ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物   作:らむだぜろ

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懺悔の言葉と根本の恐怖

 

 

 

「待ってくれ……トウコ。僕は、君に言わないといけないことがある」

「なにっ!?」

 引き摺られていくN。

 我に帰り、絶対に伝えないといけないことを伝える覚悟が決まった。

 ……これは懺悔だ。この罪を裁けるのは、トウコしかいないのだ。

 ここで秘匿するのは、本当の悪者のすることだ。

 そんなこと、レシラムが聞いたら怒るだろうと思った。

 怒っている彼女が振り返り、若干ビビりながらNは自力で立って、告げた。

 それは……トウコの怒りに冷水をぶっかけた衝撃の事実。

 

 

 

「僕は……。僕は父さんに……。ゲーチスに、君のトモダチを奪われてしまった」

 

 

 ――最初、何を言っているか分からなかった。

 トウコの友達? 誰のことだ?

 ベルはいる。チェレンは療養中。

 後輩二人は無事だ。

 ……友達? ともだち? トモダチ?

 

 

「ジャローダ、ミロカロス、シンボラー、ブースター、チラチーノ。君はそれぞれ、リーフ、ロカ、ガーディア、フレイ、チールと呼んでいたね」

 

 

 続いた彼の言葉に、その該当する彼らのことを思いつく。

 そうだ。Nがトモダチと言うのは……ポケモンのことだ。

 そして、リーフ、ロカ、ガーディア、フレイ、チールとは。

 

 

 

 嘗ての……別れたはずの、トウコの相棒たち(ポケモン)だった。

 

 

 

「僕は旅を始める前に、暫くイッシュに残っていたんだ。心配事がいくつかあったから。その時に、君のトモダチ達に出会った。彼らと共に、僕は二年間を過ごしていたんだ」

 

 

 信じられない言葉だった。

 共にいた。彼らと?

 みんなが……Nに手を貸していた?

『……お姉ちゃん。そいつらって……』

『間違いねえな。聞いてるだろ、裏切ったクソ野郎共だ』

『今回ばかりはディーに賛成だ。裏切り者を気にする必要はないぞ、トウコ』

『トウコ泣かせたの、ゆるさない!』

『レジギガスもまた、来度は賛同する』

『……悲しいのか? トウコ?』

 激しく動揺していた。

 表面は取り繕っているが、ここのところ動揺という感情が無かったトウコの心が、久しぶりに激しく揺れ動く。

 それ程までに、Nの伝えた事が衝撃的だった。

 アークたちは、裏切り者なんてどうでもいい。

 一度見捨てたんだから、今度はこっちから見捨てればいいのだと言う。

 それはそうだ。彼らには彼らのプライドがある。

 皆、ワケありでトウコと旅を同じくしてきた。

 その過程において、裏切りは万死に値する重罪。

 してはいけない禁忌の一つだ。

 それをしておいて、今頃何をしているかと思えば、という感情的な問題。

 口を揃えていう。放っておけばいい。

 それが正しいんだと。

「……リーフ達が……?」

「僕がやってしまったことだ。僕のせいで、君のトモダチは……」

 ゲーチスの手に堕ちた。

 つまり、いいように改造されるか何かで高確率で敵になる。

 また、裏切るというわけだ。アークたちの憎しみを益々増加させた。

「僕のせいだ。僕が、安易に父さん達に戦いを挑むから。そのせいで、トウコのトモダチが……」

 深い後悔の念だった。

 Nは懺悔し、救いを求めるように、罰を求めるようにトウコを見る。

 トウコは暫くほうけていた。だが、やがて我に帰り、言った。

 それは余りにも早すぎる展開だった。

 

 

 

「そう。じゃあ、あの男から全部取り返すまでよ」

 

 

 

 ……なんとこの女。

 嘗ての手持ちが敵となり、争うかもしれないというのに。

 すぐに立ち直っていた。しかも、取り返すという選択肢を持って。

『おいトウコッ!! どういうつもりだっ!?』

 流石の現リーダー、アークが怒る。

 なぜ、救済するのか。

 なぜ、助けようとするのか。

(文句があるんでしょう、みんな)

 トウコは語りかける。

 Nの驚愕の顔を見ながら。

(そうよね。みんな、私が散々苦しんでいるのを知ってるものね。当然だと思うわ)

『ならどうして……?』

 ココロの疑問の声に、トウコは実に単純な答えを出した。

(そんなことしたら、今度こそ私は自分が最低のクズになる。私はとても辛かった。私はとても苦しかった。そうだったわ、ええ)

『じゃあ何で助けるんだよッ!?』

 憤るアーク。だが、トウコはこうアークに逆に聞いた。

 

 

(じゃあ、何で助けちゃいけないの?)

 

 

 余りにも突拍子もない質問。助けてはいけない理由。

 それは、また裏切るかもしれないから。

 トウコはそれを肯定した上でこう言った。

(私は別にリーフ達だから助けるわけじゃないよ。ただ、そういうポケモンがいるなら全部助ける。それだけの話)

『……』

 アーク、暫し思考停止。

 この主は何を言っているんだ。

『……』 

 ココロ、思考停止。

 この姉は何を言っているんだ。

 つまり、何か?

 ポケモンだったら誰だって助けるチャンスがあるなら助けるし、出来る努力は惜しまないと?

 前の相棒たちに対する特別視は、そこにはない。

 平等に、助ける。助けたいから。それだけ。

(何か勘違いしてない? 確かにとても気にはなるし、そうならないように祈っているわよ。でも、彼らだけを優先するなんて言ってないよ? 私は全部出来ることはするわ。その中に彼らも入ってるだけの話。何がおかしいの?)

 ……何時だったか、トウコはとても欲張りになったと言っていた。

 そりゃあ、そうだった。

 この女は、自分にとって意味があるかとかないとか、そんな事もう気にしていない。

 やりたいからする。そうしたいからそうする。優先順位なんて関係ない。

『……トウコ……。滅茶苦茶だろ……』

 そう、滅茶苦茶だ。

 裏切られた。辛かった。その通りだ。

 けど、自分だけの理由で優先していい生命なんてない。

 生命は生命。価値は、トウコにとっては皆同じ。

(私は自分の意思で理想を実現すると決めたわ。そう言っている人間が、裏切られたという理由だけで利用されているポケモンを無視していいの?)

『それは……っ!』

 ココロは反論しようとする。

 トウコの言うことは正論で、でもココロ達は認めなくない。

 今のトウコの傍にいるのは自分たちなのだ。

 支えているのは自分たちなのだ。

 過去の裏切り者なんかに、この場所を渡したくない。

 そういう思いだってある。

『トウコ。分かってやれ。彼らとて、お前のパートナーだという自負がある。お前は、その想いを無下にするのか?』

 この中で唯一、二年前を知るゼクロムが言う。

 トウコはわかってると言った。

(みんなのことを見捨てるわけじゃないし、そもそもリーフ達が戻ってくると決まったわけじゃない。それを決めるのは、あの子達よ。私には、そんなことを言える権利、ないもの)

 トウコは今でも原因は自分にあると思っている。

 だから、戻ってこいなどと言える立場ではないので、何も言わないという。

 ただ、利用されているなら解放したいだけ。

『じゃあお前は、戻ってくると連中が言えば受け入れるのかッ!?』

 アークがムキになって突っかかる。それは彼らとして一番大切なところだ。

 譲れない一線と言ってもいい。返答次第では、タダでは済まさない。

(……どうだろう。多分、戻ってくると言われても、怖いから。Nに任せると思うわ)

 トウコの返答は、否。ここだけは、保身に走った拒否だった。

 彼らのことを本音で言えば、とても怖がっていた。

 自分のやったことを受け入れたけど、トウコが何が悪かったのか。

 それをまだ、よくわかっていない。悪いことをしていたことは確実なのだが。

 少なくても、二年一緒にいたというNの方が、きっと相棒には相応しい。

 彼はトウコと違い、ココロの補助なしでも言葉がわかる。

 うまくやっていくなら、きっとNのほうが……。

 彼女はそう説明する。

 ホッと安堵するアークたち。よかった、と本当に思う。

 そういう意味では、気心知れたアークたちの方を彼女は選択している。

「……トウコ?」

 Nに問われる。

 トウコは了解した、とだけ言った。

 彼を一切責めない。

 颯爽と後ろ髪を揺らして踵を返し、トウコは歩き出す。

「僕を……責めないのか?」

 ついていくNに問われた。

「責めている時間が惜しいわ。それよりも、何とかする手立てを考えなさい」

 そんなことを言われても困る。責めろ、と言われても。

 責めることで……何か変わるのだろうか?

 それよりも、今は先のことを考えないと……。

 そう頭が勝手にシフトしていく。

 こんな時でもNを糾弾できない自分にも、若干の恐怖を感じた。

 私は、感情はあるんだよね? とココロ達に問う。

 多分、他の人なら間違いなく責めるだろう所を、何も言えないトウコ。

『……戸惑ってるの? 自分自身に』

(わからないわ……。あれ、私って……こんな人間だったっけ……?)

 自覚がなかった。

 今のトウコはそれはそれ、人それぞれの考え方があるという思考に変化している。

 英雄としての自覚をしてからというもの、トウコには誰かを責めるということがうまくできなくなった。

 どんな人でも、そういう考え方があるのだと理解してしまう。

 あのゲーチスですら、ああいう奴なのだと諦めに似た境地で終結させている。

 怒りや憎しみはあるはずなのに。でも、その暇すら惜しい。

 その前に出来ること、出来ること、と頭が進んでいく。

(…………)

 英雄になるとは、こういうことだったのだろうか?

 自分も幸せになりたい。自分も笑顔になりたい。

 最低限の欲望はある。だから、無感情というわけではない。

 トウコが、トウコに感じる不気味さ。

 本来だったら、ここだって少しぐらい、優先順位というものを発露してもいいのに。

 トウコは、それをしなかった。それよりも、みんな救うという方法を選んだ。

 兎に角、トウコがそうしたいのだ。そうしたいから、それを目指す。

 良く言えば、ストイック。

 悪く言えば、空っぽになる。

 同じことの、繰り返し。

今度は、理想という現象に呑み込まれて、ゆっくりと何かが消えていく。

(私の人間らしさ(かんじょう)が……少しずつ、削れている……? そんなバカな……。私は私よ。私がそうしたいから……私が……)

 でも今思い立った考えは、考えてみれば見るほど当てはまっていて。

 否定しきれない現実もそこにある。

 ワガママを押し通しているのには自覚がある。

 そのワガママを優先しているから、感情が薄くなっている?

『お姉ちゃん、落ち着いて……っ!』

 ココロが自滅しそうになっているトウコを止める。

 だが、無駄だった。

 一度自覚すればそれは何時までも彼女を苦しめる新しい毒。

 

 

 気付いてはいけない一点。

 彼女は、どんどん英雄にとって相応しい人間となっていた。

 それはいうなれば、最適化。

 余計なものを省き、実現可能な取捨選択を繰り返す。

 その余計なものに、大切なものが混じっているのに。

 

 

 

(違うわ、私はそんなんじゃない。私はちゃんとした人間。感情だってある……。あるわよ……)

 そんなのじゃない、と何度も否定する。

 否定しないと、怖かった。

 

 

 だって、そうだろう?

 

 理想を実現したいから。

 

 ただ、努力しているだけなのに。

 

 その代償に……人間味に欠けていく?

 

 それって……二年前とは違う何かになっていく。

 

 Nに偉そうに御高説しておきながら……また?

 

(……うるさい、迷うな私! 今は、そんなことよりすることがある!)

 トウコは強引に考えをシフトする。また先のこと、先のこと。

 以前と比べてとても強いメンタルをしているだろう。

 迷わない、立ち止まらない、逃げない。

 傍から見れば頼もしい限りではある。

 だが、誰が気付こうものか。

 

 

 

 本物の英雄とは……ヒトをやめねば、たどり着けないこともあると。


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