ヒウンシティに到着した一行。
「し、死ぬかと思った……」
「あの程度で? ベル、少し鈍ったんじゃないかしら?」
「トウコのやってたことにあたしの心臓が死ぬかと思ったんだよおっ!!」
「……別に普通じゃない? ホルスに無理言わないで。背中にベル乗っけたら私は足しかないじゃない」
「そういう問題じゃないよ!?」
入口のゲート付近に着地した二人+ホルスは、主にトウコが数メートル上から足から手を離して、上のベルの悲鳴を聞きながら華麗に着地、ホルスが迷惑そうにしつつ、ゆっくりと下降してベルも降りたのだった。
「トウコ……あんな心臓破りなことしないで、ね?」
「私には普通なんだけど……」
べそかきながら、ベルがやめてやめてと言うので渋々、危険行為は自粛することにした。
「はぁ……行く前から疲れた……」
「悪かったわよ、もうしないから……」
ベルは確かに妙に疲れた声で、トウコと街の入口で別れる。
彼女は彼女でやることがあるので、夜まで時間がないらしい。それまでの自由行動だという。
念の為、「また勝手に何処かに行ったら……。恨んで恨んで恨み尽くすからね?」と怖い笑顔で完全に主導権を握ったベルに脅され、トウコは逆らう気力を根刮ぎ奪われた。
元々、もうベルには反抗する気なんてないけれど。
機械のように頷いて、じゃあ行ってくるねと見たかった懐かしい笑顔を浮かべて、彼女は手を振ってパタパタ走っていった。人ごみの中に紛れていくまで、トウコも手を振って見送った。
「……はぁ……」
深いため息をつきつつ、彼女も適当に時間を過ごすことにした。
そんなトウコの肩を叩き、後ろから気さくな声が呼ぶ。
「お疲れさん。幼馴染兼研究者の助手の相手ってのは、結構大変なもんだなぁ」
「……あんたはいつから隠れていたのよ?」
「ホルスが降りたあたりだが?」
「……いつのまに……」
子供トウコの姿に化けたアークが、頭の後ろで手を組んで朗らかに笑っていた。
何時の間にかボールから出て、暇潰しに付き合ってくれるらしい。
二人の意識の外で事を勧めている辺り、さすがは狐といったところか。
「しかし、あのベルって奴ぁ悪い奴じゃなさそうだが……研究者って面してやがるな。俺達はああいうやつ、苦手だぜ」
「でしょうね」
二人は人混みに紛れて歩き出す。
ベルはアークのことを知らない。一度も姿を見せていないし、話してもいないから。
理由は簡単だった。
「あんたもココロも、研究者嫌いだしね。私もそのへんは気を遣ってるつもりよ」
「気遣いあんがとよ。だが、あの嬢ちゃんは見た感じ、悪い感じがしねえってさっきも言っただろ? だから嫌うっていうか、苦手なんだよ」
「へぇ……。苦手程度で済んでいるのは、あの子の人徳?」
「そんなもんだ。悪意はねえ。変な好奇心もねえ。言い方は悪いが、研究者向きじゃねえなありゃ」
「……本当に言いたい放題ね」
「これでも好評価だがな?」
アークもココロも、まだ研究者の中では希少なポケモンとして研究対象になっている。
しつこく過去に追い回された経験があり、ああ言った人間は二匹は毛嫌いしていた。
アークはその高度な変身能力、ココロは姿を消すことができる能力とテレパシー関係で、まだ未解明な部分がある。
人間は、未解明を嫌がってどんなものでも理屈付けしたい生物だ。
故に、彼らは追い回されて居場所を奪われた。
人間の、エゴのせいで。
「ココロはまだあのベルって奴に対して警戒心を解いていねえが、俺はある程度認めてんだぜ? 分野が違うからかもしれねえが、少なくても争うような真似はしなくてよさそうだ、今んとこは」
「……いまんところは、ね」
「いざとなりゃ、こっちも襲うけどさ」
「ベルにはあんまり手を出さないでね。あの子、良い子だから」
「俺は出すつもりはねえけど、他の連中はまだ嫌ってるぞ」
ホルスは背中に乗っけている間、不機嫌だったのはそのせいのようだ。
確かに、トウコの手持ちはみな訳あり、人間に嫌気が差している子が殆どだ。
ホルス然り、アーク然り、ココロ然り、シア然り。ディーはそんな甘いものではなく、人を憎んでいる節があるし、ギガスはまあ……あのマイペースな奴なので、気にしていないだろう。
「兎に角、適当に時間潰そうぜ」
「そうね……」
二人は、仲の良い姉妹のように雑談しながら、ヒウンの街の中を歩いていく。
この時の行動が、後に大きな転換になるとは、まだトウコは知らない。
街中にいると、彼女は歩きながら、喧騒に混じっていた不穏な単語を感じて、足を止めた。
隣にいた、アークもまた足を止めて、名物ヒウンアイスを食べながら、周囲を見回す。
「……アーク、今の聞こえた?」
低い声で、トウコは問う。
その目付きは、今までにないほど尖っており、ダダ漏れの殺気に彼女の近くを通りかかる通行人が変な顔で彼女を見る。
「ああ、聞こえた。『ヒウンの何処かににプラズマ団が潜伏してるらしい』だってな」
アイスのコーンを齧って飲み込んで、食べ終えたアークは苦い顔でそう言う。
「……」
どこか、トウコは逡巡しているような気がして、アークは釘を指す。
「トウコ、やめときな。お前奴らを関わって、人生を歪められたんだろ? なら、もう関わるな」
気遣っての発言に、トウコは更に迷う。今、ここが大きな分岐点であることは自覚できた。
道の真ん中から、アークに手引きされて端っこに移動し、もう一度やめておけと言われる。
しかし、トウコは反論した。
「…………。だけど、『忘れ物』には奴らが大きく関係しているわ」
「それは知ってる。だが、お前にとってはまた傷をえぐり出す羽目になるぞ。いいのか?」
「……………………」
えぐり出す傷。思い出したくもない思い出とすら呼べない負の遺産。
そんなことをして、記憶が飛ぶようなストレスをうけて、なおそれでもやらなければいけないこと。
「俺達はお前に付き合う。そこがたとえ地獄の底だろうが、天国の果てだろうが、あの世の川だろうが。お前が決めたんなら文句は言わねえ。だが、助言程度はさせてもらうぞ。奴らに下手に関わるべきじゃねえ。お前は余計に苦しむだけだ」
「アーク……」
アークは腕を組んで、渋い顔でそう言った。
そう言われると、確かに関われば二年前のあの事を思い出して、余計に苦しむだけ。
それは辛いことだ。だけど、『忘れ物』を清算する上では、プラズマ団は避けては通れない存在。
……そのことは、彼も知っている。故に、だが、と続けた。
「お前が今度も、逃げ出さずに最後まで貫く覚悟があんなら、俺たちは手伝う。俺達は前の連中とは違う。最終決戦でいきなりお前を責めたりしないし、死ぬような命令をされても文句はない。元より、俺達はお前に拾われなければあの場で死んでいるか孤独に晒されれていたような連中だしな。俺達のことは、気にするな。が、覚悟しておけよ。関わった以上、ポケモンを言い訳にして、逃げるんじゃねえぞ。逃げ出すことができなくなるんだ。奴らとの因縁を絶つのも、お前の『忘れ物』の一端だって言うなら、それぐらい腹を決めておけ」
「……アーク……」
アークは真面目な顔でトウコを見上げ、幼い当時の面影をしたアークの姿。
二年前の再来。また、同じようなことが起きるかもしれない。
そんな予感があった。あいつらは、そういう集団だ。
「最後に聞くぞ、トウコ。俺達の主さんよ。お前は、どうしたいんだ?」
真っ直ぐ見上げた二年前の姿の自分自身、過去に問われた
――お前は、どうしたい?
二年前は、多くの人間に無意識のうちにいいように使われて、何時の間にか彼らの理想とするようなただの英雄としての人形が出来上がっていた。
それが原因で、そんな中身のない英雄が嫌で逃げ出した過去。
本当は彼が勝つべきだった青年に勝利してしまったあの時、誠の真実を見ていれば空っぽの理想なんて振り回さなくてよかったのに。
白い龍とまた戦うことがあるのだろうか。
いや、ない。
今の彼は所在不明だが、多分自分の答えを見つけているだろう。
トウコとは違って、しっかり真実を見えているから。
理想が空っぽのまま、逃げ出した彼女と違って。
現在はどうだ? 空っぽの理想、空虚な夢物語。
そんなモノを胸に抱いてまた戦うのか?
また、誰かの理想実現のための
……違う。
今度は、
自分が、プラズマ団と決別したいから、もう一度奴らを潰す。
今度こそ、完膚なきまでに再起不能にして、全員ムショにぶち込んでやる。
いや、最悪この手で殺してやる。もしも、あの外道が生きているとしたなら。
もう、生かす価値もないようなクズだ。死んだって、誰も悲しまない、あんな男なんて。
二年前、しっかり仕留めておけばよかった。それも「忘れ物」の一つだったことを、忘れていた。
だから、もしもまたしゃしゃり出てきたら、今度は再建できないようにこの手で殺してやる。
二年前に、中途半端に潰すなんてマネをしたから、二年経った今でも奴らは活動し続けていたんだ。
表向きには解散しているようだが、それは偽りだ。
Nと戦って、あの男を倒して終わりだと思っていた。でも違った。
あの話を聞く限り、そして自力で調べた限りではまだ奴らは組織として「生きている」。
無名の人形に潰される程度の弱小組織の分際で、しぶといゴキブリのように水面下でまたしつこくねちっこく生きていやがった。
ポケモンを人から解放する、なんて大義名分を掲げておきながらやりたかったことはただのイッシュの力による征服だった。
馬鹿らしい。宗教団体のようなことをしておいて、実際は単なるテロリストに過ぎなかったのだ。
テロリストは、世界の敵だ。もう、誰の必要とされていない暴力が好きな、クズの集団だ。
存在理由もないし、人様に迷惑しかかけないような集団は、ぶっ潰して頭を仕留めるのが一番だ。
そして過去との繋がりを、絶つ。忘れ物を回収して、それで終わり。
「……アーク。私、プラズマ団をこの手で潰したいわ。今度こそ、完全に、全部、根刮ぎ、再起不能にしたい。解散なんて生温いことじゃなくて、絶滅させたい。私のこの手で、私の意思で」
大きく息を吸って、吐いて、彼女は自分の意思で言った。
これが、彼女の意思。彼女の気持ち。彼女の本音。彼女の、理想。
「そうか。なら、俺達はお前の言うとおりに戦うだけだ」
アークはにやっと歯を見せて笑うと、サムズアップした。
「どうやら、あいつらはこの街でどっかに隠れているようだが、俺は地下アジト的な場所にいると思うんだよ」
「……地下アジト? また?」
「またとはなんだ。前科あんだろ? 城と同じような感覚で、どっかに潜んでやがると思うわけ」
「たとえば?」
「バーカ。大都市の地下と言えば、あれしかねえだろう? いや、街ならどこでもあるだろうけどよ」
と、見当がついているらしいアークは、再び腕を組んで、いたずらを思いついたような顔でトウコに言った。
「たとえば……この街の下水処理施設とかな」