっと彼女にしか使うことはないであろう言葉。
「……じゃあ、許してあげるわ」
そう言った真姫は、照れくさそうに再びそっぽを向いてしまう。
そんな仕草と、微かに見える彼女の頬の火照りが愛おしくて、思わずその背中を抱きしめた。一瞬ビクリと驚いた様子を見せるが、決して抵抗することはなかった。
そんな彼女は腕の中でもぞもぞと動いて、こちらの方へと向き直る。そして、どちらからともなく唇を重ねる。
長い口付けの後に顔を見合わせると、自然とお互いに笑みがこぼれた。
きっとそれは、他人からすれば何の面白味もないありふれたカップルのワンシーン。
いや、自分たちから見ても、いつもと何ら変わりのないひとときだと思う。今日だってそうだ。別にいつもと何か違うことをしているわけじゃない。
ただそれでも、俺たちにとっては特別な一日なのだ。
恐らく、これから幾度となく訪れるであろう、ありきたりで特別な一日。
そんな日曜日を俺たちは過ごしていた。
The Babystarsさんの曲を拝借して真姫ちゃん番外編
こんな温い文章ですら、書いてて小っ恥ずかしくなったいうのに
もっと甘ったるいお話を書いてる作者様はどういう感覚してるんでしょうかねぇ(褒め言葉)
まあ、書いてて楽しかったのは事実なので、
評判が悪くなければ今後もたまに番外編書くかもだったり