ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物   作:らむだぜろ

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「……一緒に来るだけ(、、、、、、、)なら、私は構わないわ」

 勝負に勝利後、思惟に耽ていたトウコ。

 起き上がり、草の上で座り込んで項垂れる二人にそう告げた。

「えっ」

 メイが顔を上げる。

 信じられない、という顔。

 負けたのに、連れていってもらえることが分からない。

「勘違いしないで。連れていくだけよ。それぞれが成すべきだと信じるものの為に」

 言外に、力添えはしないと告げられた。トウコはメイを助け起こしながら続ける。

「――プラズマ団(あいつら)を止めるんでしょ? いいわ、止めたければ止めてみなさい。ただ、奴らは並大抵のことじゃ止まらない。止められない。ここまでのことを仕出かしている手前、簡単には諦めない。メイの覚悟を試したまでよ」

 トウコは、穏やかな微笑みを浮かべていた。

「よくギガスに逃げずに挑んだわね。あんたとあんたのポケモンは頑張った。本能に、理性に打ち勝って挑む道を選べた。伝説のポケモンに挑む度胸があれば、少なくても私の足を引っ張らない程度には肝っ玉はあると見たわ」

 優しく頭を撫でられて、英雄に褒められ頬を赤くするメイ。

「ヒュウ。あんたもあんたのエンブオーも、よく立ちはだかる事を選択できたわね。強大な力に対しても戦う意思を持てること自体が強さよ。それを忘れないで」

 呆然とするヒュウに、トウコはわかりやすく言った。

 経験上、土壇場で強大な何かと対峙したとき。

 それは、人間もポケモンも本性が出る。

 トウコは二年前にその経験をし――のちに傷を残すほどの痛みを伴った。

 トウコは恐れをなしても戦えと命じ、ポケモンたちはそれを拒んだ。

 あの状況でも、諦めない闘志があれば、乗り切れるだろう。

「逃げることも決して恥ではないわ。でも逃げることによって発生する責任は、何処にいっても付き纏う。逃げることも必要であり、敢えて戦うことも必要。そのさじ加減、あんたには正しく出来そうね」

「……トウコさん、もしかして」

 ヒュウはトウコの目を見て、何かを察したようだった。

 自分は失敗したかのような言い分を、指摘される前に先回りして自白する。

「私みたいになっちゃダメよ。堕ちるところまで堕ちたら、一人じゃ這い上がることも難しくなるんだからね」

 チラッと背後を見る。

 ん? と首を傾げるベルがいる。

 彼女のおかげで、ここまでこれた。

 英雄は一人で歩むのではない。

 誰か傍らに居てくれるからこそ、理想も真実も見つけ出すことができる。

 そのことを学んだのだから。

 ヒュウはトウコの言葉に、力強く頷いた。

『では、連れてゆくのだな。今度は足ではなく背に乗るがいい。小僧、小娘』

 トウコの意思を了承して、ゼクロムが片膝を付いた。

 二人には声が聞こえない。

 黒き龍が唸り声を出しているようにしか見えない。

「「ひぃっ!?」」

 後輩たちはゼクロムにビビっていた。

 頭を抱えてしゃがみこむメイと、及び腰で青くなるヒュウ。

「背中に乗れ、だそうよ。足にしがみついて怒っているみたいだから、下手な言動しないほうがいいわ。食われるわよ」

 しれっと嘘を混ぜてお灸を据えると、あわあわしながらゼウロムに謝る二人。

 たらり、と冷や汗を流すゼクロムの思念が飛んでくる。

『我は何も言ってないぞ……。トウコ、怒っているのはお前ではないのか?』

(無賃乗車を二度とさせたいための教訓。それだけよ)

 後輩コンビを連れて、ゼクロムに飛び乗る。

 トウコとベルの最後の旅に、ヒュウとメイが加わるのだった。

 

 

 

 

「……トウコさん……。それ……」

「ん?」

 ゼクロムに乗った一行は、夜遅くに移動するのは得策ではないと言うことで、近くの小さな街に向かった。

 そこで一晩、休んでいくことにしたのだ。

 幸い財政的には皆余裕がある。

 駆け込みだったが、先日のテロ騒ぎのおかげで閑古鳥の鳴いている宿を発見。

 急遽、止まらせてもらうことに。

 そしてポケモンを預けて部屋に荷物を置いて、風呂に入ることにした。

 脱衣所で服を脱いでいたトウコを、メイがその裸を見て言葉を失った。

「そういえば、メイちゃんはトウコのことあんまり知らないんだよねえ」

 ベルはそう朗らかに言うが、彼女は何度か見ているから気にしないでいられる。

 メイのこの態度こそが、普通の反応なのだ。

 トウコの左肩や背中には、完治したものの大きな傷跡が一つ増えていた。

 それ以外にも、よく見れば小さな裂傷の傷痕が大量にトウコの身体には刻まれていた。

 ヒウンだけじゃない。

 過去には、ポケモンを護るために人と争ったことだってある。

 その時の傷跡も残っている。

「あぁ、これ? やっぱりドン引きするわよね。私の人生はこんな感じなのよ。華々しい伝承とは違って、現実はこんなもの」

「……」

 メイは絶句している。

 まだ10代とは思えない程、痛々しいトウコの身体。

 まるで……戦場帰りの兵士を彷彿とさせる。

「この二年、結構派手なこともしたから。ポケモンに殺されそうになったことも、何度かあるわ。正直、生きていられるのはアークたちのおかげ」

 ボロボロの二年間を象徴するように傷ついていた身体。

 トウコは軽く説明するが、その裏には壮絶な時間があったことはメイにも分かる。

 これが……理想の為に生きる英雄。

 確かに、生半可な人間では選ばれないはずである。

 静かに納得していた。

 

 

 

「トウコ、髪の毛伸びた?」

「伸びたでしょうね。全然切ってないし」

「あたしが昔みたいにカットする?」

「適当でいいけど……」

「だめ! トウコだって女の子なんだから、容姿には気を遣うの!」

「……面倒くさいわね……」

 広い風呂場には他にも誰もいなかった。

 夜遅いこともあり、自由にできると分かっているのでベルとトウコはいつになく駄弁る。

 メイはその光景を見て思い出したように聞いた。

「あの……トウコさんとベルさんは、幼馴染なんですよね?」

 ベルはキョトンとした顔で、トウコの長くなった黒髪を洗っている。

 トウコは嫌がらずに、されるがままにしていた。

 現在、三人揃って髪の毛の手入れ中だ。

「ええ。同い年だけれど、それが?」

「……いえ」

 正直な話をすると、だ。

 幼い感じがまだ抜けていないベル。

 対して、冷めていて物憂いのトウコ。

 ぱっと見、トウコの方が年齢的に上かと思っていた。

 下手すれば大学生程に。

「……ベル、私あんたよりも年齢が上に見える?」

「えぇー? そんなことないよー?」

 トウコはメイの態度で、言いたいことが分かった。

 ベルは能天気に言うが、トウコからすれば印象がそんなふうに見えていると思うとちょっと落ち込む。

「ちなみにメイちゃんが初めて戦ったジムリーダーも幼馴染だよお」

「え゛ッ!?」

 メイは心底驚いていた。

 あの爽やかな好青年のイケメン先生がこの二人の幼馴染!?

 一人はジムリーダー、一人は研究者助手、一人は英雄。

 ……恐ろしい三人組もいたものだとメイは思う。

 ちょっとした昔話をベルが語りだす。

 口癖が「面倒」だったこととか、細かいことを気にする性格だったとか、トウコとは波長の合わないおかげで喧嘩が絶えなかったとか。

「……ホントですか?」

「ええ。ああ見えて結構物臭だったわよねベル」

「そうそう」

 たった二年で変わる人は変わるらしい。

 ベルは何だかんだで二人の後を追いながら旅をしていたという。

「トウコさんは? トウコさんはどんな旅をしていたんですか?」

 メイがその地雷を踏んだ時、さぁっとベルから血の気が引いた。

 二年前の事を無邪気に問うのは、あまりにも無神経なこと。

 知らないとはいえ、トウコの反応が分からない。 

 と、ベルは考えていたが、トウコはけろっと答えた。

 

 

「――空っぽだったわ。自発的に旅を始めたわけでもなく、目的や夢があったわけでもない。ただ、二人がそうしたから私もついていっただけ。行く先々で色んなことに巻き込まれて、気が付いたらプラズマ団に狙われて、周りからは期待されて、言われるがままに進んでいったらゼクロムに選ばれて、プラズマ団のボスと戦い勝負に負けて結果で勝った。ついでにリーグも制覇してしまった。それが私の二年前の旅の全部。空っぽで、虚しいだけの旅の記憶」

 

 

 正直な回答だった。

 メイは吃驚していた。 

 メイの思っていたのは立派な英雄譚。

 輝かしい過去の記録。

 だが、トウコが語ったのは虚ろな全貌。

 そこに意思はなく、そこに意義はなく、そこに意味はない。

 そういいたげな言葉。

「実際、私はただ周囲に行けと言われたから進んだけ。私が何かしたいなんて、あまり言わなかったわ。……ただ一度以外は」

「…………」

「…………」

 ベルも、悲しそうにその言葉を聞いていた。

 やはり。薄々は気づいていた。

 でも、本人が言うととても重く、悲しいことだった。

 トウコは、二年前をそう簡潔にまとめていた。

 受け入れ、肯定した今でも。

「価値がなかったとは言わないわ。そこであった出逢いは大切だと思うし、思い出を否定することもしない。でも……そうね。自分の意思で行ったわけじゃない。他人の旅のレポートを眺めている気分かしら。どうしても、他人事な気がしてしまうの」

 トウコは淡々と説明するが、どうしても悲しく思う。寂しく思う。

 もう、彼女の中では色褪せている世界なのだと思い知らされた気がする。

「まあ、今が幸せだから私はそれでいいんだけどね。二年前出来なかったことが今ようやく、出来た気がするから」

「……えっ?」

 トウコを見ると、彼女は本当に幸せそうに笑っていた。

「二年前の事を今更ああだこうだと言っても、それをやって今の私がいる。過去は変わらないし、変えられない。ウダウダ悩むのも馬鹿らしいから、今と未来を幸せにすればいいのよ。私は今、幸福よ?」

 ベルにそう告げるトウコは言う。

「なんでそんな泣きそうな顔してるのよ。私は、あの旅を客観でしか見れないわ。何とも言えないから、どうしようもないけど。でも、過去は過去なんでしょ? 今がそれ以上に最高なら、何の問題もないじゃない。何時までも過去ばかり振り返るなと言ったのはベルよ? それはそれで、悲しいかもしれないし、私も悪いと思う。ごめんなさい、そんなことしかできなくて。……その分、今は一緒にいるって、約束するわ。もう、おいてけぼりにしないし、一人で逃げ出したりもしない。一緒にいる。ね?」

 濡れたベルの頭を撫でるトウコ。

 ベルは、トウコのこんな優しい声は聞いたことがなかった。

 メイは二人の間には、何か悲しいことがあったんだなと思う。

 でもそれは、今はもう乗り越えたあとの話で、今は今として生きるとトウコは言っているのだ、と。

「……うん、そうだね。今が幸せなら、きっとあの頃も無駄じゃなかったよね」

 ベルが笑うと、トウコも笑う。

「そういうこと。『今まで』一緒にいられなかった分、ちゃんと『これから』一緒にいるわ」

 そう、二人は約束した。

 未来に向けて、共に歩くと。

 メイはメイで、彼らの意外な一面を知れてよかったと感じていた。

 

 

 

 

 追記。

「な、何であの人たちこんな風呂が長いんだッ……!!」

 ヒュウは湯冷めしながら、女性陣が戻ってくるまで部屋で寂しく待機していた。

 合掌。


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