「巫山戯るなよ、あんたらッ!!」
その怒鳴り声を聞いたのは、トウコがNを連れて、応接間と書かれたプレートが下げられている部屋の前まで来たとき。
声の主は恐らくヒュウ。
思い出せば先程から妙に不機嫌だった。
原因は大凡、トウコの言動だ。
「……彼は?」
「私の連れ。ただの被害者よ、多分ね。あんたも気をつけること。下手すると殴られるわよ」
「……」
道中、互い情報を確認し合う。
N曰く、逃げてきた道は覚えているから追えばまだいるかもしれない。
酷く損傷したフリゲートだが、一ヶ月で再生するかと言えばするだろう。
奴らの切り札なのだから当然と見ていい。
その中で見た、ポケモン達の改造処置。
何かの機械をつけて、レシラム達を強引に言うことを聞かせていた光景。
何もできずに、協力者に促されるまま、必死に逃げたこと。
それを伝える。トウコは、今までのことを全部説明した。
Nは、掻い摘んだ結果を聞いて険しい表情になった。
自分がやってしまったことが、悪い方向に加速させてしまっている現状。
まさに失態だ。
連中に餌を与えてしまったに等しい自滅が、拍車をかける。
「あんたは出来ることをやってくれた。だから悲観的になっても意味ないわ」
「……それでも……僕は……」
「後悔してる暇あるなら前みなさい。するなら全部終わって余裕が出来てから」
トウコは室内にはいろうとせず、壁に寄りかかって腕を組み、Nを見る。
「結果が伴わないなんてよくあるじゃない。あんたは怪我人を出さない代わりに負けた。そんでもって、レシラムとリーフたちを奪われた。ここから導き出される答えは、恐らく奪われた「いでんしのくさび」によるキュレムとレシラムの合体なのか融合なのかはわからないけど、それによる新しい
冷静な分析。ゼクロムが与えた知識、戦った過去の経験。
Nもそれには首肯する。その通りになるだろう。
「N、ぶっちゃけると、私達は不利よ。相手は空飛ぶ駆逐艦。人殺しの道具に加えて、伝説のポケモン二体を主力とする圧倒的な戦力。正直、勝ち目は薄いわね」
あっさりと、自分たちの勝率は低いとトウコは認める。
その割には、肩を竦める程度の動作だったが。
勝算はあるのか、Nは聞いた。
「あるわよ? 二年前とは違うもの。相手が強くなった分、私も強くなってる。キュレムとレシラムを最大戦力としているけど、彼らはポケモンよ。人の意思で完全に操ることなどできない。況してや、伝説と言われている彼らだもの。そこが弱点でもある」
トウコは推理する。それは、Nが実際に見たあの悪夢の中に答えがあった。
「機械よ。伝説と言われる強大な力を使役するには、それだけ出力の高い機械を使わなければいけない。それも、常時……ね。そのエネルギーはどこから出ていると思う?」
嘘だろう、とNは思った。本気なのかと疑った。
だが、トウコはそれを未遂で一度行なっていたと噂で聞いている。
「まさか……トウコ、君は……」
「人間は知恵が高いけれど、力は弱い。本人じゃあ、言うことを聞かせることは絶対無理。ならどうするか? 外部から従わせればいいのよ。そしてそれが最大の弱点。本体ね。弱点。エネルギーの発生源は多分船そのもの。だったら私……船、堕とすわ」
「本気なのかトウコっ!?」
彼女は言う。
艦さえ落とせば、連中はもう烏合の衆だ。
科学に頼りきりの特化型は、その分野さえ失えばどうということはない。
そしてその一点突破を可能にする仲間が、彼女にはいる。
「ええ、フリゲートをまっ先に狙ってぶっ壊す、私が。それが出来るのは私だけだもの。なに、中に入って派手なことするつもりはないわ。上から派手に衝撃を加えて墜落させるのよ。……出来れば、周りには被害出さないようにしたいけど」
彼女の狙いは、それだった。
ポケモンを不必要に傷つけず、尚且つ一番ダメージのありそうな戦術。
フリゲートの破壊。それを可能にするのは。
『もしや……これこそ、正真正銘、レジギガスの出番っ!?』
(えぇ、そうよ。ギガス、ぶち壊し担当はあんた)
『出番キターーーーーーーッ!』
そう、ギガスである。
嬉しさのあまり、キャラ崩壊起こしていた。
キュレムの氷を破壊できる唯一の対抗策。
フルパワーならば、フリゲートの破壊だって難なくできる異次元のポケモン。
彼が出たとき、大活躍か大災害しか起きないので、今回は大活躍してもらおう。
『混戦になったら俺の出番ってか?』
(そうよ。悪党だもの、全力でぶちのめしていいわ)
ディーは対人に強いし、残った手練たちと戦うから間違いなく必要だ。
皆、それぞれに役割がある。
シアとホルスは攻撃を受けた時の反撃役。
ココロはフリゲートまで行くための移動手段。
そして、切り札はアークの存在。
一緒にいた彼だから任せられる大役がある。
その高度な変身能力を頼りにすることだろう。
『ぬっ……? トウコ、我は?』
(ゼクロムは適当に唸って威圧してればいいのよ。相手氷タイプなのよ? 倒れられたら色々な意味で困るの。前みたいなことになって暴れたらいい迷惑。旗印でいいのよ)
『旗印とな……。我をそんな扱いをした奴はお前が初めてだ……』
(大して大差ないでしょうに)
何ということだ。ゼクロムをフラッグ扱いしやがった。
しれっと言うトウコの言うとおり、ゼクロムは旗印。
こいつがいるから、余計な戦いをしないで済む。
むしろこいつはいるだけでいいのだ。普段から仕事してるから。
万が一の保険ということで。
「例の白い巨人……というトモダチかい?」
「そうそう。彼ならタイマンでフリゲート倒せるわよ?」
戦慄するNに告げると、真っ青になった。
過去に戦った彼女は、伝説のポケモンたちの寵愛を受ける加護でもされているのだろうかと真面目に思う。
「方針は決まったわね。私がフリゲートを壊す。以上」
絶望的な状況でも最善を選び出す。
自分が危険になろうとも、出来ることを。
Nのトウコのイメージが、少しずつ変化していった。
頃合を見て部屋に入る。
案の定、激昂したヒュウが元団員相手に癇癪を起こしていた。
罵倒をしながら、トウコに向かってどういうつもりだと突っかかってきた。
彼の中では元であろうがプラズマ団は敵という認識なのだろう。
「トウコさん、あんたはこいつらを信用するっていうのかッ!?」
「したらいけないの? あんたがこの人たちをどう思おうがそれはあんたの自由よ。でも、それで私の邪魔をするようなら、覚悟してもらうわよ」
ぶるり、とその言葉だけでヒュウは鳥肌が立った。
トウコは言えば実行する。
冷たい双眸が、彼を射抜く。
邪魔になればヒュウ程度、躊躇いなく踏み潰して先に向かうだろう。
「……トウコ、言い過ぎだよ」
「ベル、ここでヒュウに騒がれたら折角のチャンスを潰すでしょう。彼は話を聞く気がない。一方的に喚いているようなら、ぶっ潰すだけよ」
「…………ヒュウ、やめなよ。トウコさんを怒らせたら、置いてけぼりにされるよ?」
英雄とは常に大きなものを見ている。
小さな犠牲は、必要なら出す。
トウコの雰囲気はそれだった。
ついてきているだけのヒュウなど、必要経費で倒すだけだというのか。
メイも事情を知っているが、相手が悪いのでヒュウを止める。
「クソォッ!」
地団駄を踏んで、悔しそうに吐き捨てる。
本当は納得していない。こいつらは死ぬほど嫌いだ。
でも……怒りに身を任せて行動すれば、全てを失う。
そのぐらい分かる程度には、彼も大人だった。
「……」
トウコはそれを見ていた。
Nは沈黙していた。彼が、プラズマ団を憎んでいるのはこれでよくわかった。
同時に、自分達はああした人々の憎悪を受けるだけの事をしていたことを再確認する。
ベルはやりきれない目で、遠くを見ていた。
「何が知りたいの」
拳を握るヒュウに、不意にトウコが問うた。
「あァッ!?」
ヒュウは牙を向いてトウコを睨んだ。
場を弁えないその態度にメイが咎めるが、トウコは気にしないと言って、もう一度問う。
「あんたが知りたいことは何? 何かあったんでしょう、それを教えてと言ってるよ。ここにいるロットは元々は幹部クラスの人間よ。大抵のことは知ってる。こいつに聞けばいいでしょう、それだけで先に進むのにあんたは憎しみに呑まれて目先の相手を攻撃して、それで気が済むの? 一過性の冷却剤なんて意味ないでしょうに」
「!」
そうだ。彼女もまた、憎しみに飲み込まれた一人。
そしてあの惨事を引き起こしている。
その場から逃げたヒュウは見た。思い出す、街の様子。
悪者を殺すつもりで制裁する、英雄の姿を。
憎しみに狂い、怒りの炎を宿していたトウコを。
「私みたいになるわよ。怒るのをやめろって言ってんじゃない。ただ、聞きたいことだけ聞いておけって言ってるのよ。冷静になりなさいな。あんたそんなんで目的果たせるの?」
同族であることを認めて、その上で自分のようになって欲しくないトウコの言葉。
彼もまた、被害者であることと同時にトウコのように感情のコントロールがヘタ。
だから、分かっていることを実行できない。
「ロット、いいわね? 聞かれたことに答えて欲しいのだけれど」
「……構わないが……」
先程までヒュウの剣幕に気圧されていたロットに、仲裁したトウコは続ける。
事情を説明して、素直に聴けばいい。今は、悪事をする気のない相手だ。
過去にいつまでも捕らわれているとろくなことがない。トウコのようになるだけだ。
ヒュウに椅子に座らせて、事情を聞く。
すると、思ったとおりの事柄が出てきた。
彼は5年前――つまりはトウコよりも3年前にあたる――に、妹さんのチョロネコを強奪されて、それ以来行方を探しているのだそうだ。
だから、プラズマ団を嫌うのである。
同時に、よくあることだ。在り来りな理由だった。
珍しいことじゃないどころか、プラズマ団はその特性上、それが一番多い。
ベルも一度ポケモンを奪われそうになっていたし、トウコはそれを見ているしか出来なかった。
トウコの尤もな疑問に、ヒュウはほうけた。
「5年も前? じゃあそもそも、チョロネコでいるわけないじゃない」
「……えっ?」
トウコの疑問は、そんな長い間に強奪されていれば、当然の事柄が発生する。
「多分それ進化してるでしょ、レパルダスに」
本当は改造されたりして死んでいるかもしれない、という可能性もあった。
連中はそういうことも躊躇なくする。だが敢えて示唆せず、そう聞いてみる。
だがヒュウはその可能性を気付いておらず、それもそうかと納得していた。
トウコはそれから必要な情報をありったけヒュウから搾り出した。
「ロット、5年前のその月にその場所にいった人間のリスト、書類でまとまってない? 幹部だったあんたにだって報告はされているから、必ず書面で残っているはずでしょ?」
「あ、あぁ……。分離するとき、手元にあった書類は纏めて持ってきているから問題はないだろうが……。ちょっと待っててくれ」
ロットに書類を取りに行ってもらっている間にトウコは説明する。
連中は好き勝手にポケモン泥棒をしているわけじゃない。
誰がどこでなにを奪ったかを、幹部に報告のために、トラブル発生時などに役立てるため書面などを残していた。
一度本拠地を攻めていったときにそれを確認しておいたんだそうだ。
そういった会社的な組織のつながりもあって、こいつらはこうして二年というわずかな期間に見事な復活を遂げることができたのだ。
今はバックの支援してくれるところも検挙されてないので、後がない。
後は潰せばもう復活はしてこないだろうとトウコは見立てている。
因みにハリボテの王様にされていたNには、当然知られされていないので彼は今初めてそれを知った。
自分の足元にあた秘密結社は一種の会社よろしくの組織をしていたのだ。
戻ってきたロットによると、その場所で彼の妹さんから奪ったチョロネコはほかの人の手に渡り、現在は恐らくダークトリニティの誰かが持っている可能性が高いと告げた。
少なくても、二年前までは確実に持っていた。
「だったらあとはそいつらを取っちめて聞けばいいわ。そうでしょ、ヒュウ」
「……あ、あぁ……」
トウコに諭され知りたい情報を教えてもらい、先程の謝罪とお礼を言うヒュウ。
ロットたちも改めて謝罪し、これで一応丸く収まった。
「闇雲に探したって、年月が経過しているから知らない奴が大半。知りたいことがあるなら、ちゃんと考えないとうまくいかないものよね」
自分に言い聞かせるように、トウコは言った。
出されたお茶をすすりながら、ベルも苦笑。
猪突猛進のトウコが言うと、重かった。
「と、トウコさん……。さっきは……その、ごめんなさいッ!」
ヒュウは、トウコにも頭を下げて謝った。
「いいわよ別に。私だって似たようなもんだったし」
涼しい顔で、彼女はそう言った。
ヒュウのことも何時か似ていると感じたトウコ。
強ち、間違いでもなかったようだ。性格とか、彼に似ている。
さて、とトウコは気合を入れ直す。
ここからだ。ここからが重要になる。
Nもいる。ロットもいる。ヒュウ、メイ、ベルだって。
これ以上ないほどの布陣にしたのだ。
もう黙ってやられるだけの彼女達じゃない。
トウコたちの反撃は、ここから始まるのだから。