ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物   作:らむだぜろ

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最新話、ようやく更新しました。
大変遅くなり、すいませんでした。


重なった襲撃 

 

 

 

 黒き英雄は間に合わず、白き英雄は敗北した。

 悲劇への布石は、止めることができなかった。

 それは歴とした事実として、過去に積み重なり、現在(いま)をつくる。

 それでも、黒き英雄には守れたものがあった。

 人々の想いと、大切な人の生命。

 未来へ大きな不安を残してしまったが、同時に何とか傷つく生命を守ることは出来た。

 それは、何よりの救いだった。

「……」

 あの襲撃から数日。

 街は相変わらず壊滅状態、各国が救援物資などや人材を派遣してせっせと直してくれているが、それも何時までかかるか分からない。

 テレビをつければ、プラズマ団の悪行を責める各国の首相たちは批難をする声明を出して糾弾している。

 ……そんなことに、一体何の意味があるのだろう。

 トウコは、見舞いに訪れていた病室でその様子を眺めながら思った。

 言葉で奴らが止まるとでも思っているのだろうか?

 いや、思っていてもいなくても、こういうことをしなければいけないのだろうと自重的に思う。

 そう。どんな形であれ、アクションを起こさなければ周りから攻撃される。

 仕方ない。世の中はそうやって動いている。

 大人は大変だ。

 あらゆるモノに雁字搦めにされて、思うように身動きが取れない人が多い。

 胸に秘めている正義とか、信念とか、そういうのよりも前に、人との繋がりを優先しなければいけない。

 それは建前とかと言われるもので、やりたいと思うことややりたくないと思うことを素直にできない政治家たちというのは、本当にキツイんだろうと思う。

 意味がなくても、やらないといけないこと。

 全く違いがないどころか、下手すれば狙われるリスクだってある。

 それでも、行わなければいけないこと。

 面倒くさいな、と苦笑しながら思った。

(……お姉ちゃん……ごめんね、わたしがもう少し頑張れば……)

 そんな彼女の内部に響く、済まなさそうな声。

 声の主はココロで、失態をしたのは自分の責任だと思う感情が流れてくる。

(ココロ。いいのよ、結果が伴わないことだってある。それがたとえ大失敗でも、次何とかすればいいの)

(お姉ちゃん……)

 姉は全く責めなかった。彼女の失敗を、苦笑で済ませた。

 下手をすれば、この先の事情を引っ繰り返すような大失敗を。

(良いことね、次があるっていうことは)

 次があるとだけ言って、全く怒らなかった。

 大体の事情はシャガから聞いた。

 トウコが駆けつける前に、どうやらあいつが来ていたことも。

 その先導のおかげで、トウコはすんなりと街の奪還に成功したことも。

 その後の行方は誰も知らないことも。

(……参ったわね。先走って失敗するのは私だけかと思ってたんだけど……)

 彼女は腕を組んで、目を閉じ俯いて、壁に寄りかかる。

 この個室の住人は現在眠っている。

 まあ、手術して体力を消耗しているから当然だろう。

 勇猛果敢にプラズマ団に立ち向かい、大怪我して病院に担ぎ込まれた、カッコ良いメガネのおさななじみだ。

 久々に顔を見たら満身創痍の情けない姿を晒してくれて、でもそれは今まで見た中で最高にかっこよかった。

 ボロボロになって、自分がこんなになってまで子供を救おうとしたヒーローのジムリーダー。

 本当に、二年前までモヤシだったやつとは思えない。

 その男の勇士は、きっとトウコは忘れない。彼の為にも、理想は必ず達成する。

 そのためには、もう一人の英雄の力添えが絶対に必要だったのだが……。

(レシラムの気配は? ゼクロム、聞こえてる?)

 彼女の問いかけに、伝説の龍は……。

 

『ぬあぁーーーー!! 我の尻尾にしがみつくなぁぁぁーーーー!!』

 

 ……まだ広場で取材やら子供の遊び相手やらをさせられていた。

 伝説の龍ってことで取材班の突撃取材にも引きつった顔で応じている黒龍、ゼクロム。

 とはいってもただ座って、ソウリュウの子供達の遊び相手に殴られたり蹴られたり踏まれたり噛まれたりしているのを撮影されているだけだが。

 市長の命令で、一定距離には子供以外立ち入り禁止、見張りの大人達はハラハラしながらゼクロムの動向を見守っている。

 トウコの命令である。子供の相手をしていろ。子供たちに傷痕を残すな、と。

 襲撃というトラウマにもなりかねない経験を、伝説の龍が遊び相手になるという滅多にないチャンスで上書きして忘れさせてしまえという素人発想な考えだが。

 子供たちは連日連夜、ゼクロム相手にぼこすか暴力を振るい、ゼクロムはそれを堪えている状態である。

(……ああ、こりゃダメね……)

 自分で命令しておいてなんだが、彼、あまり子供の相手はむいていない。

 レシラムの気配がイッシュから消えたと彼に聞いて、嫌な予感がするトウコ。

 まさかと思うが、あいつはあの男に負けたのだろうか? と。

 多分、この予感は事実だろうと確信している。

 あの男はチャンピオンであるトウコを打ち負かし、当時現役だったチャンピオンも一方的に嬲れる程の実力がある。

 それに比べて、才能に恵まれているとはいえ、あいつは素人だ。

 ちゃんとした経験も積まずに、我流で進んでいるせいで強いは強いが、癖がある。

 そんな奴が真っ向勝負で勝利出来るほど甘いとは思えない。

(レシラム単体だけで……キュレムを掌握している可能性があるあいつら相手に、勝率は低すぎる……。あいつは、私と同じで焦ってでもいた……?)

 嘗てのトウコも焦って道を誤り、何度も壊れかけた。

 でも、踏みとどまることができた。

 それは隣にベルがいたから。

 ベルが何度も呼びかけてくれたから、トウコは最後まで突き進まずに済んだ。

 ではあいつは?

 あいつの道中には、誰か人間の連れがいたか?

 自分が行動した結果をちゃんと予測できる仲間がいたか?

 予測ではあるが、誰もいない。あいつは元々悪党と世間には知られている男。

 味方する奇異な存在などそうそうないだろう。

 ポケモンの言葉が聞けても、人として彼はまだ未熟。

 もしも、誰か一人でも彼のことを止めることができたら。

 トウコが駆けつけるまで、あの場にいたのなら。

 決着はきっと、もうついていただろう。でもそれは仮定の話で、意味を成さない。

 今は、今トウコに出来ることを。それを、全力でやるしかない。

「……そろそろ帰るわね、チェレン」

 返事はない。

 壁から身を起こし、ベッドの上で眠る彼を見る。

 痛々しい姿が目に入る。穏やかに眠っている彼を見るのは、何年ぶりだろう。

 こんなになるまで戦い、自分の身を挺して貫いた信念。

 彼はヒーローだ。トウコは誰が文句を言おうと、胸を張ってそう言い切れる。

 そしてゆめゆめ、忘れない。

 彼をこんな風にしたのは、間に合わなかった自分のせいでもある。

 責任を一人で追うつもりはない。だが、軽んじるつもりもない。

 自分が進むとき、場合によっては誰かが傷つく。覚悟はしていた。

 自分の大切な人が、ここまで傷つき、守り抜いたそのことを、忘れてはならない。

 こういうことも、英雄として進むのなら、有り得るということを。

 トウコは、決して忘れない。

 彼女は、そっと病室を後にした。

 軽く振り返り「またくるわ」と小さく言って。

 

 

 

 

 

 騒がしい。

 病院を後にした彼女は周囲のざわめきに機敏に反応した。

 口々に「ポケモンが襲ってきた」とか、「野生のポケモンが暴れてる」とかの情報が耳に入る。

 そして、トウコの姿を見るや縋り付く住人たち。

 一斉に助けてくれと求められても、トウコは所詮子供。

 何を言っているか分からぬまま、困惑気味に聞かされる。

 声の濁流で聞き取りにくい。

 ココロも助力し何とか纏めると。

 馬鹿みたいに強い野性のポケモン三体が、復興している大人達を襲撃し、怪我人が出ているという。

 何とかトレーナー達が応戦しているが、押されていると。

 それを聞いて、一番強いであろうトウコを探していたこと。

 彼女ならきっと勝てると。追っ払ってくれると。

 そんなことを言われても、と思うがそこは仕方ない。

 今、この場は一種の戦場跡。誰しも疲弊し、藁をもつかむ想いで必死になっている。

 英雄という存在がいれば、頼りたくなってしまうのは当然の心理で。

「分かったわ。私が何とかするから、他の人は避難の誘導をお願い」

 慣れてもいないリーダーシップを発揮し、右往左往する老若男女に命じる。

 何とか群衆は動き出す。

 それでも指示にもついていけずに呆然としている彼らに、トウコは止む無く鋭く言った。

「早くしなさいッ!! 後手に回って怪我人を増やしたいの!?」

 英雄の怒鳴り声というのは、群衆には面白く作用するらしい。

 彼らは何故か敬礼して、一斉に散っていく。

 トウコも、案内を買って出た子供達について、走り出す。

(ごめん、みんな手を貸して!)

 彼女の頼もしい相棒たちは二つ返事で了承してくれた。

 彼女は走り出す。人々の希望を失わせたいために。

 

 町外れの方角で、それは起きていた。

『思い知れ、ニンゲン共ッ! ポケモン達の苦しみをッ!!』

『罪は償わなけれなりませんッ!』

『我らは使命のため、人と敵対する!』

 そう、彼女には聞こえた。低い男の声だった。

「っ!?」

 続く、眼前で爆発音と立ち上る煙。

 あれは、ポケモンの技か。

 思わず歩みを止める。

「今の声、何?」

 周囲を見回しても、低い男の声を出す人間はいない。

 そもそも、『人間』? どういう意味だ?

 混乱するトウコ。

「声?」

 子供達が、声なんてしないと言う。

 それを聞いて、悟った。

 理解した。

 思い出した。

 察した。

 あらゆる意味で、最悪のタイミングで、最良のタイミングであるこの襲撃の意味。

 一瞬で、分かってしまった。これは、人間を殺す意思があるポケモンの襲撃。

(うそ……このタイミングで、まさか……!?)

 彼女は知っていた。一地方にのみ語り継がれる、ポケモンたちの英雄伝説を。

 古来、人々がまだポケモンと別々に暮らしていた時代。

 人間同士の戦が始まり、それに巻き込まれたポケモンたちが住処を失い、危機に瀕したことがあるという。

 その時、何処からか颯爽と現れた三頭のポケモンたちによって人間たちは逆に懲らしめられ、以後人間たちは彼らを畏怖するようになったという。

 ポケモンたちはそうして、平和な日々を取り戻したという英雄譚。

 そう、彼らはポケモンの英雄であり、ポケモン達の味方。

 トウコが人間の英雄ならば、似た使命を持ちながら真逆にいる、存在。

 ポケモンの英雄たち。人とは相容れない存在。

 だとしても、悲しすぎるから。分かり合えると信じているから。

 だから、動く!

「やめてぇーーー!」

 彼女は叫んだ。子供たちを置いて、煙に向かって走り出す。

 恐らく彼らは、またポケモン達の危機を察知して動き出した。

 トウコはそう感じた。肌で感じる、ビリビリとした殺気。

 これは、本気の闘争の時の気配。マズイ、殺し合いに発展するとすぐに感じた。

 やめて欲しかった。ポケモンと人の幸せ。それが、トウコの目指す理想。

 それを、人とポケモンの殺し合いだなんて悲しい結末を認められる理由はなかった。

(お、おいトウコッ!! 死ぬ気お前!?)

 アークが焦ったように言う。

(お姉ちゃん!!)

 ココロが言っても、彼女は止まらない。

 煙を突っ切り、強大な気配を感じても足は止めない。

 立ちはだかるように、彼らの前に躍り出た。

 そこに居たのは、

『――? 何だ、お前は?』

 猛々しい姿のポケモン、

『貴方は……?』

 凛々しい姿のポケモン、

『君は、選ばれし者、か……?』

 そして、雄々しい姿のポケモンたちだった。

 伝承通りの、ポケモン達の三英雄。人間の英雄との邂逅の瞬間だった。

 彼女は声を大にして、叫ぶ。

「テラキオン、ビリジオン、コバルオンッ! こんなことやめて!! ここにいる人たちに罪はないわっ!!」

 彼女は必死に言う。無論、自分が死ぬのは怖い。

 それよりも、目の前で人とポケモンが争うのは、もっと怖い。

「私の名前はトウコ! 理想の黒き龍、ゼクロムに選ばれた人間! あたしの話を聞いて!」

 振り返り、応戦していた人々に逃げるように指示し、彼らは一目散に逃げ出した。

 名を名乗ると、彼らは一斉に動揺した。

『奴に選ばれた? お前がか? その証拠はどこにある?』

「何だったら今すぐこの場にゼクロムを呼んでもいいわよ!!」

『……ほう、強気だな』

 伝承の書で見たことのある絵で判別できた。

 大きな角を持ち、古城を滅ぼしたと言われるテラキオン。

 鋼の投資を持つ、伝説のポケモン、コバルオン。

 華奢な身体を持ちながら、知性に溢れている、ビリジオン。

 やはり、伝承のポケモンたちがそこにはいた。

 テラキオンが怪訝そうに、腕を張って立ちはだかるトウコを見る。

『成程。選ばれし者故、私達の声も聞こえるのですね』

 どうやら、ビリジオンは話が通じるらしい。額の剣を引っ込めてくれた。

 心臓が早鐘を打つ。見上げる、伝説のポケモンたちの姿。

 彼らを睨みつけるように見上げる。

 その視線に応えているのは一番目付きの怖いテラキオンだった。

『……ふむ。テラキオン、どうやら彼女は本物のようだ。一度、話を聞いてみる価値はある』

 コバルオンも、テラキオンに告げて剣を収めた。

『……ふんっ、まあいいだろう。人間サイドの英雄がでしゃばったんだ。それなりの理由があって、ニンゲン共はこんなことをしでかしたんだろうな?』

 彼は鼻を鳴らして、そう言った。

「……ええ。私の知っていること、全部話すわ。だから、今はやめて」

 彼女も、深呼吸して、突然襲ってきた彼らに、全ての事情を話し始めた……。


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