ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物   作:らむだぜろ

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大決戦 後編

 

 

 

 

 トウコがシャガと合流する頃。

 彼女の背後で行ったり来たりの繰り返しをしているのは、ベル。

 彼女達は突入する前に役目を決めていた。

 トウコはシャガと合流し、プラズマ団迎撃に。

 ベルは怪我人などの搬送を手伝う支援をすると。

 ベル自身、実力は格段に上がってはいるが、実戦慣れをしていない。

 そんな状態で戦うわけにもいかない。

 トウコに全てを任せて、背中を気にせず戦えるように彼女は支える役目を選んだ。

 そんな彼女にも、漏れたプラズマ団は目敏く狙ってくる。

「ふえええええ~~~~!?」

 気の弱い彼女は、集団に目を付けられて追い回される羽目に。

 トウコが見たら問答無用にプッツンしてぶち殺し確定のような光景だったが、彼女にも彼女を守る伝説たちがいた。

 自分からボールの拘束を振り払い、勝手に出てきて人間相手に反撃をした。

 どう見ても、過剰反撃(オーバーキル)な一撃だった。

 

「きゃうううう~~~~んっ!!」

「ひゃうううう~~~~んっ!!」

「ごぼぼぼぼぼぼぼぼ!!」

 

 ――プラズマ団はまず、大きな間違いを三つ犯した。

 一つ、ベルが弱そうにみてタカをくくり、集団で襲いかかったこと。

 二つ、伝説の英雄の連れがまず弱い訳がないことを忘れていたこと。

 三つ、相手が悪すぎた。

「……あれ……? 俺、こんなところで何してるんだっけ……?」

「あぁ……!? わ、私は何をやって……あああああぁぁぁ!!」

 そう、まず彼女が出会った二匹の神から話をしなければいけない。

 神は人に感情を与えし者、知性を与えし者。

 彼女はその二柱の恩恵を授かる選ばれた少女。

 神が気にかける人間に無粋な真似をすれば、神の怒りは当然落ちる。

 俗に言う天罰という。

「きゃううう~~ん♪」

 一匹は甘えるように、ベルに擦り寄る。

 見た目こそ愛らしい妖精。

 しかしその前に団員たちを鋭く睨みつけただけで混乱させ、それだけで集団パニックを引き起こした。

 神に睨まれたものは己の罪悪感が膨れ上がり、罪の意識に耐えられずもがき、苦しみ出す。

「……」

 一匹は表情の見えない顔で目を閉じて、瞑想するようにふわふわと浮いている。

 何も言わず、何も感じさせない。

 だが、この神もまた加護を与えた人間に害をなす者を許すほど甘くはない。

 その瞳に魅入られたものは、記憶を消される。人に拒否権など与えられない。

 事実、魅入られた団員達はここ数日の記憶を失い、周りの状況についていけずに棒立ちしていた。

「イチゴ……。メロン……?」

 ベルが驚いたように見つめる。

 小さな妖精たちが、ふわふわと目の前を漂っている。

「きゃうん?」

「?」

 どうしたの? と尋ねるように小首をかしげる。

 彼女がとある洞窟で出会い、鬼ごっこと彼らが認識する遊びに勝利し、加護を授けた神たちが。

 イチゴこと、エムリット。

 メロンこと、ユクシー。

 イチゴはタワーオブヘブンで出会った。

 ユクシーは街中の博物館の前で出会った。

 神に認められ、そして所有者になることを許されたベル。

「どうして……?」

 ベルは分からなかった。

 なぜ、イチゴとメロンが今、このタイミングでベルを護ったのか。

 彼らの心が分からない。見えない。感じれない。

 出会ってそれなりに月日は経つ。

 なのに、言うことは聞いてくれないし、いつもボールから出てこなかった彼らが。

 何を思い、何を決めて行動したのかが理解できなかった。

 だが、対して神々の理由はシンプルだった。

「きゃうん」

「……」

 むすっとした顔でイチゴは悶えて転がる団員たちを指差し、気に入らない、というようなジェスチャーをして、腕を組んでぷいっとそっぽをむいた。

 メロンに至っては、短い指で下にして、首を掻っ切る仕草をした。要は、シネ的な。

「……」

 ベルにもようやく分かった。

 知恵と感情の神々は、プラズマ団が嫌いなのだ。

 彼女に何かしようとする奴らを、神々は敵と判断した。

 加護を授けた少女は、神々にとっても意味がある。

 神にとっては、人の都合などどうでもよい。

 ただ、敵になるなら容赦はしないように。

 初めて、ベルは神罰という言葉が真実であると知った。

 で。

「ごぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼーーーーーー!!」

 そんな神々に気を取られている間に、残っていた例のあいつが大暴走。

 キッチンの黒い旋風よろしくシャカシャカ動く。

 等身大リアルGのような機動が残像すら見せながら、プラズマ団を逆に追い回す。

 口からを火を吐く、額からビーム出す、分身する、超常生物顔負けの器用さだ。

「ぎゃああーーーーー!! プラーズマー!?」

「プラーズマァァアーーー!!」

 団員たちは哀れだった。

 分身したリアルGにぐるりと取り囲まれ、真顔で近づかれ「まだやんこかゴルァ……?」と問いただすような無言の圧力を感じ、ひぃひぃ言ってるところにまだ近づく。

 熱と圧力に間近に迫る。

 本当に生命の危険を感じて、「いやぁー!」とか「やめてー!」とかの悲鳴が聞こえた。

 それでもやめない脅しに人間丸呑みを肌で感じる、大口を開けて舌と牙をチラつかせるあいつ。

 分身も続き、生き地獄が完成した。

 真顔を武器に、人間を脅すポケモンが未だかつて歴史上に存在しただろうか?

 いなかったとすれば、歴史上に刻まれるべきだろう。

 ヒードラン、それは人間を顔だけで屈服させる尤も合理的で尤も迅速な、賢きポケモンであるということを。

 

 

 

 

 

 

 反撃の時は来た。

 ゼクロム、ギガス、ココロの三体の参戦。

 英雄トウコの帰還により奮い立った彼らの反撃は猛烈だった。

 トウコがプラズマ団に与えた心理的ダメージは半端なものではなく、二年前の再来になるのではないかと予感した団員達は一目散に逃げ出していく。

 その後を追いかけ、ポケモン諸共街から排除する大人達。

 ゼクロムとギガスがそれを手伝い、ココロは姉を狙う不埒者を叩きのめす。

「……」

 空気は一気にこっち側に引き寄せた。 

 だが、嫌な予感がするトウコ。

 そもそも、奴らは何故ソウリュウの街を狙った?

 何が奴らの目的か? ただの宣戦布告ということでもあるまいに。

 もしかして、何かの道具を奪いにでも来たのだろうか?

 身近にいた団員を脅して問うても、口を開かず沈黙を守る。

 大した忠誠心だが、あの男からすれば使い捨ての駒として利用しているだけ。

 あいつらを尋問して分かることはないと見ていい。

 シャガに聞けば何かわかるだろうか。

 思い切って、トウコは問う。

「シャガ、ひとつ聞いていい?」

「なんだ?」

 先頭を走り、鋭く指示を飛ばすシャガに、トウコはプラズマ団の狙いに見当がつかないか問うた。

 すると、何やら渋い顔で思案するシャガ。

 言いにくいことなのだろうか。

 戦況はこちらに傾いている。今なら聞いてもいいと空気は読んだつもりだ。

「……それは……」

 シャガが口を開いた、それを邪魔するかのように声が割り込む。

 

 

「簡単なことだ。我らはこの街に保管されていたという「いでんしのくさび」を頂きにきただけなのだからな」

 

 目の前に、空から颯爽と服を靡かせて誰かが舞い降りる。

 道路を塞ぐように、わらわらとまた出てくるプラズマ団。

 そして、どこからか黒い忍者の格好をした三人組まで出てきた。

 大人達は一斉に足を止めた。

「!?」

 シャガが、信じられないものをみたかのように目を見開いた。

「……あら」

 トウコは、不愉快そうに目を細める。

 そこに現れたのは……あの時、トウコが宣戦布告をした男、民族衣装に身を包むヴィオ。

 そしてその取り巻きであるダークトリニティと雑魚の集団。

 シャガが驚きの声を上げた。なぜ、それの在処を知っていると。

 見せつけるように勝ち誇るヴィオが手にしていたのは、白や水いろの角錐の物体。

「遺伝子の楔……?」

 聞き慣れない言葉だ。怪訝そうにトウコが睨む。

 不敵な笑みで、ヴィオはトウコを真っ向から睨み返す。

「久しいな、黒の英雄よ。まさか、貴様からこちらにきてくれるとは。探す手間が省けたというものだ。……ああ、寒い寒い」

 彼はトウコがこの場にいても大して驚かず、探していたかのように言い放つ。

 背後にいるゼクロムを見上げて「貴様の伝説もこれまでだな、ゼクロムよ」と挑発する余裕は、どこから来るのか。

 その言い回しにも、妙な違和感を覚えた。

 シャガとヴィオが言い争いを初めて、団員たちが銃を向けて威嚇する。

 そんな中。

『トウコ。我には全てが分かった。アレを奪還するのだ、トウコ』

 トウコにのみ、聞こえるようにテレパシーを飛ばすゼクロムの声。

 ギガスとココロにも聞こえないのか、警戒するように臨戦態勢のままだ。

 その声には、強い憤りを感じえた。

(なに? 全部分かった? 何が? ちょっと、私に何をしろって――)

 展開についていけず困惑するトウコに、

『早くやるのだっ!』

 ゼクロムの叱咤が飛ぶ。

 詳しい理由は省いて怒鳴られるなんて理不尽にも程がある。

 トウコは頭に来た。人使いの荒い奴である。

 だが、決断するトウコは早かった。

「――ああ、もうっ!! 分かったわよ!!」

 凍った街道を突然走り出す。

 シャガが振り返り、背後から飛び出してきたトウコにヴィオが目を丸くする。

 今更だが、ずっと痛む左肩では意味がない。

 右腕であれを奪えばいいんだろう。

「返せ泥棒!!」

 トウコは怒鳴りながら、そのまま勢い付けて飛び蹴りを放った。

「ぬなっ!?」

 口喧嘩の最中、まさかの横槍に驚くヴィオの珍妙な声。

 何処の世界に銃を持っているテロリストに正面から蹴りを入れる女がいる。

 ここにいた。

 然し蹴りが届く前に、影が躍り出た。

 ダークトリニティの一人がその蹴りを真正面から受け止める。

 覆面の男達は、トウコの動きを警戒していたのだろう、思ったよりも動きに無駄がない。

「うわッ!?」

「甘い」

 掴まれたままバランスを崩して倒れるトウコ。

 どしんっ! と勢いを追加されて硬い氷の上に叩きつけられた。

 傷跡に、強烈な衝撃が走る。

 途端、左肩と背中が激痛に焼けた。

「――うああああッ!!」

 凄まじい痛み。

 一瞬、視界が真っ白になった。

 まだ足の裏をつかむその腕を、空いた足で蹴り飛ばして弾く。

 後ろに転がって起き上がり、右手で左肩を押さえる。

「大丈夫か、トウコ!?」

「ぐっ……!! ごめん、失敗したわ……」

 駆け寄るシャガに謝った。

 不意打ちが失敗した。

 あの角錐は、早くしないとのちに響くとゼクロムが警告しているのに。

「あ、相変わらず凶暴な奴だなお前は……。よくやった、ダークトリニティ」

 一幕を見ており、冷や汗を流すヴィオ。威勢の良さは、今ので殺がれた。

「……」

 ダークトリニティはトウコに警戒している。

 また突貫したら、返り討ちにされるだけだろう。

 ヴィオは引きつった顔をしていたが、またすぐに引き締め直す。

 自信溢れるように、手の中のそれを見せつけていった。

「ふんっ、まあいい。目的のモノは手に入れた。故に目的は――」

 またセリフを邪魔される。今度はポケモンの襲撃だった。

「それ返せって言ってるでしょうがぁぁぁーーーーー!!」

 がぁーーー! と口から炎が出そうな剣幕で凄い速さで、紫の何かが頭上から襲いかかる。

「「「なにぃぃぃーーー!?」」」

 それには流石にヴィオ及び団員は言葉を揃えた。

 空気を読まずに襲いかかってきたのはメガシンカしているココロ。

 サイコキネシスの有効射程に入ってから奪おうという魂胆らしい。

 せめて、前口上だけでも言わせてあげてください。それがお約束なのだが……。

「寄越せ悪党ー!」

 彼女には関係ない。

 ガルガル言いながらココロ突貫。

 ヴィオは慌てて懐にそれを隠して、傍にいた団員たちがココロに飛びかかり道を阻む。

「邪魔するなぁー悪党共ー!」

 シリアスが裸足で逃げ出した。

 人語を喋るポケモンに度肝を抜かれつつも、人間の使える数少ない技「じんかいせんじゅつ」で伸し掛り、浮遊中の彼女を圧潰す。

「人の背中に乗るなぁー! 重たい、重たいー!」

 ジタバタ抵抗するココロ。

 サイコキネシスでまとめて吹き飛ばそうとすると、一人が掌を叩いて猫だまし。

 一瞬ココロが怯み、増員されていく団員。

 彼女の視界にうつったのは……自分目掛けてカエル跳びをする、無数の団員たちだった。

 一人あたり50は越える重さには堪え切れない。

 それが折り重なるように、漫画のような山を作っていく。

 ぶぎゅぅ、という汚い声を上げてココロの紫色が黒に隠されてしまった。

 後に出来たのは、足や手、顔が飛び出した変な人間玉。

 してやったりと、顔たちは北叟笑む。ココロは呆気なく完封された。

 その間にのたのたと支度をして、ヴィオと真顔のダークトリニティは脱兎の速さで回れ右、走り出す。

 最後にはご丁寧に、悪党退散お約束、ダークトリニティが煙玉を地面に叩きつけて煙幕を発生させ、めくらましまでしていきやがったのだ。

 げほげほと咳き込み、ゼクロムが小馬鹿にされて怒り狂い、羽で煙を払う。

「あ、こら逃げるな……じゃなくてココロー!?」

 人間玉が英雄に一泡吹かせてやったぜと笑い合う。

 その面が非常に腹が立ち、トウコは逃げたヴィオそっちのけで、団員たちを蹴飛ばして退かしていく。

 シャガと大人達はここは任せると、逃げていったあいつらを追っていく。

『ココロ殿のかたきはレジギガスが!』

『ええい、何をしているのだバカ者!』

 大人とシャガを追い抜かして、ゼクロムと……何故かでしゃばる大量破壊魔が真なるパワー状態で突っ走ろうとしていた。

 見上げて青くなるトウコ。すがる声で叫んだ。

「やめてっ!! ゼクロムはいいけどギガスはやめて!! 街が復興できなくなるから!! あんたに止めさされるから!! それよりも街中の残党を捕まえてきなさいっ!! ハリーアップ!」

 ゼクロムはシャガを追い、

『了解!』

 何故か敬礼したギガスは、いまだ残る残党狩りをするために戻っていった。

 のちに、『ソウリュウシティ襲撃事件』と呼ばれ、センセーショナルなニュースとして全世界に伝えられたこの大事件。

 真相を知るのは極一部の者だけだ。

 彼らはこの街に保管されていた重要なアイテム「いでんしのくさび」を強奪にきて、見事成功してしまった。

 落胆して戻ってきたシャガ曰く途中で古典的な落とし穴だの、対人地雷だの、高性能爆薬だのを仕掛けた道路に誘導されて、危うく追撃が逆襲されるところだったらしい。

 増援の警察などが街の中で虚しい戦いをしていたプラズマ団をお縄にして、夕暮れ時には、彼らの姿は街から消えた。

 残されたのは、未だに生えている氷山をグロウパンチで砕くギガスやかえんほうしゃで溶かすゴ……ではなくヒードラン、壊されたガレキの撤去などをしている人々。

 それを疲れた顔で指示するシャガと、隣に肩を押さえて突っ立つトウコ。

 この度の活躍で、彼女は周囲に英雄だと再認知されたのだった。

「……まあ……。街の奪還は……出来たから……一応、勝ちは……勝ちよね……シャガ……」

 ただし、最後はなんとも締まらない勝利だったが。

「いでんしのくさびは、奪われてしまったがな……」

 深い深い溜息をついて、めちゃくちゃにされた街の修繕を急ぐシャガ。

 ゼクロムも手伝い、子供達の恐怖を取るためのメンタル係を担当中。

 外れの広場に座る。

 伝説の黒い龍に触れると、子供たちは先程の騒ぎを忘れて楽しそうに彼に遊んでもらっている。

 ……迷惑そうな顔をしているのはご愛嬌だ。

 ベルは病院に医薬品などを運ぶのを手伝い、チェレンは緊急入院。

 その他、ツンツン頭の少年も病院行きで、ゼクロムの近くには目を輝かせたリングドーナツヘアの少女が嬉しそうに飛びついて匂いを嗅ぐなどなんか変な行為をしているのが見受けられる。

 ココロなどは全員ポケセン行きになった。

 トウコの手持ちはベルの警護をせずに好き勝手暴れていたらしいので、先程まで説教を警官から受けていた。

 この街の傷跡はすぐには直らない。

 せめて、少しは癒えるまで。トウコはこの街にいることを決めたのだった。


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