ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物   作:らむだぜろ

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最新話、漸く更新することができました。
一年もの長い間、空白をしてしまい申し訳ないです。
次回もまた、未定になってしまいますが長い目でお待ちください。


再出発

 

 

 

 

 

 漸くだ。あの襲撃から、ほぼ一ヶ月。

 ソウリュウの街も順調に復興してきた。

「……長かったわね……」

 朝日がのぼる前の早朝。

 まだ薄暗い中、高台から見下ろす街。

 ポツポツと、薄闇に明かりが薄く浮かんでいる。

 ここまで長く、一ヶ所に留まることになるなんて。

 この一ヶ月は本当にあっという間だった。

 気が付いたら……すっかり元通りの街。

 自分の出来ることは、全部やった。

 この街は、もう自分がいなくても、大丈夫。

 ここから先はこの街に住む人々の出番だ。

 だから……そろそろ、出発しよう。

 自分の成したいと思ったこと。理想のために。

 決着を、つけに行こう。

「今日中に行くわよ。みんな、準備はいい?」

 ベルトにくくりつけた、6つのボール。

 そして背後に立つ、黒龍に問う。

『ああ、準備万端だ』

『大丈夫だよ、お姉ちゃん』

『俺は問題ねえぜ、トウコ』

『こちらも問題ないぞ』

『シアも問題ないよ!』

『主の意のままに』

『無論だ、我の選びし英雄よ』

 みんなが、答える。

 もう、ここに留まる理由はない。

 次に進むため、私はここからまた旅立つことにした。

 世界はまだ混乱の真下。

 世界中の警察がプラズマ団の一行を血眼で探している。

 既に彼らを支えていたバックの巨大な闇の組織の捜索は終わっていた。

 運が良かったことに、世界の警察はとても優秀だった。

 わずか一週間後には、プラズマ団の背後にいた巨大組織を全員、逮捕してしまった。

 資金調達や技術提供をしていたイッシュの関係者も鼠算で捕まった。

 残るは、行方知れずの空飛ぶ駆逐艦と、それを操作する諸悪の根源のみ。

 やはり、大人の本気を舐めていた過去の自分は恥ずかしい。

 振り返れば、本当にいろいろあった。

 未来を勝手に諦めていた悲観主義(ペシミスト)が今じゃ英雄などという皮肉。

 本当に、あの頃の私は酷かった。子供の癇癪と大して変わらない。

 それに気付かせてくれたあの子には、感謝しきれない。

 もう、良い頃合だった。

 あとは市長であるシャガを信じればいい。

 あの敏腕なら問題ないだろう。

「さて……一応、挨拶しておこうかしらね」

 こんな時間に起きて、最後の光景を目に焼き付けたのだ。

 去る前に、一応挨拶だけは済ませておこう。

 

 

 

 

「トウコ……本当に、行くのか?」

「行くわよ。ベルと一緒にね。でも、あんたは暫く静養。カノコに帰って休んでいなさい。ジムリーダーの仕事は、何とかしてくれるわ。私がお願いしておいたから」

 朝、病院の一室。

 早々にいまだ入院しているチェレンのところに顔を見せたトウコ。

 彼の傷はまだまだ癒えておらず、しばらくは静養が必要なのだという。

 今週中には退院して自宅療養らしいが、その前に旅立つトウコが一言挨拶しにきた。

「大丈夫よ。ゲーチスを単純に見つけ出してその場で抵抗できないようにボコボコにして、警察の前に引きずり出すだけだから」

「君の大丈夫は当てにならないんだよ……。やってることが危険じゃないか」

 ベッドの上で、包帯のとれてきた腕を組むチェレン。

 トウコは相変わらずのその言動に肩を竦めた。

 トウコは今日から、また旅に出る。

 目的は、ゲーチスを追跡。

 及び、プラズマ団の壊滅。

 宣言通り、彼らの最強の敵として、立ちはだかる。

 そして、然るべき裁きを受けさせる。

「これまでの言動を見ていれば、どの口が言うんだって言うと思うわ。でも、ごめんねチェレン。私は私の理想の為に行動するわ」

 彼の心配を、彼女は裏切る。大丈夫、とは言い切れない。

 間違いなく危険な道だ。それでも、彼女は突き進む。

 もう、トウコに止まっている暇も、余裕もない。

 この理想が引き起こした辛い現実があるからこそ、体現しなければいけない。

 みんなが、幸せになれる世界を。

「……やれやれ。結局君はそれなんだね」

「そうね。こればっかりは譲れないし」

 チェレンは壁に寄りかかり、こちらを見ているトウコを見る。

 今のトウコは、違う姿をしていた。

 その姿は、二年前を彷彿とさせる。

 本人は凄く恥ずかしそうにしているが……。

 視線を感じると、微妙に逃げる。

「この年でホットパンツっていうのは、ちょっとあれね……。コスプレっぽくない?」

「いいや、よく似合ってるよ」

「って言う割には、顔が笑っているんだけど。セクハラで殴るわよ?」

「やめてくれ、僕は怪我人だぞ」

「冗談よ」

 チェレンの言うとおり、よく似合っている。

 ――今のトウコは、二年前の同じ格好をしていた。

 黒髪をポニーテールにして、何時の間にか調達していた実家に置き去りだった帽子をかぶり、薄着のノースリーブのシャツに黒いジャケットを羽織る。

 彼女なりの、ケジメらしい。

 本当の、自分の意思でなった英雄として、もう一度立ち上がる。

 そのために、過去を受け入れた一環として格好から入ってみたらしい。

 チェレンの分析するに、彼女なりに前向きになったのだと思う。

 最近は忙しそうだったが、よく笑うようになった。

 彼女本来の、優しげな笑顔を見る。

 トウコは言う。

 虚無だった、祭り上げられた二年前とは違う。

 今度は、今度こそは。

 自分の意思で、自分が決めた、求める理想の実現を目指していきたいと。

「うぅ……。だけど、服がキツい……」

「二年前の服をそのまま着るつもりだったのか!?」

 結論。

 彼女はやっぱりただの馬鹿だ。

 前向きだろうが何だろうが、変なところで見切り発車。

 だからこうなる。

「……中身はともかく、見た目ばっか成長して悪かったわね」

「何も言ってないだろ!?」

 ジトっとした目で睨まれて、困惑するチェレン。

 自分のせいだろうに、何でこちらが責められる。

「新調したほうがいいのかしらね……?」

 確かにちょっと窮屈そうな格好のトウコに、苦言を言うチェレン。

「間違いなくそうだろうね。出て行く前にまず服を何とかしておくべきだ」

「ベルに頼んでわざわざ持ってきてもらったのに……」

「君はほんとに何をやっているんだ!?」

 ……ベルがそこまで甘やかしてしまうとは。

 彼女が図に乗って甘え癖がつくようになる。

 今までがずっと孤独だったので、強くは言えないけど。

 幼馴染の経験から言うと、味を覚えるとすぐに彼女は多用する。

「まぁ、そんな訳だから。暫くは会えないと思うわ。あんたはしっかり休んでいて。私とベルが、全部解決して戻ってくるから」

「そこは信じるよ。頑張って、トウコ」

 彼女は要件を伝え終わると、壁から背中を離して言った。

「ええ。終わらせてくるから。――いってきます」

 最後にそう言って、彼女は部屋を出ていった。

 その背中を見送りながら、チェレンは思う。

 トウコは変わった。今の彼女なら、任せても平気。

 そう信じられる、強い背中をしていた。

 

 

 

 

 

「それでえ? チェレン、元気そうだった?」

「ええ、あれなら問題ないでしょ」

「そっかあ」

「……で、ベル。私の服のことなんだけど……」

「大丈夫だよお。ちゃんと同じブランドのサイズの大きいの、通販で頼んでおいたから。速達便で、今日の夜には届くってえ」

「……えっ、通販? 届くって、何処に?」

「シャガさんち」

「…………。みんな、ごめん。出るの、夜でもいい?」

『お前アホだろ!!』

 以上のやりとりが、チェレンとの挨拶後に二人の間で行われた全てである。

 最後にツッコミを入れたアークの一言が手持ちの彼らの心情である。

 トウコの服をベルが発注した結果、出発が夜にまで遅れた。

 現在、宿泊しているホテルを後にして、復興した公園のベンチにベルは座っている。

 小さい服で動きを制限されながら現在彼女は追いかけっこ中。

 周りには人気が多い。トウコに無邪気に遊んでとたくさんの子供が寄って来ていた。

 その光景に、トウコ本人は戸惑いながら対応して遊んでいるのだ。

「あらっ!?」

 どてっ。

 足を縺れて転ぶトウコ。

「ぶへっ!!」

 逃げている最中に、顔から地面にダイブ。

 ポニーテールを揺らして、汚い声を出して倒れる。

「おねーちゃんってば、だっせーーーー!!」

「……」

 それを見て笑う子供たち。

 顔は砂だらけ。砂利の味が口の中に広がる。

 無言で起き上がったトウコ。

「……英雄をバカにした報いは受けてもらうわ……ッ!」

 で、大人げなく本気になった。

 子供相手に全力疾走開始。

「待ちなさいコラァーーーーー!!」

「うわぁーーー逃げろーーーーー!!」

 散り散りになる子供。現在、トウコが鬼。

 バタバタ走り回る光景を、ベルは黙って見つめている。

 あれではどちらが子供かわかったもんじゃない。

「…………」

 トウコは楽しそうだ。

 笑顔で子供たちと遊んでいる。

 旅を始めた頃には考えられなかった光景が今、現実にある。

(よかったね、トウコ……。トウコが護りたかった世界が、ここにはあるよ……)

 トウコが身を挺して護りたかった日常。それが、この現実だ。

 少し時間は掛かったけど。

 元通りとは言えないけど。

 確かに、少しは護れた。

 ソウリュウは、トウコ無しでも歩いていける。

 それを見届けた。故に、次の場所に行く。

 それが彼女の、英雄が出した解答。

 トウコの理想がここにはある。

 それを続けていくのは、この街の人々。

(これが最後の冒険……。決着、つけようね。トウコ……)

 ベルも分かっている。これが、来度最後の冒険だと。

 プラズマ団との、二年前からの因縁の清算。

 彼女が口にしていた『忘れ物』を取りに行く。

 忘れてしまった理想と、忘れてしまった日常。

 それが彼女の『忘れ物』。

「逃げるなぁー、ぎゃふんっ!?」

「うわぁ……」

 ブルトーザーのような勢いで突っ走った結果、トウコは今度は傍にいたポケモンに蹴躓いて公園の遊具に顔からぶつかった。すごい勢いだった。

「……」

 顔を押さえて蹲るトウコ。

 子供たちも流石に痛そうだと大丈夫かと近寄っていく。

 暫く、蹲っていたが……。

「なんてね!! 油断したわね!」

 突然がばっと立ち上がって、近くにいた男の子をタッチして逃げ出した。

 ズルッ、とベルの眼鏡がズレた。な、何て姑息なことを……。

「ちょ、ひきょーだぞ!! えいゆーのくせに!!」

「やったもん勝ちよ!! 悔しかったら追いついてみなさい!!」

 挑発されて、男の子は躍起になってトウコを追い回す。

 トウコは身長差を活かしてうまく逃げる。でもよく見たら鼻血でてるし……。

「何やってるかなぁ、もう……」

 バッグからティッシュを取り出して、走り回る子供達に一声かけて、トウコを捕獲。

「えっ? どうしたの?」

「鼻血出てるじゃない、トウコ。歳上なんだし、しっかりしなきゃダメだよお?」

 情けない英雄様の鼻血を拭いながら、苦笑する。

「すきありぃ!!」

「あぁ!? 何してんのよちょっとォ!!」

 で、その間に鬼の男の子が、トウコにタッチして一目散に逃げる。

「逃がすかァーッ!!」

 トウコ、また鬼にされて誰でもいいからとお礼を言って走り出す。

 子供らもきゃあきゃあ嬉しそうに騒ぎながら逃げ出した。

(……なんでかな。トウコ、子供に混じっても違和感がない……)

 ベルはそんな平和な風景を見ながら思った。

 それは彼女が子供っぽいということなのである。

 

 

 

 夜になった。

「それじゃあね。今までありがとう、シャガ」

 街の人々に見送られながら、ソウリュウの郊外で、彼女達は旅立つ。

 着替えを受け取り、漸く出発。

 街の人々は英雄の見送りに、何人も駆けつけてくれた。

「くれぐれも気をつけるのだぞ」

 シャガに言われてニコッと笑って、トウコはゼクロムにしがみつく。

 器用に背中に登っていった。

『準備は良いか、トウコよ』

「まだ出ないで。ベル乗ってないわ」

 慣れているトウコと違って、ベルは怖々である。

「お、お邪魔しまーす……」

 腕に乗っかり、それでは落ちるとトウコに言われて慌てて背中に移動。

「うわ、思った以上に筋肉質……」

 ゼクロムの背中に乗って、ベルはそんな感想を漏らす。

『……我はそこまで筋骨隆々ではないぞ』

「いいのよ、そこに反応しなくても」

 彼女達を乗せて、黒き龍は翼に力を込めた。

「ふえぇええーーー……!?」

 一度は乗ったが、あれは緊急時。

 ここまでしっかり見ている余裕はなかった。

 改めてみると、凄い迫力だった。

 尻尾が蒼く光り出す。

 空気は爆ぜる音が聞こえる。

「皆さん、今までありがとうございました!! これからは皆さんの手で、ソウリュウの街に活気を取り戻していってください!!」

 見送りに来てくれた人々に、トウコは透き通る声で、お礼を述べた。

 こちらこそありがとうとか、プラズマ団のことを任せてたぞとか、応援の言葉が帰ってくる。

 彼女は本当に英雄として認められているんだな、とベルは思う。

 カリスマに目覚めつつある彼女は、微笑んで手を振っている。

「出て、ゼクロム」

『承知した』

 黒き龍は翼を羽ばたかせる。

 ふわりと浮き上がる巨体。

 沸き立った風が、トウコたちの間を駆ける。

「ありがとうございましたーーーー!!」

 最後にトウコが特大の大声でお礼を言う。

 刹那、黒き龍が漆黒の空に飛翔した。

 凄まじい風が、耳を劈く。

 一瞬、なんだかわからなくなるベル。

 トウコは慣れた様子で、風を感じて小さくなっていく地上を眺め微笑んでいた。

 シャガは一秒もかからずに夜空に飛び上がっていった蒼い雷を、孫を見送るように何時までも眺めていた……。


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