ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物   作:らむだぜろ

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使命と理想

 

 

 

 見上げるほどのポケモン三体に囲まれたことは、少なくてもここ数年はなかった。

 トウコは恐怖となけなしの勇気を振り絞り、彼らに全ての事情を語った。

『……つまり、貴方はこう言いたいわけですね。ここにいた人々は何もしていない、よって襲撃される謂れはないと』

「そうよ。ただ街の復興をしていただけで、何でむしろ襲われなきゃいけないわけ?」

『……』

 いうなれば、高い女性の声だろうか。

 これはビリジオンの声だ。

 先程の低い男の声はテラキオンで、それよりも低い重低音の声が、コバルオン。

『ふむ……。我らは、ニンゲンがポケモンの敵となったとき、懲らしめる事を使命としている。正直な話、その懲らしめるニンゲンが何をしていようが、事情は我らには関係ないのだよ。ゼクロムに選ばれし少女よ』

 ぶっちゃけたことを言ってくれるコバルオンに絶句するトウコ。

 ボールの中では、警戒を続ける彼らの苛立ちが伝わってくる。

 その思念のせいか、沸点の低いトウコはイライラしていた。

「それは酷すぎるわ。ここにいる人たちが何をしたっていうのよ。あんた達には関係ないかもしれないけどね、こっちは大問題なのよ。あんたら、人を排除できればそれでいいわけ? 使命遂行しすぎて、イッシュで人間とポケモンの全面戦争でもしたいの? 言っとくけど、人間ってのはあんたらが思っている以上に根に持つわよ」

 若干話を聞いてもなお、勝手なことを言いやがる彼らに半切れのトウコは噛み付くように言う。

『はっ! 上等だぜ。どうせニンゲンなんざ、俺達のチカラにビビっちまって震えているだけのチキン共じゃねえか。何が全面戦争だよ、そんな言葉で俺達を脅そうったって、そうはいかねえぜ』

 テラキオンに至っては、完全にニンゲンを見下していた。

 同感と言わんばかりに、コバルオンが頷いた。

 ビリジオンは何かを思考するように黙ったままだ。

 そのふてぶてしい態度に、トウコは思わず怒鳴りそうになるが、ぐっと堪えて説得を続ける。

「……だから、そういうなら、暴れてる連中を見つけて攻撃すればいいでしょう? 何で目に入った人をその場で意味も無く襲うのよ。それで何が変わるの? なに? 人間は全部外敵? 狙うのが一緒くたで連帯責任とでも言いたいの?」

『じゃあ逆に聞くが、違うってのか? 内輪揉めでこうして馬鹿騒ぎ起こしておいて、ニンゲンは清廉潔白で、ポケモンには害のないと言えるのか?』

 バカにしたように告げるテラキオンに、真っ向から切り捨てる。

 こういう優越感に浸る馬鹿は、基本的に相手の言うことを全部否定しないと気が済まない。

 議論をするだけ、説得するだけ無駄なのでこいつは論外だ。

「……そうね、少なくても何もあんたらの言う、敵になる行為をしていない人はそうよ」

 そう言って、むしろ彼を哀れむように、嘲笑う。

 挑発するように、声に出して、嗤った。

『あんっ?』

「あんたみたいな奴には言うだけ無駄ね。脳筋で、単細胞で、物事を深く理解しない。ってか、出来ないんでしょ。そういうやつは理屈とか、筋ってものを言っても分かんない。だってその頭がないんだもの」

『あんだと!?』

 案の定、挑発に乗ったテラキオンがいきり立つ。

 トウコはそれでも続ける。

「違う? 違うって言うなら何処がどう違うってのか、説明してみなさいよ。私はしたわよ。あんたたちの使命を否定せず、やり方も否定せず、受け入れた上で妥協案を出したわ。人を襲うなとは言わない。襲うしかない低能もいるって認めて、だけれどここにいる人達は何もしていないからやめてって。人間と共に生きている、一緒にいることを選んだポケモンのことまで全否定する馬鹿は黙っててくれない? その分話が進まないわ。議論の邪魔よ」

 事実だった。

 彼女は一度も、彼らの使命を否定せず、人を襲うなと言ったのは何もしてない一般市民だけ。

 むしろ、この事実を作った連中なら襲ってくれて構わないと譲歩した上で、提示した妥協案。

 彼は、それだけ言われて当然黙っている輩ではないと踏んでいる。

 ボールの中でアークが『ざまあみやがれ脳筋石頭!』と罵倒し、彼らは満場一致でうんうんと頷く。

『……いい度胸してるぜ、お前。俺をそこまでコケにした奴は、大体無事じゃすまねえ。お前もそんな命知らずってことでいいんだよなぁ?』

『やめるのだ、テラキオン』

 凶暴な唸り声を上げて今にも襲い来るのを制止したのは、意外なことにもコバルオンだった。

『彼女の言うことは大して間違ってもおるまい。お前の短絡思考は今に始まったことではない。それに、話し合いよりも暴れ合いの方があっていると言ったのは誰だ?』

『……チッ……』

 テラキオンは舌打ちし、忌々しそうにトウコを一瞥しそっぽを向いた。

 よし、と内心うまくいったと安堵するトウコ。

 危ない橋だったが、最大の障害が黙ったことでこれで少しは円滑にできる。

『こちらのバカが済まないね、トウコとやら。では、他に君が言いたいことは?』

 コバルオンも結構口が悪いらしい。

『あぁ!?』

 と振り返ったのを、ぞっとする視線で睨めつけて、黙らせた。

 恐ろしい視線だ。睨みつけるだけで人殺せそうなひど目付きが悪い。

「コバルオン、私が言いたいことはそれだけよ。目標を定まるだけの情報は渡した。あとはそっちで判断して」

『……そうか。どう思う、ビリジオン。黙っているということは、何か思うことがあるのだろう?』

 問われたビリジオンは久々に語った。

『……そうですね。彼女の言うことは正しい。私達は人を排除することは確かに使命ですが、ただそこに住まう人々を襲うというのは道理違い。てっきり私は、ここに住む人々が何かを起こしたのか、と思っていたのですが。彼女の説明なら、何もしていないところを私達は一方的に襲ったこと言うことになります。それは、幾らなんでも使命とはかけ離れている。敵対すらしていない相手を攻撃するのは本位ではないのですから』

『成程、そもそもが敵になってすら言えないと?』

『ええ。本当に、彼らは何もしていない。それでは、ニンゲンのことを私達は糾弾することは出来ません。ニンゲンからすれば、襲われたことに関しては似たようなものでしょう』

『……。要するに、我らが勘違いで、襲ったということ、か……』

 ビリジオンはどうやら自分のせっかちを気づいたらしい。

 失態を素直に認め、トウコに歩み寄ると頭を垂れた。

『来度のこと、申し訳ないと思います。私たちの勘違いのせいで、無実の人々に傷を負わせたこと、このビリジオンがお詫びいたします。本当に、申し訳ない……』

 それに合わせて、コバルオンも『すまなかった』と頭を下げた。

 そのあっけない幕切れに、ポカンとしてたトウコは慌てて頭を上げるように頼む。

「あ、いや、分かってくれるならいいの。私はただ、ポケモンと人間がともに生きる世界を作りたいだけだから」

 そういうと、彼らは頭を上げた。これで、一件落着、とおもいきや……。

『ハッ! お笑い種だな! 見た目通りお子様ってか!』

 嘲笑する声が聞こえた。

 見ると、見下すように笑うテラキオンがいた。

『なぁに、寝言ほざいてやがるんだお前は? アレか、夢を見るお年頃ってか? ポケモンとニンゲンの共存? そんなもん、出来るわけねえだろうが!』

 そう真っ向から、彼女の理想を否定した。

 その言葉に、まずトウコの内部でブチリという嫌な音がした。

 あ、と彼女の相棒たちは思った。今あいつ、禁句言った。

『テラキオン! 口が過ぎますよ!』

 ビリジオンがすぐに食いつき、彼を糾弾する。

『おいおい、忘れたのかよビリジオンもコバルオンも。俺達はニンゲンを排除するのが使命なんだぜ? こんな小娘相手に何一々話なんて聞いてやがるんだよ。俺達はただ、ニンゲンを潰せばいい。そこにどんなものがあろうとな!』

 吐き捨てるように言った彼に、コバルオンも怒りを表す。

『おい、いい加減にしろ。貴様、無礼という言葉を知らんのか』

 それも気にせず、彼はまだ言う。

『はぁ? 無礼? っつかよ、何でニンゲンの言うことなんて間に受けてんだ? こいつが嘘ついてる可能性だって捨てきれねえんだぜ?』

『ゼクロムの気配がする、私たちの言葉がわかるという状況証拠が揃っていて尚、疑うと?』

 ビリジオンの憤慨した声に、テラキオンは鼻で笑う。

『ったりめーだ。ニンゲンなんざ信用できるか』

 あーだこーだと、彼らは言い争う。

 その間に。

「……」

 

 ごごごごごごごごごご……。

 

 そんな効果音が聞こえてきそうなほど、俯いて怒り狂っている一人の英雄がいた。

 彼女の中には、一つの文字が炎を纏い、燃え盛っていた。

 それは、言葉が届かない相手を相手する場合の切り札。

 ぼそりと、内部のココロにお願いという名前の命令を下し、竦み上がったココロは泣く泣く従う。

 淡い虹色が、右手を覆うのをみてから、彼女は歩き出す。

 その歩みは、徐々に早くなり、ついには走り出す。

『だから、目を覚ますのはお前らの方だって――』

 テラキオンは譲らない。自分が正しいと声高らかに言っている。

 その態度に、元々理屈で相手を説き伏せることが苦手なトウコは、あっさりと臨界点突破した。

 こういう相手に、彼女ができる自分の流儀(やりかた)は一つだけだった。

 彼女が大得意で、そして言葉を捨てた彼女の最大の武器。

 右手を引き絞り、走って作った勢いと荒れ狂い滾る感情を乗っけて、放つ。

 要するに……。

 

「ゴチャゴチャうるっさいのよ、このボケがァッ!!」

 

 ブチギレたトウコは、そのまま叫んで横合いから、テラキオンの頬を右手で殴った。

 

 ドゴォーーーーーンッ!!

 

 凄まじい音。

 空気を振動させ、恰も大砲が放たれたかのように、耳を劈く。

 突然のバイオレンスに、目を丸くするコバルオンとビリジオン。

『ぐあぁっ!?』

 地面をバウンドして転がるテラキオン。

 あの巨体を、片腕で殴り飛ばした少女は、殴り飛ばしたままの姿から、幽鬼のようにゆらゆらと長い黒髪を漂わせて、目に爛々と澱みを溜めて歩く。

「さっきから黙って聞いてりゃ、随分な言い草ねこの脳筋バカが……」

 これまでにないほど、トウコはキレている。

 もう、ココロにも彼女の中に知性を見出すことが出来ないほど、怒り一色に染まっている。

『あいつ死んだな』

『ああ、死んだな』

『間違いなく死んだな』

『レジギガスは知らぬ』

 男性陣は、トオイメで主の暴走を見る。

『トウコ、こわい……』

『もう止まらないよこれ……わたしいちぬけー』

 手を貸しているココロは知らん顔、シアはビビっている。

『なんと、面妖な……!?』

 ビリジオンがその姿に引いた。

『……うむ、怒らせてはいけない相手を怒らせたな』

 コバルオンは関係ないよー的な空気を出していた。

『いってぇ……! テメェ、なにしやがッ!?』

 もう一撃。

 ノロノロ立ち上がったテラキオンの角を淡く光る片手で持ち上げて、背中から地面に叩きつけた。

 土煙が上がる中、彼女は言う。病んだ目に、怒りを込めて。

「煩いのよボケ。あんたに言われなくてもねぇ、知ってるわよ。私の言ってることは絵空事で、綺麗事で、甘っちょろいことだって、ぐらいねッ!!」

『ガッ!?』

 四足の彼をひっくり返し、ジタバタ暴れるのを蹴り飛ばして吹っ飛ばす。

 きりもみ回転して地面に突き刺さるのを見ながら、歩いて追いかけ、独白するように言う。

「だから私は、それを言葉だけで終わらせたいために足掻くのよ。そんな言葉で諦められるほど、変えられるほど、簡単でもなければ、棄てられるものじゃないから」

 地面から顔を引っこ抜き、起き上がるテラキオンが何かを叫ぶが、その口を塞ぐように飛ぶ拳。

 握り締めたその一撃が、彼の脳天にヒット。また顔から地面にダイブした。

「私はもう逃げないし、絶望しないし、諦めない。私は、私の理想を阻む奴と戦うわ。それがたとえ、同じ英雄と呼ばれる奴だとしても。私のやり方を認めなくてもいい。私のことを否定してもいい。世界の全てを幸せにするのは無理だから、私は多くの人が幸せになる世界を創ると決めた!」

 彼女の想いを拳に込めて、テラキオンを殴る、蹴るなどの暴力で叩き伏せる。

 凄まじい。伝承の英雄が相手でも、彼女は容赦なく潰しにかかった。

 その鬼神の如き歩みに、人間を舐めていたテラキオンは毒気を抜かれて、竦み上がった。

 結局、彼女は暴力で頼る方が得意だった。相手が似たかよったかのタイプなら尚更。

 しかも言ってる内容を否定せず、ただ邪魔するならぶちのめすとシンプルに告げて。

「私は、何があろうと、理想を達成すると決めた! 私を信じてくれる人が、私の為に傷ついた人が背中には居る限り、私の辞書に、後退というふた文字は……」

 そこまで言って、そこで切って、決めゼリフを放つと同時に止めの一撃も放つ。

 全力の想いを乗せた、右手の一撃を。

『な、何なんだおま……!?』

 彼の情けないセリフを消し去るように、迫り来る拳と言葉で、潰す!

 

「――私の中に、ないッ!!」

 

 その日、ソウリュウの外れで砲弾の音が重なるとおう珍事件が起きた。

 取材班が突撃した頃には、羅刹フェイスの英雄が一人、クレーターだらけの郊外に立ち尽くしているだけだったという。


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