ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物   作:らむだぜろ

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見上げた夜空

 

 

 

「それで? トウコはどうしたの?」

「説き伏せるのが無理だと判断して、叩き伏せた」

「……」

 その日の夜。トウコはソウリュウの街を一度離れ、少し行ったところにあるビレッジブリッジという所にいた。

 傍らには、呆れた表情のベルも共にいる。

 お見舞いから一向に戻ってこないトウコを心配したベルに見つかって、ひと悶着発生して今に至る。

 郊外の惨状を見たシャガを呆れさせ、彼女とテラキオンのバトルを見ていた一部市民が畏怖して、トウコ人外説を周囲に言いふらし、数時間で、彼女は英雄+モンスターというイヤなイメージ図が出来上がっていることも自覚している。

「トウコさあ……分かってくれないからって、自分よりも大きなポケモン素手で殴る? おかげでこれだよお?」

「確かに失敗だったわね。やるなら蹴飛ばしておけばよかったかもしれないわ」

「そういう問題でもないから……」

 星空を見上げるトウコの右手は、包帯がまかれている。

 顔色を真っ青にしたベルに病院に引っ張られて検査をした結果、打撲傷と診断された。

 骨にも異常がないし、腫れているが二、三日で完治すること程度の軽傷を負った。

 あの200キロをゆうに超える巨体を片腕でぶん殴っておいて、この程度で済んでいる。

 足でやれば、精々捻挫ぐらいで終わっていただろうとトウコは思う。

「というか、殴った相手があのテラキオンでしょう? トウコ、時々人間やめるよね……」

 ベルはそっとその右手を持ち上げて撫でる。トウコは横目で一瞥して、呟く。

「人間ぐらいやめないと、達成できないこともあるわ」

「はいはい、開き直らない。というか、どういう原理で勝てたの?」

 あんな頑丈なポケモンの肌を素手で殴打しておいて、打撲で済むなど普通はありえない。

 いや、その普通がポケモンと人間のバトルが成り立つこと自体がまず普通じゃないのだが、そこはもう諦めることにした。

 彼女はやはり英雄という存在で、こっちの定規で測れるほど狭いものでは意味がないのかもしれない。

 科学的に考えるだけで、疲れるのでスルーすることにする。

 どうせこれから何度もあるのだろうし。

「原理? あぁ、それはね……」

 彼女は顔を天に仰いだままポツリポツリと語り始めた。

 アレは、簡単に言うとポケモンの技「サイコキネシス」の応用なのだという。

 サイコキネシスとは、物体に触れずに干渉することを言う。弾いたり、持ち上げたり。

 対象物がどれだけ重かろうが、どれだけ固かろうが、それは関係ない。

 送る念力の強さに純粋に比例して、威力が上がる。

「それで?」

「ココロに私の動きに合わせてもらいつつ、右手に薄くサイコキネシスでコーティングを施したの。ココロが私のパンチに合わせて、弾く力を送って吹っ飛ばしたという訳」

 ココロとトウコの動きがシンクロし、動作に合わせたパワーの出力により、あの惨状が生まれたのだ。

 殴った瞬間には、大きく吹っ飛ばすように。

 持ち上げた瞬間には、重さを感じないように。

 ココロの働きにより、彼女のパンチが恰も凄まじい威力があるように見えただけで、彼女は合わせてくれなければただ人間のチカラで殴っていただけ。

 硬いものを殴れば、当然怪我もする。

 ココロもそこまで気を利かせる余裕もなく(当時ビビりまくっていたこともある)結果的に彼女は軽いケガをした。これは自業自得。

 ポケモンバトルで単純に使うだけではなく、実はポケモンの技とは応用の使いようでいくらでもなるというのが、トウコの持論だ。

「フリゲートのときとは違うわ。あれは、単純にココロの影響を受けて身体能力の上昇を受けていただけ。今回は、いうなれば私がココロの代わりにバトルをして、勝った」

「……はぁ。そんなこと、思いつくのはトウコぐらいなもんだよ……」

 普通のトレーナーは、バトルはポケモンがやると考える。

 が、この英雄様の場合はTPOによっては、自分自身が行うという。

 結果的に怪我しても彼女は構わないとはっきり言う。

 本当に、型にはまらない破天荒というか、色々規格外のおさななじみである。

「トウコ、あんまり無茶しないでね?」

「しないわ。私だって、ちゃんと生きなければ意味がないもの」

 ベルが心配になって言うと、トウコは即答した。

 驚いて見ると、彼女は石で出来た橋に肘を乗っけて、顔だけこちらを向けている。

 星の明かりに照らされたトウコの表情は穏やかで。

「私は、私もみんなと幸せになりたいの。誰一人、欠けて欲しくない。私は、すごく欲張りになった。手に入る幸せは全部欲しい。沢山の人に幸せになって欲しい。ポケモンと一緒にいる時間の大切さを思い出して欲しい。一緒に生きていけることが、幸福だって思って欲しい」

 彼女は微笑する。久しぶりに観た、優しいトウコの微笑み。

「これはエゴかもしれない。私の、勝手な妄想を人に押し付けているかもしれない。でもね、私のこの想いに賛同してくれたりする人がいるから、私は進むの。人は多面の生き物だから、私の振る舞いを許せない人も絶対にいる。それはそれでいい。私はその人の事を否定しない。でも、私の前に阻むなら、誰であろうがぶっ潰して進む」

「……」

 彼女の言い分は、確かに理想を体現する為には必要なものだろう。

 だが、だからこそ、問いたい質問を投げるベル。

「……ねえトウコ」

「ん?」

 ベルは言いにくそうに吃る。

 これは、トウコの矛盾を指摘することだ。味方のすることだろうか?

 一瞬迷う。

 でも、近くに賛同する人ばかりでは、きっと彼女はダメになってしまうと思い直す。

 思い切って、聞く。

「トウコ、もしも……もしも、だよ。あたしが、今此処で、トウコの理想を阻んだら、トウコはどうする? あの時、喧嘩した時みたいに」

 突然のベルの言葉に、トウコは。

「……随分と意地の悪い質問をするのね、ベル」

 クスクス笑うだけだった。予想と違う反応。

 ベルはてっきり、眉を顰めて不快感を表すと思っていたのに。

 トウコは、考える様子もなく、言った。

「その時はベルと何度でも話をするわ。最後まで分かってもらえなくても、いつか理解してもらえると信じて、遠回りをする。それでもダメでも、諦めないわ。道を分かつことになる、その瞬間まで。方法は一つじゃないわ。私を全部否定して話を聞かない相手でもない限り、暴力はしないわよ。極力ね」

「……トウコ……」

 今の解答で、彼女は知りたいことが二つ分かった。

 一つは、彼女は、可能性で線引きしているコト。

 話を聞いてもらえるなら、彼女はずっと話し合いをするだろう。

 分かってもらえないと知っても、決定的な別れにならない限り、彼女は諦めない。

 もう一つは。

 話し合いに応じない、つまりは論外の奴は容赦なくぶっ潰しに行くということ。

 その言葉に中に、あの男には言葉を使わないと言う感情が、少しだけ滲み出ていた。

 今回のテラキオンの一件は、聞いている限り話し合いでは解決しない。

 相手が話し合いの席を持っていないでは文字通りお話にならない。

 そういう場合は実力行使で排除したほうが得策だと知っている。

 あの男に対しては、恐らく……。

「……私とゲーチスは、出逢えば、きっと戦うことになると思うわ」

「!」

 再び、星空を見上げたトウコは、小さくそう零したのを聞き逃さなかった。

 ベルが見た先で、彼女は心境を吐露していた。

「あいつに甘さを見せれば、私はまたあの時みたいに、二年前のように、心で負ける。私は、あいつには優しさも、甘さも、言葉も、全てを投げ捨てる。理想の最後の敵になる野望は、あいつだけだから。あいつとの間に必要なのは闘う覚悟と、強い精神力だけでいい。他は何も要らない。私が持てる全てを出し切って、あいつを倒す。そして、然るべき法の裁きを受けさせてやるわ。もう逃がさない。闇の中にも消えたって、私が光の下に引きずり出して、二度とポケモンを道具だなんて言わせない。あいつの支配する世界なんて、私は絶対に認めない。同時にあいつも私の理想を認めないでしょ。ならもう、戦いの道しかないわ。言葉なんて、二年前のあの瞬間に、するだけ無駄だってハッキリしているんだし」

「……トウコ……」

 ベルは、ゲーチスの話題を出さないようにしてきた。

 婉曲的に言っているつもりだった。

 彼女のトラウマの全てはあの瞬間で、それを植えつけたのがあいつ――ゲーチスだと知っているから。

 彼女は、自ら傷を曝け出すように、言った。

「ゲーチスは誰よりも欲望に貪欲なんでしょうね。私には理解できない行動原理をしているし、あいつも私を青臭いだけの小娘って言っていた。そう、私は青臭いだけの理想論者。私からすれば、あいつは生臭い欲望の亡者。何処にも交わる要素なんてないのよ。真逆の、光と闇みたいに。理想と真実みたいに、一見すると相反するものでも一点さえ変われば交わるのとは違う。野望ってのは、理想が更に歪んで腐って、多くの不幸をぶちまくものだと思うわ。私も一歩間違えれば、あんな風になっていたのしれない。あいつを殺すと言っていた頃の私の最終地点は、多分アレね」

「……」

 彼女は苦笑していた。

 何もかも諦めて、全部自分が悪いと思って、全部壊そうとして、それができなくてプラズマ団という都合の良い逃げ先を見つけて八つ当たりに攻撃して、自分の弱さを憎しみにすり替えてやりたい放題して、結果的に人として終わるところだった。

 トウコは、思い出すように続ける。

「私って馬鹿ねー……。ほんっと、今までの二年間、何してきたんだか……。ベルは前を見て進んで、チェレンは私が足を止めている最中にどんどん社会性を身に付けて……。私だけが、世界から取り残された気がして、戻ってくるんじゃなかったって、もうこんな世界にいるのが嫌で嫌で仕方なかったから、最後には壊れて楽になりたかったのかしらね……」

 ベルは流れていく彼女の本音を聞いているうちに、気付いた。

 トウコは、今とても弱気になっているんだ、と。

 あの時、殴ることを選ぶしかなかった、自分の情けなさが、後悔させて。

 誰にも言えなかった本音を、ベルに漏らしているのだ。

 寄りかかっていい。彼女は、前にトウコにそう言った。

 トウコは、知った。素直に人の好意に甘えることを。

「私、少しベルによっかかってもいい?」

 トウコはそう呟くと、橋から身体を離して、とすんっ、とベルに体重を預けてきた。

「わわっ……」

 よろけて、なんとか受け止める。

「ちょっとー。支えてくれるんでしょう?」

 からかうように、トウコは言う。

「トウコってば……。もぅ、仕方ないなあ……」

 ベルは嬉しくなった。

 トウコがもうひとりぼっちじゃないことを、分かってくれたと実感したから。

 今、甘えてきてくれているから。

「トウコ、一人でキツくなったら何時でも言ってね。あたし、支えるから。トウコの重荷とか、少しでも軽くなるように。弱音を吐くことだって大切だよ。貯まり込む前に、あたしに全部話して。あたし、全部聞くから」

 ポンポン、とトウコの頭を撫でながらベルは告げると、トウコは笑い声を漏らしている。

「なによぅ、折角人が慰めてるのにー」

 ベルは唇を尖らせて文句を言うと、彼女はふと、小さな声で、言う。

「………独りじゃないって、いいわね。私、もう独りじゃないのよね……?」

 この一瞬を噛み締めるような、一言。

 ベルは重ねるように言った。

「……そうだよ。隣にあたしがいる。チェレンも、みんないる。トウコはもう独りじゃない、みんなが一緒にいるんだから」

「……」

 トウコはそれを聞いて安心したんだろう。

「ありがとうね、ベル」

 素直に、彼女は礼を述べた。

「いいよ、トウコ」

 ベルもそうとだけ、告げて。

 二人はしばらくの間、星の海を見上げていた。


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