幼馴染がアイドルを始めたらしい   作:yskk

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まきちゃん!


私だけ知らないこと、私だけ知ってること

「ん~。何だか真姫ちゃん機嫌悪くないかにゃ」

「……やっぱり凛ちゃんもそう思う?」

 

 凛と花陽はドリンクを注ぎながら、そんな会話をしていた。

 今日もいつものように練習を終えたあと、帰り際ファミレスに立ち寄っていた。時折こうして一年生の三人組と寄り道なんかをすることがある。といっても今日は俺自身、生徒会の仕事が残っていたため、今日は練習後の合流となった訳だけれども。

 

「いつもあんな感じじゃない?」

 

 俺も彼女らに習って、ドリンクバーでお目当ての飲み物を注ぎながら二人に問いかける。

 

「そんなことないです!」

「そうそう。真姫ちゃんいつもツンケンしてるけど、普段はあんなに怒ってる感じじゃないにゃ」

 

 そんなもんなのだろうか。俺から見たらちょっと機嫌が悪いなぁ、ぐらいにしか感じないのだけど。ただ、普段同じクラスで一緒に過ごしてる二人が言うことだ、間違えは無いのだろう。

 

「それに練習してる時までは、別にいつも通りだったにゃ」

「うん。でも、そのあとに何かあったって訳でもなさそうだし……」

 

 そんな話をしながら、三人ドリンクを片手に自分らの席へと戻ると、そこには真姫が一人座って待っていた。

 

「うわぁ……」

 

 真姫の様子を見て思わず声が漏れてしまった。花陽たちの話を聞いたからという訳ではないが、先程より明らかに彼女の不機嫌指数が上がっているように見えた。

 遅い。そう口に出しこそしないが、どこを見るわけでもなく頬杖を付き、指先でトントンとテーブルを叩きながら待っていた。

 

「……」

「……」

 

 そんな真姫の姿を見て三人顔を見合わせる。どうだ、言った通りだろう。そう凛の顔には書いてあったが、勝ち誇っている場合じゃないだろうに。そんな彼女のドヤ顏に若干イラっとしつつも、確かに彼女の言っていた通りだったことは認めざるを得なかった。

 

「お、おっまたせー、真姫ちゃん」

「ごめんなさいっ、遅くなって」

 

 凛と花陽が申し訳なさそうに声を掛けるも、真姫は、うん、と短い返事を返すだけだった。

 その後も会話をしているのは凛と花陽ばかりで、彼女は時折相槌を打つぐらいで、ほとんど口を開くことはなかった。

 

「えっと、そ、そろそろ凛は帰ろうかにゃー。か、かよちんはどうする?」

「えぇ!? えと、わ、私もそろそろ帰ろうかな」

 

 凛は決してこちらに視線を送らずに、逆に花陽はチラチラとこちらの様子を伺うようにしながらそう言った。居心地の悪さに耐えられなくなったのだろう。何時もだったらダラダラと長居していることもあるというのに、それよりも大分早い時間で切り上げようとしている。

 

「ま、真姫ちゃんは?」

「……」

 

 これまた恐る恐る、機嫌を伺うようにして花陽は真姫に問いかける。真姫はそんな花陽の言葉に、何故か俺の方を一瞬チラッと目線だけを送りながら口を開いた。

 

「……航太はどうするの?」

「えぇ!? 俺?」

 

 突然のキラーパスに動揺して声が裏返ってしまった。正直なところ、俺も今日は切り上げたいとは思っているのだが、ただそれをすると、何だか真姫を一人置いていくようで妙な罪悪感に苛まれていた。

 

「……もうちょっとだけ居ようかな」

「じゃあ、私もまだ居るわ」

「そ、そっか。それじゃあ、また明日」

「ばいば~い」

 

 真姫の答えを聞いて、凛と花陽のふたりは自分の分の支払いをテーブルに置くと、そのままそそくさと店を後にしてしまった。

 まぁ、触らぬ神に祟りなし。間違った判断ではないのだろう。逃げたというわけではないのだろうけれど、なんとも薄情な奴らである。

 

 

 

 

 傍から見たら今の俺たちはどういう風に見えるのだろうか。兄妹? 友人? はたまた恋人か。いずれにせよ、現状良好な関係には見えないだろうと思う。何しろ凛と花陽が帰ってから、まだ一言も会話を交わしていない。それどころか視線すら合っていないような状況だ。

 普段だったらこんな状況でも探り探り会話を試みるものなんだけれど、今日の彼女はそれすら受け付けないような、そんな空気を醸し出していた。

 

「……」

 

 周囲はざわついている中、ただこの一角は静寂を保ったまま。そんな中、俺は正面に座り窓の外を見つめる真姫のことを、ただぼんやり眺めていた。何しろ他に間を持たす術がないのだ。他所の席を観察していてそこの人と目が合ったら気まずいし。かといって真姫と同じように外を眺めようにも、こちらからだともろに夕陽が差し込んで、とてもじゃないが眩しくてそんなことはしていられない。だからといって虚空を見つめていても時間が過ぎるのは遅く感じるだけだった。

 

「……」

 

 だったらいっそ、無言を貫く彼女のことを見ていた方がよほどましだった。いざそうしてみるとなんだか面白くて、最初は視線がばれないようにと盗み見るような感じだったのが、次第に普通に注視してしまっていた。

 改めて見ると意外な発見があるもので、見慣れたはずの少しツリ上がってきりっとした瞳も、長いその睫毛も、赤みがかったその髪も、何だかとても新鮮だった。いずれにしてもそこから導き出されるのは彼女が美人であるという事実。そんなことは十年以上前から知ってはいることだけれど、改めて再確認させられる。

 そして、そんな彼女が夕陽を浴びながら、頬杖を付いて外を眺める姿はとても絵になっていた。

 

「……ねぇ」

「はいっ!」

 

 予想だにしていなかったタイミングでの真姫の声に、またも素っ頓狂な声を上げてしまう。別に悪いことをしていたわけでもないのだが、何か悪事がばれたときのように心臓はバクバクと高鳴っていた。

 

「……何か私に言うことない?」

「えっ?」

 

 真姫の言葉が、彼女が浮気を問い詰めるときの台詞のようで、そんな事実があるわけでも、そもそもそんな関係ですらないのに何故だかまた少しドキリとさせられた。

 まぁそれはともかくとして、何か真姫に言わなければならないこと……。そう考えては見たものの、全くといっていいほど思いつかない。彼女の誕生日は随分前だし、何か他にめでたいことでもあっただろうか。それとも逆に謝らなければならないことでもしただろうか。

 いや、それもないはずだ。彼女とはμ'sのメンバーが合宿をして帰ってきてから、さっき初めて会ったばかりだ。少なくともその前までは普通に接していたはずなので、その線も消える。となると本格的に見当が付かなくなってしまった。

 

「……えっと、真姫のパンツ盗んだのがばれた、とか?」

「ゔぇええ!? な、ちょ、ちょっと何それ、私知らないんだけど! へ、変なの持って行ってたら許さないんだからね!」

 

 真姫は険しかった表情を一瞬にして崩し、顔を真っ赤にしながら狼狽する。

 というか、言葉通り受け取ると、変なのじゃなければ持って行ってもいいということになるのだが、それは大丈夫なんだろうか。恐らく動揺しすぎで自分でも何を言っているのか分かっていないのだろう。そんな彼女に、笑ってはいけないのだろうけれど、ついつい頬が緩んでしまう。

 

「……まぁ、もちろん嘘だけど」

「ふぇ!? もう、な、何なのよ、それ!」

 

 怒りながら混乱しているという、普段のクールな彼女からは到底想像できないような姿に、妙に嗜虐心がそそられる。何というか、いじめたくなるというか、ちょっと意地悪したくなるような、そんな雰囲気を彼女は持っているような気がする。

 

「ごめんごめん」

「はぁ。もういいわ……」

 

 真姫は怒るのにも疲れた、そんな感じで大きくため息をついた。

 

「もういいついでに、答えの方も教えてくれると助かるんだけど……」

「答え?」

「だからほら、言わなきゃいけないとか何とか言ってた事の正解を」

「あっ」

 

 ようやく砕けた真姫の表情が、俺の言葉を聞いて思い出したかのように再びブスリと不機嫌だった時のそれに戻ってしまった。きっと彼女自身も言い出し辛いことなのだろう、迷った様に視線を泳がせてからやっとその口を開いた。

 

「昨日までみんなで合宿に行ってたじゃない?」

「うん」

「それで、寝る前に布団に入っていろんな話をしたの」

「うん」

 

 真姫の話を聞いて小学生の修学旅行のことを思い出した。ああいう場の空気って独特のもので、何故だか妙にテンションが上がったりなんかして、普段は話さないようなことまでペラペラと話していたような覚えがある。それこそ好きな女の子の話だとか、そんなことまで話してしまうような雰囲気がそこにはあった。

 

「そこで聞いたの」

「うん」

「その、ほ、他のメンバー全員とあなたが幼馴染だって」

「うん。……うん? 言ってなかったっけ?」

「聞いてないわよ!」

 

 今までの距離を感じるような態度は何処へやら。真姫は今まで身体を斜めにして、視線を反らすようにして話してきていたというのに、その言葉を聞いくやいなや、食って掛からんとばかりに身を乗り出してくる。

 

「ごめんなさい」

「……とりあえず謝っとけば済むと思ってるでしょ?」

 

 はい。

 確かに真姫に伝えていなかったのは事実かもしれないが、かといってその事で何か弊害があるかというとそんなこともないだろう。仮にこの事で真姫に恥をかかせてしまったとしたら申し訳ないとも思うが、イマイチそんなシチュエーションも考え付かない。

 

「というか、ホントに言ってなかったけ?」

「聞・い・て・ま・せ・ん」

「ちなみに他のみんなは?」

「全員知ってたわ」

 

 なるほど。仲間はずれにされたとか、疎外感を感じたとかそんな感覚だろうか。回りのみんなは知っているのに自分だけは知らなかった。確かにそ気持ちのいいもんではないだろう。

 

「ごめん」

「だからっ……」

「いや。意図的ではないにしろ、不快な気分にさせたなら悪かったなと思ってさ」

「……」

「でもほら、あの中じゃ真姫が一番付き合い長いわけだからさ。だから他のヤツが知らないような俺のことも知ってるんだから、真姫の勝ちじゃん、みたいな?」

 

 自分で言っていても意味が分からない。支離滅裂、意味不明。

 そもそも君は俺のことをよく知ってるよ、なんて相手に言われて喜ぶ人間なんてそうそういないだろう。それこそ恋人同士でもあれば多少話は違ってくるのだろうけど、生憎そんな色っぽい関係でもないわけで。それでもそんな、何とか取り繕おうとしてさらに自爆する典型例みたいなことをしている俺を見て、真姫はクスリと笑った。

 

「……何それ? 意味わかんない」

「言ってる本人もよく分かってないしな」

「大体、自分は昔のことなんてよく覚えてないくせに」

 

 真姫はそう言ってジトッとした目線でこちらを見る。まぁ、確かに当時のことをあまり覚えていない人間の言えた台詞ではないかもしれない。

 ただそれでも、先程までの雰囲気が嘘のように、いつもの彼女がそこには戻っていた。

 




うちの真姫ちゃんいつも怒ってる気がする……

シリーズの設定を考えてた時から書こうと思っていたお話
その割りにいざ書いてみると、上手く伝えきれてないこの感じ
ちょっと前の海未ちゃんの話のときみたいに、真姫ちゃん視点も書くかも?
ただ読み手側からすると、視点を変えただけの同じ話を読んで楽しいのかという問題があるわけで
書いてる方は楽しいんですけどね……

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