トウコの説明する、思い当たる場所。
それは、ホドモエにある元プラズマ団が活動する、あの教会だった。
現在、プラズマ団は二つに分裂している。
ロット率いる穏健派は彼らは贖罪のために活動している。
それに対してヴィオ率いる過激派。ゲーチスに賛同し悪事を働いているのはこちらの方だ。
過激派のする事だ。どうせ頃合いを見計らって行動するに違いない。
トウコはそう推測している。あいつらは達成のためなら人だって殺そうとする。
ならばきっと、ロット達にもアクションは起こすだろう。
トウコは夜、眠りながら考える。ロット達は今では被害者だ。
過去の購いをするために糾弾を甘んじている。
確かに自業自得で片付けるのは簡単だ。事実その通りだから。
でもトウコはそれを快く思えない。
それを言うならトウコも同じ過ちをしている。彼女だって間違えた。
彼らは必死に出来ることをしている。なのにそれを過激派によって台無しにされている。
そんなの、あんまりじゃないか。
どれだけ必死になっても、それじゃあ彼らの贖罪の意味が消える。
悲しすぎる。果てのない罪滅ぼしは地獄に等しい。
彼らの行ったことは許されないかもしれない。
だがその厳罰は過剰なものだ。適正とは言いがたい。
でもそれを強いているのが現状で。
変えたい。その現実を変えたい。トウコはそう思う。
『ならば実行するがいい、我の選んだ英雄よ』
黒き龍はそういった。トウコもそのつもりだった。
言われなくても変えて見せる。トウコの理想は、みんなの幸せ。
そこには彼らも含まれる。
だから、行動しよう。目指してみよう、この世界に一つでも笑顔が増えるように。
それが理想の英雄たる、トウコの目指す世界なのだから。
「トウコ、大変だよお!! ホドモエが、ホドモエがあっ!!」
ベルの慌てふためく声に、トウコは寝ぼけた目を擦りながら起き上がる。
テレビには、速報でプラズマ団襲撃再びの文字が。
(思った以上に手を出すのが早い……っ!?)
トウコはテレビを凝視する。そこには襲撃されている知り得た光景が広がっていた。
あの連中、案の定嘗ての仲間にまで手を出していた。
(ああもう、本当に信じられないわねっ!!)
分かりきっていた事だった。あいつらに常識の文字はない。
バタバタするベルをなだめて、トウコはヒュウとメイを叩き起こす。
寝惚けているお子様二名はテレビを見るや、驚いて覚醒する。
「当てがあったんだけど、先を越されたわ」
着替えるトウコはテレビを見ながら告げた。
彼らの事を目障りとでも思ったのだろうか?
容赦ない戦場の様子が生放送で放映されている。
『お姉ちゃん……わたしはオッケーだよ?』
『トウコ……行くんだな?』
ココロとアークに問われる。行くのか、と。
答えは、イエスだ。
「ベル、支度して。メイ、着替えて。ヒュウ、あんたは一回外に出る」
トウコは予感していた。こうなる未来を。故に取り乱さない。
冷静に指示を飛ばす。突然の一報に右往左往するメイとヒュウ。
トウコがもう一度言うと我にかえり慌てて支度をする。
「トウコ、いくんだね」
疑問ではなく、確認。ベルの問いに首肯。
することは決まっている。
「ええ。ゼクロム、いけるわね」
『無論だ』
黒き龍も問題なかった。彼らを止める。そのためにトウコは向かう。
勝つことが目的じゃない。止めることが目的だ。
これ以上、悲しみを増やさないためにもトウコは戦うのだ。
「行くわよ、みんな」
誰かの涙は見たくない。誰かの嘆きを聞きたくない。
今出来ることを……始めよう。
ホドモエは地獄となっていた。
町は壊され、人々は逃げ惑い、苦しむ地獄が。
だがそこには確かな戦いがあった。過ちを繰り返させないために足掻く男達の戦いが。
「ええい、何故わからぬのだっ!?」
初老の男性、ロットが悔しそうに叫ぶ。
プラズマ団同士の対峙。
嘗ての部下達が今、眼前で敵となり立ちはだかる。
朝っぱらから教会を襲撃され、一方的に攻撃された。
彼らは計画の邪魔になる過去の同胞たちを『裏切り者』と称して殺しに来たのだ。
ポケモンは殺さない。利用できる価値がある。
が、使えない障害は排除のみ。凶悪な銃口がロット達にも向けられる。
周囲に住民の姿はない。みな避難している。
ロットは戦い以外の道を選ぼうと懸命に説得する。
ゲーチスの目論見も説明した。だが彼らは聞く耳を持たなかった。
「うるせぇんだよ裏切り者のクソジジイッ!!」
一人がそう吐き捨てる。最早言葉は届かない。
彼らはポケモンだけ奪って後は皆殺しにするのだと偉そうに言う。
ロット達はここで死ぬ運命なのだと。
それでもロットは諦めない。言葉で戦う。
暴力には頼らない。過去のような事は二度としないココロに誓った。
人はそれを『信念』という。
ロットの部下達はもう過ちを繰り返させないためにひたすら足掻く。
「だったらここでテメェは死にやがれっ!!」
口汚く罵倒され、いよいよロット達に向いた銃口の引き金が引かれる。
もうだめか、言葉は届かないのか。
ロットは呪った。無力な自分を。
出来ることを精一杯やったけれど、結果は伴わない。
でも、まだ出来ることはある。絶望せずに目の前を見据える。
そんなときだった。
「あんたの『理想』、しっかりと見せて貰ったわ……ロット」
背後から流れてきた風に乗る、若い女の子の声。
続く、激しき雷鳴と蒼の閃光、そして龍の咆哮。
「あのとき言ったこと、覚えていてくれたのね。なら私はあんたに助太刀するわっ!!」
以前会ったときとは確実に違う声。
知っているはずの少女の声が、今は別の誰かに聞こえた。
「……前にいったはずよ、プラズマ団。私はあんたたちを、止めるとね」
凛として落ち着いた声が、戦場に舞い降りた。
ロットが驚愕の表情で振り替える。
そこには、伝承の黒龍と、選ばれた英雄が悠然と立っていた。
「……」
言葉を失った。トウコだった。嘗て敵として見たときよりも、遥かに堂々としている少女の姿。
二年前を彷彿とさせる出で立ちになった英雄はロットに微笑みを浮かべる。
「久しぶりね、ロット。テレビで大騒ぎになっていたから、加勢しにきたわよ」
余裕があった。自らを無価値と蔑んだあの時の彼女ではない。
あるべき英雄そのもののような迷いのない眼をしている。
あの目は、まるで……。ロットは力強い瞳に心酔していた王のことを思い出していた。
彼女の後ろには仲間と思われる子供がいる。各々、感じることはあるみたいだった。
伝説の黒龍はプラズマ団を見つめて険しい顔で唸っている。
「此方の用件を伝えるわ。とっとと消えて。町から出ていきなさい。ここはあんたたちのいる場所じゃあないわ」
脅しをかけるトウコ。プラズマ団達もトウコの脅威はよく知っている。
まさか、同類を助けに来るとは思っていなかったが。
逃げるが勝ちだろうか? 戦っても万が一でも勝ち目はない。
「警告は一度だけよ。早く消えなさい。ソウリュウの時みたいに、私とやりあうなら覚悟することね」
穏便に済ませそうとしているようだ。英雄は唸るゼクロムを制止していた。
団員たちとてバカではない。任務失敗なら速やかに撤収するぐらいの知恵はある。
何より、計画は最終段階に来ているのだ。下手に疲弊する真似はよろしくない。
ジリジリと後退し……彼らは一目散に逃げていった。トウコは追撃しなかった。
「これでよかったの?」
逃げる団員お背中を見送りながらベルが問う。トウコは黙って頷いた。
今は、これだけでいい。余計な争いはプラズマ団を刺激して危険なことになり得る。
「……」
ヒュウは納得がいかないのかブスッと不貞腐れていた。安堵するメイとは大違い。
「……久しいな、トウコ。以前会ったときとは随分と様変わりしたようだが……」
ロットが緊張がとけて話しかけてくる。トウコは苦笑する。
復讐に駆り立てられていた頃とは確かに大違いだろう。指摘通りだ。
「色々あったのよ。それより、ちょっと不味いことになってるみたいね。先ずは、落ち着いて情報交換しましょ」
トウコは昔の仇敵でも話が通じるなら積極的に話し合う。それが違いだった。
ロットに促されて、一度入った教会に、トウコは足を踏み入れた。