ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物   作:らむだぜろ

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VSヒュウ&メイ 覚悟の違い

 

 

 

 

 夜天の空。

 ここにいるのは、彼女達だけ。

 風の音を聞きながら、満月の下を進んでいく。

「ねえ、トウコ。出てきたはいいけど行く先は……あるの?」

「まだないわ」

「ないのっ!?」

「でも……心当たりは、ある」

 ゼクロムの背中で話し合う二人。

 トウコは心当たりがあるという。

 ベルが詳細を問う前に、不意に。

 トウコが顔を上げて表情を顰めた。

「……」

「ど、どうしたの?」

 ベルの質問を無視する。

 トウコにしか聞こえない声。

 相手は、ゼクロム。

『トウコよ。一つ問いたいのだが』

(……なに?)

『その背中に乗っているベルという少女は、お前が共に往く事を選んだ者だな?』

(ええ)

『では……我の足にしがみついているあの二人の子供は、何なのだ?』

(……子供?)

 子供というのは、誰だ?

 今ここにいるのは、ベルのみのハズだ。

 足元は見えないが、どうやら招かれざる客がいるらしい。

(どういう子?)

『うむ……ハリーセンのような頭をした少年と……何とも言えぬ髪型の少女だ』

(……了解。察したわ。どうやらあの子達、勝手についてきたみたいね……)

『では、降ろすのか?』

(ええ。適当なところに降りて頂戴。そこで追っ払う)

 説明だけで分かった。

 そういえばソウリュウの街で久しぶりに再会していた。

 何時の間にか同席していたらしいが、そうは問屋が、ということだ。

「ごめんベル。どうやらおバカさんがいたみたい」

「へっ? おバカさん?」

「知ってる子よ」

 徐々にゼクロムが高度を下げていく。

 トウコの指示のようだ。

 闇の中、目を凝らして見下ろしてみるとそこは……草原地帯だった。

 

 

 

 

 

「……何をしているの、あんた達は」

 怒っている。トウコが本気で怒っている。

 ベルは、背後で様子を見守るゼクロムと共に眺めるだけだ。

 聞こえてくる声色は、強烈な怒り一色。

 鋭い眼光がその二人のおバカさんを突き刺す。

「ご、ごめんなさい……本当にごめんなさい……」

「……」

 一人は何とも言えぬ髪型の少女、メイ。

 一人は真剣な顔でトウコを見つめる少年、ヒュウ。

 メイはただ只管に頭を下げて謝り、ヒュウは沈黙している。

「この際、この事を怒りはしないわ。でも、理由を聞かせて。何故、付いてきているの?」

 トウコの問いに、メイは「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。

 脅しに聞こえたのだろうか? 確かに今は機嫌が悪い。

 態度に出ていても不思議じゃないが……。

「ヒウンの地下施設の時に言ったよな。俺には、どうしてもしなくちゃいけないことがあるって。……トウコさんと共に行きたかった。いや、行きたい。それが理由だ。協力をして欲しいわけじゃない。ただ、一緒に連れていって欲しいッ!」

「……」

 ハッキリと、トウコの目を見て語るヒュウ。

 覚悟。

 責任。

 正義感。

 決意。

 彼の中で、カタチになっているそれらが、目を見てすぐに分かる。

 求めるものは協力ではなく、同伴。

 それぞれの道を往くため、同じ方角を目指すなら同志になれないかと。

 そう、彼は言っている。

「わ、わたしは……その。ただ、プラズマ団のやっていることは、間違っていると思うんです。色々、見てきました。色々、感じました。あの人たちは、何かが違います。違うから……ダメだと思うから、やめて欲しいと、思っています。だから、あんなことをさせないために、わたしにも出来ることをしたいんです。お願いします、トウコさん。わたしも、連れていってください!!」

 ……正直、まだ迷いはあるのだろう。

 畏れ。

 怯え。

 恐怖。

 決意。

 彼女の中にある様々な感情で満ちている瞳。

 怖いし、逃げたいけど、出来ることをしたい。

 そんな健気とも言える瞳をしていた。

「……」

(連れて行け、か……)

 二年前とは異なる展開だった。

 それぞれの冒険の答え。

 ヒュウは、以前の焦りは消えている。

 成すべきだと思った事をするために、迷いや焦りを捨てたのだろう。

 メイは今でも怖がっている。

 でも出来ること、したいことをハッキリと他人に伝える強さを持っていた。

 私とは、大違い。

 あの時はただ周りに言われるがままに一人で戦い、疲弊し、それでも進んだ結果があれだった。

 幼馴染達は自分のことで精一杯で、トウコのコトまで気を遣う余裕がなく、気が付けば私は孤独(ひとり)になっていた。

 もしも。

 もしも、あの時。

 ベルと、チェレンが。

 連れて行け、と言っていたら。

 私は、どうしていただろうか。

(……下らない仮定ね)

 考えを打ち消す。

 意味なんてない。

 過去を否定すれば今の私と未来の私を否定する。

 ありもしなかった未来なんて、理想じゃない。

 私の望む未来(イメージ)じゃない。

「……一緒に行きたいの?」

 トウコは静かに問うた。

 怒りは、収まっていた。

 理由を問うて、納得している。

 それが目的なら、勝手についていくのが一番楽だ。

 どうかとも思うが同じ立場なら、やる。

「あぁッ!」

「はいっ!」

 二人の返事は、明確だった。

 これは仲間になりたいと言われているのだろうか?

 まさか、後輩二人にそんなことを言われるなんて。

 少し待っているように言い、ベルとゼクロムの所に行く。

「トウコ、どうするの?」

 事情を説明すると、ベルに聞かれる。

『我はお前の意思を尊重する。連れていくならばそうするがいい』

 ゼクロムは任せると言った。

 全ては、トウコ次第。

「…………。そうね、あの子達の実力で判断するわ」

 トウコは決めた。

 ベルは少なくても伝説であるギガス、ココロ、ゼクロムを除いたトウコのポケモンに匹敵するポケモンを持っている。

 バトルの実力は保証済み。何だかんだで彼女もリーグ制覇はしている。

 つまり言い方は悪いがトウコの足を引っ張らない。

 対して、あの子達はどうか?

 ほんのこの前、トレーナーになったばかりのひよっこ。

 ベルが最初のポケモンを渡したと言えば尚更だ。

 トウコは自分よりも弱い人間を連れていけるほど、余裕はない。

 せめて、同格でもない限り。危険な旅だ。

 自分の身は自分で守るぐらいはしてもらわないと困る。

「今からあの子達とバトルをするわ。ベル、審判頼める? ゼクロム、あんたは観客。判断材料を頂戴」

「うん、分かった……」

『承知した』

 実力を見せてもらおう。

 その上で、連れていくかは判断する。

 自分よりも弱い場合は、連れていかない。

 それでいい。仲間は、多くなくてもいいんだ。

 況してや、理想を阻む可能性があるならば。

 まずは、彼らが信じられる人間かを、試そう。

 

 

 

 

「えっとお……確認ね。ルールは、ダブルバトル。使用ポケモンは、ヒュウ君とメイちゃんは一体ずつ。トウコは二体同時。交代はなし、どちらかが全滅するか、降参するまで続けるよ。オッケー?」

「ええ」

「了解だぜッ!」

「分かりました!」

 夜の草原。そこに対峙する、トウコとヒュウ、メイ。

 二人は緊張している様子だった。

 なにせトウコは二年前のリーグ制覇をした元チャンピオン。

 そして伝承に語り継がれる、黒き理想の英雄。

 肩書きだけで相手を怯ませるには過剰なほどだ。

 ルールはベルの言うとおり。トウコは二体同時に操る高度なことをする。

 丁度良いハンデだ。

(……アーク、いける?)

 ボールのなかの相棒たちに問うと、リーダー格はニヤリと笑う。

『問題ないぜ。たまには、リーダーの威厳ってものを見せてやらねえとな』

(ありがとう。後は誰か出てくれる?)

『シアは寝てるからパス。ホルスは鳥目だから無理。ディーはでるか?』

『子供相手じゃ、気乗りしねえ。俺の狙いはプラズマ団の連中だけだ』

『じゃあパスか……』

『わたしが出てもいいよ? 新しいこのチカラ、試してみたいし』

『俺の方が拒否る。ココロが戦うとこっちまで何か飛んできそうだからな』

『今、ここで飛ばしてあげてもいいけどアーク?』

(喧嘩しないで、二人とも。じゃあ……ギガス。出番よ)

『本当か、主!?』

(ええ。たまには、バトルしたいでしょう? いいわ、今回は私も本気だから)

 今回の相棒は決まった。

 ゼクロムは観客で当事者、ココロはアークが拒否。ディーも不参加。

 ならばギガスしかいない。

 ベルトから二つ、ボールを手にしながら、トウコは淡々と警告した。

 

「二人とも。遠慮はいらないから、本気で来なさい。じゃないと、相棒のポケモン死ぬわよ」

 

「「ッ!!」」

 さり気ない一言だった。

 トウコは表情を変えない。

 ただ、事実を突きつけるように言う。

「私はここの所、本気を出して勝負をしていないの。力加減を間違えて殺す可能性があると、最初に警告しておくわ。不味くなったら、迷わず棄権なさい。これは優しさじゃないわ。ただの、警告。死なれたくないでしょ?」

 トウコはボールを放る。

 中から現れる黒い狐。

 満月を見上げて甲高く雄叫びを上げる。

 中から現れる白い巨人。

 地響きを起こし、砂埃を巻き上げて、爆音を奏で、彼女の前に参上する。

 それだけで、地面に大穴があいた。

「……そ、んな……」

 白い巨人。

 PWTをあそこまで壊滅させ、ソウリュウの街を隔ていた氷山を一撃で粉砕した巨人。

 トウコの伝説の一つが、今目の前で敵となった。

 メイの瞳に宿る絶望。万が一の、勝ち目が更に低くなった。

「本当よ。こちらにその気はないけど、ごめんなさい。本気を出す手前、一々制御なんてできないわ。特に、ギガスは」

 目の前で佇む白の巨人が放つ威圧感。

 見上げて、冷や汗が出てくるヒュウ。

「凄まじいな、間近で見ると……ッ! だけど、俺も負けられないッ!!」

「わたしだって……わたしだってっ!!」

 二人は負けじと気合を振り絞り、ボールを投げる。

「いけッ! エンブオー!」

「お願いッ! フライゴン!!」

 放ったボールから飛び出す光。

 出てきたのは燃え盛る二足歩行の大きな豚。

 そして精霊を思わせるドラゴンポケモン。

「エンブオーとフライゴン……」

 エンブオーだあ! とベルが見て喜んでいる。

 ベルが以前見たときはまだ小さかったと聞いている。

 成程、進化していたようだ。

 フライゴンはドラゴンの中では比較的大人しく、育てやすい部類のポケモン。

 強さは言うまでもない。

『ヘッ、上等じゃねえか!』

『レジギガスの本気を久々にご披露しよう!』

 エンブオーを挑発するアークと、ファイティングポーズをするギガス。

 ギガスの威圧に竦み上がるフライゴンに、アークを睨み付けるエンブオー。

 互いのポケモンは出揃った。

「それではあ……勝負開始ッ!!」

 腕を振り上げ、試合始めを宣言するベル。

 彼らの命運を賭けたバトルが今、始まる。

 

 

 

 ――ハズだった。

 

 

「アーク、まもる。ギガス、ギガインパクト」

 

 

 無慈悲にもトウコは言ったとおり、本気で相手でかかった。

 それを聞いた途端、何となくそうじゃないかと思っていたゼクロムが、自分で判断して惚けるベルを後ろから突然掴んで飛翔。

 周囲への配慮とか全くない。

 本気といったら、本気なのだ。

 手段が、結論に至る。

 本気はイコールで、相手を殺しに行くのと同義。

 エンブオーは身構える暇もなく、フライゴンはぼさっとしたまま、フルパワー状態のギガスが放った一撃で、高速で圏外に吹っ飛ばされた。

 メイとヒュウも当然吹っ飛ばされて、草原に沈んだ。

 直撃などしていない。そもそも、ギガスは彼らを狙っていない。

 狙ったのは……強いて言うなら、『空間』とか『大気』だ。

 野外という途方も無い広さを誇る『空間』を満たす『大気』があったからこそ出来た荒業。

 ギガスが殴ったのは、空気そのものだった。

 本来殴れるハズもないそれらを、トウコの本気という単語のフィーリングで感じたギガスは実際応えてみせた。

 空気を殴り、空間を震わせ、範囲攻撃で纏めて一瞬で決着にかかったのだ。

 伝説のポケモンには、常識は通用しない。

 空気を殴る、などという荒唐無稽なコトだって事も無し気にしてしまう。

 夜の空を満たす大気に衝撃が、ほんの刹那可視化され走った。

 音などという生易しい衝撃波ではなかった。

 間接的な広域攻撃は、ただの衝撃よりも威力があった。

 トウコ本人は、空いていたギガスの手の中で保護され無事だった。

 ベルはゼクロムに誘拐され無事だった。

 アークは最強の防御技でそれを防いでいた。

 無事じゃないのは相手二人とポケモンだった。

 衝撃が拡散し、草花を、夜天を震わせる。

 ベルが我に帰ったときには、ゼクロムが唸り声を出して空中で翔いていた。

「あの子達は無事よね?」

『無論。人間が死なぬギリギリに加減した』

 それでもポケモンが死ぬ可能性はあった。

 そこは、否定しない。

 トウコはアークが吹っ飛ばされたという方角を歩きだして、倒れていた二人を見つけた。

 アークは相手のポケモンを探しに行った。

「うっ……うぅ……」

「なにが……起きたんだッ……!?」

 二人は無事だった。

 まだ立てないようだが、生きてはいた。

 仰向けで倒れている二人を、彼女は見下ろす。

「大丈夫?」

 トレーナーへの直接攻撃も含めた、本気。

 外道と言える方法。降参させるコトは考えていた。

 それはこの一撃を堪えてもまだ立っていた場合だ。

「私の勝ちね。これで分かったでしょう? 私の本気って言うのはこういうことよ」

 愕然とする二人に手を貸し、彼女が告げた。

 審判のベルがゼクロムと共に戻ってきて、ルールはどうしたと文句を言うが、ルール通りに行なった結果だ。

 アークが連れてきた二匹は、目をぐるぐる回して引きずられてきていた。

 聴覚を良い一撃が入ったらしく、二人に出来るかと問われて、無理無理と首を横に振る。

 完璧にギガスとの戦いを拒否した。

 頭を抱える二人。殺される可能性っていうのは、こういうことだったのだ。

 直撃していれば、確実に死ぬだろう。

 二人のポケモンの降参により、この勝負はトウコの圧勝だった。

 トウコは肩を竦めて、二人をどうするかを考えることにした。


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