俺には幼馴染がいる。
これだけだったら、何の変哲もないごくごくありふれたことだろう。
ただ、それが九人いるとなると話は少し変わってくる。人の多いこの大都会東京で、小学生やそれ以前の知り合いと同じ高校に通っている。無論、一貫校というわけでもない。流石にこの事を聞くと、大抵の人間は珍しがった。
それに加えて全員が女子と聞くと、あからさまに男子共の反応が変わってくる。大抵は嫉ましいだとか言われるのだが、当人からしてみればそんなに大層なものでもなかった。
特段、不満を感じたことはないけれど、幼馴染なんてものは意外としがらみが多いのだ。それが九人ともなると最早がんじがらめである。はっきり言って面倒臭いことも少なくない。
今だってそうだ。俺が彼女らと幼馴染じゃなかったら、きっとこんな話にはなっていなかったんじゃないだろうか。
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「あ、航太君ちょっと待って!」
今日の授業が全て終わり、帰り支度をまとめる。そして、いざ帰宅だと自分の席を立ちあがった。まさにそんなタイミングを見計らったように、俺は三人の少女たちに呼び止められた。
「私たちに協力して! お願い!」
「協力?」
そのうちの一人である高坂穂乃果は、俺の問いかけに表情を崩さずにコクリと頷いた。
幼馴染の今までに見たことの無いような真剣な表情から、事の深刻さを察して俺は再び椅子に腰を下ろした。
「で、何の相談なんだ?」
「あのね。私たちスクールアイドル始めようと思うんだ!」
「……は?」
穂乃果は堂々とそう宣言する。
言わんとすること自体は俺にだって分かる。スクールアイドルがどんな物かぐらいも、最近ブームになっているし、よく知っている。
ただ、俺の頭の回転で処理するには、あまりに脈絡がなさすぎて少し困難だった。
穂乃果の言動には長い付き合いから慣れているつもりではいたが、それを超えるほどに予想の範囲外の発言だった。
「穂乃果ちゃん。コウちゃん混乱してるよ」
「当然です。いつも唐突過ぎるんですよ穂乃果は」
穂乃果の隣に立っていた園田海未はやれやれといった感じで大きなため息をつく。そんな様子を同じく隣にいた南ことりは苦笑いを浮かべながら眺めていた。
「それで、そのスクールアイドルがどうしたって?」
「だからね、私たちがアイドルになるのに協力をして欲しいの!」
「……」
堂々巡り。はっきり言って、穂乃果の話からは全く要領がつかめずに、助けを求めるように海未の方へと視線を送る。その意図を汲んでくれたのであろう、海未は再び深くため息をついてから口を開いた。
「……航太はこの学校が廃校になるかもしれないということは覚えていますね?」
「まぁな。アレだけの大騒ぎになったし」
俺たちが通っているこの音ノ木坂学園は、現在では統廃合の対象になってしまっている。
なにぶん生徒の減少が著しいのだ。それも年々加速している。今年の一年生にいたっては一クラスしかない程だった。
「仮に入学希望者が募集人数を下回るようなことがあれば、音ノ木坂はこのまま廃校になってしまうでしょう。でも、もしも」
「入学希望者を増やすことが出来れば、そうならずに済むかもしれないと」
「ええ」
海未の補足を受けてようやく理解が追いついた。
ようは明け透けに言ってしまえば、最近流行のスクールアイドルの人気にあやかろうということなのだろう。穂乃果たち自身がスクールアイドルになって、そして上手く行ってそれが人気が出れば生徒は自然と集まってくる。
それが穂乃果たちの描いた青写真らしい。
「私たちががんばってアイドルやれば、入学希望者もいっぱい集まるかもしれないんだよ」
キラキラと目を輝かせ、身を乗り出しながら穂乃果は語る。
確かに最近のスクールアイドルのブームはすごいものだし、仮に一過性のものだとしても、実際、人気のアイドルがいる学校では入学希望者も増えている傾向にあるらしい。
「だから、ね、お願い! 協力して!」
「……おことわりします」
「えぇー。何で!? 航太君、音ノ木坂のこと好きじゃないの!?」
穂乃果は机越しからさらにグッと身を乗り出して距離をつめてくる。
少子化だとか問題は沢山在るし、時代の流れと言ってしまえばそれまでなのかもしれない。そんな考えを抱いていない訳ではない。
しかし仮にも自分の母校だ、多少なりとも愛着はある。それにいくら卒業までは存続するとはいっても、それが無くなってしまうと言うのは、当然寂しさも感じている。
とはいえ、はい、じゃあやります、と安請け合いできるほど単純な話でもないだろう。
「そりゃ俺だって廃校になってほしくはないけどさ。俺にどうしろって言うのさ。歌も踊りも完全に専門外だぞ」
「そこまでしてくれとは言いません。ただ、私たちのサポートをして頂きたいのです」
「サポートねぇ……」
「例えどんなに下手であっても、歌もダンスも私たちが時間を割いて練習することは出来ます。ただ、それ以外の事となると、私たちだけではどうしても手が回らないのです」
「というか、それ以前に部としての人数が足りてないんだよ。この間、部活の申請に行ったら五人いないとダメだって言われちゃって」
……ただの人数合わせじゃないのかそれは。
「それにね、生徒会長さんもあんまり良い印象持ってないみたいで。生徒会に所属してるし、コウちゃんだったら上手くいくかなって」
サポート云々は兎も角として、ただの書記に生徒会長をどうにかするなんて、あまり過剰な期待を持たれても困るわけで。
同じ生徒会とはいっても、俺が何か言った所であの人が素直に聞き入れてくれるかというのは甚だ疑問なところである。
「というか、海未もそうだけど。そうすると、生徒会と両立させなきゃいけなくなるんだけど」
「それは問題ありません」
海未ははっきりとした口調で言い切った。
「少なくとも私は部活と両立させてみせます。それに当然、航太に負担が掛かり過ぎる様なことはしないつもりです」
再び力強い口調で海未は言う。その口ぶりには確かな説得力があった。昔からストイックな彼女のことだ、間違いなくその言葉通り両立させるだろう。
ただ、そもそもの問題として、海未の性格を考えると、アイドルをやると言い出すこと自体どうにもしっくりこない。おそらく、彼女自身ですらそう思っているはずだ。
「な、何です!?」
こちらの視線に気が付いたのか海未は身体を強張らせる。
「いや、二人はともかく、海未までアイドルやるなんて言いだすなんてなって」
「そ、それは! ……その、穂乃果は一度言い出したら聞きませんから。それで……」
「大丈夫だよ。海未ちゃんすっごい可愛いから」
「そういう問題じゃありません!」
海未は顔を赤らめると、ぷいっとそっぽを向いてしまう。その仕草は確かにアイドル顔負けな程可愛らしいものだった。
とはいえ、こんな風に昔から恥ずかしがりやで、人前に出るのが苦手な性格だ。やはり俺の中のイメージでは、園田海未という少女はアイドルという物からは程遠い存在のような気がした。
だから、やはり俺にとっては彼女の決定には疑問符が付いていた。
「本気でやるつもり?」
「……はい」
別に彼女の意志を試すなんてつもりはなかったけれど。それでも海未は俺の問いかけに対し、視線を戻して静かにそう答えた。
そのまっすぐな瞳が何よりも彼女の決意を強く表していた。
「当然、私たちもだよ航太君! ね、ことりちゃん」
「うん!」
同じよう穂乃果とことりのふたりも、強い視線をこちらへと向けてくる。
そんな穂乃果たちの眼差しに、ふと懐かしさに近いようなものを感じた。そしてそれが何なのかと考えるうちに、海未の行動にも漸く合点がいった。
考えてみれば、これが当たり前の光景だった。最近でこそお互い成長して、一緒に居ることも少なくはなってきたけれど。幼い頃はそれこそ毎日のように一緒に遊びまわっている関係だった。
そんな時、予想外な行動に出るのは決まって穂乃果で。そんな彼女に不満は言えども、結局最後にはみんな付いていった。俺も海未も、ことりも。きっとその先に楽しい何かが待っていると知っていたから。
ある意味、そんな穂乃果の好奇心や、時には無鉄砲といえるようなその行動力も。アイドルにとって一番大切なものなのかもしれない。
もしそうだとしたら、穂乃果がこんなことを言い出すのは当然のことで。それに海未とことりがついていくのも、それもまた必然なのかもしれない。
「……相変わらずふたりは穂乃果に甘いよなぁ」
そう言って俺は大きく息を吐いた。
「えぇ~、そんなことないよー。海未ちゃんなんかこの間も……」
否定をするのは穂乃果ばかり。隣に立っている海未もことりも、ただ苦笑いを浮かべていた。
その表情が如実に三人の関係を物語っていた。ただそれと同時に、自分も同類な癖に、そう聞えたような気がして、思わず彼女たちと同じように笑みが浮かんだ。
「……分かった。手伝うよ、アイドル活動」
「ホント!? やったー! ありがとう航太君!」
穂乃果は俺の手を掴みブンブンと振って、その喜びを表現する。
そんな穂乃果の顔に浮かんでいる笑顔を見て、やはり俺はどこか懐かしいものを感じていた。
ラブライブ好き+幼馴染キャラ好き=これ
完全に妄想の産物です
それにしても、なんとも当たり障りのない導入……
次からはもうちょっと頑張れたらいいなぁ……