「……」
嘘だろう、と目を疑った。
午後三時。そこまで皆でお昼寝をしていたトウコが向かい目にしたものは。
「どうっ!? これが私達の実力よっ!」
――アヤカだった。やはり、勝ち上がってきていた。
ドヤ顔で勝ち誇る。
フリーバトルのフィールドの真ん中で。
彼女の相棒なのだろう、アブソルと共に堂々とトウコに挑戦してきた。
「……そうね。約束したとおり、戦いましょう」
トウコは認めた。彼女は今までの人間とは違う。
あの相棒は、メガシンカしていた。
肥大化した角、純白の体毛は翼を広げたかのごとく。
美しい進化を遂げていた。
メガアブソル。トウコの見たことのないメガシンカ。
(あのメガシンカ……。私は知らない)
アブソルをそもそもあまり知らない。
ホウエンのポケモンであるが、あまり良いイメージがないとかで使っている人は少なかった。
対策などはない。ぶっつけ本番でやる。
トウコは王者として、彼女の戦いを受けた。
『……ディー、わたしが戦ってもいいかな?』
『あ? お前、出るのか?』
『うん。試したいからさ、わたしのチカラ。これがメガシンカと呼べるものなのかもわたしには分かんない。でも……一度、使っておかないと。肝心なときに暴走とかしたんじゃ、困る』
『……まぁ、いいけどよ』
ココロがディーと変わるといった。
メガシンカ。ココロにもそれは起きる。
あの石とこころのしずくが融合して出来た二つの新たな石。
それが引き起こす現象。でもこんなのは世界的にも稀だとベルから聞いた。
ラティアスが本当にメガシンカというものを出来るのかどうかを、一度バトルで試そう。
「お望み通り、伝説を超えた力を見せてあげるわ。でも、どうなっても知らないからね。死んでしまわないように、あんたも気を付けて」
力の加減なんてできるかどうかも分からない。
人混みが、アヤカとトウコの間に広がる。
トウコが歩き出すと、自然と道ができた。
恰もモーゼの十戒。人混みが、トウコに道を示す。
その先に待つ
「挑戦を受けてくれてありがとう。全力で挑ませてもらうわ」
「そう。そのまえに、連戦で傷ついたその子の治療しといて。ほら、これで」
トウコがバックからすごいきず薬を取り出して手渡す。
「敵に塩を送る訳じゃない。全力で来るなら、全力を出せるコンディションにしておいて」
真っ向から叩き潰すなら、公平でない意味がない。
それこそ、こちらだって試すのだから。このチカラを。
「気遣いありがとう。遠慮なく使わせてもらうわよ」
アヤカはそうやって、アブソルを治療する。
審判も到着した。それぞれ、対峙する。
ギャラリーが見守る中、シングルの交代なしの一体だけのバトルになった。
「私は当然、アブソルで行くわ!」
アヤカの前に飛び出るアブソル。首から下げたペンダント。
メガシンカで挑まれる。シアで相手したときは異なる。
トウコも、本気で捩じ伏せる。
「じゃあ見せてあげるわアヤカ。私の――黒の英雄の実力の一端をね!」
宣言し、ボールを放る。
開き、飛び出すポケモン。
「ひゅあああああっ!!」
ホウエンに伝わりし、心繋ぐ紅いドラゴンが雄叫びを上げた。
トウコの傍に浮かんで、頭を撫でられ、首からネックレスを下げられた。
擽った異様に目を細めているラティアス。
「ラティアス……!? あの人、そんなポケモンをメガシンカさせるの……ッ!?」
アヤカはラティアスを知っていた。
ホウエンの御伽噺に出てくる、どこかの都の守り神。
それが、眼前にいる。鳥肌が立った。アブソルが見るからに怯えていた。
見たことのないポケモン。感じたことのない
愛くるしいハズの見た目が、酷く恐ろしく見える。
「あんたが挑んできたのは、私とこの子なのよね。名指しで指名したんだもの。覚悟は……出来ているからきた。私はそう受け取った」
トウコもアヤカのピアスと同じものを首から下げている。
同じデザインのネックレス。嬉しそうに、ラティアスは彼女に寄り添う。
「私が手加減しないわよ。どうなるかは、その目で確かめなさい」
怖い。トレーナー相手が怖いと思ったのはいつ以来か。
アヤカはこれが王者の風格なのだと知る。
圧倒的強者として、今の目の前にいる女。
それが、相手だ。
「――ッ! 行くわよアブソルッ! メガシンカ!」
ピアスの石に指先で触れる。アブソルが吠える。
彼女達の絆が光となって可視化される。
初手から全力を出さないと、呆気なく倒される。
挑んだ無謀さを既に感じてはいた。
何もしてないのに、気圧される経験の差。
あの人は、本物だ。今まで戦ったことのない、次元の違うステージにいる。
だから、今はっ!! 全力で勝ちに行くっ!!
身体が虹色に包まれるその光景をココロとトウコは黙ってみていた。
『プレッシャーが一段階増したね、お姉ちゃん』
(ええ。タイプはあくよ、大丈夫?)
『平気。わたしはドラゴンの技も得意だから』
(そう。じゃあ、最悪一撃で消し飛ばしてしまっても?)
『加減できないって言ってあるから何とかするよ、相手がね』
現れるアブソルの翼、角、全てが違う。
風を起こして、殺気を纏う。
「如何かしら!? これが私の全力よ!」
気圧されまいと自らを奮い立てるアヤカ。
トウコは冷静に言う。知らないメガシンカ。
でも、対処方法は見つけてみせる。
「じゃあ、先ずはこちらから行くわ。ココロ、やっていいよ」
わざを命令しない。
そんなことをしなくても。ココロとはいつも繋がっている。
彼女の思いを知って、自分で動く。
……命令をしない?
アヤカは正気を疑う。バトルする気があるのか?
だが、実際に動いた。
突然の急加速。
突貫するように滑空、そのままアブソルの眼前に現れた。
「ッ!?」
アブソルは一瞬でバックステップする。
反応が追い付かない。トレーナーも、ポケモンも。
いきなり瞬間移動したかのごとく。
ラティアスは追撃しない。様子を見ている。
『動きは早くなってる。足回りの筋力もさっきと違って強くなってるよ』
(そう。じゃあ当然火力も上がってるわけだ。小手調べ、しましょ)
『うん、分かった』
精神が繋がっているのは他人から見れば分からない。
ちゃんと情報共有して、どうするかを考えた。
呆然として、二人とも眺めているようにしか見えない。
不気味な二人に、アヤカは余裕を削ぎ取られていく。
「くっ……! 迎え撃ってアブソル! メガホー」
ドンッ!
それは一瞬だった。アブソルは吹っ飛ばされた。
ラティアスの放った、はかいこうせんを顔面から直撃。
アヤカを大きく越えて背後のフェンスに派手な音をさせて激突する。
ポケモンバトルはその形式上、言葉で命令することで一種のタイムラグが発生する。
必ず、だ。命令してからポケモンが聞いて、実行までの過程がある。
通常ならばそれは同じステージで行なっているが故にハンデにはならない。
だが……。
「……」
「……」
トウコとラティアスは、それがない。
言葉で言わなくても、精神が常に通じ合う。
どんな相手にでも、一歩先を行ける。
互いの考えがシンクロしているが故に。
言葉、会話というラグが発生しない。
これを出来るのは広い世界でも恐らくごく少数。
おたがいの気持ちを重ね合わせることができるペア以外は不可能だ。
アイコンタクトなどでこれをすれば似たようなこともできる。
していることで有名な某地方のチャンピオンなどが強い理由のひとつに、以心伝心があるからだ。
このペアは、それすらも超越していた。
これが、トウコとココロの本気。
ベルと戦ったときは普通にバトルしていた。
ある意味、本気だった。当時の彼女の本気。
でも今回は、英雄として本気を出す。
リミッターをかけない。手加減もしない。
倒すなら、全部出しきる。
「なにが……起きて……?」
呆然とするアヤカ、ギャラリー、審判。
ついていけない速度。ついていけない、現状。
静まり返るフィールド。初めてここでトウコは口を開いた。
「ココロ、相手大丈夫だよね? 生きてる?」
ラティアスは頷いた。既に大技の反動は消えている。
「アブソルッ!?」
背後で一撃でボロボロにされているアブソルが、のたのたとフィールドに戻る。
今の一撃で、体力の半分以上を奪われている。何という威力だろうか。
「……」
トウコはその様子を眺めている。
はかいこうせんの一撃を堪えた。
あの威力は並大抵のポケモンを一撃で倒すのに。
それを、あのアブソルは立ち上がる気力も体力も残っている。
……強いとしか言いようがない。
『強いね、あの人たち。動けるだけじゃない。ああ見えて、まだ戦えるぐらいの元気あるよ。見た目に騙されないで』
ココロが警告する。成程、メガシンカは伊達じゃない。
実際、それはココロが異様に警戒しているだけ。
アブソルは立っているのが精一杯だった。
(そう。じゃあ、今度はこちらも同じステージへと行きましょう)
『そうしよう、お姉ちゃん』
相手は既にふらふらだ。
アブソルは反撃しようとして、アヤカは反撃を命じてしようとするがフィールドの途中で倒れそうになる。
危うく、戦闘不能判定を貰うところだった。
審判が勝者とトウコに言う前に。
「薬、使って」
トウコはアヤカに言った。
ルール以上、交換は無しだがアイテムの使用はOKだった。
何度でも再現なく使える。
「……?」
アヤカは訝しげにトウコを見る。
彼女は、反動から抜けきったラティアスを携えて、言う。
「今のは様子見よ。それで倒れるあんたたちじゃないみたいだし。薬でもなんでも使って、勝つと決めてここにいるのよね? 薬を使って、もう一度よ。一度くらい大技を受けただけで、ギブアップなんてする気ないと思うけど?」
(今ので様子見ですって!?)
アヤカは愕然とした。様子見の一手ではかいこうせんという大技を放つ。
直撃し、それでも立ち上がるアブソルとまだ戦いたいと、彼女達は言っている。
「審判。まだ決着には早すぎるわ。急がないで」
トウコが進言し、ギャラリーも味方して許可され、アヤカは慌てて薬を散布。
治癒され元気になったアブソルは、フィールドに戻る。
だが、明らかに先ほどとは違う一点がある。
――アブソルの足が、若干震えているのだ。
(アブソルが……怖がっている……。こんなの初めて……)
アヤカは心中、穏やかではなかった。
長年付き添ったアブソルが、ラティアスを恐怖の相手として認識していた。
それでも挑むのは、勝ちたいと思うアヤカ同様の気持ちがあったから。
アブソルが自分を奮い立たせているところをアヤカは初めて見た。
アブソルは出方を警戒している。
ラティアスは、トウコに撫でられながら。
トウコは、撫でながら告げた。
「あんたのアブソルは間違いなく強い。強い相手なら、やっぱり全力で叩き潰すしかないわね」
祈るような動作だった。
両手で優しく、キーストーンを包み込む。
眩い光が溢れ出す。
その光が、同じネックレスと繋がった。
「――この理想を、チカラに変える。私に新しい世界を見せて、キーストーン!」
トウコの言葉に呼応する光。
ラティアスの姿が変わる。
「未来を掴ませて、メガシンカ!」
いや、これは祈りだ。
理想の英雄が、自らの
そして託された想いとチカラが、新たな進化の扉を開く。
――わたしと新しい世界を見よう、お姉ちゃん――
その祈りに応える声が、彼女のそばにいた。
「このわたしだけのチカラで、お姉ちゃんの理想を叶えてみせるよっ!!」
遺伝子の模様が浮かび上がった。
生まれ変わった、ラティアスがいた。
人語を喋る、金色の瞳を持つ紫色のドラゴンが現れる。
「これがわたしの絆の証」
「これが私の理想の形」
トウコと共に、未来を創る第二のドラゴン。
その名は……。
「これがわたしの、メガシンカっ!」
――メガラティアス。